calling-4

 アリョーシャが何処にいても結局は変わらないと気付いたのは十歳の頃。
 自分が生まれる前に父親は他の女のところに逃げたことがあるという。他の女とはいえ、自分の母親とは結婚する前のことだから浮気とは言わないのだが、それでも父親は自分に与えられた役目の重圧に耐えられず、一年間、組織を抜けていた。
 出会ったのは日本人女性、名前はるみ子。そう聞いた。
 一人の子供とるみ子の母親を連れ、フランスで暮らしていた。そんなところに父親は住み着いていた。るみ子は訳ありで日本を追い出されたのだという。だが金は持っていた。一文無しだった父親は、そこに転がり込んでヒモのような暮らしをしていた。
 さすがに組織の人間に見つかり連れ戻されたけれど、それでも父親はあの時は幸福だったと思っている。
 その時期に父親はそのるみ子に子供を産ませていた。いや正確には子供ができていたのを知らなかったというのが正しいだろう。捨てるように別れることになった女の腹の中など知りようもない。
 るみ子もできていたとは思ってなかったのだろうが、処理が間に合わなかったのか生んでいた。そして日本に帰っていった。その話はそれで終わる話だった。
 その子供が生まれた経緯に気付いた人間がいた。
 ロシアから日本の沖縄に嫁いだ、アリョーシャの叔母に当たるアナスタシアことナスターシャだ。彼女は沖縄からフランスに行ったるみ子を甚(いた)く心配して監視を付けていた。その結果、自分の弟がるみ子とできていて子供まで設けていたことを知った。そしてそれを自分の父親に報告したのである。
 だからるみ子は知られてないと思っていたし、ナスターシャの夫はるみ子の子供の父親のことは知らない。こんなややこしいことになるなら、知らない方がいいだろうとナスターシャは父親であるエンヤにしか報告しなかった。エンヤも自分の息子、グリーシャが既に結婚して、アリョーシャが生まれているのだから混乱を起こすのはよくないと、黙っているように言ったのだ。
 そしてそのまま時は流れた。
 マトカとは何の関わりさえ持たないまま、ひっそりと生まれた従姉の茅乃(かやの)は、沖縄で十六歳まで育ったが、やがて家出をした。
 だがそれは更にややこしい出来事の幕開けだった。
 よりにもよって金糸雀(ジンスーチュエ)の一族の末裔と結婚した。子供は一人、グリーシャには孫になるし、アリョーシャには甥になる。そんな子供は様々な事件に巻き込まれながら、金糸雀の末裔として黒社会に躍り出た。
 アリョーシャは金糸雀(ジンスーチュエ)伝説を信じてなかった。
 実際、金糸雀と騒がれていた子供、織部寧野は金糸雀の特徴など見せないまま生きている。伝説は伝説のままであるが、それによって騒動が起きた。
 信じられないし、確かめたわけでもないが、そんなものは存在しない。
 そう信じていた。
 だが、そのアリョーシャの元に、沖縄の高嶺会名誉顧問真栄城安里(まえしろ あんり)から妙な依頼が入ってきたのである。
 こんな父親の不始末を思い出したのもこのせいだ。
 安里は、ナスターシャの子供で、今でもグリーシャとは付き合いがある。それなのに、アリョーシャを名指しで依頼をしてきた。
 わざわざハワイまで出かけ、安里と会う。
「初めましてかな? アリョーシャとは」
 もう五十歳に近い男だったが、日本人の見た目は予想がつかない。三十代に見えるその男は、わずかなロシア系だと分かる程度の見た目だった。ロシア人からすれば日本人に見える外見だが、本人はロシア人だといじめられて育ったと言うから、人の感想は当てにはならない。
「初めてだな、確かに」
 沖縄との取り引きは主に古我知(こがち)という人間と行っている。ずっと表に立っていた真栄城光藍(まえしろ こうらん)が、半年前に死去したことからだ。何でも最後は痴呆になり老衰という末路だったらしい。この安里はその光藍の息子だが、反抗期からずっと反抗期らしく、父親光藍とは和解すらせずに終わったという。
