ROLLIN'1-番外編 わがままな手

 俺が帰宅すると、まず甥の耀が出迎えてくれる。

「パパ、おかえりー」

 パパというのは、ただの便宜上の事で、耀は本当の自分の子供ではない。兄の子供だったのだが、病死し、母親も事故死している。

 それで仕方なく自分が面倒を見る事になってしまったのだ。最初は煩わしいだけの存在だったのだが、因果 な生活をしているお陰で、殆ど面倒は見てなかった。

 約二年程はまだ小さかったから他の組員にも面倒をみさせていたのだが、この耀という子供は侮れない。

 いつだか、俺の隠している写真を見つけ、そこに写っている仲が良さそうな男友達の写 真を突き付けてきいてきたのである。

 俺、宝生楸は、今年24になったばかりの、宝生組の五代目組長なのだ。

 いやいや請け負った役割ではあるが、仕事はそれなりにこなしていた。ヤクザという商売だが、やる事は山程あるのである。こんな因果 な生活は何もならないとは思っていたが、それも耀が組長としてやっていけるまでという期限付きの組長なのである。

 残された耀1人に背負わせるには、重荷ではあるし、内紛も起こりそうだったので、組長という職につくことになってしまった。
 男所帯にはなんの潤いもない。

 ただ耀を厳重に警備させて、他の組から苦情が出ないようにするのがやっとである。

 その耀が見つけた写真は俺にとっては大事な宝だった。
 二年前、親友と呼んでもいい程の相手。
 でも制御がきかずに終わらせてしまった友情の証でもあった。

「これ、だあれ?」
 そう聴かれて、久しく見なかった写真を俺は見つめた。

 一緒にいるのは、仲良くなってすぐに撮られた写真。
 本当に懐かしかった。
 でも二度と触れてはいけない人でもあった。

「友達だった人だよ」
 俺はそう答えた。
 そうとしか言えない。

「綺麗な人だね。男の人?」

「ああ、綺麗過ぎて眩しかったな」

「好きだった?」

「ああ、好き過ぎてダメになった」

 俺は子供相手でも子供を相手しているつもりもなく普通に話して聞かせた。
 懐かしかった。

 そこに映っているのは、月時響という青年。
 俺が喧嘩に巻き込まれた時に無条件で助けてくれた人だった。

 華奢な身体付きなのに、喧嘩はめっぽう強いというギャップをしていた。そして連れて行ってくれたバーで俺の両親の話を聞けた。
 そして、月時家は宝生組に借金をしている事も知った。

 あれからもう2年経っている。

 出会ってから一年ほど一緒に過ごした友人。
 でもその関係を壊したのは自分だった。

 そう、俺は月時響に恋をしていた。抱きたいと思う程に思ってしまったのだ。

 実際抱いたし、それをなかったことには出来なかったので、俺の方から別 れてやった。

 次に見つけたら覚えておけ。
 そんなセリフを残した。

 響が怖くて二度と俺に会いたいとは思わないようにして逃げ出した。
 それからの俺は組長後継者として立ったから、探す事もしなかった。まだ探す時期ではないと思っていたのもあった。

