恋愛感染エゴイスト-7タイムリミット

「う……ん……」
 弥斗(やと)は安心したところで熱を出して寝込んでしまった。

 この窮屈な生活なのと、外気に一切触れることなくクーラーを付けっぱなしだったのも重なっての風邪だった。

 熱を出した弥斗に三沢は付き添っていた。濡れたタオルを頭に当てたり、氷を作っては氷枕を何度も変えたりと甲斐甲斐しい看病だった。

「弥斗」
 ここにきて初めて三沢が、弥斗の名前をはっきりと呼んだ。

「……ん?」
 ゆっくりと目を開けてみると、三沢の焦った顔が見えた。
 弥斗は熱を出してから丸一日経っている。熱は39度まであったが今は37度くらいに落ちてきていた。

「大丈夫か? 水飲むか?」
「ん、飲む……」
 弥斗がそう言って起き上がろうとすると、三沢が慌てて手を貸してくれる。
 背中を支えて抱き寄せてくれると水を口元まで運んでくれた。それを飲むとすっと胸が涼しくなる。

「ありがと……」
 礼を言ってまた寝転がると、頭にあったタオルを濡らしておいてくれた。
 そしてその冷たい手が弥斗の頬を撫でる。優しい撫で方だった。

 そのまま弥斗は眠ってしまうと三沢は何度か確認してから部屋を出た。そこに一人の男が立っていた。

「下がんねえの?」

「なんだ、松居か……いややっと下がったところだ」
 三沢はホッとしたように息を吐く。そんな三沢の様子を見て松居は驚く。

「お前でも驚いたりするんだな」
「……まあな。で何か急用か?」
 三沢はやっと顔を元に戻して、いつもの表情に変わる。冷たい人を人とも思っていないそんな表情だ。

 三沢のいつもはこんなもので、弥斗の前でしてたような表情はしたことはなかった。
 三沢がこうなったのも、実は西巻のことと関係があった。それは弥斗には黙っているという約束で、三沢は西巻久弥から弥斗に近づくことを許されたのだ。

「じいさんがそろそろ時間だって言ってるぞ」
 松居のその言葉を聞いて三沢はもう三週間も経ってしまったことを初めて実感した。

「そうか、もうそんなに経ってたか」
 三週間も弥斗を閉じこめ、ずっと独り占めしてきた。それは久弥との約束の時間で、タイムリミットでもあった。

 やっと弥斗を抱けはしたが、心までは貰えなかった。
 それだけははっきりとしていることだ。

 誘拐にかこつけて、ずっと閉じこめた結果は出なかったが、はっきりとした結果は出てしまった。弥斗は自分のものにはならないという決定的な結果。

「時間忘れるほどだったのか?」
 松居が意外そうに尋ねる。それに三沢は寂しそうに笑う。

「そうだな。随分と無理をさせたと思う」
「まあ、実際寝込んでるわけだし」

「……」
 三沢は何も言わずに部屋の方を見る。

 もう手に入らないものを眺めるのは性分ではないし、これを機会にきっぱりと諦めるつもりではあったが、何故か諦めがつかないものが残っている。

 これは一体なんだろう。胸にある熱い思いが消えてなくならず、優しく小さな炎になってしまうのは。
 
 弥斗は寝始めた時に三沢が出て行くのを見た。
 すると誰かがいる気配があった。何かと思い起き上がってドアに近づく。

 ふらふらする頭で外の会話を聞いていると、自分はどうやら解放されるらしい。
 最初に懸念した誘拐の件は、三沢が正直に言ったように祖父の指示だったようだ。

 三沢は最初から真実を言っていたし、間違ったことではあったが、それでも気持ちを伝えようとしていたのだろうか。
 そう考えると、三沢のしてきたことは酷いことだと思う。

 こんなので気持ちなど動かないのは普通だ。
 動かないのが普通なのに、なぜ弥斗は今泣いているのだろうか。

 そう、三沢は自分を欲しいとは言ったが、好きだからとは言っていなかったからだ。
 好きだと言われてないのに好きだと思うのが悲しい。相手は時間内でしか口説いてくれやしないというのだ。

 このまま諦めるのか。
 このままここの出来事を忘れてしまうのか。
 それより自分は三沢のことをどう思っているのか。

 それが分らない。何故自分がこんなにもショックを受けているのかさえ分らない。
 色々考えても分らない。分らないまま立ちつくしていると三沢が戻ってきた。

 部屋に入ってすぐに弥斗が立っていたことで何もかもバレたことを察したように三沢が言う。

「もう解放して上げられそうです」
 ここに来た時と同様の敬語を持ち出してきて三沢は言った。
 ああ、もう終わったことになってしまったのかと弥斗はポロリと涙を見せた。

 そんな簡単に決着がつくような決意で自分は諦められるようなものだったのか。

「泣くことはないですよ。もう大丈夫です」
 何が大丈夫なのか。三沢はもう大丈夫かもしれないが弥斗は全然大丈夫ではない。

 これでは酷すぎる。

「これから先は松居というものが貴方を家に送ります。熱はもう大丈夫なくらい下がってますから、後は家でゆっくりなさってください。説明は久弥様が戻られたらお聞きになってください」

 三沢はそう言って弥斗には一切触れようとはせずに部屋を出て行こうとする。だが一旦立ち止まって振り返り、困った顔、そう泣きそうな顔をして言い直した。

「いえ、忘れてください。綺麗に忘れて生きてください」
 三沢は最後に本当に優しい顔を見せてそのまま部屋を出て行った。
 何がどうなってこうなったのか弥斗にはまったく納得できない終わりだった。

「……酷い……なんで? どうして?」
 ポロポロと涙があふれてくる。流れる涙は止まってくれなくて、やがて前が見えなくなり弥斗はその場に座り込み泣き続けた。