switch19

 透耶が昼前に起きだし下へ降りて行くととんでもない事になっていた。
 階段の途中で止まってしまう透耶。
 やっと息を吹き返して、そこに居た宝田に聞いた。
「ど、どうしたんですか、これ!」
 透耶が見たのは、玄関ホールに置かれた山程の箱。
 しかも、それはまだ運び込まれている。
 宝田はそれを指示するのに忙しそうだったが、透耶の声に気が付いて顔を上げた。
「おはようございます、透耶様」
 宝田がそう言うのと同時に、透耶は宝田の所まで行って箱の山を見つめた。
「一体、何なの?」
 この箱山が何なのか検討も付かないという顔の透耶。
 だが、宝田の言葉はもっと衝撃的だった。
「これは、全て透耶様宛てでございます」
 こう言われて、頭が真っ白にならない人間はいない。
 尋常ではない事に気が付いて、透耶は宝田に問う。
「え? 俺? 何でです?」
 自分が何か頼んだ覚えはない。
 しかも箱の数は50は超えているだろう。
 すっかりパニックになってしまった透耶に、搬入が終わって受け取り作業を済ませた宝田が説明した。
「まず、エドワード様から20箱、ハーグリーヴス様から15箱、綾乃様の祖父様から10箱、氷室馨様から10箱、藤生鏡花様から2箱、光琉様から2箱…」
 と出てくる名前は全て透耶の知り合いだ。
 ……皆、一体何を考えてるの?
 どうしてこうなったのかを思い出せない透耶。
「どうしてこんなに届くんですか?」
 透耶は再度箱の山を見つめて宝田に聞いた。
「透耶様。失礼ですが、今日が御自身のお誕生日だという事をお忘れになってらっしゃいませんか?」
 宝田はまさか、本当に自分の誕生日を忘れてるんじゃないかと思いこう言ったのである。
 宝田の言葉に透耶は今思い出したという顔をした。
 そうか、すっかり忘れてた」
 透耶はやっと思い出したように言った。
 人のことより他人の事。
 一昨日、自分と同じ誕生日である光琉へのプレゼントを買っておきながら、自分の事はさっぱり忘れている。
「え? じゃあ、これって!?」
 やっと事の重大さに気が付いた透耶。
 箱の山を再度見上げた。
「全てお誕生日プレゼントでございます」
 宝田の言葉は透耶の頭を打つ。
 呆然として箱の山を見上げたまま思ってしまう。
 ……これが全部誕生日プレゼント?
 ……皆、やっぱ変だよ。
 有り得ない、有り得ないって!!
「どうしよう……宝田さ~ん、俺、こんなに貰えません~」
 透耶はそう言ってしまった。
 いくら知人とはいえ、誕生日だからとこんな山程のプレゼントを素直には受け取れないのが透耶である。
 今までも散々、色んなモノを貰ってしまっている。
 これ以上は駄目だという気持ちがあるのだ。
 すると宝田が笑って言った。
「申し訳ございませんが、これを全て送り返すのは大変です。ここは素直にお受け取りになられた方が賢明です」
 宝田はそう言うが、透耶は納得せず、更に困った顔をする。
「でも……」
 それでも、受け取るのに躊躇している透耶に宝田は閃いた事を言った。
「それでは、こうしてはどうでしょう。このプレゼントをお受け取りになられる変わりに、それぞれの方々のお誕生日に同じようにプレゼントをお送りになられれば宜しいのです」
 宝田の機転の効いたアドバイスがきいたのか、透耶はうーんと考え込んでしまった。
 そうかもしれないとでも思っているのだろうと宝田は思った。
 事実そうだった。
 ……そうだよな、これ送り返すにしてもお金かかるし、送り返しても返品きかないものだったらもっと迷惑かけちゃうかもしれないな。
 ……誕生日プレゼントを変わりに送った方が一番手間がかからないかもしれない。
 こんな事を考えていたのである。

 そこへ鬼柳がやってきた。
 ちょうど中庭を突っ切って、ホールにきたのだ。
 騒がしかったのが気になったのだろうが、さすがの鬼柳もこの箱の山には驚いたらしく、透耶と同じように箱を見上げている。
 そして。
「何だ、これ?」
 と言った。
 やはり最初に出る言葉は同じである。
 透耶も鬼柳と同じようにして箱の山を見上げたままで答えた。
