switch外伝11 その2 Life is Beautiful 2

 鬼柳が不安を感じているのを察したアルタイルが、それをフォローするように笑いながら言った。
「大丈夫だ、足跡を見つけたのは砂漠の民族であり、根城を見つけたのは兵士の見張りであり、最後に援護したのは私ということになっている。つまり恭一の姿はあちこちと変えている。もちろん、本当は恭一が関わっていたことは史実として残っているが、映画やエンターテイメントは変えている。その方が映画は盛り上がるからな」
 確かに海外の人が影響して大活躍する映画よりは、ちょっと変えた方が面白くはなるだろう。
「面白そう、あとで見ようよ」
「見なくていい」
「えーだって、恭は関係ない話になっているならちょっとは気になるよね?」
「ならない」
「史実書の方を翻訳して読んで良いなら本を買って帰るけどいい?」
「映画にしろ」
「やったー!」
二人が唐突にやり取りを初めてしまい、言い合いの末に透耶の意見を通ったのを見ると、アルタイルは驚きながら聞いた。
「なんで、史実書は駄目で、映画がいいのだ?」
 そう聞き返したのに、鬼柳は即決に返した。
「映画だったら三時間程度、翻訳したら半年以上掛かるだろうが!」
 そう言われてアルタイルはポカンとする。
「つまり、作業に時間が取られてると構って貰えないから短い方で妥協したということか?」
「透耶がこういうエンターテイメントを見たいと言い出したら俺に内緒で勝手に取り寄せてみるから。そうなると短い時間の方をさっと解説しながら見せた方が時間が圧倒的に早く済む、二度手間三度手間にならない」
 結局歴史の方にも興味を持ってしまうところを鬼柳が史実と会わせて解説することで、史実書を読まなくていいように行動を制限するわけだ。そうすれば透耶の興味はそれ以外に移ってしまう。そうすれば後でどうだこうだと聞かれることも減るというわけだ。
 透耶には一度言うと二度言わなくていいというところがあるからだ。
「このホテルにも旧作の方があるから、見てみるといい。五時間くらいあるから楽しめるだろう」
 そう言われて鬼柳が最高に嫌な顔をした。
 透耶はそれには納得したように言う。
「あ、そっか。こっちの方の映画って六時間とか普通なんでしたっけ……? 長いけど、ご飯終わってから見たらちょうどいいかな?」
 透耶のキラキラした目が鬼柳を見つめてくるので、鬼柳はそれを苦虫を噛み潰したような顔をしてみている。
 嫌だけどこれを乗り越えないときっとエッチもさせてくれないのだろうということだけは鬼柳には理解できていた。
 そんな様子を見てアルタイルは笑い出す。
「お前が振り回されているのを見るのが楽しいとは、思いもしなかったわ!」
鬼柳恭一は人を振り回してばかりいるとアルタイルは思っていた。
 いつでも自分の感情だけが優先で相手の事なんてあまり考えてはいないような行動を取る。たまに苛ついたし、腹も立った。
 けれど、だんだんと言っていることに嘘がない事を知ると、意味がある事以外言わないのだと気付いた。
 そうして耳を傾けてやっと鬼柳恭一を知った気がした。
 女にはモテた。けれどイスラム系の女性に手を出すと家が付いてくると言って、絶対に手を出さなかったが、割と下半身には忠実で、それ以外なら誰でも抱くどうしようもない人でもあった。
 しかしその彼を持ってしても、未だ攻略完了していない恋人が現れるとは思いもしなかったのだ。
「……くそっ」
「ご飯時にそれは駄目」
「……」
 鬼柳が汚い言葉を使うと透耶が注意するので、鬼柳も言葉をなくす。それを見てアルタイルはまた笑い始める。
 面白い漫才のような掛け合いで、楽しそうに生きている鬼柳を見ることができるとは思いもしなかったアルタイルはその食事は、国王として過ごした中で一番楽しい時間だったと思えた。
 立場を気にせずに気楽に喋って食事を取るなんて、もう無理なことだったけれど、それが案外簡単に叶ったのは、アルタイルにとっての英雄、鬼柳恭一がもたらした僅かな時間だった。


 食事が終わってからアルタイルは鬼柳に言った。
「本当に楽しかった。またがあれば、スフィルも混ぜてやりたい」
 そうアルタイルが言うと、鬼柳は言った。
「一年後くらいに呼べばいい。そのくらいなら国も落ち着いてあいつも出かけられるだろう?」
 そう言われてアルタイルは一瞬驚くも、鬼柳が変わったのだと気付いて頷いた。
「その時は、電話する」
