ROLLIN'1-17

「ちょっと待て……」
 ベッドに入るなに、楸が上に覆い被さるようにしてきた事で響は嫌な予感がした。

 こうなったらいつも通りに流されてしまうからだ。

 今日は特に遠慮したい雰囲気だ。何故そうなのか。あの早瀬の話をしてから何故か気分がそういう気分になっている楸を見ていて余計に嫌だと思ったのだろう。

 何故?
 普段は抵抗はしても最後まで抵抗はしきれてなかった。

「待てはなしだ。せっかくの雰囲気なのにな」
 楸はそう言って、また待てと言いそうな響の唇を塞いだ。

 最初は軽く、次に深く。歯を食いしばっているのを舌で合図してあけるように舐め上げて行く。そうなると響も抵抗は出来なかった。ゆっくりと口を開いてしまって、結局楸を受け入れることになってしまった。

 何度も向きを変えては、楸は激しいキスを仕掛けてくる。響はそれを追うだけで精一杯。

「は……あ……んっ」
 向きを変える度に口から漏れるのは甘い声だけだった。否定の言葉は浮かばない。キスだけで流されてしまう。
 本当に楸の事を受け入れてなければ、身体を開くことさえ出来ないはずである。

 クスリを使われたとはいえ、早瀬相手ではぞっとした肌を撫でる仕草さえ、楸相手なら鳥肌どころか、そこから熱くなっていくだけなのだ。

 慣れているからという言葉では片付けてはいけない。
 そう思い出すと、自分は本当は楸の事が好きなのではないだろうかと思えてしまう。
 だから身体を開く事にも躊躇しないのかもしれない。

「はぁはぁ……おれ……なんで?」
 キスがやんだところで響はそう呟いていた。
 自分の身体を這い回る手は、響の中心に達している。

 キスだけで感じてしまったのか、そこは既に固くなってしまっている。そんなに感じるものなのかと思ってしまう。

「どうした?」
 胸の突起を弄びながら、楸が聞き返した。
 響は両手で自分の顔を覆っていた。

 不思議に思った楸は、その両手を剥ぎ取るようにしてまたキスをしてきた。

「ん……」
「何がなんで?」
 耳元にもキスをしながら楸はもう一度問い返す。
 響は甘い息を吐きながら呟く。

「なんでこんなに……身体が熱くなる……んだ」
 その疑問に楸はクスリと笑った。

「そりゃお前、そうなるように俺がしてるからだ。ちゃんと感じているなら熱くなって当然だ」
 楸はそう答えて、響の顔中にキスをした。

「お前だから、月時響だから俺はそうしている。感じないセックスなどしない」
 楸は何度も繰り返した言葉をもう一度繰り返して聞かせた。

「誰でも……そうなるのか……」
 響はそう言って少し泣いているようだった。

 不安だった。自分の身体がおかしいのではないだろうかと思い初めていた。男に感じさせられてよがっている自分。それを持て余しているのは確かだった。

 これは自分では無いとさえ思ったこともある。そうしないと駄目な気がしたからだ。

「早瀬には感じなかったんだろ?」
 泣き始めた響に様子がおかしいと思ったのか、楸は手を止めて響の顔を覗き込んでいた。

「気持ち悪かった……」
 響はあの感覚を覚えて、思わず鳥肌がたってしまった。

 そこを宥める為なのか、楸が腕や身体を手で撫でてくれた。するとそこから鳥肌は消えて行く。変わりに熱い熱が伝わってくるのである。

「思い出しても鳥肌が出る程なんだな。俺が触ったら消えて行くんだが」
 そうした感覚が解るのか、楸はクスクス笑っている。
 面白いとでも思ったのだろうか。それとも響を更に愛おしいと思ったのだろうか。

「それってどういう事……」
 何故楸が触っただけで、そこから癒されていると思えるのか。それが響が悩んでいる所だった。

 だが、そんな響の悩みをたった一言で楸が片付けてしまった。

「少なくとも、お前が俺の事を好きなんだろうな」
 楸の言葉に響は目を見開いて驚いていた。

 俺が楸を好きだから?

 そう言われて、思い当たることもある。
 でなければ、こんな関係続けていけるはずもない。いくら借金があるとはいえ、一緒に寝る事は含まれていないからだ。

 最初から楸はそれを借金の返済には加えて無かった。楸が抱きたかったから抱かれてきた。でもそれを拒めなかったのは、少なくとも少しは楸の事を思っているからなのだろう。

 俺が楸を好きだから、こんな行為を許してる?
 本気で嫌なら逃げればいいだけなのだ。

 でも、逃げなかったのは、やはり少しでも楸を好きだと思っているからなのだろうか?

