switch外伝9 play havoc10
事件の進展がなくなり、刑事が訪ねてこなくなってから一ヶ月。透耶は久々に外出することになった。
夏に公開される自身の出世作である「色シリーズ」の最終話になる十五作目が映画になるのだ。昨今の推理小説の実写化ブームに乗って人気になり、衛星放送枠で放送されるも視聴率が高く、更に続編が視聴者から望まれ再放送枠もそれなりであった。最後の記念に映画化というのは、約三年かけてやってきたドラマの完結編ということと、そのドラマで新人として起用された役者が揃(そろ)いも揃って大物俳優になっていったことで簡単にスポンサーがついた。更に監督、脚本家と今では言わずもがな、現在もヒットメーカーだった。
話題性もある上に失敗では困る。よって原作の透耶にもインタビューを受けてほしいという依頼が二つほど入っていた。
一つは原作者として作品の総評という形のもので出版社で、もう一つは監督脚本家と一緒に三者会談をしてほしいという依頼だった。
どっちも断れる話ではなく、透耶は。
「しょうがないかあ」
と言って受けた。
それが事件の起こる前のことで、今更、こんな事情で受けられませんとは言えない。向こうは映画を撮る前から念入りに透耶の予定を考慮してくれたからだ。
映画撮影が少しずれ込み(雪がなかなか降らなかったため撮影が伸びた)完成が遅れたが、公開日には間に合う計算だ。春の暖かな日差しの中、透耶は鬼柳やSPを連れてインタビューに向かうことになった。かなりの大所帯であるが、仕方ないことだった。
「随分と……大所帯だな」
一緒にエレベーターに乗ろうとした、映画の脚本家の五十嵐伸哉(いがらし しんや)は透耶を見かけて声をかけてきたのだが、窮屈な中を見て苦笑していた。
「五十嵐さん、どうぞまだ乗れますよ」
透耶がこのエレベーターが十五人乗りであることを確認して誘う。後からにしようと思っていた五十嵐であるが誘われた以上乗るしかなかった。
「これはSPなのか?」
実際には見たことはあるが、こんな背中合わせでくっつくほど近くでお目にかかったことはなかったので五十嵐が尋ねると、透耶は笑って。
「そうです」
「やっぱり、あの件?」
「ええ、そうなんです。まだ解決してなくて」
透耶がそう頷く。聞きにくいことでも気になる五十嵐は率直に尋ねるので透耶も説明しておかないといけないと思い、普通に答えた。
「そうか、大変だな。早急に解決することを祈るよ」
「ありがとうございます」
さすがの五十嵐にも手伝ってやれることではないから、そうした言葉しかかけられない。
ホテルの一室を借りての撮影も兼ねているため、透耶たちはそこに向かった。スイートルームを借り切っての撮影であるから、皆服はそれなりのものを着ていた。透耶はいつもにも増して、白のワイシャツに薄茶色のパンツで合わせているが、それがよく王子様みたいだと言われるような清らかさがあるのだという。
「やあ、榎木津君! 久しぶりだね……ひっ!」
映画「色シリーズ」の監督梶良弘(かじ よしひろ)は、透耶に抱きつこうとしてそのままの体制で固まってしまった。
「……君……いたの?」
それは透耶に向けた言葉じゃなく、もちろん一緒に入ってきた五十嵐に向けたものでもなかった。そのSPの集団に同じく背広を着てSPのような格好をしている鬼柳恭一を見つけてしまったからだ。
「いるぞ、梶」
前回、透耶との顔合わせをした時のことだ。梶は透耶の愛らしさに思わず抱きついてしまったわけだが、その時、たまたま仕事が休みでついてきていた鬼柳に物の見事に暴漢扱いで撃退されそうになったのだ。
もちろんそれは梶の失態が招いた当然起こるべき出来事であったので梶も謝罪したのだが、鬼柳はというと許してはいない。
「握手はいいかな? 一応撮影だからね」
恐怖の顔をなんとか笑顔に変えて梶が透耶の手を取ったが、鬼柳は部屋の外にSPを配置してから戻ると透耶に言い残して石山だけを置いて出て行った。
「お久しぶりです、梶監督」
透耶は普通に挨拶として握手を返したが、梶は鬼柳の態度の違いに首を傾げて透耶に尋ねた。
「何やら物々しいが、もしかしてあの事件、そんなに長引いてるの?」
しっかり握手を返しながら梶が言うので透耶は頷いた。
「すみません、ちょっとまだ」
透耶は普通に謝る。
「いいよ、君のせいじゃないのは確かだし、自衛しなきゃいけないのも確かだろうから」
梶もさすがに鬼柳がいつもの嫉妬に狂った彼氏のような態度でないことに違和感を覚えているようで、それが真剣に透耶を守るためにやっていることだと気づいて感心していた。
