Distance 2round カウントダウン 10

 結局、侵入者は何も取らずに、警報に驚いて逃げたらしい。という結果 しか出なかった。
 家の貴重品は全部あるし、卓巳も部屋を調べたが、無くなっているものはなく、荒らされた様子もない。

「一度入った家はまた狙われる可能性が高いので、万全にセキュリティをしてください」
 警察はそう言って帰っていった。

 母親はとにかく自分が最善と思ってやっていたことが功を制したと感激している。
 そして父親は、より良いセキュリティをと、警備会社と契約を取り交わしていた。

「窓一枚で済んで良かったな」
 そう言うのは父親の友人でもある警備会社の社長だ。

「お前のお陰だ。何度も入れとせっつくから入ってやったが、こうも役に立つとはな。皮肉なもんだ」
 父親はそう言って笑っている。

 まったく何が起こるか解らない世の中だから、こういうのも自分で自衛しなきゃいけない。

 卓巳は部屋に戻って荷物を解いた。そうすると中に自分が入れた覚えのないものがある。
 たぶん、北上神(きたにわ)が入れたのだろう。あのドラマの続きが入っていた。

「ほんとに、こういうのは抜かりないよな」
 卓巳はクスクス笑いながら、パソコンをつけてた。

 この部屋にはテレビはないから、当然ビデオ類もない。DVDを観るのにはパソコンしかないのだ。
 今度テレビとDVDレコーダー買って貰おうかなと考えながら、パソコンをつけて、一応メールを確認する。

「な……」
 受信したメールは100通以上ある。その題名はそれぞれ違っているが、同一者からのメールだった。
 ウイルスには感染してないようだが、内容は酷いものだった。

『今、やってるんだろ? どうなんだ男の味は? これを見る頃にはもう処女じゃないんだよな。男が好きなんだろ? 男なら誰でもいいんだろ?』

 そういう内容だった。

 とても全部見る気がしない。削除しようと思ったが、もしこれが仲川の仕業だった場合証拠がいるだろうと思った。

 プロバイダの契約内容の中に迷惑メール対処というのがあり、そこへアクセスし、緊急だが加入し、そのメールアドレスを記入した。

 でも、こっちのアドレス。それもプロバイダのアドレスが知られているのだから、無駄 かもしれない。

 こっちも変える必要があるので、変えるようにした。

 一体、何処からアドレスが漏れたのか。
 疑えば幾らでも疑える。何処からでも入手出来るからだ。

 暫くは誰にも教えなければいい。
 そうして様子を見ればいいのだ。

 冷静に考えて行動をしたが、それが終わったとたん、震えがきた。

 どうやら、自分はその時はちゃんと出来るが、後で思い出して怖がる性格だったらしい。
 震える手を押さえて、卓巳は呟いていた。

「怖いよ、北上神……」
 呟いた瞬間、卓巳は下へ走り出していた。
 まだ父親と友人は話をしていたらしいが、その音に驚いてこっちを向いた。

「どうしたんだ、卓巳」

「卓巳くん?」
 二人の顔を見ても安心しない。

 卓巳は電話に飛びついて、覚えていた北上神の携帯の番号を押していた。
 縋る相手を間違えていると頭では冷静でも、行動で北上神を求めている自分がいる。

『はい。どうしました?』
 北上神の落ち着いた声を聞いた瞬間、卓巳はその場に座り込んでしまった。

 受話器に向かって喋る気力もなく、ただ自分はその声に安心して泣いているのだと思った。

 後は、殆ど北上神に聞いた話だ。

 パニックになっていた卓巳を父親が宥め、電話を代わり、何か卓巳が言おうとしているのだと伝えてくれたらしい。
 母親はただおろおろするばかりで、卓巳の傍にいるだけで、父親の友人があれこれやってくれたそうだ。

 北上神が再度現れた時には、卓巳は縋りついて泣いていた。
 気を利かせた北上神は、卓巳を部屋に入れて、泣かせるだけ泣かせてくれた。

 そしてようやく落ち着いた時には、卓巳は泣きつかれていた。

「……何があったか聞かないの?」
 掠れた声で北上神に言うと、北上神はくいっと顎でパソコンを示した。

「あれだろ?」

「……うん」

「見ていいか?」
 今度は無言で頷くと、北上神はパソコンを操作し始めた。

 一応、全部のメールに目を通しているらしい。そしてそれをプリントし出した。

「見たくないかもしれないけど、これは必要なものだから」
 確かにそうだと北上神の言葉に頷いた。北上神は経験者だから、必要なことが解るのだろう。

「ご両親に説明をしてくる。卓巳はここに居ていいから」
 そう言われたが、卓巳は階段まで出て行った。そしてそこから下の会話を聞いていた。
 下からは母親の叫び声と、父親の怒声が聞こえる。

 これで卓巳がパニックになった原因がわかったのだろう。

「だが、これは……酷すぎる。卓巳くんがパニックにもなるよ」
 冷静なのは父親の友人だ。

「全部は印刷してないんですが、これは殆ど一分置きくらいに送られてきてます。最初の送信が午前0時10分。それで思い出したのですが、ここに泥棒が入ったのは何時でした?」

