switch外伝9 play havoc9

 透耶や光琉に話を聞いて真下柾登の状況はよくわかった鬼柳であるが、ストーカーに該当する人間が思い浮かびもしない。
 何人かのストーカーが手を組んだと思えば、納得できる部分もあるわけだが、そうなると手を組む理由がなんだったのか分からない。
 ストーカーというのは榎木津透耶(えのきづ とおや)が欲しくてやっている部分があるはずである。それを他人と分け合うなんてやり方はしないはずだ。
 とりあえず大元がいるという前提で、各ストーカーを捕まえて見るのが一番効果的であろうと鬼柳は思い、一点集中して対策を練った。
「つまり、ゴミを持って行くストーカーを先に捕まえて見るってこと?」
 透耶がその話を聞いて首を傾げて言った。
「そう、とりあえずうちにいるストーカーの予備だろうが微罪だろうがとにかく全部把握するつもりで捕まえてもらうことにする」
 警察も鬼柳の案はとりあえずやってみるしかないと思っている。透耶を狙っているのは確実で、それと殺人犯がつながっている可能性もあるなら、捜査をしてみるしかない。
 更に微罪であろうとも犯罪は犯罪である。被害がある以上逮捕はしなければならない。
 その作戦を行ってたった二日でゴミを持って行くストーカーが見つかった。
 ゴミの中にGPSを入れておいたら見事自宅までたどり付いた。
 犯人は青年男性、野田秋人(のだ あきと)二十四歳。大学生であった。
 透耶の自宅近くのアパートに住んでいて、大学は留年中。透耶を二年前に見始めて、ゴミを漁(あさ)りだしたのは一年前から。誰にも気づかれていなかったのだが、最近になりある人に気づかれてしまったのだという。
「顔はマスクしていたから分からないけど……ゴミの中の一部……紙類だけくれれば……そのお金もくれるっていうから」
 どうやらゴミを漁るにしてもこの野田は紙類には興味がなかったらしい。それを一括で渡すといいものを渡すほど五万円くらいもらえたのだという。ただ偽物を混ぜて見たこともあるが、彼は必ずそれらを避けてしまうのだという。
 ゴミからお金になるのだから、野田も学校へいかなくなり留年したのだという。今現在は透耶には興味はなくなっていて、ゴミを拾うバイトをしている感覚だったのだという。しかし金銭が発生していたとなると、犯罪は犯罪で更に殺人事件の犯人の一味という扱いになることを告げるとさすがに野田も慌てて警察に協力し始めた。
 犯人の似顔絵とはいえ、マスクをしていたため目の部分しかないものであったが、透耶はそれを見ても誰か分からなかった。
「ごめん、見たことない人……」
 透耶が見たことない人である以上、本人が透耶の前に姿を見せたことがないのは確かだ。会って会話した人間なら透耶は覚えている方であるが、一方的にとなると話は別だ。
「俺も見たことはないな」
 それをもって近所を回ったが、どの人も見たことはないし近所の人間ではないと断言するほどだった。
 次に捕まったのはカメラ小僧であった。盗撮を目的としていて、事件関係の撮影だと言い張っていたが、自宅を捜索すると透耶の写真がたくさんあり、紛(まぎ)れもなくストーカーであることが判明。
 やはりカメラ小僧こと木下修(きした しゅう)も似顔絵の男から写真を頼まれもしていた。すべての写真を購入していくいいお得意さんであると同時に、撮影にかかる費用までも出してくれたのだという。
「ちゃんと撮れてると一万上乗せしてくれたし、レンズも買ってくれた。すごくいいヤツだったんだけどなぁ」
 これも犯罪であることを告げ、殺人事件の共犯になるかもしれないと告げられると、さすがに焦って関係ないと言い出した。
 写真は自宅から見える商店街を狙っているもので、透耶がたまに訪れる文房具店に固定してあるのもあった。さすがに自宅から望遠で盗撮となれば、SPをつけていようが無駄である。
 押収された写真は一万点にも上るが、押収し中を確認していた捜査陣は、被写体を眺めて溜め息を吐いたほどだ。
「何で、こうもまたストーカーだらけなんだかこの子は」
「たまにいるんですよね、こういう被害に遭いやすい子っていうの」
 特に何かしたわけでもないのに、ちょっとの善意が裏目に出る人がいる。親切にしたら好意を持っていると勘違いされてしまったり、物を拾ってあげただけで好かれたりする人間。本人には些細な親切なのだが、それが大げさに取られるのだ。
 だが問題がそうではなかった。
