switch外伝11 その1 counter melody5

 国王であるジナーフが王宮を出たことはすぐにネイの耳に入った。
 実質四日目のことで、ネイはこの機会を見逃すわけにはいかなかった。
 心に芽生える邪心と戦いながらも、透耶に告げる。
「今がチャンスです。少し物騒になりますが、行けますか?」
「はい、大丈夫です」
 透耶はしっかりと強い心を持って、王宮からの脱走をすることになった。
 まずネイはドアに居るジナーフの部下を昏倒させた。
 一瞬の出来事で二人は倒れ、その二人を部屋に引き込んで口を塞ぎ、身体をベッドに縛り付けて動けないようにした。
 さらには布団を掛けて天外の布を周りを囲った。
 そうすれば寝ているようには見える。
 その間に透耶はカンドゥーラを着込み、肌と髪色を隠した。
 ネイの付き人風にしていれば、そこまで怪しまれはしないだろう。
「行きましょう」
 まず部屋を出てから通路を走る。
 北口から門がある南まで大きな通路があるがそこは人が多すぎるので、遠回りで使用人たちの部屋あたりから庭に出た。
 庭は大きな通路があるが人はあまり歩いていない。日中は暑いのでこの時間は皆が引きこもっているからだ。
 その中を堂々と南に向かって歩いて行く。
 警戒はもちろんされているし、監視カメラもあるが、それでもネイが顔を出して歩いているだけでは王宮は何の不審も感じない。
 そもそものところ、国王の側近以外、透耶が王宮にいることすら知らない人が多いのだ。だからネイがその辺を散歩していても不審には思われないし、部下を連れていても普通のことである。
 やっと入り口付近までやってくると本当のネイの部下と合流をした。
 これで透耶がネイの部下の中に隠れることができて、安全に王宮を出ることができる。
 しかしそれは門番によって拒まれることになった。
「部下が一人多い、どういうことでしょうか?」
 というのが王宮の門から出るときに問題になった。
 スキャンされてしまうので下手に透耶を車のトランクなどに入れるわけにもいかなかったけれど、部下に紛れていれば誤魔化せるかと思ったが、門番は非常に真面目だったために、人数で引っかかった。
「……バレた?」
 透耶が一向に門番が監視室から出てこないことに気付いて言った。
 まだ騒いでいないのは、ネイが王子だから問い詰めていいのかどうかと迷っているところだからだ。でもそうなると出かけた国王に連絡が入ってしまうかもしれない。
「はい、でも強行突破をします」
「でもそうなったら、追われてしまって……」
「多少面倒にはなります」
ネイは最終手段で強行突破は免れないとも予想していたようだった。
 強行突破をネイが命令をしようとした瞬間、警報が鳴った。
「王宮北に不審人物が多数! 室内にいた兵士が負傷! 応援を要求する! 不審者は北の崖を下って逃走している!」
 急に門番が忙しく動き出し、ネイの部下が一人増えていることなど、どうでもよくなったらしい。
「ネイ王子、お早く避難を。道中お気を付けて」
「ありがとう。早く警備を強化して、兵士を派遣、兄上に連絡を」
「はい!」
 ネイは王子らしく命令を下してから、王宮の門を出た。
 そのスムーズさにネイは懸念をする。
「北に不審者……何かあなたがいた部屋に誰かが侵入したんだ」
 透耶に向かってネイがそういい、透耶はゾッとする。
「まさか、あのままいたら。俺死んでたかも?」
「たぶん、誰かがあなたのことを殺したいらしい。兄なら目の前で殺させるだろうから、兄ではない、他の誰かになります」
「……え、誰だろう……?」
 ここに来て四日目である透耶は、あの部屋から出ていない。
 誰かに恨みを買うようなことはなかったし、不快にはさせていない。
 なのに命を狙われるほどに誰かに憎々しく思われていることになる。
「思い当たるのは、ハーレムの方々くらいだ。国王が新しい女を囲ったと思い、刺客を向けた可能性もある」
「そんなことある?」