 どう繋がってるのか解らないが北上神はそう尋ねていた。

「あ、ああ。確か、警報が鳴ったのは、午後11時24分だが、それが?」
 警備会社の通信記録を調べたのだろう。父親の友人の社長が答えていた。

「多分、犯人の目的は、卓巳のプロバイダから支給されたメールアドレスだったのだと思います」

「え?」

「それなら、何も取られてないという話になると思いまして。さっき卓巳に確認しましたけど、このアドレスは覚えがないものであるし、卓巳のアドレスは極一部しか知らないんです。今時、ネットで知り合った人に本アドレスを簡単に教える人間はいないんですよ。卓巳みたいに用心深い性格なら尚更、フリーのアドレスを使う。それなのに送ってきた相手はこのアドレスです。もし、知っていた誰かがやったのなら、何故、卓巳が家にいないことをよく知っていて、更に俺の家に居たのを知っているのかということになりますよね? 出かけていたって家族で出かけたんだと周りの人間は普通に考えてそう思うだけだと思います。しかもこの人物は、アドレスを知っていたにも関わらず、午前0時まで一通もメールを送ってきてない。泥棒が入ったのは午後11時24分。これを合わせると、泥棒はメールアドレスが欲しかっただけとなる」

「た、確かに、通報から到着までには、十分程かかってる。だから、パソコンを起動して、アドレスを見て写 して帰るだけなら、警備システムが鳴っていても関係ないってことか……」

「それに、これは言った方がいいと思うのでいいますけど。うちの方にも、昨日の午後からずっと、名乗らない人物から、中傷やらの電話が俺宛に入ってたんです。それが、午後11時前にピタリとやまり、午前0時過ぎにまた始まったんです。どうやら、このメールの相手と泥棒と中傷電話の相手は同一人物としか思えないんです」

「中傷って、それが本当に関係があるものなのか?」

「ええ。やたらと俺の居場所を知りたがっていたんです。俺が直接出たわけではないので、執事の意見ですが、どうも卓巳の居場所を知りたがっているようにしか思えないと」

「そこまでして……」

「それから。その人物は何度も、卓巳の友人の名を語ってはかけ直してきてます。「何処にいるのか?」ということです。最悪なのが、卓巳のお父さんを名乗っていたのもあったことです」

「え!」

「幸い、執事が先日頂いた電話でお父さんの声をしっかりと覚えていたので、偽者だとわかったそうです。友人にしても、俺が用心して、もしそうかかってきたら、一度本人に本当に電話をかけたのか確認の電話をかけるように言っていたお陰で偽者だと解りました」

 北上神がそう言い切った時、卓巳は思い当たることがあった。

 それは卓巳が北上神の家に泊まるのが本当に決まった時の翌日の放課後だった。
 北上神は、田上と熊木、そして一緒にいた委員長の左部(さとり)に、それぞれに妙なことをやらせたのだ。

 それは「○○です。卓巳何処にいますか?」という謎めいたことだ。
 それも何処かに携帯で電話をして、それに向かって言うだけでいいと言ったのだ。

 これは何だという友人たちに、北上神は予防だと答えた。そして、もし北上神の家から電話があったら、質問に答えることと付け加えたのだ。更に折り返しかけてきたり、その日と翌日は電話はするなとも言っていた。

 それがこの為だったのだ。

 父親の電話は予想外だったらしいが、本当に偶然にも前日に父親が電話をしたお陰で難を逃れたというところだろう。
 凄いとしかいいようがない。

「それに、さっきお母さんにも確認しましたけど、もし卓巳の居場所を知りたい友人がいたなら、まず最初にこの家に電話するのが普通だと思います。それなのに一件の留守電も入ってない。もし卓巳が買い物にでも行っていたら、この留守電を聞いてかけ直してくれると普通は思うものですよね? それなのに直接、いきなりと言ってもいいでしょう。俺の実家にかけてきている。これはどう考えてもおかしいでしょう?」

「そ、そうだな。卓巳と北上神くんが仲が良くても、ちょっと出かけたくらいの卓巳の居場所を北上神くんが知ってるなんて、それはあり得ない」

「それに、お母さんやお父さんにもお願いしておきましたが、昨日から卓巳が何処へ泊まっているのかということは、この家にいる者以外誰も知らないですよね」

「だから、その人物は、君たちを見張っていて、北上神くんが迎えにきたから、北上神君の家にいるのだろうと思ったってことか!」

「でも当てが外れた。こんなこともあろうかと実家にはいかなかったんですから。当然、家に入る俺たちを見なかったことになる。先回りしていたから出来ることですが、だからこそ、本当の居場所を知りたがったのだと思います」

 北上神がそう言い終えると、なんともいえない溜息がその場を支配した。

「もうこれは警察の範囲の事件なんじゃないか?」
 沈黙を破ったのは、父親の友人の社長だった。

「いえ。それが、そうもいかないんです。こういうケースでは、被害がきちんと出ないと、ただの注意だけで終わってしまうんです。実家への電話はただ居場所を知りたかったというだけですし、メールにしても悪質な嫌がらせだけで、厳重注意。下手すれば、流行のチェーンメールがきたから面白半分で送ってみたと言い切るでしょう。泥棒に関しては、警察も言ってたように、ただの泥棒であり、アドレスを盗んだという証拠は何処にもない。被害は窓ガラス一枚。警察がいくら調べても、残念ながら、この人物には行き当たらないと思います」

 これには全員がっかりしたらしい。でも立ち直りの早い父親の友人が言う。

「しかし、君への中傷は被害になるんじゃ?」

「ええ、それはなると思います。名誉毀損ですが。でも、それでその人物をどうにか出来たとして、判決は厳重注意くらいで、懲りずにまた同じことを繰り返すと思うんです。その時、相手が狙うのは卓巳の方になります。こう言っては怖がらすだけかもしれませんが、今度は向こうも形振り構わずにくる可能性が高くなります。俺の方でも一応迷惑をしていたという実績は残しますが、残念ながら、それではまったく卓巳を守ることにはならないのです」

 北上神は非常に残念そうな声でそう言った。
 階段でその話を聞いていた卓巳も盛大な溜息を吐いていた。