「……どっちも見たことないですし、話したこともないかと」
 透耶はそう言うのだ。そもそも自宅周辺くらいにしか知り合いはいない上に、その知り合いはほぼ主婦か家族ぐるみの付き合いくらいである。独身等の人間とは付き合いがない。
 友達の友達なんていう知り合いとは付き合いもない。交友範囲は狭く、調査はしやすいくらいに人付き合いがない。というのも六年前に近所の人間に誘拐されて懲りている部分があり、鬼柳と知り合った信頼できる人間としか親しくしなかったのである。
 透耶の知り合いの中にも怪しい人はいなかった。そういうわけで透耶は完全な被害者であることだけが証明されていた。
 透耶が言うようにストーカーの二人、野田と木下は透耶と直接接触を持ったことはないのだという。ただ見かけただけ、近くで声を聞いただけという程度だった。
「見ただけでストーカーをされるってほんと可哀想」
 若い刑事が思わずそう呟いてしまう。
 確かに榎木津透耶は美人である。写真を見るより実物を見るとそれはよく分かる。だから透耶にあったことがある刑事は致し方ないと思える部分もあるのだと言う。
「見た目があれで喋るとかわいい感じになるのはなあ」
 女の子であったら若い刑事も口説きたいほどだと呟く。そんな透耶はどういうわけか男性受けがよすぎるのだという。それも透耶が同性愛者であるという認識が思いを加速させているようだった。恋人が男だと知ると、男でもいいのか!と希望ができるのだという。
「分からなくもない」
 そうもいいたくなる。
 だが大抵の人は透耶の恋人を見た瞬間。
「ああ、こいつなら男も転ぶかな」
 と思い直すのだという。鬼柳恭一という元アメリカ人を見ると、完璧な美形の化け物な上にワイルドである。機嫌が悪そうだという印象がもったいないというくらいに外見は完璧だった。こういう男に熱心に口説かれてしまえば落とされて同性愛者にもなろう。そして、ああこれは特別なことなのかと自分が対象外であることに気づくのだという。
 だから事件はそうそう起きないわけであるが、ストーカーには分からない。
 大抵のストーカーは鬼柳恭一の存在をいないものとして扱っていた。
「そりゃ恋人っていっても法律的にどうこうなってるわけじゃないし」
 というわけだ。結婚していれば対象外になる理由が法律というのがおかしな話だ。法律違反をしてストーキングをしているのに、婚姻という法律は破る気はないのだというから頭を抱えたくなる。
 だが犯罪であることを告げても大した罪にはならないと思っているようだった。確かに反省が見られないから刑は確定するだろうが、盗撮やゴミを漁(あさ)ったとなれば、罰金か懲役でも2年くらいで終わってしまうだろう。更に今回は他の犯罪のことは知らず、また協力的であったことからもっと短いかもしれない。
 刑事もどうしてよいやら分からないほどポジティブな犯人ばかりで、これは再犯確定してるなと思えるような事件に、榎木津透耶に同情するしかない。
 三人目のストーカーはつきまといである。浅田行男(ゆきお)という無職、二十七歳の男性だ。実家暮らしで親が裕福であることから引きこもったが、透耶を偶然見かけてそこから尾行することで外出できるようになったのだという。
 肝心の親は息子が外へ出られるようになったことに喜び、この一年、息子の行動に不信感を持つどころか、歓迎していたのだという。
 透耶の自宅から文房具店に行くまでにある隣町の住宅街からちょうど透耶が通る道路が見える感じである。本当に透耶が見つけられたのは偶然の産物である。
 浅田は最近、ネットで知り合った人に透耶の自宅付近の監視カメラに透耶が写ることを教えてもらったのだという。そこから出かけたのを見つけて尾行したりしていたのだという。とはいえSPがいるからその範囲外から望遠鏡で眺めるだけである。ほぼ九十パーセントが監視カメラのシステムに侵入しての盗撮である。
 だがこの男、何とアメリカまで透耶を尾行したのだという。
 しかし透耶がサンフランシスコからニューヨークへ素早く移動したことに間に合わず、結局探さずに引き返したという。
 問題はこの後だ。
 透耶を尾行していることをマスクをした男に見つかったのだという。そうして透耶がアメリカに行くこともその男から聞いたという。更にアメリカの透耶がいるところに手紙を届けてほしいといわれ、渡し方も教えてもらったのだという。