「あります。寵愛はその時々で変わりますが、新しく誰かが寵愛を受けるためにハーレムに入るのはまだいいんです。ハーレムから隔離していることが大問題なのです。国王はハーレムを持っている以上、寵愛を一身に受けるためにハーレム以外で囲われる誰かは許されないのです」
「つまり、平等に寵愛しなきゃいけないってこと? 特別が許されるのはハーレム内のことで余所様は駄目って」
「そういうことです。ハーレムに入る女性は教養も出身もしっかりしています」
「つまり外国人の俺だと大問題だ」
「そういうことです。権力がある貴族出身の女性が多いので、暗殺部隊もそれなりにということです。ただ兄上がその動向に気付いていなかったことも、今回の騒動の元かもしれません」
 ハーレムを管理していれば、誰と誰が仲が悪いなどは分かる。国王もその辺は上手く行動をして平等にしてきた。第一寵姫であるカーラが一番偉いのは誰もが認めることで、カーラはハーレムを取り仕切っている人である。
 だからその序列は問題はない。
 その序列が崩れた時が、一番の問題になる。
 寵愛を受ける寵姫の実家同士が揉めるのが一番頭が痛い状態だ。
「俺、寵姫の誰かを怒らせたってことか……うーん、事情はあんまり伝わってない感じかな」
「そのようですね」
そうしているとネイの車に発砲してくる車が追いついた。
 カンカンと車に銃撃が襲ってきて、透耶は耳を塞いで震えた。
「大丈夫です、この車は大統領専用車くらいの装甲になっています。普通の玉では貫通しません」
 ネイがそう言うのだが、透耶はそうじゃないと言う。
「違うの、こういうの慣れてないの! 怖いの当たり前!」
透耶はさすがに銃撃戦は慣れていない。平和な国で暮らしていたから、もちろん銃撃戦なんて経験はしていない。
 戦場が如何に怖いところか、その身をもって知る羽目になるとは思わなかったし、そうした場所には絶対に行かないように鬼柳が気遣ってくれた。だからきっと死ぬまで知らないままだろうと思っていた。
 そんな風に震える透耶をネイはしっかりと抱きしめた。
自分よりも小さく震える小動物のような透耶をこんな状況であるが、抱きしめることができてネイは幸せだった。
 それと同時に芽生えるのは、鬼柳に返したくないという気持ちだ。
 このまま連れ去ってしまえれば、どれだけよいか。
「大丈夫です、私が守りますから」
 ネイはしっかりと透耶を抱きしめた。
 銃撃戦はすぐに収まった。
 相手の車が政府の追撃を受け、ネイの車を追うことを諦めたのだ。
 さすがに挟み込まれた状態で併走できるほど相手も命は賭けていないようだった。
 ネイの車はすぐに近くのネイが手配した民家の裏口で車を乗り換え、砂漠に向かうためにさらに車を飛ばした。
 透耶はあまりの恐怖にしばらく震えていたが、ネイに支えられている間にストレスになっていた銃撃から逃げられ、やっと落ち着いたのか疲れて寝てしまった。
 ネイはそんな透耶を撫で、部下に告げた。
「西の住居に……」
 それを聞いた部下は予定とは違うと気付いたが、ネイの気が変わったことに何も言えなかった。
 透耶を見るネイの目は恋をしている目だった。誰にも見せたことはない柔らかい微笑みで、ネイが何を望んでいるのか嫌と言うほど分かってしまった。
 だから何も言わずに、ネイに命令をされた場所に車を向けた。
 それはキャラバン隊の待ち合わせとは真逆になる方向で、さらに国境から離れる街にあるネイの本拠地になる。砂漠の入り口の巨大な緑ある街、スフィアだった。


 鬼柳恭一は砂漠のオアシスまでキャラバン隊を進め、そこから先は精鋭少数で砂漠を越えることになった。
 テロ組織とも戦ったことがある傭兵を雇い、 周りを固めているから危険は少ない方である。それもこれも協力をしてくれたあの男のお陰であるが、それは過去に鬼柳が貸した借りが大きかったことを意味する。
 久々に鬼柳はオアシスを訪れたが、そのオアシスはすっかり発展しており、ホテルまで建築され、景観を崩さない建物がたくさん建ち並んでいる。
 しかしそんな形式は今の鬼柳には映っていない。
 周りが暗く何の美しさも感じない。
