switch外伝6 We can go13

 緊迫した場面に飛び込んだ透耶は、真っ先にアイリーンの無事を確かめた。
 しかし、もう既に何かしたのか、アイリーンが真っ青な顔をして床に座り込んでいる姿が目に入った。
 間に合わなかったのか……。
「透耶、遅いぞ、何していた」
 鬼柳が不機嫌のままそう問うと透耶が慌てて言い出す。
「いや、それどころじゃないし。何やったの恭」
「何って、文句を言ったくらいだ」
 さっきまで首を絞めて脅していたのに、鬼柳は平然と言う。
「それより、透耶、なんで無断で出かけた」
 鬼柳の切り返しに透耶はうっと言葉に詰る。
「あ、いや、携帯持ってたから、後で電話しようと思って……」
「その携帯を取り上げられて、どうやって連絡取るつもりだったんだ?」
「まさか携帯取り上げられるとは思わなかったし……」
「その為に事前に俺に何か言っておく必要があったとは思わないか?」
「思ったけど……」
 シュンとなった透耶だったが、ふとどうしてここまで鬼柳が詳しいのかが気になってきた。
 そもそも最初からアイリーンの態度がおかしかったのは透耶でも分かったくらいだ。鬼柳がその異変に気付かなかったとは思えない。普段仕事柄か、危険に関しては人一倍敏感な人がそれに気がつかないなんてあり得ないのだ。
 透耶は自分が悪かったことを棚上げしてその真相を知ろうとした。
「恭」
「なんだ? 言い訳なら聞くが?」
「その前に、こういうことになりそうだって分かってたんじゃない?」
 鷹揚と構えていた鬼柳が初めて言葉に詰っていた。
「……なんのことだ?」
「あー! 今、間が空いた! 知ってたんだ!」
 透耶が身を乗り出して鬼柳に詰め寄る。
「それだったら最初にそう言ってくれれば、俺だって気をつけたよ!」
「そうか? そう言ったところで透耶が聞くとは思えないな」
「あー! 開き直った!」
 鬼柳が開き直って言うと透耶がムッとして言い返す。
 いきなり始まった二人の喧嘩に一成は呆然としていた。鬼柳がこういうことに聡いのは昔からだったから意外ではなかった。だが透耶の方も勘がいいのか、すぐに鬼柳が隠している事実を突き止めてくる。おっとりしているし大人しいと思っていた透耶がムキになって声を荒げて喧嘩をするというのは予想していなかった。
 どちらかというと、鬼柳が言って聞かせて思い通りに動かしているイメージだった。
 だが、透耶は鈍いが事が起こってカードが出揃うと見事に鬼柳の思惑を言い当てて見せたりする。鬼柳が都合が悪いことを誤魔化そうとしても、今まで上手に誤魔化せたことはあまりないのが現状だ。
 そうして一成は思い出した。そうか透耶は小説家で、分野は推理だ。カードが出揃えば、後は推理するだけでいいという考え方をする人間なのだ。いわば今は得意分野を思い存分発揮しているところだろう。だが、鬼柳も鬼柳で話をはぐらかしながらそらすのは得意である。
「そもそも、恭が色々秘密にしてるから俺だって判断付かなかったんだよ」
「全部俺のせいにすればいいと思ってるだろう? 最初に不快なことがあったら俺に話せって言ってたのに無視したの透耶じゃないか」
「全部じゃないよ、一部! そりゃあんなところに置き去りにされた俺が悪いのは分かってる。でもだったら最初から気をつけろとか、なんか言うことあったじゃないか」
「言わなかったか?」
「言ってない! 大体恭の実家で何に警戒すればいいだよ」
「そういうけど、透耶はあの女に色々言われたことで不快な思いしてたこと隠してたじゃないか」
「話そうとしたけど、朝から悪戯したの恭じゃないか! あ、あのせいで何話そうとしてたのか忘れちゃったんだよ!」
「そうかそんなに良かったか、俺もかなり良かったぞ」
 にんまりとして言われて透耶は絶句した。
 そもそも話が逸れている。二人にはいつものことであるが、周りはうん?と首を傾げるも何処がおかしいのかよく分からない微妙なものだった。
「今日こそ食いちぎられると何度思ったことか。あそこがぎゅうぎゅうって締め付けてきてそれなのに中は柔らかいし、透耶はどんどんエロくなるよな」