「現地の子供に小遣いを多めにあげてお願いすれば、監視カメラには写らないっていうから、ちゃんと届けるところまで見届けてから残りの小遣いをあげた。もちろん、聞かれたら日系アジア人って言ってもいいって言った」
 アメリカ人の子供にアジア人とは分かっても似顔絵を作るのは難しいだろう。何せアジア人の顔の区別ができない子供を使っているからだ。
 しかし浅田は手紙の中身がどういうものなのかは知らないのだという。男とはアメリカに入国した段階で別れ、一人で行動していたからだ。
「男がどこへいったのかは知らないよ。名前も知らないし」
 そこで飛行機会社から名簿を探し、一人一人当たったところ、男の名前が判明した。
 連れてこられたのは、探偵星野十郎(じゅうろう)四十五歳。普段は浮気調査などを担当しているがここのところ榎木津透耶の周りの監視をしていたという。
「依頼してきたやつ? 若いやつだよ、大学生っぽい。金は持ってるみたいで、調査費はばっちり、よくもまあ半年以上も毎月四十万も出せたもんだと思う。ぼったくりって馬鹿言うなよ、必要経費だよ。高級住宅地のマンション借りて監視してんだぞ、家賃だけで十五万は飛ぶだろうが! 一日中監視してたんだから光熱費だってかかってんだよ!!」
 もっともな話であるが、そういう問題ではない。
 星野は、依頼者が熱狂的な榎木津透耶のファンだと思ったのだという。監視していて分かったのは、透耶がほとんど外へ出ないことだ。作家であるから自宅で仕事をしている。三ヶ月に一回新刊が出ているハイペースな刊行をしている透耶であるから、仕事が立て続けで外へ出ている暇もない。監視は楽で、たまに出かけているのを遠くから撮影するだけ。
「近場なら追いかけるが遠出なら追いかけなくてもいいと言われていた」
 だが外から見張っているだけでは透耶がアメリカに行くことは予想できないだろう。
「それが連絡してきてパスポートとれとか言い出して、アメリカまで追いかけてくれっていってきたからその通りにしただけだ」
 そういうのである。金は現金でたんまり百万はもらったという。それを使って一応ニューヨークまで追いかけたという。しかし現地を車で移動していった透耶を見つけることはできず、報告すると一週間ほど探して見つからなかったらかえっていいといわれたという。
「だから観光して帰ってきた。で、遊んでたのがバレて契約更新しなかった」
 透耶がアメリカに渡ってから探偵は尾行する仕事をやめたという。
「いい仕事だったんだけどな。楽だし気前よかったし」
 だからもちろん透耶の騒動が起こっている時も透耶を監視していたので門前のことは知っているはずである。だがここで星野は言った。
「榎木津透耶の監視以外に余計なものがあっても無視するように言われてたんだよ。ゴミ持って行くやつとか時々尾行してくるやつとかいたけど、全部無視しろって。どうせストーカーだろうしもめたくないし、警察に言っても本人が言わない限り無駄だしな」
 透耶のストーカーなどを星野は何人か見たというが、記録はしてないという。
「お金の振り込み? いや本人が毎月持ってきたぜ事務所に。報告書や写真を手渡す時にもらってたから。いつもぽんって出すから相当金持ちの息子なんだと思ったけど、俺にはそいつの素性なんて関係ないからな」
 もちろんその人間が殺人犯と決まったわけではないが、是非とも事情をきかなければならない相手だった。しかしマスクの男という共通点はあるが、それだけなのだ。ただ手間暇かけずにストーキングをしていたというのが正しいだろうか。
「最近のゆとりみたいな感じですね、苦労せず楽して情報を仕入れるとか」
 刑事はあきれたものだった。これでは殺人犯にはつながらないが、手紙を送ってくる人物であることは間違いなかった。
「結局ストーカーを見つけただけになりましたけど……まだいるみたいですね」
 刑事は三人のストーカーと探偵の話を一応鬼柳や透耶に報告に来た。さすがに探偵にまで見張られていたことやアメリカまで追いかけてきたことが分かると、透耶の顔も蒼白になる。
「そいつがアメリカの探偵に頼んだ可能性もある訳か……」
 鬼柳がそう言う。日本の探偵ではアメリカまで追いかけることはできないだろう。だからニューヨークにいることは分かっているから、エドワードのニューヨークの所有物件を当たれば透耶を見つけることが可能だと犯人も考えたはずだ。だが探偵が探し終えるまえに鬼柳がやってきて、更にエドワードとは縁のない自分の父親に頼んで選んだカナダの別荘にはさすがにたどり着くことはできなかったようだった。