「待ってる」
 鬼柳がそう言い、エレベーターが先にアルタイルを乗せて動く。アルタイルは先にホテルを出てしまうので、ヘリで移動するために最上階に向かった。
 ドアが閉まっても鬼柳はそれをしばらく見送って、最上階に到着するまで動かなかった。
 透耶はそれをじっと眺めて、なんだか気持ちが分かるような気がした。
 けれど別のことが透耶は気になり始めてハッとする。
「あ、俺たち下に一回下りなきゃ。だってDVDってフロントで貸し出してるんでしょ?」
そう透耶が言うのだけれど、鬼柳がそれに舌打ちをした。
「くそ、もう忘れたと思ったのに……っ」
「ダメダメ、ちゃんと見るんだから。まだ六時だよ、これから見れば寝る時間までに見終われるよ!」
 あまりに期待とみたいという楽しみが透耶のキラキラした目から読み取れてしまい、その楽しみを奪ってまでセックスに持ち込むと、きっとこの国を出るまで透耶は史実書の翻訳で時間を取ってしまうだろう。
 それが分かってしまったので鬼柳は観念した。
「…………フロントに電話したら、持ってきてくれるから……いかなくてもいい」
「そうなの。じゃあ、部屋に戻ろうね」
 透耶はそう言ってエレベーターを押した。
 すぐにやってきたエレベーターに乗って最上階に上がる。
 それから長い映画鑑賞が始まる。

 
 映画はとても美しい映像美で圧巻だった。
 制作を依頼されて作ったところがCGにも強い会社で、資金もあったことからか有名俳優を使っているのもあり、演技もよかった。
 透耶は見始めてからは微動だにできずにただ三時間を費やした。
 最初の方は、国王からヤン・ルス王子に盗賊討伐を任命されるところから始まる。そして苦労しながらも盗賊の四部隊を討伐していき、だんだんと重要な情報を得ていく。そして隣の国の王子であるスフィル王子もまた盗賊討伐を任命されて旅に出るところが後編の入り口となった。
 三時間経ったところで小休憩を入れるようにと警告が入り、透耶は風呂に入ったり、飲み物を持ち込んだりしてまたソファに座った。
 鬼柳も解説をしてくれているので起きてはいるがあんまり真剣には見ていないようだった。
 ただ。
「大体間違ってない」
 と言うように、史実に沿った行動はしているらしい。
 時折人間ではない動きをするのは、盗賊がちょっと悪魔っぽかったり、それを討伐する兵士や王子が空を飛んだり必殺技を出したりするくらいで、そこはまあ盛り上げようとしているのだということは分かる。
 その映像美を交えた後半戦はスフィル王子の討伐部隊が盗賊の罠に掛かってしまい、別の討伐部隊だったロアルシナム国の国境警備隊を人質に取られたところで、スフィル王子がその首を庇って盗賊の頭に捕まってしまう。
 そこからスフィルはどうにか脱獄をしようとするも、自分の命よりも兵士の柵をなんとか解放する。
 そして兵士全てに逃げられた盗賊が激高してスフィル王子を殺すための会議を始めた。そんな時に助けられた兵士の活躍によって、ヤン・ルス王子たちの目に盗賊のアジトがここであるという光が見える。
 それは剣を夜明けの太陽に当てて光らせたもので、それを見張りの兵士が見つける。「実際、俺が見たのもそれ。スフィルが逃がした兵士が光らせた光。肉眼だと夜空に瞬く星のように光っていて、カメラがなかったらおかしいと思わなかった」
 鬼柳がそう言い、それを政府が持っている双眼鏡などで確認すると人が居るのが分かったのだという。
「で、数人が確認に行くと、スフィルが捕まっていることやアジトがあることがはっきりと分かり、スフィルが殺されるかもしれないと聞いて、そのまま全兵士を投入する掃討作戦を決行した」
 その場面でヤン・ルス王子の俳優が大きな声で掃討作戦を告げる。
 兵士たちはなんとしても自分の国の兵士を救ってくれたスフィル王子を救うのだと一斉に声を上げる。
 その声は地を這うように怒号になり聞こえ、残りは盗賊の頭討伐だけになる。
 そこでまた透耶たちは休憩をして、身体を伸ばしたりしてから見始める。
 ラストは怒濤の展開。
「盗賊は、掃討作戦が行われていることを知っていたから、入り口から死闘だ。兵士はたくさん殺されたし、盗賊もたくさん死んだ。裏口なども探して、そこからも政府軍が突入するとやっと盗賊が劣勢になった」
 だんだんと政府軍の追い上げで、盗賊はじりじりと押されて、敗退を始める。
 殺されるのが嫌であるが、捕まってしまうと縛り首である以上、戦うしかない。