「あー!!! もう一々人前で言うことじゃないってっば!!」
 透耶は慌てて鬼柳の傍に寄るとまだ卑猥なことを言おうとする口を両手で塞いだ。この口が余計で卑猥なことを言うのはずっと前から変わらない。言い出すと止まらないことは透耶が一番知っている。
 しかし座っていた鬼柳はその透耶の腰を掴んで余裕で持ち上げると自分の膝に座らせたのだ。
「な、な、なにやってんだよ!」
「んーんんーんー」
 鬼柳は喋れないのをいいことに、透耶のワイシャツをズボンから引き抜いて、その隙間から手を入れて背中を撫でてきたのである。
「や、本当に馬鹿なことするんじゃない!」
 慌てて口の当てていた手を外して背中に回った鬼柳の手を止めようとすると、ちょうど後ろ手に手を縛られるように鬼柳がその手を片手で捕まえた。片方の手は空いているのでまだ背中を這いずり回っている。
「ちょ、ちょっと、何!? なんでこうなるの!?」
 鬼柳の膝に乗せられ後ろ手に縛られたみたいになり、鬼柳の肩に顔を埋める形になって、更に鬼柳が透耶の耳元にキスをするものだから、透耶は一層慌てた。こうなると完全に鬼柳の独壇場になる。
「や……ん」
 駄目だと思いながらも鬼柳の手にかかると簡単に透耶は落ちてしまう。本当にこの手には弱いし、耳元で声なんか出されたらたまらない。
「透耶……縛ってやるのも面白そうだな」
 本当に楽しそうな声で更に腰に響くような声で言われると、透耶は体の奥で眠っているものが目覚めそうになる。散々今朝触られて達かされたりしただけに、その熱はそれを忘れていない。
「やだぁ……」
 ぎゅっと目を瞑って抵抗すると鬼柳はワイシャツの中から手を抜いて透耶の顎に当てる。まっすぐに透耶を見つめると優しい顔で言うのだ。
「そうだな、とりあえず今はキス一つで済ませてやる。どうだ? 安いもんだろ?」
 それに透耶はうんうんと何度も頷く。どうでもいいから早く開放して欲しいのだ。キス一つなら安いもんである。ここで拒否しようものならこの男は本当に人が見ていようが気にせず押し倒してくる。
 頷いた透耶を見て鬼柳はそのままキスをしてくる。始めは軽く、しかしそれで済むわけがない。顎を捕まれているから口を開かれてそこに舌が入ってくる。
「んん……んんん」
 舌を絡めて嬲ってやると透耶は抵抗出来ずにされるがままになってしまった。
 キスが終わったのは他人から見れば結構長い時間。
「ん、あ―――……」
 キスをした唇をそのまま顎に反らし首筋までに吸い付いて鬼柳はキスマークを残した。
「お前、随分楽しそうだな……」
 呆れた一成が言うと、鬼柳はニヤリとして透耶の首筋をペロリと舐めた。
「滅茶苦茶楽しい」
「だろうな……で、こっちの方はもういいのか?」
 一成は放られているアイリーンを眺めて聞いた。
 鬼柳がさっきまで怒っていたのはアイリーンにであって、それは一成も当然の権利として鬼柳のやることに口を挟まなかった。鬼柳が怒るのは当然であるし一番権利がある。この状況でアイリーンを無条件にかばえるほど一成も人が良いわけでもない。
 それに鬼柳が透耶の無事を知っていたし、それほど酷いことにはならないと予想していたものある。
「こっからはオヤジの役目だろ。俺は透耶さえ戻ればそれでいいんだ。ああそうだ、石山、なんで透耶の到着が遅れたのか言い訳を聞いてなかったな」
 透耶を届けて一応まだ控えていた石山と富永である。一部始終見届けていた。報告という作業が残っていたからだ。
「はぁ、それが、透耶様がトラックに乗ってみたいと……」
「なんだそれは?」
 鬼柳は訳が分からずに尋ね返す。なぜトラックなんてものが出てくるんだ?と誰でも驚くだろう。
「我々が到着した時、トラックの運転手の方が透耶様を心配なされて保護してくださっていまして、その話の流れで……」
「つまり、滅多に出来ない体験だからと透耶が興奮して、結局トラックに乗ったというわけか?」
「もちろんお一人で乗せることはしませんでしたし、トラックの前後は護衛して参りました」
