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+注意:ストーカー日記です



6/02 
今日、凄く綺麗な子を見た。
最近になって、住宅街の一番高級な家を買った怪しい男が、その子を連れていた。
何だ、結局、顔がいい男で、金持ちなら誰でも靡くってのか?
理不尽だ。この世の中。

6/03
あれから気になって、ずっと家の玄関を見張っていたが、あの子は出てこなかった。
もしかして、噂になっている、あの男と一緒に住んでいるというのが、あの子だったのか?
気になる、気になる。

6/04
まるで誰もいないみたいに静かな家だ。
あいつは仕事をしてないのか?
あの子もあれから見ていない。

6/05
ここからじゃ庭が見えないので、屋上へ上がってみた。
上手い具合に庭が見渡せる場所だった。
これはいい所を見つけた。
でも、やっぱりあの子は出てこなかった。
もしかして、身体でも悪いのかな? 大丈夫かな?

6/06
あの男が車で出て行った。あの子は一緒じゃない。
まだ家にいるんだろうか?
ずっと見ていると、庭に老人が出てきた。
あれは執事とかいう奴か。やっぱり金持ちなんだな。

6/07
今日もあの子を見なかった。
屋上から見ていると、時々あの男が庭やバルコニーに出ているのを見る。
やっぱり、あの子は病気なんだろうか?

6/08
夜、暇つぶしに屋上から見ていたら、あの子がバルコニーに出ていた。
部屋の窓が明るいから、双眼鏡でもはっきりと顔を確認できた。
間違いない、あの子だ。
嬉しくなって眺めていると、あの子は空を見ている。
ああ、星が好きなんだ。
いい夜だよね。
なのに、あの男がバルコニーに出てきて、嫌がっているあの子を部屋に連れ戻した。
何なんだ、あいつは!
やっぱりあの子はあの男に監禁されているんだ!

6/09
夜しかバルコニーに出ないのかと思って張っていたんだが、部屋の明かりは付くけど、あの子は出てこなかった。
明日、望遠レンズのついたカメラを買ってこよう。
あの子の写真が欲しい。
インターネットで今話題の美少女というのがあった。興味があるわけではないが、チャットの付き合いで、顔くらい見ておかないと話に入れないと思って見てみると、そこにあの子がいた。
まさか!と思った。だって、あの子は髪は短いし、ああ、でも鬘だったら長くても解らないよな。
やっぱり自分の目はおかしくなかった。
誰もが認める美少女だ。
さっそく写真をダウンロードして、壁紙にし、プリントアウトもした。
なんか、ムカつくのは、この美少女が、あの光琉と一緒に映っている事だ。
光琉の顔を切り抜いて、自分の顔を張り付けた。
そうだ、鬘も買っておかないと、あの子は長い方が可愛い。


6/10
今日も見なかった。
新しい写真があったので、ダウンロードしてプリントアウト。
かなり溜まった。
壁中に貼って眺める。
行きつけの店で、鬘を購入。
せっかく、望遠レンズ付きのカメラも買ったのに。



6/11
今日もだ。一体どうなっているんだ。
本物を見ないと、イライラしてきた。
写真はやっぱり綺麗だけど、実物を知っているのは自分だけ。
優越感にひたれる。
馬鹿な連中は騒いでな。


6/12
朝から屋上にいると、庭にあの子が出てきていた。
久しぶりに見た。やっぱり本物が一番だ。
執事が後ろで見ている。
歩いているだけで、走ったりとかしていない。
庭の真ん中に座って、そのまま眠ってしまったようだ。
綺麗だな。茶色い髪が風に揺れてる。細いし。
ちゃんと御飯食べてるんだろうか?
あ、写真撮らなきゃ。
慌ててシャッターを切りまくる。
1時間くらいそのままの状態が続いて、バルコニーからあの男が出てきた。
下にいる執事に何か話し掛けて、執事があの子を起こしに行った。
せっかく、気持ちよさそうに寝ているのに、起こさなくていいじゃないか。
でも起きそうにない。すると、いつの間にか、あの男庭に出てきていて、あの子を無理矢理抱き上げて家に運んで行った。
何かおかしい。
もうちょっと調べられないのだろうか?