 光藍が消えると沖縄の取り引きはすべて安里が窓口になった。古我知(こがち)が面倒臭がったというのが理由らしい。
 今の時代、ヤクザも警察に睨まれていて、昔のような抗争など起きたりはしなくて平和なのだという証拠で、沖縄では無敵である高嶺会がマトカの加護など必要ではないということなのだ。
 それでも細々と続く取り引きは、グリーシャが一手に受けていたし、最近では沖縄に駐屯するアメリカ軍とのやりとりの方が多く、あまりマトカとの繋がりはないと言えた。
 そんなところから、グリーシャでなくアリョーシャをと来れば、面倒なことだろうとしか予想がつかない。
「実は人を一人誘拐してきてほしい」
 安里がそう切り出して資料を出してきた。
 それを受け取って中身を見る。
「私が欲しいわけではなく、他のマフィアが欲しいんだそうだ」
 いきなりそう言われ、下請けの下請けみたいなことになっているのに気付いた。更に資料を見てハッとする。
 そこにある写真は織部寧野と呼ばれる金糸雀の一族の末裔だ。
「これは……」
「そうさ。金糸雀(ジンスーチュエ)。そっちでは金糸雀(カナレイカ)って言うんだろうな」
 ロシア語ができる安里は、そう言い換えてきた。
「だが」
「そう、こいつが本当に金糸雀(カナレイカ)かどうかなんて、向こうはお構いなしだそうだ」
「つまり、子供を産ませるということなのか」
「そういう気長いことに手を出してみる気になるんだろうな」
 依頼主を見ると、妙に納得ができた。
 依頼主は、イタリアンマフィアのデル・グロッソ。その幹部のパオロ・アラゴンからだった。
 デル・グロッソは、一年半前にボスであったロレンツォがイタリア当局に逮捕され、更に次男のジョルジオ一家を殺害した容疑で、長男のアレッシオが指名手配され、長女のダニエラが共犯で逮捕されていた。つまりデル・グロッソ家は壊滅したと言える。それに共なりデル・グロッソというマフィアは、クトータという組織に縄張りを乗っ取られ、瀕死の状態だ。
 確か、ロレンツォの妹、レティシアが辛うじて残っているデル・グロッソをまとめているはずだ。そんなところからの依頼なら何となく分かる気がする。
 クトータに乗っ取られたイタリアの主要なところを取り戻すには何年かかってもかまわないと考えているのだろう。
 子供が金糸雀(カナレイカ)になるには十年ほどかかるが、それでも欲しいと考えるほど切羽詰まっているらしい。
 殺された次男ジョルジオの嫁だったのは、ナスターシャの娘、青良(せいら)はこの安里の双子の妹なのだ。その時の繋がりがあるらしく、日本人なんだから日本人が誘拐しやすいだろうと思われて誘拐を頼まれたらしい。
「だが問題があってな。一応身内なんだわ、それ」
 見捨てたとはいえ、織部寧野は安里には親戚にあたる。見捨てた時は安里が関わりがあるわけではなかったので口出しすらできなかったが、もし口出しできていたとしたら引き取っていたという。
 まぁそれは織部寧野が金糸雀(カナレイカ)だと分かっているからそう言い出しただけではないようだ。実際、両親の死亡で身柄が宙に浮いた真栄城俐皇も引き取りはしようとしたようであるから、嘘ではないだろう。
「さすがに目覚めが悪いということか」
「それもあるが、織部寧野には顔が割れてるんだ俺や身内は」
 つまり安里のところから誘拐する人間をだそうとすると、沖縄の関係者になる。どうやら日本人でも沖縄の人間は特殊らしく言葉も違うところがあり、近くによっていけば目撃者も増えて、沖縄の人間=高嶺会(たかみねかい)の仕業だとバレてしまうというのだ。
「さすがに古我知(こがち)に無断でドジ踏むわけにもいかないので、どうせなら混乱させた方がいいと」
「ああ、ロシア人ならマトカも赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)も分からないってことか」
 思わず納得できる理由が浮かんだ。