 石山は一応透耶を庇うように言うのだが、鬼柳には大体のところは把握出来た。
 石山が透耶の要求に弱いことも知っているし、それを知っていて透耶が富永ではなく石山に判断を仰いだのも今までの流れでよく分かっていることだ。
 その話にやっと意識が向いたのか、透耶が石山を庇って言い訳をする。
「あ、あの俺が悪いの。石山さんが悪いんじゃないの」
 透耶がそう石山を庇うが鬼柳は石山を睨み付けて言う。
「透耶の要求であろうとなかろうと、俺は一刻も早く連れて戻ってこいと言ったぞ」
「はい、私の失態です」
 潔く失態を認める石山を庇って透耶が鬼柳に文句を言う。
「違う! 俺が悪いの! 石山さんは悪くない! 俺が我が儘言ったからなの」
 別に透耶が庇うまでもなく、鬼柳と石山の間では話がついていることだ。透耶に甘くするのは状況を判断してやっただろうし、万全の警戒で警備してきただろう。だが、そこは問題ではないのだ。
「透耶、SPは何の為についているのか分かっていて我が儘を言ったんだな? よし後でお仕置きするから覚悟してろ」
「……はい……」
 これ以上透耶に反論できることはない。鬼柳が透耶にSPを付けているのは、透耶の安全の為だ。特に鬼柳がいない場合には重要なものである。そこを透耶は分かっていながら逆らえない石山を困らせた事が問題なのだ。だから今回は石山の判断も悪いし、我が儘を言った透耶も悪いのだ。
「次に指示が出ていることは、ちゃんと守れ。ここは日本じゃないんだ。一つの判断ミスでどんな状況に陥るか予想もつかないところだ。反省したか?」
「……はい、ごめんなさい」
「分かったならいい」
 シュンとして顔を俯けたままの透耶に鬼柳は透耶の額にキスをすることで許した。
 今までSPの判断が誤ったことはない。それは彼らが優秀であり、状況判断がよく出来ている証拠だ。その仕事を邪魔するようなことを透耶はしたわけだ。それを思い出すと冷や汗が出る。彼らが悪いわけではないのに透耶に何かあったら透耶が悪いのではなく彼らが悪いことになってしまうからだ。
 鬼柳が言っていることが全面的に正しい。それが分かるだけに透耶に反論や言い訳は許されない。
 そうして喧嘩(?)というものを一段落させたのを確認した一成はアイリーンを見て言った。

「で、アイリーン。一体何が不満なんだい? 私が夫として不満なのか? まあ元々家同士の繋がりがあるような婚姻だったから、君に不満があるのは当然だと認識していた。だから、この家では君の好きなようにさせてきた。だが、これはあまりにやり過ぎだ。何故不満を透耶に向けたんだ?」
 一成が静かに問う。その言い方はとてもゆったりとしたもので激高したわけでもなく、ただただ貫禄があるだけのものだ。
「わ、私は家族でと……」
 アイリーンが尚も家族でと続けるのを一成は手を挙げることで止める。
「それはただの言い訳だろう。最初に君にも承諾して貰っていたはずだ。この恭一に関することは何一つ干渉することはやめてくれと。君にはこれとは関係ないところで私たち自身が納得して事が進んでいるとね。これには透耶に関しても含まれているのは分かっているね」
 その言葉を思い出してアイリーンは真っ青な顔をする。
 この家で好き勝手に出来ていたのは一成がそれなりにアイリーンの立場を思いやって自由にさせてくれていたことだ。やり過ぎれば注意が入るが、今までそれほど一成は注意をしたことはなかったし、アイリーンも許される範囲が分かって行動をしている。
 結婚をするときに、長男に関してはこちらの事情がある故に干渉は一切しないで欲しいと頼まれていた。一成が結婚をせずに生ませた子だから複雑なのだと言われれば、アイリーンには何も言えない。
 だが、この長男と恋人の話を聞いた時、アイリーンの中である対抗意識があったのは否定出来ない。
 あの女の影がまだある。一人は一成がいいなりになってまで手放した女性の子供。そしてもう一人は一成が初婚をしようと決めた時に真っ先に一目惚れした女性の化身。
「だ、だって、その青年は、貴方が、好きになって結婚まで考えた女性の子供なんでしょ……」