 響はその事を真剣に考えていた。

「お前は俺の事が好きなんだよ」
 楸はそう言って、響の身体を撫で始めた。
 イヤラシイ動きでは無く、癒す動きだった。

「俺が楸を好きだって? そんな馬鹿な……」
 そんなはずないと思った。

 男にセックスされて嬉しがっているとでも言われたような気がした。別に自分は男色家ではない。女性とも付き合っていたから確かである。しかも抱かれる側というのも納得出来ない。

「馬鹿になれ」
 楸はそう言った。
 それにキョトンとなってしまう響。

「なんだって?」
 思わず響は聞き返してしまった。

「馬鹿になって認めろ。男だとかそんな事は省いて。常識なんか捨てて。俺を好きだと認めろ」
 楸はそう言って響を抱き締めた。

 抱き締められた響はその腕の中で頷いてしまった。

 根本的なところで、響は楸を嫌ってなんかいないのである。それは、好きでも嫌いでもないという言葉では片付けられない感情があったからだ。

 少なくとも、この手を離したくないとさえ思った。
 ありのままの自分を好きだと言ってくれる楸を嫌いとは言えない。有り難いとさえ思っている。

 その反対もあっていいのではないか?

「楸は迷わなかったのか……」
「ん? お前を好きになった事か?」

「そう……」
 初めて出会った時から考えると、二人がこんな関係になるような事は何処にもなかったはずだ。響がキス魔だとはいえ、それを上手く避けてたら恋には発展しなかったはずの事なのだ。

 あの時点で、楸は変わった。
 本当は月時響に恋をしていたのだと。抱きたいと思う程思っていたんだと気が付いたのである。

 そのきっかけがキスであっても、気が付いた時には、既に響を抱いていた。
 だから二度と会ってはいけないと思ったのだろう。

 でも思っていた。二年経ってもその恋心は終わりを告げて無かったのである。

「お前を好きだと認識したのは、二年前抱いた時だ。その時にはもう何もかもどうでも良かった」
「……」

「ずっと友達だからとか言う言葉は欲しくなかった。月時響という人間が欲しかった。欲情して何をするか解らない程思ってた。だから離れようと思った」
 楸はそう答えた。

 離れたのはホントにそういう意味からだった。
 なのに二年振りに響を見た瞬間、終わったと思っていた恋は終わって無い事を告げたのである。

 今度会ったら手放さない、本気でそう告げた。

 借金の事をネタにして脅して手元に置くことにしたのも咄嗟にした事。二度と手放さないと決めていたから、逃がすものかと思った。響はあの約束を覚えていたのか、すぐに逃げようとした。だから止めた。卑怯な手を使ってでも止めたかった。

 ホントはすぐに抱きたかったが、警戒している響に手を出すのはまだだと自分に言い聞かせた。

 でも結局制御出来ずに響を抱いてしまった。

「迷ってもいい。でもお前は俺の事が好きなんだ」
 楸はそう言うと、抱き締めていた腕を離して、今度は欲情した手を身体に這わせた。

「誰にも渡さない」
 そう呟いて胸の突起に吸い付いた。

「あっ!」
 急激に襲ってきた感覚に、響の背中が反り返った。
 強く吸っては少し歯で噛んでみる。そして優しく舐める。そうした事を繰り返しても響からの抵抗は緩やかなものだった。
 感じた事をされて戸惑っているという感じだろうか。

「俺を感じろ」
 楸はそう言って身体を下げると響自身に口を付けた。

 既に感じて固くなっているそれを舐め上げて、指で扱いていく。そうすると、響の手が少し抵抗して、楸の髪の中に入ってくる。押し返すようにしても抵抗は弱く、与えられる快感に甘い声を上げるだけである。

 閉じようとする足を押さえて、執拗に中心を攻めてやると官能の表情に変わっていく。

「ん……やっ……やだ……」
「いやじゃないだろ。感じてるんだ」

「変に……変になる……」

 響は必死に楸からの攻めから逃げようとして腰を浮かせていたが、それを押さえ付けられて逃げる事が出来ない。
 張り詰めた中心は何かされたらすぐに弾けてしまいそうだった。

「出せよ」
 楸はそう言って、また舌で執拗に攻めた。

「ああっ!」 
 その一舐めで響は達してしまう。

「はぁはぁ……ん」
 達した後の余韻で響の頭の中は真っ白になってしまう。
 これでまだ終わりでは無い。

 荒い息を吐いている響の身体を俯せにして、足を立たせ腰を持ち上げる。そうして、開かれた孔に指を這わせて行く。

 指はゆっくりと響の中に侵入して開いて行く。

「あ……ぁあ……んっ」
 指は綺麗に響の中へ収まった。
 それを出し入れしながら、楸は孔に舌を這わせた。
 それは開いた隙間から孔の中へと侵入してくる。

「やっ……それ、やだ……」
 初めて味わう衝撃に響は腰を引いた。でも逃げる響の腰を楸は押さえつけて逃がさないようにしていた。

 執拗に攻められて響は口から涎やら、目からは涙まで溢れていた。

「んん……」
 ぎゅっとシーツを掴んでその快楽に堪える。でも口から漏れるのは甘い喘ぎだけだった。
 指が増え、舌でも攻められた孔は既に綻んでいる。
 それを確かめた楸は一気に指を引き抜いた。