「なんだ、あんな顔もするのか」
起業家が部下に指示を出しているような顔という意味で、梶は鬼柳がそういう立場になるような人間ではないと思っていたという。とにかく自由人だと。
「意外にそつなくこなしますよ、恭は何でも」
だがその内容は言わない。鬼柳恭一が一時期とは言っても一ヶ月ほどスーツを着てサラリーマンをしていたことがあると聞いたら、それこそこの世の出来事ではあり得ないと信じられない顔をされただろう。
梶は鬼柳のことを怖がっているが、それ以上に興味もわいているようだ。それもそのはずで様々な人間を見てきた監督が、あの鬼柳に惹かれないはずがないのだ。容姿が完璧であり雰囲気も鋭いものを持っていて存在感をしっかりと残すような人間、それが鬼柳恭一だ。嫉妬に狂うむちゃくちゃな性格をしてなかったら即刻スカウトしてスクリーンに出しているところだ。
一応お願いはしてみたが、即答された。
「なにそれ面倒くさい」
一々役に合わせて演技をするということが面倒だと言うのだ。人に合わせるのも苦手であるから、演技を合わせるなんてことも無理な相談だ。
とりあえず透耶は大所帯なのを謝ってから取材に応じた。
透耶が取材している間、隣の部屋では録音機材を操作している人間たちが待機していた。
「榎木津透耶のSPみた?」
「みたよ、5人いたな」
「マジか、大げさだな」
「そうか? 殺人事件で命狙われてるかもしれないんだろ?」
「え? そうなの? あれって記者じゃないっけ?」
正確には透耶の記事を書いた記者が殺されているわけだが、透耶が犯人のストーキング被害にもあっていることは誰も知らない。
「とにかく自衛しないとやばいってことなんじゃない? 警察は警護なんてしてくれないだろうし」
「え? 警察って警護してくれないの?」
「犯人におそわれでもしてない限りしてくれないだろうし、長期間とかもしてくれないってきいたよ。裁判の証人とかそういうのじゃないとSPつかないって」
「じゃああれ自前なの? すごいね」
「元々榎木津氏ってぼんぼんでしょ? 親も祖父も有名人だったし。音楽やってない俺でも知ってたから」
「あーなるほど」
「でも、こんなところで襲われたら俺らも危ないじゃん」
「確かに、引っ込んでてほしかったよ」
そんな様子を鬼柳が外で聞いているとは誰も思ってなかったようだ。鬼柳は気配を消してその場に立ち、聞き耳を立てていた。
「あんまり近付くにいない方がいいじゃん」
「えーでも、私友達にサインもらってきてって言われててー」
「やめときなよ、もらってる最中になんかあったらさ」
「でも部屋の中ならいくらなんでも何も起きないよ。外にはSPとかいたし、部屋の中にもいるしさ」
あとは普通に雑談だった。
こんな部屋まで特攻してくるなんてことはないだろう。まさか爆弾抱えたテロリストじゃあるまいし。スタッフの中に捨て身なやつがいないかどうか探してみたが、そういうのもいなさそうである。
取材をしているのは雑誌記者であるが、これは手塚の出版社の人間たちで身元は保証してくれた。できれば自宅でとも考えたが、自宅に知らない人間を十人以上入れるのは警備上よろしくないと宝田に言われた。
ホテルという場所は意外に人の出入りが簡単にならない。特にスイートともなるとそのホールに降り立つことも難しくなる。単純に階を間違えたなんてことにはならないからだ。そのホールに一人立たせ、乗り降りをチェックさせ、部屋の前には二人立っている。中の入り口には石山がいて、他の出入り口になりそうなところに鬼柳が立っている。
透耶はインタビューとはいいながらも楽しそうに会話していて、始終笑顔だったりする。基本的な内容は原作から脚本に落とす段階の話や、更に映画にする段階で様々な話し合いの内容という、ファンだとみたくなる裏話的な内容らしい。
鬼柳にはそういう内容はさすがについていけないのでよくわからないが、透耶が楽しそうにしているならいい。
取材は三時間ほどかかった。途中休憩なしに話し続けていたからか、終わってから皆が飲み物を飲んでから解散となった。
透耶は案の定、スイートルームを見たいと言いだし、それに記者が付き合ってくれた。個別取材みたいな形で部屋を見て回ったが、さすがにいつもの調子で透耶が鬼柳に話しかけた。
「ここすごいよ。前に沖縄で見たのとまた違う。子供部屋とかまであるよ」
にっこりと笑顔で鬼柳に話しかけ、鬼柳の隣に立つ透耶に記者が一瞬たじろぐ。
「海外から来るセレブは子連れが多かったりするからな」
鬼柳がそう説明すると、記者がおやっという顔になる。てっきりSPなのかと思ったら敬語ではない。それに対して透耶は何の不満も持たずに笑いかけている。
