switch外伝9 play havoc3

 マスコミを賑やかにした榎木津透耶(えのきづ とおや)の過去の出来事はその後の急展開を迎えた。
 透耶側の抗議ではなく、被害者側の特定が進められた結果、真下の母親に直接取材が殺到したために母親が抗議をしたのだ。
 真下柾登の母親は、あの事件後、離婚していた。父親は最近自殺をしていて、取材はそれが分かると大々的に報道した。
 母親はその後再婚をしたようで、その再婚相手が資産家だったためか、訴えると言った母親がテレビで怒鳴っているところが映ると、お茶の間が一斉に不謹慎だと責め立てた。
 その合間に透耶側の弁護士も出版社を訴えた。事実でないことをさも事実であるかのように書き名誉毀損したという理由だ。もちろん、記者だけではなく、元同級生の発言がきっかけでもあるので、元同級生の所在を求める訴えも出した。それと同時に母親側も亡くなった息子の名誉を傷つけたと出版社と記者、そして元同級生を訴えた。
 出版社もまさか、記事に書いた双方から名誉毀損で訴えられるとは思わなかったようで、戦う姿勢を見せたのも束の間、翌日には謝罪と急展開した。
 透耶の弁護士の話では、真下の母親の再婚相手がかなりの資産家で政界にも顔が利くような人だったらしい。そこから出版社の上層部に働きがいき、記者に責任を取らせようとしたところ、記者が事故で死んでしまったのだという。
 書いた本人が死んで、元同級生が何者なのかも分からない。記事が真実と言い張るには、証人が誰もいない。確実に負ける裁判である。しかも二人から別々に訴えられているため、裁判は二倍かかる。一般人なら金に物を言わせて裁判を長引かせて嫌がらせをしてから和解となるのだが、双方資産家である。弁護士もついていて戦う気満々だ。裁判になる前に和解した方が痛手は少ない。さらに真下側の資産家である夫は返事を待つ間も圧力をかけ続け、たった一日で出版社が謝罪するしかない状況に持って行ったらしい。
 つまり死んだ記者が嘘を信じて適当に取材して記事を書いたことを謝罪すれば、今回のことはなかったことにしてやるとしたわけだ。
 出版物の残りは回収することはもちろんだが、それでもそれまでに売れたものは撤回できないのは当然なので、謝罪広告を載せることとテレビ向けに謝罪会見をすることで謝罪を認めると言ったのである。
 出版社もこれを逃したら賠償金で誰かの首が飛ぶことになる。すぐに編集部が謝罪し、騒動はたった一週間で終局した。
あの騒ぎはなんだったのかと思えるほどであったが、被害者側ともめだした当たりから視聴者は飽きていた。すぐに議員の収賄事件が報道されると記者たちは一斉にそっちの取材に取りかかった。こちらは視聴者も一緒に責め立てる事件だ。いくらでも取材し放題で記事も書き放題だ。むしろ書きすぎても誰も文句は言わない。
 そんなわけで、透耶の過去の記事はすぐに過去の出来事になった。中には真相を知りたい記者もいてまだ張ってはいたが、透耶があまりにも外出しないことに張り込みはやめたらしい。一円にもならない事件であるから、スクープなどにはならない。取材を取りやめる記者の方が利口だ。
「榎木津透耶ってなんなんすかね……」
 一人の記者がつぶやいた。
「調べたら調べただけ変な事件に巻き込まれてるし、両親は飛行機事故で行方不明だし、それと同じ日に祖父も交通事故で死んでるし、本人は目の前で友人が自殺するしで。最近話題になったことといえば、六年前の女性誘拐監禁殺人事件でしょ? その時期くらいに行方くらましてたとか聞いたし、なんだか波瀾万丈だから、男に走るのかなあ」
 記者がそう言うと、もう一人の記者がぶっと吹き出す。
「最後は関係ない」
「大変なんだろうなって。ボディガードとかいるし、普通にトラブル体質ってやつなのかな」
「じゃないのか、世の中、どうしてこいつだけって思うような悲惨な目に合うやついるだろ? 俺から見れば双子の光琉は順風満帆だけど、兄の透耶は波瀾万丈って感じだけどな。聞いた話じゃ、両親が飛行機に乗ってたのは、透耶が自殺事件に巻き込まれたことでの話し合いに来る途中だったらしい」
「じゃあ、祖父の事故死も?」
「そうだって聞いた。だから光琉にも悲劇なんだが、透耶の方が頭がおかしくなるレベルのショックを受けただろうなって」
「そういや、光琉は両親の行方不明や祖父の事故死の時、よくテレビに映ってたよな。気丈に対応して。俺はあれで光琉見直したけど」