「俺の誕生日プレゼントだって」
 透耶がそう言うと、鬼柳は眉を顰める。
「は? あいつら馬鹿か?」
 大量過ぎる贈り物に鬼柳は呆れ返っている。
「馬鹿かどうかは別にして、皆変なんだよ」
 透耶はそう言った。
 プレゼントを貰っておいて、送った相手を馬鹿だの変だの言う人は珍しいだろう。
「どうせ、エドとじじぃのは服だろ。たくっ収納スペース作らないといけねぇじゃねえか。こっちの都合っつーもんも考えろよ」
 鬼柳がそう言うと透耶は。
「そういう問題じゃないよ。これ、全部開けるの大変だよ」
 と、妙な所を気にしている。
 それで鬼柳もハッとした。
「あ! 余計なゴミが大量に出るじゃねえか! やっぱりやつら馬鹿だ!」
「そんな事言っても、そのままじゃ送れないじゃない」
 と論点が違う二人。
「とりあえず、これどうにかしないと……」
 透耶が呟くのも無理はなかった。
 玄関ホールは箱で埋め尽されている。
 もはや玄関ではなく物置き状態。
 と、ここで箱を見つめていても勝手に開いてくれる訳もなく、箱を開けていこうと話が纏まった時、また宅急便がやってきたのである。
「……まだ、何かあるの?」
 透耶は既に宅急便恐怖症である。
 宝田が透耶を見て承諾していたので、透耶はそう呟いてしまった。
「はい、また透耶様にでございます」
 宝田の言葉に透耶は目眩を覚えたが、辛うじて送り先を聞いた。
「だ、誰ですか?」
 すると宝田は苦笑するように鬼柳を見てから透耶を見て答えた。
「恭一様のお父上からでございます」
 その言葉に透耶は違う意味で固まってしまう。
 今まさに何を言ったの?という所である。
「え?」
 聞き間違いじゃないだろうかと思って鬼柳を見ると、鬼柳も驚いていた。
 ……聞き間違いじゃないんだ。
「ど、どうして?」
 鬼柳の父親とは面識はない。
 会った事も顔を見た事もない。寧ろ疎まれる存在のはずだ。
 それが宅急便を送ってくる。それも透耶の誕生日にだ。
 嫌がらせなのだろうかと透耶は瞬時に思った。 
 そう思った時、鬼柳がいきなり大きな声で叫んだ。
「何だって!? どうしてクソ親父が透耶の事を知ってんだ!!」
 鬼柳がそう叫ぶのは日常的。
 しかもそれは透耶が一番聞きたい事でもあった。
 すると宝田はすぐに答えた。
「お調べにでもなられたのでしょう。この家を買う目的など、多々気になる事がお有りだったですよ」
 宝田がそう答えて、透耶はハッとした。
 鬼柳の実家はかなりの金持ちだ。その跡取りが何処でどうしているかなど簡単に調べられるはずだ。
「それって……恭のお父さんが俺と恭の関係を知ってるって事ですか?」
 透耶は恐る恐る聞いた。
 宝田は首を縦に振った。
「はい、御存じでございます」
「えええええええええ!!!!?????」
 その関係とは、恋人関係にあるという意味である事は宝田にも伝わっているはずだ。
 それが、鬼柳の父親の耳にも入っているのだ。
 驚かずにいられるものではない。
 どうしよう……。
 透耶がパニックを起こしかけているのを感じて、宝田が言葉を付け足した。
「大丈夫でございます。こうして贈り物をしてらっしゃるという事は、透耶様の事をお気に召しているからでございます」
 長年、鬼柳家で執事をしてきた宝田には、鬼柳父が何を考えて行動するかなど解り切っている。
 だが、透耶はまだ信じてはいない。
「そ、そうなの?」
 不安げに鬼柳を見上げて聞いた。
 その鬼柳は不機嫌そのもので答えた。
「ああ、クソ親父が気に入ってなきゃ、とっくに透耶に嫌がらせをしてる」
 鬼柳はそう言う。
 鬼柳がそう言うなら、それは確かな事なのだろう。
 ……嫌がらせって何だろう?
 気になってしまって透耶は鬼柳に聞いた。
「ちなみに、嫌がらせってどんなの?」
 透耶がそう聞いてきたが、鬼柳はニヤリとしてとぼけた。
「さあ、どんなのだろうなあ」
 その言葉だけで、透耶には恐ろしいモノになってしまった。
 ……そんなに恐ろしい嫌がせなの?
 ……それともユニークなの?
 ……笑えるの? それとも泣いてしまう程?