気軽に鬼柳が肩に手をかけて抱き寄せても透耶はされるがままだ。そういちゃいちゃとしだしたというのが正解だ。
「もしかして……噂の恋人」
その問いに透耶が答えた。
「はい。鬼柳恭一といいます」
「よろしく」
記者の問いかけに何の躊躇(ちゅうちょ)もなく答え笑顔で返す鬼柳。それにはさすがに記者も驚きだ。確かに榎木津透耶の恋人が男であることは有名だ。だが臆面も無く紹介されるとは思わなかったのだ。更にイケメンを紹介された記者は顔を赤らめる。女性であれば誰でも鬼柳恭一ににこりと微笑まれたらこうなってしまうのである。
「……面食いなんですね……」
「よく言われます」
透耶が苦笑していた。よく言われるということは彼氏をかっこいいと何の恥じらいもなく思っているということだ。割合あけすけな透耶の態度に記者は透耶はもしかしなくても人なつっこいのかと思えてきた。
取材嫌いであることから人嫌いなのかと思っていたら。
「皆さん、光琉と似てることしか題材にされないのと、私が写真嫌いっていうだけのことなので。インタビューには必ず写真を入れると言われてそれで意地になって断っていたら、取材嫌いみたいなことに……」
もとより作品を読んでもらい判断してもらおうとしたことは昔から言っていることであるが、それなりに仕事ができるようになると透耶はその口実を口にしなくなった。なので残っている問題はやはり双子の光琉との似通った部分を探す、間違い探しになるような内容を批判していただけのことだった。
「あ、だから今回の取材を!」
「ええ」
透耶としては節目であるから写真くらいいいかと思ったのもある。それにあれから六年経っている。光琉と似ているところはあるが、雰囲気の違いが圧倒的に出て、間違えるほどの人はいなくなったのも透耶の心を変えた部分だ。
ただ時期が悪かったかもしれないと思ったのは事実。あれほどの報道があった後に起こった事件で、周りは透耶のことを記事にはしにくい。マスコミも巻き込まれるのを恐れたのか、透耶への取材は一切しなくなった。
そこへ透耶の情報を犯人にくれてやることになってしまったわけだ。
映画の公開で犯人が何かするとは思えないが、透耶を隠してしまった反動がどうでるか分からない。
しかし前から決まっている仕事をキャンセルするのは難しく、出版社側はそこまで問題視しなかったので取材になった。というのも透耶へのバッシングでなければ問題はないと判断されたからだ。
「そろそろ……戻らないと」
記者が時間を見て透耶に言う。
「そろそろお時間です。すみません、見学をお聞きしていればこの後予定入れなかったんですけど」
「あ、ありがとうございました。おかげで楽しい見学ができました」
透耶は本当にスイートの見学をして写真を撮ったりして楽しんでいた。何に使うのかと記者が尋ねると。
「作品の参考にするんです」
「ああ、なるほど!」
旅行するミステリーならいろんなところを見学しておきたいと思うところだ。透耶はそうした精神は人一倍あるので、珍しいところはいつでも取材になってしまう。 記者は笑って部屋を軽く片付けて荷物をすべて外へ出した。スイートの貸し出しは四時まででこの後掃除して夜に備えるのだという。
透耶たちが部屋を出ると、清掃員がやってきてすれ違った。透耶たちは御苦労様ですと声をかけてからエレベーターに乗って降りていった。
清掃員はエレベーターで下りていく客を振り返ってみた。既にエレベーターの箱の中に乗っているから姿が見えたわけではないが、ドアが閉まり下の階へ降りていく音を聞いてからさっきまで客がいた部屋のカードキーを取り出す。
清掃用の鍵ですべての部屋の鍵が開く。それを使って中へ入り、部屋の隅にある電灯のコンセントに手を伸ばす。
コンセントには電源タップがついており、それだけを取り外すと他のコンセントも回る。すべての電源タップを取り外してから掃除道具カートを押して外へ出た。そのまま裏口に入り掃除道具カートをもって一階に降り作業道具をしまう。電源タップを袋に詰め服の中に隠してロッカーに戻り、荷物に入れて着替えてロッカーを片付けた。
その人物に部屋に入ってきた別の清掃員が声をかけた。
「お疲れー今日までだったよね」
「はい、お疲れ様でした」
「試験頑張ってな」
「はい」
笑顔で返事をして職場を後にした。
途中で電源タップをゴミ箱に捨てて意気揚々と駅に入った。
音楽プレイヤーを取り出してスイッチを操作し音を聞く。
少し遠くからたくさんの人の話し声が聞こえた。そこを早送りしてまた聞き出す。ちょうど本題に入ったところの声が聞こえてきた。
