Distance 2round カウントダウン 11
「はあ、そういうことだったのか」
そう言ったのは、熊木だった。
学校の屋上、昼休みに皆でパンやジュースなどを買って食べている途中、北上神(きたにわ)が今までのことを説明した。
それがこの感想だ。
やっとあの電話の意味が解ったらしく、田上も委員長の左部(さとり)も感心していた。
「なーるほど。それでこの間の電話になるわけか。すごいな執事さん。きちんとした人だったけど、そういうことも出来るんだ」
電話を貰った左部は、ずっとこれは何だろうと思ってたらしい。それでも確認に電話をするなと言われていたから今日を待っていたのだ。
「縺れて縺れて絡まるうちにメンドクサクテ全部切りたい!って感じ」
田上は歌うように言う。
「なにそれ?」
熊木が不思議そうに聞き返す。
「え? 橘いずみのピストルって曲」
「つーか、ピストル向けたいって感じじゃん」
熊木は本気でそう言っていた。
「撃ってやりてーよ。持ってるなら」
北上神が真剣にそう言う。
「ここまで姑息だと、もういっそのことって思うよな」
左部も同じ心境らしい。
はっきり言って、卓巳には今はどうすることも出来ない状態だ。ただ、行動する時は、一人にならないように、そして一人だとしても、人気の無いところには行かないようにと気をつけるだけしか出来ないのだ。
クラスメイトに誘われても、無闇に付き合わないようにしなければならなかったりで、かなり気苦労がある。
ここにいる人以外信用が出来ないからだ。
「卓巳、大丈夫か?」
言われて顔を上げると、北上神が心配そうに覗いていた。
「あ、ごめん。大丈夫」
「謝らなくていい。卓巳が疲れているのは解ってるから」
北上神は言って卓巳の頭を撫でた。
「うん。でも、いっぱい迷惑かけてるし……俺、何も出来ないし、情けなくなってきて」
段々声が小さくなってくる。
「いーや。迷惑かけてるのは、東稔じゃない。仲川とその一味だ!」
田上が大きな声で叫んだ。
びっくりして田上を見ると、ニヤッと笑ってる。熊木も左部(さとり)も同じだった。
「何も出来ないんじゃないよ。こういうのは、解らないもんだから、その時その時を大事に冷静に対処するしかないってことだね。だから、今は安心してもいいじゃない?」
「そうそう。そんな気持ちも仲川に負けてどうする? 俺らは味方。助け合うのは当然じゃん。で、俺、一つ爆弾しかけてきたわけよ」
そう言うのは熊木だ。
「爆弾?」
一同不思議な顔をする。
「いや、マジの爆弾じゃなくて、言葉の爆弾かな」
熊木は何かやってきたらしい。
「仲川一味がよ、どうもそこらにいる気がして。多分、北上神は気づいてると思ってたからさ。よーく考えたわけよ。そーしたら、ぞろぞろと出てくるわ出てくるわで」
なんだか、ゴキブリでもわいて出たような言い方だ。
「東稔(とね)のことを良く思ってない奴は、全部北上神(きたにわ)絡み、で、北上神を良く思ってない奴は東稔絡み。両方ってのはなかったんだけど」
つまり、卓巳の方に嫌がらせをしていた人たちは、北上神のことを気に入っていて卓巳が邪魔だと思っている一味で、北上神に嫌がらせをしていた人たちは、卓巳のことを気に入っていて北上神が気にくわないで邪魔だと思っている一味ということらしい。
「土日暇だったんで、人海戦術やってみた。どうもよくないことを吹き込んだのは全部仲川ってことになる。誰に誰に聞いたって言うもんだから、辿っていくと仲川なんだな。だから、こっちもやってやった」
熊木は楽しそうに言う。
何をやったのか。
「その噂流したのは、仲川で、しかも奴は停学寸前。柔道部のことやらで教師たちも動き出してるし、東稔のことでは警察も動いているらしいから、下手な動きすっと全員問答無用で退学。将来を棒に振りたくなかったら、仲川がどうにかなるまで大人しくしてるんだなって言っちゃった」
熊木はあら思わず喋っちゃったという女子高生のような態度で言ったのだった。
「道理で、今日学校来たら、やたらと周りが騒々しかったのか……」
やっと理由に辿り着いたらしい北上神は脱力して呟いた。
北上神はクラスに入ったとたん、いきなり俺もうやってねえから、あれ嘘だからとかわけの解らないことを散々言われたらしいのだ。
「ちょっとやっちゃえ程度なのは、全部押さえられたと思うよ。仲川サイドに居た奴が寝返ってきたし」
そういえば、と卓巳は思い当たることがあった。熊木が卓巳の教室に来た時、仲川はいなかったが、いつも仲川と行動しているクラスメイトが熊木に何かを謝っていたのだ。
さすがに卓巳本人にあれをやったのは自分たちだとは言いたくなかったのだろう。田上に言うにもクラスメイトだけあって、気まずかったのかもしれない。
「まあ、そいつらがやったのは噂まく程度だったから。本格的なのは全部仲川一人の行動だ。あ、東稔を探してたのも探して欲しいって言われたからやっただけだってさ。だから、北上神んちに電話した友達は、そいつらってわけだ」
熊木がそう言い終えると、北上神は納得したらしい。
仲川に協力者がいるのは解っていたが、それが誰なのか解らなかったのだ。
