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私が初めて透耶様にお会いしたのは、恭一様と一緒に沖縄からお帰りになられた空港でした。
恭一様が私を紹介し、透耶様は恐縮したような表情で、私に挨拶をなされました。
「こんにちは初めまして、榎木津透耶です。お世話になります」
簡単で丁寧な挨拶に、私は好感を持てました。
「私は宝田正宗と申します。宝田とお呼び下さいませ」
私がそう申しますと、再度頭を下げられて来ました。
本当に礼儀正しい方のようです。
最初に透耶様を拝見したのは、お写真でございました。
その姿は可愛らしい少年でありました。
二度目はこっそりと、病院にて拝見しましたが、おやつれになられておいでで、とてもお労しい姿でございました。
そして、初めてきちんとした形でお会いするのは、これが初めてでございました。
目の前にした透耶様は、写真よりも遠目から拝見した時よりも、大変お美しく、失礼ですが、可愛らしい姿をなさっていらっしゃいました。
愛くるしい姿で、恭一様に話し掛けると、恭一様は優しく微笑まれて何か話してらっしゃいます。
こうした恭一様を拝見するのは、これが初めてでした。
柔らかな笑顔。
そして、瞳に映る透耶様を慈しまれていらっしゃいます。
私は、思わず涙が出そうになってしまいました。
恭一様に大切な人が出来た事は嬉しい事でしたが、こうして私にも紹介してくださり、幸せであると見せて下さった事が何より嬉しい事でした。
私は恭一様の幸せだけを願って参りましたが、そのお相手が透耶様である事もまた嬉しい事でした。
お二人が御一緒に暮される為の家探しに私はかり出されたのですが、これはという事態に出くわしました。
そう、恭一様も透耶様も世間に対して大変疎いという事です。
恭一様は何でもお出来になられますが、ただこうした家を買うなどの契約の事は何も御存じではないのです。
それから大変失礼ですが、透耶様はもはや問題外でございます。
これは本当に私がどうにかするしかないと思うようになり、そして、お二人が一緒に住まわれる家をお決めになられた時、これはもう私がいなければいけないと思うようになりました。
そこで、さっそく恭一様の父上でらっしゃる一成様に連絡を取り、恭一様と透耶様の専属執事になる為の手続きをとってしまいました。
これで、私はお二人付きの執事となったのです。
もちろん、お二人は必要無いとおっしゃいましたが、どう考えてもお二人だけで暮すには、家は広すぎるのと管理が難しいという事を言いますと、まず恭一様が黙られました。
恭一様を陥落するには、透耶様の事を持ち出すのが一番効果がありました。
本当に失礼ですが、透耶様が一人で御自宅にいらした時、何かあった場合はどうするのか?という言葉が一番効いた様です。
透耶様は、泥棒が入って来ても玄関から出迎え、あまつお茶まで出して泥棒の身の上話しまで聞いてしまいそうな雰囲気がおありなのです。
そして透耶様も断ってきましたが、これも簡単に陥落でございます。
ここ数日、ホテルではありましたが、透耶様を見て思った事は、生活感がまったくないという事でした。
食事をするのを忘れ、何処でも眠り、ぶつかり、転んでしまうのだから、一人にしておくのはあまりに危険すぎるのです。
それは沖縄でもそうだったらしく、エドワード様から報告を受けていましたので、そこをつくと、透耶様も黙ってしまいました。
私は、また恭一様のお世話が出来る事が嬉しく、また透耶様のお世話をする事も大変愉しみにしていました。
ですが、事件が起こってしまいました。
私が手配したメイドが透耶様に対し、嫉妬し、睡眠薬を過剰に与えて透耶様を苦しめていたのです。
その事実に私は気が付く事が出来なかったのは、やはりお二人のお世話が出来ると年甲斐もなく浮かれていた証拠だったのでしょう。
メイドは恭一様に恋をして、透耶様を苦しめた。
これは、恭一様にはもう許していただけないでしょう。
私はお二人の側を去る決心をしました。
ですが、意外な言葉が恭一様から発せられました。
「居なくなられると困る」
「透耶に良くしてくれるならそれでいい」
絶対に透耶様を傷つけた人間を許すはずはないと思っていた私には意外な言葉でした。
私が許されたのは、透耶様が私を好いて下さっているという事だけなのです。
その透耶様になんという事をしてしまったのでしょう。
私は後悔どころか、自決してしまいたい気分でした。
しかし、それと同時に、これからは透耶様に一層尽くそうと思ったのでございます。
恭一様にとって大切な存在だからではなく、私にとっても尽くす価値のある人であるからこそ、尽くそうと思ったのです。
お二人は大変仲が宜しいのですが、時々、そんな事で?というような喧嘩をなさいます。
今の所、勝敗は五分五分というところでしょうか?