『今日は原作者の榎木津透耶さんをお迎えして、「色シリーズ」最終作である映画「透明なる真実」の裏話を、監督梶良弘さんと脚本家五十嵐伸哉さんと三者対談をしていただきます!』
『こんにちは榎木津透耶です。えーとこんな感じでいいですか?』
透耶の紹介の後笑い声が聞こえる。
『いいですよーそんな感じでリラックスしておねがいします』
『かわいい声なんですけどお伝えできません!残念』
監督が冗談めかして言い出した。そしてまた笑いが起こっている。
『監督冗談が過ぎますよ』
『いいじゃんいいじゃん、実際かわいいですよね?五十嵐さん』
『え、いや私は美人っていう方に驚いた口なので』
『ありがとうございます』
『ここで一枚お願いします!』
シャッターが連写される音がする。
『年々美人になってるから会うたびにびっくりしてる』
『五十嵐さんとはテレビシリーズができる時から実際に会って脚本を見せてもらっているんです』
『普通そんなことするんですか?』
『要望を聞くことはあるんですが、脚本家が直接原作者に聞きに行くことはないですね。私は自己満足じゃ駄目だと思ったので。監督がそれを聞いて、ドラマシリーズの方も配役から主題歌まで榎木津さんと二人で選んだりしていたんですよ』
『そのおかげでヒットして映画化まで、ありがたいことです』
『揉(も)めたりしないんですか?お二方は』
『監督とは感覚が似てたようで、大体は選んだ物は同じになります。だから私の意見は要らないかなと思うこともあるんですが』
『それはないよ! 主題歌の間宮悠希(まみや ゆうき)氏なんかは榎木津くんが発掘したようなものだから! 音楽の高森成顕(たかもり なるあき)君を見つけたのも榎木津くんだから! 主演の伊神ちひろもそうでしょ!』
『伊神(いがみ)くんは弟からの紹介ですよ。映像化が決まりかけている話を聞いた伊神(いがみ)くんが是非やらせてくださいって直談判にきたんですよ。でも会った瞬間、あ!この人絶対合ってる!って思って五十嵐さんに合わせたんです』
『そうそう、いきなり。でもドンピシャでしたよ。こっちのイメージも決まって、どうせなら他の人も選んでくださいよって』
『俺おいてけぼりでね』
監督がしょげているのか笑いが起きている。
『珍しい決まり方ですね。それでオーディションになったわけですね?』
『うんだから地上波では駄目っていわれて、にらまれてにらまれて衛星放送になったわけです』
監督がそう言うと透耶が笑ってる。
『最初から衛星放送枠でしたけど?』
『私の依頼も衛星放送さんからでしたけど?』
透耶と五十嵐が突っ込んで笑いが起きる。
そこで清掃員は音を止めた。
自分が降りる駅に来たからであるが、それと同時に怒りがわく。
「なんであいつら……?」
だが怒りの矛先はプレイヤーになり、ギシギシと音を立てている。もう少しで壊れてしまいそうになり、慌てて手を開く。
ドラマは見たが、音楽や主題歌には興味がなかった。だから透耶が選んだのだということは初めて知った。それもそのはずで監督や脚本家は何度もインタビューで答えている内容であったが、透耶が出ていないインタビューなんて興味がないものであったので目を通してなかったのだ。
「他のも集めるか……」
独り言を呟いて郵便物を取り出した。
知り合いからの手紙があるのに気づいた。
開けて中を見る。
鬼柳恭一(きりゅう きょういち)三十二歳
アメリカ合衆国ニューヨーク州出身。最終学歴H大政治経済学科卒業。ニューヨーク市ワシントン映像協会所属報道カメラマン。中東等紛争地を担当。同所属宮本雅彦(まさひこ)のチームに在籍し活動中。
ニューヨーク写真展新人賞、ハーパー賞最優秀賞(辞退)二十四の賞を受賞。
三十歳の時に日本に帰化、日本国籍になる。
聞き込みしたが学生時代のことを喋りたがる人間はおらず。カメラマン仲間に聞くと、カメラの師匠が天才宮本雅彦であり秘蔵っ子だと言われていた。
二年で独立し個人で活動、二年後ハーパー賞最優秀賞を辞退した後、宮本のチームに戻る。一貫して紛争地域の取材のみを行っている。
ほぼ紛争地域にいっているせいか友人知人は海外の人間の方が多いようだ。
「何これ……調査になんないじゃん」
やっと興味を持って調べたらこの程度しか分からないというのだ。
「どんだけ秘密主義者なんだよ……」
だが出てきた写真を見ると、見覚えがあった。
さっきのホテルですれ違いざまに目が合ったSPだ。
「意外に暇人か……さてどうしよう」
清掃員はそう言って手紙をしまうと部屋の鍵を開けて中に入った。