switch外伝11 その1 counter melody6

「……あれ?」
 透耶がハッと目を覚ますと、辺りは薄暗い闇だった。
 近くに間接照明があり、それが少しだけ部屋を照らしている。
 ベッドで寝ていることが分かって、透耶はふっと思い出す。
「あ、そっか……」
 王宮の部屋ではないことはすぐに感じられて、自分はそこから逃げ出してきたのだと分かった。
 それから足を引き寄せようとしたところ、なんだか足首に何か巻き付いている。
「なに……なんか絡まって……」
 足を引き寄せて布団から足を出してみると、足には皮の布のようなモノが巻き付いていて、それが足を多い、その先には鎖のように固い革紐がロープ用に強く巻き付いている。
「…………え? なにこれ……」
 少しパニックになりかけ、透耶は足を縛っている何かを引っ張って元を探る。
 その紐はベッドの柱に縛り付けられていて、透耶の力ではベッドが重すぎて持ち上がらず、紐は工事現場にあるような頑丈な紐のように固く、切ることはできない。
 最初の監禁場所からまた違う監禁場所に来たのだと理解したのは、ネイのことを思い出した瞬間だ。
「あ……あ……うそ……なんで?」
 ネイが裏切った。
 そうとしか考えられなかった。
 頭の中でぐるぐるとどうしてこうなったのか考えるも、思い当たることはない。
 そもそも王宮を出るときは本当に助けてくれた。それは間違いない。
 銃撃戦の時だって、ネイはちゃんと助けてくれた。
 じゃあ、どうして?
 その理由が解らない。
 透耶はジナーフに連れ去られた時よりも、今のネイに監禁されている事実の方が何よりも怖かった。
 まだ国王であるジナーフは透耶に関心はなかった。だから警戒をする必要が一切なかった。
 けれどネイは違う。
 明らかに常軌を逸した監禁の仕方は、透耶のトラウマを思い出させる光景だ。
「透耶」
 いきなり暗闇から声がして、透耶は震えた。
「ひっ……」
 思わず後ずさったけれど、壁に背中を付けるだけの行為になる。
 ネイは窓側のソファに座っていてずっと透耶を見ていた。
「……そんなに恐れるな。これからは私が守ってやる」
 ネイがそう言うので透耶はそれだけは聞きたくなかったと耳を塞ぎながら言った。
「ちゃんと恭のところに帰してくれるって……なんで?」
 透耶がそう言うとまるで何かの呪縛にでも掛かっているかのようにネイは言う。
「ずっと手に入れたかったんだ……透耶、君をやっと手に入れられた」
「違う! ネイさんはそんな人じゃない! ちゃんと約束を守る人だ! あんな酷い人たちと同じ事を言わないで!」
 透耶がそう叫ぶと、ネイは少しだけ躊躇した。
「……酷い人たち……?」
 ネイの言葉に透耶は時間を稼がなければならないと思った。
 ネイは本心では鬼柳との約束を守らなければと思っている。けれど理性を欲望が上回ってしまってこんな行動をしてしまったのだ。ならば理性が勝てばきっと思い直してくれると透耶は思った。
 話が通じない酷い人たちとは違うはずだと。
「俺は、酷い誘拐を二回受けた……。みんな、俺を無視して俺の心がないみたいに扱った……。それ以外だって、あなたのお兄さんみたいに利用するつもりで誘拐した人だっている……。どうして? 俺に心はないんだってネイさんは言いたいの? 俺が恭を愛していると言ったのは忘れた? それを無視して、俺を思い通りにしたって俺は、あなたを愛したりしないよ?」
 透耶の言葉にネイはビクリと身体を震わせる。
「あなたも俺の心は要らないって言うの? 抜け殻が欲しいの? じゃあ俺が死んでてもいいってことだよね?」
 透耶がそう言うとネイが椅子を立った。
「違う! そうではない!」
「同じ事だよ、あなたはそう願って、俺の心を踏みつけた。自分の思い通りにするために、綺麗なお花畑を踏み荒らして、もう一度綺麗に咲いてって言ってる。無理だよ、だってあなたはその綺麗なところだけしか見てないもん。綺麗にするためにたくさんの努力していたのは恭だよ? あなたが欲しがっているのは恭が綺麗にしてくれたものだよ? そこに至る前に恭がどれほど愛情を注いだのか知らないから、自分の思いだけでどうにかなると思ってる。でも違うよ。俺は恭の愛情に心を開いたのであって、他の誰でもない人に同じようにはできないよ」
