switch101-55 砂礫王国

「砂漠って本当に何もない所?」

 鬼柳の仕事部屋で鬼柳が撮った写真アルバムを広げた透耶が問うた。

 鬼柳はフィルムの整理をしていたので、ゆっくりと顔を上げて透耶を見つめた。

「ああ。何もない所は本当に何もないな」

 鬼柳がそう答えたので透耶は少し身体を起こして鬼柳を見つめた。

 透耶の目はキラキラとしていて、何か話して欲しいという顔をしていた。

「中心くらいに行った事あるの?」
 透耶はわくわくした様子で尋ねた。

 鬼柳はニコリと笑って透耶の側にやってきて座った。

「あるよ。仕事じゃなかったけどな。連れていって貰ってな。ラクダで砂漠を渡ってみたりした」
 鬼柳の言葉に透耶は凄く感心を持ったようだった。

「へえ…凄い」

「凄いのは、砂漠を常に渡ってるやつらだよ。俺は付いていっただけだしな」
 鬼柳はそう言って砂漠の事を思い出していた。

「ベドウィン族って知ってるか?」

「うん。砂漠を何千年に渡って渡ってる民族だね」

 中東,北アフリカの砂漠地帯に住むアラブ系遊牧民。ベドウィンとは砂漠の住民を意味するアラビア語から転化した。人口は約300万人。

 彼らの多くは誇り高いイスラーム教徒であり,ラクダに依存した遊牧生活を伝統とし定住を軽蔑する。純遊牧のベドウィンが最も尊敬され,羊・山羊・牛を放牧する半遊牧・半定住の部族は一段下に,さらに定着農耕に転じた部族が最も低くみられる。

 純遊牧のベドウィンは砂漠周辺の定住部族を従属させ,彼らを護衛する報酬として作物の配分を受けていたが,定住民や商人からの略奪も盛んであった。

 彼らの社会では父系出自の原理が厳格で,氏族と拡大家族が重要な単位となっている。

 婚姻の形態は,父の兄弟の娘との結婚が優先され,最高4人までの一夫多妻制をとる。

 彼らはサウジアラビア王国の誕生など歴史上の大きな役割も果たしたが,第二次世界大戦後は国境を越えた遊牧が困難となり,定住の傾向が増えている。

「その人達を紹介して貰って、一緒に砂漠を渡ったんだ。アラビア語は習いたてだったけど、なんとか伝わってたから言葉には不自由しなかったよ」

 鬼柳はそう言って、一枚の写真を指差した。

 そこにはベドウィン族の人達が移っている。

 人を撮った訳じゃなく、砂漠の一部として撮られた写真だった。

「うわー本当に砂漠の人だ」

「だよな。そういうとその人達も喜ぶ」

「恭もこんな格好したの?」
 透耶は一人を指差して言った。

 それはアラブ特有の格好に砂漠を渡る人が着ている布の事であった。

「ああ、したなあ。暑さ寒さ対策だしな」

「うわ、見たかったなあ」
 透耶はそんな鬼柳を想像してそんな事を言った。

 鬼柳がそういう格好をすると、本当にそこの民族みたいに見えてしまうと思ったのだろう。
 写真は砂漠の夕暮れに始まり、朝日で終わっていた。

「綺麗だね」
 透耶はうっとりした顔をして言った。

 本当に鬼柳が撮る写真は実際にそこにいるかのように思わせるものがある。
 透耶もそれを味わっていた。

「今度行くか。深部までは無理にせよ、少しの砂漠なら透耶も大丈夫だろう」
 鬼柳が不意にそんな事を言い出した。

 透耶は驚いた顔をして、鬼柳を見上げた。

「うん、いつか行きたい」
 透耶はしっかりした口調で答えた。

 鬼柳みたいに実際にその場所に行ったら素敵だろうと思った。

 いつになるか解らない約束だけれど、鬼柳はいつか叶えてやろうと思ったのだった。