 と、いくら考えても解る訳がない。
 透耶がこんな事を考え込んでいる時、鬼柳が言った。
「そのうち、親父にも会わせてやるからな」
 鬼柳の意外な言葉に透耶は驚いてしまう。
「え? いいの?」
「いいのって?」
「だって俺、男だよ」
 男を連れて、こいつと付き合ってるんだ、と紹介するのはかなり難しいのではないかと透耶は思ってしまう。
 透耶の言葉に鬼柳は微笑む。
「そんなの解ってるよ。大切な人だからちゃんとしておきたいんだ。透耶はちゃんと身内の光琉に会わせてくれただろ?」
 鬼柳はそう言うが透耶は。
 ……規模が違う、規模が違うよ!!
 と言いたくなってしまう。
「嬉しくない?」
 鬼柳に顔を覗き込まれて聞かれ、透耶はハッと我に返る。
「あ、うん、嬉しいけど」
「心配はいらない。俺に任せとけ」
 鬼柳がそういうなら透耶も安心できる。
 二人は見つめ合った。
「恭……」
「透耶」
 抱き合ってラブラブモードに突入の二人。
 そんな二人にゴホンと咳を一つして宝田がラブラブモードを止めた。
「申し訳ありませんが、宅急便の方々が埴輪になっておりますゆえ……」
 止めた理由を宝田はそう述べた。
 二人が振り返ると、荷物を運んでいた若いお兄さん達が荷物を持ったまま玄関入り口で固まっている。
 荷物を落とさなかったのはさすがというべきなのだろうか?
 埴輪だったお兄さん達が息を吹き返し復活して荷物を運びおえると、玄関ホールには箱の山がもう一つ出来ていた。
 鬼柳父が送ってきたモノは、今まであった箱の山に匹敵する量だったのである。
「……うーわー、これ全部?」
 ……開けるの大変そう。
 はっきり言って見なかった事にしてしまいたい事態である。
 その隣で鬼柳が腕まくりをして言った。
「さっさと片付けようぜ」
 まさにその通り。
 片付けなければ一生このままである。
「そうだね。早く終わるといいんだけど。夜までかかりそう」
 透耶はそう呟いた。
 すると
「さっさと終わらせるぞ! バースデイセックスしてぇんだ!」
 妙な言葉を吐いた鬼柳を透耶が眉を顰めて見つめる。
 ……何だそりゃ?
 はっきり言って意味不明。
「馬鹿な事言わないの」
 透耶はそれを無視する事にした。
 だが鬼柳は、それについて作業をしながら説明をした。何故それにこだわるのかという事までもだ。
「馬鹿じゃねえよ。俺の時もそうだったんだから。透耶の生まれた時間に抱き合ってたいの」
 最後は殆ど子供の我侭な感じの口調。
 元からそう決めていたらしい。
「え? そうだったの?」
 鬼柳が生まれた時間を知らないので、透耶は聞き返してしまう。
「そう。俺の生まれた時間は透耶を抱いてた」
 むうっとして答えられて透耶は呆れてしまう。
 ……そんなのにこだわってるのか……。
 誕生日を一緒に過ごすだけでもいいという透耶とは考えが違う。
 ……俺は、誕生日に一緒にいれるだけでも嬉しいのになぁ。 そう思ってしまう。
「ほら、透耶、包装紙開けていけよ。仕分けていくから」
 絶対にパーティーをする夜までに終わらせるという勢いの鬼柳に透耶は苦笑して箱を開けて片付けていく。
 だが、数は膨大。
 三人でやって、午後三時に全ての箱を開け終えた。
 しかし、まだ開け終えただけである。
 8割が服、2割は本やノート、ペンなどの透耶が仕事で使いそうな筆記用具であった。
「当分、文具は買わなくてもいいみたい……」
 服の方はもう考えない事にして、筆記用具の方の感想を洩らしている。
 服の方は、似合っているとかの問題ではない。
 鬼柳は鬼柳で。
「ちっ、ちょっとでも透耶のイメージじゃなきゃ捨ててやろうと思ったのに……」
 などと変な悔しがり方をしている。
 ただ単に、透耶の服は自分が買ってやりたかっただけなのだ。
 その楽しみを奪われたので、いらついていたが、服は文句の付けようがないセンスの良さだったので余計に悔しいのである。
 皆、透耶のイメージを良く掴んでいる。
「透耶、古服捨てないと、全部入らないぞ」
 鬼柳がそう言った。
 透耶は今でも十分なほど服を持っている。
 ただ、光琉から貰ったというだけで溜めて置いてあるのもあるのだ。