 透耶の言葉にネイは身体を震わせている。
 衝動でここまでしてしまったネイは葛藤していた。
 透耶を手に入れるまでは考えた。そして行動に移した。けれど、透耶に言われた通り、透耶の心は絶対に手に入らないだろう。
 透耶の気持ちは鬼柳恭一一人にあり、それ以外はないも同じだ。
 ネイが透耶を望んで止まない気持ちを持っているように、透耶も鬼柳を求めて止まない気持ちを持っている。
その強さはネイが思うよりも遙かに大きく、透耶は鬼柳恭一以外は要らないと言っている。
 それが変わることはきっと一生なくて、ネイがどんなに愛情を注いでも透耶の心はネイには向きはしない。
「もうやめようよ。こんなこと」
「……嫌だ……」
 ネイはそう言うと部屋を出て行く。
 話し合っても透耶の心は変わらないけれど、それでも透耶を手に入れた今、二度とこんな機会は来ないと分かっているからこそ、手放す訳にはいかなかった。
 ネイが部屋から出て行ってしまうと、透耶はふっと気付いた。
「あの、さっきからずっと聞いてる人……なんで隠れているんですか?」
 透耶の部屋にはさっきから人がいる。
 気配を殺しているが気配をしていた。ネイは動揺しているからなのか気付いていないようだった。
 それでも透耶が騒がなかったのは、昼間の暗殺部隊ではないと感じたからだ。
 もしそうだったなら、ネイが居ようが何しようがきっと透耶は殺されていただろう。
 その人物はすっと現れて部屋の灯りがあるところに出てくる。三人ほどいるがそのうちの真っ黒なフードを着ている男が透耶に歩み寄ってきて、手に載せているスマートフォンを差し出してくる。
「? 出ろって事かな?」
 透耶はそれを受け取った。通話状態になったままであったので電話に出た。
「もしもし?」
『透耶、大丈夫か?』
 聞こえてきた声に透耶は悲鳴を上げそうなほど大きな声が出そうで慌てて口を手で覆った。
「……はっ、恭……大丈夫……」
 泣きたいほどに嬉しい声が聞こえて、透耶は落ち着きながらも話を促した。
「今、あの人が下がっていったから」
『それじゃ、手短に言う。そいつらに付いていけ。俺の雇った人間だ。国境まで透耶を連れて行ってくれる』
「うん、分かった」
 透耶がそう言うと通話は切れた。
 声を聞いて喜んでいる暇はない。
「あの、紐が繋がっていて、切らないと……」
 透耶がアラビア語でそう告げると、相手は少し驚いた顔をしたが、すぐに察してくれて大きなダガーナイフでその紐を切ってくれた。
 どうやらネイは鎖などは常備していたわけではなく、急ごしらえの簡易な紐だったようでナイフでは切れたのはラッキーだった。
「シュクラン(ありがとう)」
 透耶はニコリと笑って礼を言うと、男が透耶をすっと抱え上げて歩き出した。
 透耶は靴は履いてなかったし、靴下もない。だから外を歩くための靴を用意していないので抱えられるしかない。
 恥ずかしいけれど、重いんじゃないかと心配するも余計なことを言って行動を邪魔する方が時間が掛かってしまう気がして、透耶は何も言わずに男に従った。
 部屋のドアは何処も開かないのか、男たちはトイレの柵を壊して入ってきてたようで、その土の柵は綺麗に取り除かれていた。
 そこから透耶を抱えて出し、外から別の人が受け取って庭に下りる。
 裏庭の入り口の警備はすでに昏倒させていて、拘束もしている。
 驚くほどの周到な彼らの行動に透耶は驚きながらも、運ばれるまま屋敷から連れ出された。
 近くの車に乗り込み、裏路地から脱出するとさっきまでいた屋敷の灯りが急に煌々と照りだし、警報が鳴った。
「気付くの早い……!」
 透耶が焦るも、車はすっと横道に入ってしまうと、他の車が走り抜けていく。
 透耶が乗った車は近くの屋敷に入り、そこで透耶は車を降りて男たちが差し出してきた服に着替えた。
 着替えると同時に、今度は古いトラックに乗った。透耶はトラックの後ろにある小さな仮眠室のような空間に入るように言われ、透耶はそこに身を隠した。
 車には運転手と農作業のような服装になっている男が乗り込み、屋敷から荷物を運んでいくように車道に出た。
 ネイたちは透耶がいなくなったことに気付いて追跡を開始したようで、運転手たちはその無線を聞きながら移動をしている。