6/13
朝にゴミ出しする時に、あの家の事を聞いてみた。
近所で割に評判がいいから、すんなりとおばさんたちはあの家の事を教えてくれた。
住んでいるのは、3人。その前にメイドがいたらしいが、事情で辞めてからは、あの子とあの男と執事の3人だそうだ。
よくピアノの音がする時があるが、それはあの子が弾いているんだとか。
へえ、ピアノも弾くのか、イメージ通りだな。
表札には、鬼柳と榎木津とだけ書かれている。
イメージ的に榎木津の方だろうな。下の名前は何だろう?
おばさんに、榎木津さんの下の名前ってと聞くと、「透耶」と教えてくれた。
そうか、透耶って言うんだ。
響きがいいなあ。イメージにぴったりだ。
今日から、あの子の事は「透耶」と呼ぼう。
「透耶」の仕事は、家で出来るものらしく、それで家から出なかったんだ。
でもやっぱり、身体が弱いから家で出来る仕事なのだろうか?
あの男は、今は休暇中だそうだ。道理で出かけないはずだ。
あれ? 一緒に住んでいるのに別に結婚している訳でもないんだ。
じゃあ、一体どんな関係なんだ?
名前を出しているということは、監禁でもなさそうだし。
どんな関係かと聞くと、「野暮な事は聞かないの」と言われてしまった。
もしかして、付き合ってるのか?
あの男じゃ、「透耶」が可哀想だ。
早く何とかしなければ。
写真が現像から返って来た。気に入ったのは、そのまま引き延ばしして貰って持ち帰り、壁に貼りまくった。


6/14
思いきって盗聴器を買ってきた。
無線タイプだから、長持ちはしないが、少しだけ中の様子が解ればいい。
そう思って、忍び込めそうな所を探した。
しかし、玄関やらに監視カメラなどがあって、容易には中に入れない。
どうすれば。そう思っていると、宅急便が中に入っていった。
そうか、宅急便はさすがに中へ入れるんだ。
それなら手がある。
今日も「透耶」を見なかった。


6/15
さっそく「透耶」の為に良さそうな物を送って、宅急便が来るのを待った。
上手い具合に宅急便が入っていったのを確認して、その後ろから中に入った。
玄関の中まで入っていったので、俺は庭に回った。
なんだここ。ああ、ここが地下になるんだ。へえ、地下一階に地上二階なんだ。
俺は納得しながら、何処へ盗聴器を仕掛けるのか考えた。
ふっと上を見ると、ちょうど雨樋から上に登れそうだ。
カメラを持ってやっとの思いで上に昇ると、ちょうどそこはベッドがある部屋だった。
そうか、ここが寝室なんだ。
中を覗き込むと、あ、「透耶」だ。
もう昼過ぎているのにぐっすり眠っている。
やっぱり病気なのだろうか? 心配だったが、屋敷を抜け出す事が出来なくなる。
仕掛けるならやっぱり家の中の方がいいよな。ちょっと躊躇ったが、ゆっくりドアを開けると、ドアは開いた。中に忍び込んで、ベッドサイドに盗聴器を仕掛けた。
人の気配に気が付かない。
「透耶」の顔を覗き込んだ。
やっぱり綺麗だ。髪に触ってみる。サラサラしてる柔らかい。
睫毛も長いし、顔も小さい。整った美しい人だ。
何度見ても、「透耶」はあの謎の少女で間違いない。これだけ似ていて他人の訳がない。
ああ、そうか、榎木津だから、光琉と親戚でもおかしくないんだ。
納得だ。
思わず顔に触れそうになって手が止まった。
少し声を漏して動いた。
ドキッとした。
「透耶」、何も着てなかったんだ。
綺麗な背中が見えて、思わずカメラのシャッターを何回も切った。
その音で、目が覚めたように、「透耶」が動いた。
慌てて逃げ出した。
何て綺麗なんだ。あんなに綺麗な人、見た事がない。
周りで訳の解らない事で馬鹿な会話している女とは全然違う。
あんなに綺麗なら、こういう服も似合うだろうな。
そう思って、さっそく服を買って宅急便で送った。
受け取ってくれると嬉しい。
写真を現像に出した。