 織部寧野はここのところ、ロシア人と付き合いがある。取り引き関係もそうだが、窓口が織部寧野なのだそうだ。そのせいで、付き合うロシア人も多く、すべての顔を覚えられているわけではない。そこにそれらしい人間を入れて騙せないかということなのだ。
「琉球(りゅうきゅう)よりは、ロシアの方が馴染みが出てる日本人ってことかな」
 それらしい理由は分かった。
 安里の思惑がどうであれ、依頼は依頼だ。
 ただ問題は他にもありそうだった。
「その織部はな、東京の山の方に住んでいて、そこがまた問題なんだ」
 織部寧野がふだん暮らしている場所は東京ではあるが、東京の山がある方である。だが問題は、その地域だ。
「宝生組の関係者が外で暮らしていけずにそこに集まって暮らしていた場所なんだ。だから宝生の身内ばかりで、出て行くのは多いが入ってくるには難しい」
 厳選された人間しか長年入れなかったというから、スパイ活動は困難だ。
「家でのんびりしているところを襲撃とはいかないわけか」
 一番油断するであろうところが分かっているのに、襲撃は効かないのだという。そういう場所なら武器などもたんまりためているだろう。
 過去にもそこが襲われたことはないらしく、まさに籠城ができる屋敷だと安里が言った。
「出てくるところを待つしかないな」
「そこで赤い雪(クラースヌィ・スニイェク)だ」
「ははぁ、それを使うわけか」
 心得たようにアリョーシャが頷く。
 だがとアリョーシャは思う。
 安里は自分が身内だから手を出しにくいといいながら、その身内を売ろうとしている。それも奴隷になると分かっていてだ。
「確か織部寧野の身内をお前が養っているんじゃなかったか?」
 不意にそうツッコムと、安里は肩を竦(すく)める。
「そう言ってやったんだが、関わりたくないと」
「へぇ」
 どういうことなのか、見たくもない人間というわけなのだろうが、それが家出をした娘の子供だからというわけでも、金糸雀(カナレイカ)だからというわけでもなさそうだった。口に出しても言えない何かがあるのではないかと思えたが、るみ子は口にすらしないようだ。
 安里が気にもしていないところを見ると、本人も知らないらしい。
 これは気になるところだから調べるとしてだ。とりあえず織部寧野に近づいて金糸雀(カナレイカ)であるのかどうかくらいは調べてもいいだろう。
「わかった。とりあえず誘拐できるのかどうかは分からないが、仕掛けては見る」
「こっちの返答は捕らえたときでも構わない。どうせ十年も待つような人間たちだ。多少は誤魔化しでも問題はないだろう。金額もあちらの言い値だが、更に私からも同じ額を出すということで。ただ他にも問題があって」
「なんだ……?」
「このデル・グロッソで、この指令を受けたのが三人いるということだ。一人は、ピエトロ・リアルディ、自分の組織を使っているようだ。もう一人は依頼人、俺たちに任せてくれればなんとかなるが、じれた時が問題だ。三人目はリナルド・ガリアーノ、こいつもどこかへ依頼したようだが、依頼先は不明」
 それを聞いてアリョーシャはため息を吐く。
 それらの人間と鉢合わせる可能性が高いというわけだ。
 面倒くさい仕事だが、何も自分でやる必要はないわけだ。
「まあ、やってはみるが期待はしないでくれ」
「分かってる。できなきゃ突っ返してやるさ」
 安里はやっと自分の目の前から厄介なものが消えたとほっとしたように去っていった。
 そこに残ったアリョーシャは電話をすぐに取ってかけた。相手は十回コールで電話に出た。
「仕事を頼む。資料は今から届ける」
『オッケー、ボス』
 電話で詳しく言わずに頼むが、相手も何も言わずに請け負う。
 次期ボスの頼み事を断る人間などマトカにはいない。そういう風になっている。
 だがとアリョーシャは考え、ソファに座り込む。
 やはり気になるところだ。
 あの安里が顔や名前が知られているからと言って、報酬がいい仕事を会長である古我知(こがち)に内緒で回してくるのは怪しい。もっともらしく言っていたが、安里の方がもっと簡単に織部寧野を引き寄せられる餌を飼っているではないか。