「あいつがしっかりしてなきゃ、家族全員が一斉に消えることになるかもしれなかったんだ。必死になって守るだろう」
 榎木津光琉(えのきづ みつる)が矢面に立って行動していたのは、唯一残る家族になる兄を守るためにやっていたことでもある。光琉はそのために撮影の残るドラマ以外の仕事はすべてキャンセルして兄を支えたという。その結果、兄は立ち直って学校へ通い、作家になれた。
「俺断然、光琉のファンだ。兄のファンにはなれない」
「お前、苦労人好きだからな。俺は不幸な方に惹かれるから、兄の透耶に興味がわくけどな」
 そう言って記者は写真を取り出す。最近出版社の記念祝賀に侵入して撮ってきた写真だ。たまたま来ていた榎木津透耶を写真に収めることができたが、光琉との印象の違いにびっくりした。
「本当に同じ顔してるってのに、ここまで雰囲気真逆ってすごいですよね」
 榎木津光琉はワイルドさが出てきた上に父親としての優しさも出てきて、男という言葉が合っていた。だが兄の透耶は、可憐で妖艶という雰囲気が出ている。同じ顔をしてここまで違うとさすがに見間違える人は減る。透耶のデビュー当初はそっくりで間違えると言われていたが、今ではそれもない。
「違う生き方をすれば、違う雰囲気になるのは当たり前か……って、おい」
 話しかけていたはずの記者が、そっぽを向いていた。
「ああ、すみません。さっきメイドさんが出してたゴミをみてたんですが、無くなってます」
記者が突然そう言い出した。
「さっきゴミ捨てにきた人がゴミを捨てずに持ってたんで、あれっと思ったらないんです」
「は? それってまさか」
 二人は顔を見合わせて頷く。
「「ストーカーだ! 榎木津透耶にストーカーがいる!」」
 そう言った後、一人の記者が唸りだした。
「あああああ、なんて不幸なんだ。作家だけどほとんど一般人なのに!」
「というか俺らが張ってるの分かっててもやめないストーカーってまずくないか?」
「もしかしなくてもやばいです」
記者が慌てて荷物を持つ。それにあわせてもう一人も荷物を持つ。
「絶対なんかやばいこと起こっている。だからボディガードが四六時中いるんだ」
「俺らは守ってもらえないってことは危険だ」
 自分たちは芸能や危険のない政治家は張ってでも取材するが、犯罪に巻き込まれそうな取材はできれば避けて通りたい。そういうことをする記者は別にいる。女性雑誌の記者がすることではない。だから逃げた。
 けれど遅かった。
 日が暮れて、人通りが少なくなった道で犯人とすれ違っている二人を犯人が見逃してくれるわけはなかった。



 翌日の一面のニュースは、通り魔殺人事件だった。
 女性雑誌記者の二人が違う場所でそれぞれ刺されて殺された。二人は取材の帰りに殺されたらしいが、取材が元で殺されたわけではなさそうだった。それもそのはずで、彼らは双方とも芸能関係の記者だったからだ。芸能関係の取材が原因で殺されるなんて話はきいたことがないというわけだ。
 そんなニュースを気にする人間は視聴者くらいなものだが、榎木津透耶(えのきづ とおや)は訪れた刑事から話を聞かれていた。
「つまり彼らとは話してはいないと?」
「取材はすべてお断りしてます。ですからどんな記者さんにも会ってはいません。もし記者に何か言うとしても俺から直接言うことはないので」
 透耶がそう言うと、透耶の記事のことは知っている刑事もまあそうなるよなという感じで話を聞いていた。これは事前に透耶の家の前で取材をしていたことが本人の取材記事で分かったので、とりあえずの聞き込みに来ているだけの確認作業なのだという。
「一応確認なので許してください。SPの方は門の向こう側で見かけたくらいで?」
「はい、最後まで残ってらっしゃるのがあの二方(ふたかた)でしたが、明け方に帰られたようでした」
「帰るところは見ていない?」
「メイドがゴミを出した時はいました。ですが一時間後に門前を見回った時には既に帰られた後だったようです」
 SPの富永が答えると、刑事は唸る。
 どうやらここから帰宅した時に狙われたらしい。
「こちらの件と関わりがないとは思いたいのですが……」
「こちらのストーカーや誘拐をしている犯人に狙われたと?」
 富永がストレートに聞く。刑事はどうやら透耶を狙っている犯人が二人を殺した可能性も疑っているようだった。
「まあ、彼らも榎木津さんを狙ってたといえば、そうなるわけで」
「つまりライバルを消すためにしたとでも?」
 富永がまるで透耶が悪いかのように言う刑事に苛立ちを見せた。そもそも警察がいつまで経っても誘拐犯を捜し出さないからそうなっているのを、透耶のせいにしようとしているのが見えたからだ。