「あああ!!」
 その感触に響は身体を震わせた。閉じられた孔はひくひくと収縮して次に来るはずのモノを待ちわびているようだった。

 楸はバスローブを脱ぐと、背中から響を抱き締めた。
 そして背中中にキスマークを残すようにキスをした。

「ん……」
 そして、楸は己を響の中へと押し進めた。
 すっかり解れていたそこは、楸の大きさでもすんなりと受け入れてくれた。

 呼吸をあわせるように響も受け入れる決意を決めていた。
 嫌では無い感覚。寧ろ自分はそれを待っていたと言っても過言ではない。

「全部入った……」

「んんんっ!」
 いくら解れているとはいえ、圧迫感だけはまだ慣れない響である。楸は馴染むまで動こうとはしない。
 大きさが馴染むまで待ってくれているようだった。

 前からよりは後ろの方が負担は少なくて済む。それも楸の優しさだったのだろうか。
 だんだんと圧迫感に慣れてきたところで、楸は二回程腰を動かした。

「ああっ!」
 出て入るという行為がゾクリとさせる。
 響の感じる場所を探し出してから楸は動き始める。
 出ては入る衝撃が内部を犯して行く。

「ああっ! あっ! んっ!」
 その腰の動きに合わせて、響の腰も動いてしまう。
 これこそ待ちわびていた感覚なのだ。

 朦朧としながらも響は喜びに満ちていた。自分でもセックスは辛いものという感覚はなくなっていた。楸が言った、俺を感じろという言葉を真面 目に受け入れていたのかもしれない。

 執拗に攻める楸の動きが激しくなると、響はそれを受けるだけで精一杯だった。

「あ……あ……ぁあっ!」
 響の絶頂はもうそこまで来ていた。
 まだ快楽を完全に味わうまで長く持たないのも仕方ない。
 楸は尚も激しく腰を打ちつけ、響の内部を犯して行く。

「も……駄目っ!」
 シーツをぎゅっと握った手が更に強くなって、響は絶頂を迎えた。その締め付けを感じて楸も響の中に果 てたのである。

「はぁ……ん……」
 ズルリと抜ける感覚に、響は少し身体を震わせた。
 そのまま響はベッドに寝転がったまま荒い息を繰り返しているだけだった。

 楸はそんな響を仰向けにして、隣に寝そべると、響を抱き締めて顔中にキスをした後、唇にキスをした。それは優しいキスだった。

 楸が俺を感じろと言った時から、響はそうしていた。
 それがいつもよりもっと感じるようになるとは思いもしなかったのである。

 結論として、楸とするセックスは気持ち悪く無い。それどころか感じてしまってどうしようもなかった。
 素直に気持ち良かったとは言えないにしろ、響も満足していたのは確かだった。

「どうだ?」

「どうって……」
 響は顔を真っ赤にして、そっぽを向いた。それだけでどういう事なのかを悟ってしまう楸である。

「気持ち良かっただろ。優しくしてやったんだから当然だな」

「恥ずかしい……」
 響の顔は真っ赤だから、楸の言った言葉に間違いはなかったという事になる。

「好き同士がするセックスは気持ちがいいものなんだ」
 楸にそう言われて、響は照れてしまった。

 確かにそうなのかもしれない。好きでも無い相手とだと駄目なのは早瀬の件で分っている。

「……恥ずかしいけど……気持ち良かった……」
 蚊の鳴くような声で響は答えた。

「で、俺の事は少しでも好きって証にならないか?」

「なるかもしれない……納得出来ないけど……」

「身体の相性は最高だ」
 明け透けに言われて、響は頷くしか出来なかった。

 今までの経験からして、自分は楸以外に抱かれる事はないだろう。それは、自分が楸を好きだからとしか言えない。

 たぶん好きだから全てを許せるのだろう。
 そう考えたら納得がいった響である。

「俺もたぶん楸を好きなんだと思う」
 響がそう答えたとたん、楸ががばっと起き上がった。

「俺を好き?」
「ああ、たぶん。じゃなきゃもう逃げてたはずだし」

「やっと両思いか……」
 楸はそれは嬉しそうな顔をしていた。

 ああ、こいつ、こういう顔もするんだ……。

 それはたぶん響だけに見せる顔なのだろう。
 そう思うと響は何故か嬉しくなってしまった。

 それと同時に、この顔をずっと見て行くのだろうと思った。
 楸の側にいる事を選んだのだから、それは響だけの特権であろう。

「何処へ逃げても探し出すから覚悟しろ」
「もう逃げないって……」
 二人はそうして初めて両思いになってからのキスをした。
 それは甘く甘く優しいキスとなった。