 あの真境名(まじきな)るみ子という女。織部寧野の祖母で、助けを求めた織部寧野をむげなく捨てた女。
 さすが鬼畜な女よ。自分の身のためなら身内すら売る。娘どころか孫までも躊躇なく。こんな女の何処がよかったのか。実の兄の子供を産むような女のどこが。
 ガジャンと音がしてアリョーシャはハッとする。今自分は怒りを覚えて、持っていたグラスを壁に投げつけたのだ。
「ボス!」
「大丈夫だ」
 散ったガラスを部下が片付けるために別の部屋に移ったアリョーシャは、落ち着かない気持ちをもてあまして、しばらく歩き回ってからソファにふと思いつく。
 もしかしなくても、その外道なるみ子を持ってしても、側には置きたくすらない何かがあるのか。あの何でも利用する光藍すら拒否した何かがあるというのか。真栄城俐皇という男すら利用する光藍が、利用価値のありそうな立場の人間を育てもせずに、敷居をまたがせることすら拒否するようなそんな背景が織部寧野にあるというのか。
 そしてそれを口にも出さずにきた理由。
 絶対的にやっかいなことがあるというのだ。
 貉(ハオ)の元龍頭(ルンタウ)の血筋だという理由だと弱すぎる。あの組織程度、振り回されるような光藍(こうらん)ではないはずだ。まして今やその存在は消えている。だからるみ子がそこまで忌み嫌う理由はないはずだ。
 それ以上の何が恐ろしいモノがあるとすれば、それ以上の存在だ。
 そこでアリョーシャはハッとする。
 織部寧野に関して異様に心を砕く鵺(イエ)の人間。
 宝生組の若頭宝生耀(ほうしょう あき)の時代に、取り引きをしてまでも織部寧野を守るような態度。貉(ハオ)の関係者だからという態度にして違いすぎる扱いには何かあると思ったが、もしかしなくても身内なのか。
「まさか……血筋なのか鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)の」
 口に出してみればしっくりきた。
 織部寧野は、龍頭(ルンタウ)の血筋なのだ。
 前龍頭(ルンタウ)蔡(ツァイ)司空(シコーン)は、隠し子の一人だけを育ててこの世を去った。それが今の龍頭だ。その司空(シコーン)が子供をもう一人残していたとなると、時代的には織部寧野の父親寧樹(しずき)ということになる。
 祖母の愛子(エジャ)の相手は貉(ハオ)の龍頭ではなく、鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)だった。そう考えれば貉(ハオ)の奇妙な行動にも理由があったことになる。
 愛子(エジャ)を監禁するどころか、殺すこともできずに放逐したのは、それが分かっていたからなのだ。恐ろしくて知るものは全員抱えることができなかった。もちろん司空(シコーン)に知らせることもできなかった。
 殺すのは簡単だがそれを知られた時の方が恐ろしい。龍頭(ルンタウ)の子供を殺したとなれば、当然全面戦争だ。当時の中国では鵺(イエ)の恐ろしさは身にしみていたはずだ。
「は、はは。まさか……」
 現龍頭(ルンタウ)はそれを知っている。唯一の身内だと。それでかばい立てをしたし、織部寧野を何度も助けた。
 貉(ハオ)の金糸雀(カナレイカ)の一族でマトカのボスの孫で鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)の身内。そして高嶺会(たかみねかい)の安里の親戚で、元宝生組の若頭で現白鬼(なきり)宝生耀(ほうしょう あき)の恋人。手を出すとどこから何が出てくるのか分からないほど入り組んでいる。
 るみ子は知っていて受け入れるわけにはいかなかった。
 鵺(イエ)とは沖縄や台湾で衝突している高嶺会が、身内に龍頭(ルンタウ)の血筋を迎えたら、高嶺会は終わる。光藍の手の内だとしても、それが鵺(イエ)のスパイになり得るからだ。