喧嘩の内容が、コップを洗うやら、お皿を下げるとか、まあ、恭一様は何でも透耶様の為にして差し上げたいのでしょうが、それを透耶様が拒むという感じの喧嘩が多いのです。
ある日。
出版社にお二人で出かけた日の事です。
帰っていらっしゃった透耶様の様子がおかしかったのです。
私の挨拶も耳に入っていないようで、逃げるように書斎へ入ってしまいました。
車庫から戻った恭一様は明らかに怒りを表しておいででした。
一体何がと心配になったのですが、恭一様は書斎に閉じこもった透耶様に、私を殺すと脅して出てくるように言ったのです。
そんな事本気にするはずないと思ったのですが、やはり透耶様だからなのでしょう。すぐに出ていらっしゃいましたが、恭一様に怯えているようでした。
怯えたまま恭一様に言われた通りに寝室へ行ってしまう透耶様。
恭一様はキッチンに入って、買い置きしてあった果物を向いてらっしゃいました。
私には何が起こったのか解りません。
訳を聞こうにも、恭一様は荒れてらっしゃいました。
ここへ来て、初めて見る本当の喧嘩です。
それから恭一様も二階へ上がってしまい、寝室で何が起こっているのかは解りません。
私は心配で眠れず、ずっと起きて内線が鳴らないかと待っていました。
内線が鳴ったのは、それから三時間後の事でした。
呼ばれてすぐにジャグジーを準備し、寝室へ赴くと、透耶様はバスローブを着せられ、気絶なさっているようでした。
かなり泣かれたようで、目蓋が腫れ上がっていました。
恭一様は、バスルームで何かなさっていました。
見ると、バスルームにはさっき果物を入れていたお皿が割れ、床に飛び散ッていたのです。
その床には血の雫がありました。
「恭一様…」
私がそう声をかけると、恭一様にはもう怒りなどなくなり、呑気な声で。
「これ、下水に流していいか?」
などと言ってくるのです。
拍子抜けするような口調。
取りあえず、片づけは私がすると申し出て、恭一様は納得されました。
その破片で透耶様が怪我をなさってましたが、大した怪我でなく、明日にでも傷は塞がってしまう軽いものであったのには安心しました。
お二人がジャグジーを使っている間に寝室の片づけをしたのですが…。
ベッドの下から、なんといいますか…。
ディルドと呼ばれるものが出て来たのでございます。
使われた形跡があり。
これは一体どうすればいいのか、私は迷ってしまいました。
取りあえずそれを洗って、サイドテーブルにしまっておこうと考えた時、恭一様が部屋に戻って来ました。
「お、それ、捨てていいぞ」
「はい?」
「透耶にお仕置きで使ってみたが、嫌がってな。俺のじゃないと嫌だって言うんだぜ。可愛い事言うよなぁ」
恭一様は上機嫌にそうおっしゃいましたが、私は。
悪魔がここにいると思ってしまいました。
透耶様はたぶん、そういう意味でいったのではないと思われ。
解釈したのが恭一様だった為にそうなってしまったので。
その後、透耶様がどうなったのか容易に想像が尽きます。
お労しや。
この喧嘩も次の日には何ごともなかったようになっておりました。
計り知れないお二人。
私は一生お二人に尽くしていくのでしょう。
それはそれで愉しみで仕方のない事なのですよ。