「あの……一つお聞きしてもいいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「記者さんの持ち物でなくなっているものなんかありました?」
「え……と、さすがに分かりかねます。財布や貴金属であるカメラもありましたし」
「では榎木津透耶に関するもので残ってたものは何だったのですか?」
 透耶が変な質問をした。
 刑事は首を傾げたが、メモを読んで聞かせた。
「取材の日程を書いた手帳です。ページが破られているところもあったんですが、前の取材で使ったものかもしれないので分からないままで、他にはあなたに関するものは……予定日程に書かれていたもの以外はなかったかと」
 そう刑事が言うと、富永には透耶が何を聞こうとしているのかすぐに理解できた。あるべきものがないのだ。
「刑事さんは、張り込みをする時、相手の顔を確認するために何を持って行きますか?」 透耶がそう尋ねると、刑事ははっとしたような顔をした。
「いくら私の顔が弟の光琉に似ているとは言っても、顔の確認はしたくなりますよね」
「あなたの写真か!」
 刑事はそう声を出して記者が持っていた手帳やスマートフォン、持ち物すべてを調べさせた。そこには透耶の写真は一枚もなかった。
「取材に来るなら写真の一枚くらいは確認用に持っていてもおかしくはないのです。それに持っていた手帳。破られたページには私の情報が書いてあったのではないでしょうか? 取材をする相手のちょっと調べて分かることくらい記者なら質問する前提で何か調べて書いておくような気がします」
 そこで調べたところ、スマートフォンの写真の中に取材ノートを写真メールで撮ったものを記者が自分の職場のパソコンに送っていることが分かった。ちょうどなくなっている枚数分である。
「どうして分かったのですか!」
 刑事がそう言うのだが、透耶はそこできょとんとする。
「刑事さんが私を付け狙うストーカーを疑っていたので、もしそうだったならそういうものがなくっていることが前提になるかと思ったので、推理してみただけです」
 透耶がそう言うと、刑事は「ああこの人、一応推理作家だったな」と納得したような顔をしたのだが、問題は更に大きくなった。
「つまりストーカーがあなたの写真や取材した内容のものが欲しくて記者を殺して奪ったとでも!?」
「そうかもしれないし、そうでないかもしれないです」
「そうじゃないってどういう!」
「二人は朝早くまで門の近くにいたということは、何か見てしまった可能性もあるかと思って……例えば、ゴミ」
 透耶がストーカーがすることをあげてみると刑事がまさかと青ざめる。
「その二人はうっかり犯人を見たのか!」
「しかしそんなことで殺すのか!?」
 刑事がそう言うのだが透耶は首を傾げる。
「刑事さんの言う通りに考えるとそうなるという話なので」
 透耶は言及はせずに刑事の考えた通りに推理するとそうなってしまうとだけ言う。だがこれが本当にそうだとすれば、犯人は簡単に人も殺せる人物になってしまう。これは恐ろしい。
 静かに話している透耶だが、手が少し震えている。
 自分で考えたことが現実になっているとしたら、とてもじゃないが冷静ではいられない。ひたすら怖いという気持ちを押し殺して気丈に耐えている。
 いきなり目の前に現れたのが誘拐犯ではなく、殺人犯になって戻ってきた。こんな状態いつまで耐えればいいのか。あれから二週間経っているが、鬼柳からの連絡はないままだ。スタッフとは連絡がついたが鬼柳と本隊は既に別行動をしていると言われた。向こうで予定が変わって、鬼柳はどこかへ寄ってから出国するのだという。その予定を聞いたが友人のところに荷物を届けてくるだけだというのだ。ただ誰も友人のことは知らないので、鬼柳がどこの友人に会いに行ったのかは不明だ。
 透耶はいつもならちゃんと待っているのに、今回だけはただひたすら早く帰ってきてと願っていた。
 刑事が帰って後は、SPによる会議が続いた。
 透耶はただそれを聞いているだけで、じっとしていた。
 既に二週間が経っている。犯人らしき人物は透耶の周りを徐々に浸食している。誘拐未遂が殺人に発展したなんて最初から想像なんてできなかったことだ。どうすればいいのか分からない。
 警察はこの件のことで、巡回をしてくれるようだが、犯人はそれすら平然と乗り越えてきそうな人間のような気がした。