 アイリーンはとうとう本音を言っていた。
「ああ、グレースに関しては同情はしていたよ。彼女の環境を考えて子供のためにと話し合って受け取った子供だからね」
 やっぱりそこだったかと思ったのは一成と鬼柳だ。本音がどこにあるのか分からないので暫く様子を見ていたがアイリーンの本音が出たのは上出来だろう。
 だがそうではなかった。
「いえ、そっちじゃなくて、こっち」
 一成がゆっくりと鬼柳の母グレースについて再度説明をしようとしていたが、アイリーンがそれを遮って透耶を指さしたのだ。

「え? お、俺?」
「……あ?」
 指を指されて指名された透耶はキョトンとするし、鬼柳もなんでそこに透耶の母親の話が出てくるのかさっぱりだった。
「貴方が、必死になって、人前で口説いてまで求めた人じゃないですか……」
 アイリーンにそう言われて一成はやっとその意味を把握した。
 まさかそんな話がここで出てくるとは思ってもみなかったようで決まり悪そうに頬を掻く。
「いやー……確かに、一度はそう思ったが、彼女はすでに結婚していて、子供までいたんだから、私は盛大に振られたんだけどね。年甲斐もなく舞い上がってしまったのは認める。しかし、未だにこのことで私は友人達に笑いのネタにされるくらいにトラウマなんだが……」
 一成の言葉にアイリーンはキョトンとした。
「だって一夜を共にしたって……」
「いや、デートはした。観光というやつはな。正直期待もした。だが夕方になって夕食をと頼んだらきっぱりと断られた。ホテルに送っていったら彼女の旦那が迎えに出て、「妻がお世話になりました」って言われたらもうね」
「えっと、もしかしてその人が結婚してたことも知らなかった?」
 アイリーンは噂話でそれを知っていたが、一成が相手が結婚していることや子供がいることも承知でデートに誘って、どうこうしようとしたのだと思っていたのだ。まさかそれを知らなかったとは思いも寄らなかったことだ。しかもデートは観光。ディナーさえしていないときている。聞いていた話とはまったく違うことだった。
「知らなかったんだ……恥ずかしいことに。その後失意の私に来た見合いで君に出会った。とても綺麗で頭脳明晰だってお墨付き貰って、君に恋をしたんだが……また年甲斐もなく舞い上がって、君にプロポーズしたら受けて貰って、子供まで産んで貰って幸せだなあ、平和っていいなーと実感していたんだが、この馬鹿息子のせいでごちゃまぜだ」
 一成は一成なりにショックを受けていた。息子と合わせるのはどうしても避けたかった。けれど最愛のアイリーンの頼みだ。一度くらいはと思って合わせたのがいけない。
 自分の息子が、如何に人の気を惹くのか、それは一成が一番よく知っていた。
 息子の方はアイリーンには興味ないだろうから大丈夫だと自信はあった。しかし、若い妻がこの息子に転ばないという自信はなかった。
 60近いオヤジと同い年の若い男、どっちがいいと言えば、若い方がいいに決まってるからだ。
「あなた……私のこと好きなの?」
 アイリーンが信じられない顔でそう聞いていた。
 一成がポツポツ話した、アイリーンを自分の息子に取られる事態になることが嫌で、今まで日本にいるので逢うのは難しいと言い続け、息子のことに構うなと言ったのは、事情が事情ではなく、ただ単に一成が不安だっただけのことなのだ。それだけアイリーンを愛しているから、今更他の誰かに取られたくないということのだ。
「ああ、愛してるよ。この世で一番、私と同じだけ好きを返してくれる君が一番愛しいよ」
 一成はそう言って座り込んでいるアイリーンに手を貸して抱き起こした。
 アイリーンの顔は真っ赤になっていて、まるで初恋でもしたかのようになっている。この結婚は家同士のもので、相手は30歳も上の男。だからそこに愛情はないものだと思っていたのだ。
 自分だけが好きだと思っていた。でも違った。それ以上に一成は自分のことを愛しいと思ってくれていた。それが嬉しかったのだ。
「ああーなんだ、オヤジの不甲斐なさが原因だって言うのか?」