『東だ、東に向かっている! 砂漠の国境を張れ。いいか街を封鎖してでも探せ!』
 無線機からネイが叫んでいる声が聞こえる。もちろんアラビア語なので、何を言っているのか透耶にははっきりとは分からない。
 けれど声を荒げている様子から捕まったら、恐ろしいことが待っていることくらいしか分からない。
「大丈夫ですよ、俺らは一旦南に下ってから、別の道から東を目指しますので」
 透耶が不安がっているのが分かったのか、わざわざ予定を言ってくれる。
「あ、ありがとうございます……っ!」
 透耶が礼を言うと、運転手は話しかけてくる。
「なんだか、妙なのに好かれてるね。苦労が絶えないと恭一が言っていた」
 そう男が言うので透耶のテンションは最悪から普通に戻ってくる。
「恭の知り合いですか?」
「そうだよ。ちょっと昔からな」
「あの聞いていいですか、……どういう知り合いなのか?」
 透耶がそう言うと男が笑った。
「たぶんそう言うと思うって恭一に言われた」
「あはは」
 どうやら透耶を話すなら馴れそめは聞かれるぞと一応言ってくれたらしい。
「そうだな、昔の砂漠はまだキャラバン隊が本当に活動していた時期で、俺らもそこで働いたりしていた。けどな、もちろん盗賊もいて、その時はテロ組織の盗賊みたいなのに襲われた。で、命がなくなるかなと思った時に、政府組織が助けてくれた」
「あの、それがどうして恭のお陰になるんですか?」
 どこにも鬼柳の接点がないと思っているとそこから違った。
「恭一はその政府組織の取材をしていて、キャラバン隊にいたんだ。で、夜明けの写真を撮ると言って砂漠に居たんだと。で、カメラを向けていたら、妙な方向に灯りが見えて、あれはおかしくないかと報告してくれたんだ。それで政府組織が盗賊のアジトだと気付いて、舞台を整えてアジトを壊滅した」
「へえ、すごい」
「それだけじゃない。その盗賊団はまあ有名な盗賊団でかなりのキャラバン隊が襲われていた。政府組織も何度も返り討ちに遭っていて、厄介な相手だったんだ。それを捕らえたどころか、盗賊団首領まで逮捕できたってわけ。下手すれば国民的英雄なんだが……」
 そこまで言って透耶は気付いた。
「感謝状とか贈る前に、恭、帰っちゃったんだ?」
「仕事が終わったってな。政府組織が盗賊団を捕まえたって十分に取材が出来たって言ってな」
「それがこの国での出来事なんですか?」
「いや、隣の国。ロアルシナム国。俺らはこっちの国のキャラバン隊ってわけ。あの時の命の恩人が助けてくれっていうなら、国王とか王子とか知るかって話」
男がそう言うので透耶は笑ってしまう。
「あの男は何だかんだで特別なことはしていないって言うけれど、それが人の命を救ったってことは分かって欲しいもんだが、戦場でカメラマンなんてやっていると、完全なボランディアをした気になりたくないって言うからな~」
 そう男がぼやいているのを聞いて透耶は言う。
「うん、そう言ってた。もし人助けが普通になったら写真は撮れないし、そっちがメインになったらカメラマンとして失格だって。もちろん、そうしたいならボランティアをするしかないって。何処かで線を引かないとどっちも立ち行かない。恭はボランティアがしたいわけじゃない。でも目の前の命は見捨てられないから、たぶん助けるんだろうなって」
「そう、そうして拾われたのが俺の命だ。あいつ、何だかんだで凄いことやってんだけどな」
「凄いことだけど、恭にとってそれは普通のことで、命が危ない人を助けることは当たり前で、きっと特別じゃないんだと思う。だから当たり前のことをして英雄じゃ、納得できないんだと思う。人がどんどん死んでいく戦場にいる人だったから」
透耶がそう言うと男は笑った。
「なーるほど。そういうことか。あいつ言葉が足りないから、英雄だって言ったらぽかんとしてたけど、そういうことか。当たり前だったなら、まあ、そうだな。何言ってんだ?って言うわな」
 どうやら本当に、男が英雄だと鬼柳に言ったら「何言ってんだ? 頭がおかしいんじゃないか?」と本気の嫌な顔をして言われたらしい。
そうして男と鬼柳恭一の馴れ初めの話を聞いている間に、車は南に下り、その大きな街で別の荷物を詰め込み、今度は東に向かった。
 その道中は一切誰にも怪しまれず、透耶は男たちと鬼柳の話で盛り上がって、楽しい道中になっていたのだった。