 ただ繋がりは借金だけだった。
 時々、響の姉である雅に会って返済をすませていた。

 そこでは、響の話は一切出なかった。
 姉との約束で、今後一切響の生活に関わりを持つ事を禁じられていたからだ。

 それはそれで良かった。次に見つけた時、自分が響を手放す事はしないだろうと思ったからだ。

 耀はそんな話を聴いて、次第に不思議な顔をしていた。

 欲しい者は何でも手に入れてきたパパらしくないと思ったのかも知れない。それでもどんな事が出来たとしても、俺は月時響だけには慎重だった。



 それがある日の事である。
 耀が出かけたと聞いて、組が騒然となった日の事。

 仕事先から速攻に戻って、自宅で耀のボディーガードの九猪に連絡を取ってみると、耀は誰かを探しているらしいとの事。

 ターゲットは見つけたらしく、組に戻ってくると言う。
 誰を探していたのかは知らせて来なかった。

 まあ、耀がちゃんと組に戻るつもりでその人物とタクシーに乗ったという報告を受けて家で待機していた。

 こういう勝手な行動を取ることはしてはならないと日頃教えていたはずなのに、それでも耀は従わなかった。

 人探しなど他に頼めば出来ることだからだ。
 とにかく誰を探していたのかは気になる所である。

 1時間程して、耀はちゃんと戻ってきた。

 それも意外な人物を連れて。
 リビングで見たのは、錯角かと思った。

 そこに座っているのは、あの月時響だったからだ。

 まさかと思った。
 有り得ないとさえ。

 自分の目がおかしくなったのではないかとさえ思えた。
 これが間違いでなければいいとさえ思えた。

 やっと見つけた。

「何故、響を探したんだ」
 俺は驚いてたが、顔は冷静そのものだったはずだ。

「だって、パパも探してた。僕も響に会ってみたかったんだ」
 俺の話で、響の事を知っていた耀は、パパの為に響を探していたという事になる。 

 なんと頼もしい子供だ。
 思わず笑顔になってしまう。

 その連れて来られた響は始終怯えた様子で、仕事があるからとか言い出し逃げ出そうとしていた。
 だから逃げられないようにした。 

「お前は耀からの贈り物だ。帰す訳にはいかない」
 真剣な俺の言葉に、響は目の前が真っ暗になったようだ。

「全員、部屋から出ろ」
 俺は黒服の部下に命じて、耀と共に部屋から人を追い出した。

「楸!」
 響は必死に抵抗をした。
 喧嘩には慣れているから、すぐに行動に移した。
 まず腕を取り戻そうとして蹴りをくり出したのだが、昔より強くなっていた俺には通 用しなかった。
 取られた腕を捻り上げると、それだけで響は身動きが出来なくなってしまう。

「楸!」

「逃げないか?」
 耳元で低く言うと、痛さのあまり響は頷いてしまった。
 頷くと同時に腕が離し、ソファに投げ出した。これで響は逃げないはずだ。

「ちくしょー。お前、腕上げたな」
 倒れこんだ響は自分の腕を摩りながら、俺を睨み付けた。

「何考えようとお前の勝手だが、今の状況で言うセリフじゃないな」
 俺はネクタイを弛めて響の隣に座った。
 煙草を取り出して吸い始める。
 俺はニヤリとして煙草を響に差し出した。

「いらない。煙草は吸ったことはないんだ」
 そう言って断わった。
 それから響はどうでもいいような質問をしまくった。

 たぶん、このまま俺に抱かれるのではないかと警戒しての事だったと思う。
 それでも異様に帰りたがる響に俺は言い放った。

「忘れたのか。お前は俺の懐に入ってきたんだぞ。やっと見付けたのに何もせずに帰すとでも思っているのか?」
 俺は響の目を見つめてそう言ったのである。

「俺は礼こそ言われても、何かされるつもりはないぞ!」

 響は立ち上がって逃げようとする。
 だが、その足を俺は掴んで引き戻した。
 俺は煙草をもみ消すと、倒れている響の上にのしかかった。

「見付けたらどうなるか」
 そう俺は呟いた後、響にキスをした。
 それも激しく。
「んんっ!」
 抵抗しようにも、そのキスだけで全身の力が抜けてしまうだろう。
 舌が口の中に入り込み、響はほとんど抵抗出来ない。

 俺はやっと見つけた響に夢中になっていた。
 キスが出来る距離に響がいる事がその行為を助長させる。

「は……あ……っ!」
 唇の向きを返る度に響は甘い声を洩した。
 抵抗する気をなくしてしまうキス。
 それが離れると、二三度軽いキスを俺はして響を離した。

「……はぁ……はぁ……」
 響は全身で息をしなければない程の荒い息遣い。
 ぐったりとして動けなくなってしまった。
 自分はキスする方だからされる方に回ると弱いのだろう。
 俺と別れてから女の人とも付き合ったらしいが、まだまだお子さまだ。

「気が済んだのか」
 それで気が済む俺ではない。

「まだだ」
「まだってなんだ!」

「抱きたくなってきたって事だ」

「そんなの御免だぞ!」
 そう叫んで響は立ち上がろうとするが、身体に力が入っていなかったのか、転がってしまう。

 腰に力が入らないのだろう。
 あのキスでやられてしまったというところだ。

「腰がくだけるようなキスしてやったから立てないだろう」
 勝ち誇ったように俺が言った。

 それから、借金の話になった。

 律儀な響は、姉が借金を払えなくなってしまっている状況を気にしているようだった。それについて俺は別 の提案をした。

「別の方法で返すか?」

「は?」
 響はキョトンとした顔つきになった。

「俺の愛人になれ。そうすりゃチャラにするのも簡単だぞ」
 平然と俺は言い放った。
 響は一瞬呆然としていたが、そんなの出来る訳がないと思ったのだろう。

「ふざけるな!俺は真面目に話しているんだ」
 響は本気で怒った。

「というのは冗談でも、いい働き口があるぞ」

「何だそれは」

「耀の家政夫」

「は?」
 ポカンとした顔になる響。

「お前、自炊してたから料理作れるだろ。耀の偏食を治してくれたらいいと思ってな」

「そんなので簡単に治るわけないだろ。俺は栄養士でもなんでもないんだからな」

「だったら、一緒に食事してくれるだけでもいい。俺は忙しくて一緒には無理だからな」
 響の承諾はいらない。

 こうやってキスまでしてまだ自分の熱が冷めてないのを感じたから。

 卑怯な手段を使って、響を手許に残す方法を思い付いた。
 耀を使った、それだけで、響は降参したようである。昔から小さい子には弱い響。頼まれると断れない性格も解り切っている。

 だから利用した。
 それから響の荷物を全部このマンションの部屋に運んで勝手に話を進めた。

 その方がぐだぐだしなくていいと思ったからだ。

 そして俺は月時響を手許に置く作戦に成功したのである。