 ただでさえ鵺(イエ)を刺激したくないところを身内に何かすれば、当然報復はある。チャイニーズマフィアの復讐はそれは恐ろしいと聞く。
 それを光藍(こうらん)が恐れていたとしても不思議ではない。関わらないようにするのが精一杯だったのだ。
「だから煌和会(ファンフォフゥイ)は、香港から消えたのか」
 一年前に鵺(イエ)と煌和会は全面戦争になった。前から島争いをしていたが、それが突然、鵺(イエ)から宣戦布告もなく襲撃が続き、同時期イタリアで支部を何者かに半壊させられた煌和会は撤退を余儀なくされ、シンガポールに逃げた。
「織部寧野が行方不明になっていたのはその時期だったな」
 まさか織部寧野を、煌和会が手に入れていた? そして今は宝生耀(ほうしょう あき)の側にいるから宝生耀か鵺(イエ)が取り返すために煌和会(ファンフォフゥイ)とイタリアで衝突した。
「いや、あれは真栄城俐皇が……だったな」
 あの騒動で真栄城俐皇と煌和会は衝突した。イタリアはそれで混乱した上にロレンツォが逮捕され、俐皇の両親を殺した人間や指示した人間が見つかった。
 だが殺人を指示したとされる長男アレッシオは行方不明のままだ。
 噂では消されたのではないかと言われているが、あれは警察が俐皇を疑っているところもあると聞いた。
 現在クトータに食われているデル・グロッソが、たまたま織部寧野の持つ金糸雀(カナレイカ)の力が次の世代に繋がると思って行動しているが、織部寧野を巡る騒動は危険ではないかと思えた。
 どこがどう繋がっているのか分からないが、織部寧野を動かすと黒社会に混乱が起きている。
 皆が鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)の血筋だと知っていての行動ではなく、金糸雀(カナレイカ)として欲しがっているからなのか、それとも織部寧野自体がそれほどまでに魅力なのか。
 金糸雀(カナレイカ)として有名なはずの織部寧野の背景は、想像するほどに複雑だ。どうなっているのか知りたくなるのは何故か。
 どちらにせよ、手に入れてみる価値はありそうだ。
 邪魔なただの甥だと思っていたが、思った以上に貴重なのではないか。
 もし本当に金糸雀(カナレイカ)であれば価値は上がる。子を産ませてもまた価値がある。そして鵺(イエ)の龍頭(ルンタウ)の血筋だとすれば、鵺(イエ)への牽制に使えるかも知れない。踏み込めなかった中国やアメリカの鵺(イエ)の縄張りを踏み荒らせるかもしれない。
 だんだん目障りになってきた白鬼(なきり)にも打撃は与えられる。織部寧野を捕らえれば宝生耀も捕らえられるかも知れない。宝生耀(ほうしょう あき)を捕らえれば織部寧野を操るのも楽になるか見知れない。
 様々な打算が生まれてくる。ifという言葉では信用できないが、夢を見てしまう人間なら誰でも思うことだ。
 そこでアリョーシャはハッとする。
「私も人のことは言えないな……」
 金糸雀(カナレイカ)伝説にうつつを抜かす組織を馬鹿にしてきたが、いざ真面目に考え出すと同じ馬鹿になってしまう。ただの妄想で終わらすのか、それと実行してしまうかのどちらになるかが問題だ。
 アリョーシャはその実行を依頼された。
「ちょうどいい。どういうものかこの手で捕らえて確かめてやろう」
 様々憶測と打算を織部寧野一人捕らえることで、解明する。どれも嘘であれば、お望み通りデル・グロッソにくれてやればいい。仮説が本当だったとしたら、それはそれで想像通りに利用すればいい。
 そう考えると退屈だった気持ちがなくなっていく。
 たった一人の人間に踊らされているのだろうが、それでも踊っている時の方が楽しいのは事実。
「安里、お前の狙いも見定めてみようか?」
 あの真栄城安里(まえしろ あんり)のことも気になることだ。
 身内の織部寧野に何の関心も示さないのは、他にも理由があるのではないかと。
 それらを解決するためには、まず織部寧野を捕らえる必要がある。そのためにアリョーシャはもう一度電話をかけたのだった。