電話をかけてきたのは数人いたらしく、全部声が違っていたので、執事は熊木たちに電話をする羽目になったのだという。
「これで、仲川側につく奴は余程の奴ってことになるわけか」
田上が言う。そうなのだ、全員がそうなったわけではないのだ。
「そうそう。今日妙なこと言われたんだよな」
思い出したように、左部(さとり)がいきなり言う。
「何を?」
全員がまた不思議な顔をする。
「うーんと、多分一年下の中学の子だと思うけど、自己紹介されて言われたことが何のことだか解らなかったけど、今解った」
左部はぽんっと手を叩いて一人で納得している。
「ん?」
「ちょっと待って、さっきの奴探してくる!」
左部はそう言うと、屋上から降りていった。
あっという間だったので、止める間もなかった。
「どゆこと?」
田上がキョトンとして誰に聞くになしに聞く。
「まあ、そいつが見つかれば解るんじゃないか?」
北上神は言って携帯をいじりはじめた。
そうして中断していた昼食を食べていると、すぐに左部が戻ってきた。今度は一人連れている。
「こいつ。さっき話した奴。えっと?」
「あ、どうも嗄罔水渚(さくら なぎさ)です」
濃い茶色の髪の小さい綺麗な子で、中学3年生だそうだ。
その人物はさっそく話しに入った。
「簡単に説明すると、うちの保護者が探偵やってるんですよ。それで噂を聞いた仲川が紹介してくれっていうので紹介しました」
そう軽く言われたので、一瞬全員が呆然とし、それから叫んだ。
「な、なんだってーーー!!!」
それは綺麗にハモッた。
「ま、続き聞いてくださいって」
嗄罔は耳を押さえながら言う。
「で、うちはまず依頼者から調べるんです。結構マズイ仕事やらされたりしたら、こっちも捕まるわけで。で、いざ調べてみたら、まあ、これが依頼が嘘だと解って」
「嘘?」
「そう。内容は「最近、友人の素行が気になる。何か悪いことをしてるんじゃないかと思うんだけど、家の人に説明するのに証拠がないと信じてくれない」ってな感じでした。これ嘘ですよね? 最近、学校で聞く噂、どっちかっていうと仲川の素行の方が問題ですもん。それを知ってからうちでも調べてみたら、探偵が行動する前に仲川が東稔さん付けてるんですよ。暫く見張ってたら、やっぱりそうなんですよね。土曜日まではつけてましたよ。それで、東稔さんに何の問題もないことも解ったし、仲川はあちこちの電話ボックスで電話をするわ、家にも中々帰らないで、夜遊びをするわで。あらら、こっちが悪い方じゃんってなって依頼は断りました。それが土曜の午後です」
「もうちょっとつけてくれてたら」
北上神が悔しそうにそう呟いていた。
「そうなんです。せめて、日曜までにしておけばよかったと、今は思います」
納得して、更に文句をつける北上神に卓巳はキョトンとする。嗄罔(さくら)の方もそれには同意している。
「どうしてだ?」
卓巳がそう聞くと。
「そうしてたら、土曜深夜に卓巳の家に侵入したのが仲川だったのかどうかがはっきりしてたってことだ。証人だって作れたってこと」
北上神がそう説明する。
「あ!」
全員が声を揃えて叫んだ。
「今更言ってもしょうがないがな」
北上神は溜息を吐いて頭を切り替えた。
「それで、一応忠告しようと思ったんです」
嗄罔がそれを左部に忠告したのが今朝のことだった。
「それが背中に気をつけろか?」
左部(さとり)は言われたことを思い出し、納得したように頷いた。
「依頼のことをいきなり言っても解ってもらえないと思って。忠告だけにしようと思ったんですけど。これで解らなかったまあ仕方ないと。でさっき保護者に連絡したんですけど、どうにもこうにも、状況が悪くなってる気がしてこうして話そうと思ったんです。一応、保護者の同意を得ましたので」
仲川のことは高校中の噂になっているらしく、更に中学でも噂が聞こえてくるようになり、嗄罔なりに心配になったらしい。
背中に気をつけろとは、仲川が他の探偵を雇うかもしれないということだったのだ。
何処もが良心的ではないのだ。金さえ払えば、どんなこともやる奴はいくらでもいるから。
「状況が悪くなってるってどういうことだ?」
北上神がその言葉に反応した。
「鋭い人は好きです」
嗄罔はニッコリして言った。
「探偵は東稔さんちの事件を知って、焦臭いと感じ仲川の追跡を続行することにしました。ここで悪いニュースです。仲川は今日の午前中に、別の探偵所へ行ったそうです。ただ、その探偵が依頼を受けたかどうかまでは、今のところ解ってません」
さらっとそれだけは勘弁してくれと思ったことを言われてしまった。
「マズイな」
北上神がそう呟いた。
「ええ、非常にマズイです」
嗄罔もそう言う。
「で、今はどっちに張り付いてるんだ?」
北上神は状況を把握して尋ねる。
「今は探偵の方です。仲川がこの先向かうのはここしかありませんから」
淡々と受け答えする嗄罔。それに状況が解っているらしい北上神。
だが、他の人には何がマズイのかが解らないのだ。
「探偵を張ってるんだから、それでいいんじゃないのか?」
田上が言うのだが、北上神はその状況の悪さを説明してくれた。