「まあ、人の物を奪って生きるなら奪われることもある。だから盗賊には同情はしない。同じ環境で真面目に生きている人がいるからな」
 鬼柳がこういうことを言うのは珍しいのだが、この世界は貧困と闘う人たちもちゃんと生きている。だからこそ、そこから何かを奪うものたちは、それなりに罰があるというのである。
 戦いは朝から晩までというように続き、とうとうラストは頭が逃亡を始める。
 宝を少し持ち、方々に盗賊が逃げ始めると、ヤン・ルス王子が叫んだ。
「首領が逃げるぞ! 赤いターバンの男だ!」
 その言葉を聞いたスフィルの目に赤いターバンの男が映る。
 そしてそれを目掛けてスフィルが飛び上がる。
「あんなに飛んでないけどな。でも周りの盗賊を切り裂いて進んで……」
 スフィルの動きはまさにそれで、回転をしたり飛び上がったりして盗賊を薙ぎ払い、どんどん首領に近づき、とうとうその男と対峙する。
『逃げるな卑怯者! それでも盗賊団の頭か!』
 スフィルがそう叫んで頭に斬りかかるも、周りの四天王と呼ばれた男たちに囲まれた頭になかなか届かない。
「四天王はいなかったんだけどな。まあ盛り上がりに欠けるから入れたんだろう」
 その四天王を次々に倒して、怪我を負いながらやっと四天王を倒し終わる。
『覚悟!』
 大剣を振り上げて、首領の首に一直線に剣を振る。
 それは金色に輝いて光り、一丁両断される。
『捕ったぞ!』
 首領の首級を手に持ち、兵士に掲げた瞬間、盗賊たちは意気消沈して次々に捕らえられる。
 英雄になったスフィル王子と、それをそこまで導いたヤン・ルス王子は双方の国どころか、周りの国の砂漠で暴れていた盗賊団を壊滅にした英雄として祭り上げられることになる。
「で、こんな盛り上がっている中、さっと帰ったんだ?」
 透耶が映画を見終わって、大団円のエンドロールが流れる映画の終わりから、鬼柳を見てから言うと鬼柳は言った。
「いや? ただ取材が終わったら、俺の写真を使ってくれるはずの記者が、写真はいらないって言い出して、自分で持ってた小さいカメラの写真で記事を書いたんだ」
「……へ?」
「つまり、仕事を急に解雇されたわけ。腹が立ってそのままその日のうちに国を出た。その後、一年後くらいに俺の写真を使って記事を書いてくれるっていう新聞社がいたんで、それで戻ってきて写真は一応使って貰えた。もちろん先払い貰ってってやったけど、結局飛行機代とかで全部飛んでマイナスだけどな」
「だからなの?」
「全然仕事じゃなかったから、あまりいい思い出でもない。写真も、映画が公開された後だったから、あんまりリアルもよくないってんで、一枚だけ新聞に載っただけ。美味しくない仕事だったことは間違いない」
 それは確かに鬼柳にとっては、散々な記憶だから英雄と持ち上げられてもご飯が食べられなかった取材なので、当時の雑な扱いを思い出して腹が立つだけなのだという。
 カメラマンとして独立したばかりで、足下を見られたのだろうが、それでも最初にした仕事がこれだったので、鬼柳はそのせいで仕事のやり方を変えた。
「けど、こうやってあいつらにとって良かったことなら、まあいいんじゃないかとは今は思う」
 鬼柳がそう言うので、透耶は鬼柳に抱きついた。
「恭のそういうところ好き」
「じゃあ、キスして」
 そう鬼柳が返してくるので透耶は素早くキスをした。
 鬼柳は六時間も見たくはない映画を見せられた後なので、咄嗟に反応ができなかった。
「へへ、でも今日はもう寝るね」
「……え、ちょっと」
「もう、身体疲れちゃったから……ふわあ~」
 透耶はそういうとふらふらとしながらベッドに戻っていく。
「……やっぱり、こうなるじゃないか……」
 六時間くらい映画を見るために座っているのもかなりの体力がいるものだが、当然透耶がそこまで体力があるわけではないので、こうなるに決まっていると鬼柳は最初から分かっていた。
 鬼柳ががっかりとしていると、ベッドルームから声がかかる。
「恭、早く寝よ~」
 透耶が可愛く誘ってくるので、鬼柳はテレビを消してすぐにベッドに戻った。
 同じベッドに入って、鬼柳が透耶を抱きしめると透耶がニコリと笑ってからすぐに眠りに入っていった。
 どうやら眠いけれど鬼柳が隣にいないと怖くてまだ眠れないらしい。
 そんなところがまた鬼柳の心を暖かくしてくれ、鬼柳は安堵する。
 透耶に必要とされている自分を確認すると、鬼柳も透耶の寝息に釣られて一緒に深い眠りに落ちていった。