switch外伝11 その2 Life is Beautiful 1

 砂漠の朝は早い。
朝日が昇った瞬間には出発の準備をするので、日が上がる前に起きだして、支度をしなければならない。
「透耶、起きて」
 鬼柳に起こされた透耶は、寝ぼけたままで鬼柳に着替えさせられた。
 まだまだ疲れているせいで、眠気が取れないのだけれど透耶はだんだんと目覚めてくる。
「あれ、まだ暗いよ?」
「暗い内に片付けをして暗い内に出発する。昼が来る前にオアシスに入る予定だから」
 鬼柳がそう予定を教えてくれるので、透耶は思い出して言う。
「オアシスで仕事をしたよ。荷物運んだりして、すごく大変。ラクダも一人で乗らないといけなかったし」
 透耶がそう言うのを鬼柳は聞きながら言った。
「ここからは馬に乗る。透耶は馬は初めてだろう?」
「うん、一人では乗れないけど……」
「俺と一緒に乗るから大丈夫」
 鬼柳がそう言って、透耶と一緒にテントを出る。するとそのテントが一気に片付けられていく。
「あ、俺たちが最後だったんだ、片付け手伝わなきゃ……」
「しなくていい。むしろ邪魔」
 テキパキと手順良く片付けているのを見た透耶は、確かにこれは横から自分が入ったらさらに遅くなると感じるほどの手際の良さだった。
「……うん、そうみたい」
 透耶は鬼柳に手を繋がれて歩き、馬が居るところまで連れて行かれる。
 馬は黒い毛並みの大きな馬で、力強そうな大きな身体をしている。
「こいつに乗る」
「名前は?」
「ムスタファ」
 透耶は大きな馬が顔を寄せてきたので、それを両手で包んでから言った。
「よろしくね、ムスタファ」
 それにムスタファは一鳴きして答え、透耶の匂いを嗅いでいる。それから透耶の頬に顔を擦り付けるようにした。
「気に入ってもらえたようだな」
「そうなの、よかった」
 馬は人を見るので、気に入らない人は乗せない。乗せてくれたとしても従えないせいで手綱には従わないで勝手に行動してしまうことがある。
透耶は手綱は握らないので、これに当てはまらないが、それでも気に入って貰えれば、それなりに馬は助けてくれる相棒になる。
「こっちの偉い人とはまだ会ってないけど、お礼を言わなきゃ……」
「後でいいが、あいつには礼を言っておこうか」
 そう言って鬼柳はオアシスとは反対方向のマサランテ国に向かうキャラバン隊に向かっていく。
 そこには王子の格好をしたスフィル王子がいる。
「あの、スフィル王子、ご尽力頂きましてありがとうございました」
透耶が開口一番に礼を言うと、スフィルは苦笑をする。
「我々こそ、あなたに迷惑をかけてしまった。不甲斐ない身内の不始末、申し訳ない。きちんと処罰はされる。弟は二度と君には近づかないように国外には出さないので安心して欲しい」
 そう言うスフィルに透耶はニコリと微笑む。
「大丈夫です、俺は生きていますので、あまり酷い罪にはしないでください。でもスフィル王子の利益になる方法で行って頂けるなら、納得します」
 透耶の言葉にスフィルは昨夜の話し合いが聞こえていたのではないかと驚いていたが、ふっと笑った。
この青年、榎木津透耶は局面が見えている。
 ジナーフの国王としての資質はないことや退位させないと駄目なところや、ネイの功績があれば酷い処罰には反発も出るだろうとこともだ。
 たった短い間に監禁されていただけではない。分析もして人も見ている。
 恐ろしく頭が回る。権力的なものや政治的な局面を見られるくらいには、その世界に精通している人であるのは、この瞬間スフィルも見抜けた。
「まったく面白い。落ち着いたら、こちらの国でまた話をしたいものだ」
 そう言われて透耶は言う。
「私も恭のことをたくさん話して頂いて道中とても楽しかったです。ありがとうございました」
 またの約束はしなかったけれど、透耶は楽しかったのは事実なのでそう言うと、スフィルは高らかに笑い、一言言って去って行った。
「さらばだ」
「道中お気を付けて」
 そうしてスフィルのキャラバンが去って行くのを見送っていると、ラクダの上に乗った籠の中から手が出てきてそれが透耶に別れを告げるように左右に揺れた。
「さようなら、ありがとう、ジブリル!」
 透耶の身代わりになってくれて、ネイが疑うであろう籠にまで乗ってくれたアーティカは、透耶のことは気に入ってくれていた。
 アーティカはあの少年の中の一人で、ジブリルと名乗って透耶に詳しく仕事を教えてくれた人だった。
「ジブリルって……あれ、スフィルの奥さんだろ?」