 夫婦が二人の愛を確かめ合っているのを思いっきり邪魔するのは、その被害を最大に受けた人だった。
「まあ、そういうことだな……悪い」
 にやりと笑って言う一成に鬼柳はここに自分が呼ばれた本当の理由を察した。
「その辺分かってて俺どころか透耶まで巻き込んだんだな……たくっ」
 食えないくそオヤジだと思っていた。昔からそうだ。こっちが逆らっても逆らっても一つ条件を出してきてそれさえクリアすれば問題はないと言うようなオヤジだ。息子が淫行しまくっているのにもまったく構わずにいたくらいに状況把握さえ出来ればどうでもいいと思うようなやつだ。
 その条件でさえ、鬼柳の母グレースから言われた、ちゃんとした教育という部分のみだったのは後に知ったことだ。その約束さえ守られれば彼には鬼柳がどこで何をしていようがどうでもいいことなのだ。
 基本的に性格は似ている。血も繋がっていない家族であっても、鬼柳がトレースし続けたのは父の姿だったから基本的な考え方は似ていても仕方ない。
 自分と恋人、もしくは妻がよければ後は巻き込もうがどうしようが思うとおりになればどうでもいいのだ。
「あ……! もしかして、それ、アメリカの有名な新聞社の社長……で、柚梨さん結婚しているのを知らずに彼方さんの前で堂々とデートを申し込んできた人って……恭のお父さんなの?」
 透耶はさっきの話で、思い出したことがあった。
 鬼柳達はそこら辺りは流してしまっていたが透耶はそれが気になったのだ。
「なんだそれ?」
「あのね、柚梨さんがアメリカ公演した後に戻ってきたら面白そうに言ってたんだ。「お金持ちの人にニューヨークを案内して貰った」って。でね「私かなり若く見られるのねー。だって14歳の子供がいるのにね」って」
 透耶が当時あった事を思い出してそういうと一成が苦笑していた。
「そうそう、彼女に「結婚してること知りませんでしたの?」って言われて、しかも「子供が14歳になります」と微笑まれて、私は呆然としたものだ。彼女の経歴を一切見てなかったからね。そのお陰で私は恋愛するなら見合いした後にしようと心に誓ったものだ」
 話が繋がって鬼柳は嘆息する。
「もしかして、透耶について色々調べている間に、そのこと思い出したんじゃないか? 調べたら一発で親子だって分かるだろうし……どうりで色々してくるはずだ……」
 つまり父親が透耶に構って色々送ってくるのは、あの時自分に衝撃を与えた人の子供だと分かって単純に嬉しくなってしていたということだ。意外な繋がりに感謝したかったのだろう。
 それは既に亡くなった彼女の忘れ形見だからだ。
 寂しそうに生きていた透耶と、誰も愛することが出来ない息子が、いつの間にか出会って恋人同士になっていることはある意味奇跡的な出逢いだ。こんな広い世の中で、そんな二人が出会ったのは、何かの意志が働いているのではないかと思えるほどの奇跡だった。
 事情が全て明かされると、アイリーンは恥ずかしくて小さくなっていた。
 アイリーンが鬼柳にコナをかけていたのは、こっちに靡いてきたら手玉に取れると思ったらしい。完璧に惹かれたわけではないし、一成にも妬いて欲しかったところもあったのだ。
 つまり、夫婦間の問題を鬼柳達を巻き込むことで修復してしまおうと企んだというのが、一成の目的だったようだ。
 鬼柳のことを信用していたのは、アイリーンのようなタイプは鬼柳が苦手としていた部類で、透耶がいる限りは絶対に靡かない自信もあったようだ。変なところを信用されても困るものだ。
 透耶は色々あるんだなあ程度の認識で、夫婦仲が壊れなくてよかったと安堵しているのだが、不機嫌の一途を辿ったのは鬼柳だ。
 はっきり言って冗談ではない。
 そんな派手な夫婦喧嘩、他人を巻き込んでするものではない。
 いや、そんなことではない。自分たちの周りの人間はどいつもこいつも自分たちを巻き込んで派手な喧嘩をする癖があるようだと認識してきただけに、鬼柳の機嫌も悪くなるだろう。
 だが、その自分たちこそ、他人を巻き込んで下らない喧嘩をしているのを自覚していない辺り、みんな同類であろう。