 移動したのが結果的によかったのだとわかり、鬼柳は少しほっとした。本格的に問題となれば透耶を連れてまた国外へいけばなんとかなりそうだった。
「犯人が金を持っていることはわかりましたし、複数人とも接触していることや大学生とまでは絞り込めましたが、その後ぱったり連絡を絶ったのは、そちらが見つからなかったからというわけですよね」
 けれど透耶たちが遠くにいたから近場の接触を断っただけで、犯人はじっくりと記者を探し出し確実に見せしめのように殺した。これでは透耶に遠くに行ったままでよかったのにとは言えない。犯人が何が気にくわないのかそれこそ分からない。遠くにいる透耶を呼び寄せるために、透耶に関係のある人間から殺していくかもしれない。そんな危険があるから透耶は戻ってきたわけだ。
 透耶がそういうと刑事もあり得る話であるから否定できなかった。
「前の人も話は通じなかったし……今回もきっとそうだろうから」
 透耶はそう言う。それに犯人がやたら透耶の過去の問題を気にしていることは気になっていた。特に学生時代の榎木津透耶の名誉は守りたいと思っているようなのだ。
「そこが分からない。今の俺にはそこまでの関心はないように思えて」
 だから真下の亡霊のような気がしてならない。
 そこで鬼柳が尋ねた。
「あの記事の相手の家、真下柾登の弟はどうだった?」
 一応気になるので調べてもらった。
「真下柾登の弟の柾梓(まさし)は、現在も真下柾梓(ました まさし)」
「え? 母親は再婚したんですよね?」
「ええ、ですが親権は父親です。母親文(ふみ)は再婚した時も引き取らなかったのですが、義父の貴史(たかし)が養育費などすべてを出しています。こう言ってはなんですが、母親は兄の柾登だけにしか関心がなかったらしいです。高校から柾梓は一人暮らしをしていて、音楽大学に進学しています。声楽っていうんですかね」
 それを聞いた透耶はふっと息を吐いた。柾梓が母親の関心を引きたくて声楽を選んだのは間違いない。
「ですが、去年の後半から体調を崩して、貴史が引き取ってますね。体調は戻ってないのかまだ休学中ですが、訪ねた時は実家で静養中だから遠慮してくれと母親に追い返されました。本人はたまに近所を歩いているのをみられるそうなのでいるようなのですが……しかも最近父親が自殺していて、情緒不安定になっているから余計に刺激もできず」
「そんな状態で透耶を追いかけ回すのは無理か……」
 鬼柳はそう言った。更に兄の自殺を大々的に面白おかしく取り上げられ全国に流された。精神的に不安定のところに大打撃だ。
「それから元同級生を探してみましたが、当たったところはアリバイが成立しているところが多く……殺人が同一犯である以上、すべてのアリバイがない人間がいない以上、元同級生も違うかもしれませんね」
 透耶の元同級生という線もあったが、記事にして面白おかしくしてやろうという気は合っただろうが、逆に透耶を守るために記者を殺すのはおかしなはなしである。更に今更というのが透耶の感想だ。
「いや元同級生は確実に犯人と接触してる。ただ犯人とは目的が違っただけなのかもしれない。本当に今更こんな話を蒸し返したということは、真下のことで何か話し合って昔の苛立ちを透耶に向けたというのが俺の予想だが。犯人は透耶と真下の恋仲の話には全く反応を見せないのに、成績のことになると過剰反応した。犯人にとって恋仲の話は当たり前の常識であることなんだろう」
 鬼柳がそんなことを言う。
「つまり……それって、俺と真下が恋仲だったことを広めようとして、わざと記事にしたってこと?」
「恋愛沙汰のことだけを記事にした記者が殺されなかった場合はな」
 つまりただのゴシップ記事の方が犯人の狙いで目的だったことになる。そうなるとそれ以外を取材しようとした記者が狙われたことの説明が犯人の中で成立してしまう。

「ですがこんなことになった以上、元同級生は名乗り出ませんよね」
「まあな。記者が死んでいる以上、身元は不明のままだし、きっかけが自分の軽はずみな口となれば怖くて墓場まで持って行く秘密になってるだろうな」
 鬼柳がそう言うので、刑事も溜め息を吐いて帰っていった。
 とにかく元同級生の墓場まで持って行く秘密を暴かないといけないわけだ。そうしないと唯一犯人と接触した関係者である人間の保護すらできない。
 だがそれから事件は何の進展もしなかったのである。