「だから、少年の格好して俺にキャラバンの仕事を教えてくれた人なんだ。国境突破する時にさらっと着替えて出てきたら、女の人なんだもの。しかも王子の寵姫だっていうから、驚いたのなんのって」
 透耶が興奮気味にそう言うと、鬼柳もやっと理解した。
「引きこもりの寵姫って、もしかして変装してうろうろするから引きこもってるって言わないと寵姫らしくないってことだったのか……」
 鬼柳もまさかのことで驚いている。
「とっても優しくて素敵な人だったよ。スフィル王子とお似合いだったし」
「そうか、ならいい」
 スフィルが選んだ寵姫なので当然素敵な人であろうが、予想以上によい人を選んだスフィルに鬼柳は絶対に彼には見せないような笑顔を浮かべている。
 それを横目に透耶もニコリとする。
 他人の嫁に興味はないけれど、それでもいい人であるなら嬉しいと思うのは、友という間柄なら分かる感覚である。
「さあ、オアシスに向けて出発だ」
「ああ、楽しみ~」
 二人は肩を寄せ合ってムスタファのところに戻っていく。


 馬に乗っての移動は正直透耶にとってはラクダより怖かった。
 これでも馬が気を遣ってくれていたし、しっかりと鬼柳は抱えてくれていたから、大丈夫だと分かっているのに、やはり早い動きの馬では怖さが違った。
 ラクダはゆっくりと歩いていたし、手綱は持たなくても繋がれているから勝手に進んでくれた。乱れることもなかったうえに緊張感があったので必死だったのもある。
 しかし余裕が生まれた今だと逆に怖さが戻ってきてしまい、安定しないので慣れないままだ。
 しかもキャラバン隊の速度に合わせず、オアシスに早く入るために先を行くことになったため、速度も上がり、透耶は目が回りそうなくらいになって必死だった。
 けれどオアシスに近づくと急に景色が変わった。
 砂漠の中に緑が生まれ、一面に草が生えている。
 そこを通ると大きな塀があり、その奥には真っ白なビルがある。どうやら観光用のホテルらしく、砂漠側に向かって窓が立ち並んでいる。
 苦労せずに砂漠を楽しめるスポットのようで、透耶が見た隣の国でみた典型的な古代風の建物だったオアシスとは違っていた。
「……派手」
 思わず透耶が呟くと、鬼柳も頷いた。
「もう完全に観光地でしかない。まあ、水がよく出るオアシスらしいから、ここだけらしいこんな派手にホテルが賄えるのは」
「へえ、そうなんだ」
「民家もいいけど、サソリが出るから、俺たちはホテルな」
「……はーい」
正直民家生活も楽しみではあるが、さすがにサソリは怖い。
透耶が諦めたところで、やっとオアシスの門に到着して馬を下りられた。
「……あ、ありがとうムスタファ」
 そう馬に言うとムスタファも鼻を鳴らした。
「恭もありがとうね……なんか足がガクガクする」
「力入れすぎ、緊張しまくってたしな」
 オアシスに着いたのは昼前だった。
 そこまで遠いオアシスではなかったようだが、ここから透耶たちがいた首都まで戻るのには車でも一日かかる距離だと言われた。
「帰りはヘリを貸してくれるって。車よりは安全らしい」
 道中を警戒して車で移動するよりは人件費などを考えるとヘリでひとっ飛びの方が安いということらしい。
 ホテルの屋上にヘリポートがあり、観光客なども利用できる施設らしい。
 すぐに用意されたホテルに入る。
 砂が凄いので三重になったドアを潜って、入り口で砂を落とす。それらをしてからやっとフロントである。
 窓の外には町並みが見えて、さらに遠くの砂漠が見える景色がいいのは少しホテルが高台に建ててあるからだという。
「へえ、すごい」
「透耶、こっち」
 透耶が窓側で見惚れているのを鬼柳が手を引いて呼び寄せる。
 二人は手を繋いだままでフロントで鍵を受け取り、案内をされて最上階の部屋に通された。
 どうやら国王直々の命令だったらしく、二番目にいい部屋を貸してくれたようだった。
「二人だから、そんなに大きくて、部屋がたくさんとか要らないのだけど?」
 スイートなので寝室が三つあったり、風呂も三つあったり、居間のような空間が四つあってもどうしようもないと透耶が言うと、鬼柳も頷く。
「これじゃ透耶がどこにいるか分からなくなる可能性が高い」
「そこまで迷子ではないですけど?」
「ちょっと目を離したらすぐいなくなるのは本当だけど?」
 鬼柳がそう言うので透耶はぐっと息を飲む。
 今回はまさにそうだったので否定ができない。
 そうして寝る部屋をまず決め、風呂もその近くにして居間もそこの部屋に併用されているものに決めた。他は鍵を掛け、開かないようにしておいた。
 玄関になるドアからは遠い部屋を選んだのは、一番景色が綺麗な部屋を選んだせいでもあるが、鬼柳が防犯上、玄関から遠い方が透耶に何かあっても逃げる算段ができる時間を作るためだ。