 透耶がいなくなってから、鬼柳の世界は完全に色あせている。
 今までもそうしたことが起こり、透耶のいない世界がもう鬼柳の中には存在しないことが分かる。
 どれだけ思っても大事にしても誰かがそれを怖そうとする。
 それに腹が立ち、苛立ってしまう。
 今回だって、鬼柳は立ち回りは悪くなかった。それなのにだ。
「で、お前の主人は俺の言った通りに裏切っただろう?」
 そう鬼柳が言うので、ネイの部下はその証拠を見せられて目を伏せた。
 鬼柳が最初からネイを完全に信用していないことは、ネイの部下であるナミルも知っている。けれど裏切るわけがないと鬼柳の言葉を信用しなかった。
 しかし、鬼柳が見せるのは衛星写真だった。
 どこから手に入れたのか分からないが、宇宙からネイが王宮を抜け出した辺りから追跡を始め、ネイが裏切って西のオアシスに向かっているところまではっきりと映っている。
 もはやどうやってこの映像を手に入れたかなど、ナミルにとってどうでもいいことで、ネイが本当に裏切った現実にショックを受けている。
「……ネイ様、どうして……」
「裏切る気は最初こそなかっただろうな。王宮を出るまでもそうだろう。けど、心境が変わった。よくあることだ、気にするな。その辺予定通りに行動しているから、なんとかなる」
 鬼柳はさほど感情の動きもなく、ネイが裏切ったことからナミルからのネイへの伝達が一切無視されるようになった。
 こちら側から連絡を取ろうとしても、ネイ側が一切返答しないのだ。
「悪いが、お前はこれから敵側として処理する。オアシスには置いていくから、大人しく部屋にいろ。連絡手段は一切取り上げさせて貰う」
 そう鬼柳が言うと、それに従ってナミルは全ての連絡手段を差し出した。到底、あらがっても無駄だったろうし、ネイに失望したところが大きかった。
 他のキャラバン隊に任せてナミルを拘束させて閉じ込めてから、鬼柳がキャラバン隊に戻ると、いつの間にかあの男が来ていた。
 鬼柳を政府の施設に呼び出したホテルのオーナー、アルタイルである。
「なかなか忠義で真面目な部下だっただろうに。可哀想に、これでもう主人に従えない」
 そう言うのはあのやり取りを見ていたからだ。
「仕方ない。普段のネイなら絶対にそれはあり得ないことだったんだろう。けれど、透耶が関わると悪魔が囁くんだ」
「へえ、どんな風に?」
「このまま攫ってもいいだろう、もったいないだろうとか。監禁してしまえばいいとか。とにかく都合良く考えるようになる。俺もそうだったからな。たぶんどんな人間もってわけじゃなく、透耶に好意を持っている人間ほどそうなる傾向が高い。だから未だに透耶に感情が残っているネイなら、その悪魔の囁きに抵抗できなくなる」
 そう鬼柳が自分が経験したことを口にするとアルタイルは真剣な顔に変わる。
「お前ほどの男が己の欲望に振り回されるのか」
「透耶が相手だとだ。正直、あの時も今も俺は常に透耶に振り回されている。本当にどうかしていると思うが、それでも透耶が隣で笑っているだけで、俺の心に平穏が訪れるからどうしようもない」
鬼柳恭一が誰かの自分の心を聞かせることは今までなかった。
 本人はそれなりに話しているつもりではあるらしいが、それでも謎の男だったと思う。けれど恋を知って、愛を手に入れた男は饒舌にそれを語るようになっていた。
「ふん、お前に愛を語らせるとはなかなか面白い。それで予定通りに手筈は進んでいる。このまま国境まで行って貰う、早く片付けてまた三人で飲もう」
「四人なら」
「……まあいいだろう」
鬼柳が飲みの約束をしてくれるのは、実を言うと初めてだ。
 いつもは強引に飲みに連れ出していたから、約束自体は毎回すっぽかされた。
「ふむ、悪くない」
「何が?」
「いや……とにかく早く戻ってこい」
 アルタイルはそう言うと、キャラバン隊の隊長に話をしに行く。
 それを見送ってから鬼柳はふっと息を吐いた。
「永久機関で動く発信器、開発されないかな……」
 本気で透耶の歯に発信器を埋め込みたい鬼柳恭一である。