6/16
興奮して、盗聴器を仕掛けたのに聴けなかった。
昨日の写真を受け取りに行ったついでに宅急便で服を送った。
帰って来て盗聴を聴いたら、昼間はそこに居ないらしく声はまったくしなかった。
やっぱり夜じゃないと駄目なのか。
望遠で狙っていたが、この日は「透耶」は出てこなかった。
深夜近くまで部屋で盗聴を聴いていると、誰かが入ってくる音がした。
部屋で何かしているらしく、ゴソゴソと音がして、何処かのドアの開け閉めの音が聴こえた。
30分くらいで、また音がしてベッドに誰かが座った。ドライヤーで髪を乾かしているような音がして、それが止むと「眠い、眠いー」と声が聴こえた。
「透耶」の声だ。ベッドに入る音。
暫くして、またドアが開く音。「風呂入ったか?」あの男の声だ。
「んー」眠そうな声。寝てるのに起こすなよ。
男の方がどこか行ったが、10分くらいで戻ってきた。
ゴソゴソと音が聴こえる。まさか、一緒に寝てるのか?
「…何? もうやだって…眠いのー」
「寝てていいよ、勝手にやるから」
「…ん、明日、早いの…」
「何で?」
「…終わら、なかった…間に…あわな…」
「うわ、マジ眠いんだ。仕方ないな。ほら、こっち頭乗せて」
「ん…恭…」
「何?」
「…ごめ…ん」
「…可愛い事言うなよ。治まるもんも治まらねえぞ。寝よ寝よ」
ここまで聴いて、イヤホンを外した。
イライラした。何だあの男は。無理矢理なんだな。そうだよな、嫌がってたじゃないか。
そうか、やっぱり「透耶」は閉じ込められてるんだ。
助けなきゃ。


6/17
助けたいけど、「透耶」が家に閉じこもってばかりじゃ、こっちから手出しは出来ない。
どうにか出てくる方法はないものだろうか?
そんな事を考えながら、朝のゴミ捨てに行くと、「透耶」がいた。
心臓が飛び出しそうな程、びっくりした。
近所の主婦と世間話をしているが、どうも猫可愛がりされている。
「透耶くんったらー、本当に可愛いわねえ。鬼柳さんの気持ち、うんと解るわよ」
その言葉を聴いて、俺は固まった。
くん? え? 女の子じゃないのか?
あ、でもそんなのどうでもいいや。
「透耶」は綺麗なんだし。
俺が放心していると、近所のおばさんが声をかけてきた。
「あら、感心ねえ。ここらへんに住む男の子は、皆、きちんとしてて。きゃあ、久しぶりねー透耶くんー。お仕事は終わったの?」
「ええ、朝早くに終わらせました。後は郵送するだけです」
「まあ、偉いわね。でも珍しいわね、鬼柳さんはどうしたの?」
「用事があるらしくて、朝早くに出掛けました」
え? あいついないか?
もしかしてチャンスなのか?
そう思って、家に戻ろうとしている「透耶」に話し掛けた。
近所の者で、初めましてと挨拶すると、「透耶」はニコリと笑って答えてくれた。
「おはようございます」
綺麗な声だった。
笑顔も可愛いし、やっぱりこれを男だなんて思えない。
凄い細い。身長はある方なのに、小さく見えるのは細さからだろう。
今がチャンスだ。
俺はピアノなんて持ってないのに、その話をした。
最近買ったけど、なんか音がおかしい気がする。自分の耳がおかしいのか、それとも反響でおかしく聴こえるのか解らない。それで少し聴いてくれないかという嘘のお願い。
すると、やっぱり怪しかったのだろう。
「透耶」は少し考えるように首を傾げて、それから何かを思い付いたように言った。
「じゃあ、お昼前に郵便局に行くんだけど、その時でいいかな? その時くらいしか自由になる時間がなくて」
どうやら「透耶」は、行動を制限されているらしい。
ちょっと時間がないが、この機会を逃すと次はいつになるか解らない。
頷いて、マンションの番号を教えた。
「お昼前に伺います」
「透耶」は言って家に帰って行った。
さあ、早急に準備しなきゃな。


補足
……あるストーカーの日記でした。本編は20章です。
どんでん返しのミスリードです。