 やっと落ち着いて二人っきりになれたと思ったら、鬼柳の携帯に連絡が入る。
 国王からの食事への誘いだった。
「いいところなのに、邪魔!」
 そう言って鬼柳が無視しようとするのを透耶が言う。
「でも今無視したら、きっと出国するまでしつこく誘われると思うよ?」
「よし、出よう」
 どうやら国王であるヤン・ルスはそういう性格らしい。
 
 二人で着替えてからヤン・ルスの執事に案内されてホテルのレストランに入った。
 豪華な作りであるレストランは、国王も来ることを想定したもので、他の客とは隔離した特別な部屋で砂漠を見ながら食事ができる場所だった。
 午後四時ほどであるが、他の客とかち合うよりは食事がスムーズに出てくるというので、この時間から特別にレストランは開いている。通常はディナーは六時かららしい。
「お初にお目にかかります。榎木津透耶と申します。このたびは大変ご迷惑をおかけし、申し訳ありませんでした」
 透耶がヤン・ルス国王に頭を下げてから挨拶をすると、椅子に座っているヤン・ルスは大して気にしていないように言う。
「面を上げて構わん。こちらとて空港で不審者を見つけられぬ失態を犯したのも事実。ましてホテル内の不祥事はこちらの責任である。そなたに罪は一切ない、気にすることはない」
 そう言われて透耶は少しだけホッとする。
「恭一の恋人を見てみたかったが、なかなか一般常識がある人間で助かる。如何せん、透耶の恋人である恭一はそういうところが一切ない」
 そう評価された鬼柳は頭を下げてもなかったし、ヤン・ルス国王を敬ってもいなかった。
「俺にとってはお前はいつまでもアルタイルだからな。口調を変えても素は変わらん」
 鬼柳がそう言うので、ヤン・ルスはアルタイルと呼ばれて笑ってしまう。
「まあ、そういうことだ。気にするな透耶。堅苦しいことはなしだ。そちらに座りなさい」
そう言われて透耶は大人しく鬼柳とアルタイルの前に座った。
 食事はすぐに運ばれてきて、三人は和気藹々と食事をした。
 その時の話題は、透耶が興味がある鬼柳とアルタイルの出会いの話だった。
「恭一とは政府による盗賊討伐の取材で会った。その時私は王子として参加し、正直、盗賊掃討など無理だと思っていたんだが、恭一の目がよくて、随分助けられたな」
「どんなことに目が行くんですか?」
 鬼柳が目がいいことは知っているけれど、どんな役割だったのかまでは知らない。しかも盗賊掃討作戦という長期間のうちに鬼柳が盗賊を見つけたのはスフィルが言っていた一回ではないようだった。
「そう、カメラで覗くと大体の異変に気付く。どうしてそうなのか本人は分からないが、人がいるのが分かったし、砂漠の民ですら感心するほど足跡には敏感に反応したな。誰が歩いた跡なのか分かるっていうんだ。砂漠の民にはそうした目が良い人間は多いのだが、恭一の場合、消えかけた足跡も見つける目があったな」
 そうアルタイルが言うので透耶はすっかり尊敬した顔で鬼柳を見た。
「へえ、そういう特技、聞いたことなかった」
「日常で使うことないし」
鬼柳は平然とそう答える。
 どうやら泥や砂にある足跡は戦場で見分けられるようになっていたらしく、それで危険を察知なんてこともやっていたようだ。
「最初は冗談だと思ったんだ。けれど、こいつは盗賊のアジト三つを見つけ、逃走経路まで当てた。もう最後はこいつの目の良さで最大の盗賊団の頭まで討伐できた」
「スフィル王子も同じ事を言ってました」
「そうそう、あいつとの出会いもまた、この掃討作戦の一環で出会ったもんだ」
 スフィル王子との出会いもまたここであったと言う。
 スフィル王子は盗賊団に捕まっていた。王子であるから身代金目当てにそのまま連れ去られたのだが、そこを鬼柳が見つけた。
 そしてアルタイルたちが討伐に突入し、大混乱の中でスフィルは助け出された。
「その後だ。恭一はその様子を撮影をしていたのだが、頭が逃げるところが見えた。そこで叫んで知らせたところ、スフィルがその頭の首を跳ねて討伐したというわけだ」
「すっごい、一大スペクタルな映画のような展開過ぎる」
 透耶がそう言うと、アルタイルは言った。
「実際映画になった」
「……え!? 本当に?」
「今年はリメイクされて、新作としてまた出る。何せ国民からも人気が高いからな、この盗賊討伐の話は」
 そう言われて透耶が鬼柳を見るも、その鬼柳の顔は難しい顔をしている。
「……知らなかったってことかな?」
「知るわけもない、初耳だ」
 鬼柳はそこで嫌な予感を察してきた。