「あ、そうだね。でも、どれも勿体無い」
 鬼柳はやはり透耶がこう言うだろうと思った。
 何でも取っておく性格の透耶。
「解った。透耶は宝田と箱をゴミに出す準備をしてろ」
「え?」
「服は俺がやる」
 鬼柳はそう言い切った。
 透耶にやらせると、勿体無いと言って、もう着ない服でも、もしかしたら着るかもしれないと言って、取って置いてしまう可能性が100%である。
 鬼柳の凄い迫力に透耶は素直に頷いた。
「はい……任せました……」
 ……最近、俺の意見なんて通らないよな。
 透耶はそう思って諦めた。
 元々、光琉に服を選んで貰っていた時点で、透耶には服を選ぶ権利は当の昔からなかったのである。


 いらない箱を潰して、ゴミを全部片付けた。
 殆ど体力勝負な程の箱を片付けると透耶は、貰った筆記用具などを書斎へと片付けた。
 それが一段落した時、ノックをして宝田が部屋に入ってきた。
「透耶様、少し宜しいでしょうか?」
 宝田は頭を下げてそう言った。
「はい」
 透耶は、何か真剣な顔をしている宝田が気になった。
 普段、笑顔の宝田が妙に神妙になっているのだ。
 透耶は、とりあえず宝田をソファに座らせた。
「初めに、お誕生日おめでとうございます。僭越ながら、これは私からのプレゼントでございます」
 宝田はそう言って、小さな箱をテーブルに置いた。
 まさか宝田からもらえるとは思ってもみなかったので透耶は驚いてしまうが、同時に嬉しかった。
「ありがとうございます! 開けていいですか!?」
 透耶がそう言うと宝田は頷く。
「大したモノではございませんが、どうぞお納め下さいませ」
 そう言われている間にも、透耶はワクワクしながら包装を開き、箱を開けた。
 宝田からのプレゼントは、水色のガラスの置き物。
 サバンナの動物達が沢山いるミニチュアの箱庭のようなモノだった。
「綺麗……ありがとうございます! 大切にします!」
 透耶は感激していた。
 本当に嬉しかったのだ。
 透耶が気に入ってくれて宝田はホッとした。
 そして本題に入った。
「それから、こちらを……」
 宝田が言って出したのは、もう一つの箱。
 それもかなり小さな箱だった。
「これは?」
 どういう事なのだろうと透耶は箱を見つめた。
 箱自体がかなり古いモノだったからだ。
 透耶は恐る恐るその箱を手に取り、開けてみる。
 すると、今度はケースが入っていた。それを取り出しながら透耶は思った。
 これってまさか……。
 透耶が予想した通り、そこにはリングが入っていた。
 大きなアメジストの宝石がついたリング。
 どうみても年代を感じる造りで、宝石の大きさも半端ではない。
「宝田さん、これって?」
 どうして宝田がこんなモノを透耶に見せるのか。
 そして今でなければならないのか。
 何故これは古さを感じてしまうのか。
 そういう意味が込められていた。
「これは、恭一様の母上であられる、グレース様から、透耶様にお渡しするようにと、私宛てに送られてきたものでございます」
 宝田の言葉に透耶は目を見開いた。
 ……恭のお母さん?
 どうして!?
 鬼柳から聞いた話では、母親が今でも生きているのか、それさえも解らないという状態だった。
 だから、その本人と宝田が繋がっているのが不思議でならない。
「恭のお母さん? 生きているかどうかも解らないって恭が言ってたよ」
 透耶がそう言うと、宝田は頷いた。
「恭一様は、御自分の出生をお知りになられた時に、母という存在を否定なさってしまいましたから、生きているかどうかまではお調べになられなかったのです」
 宝田がそう言うと、透耶はああそうだと思った。
 出生を知った鬼柳は、自暴自棄にになり、母親を探すどころか憎みさえしていた。
 だが母親は今でも生きている。
 そして、透耶にリングを送ってきた。
 これは何を意味するのか、透耶には解らない。
「でも、何故、俺の所にこれが?」
 透耶がそう言うと宝田は答える。
「いくら条件付きで恭一様をお産みになられたとはいえ、唯一の子供を可愛く思わない母親はいません」
 つまり、鬼柳の母親は今でも鬼柳の事を気にかけている事になる。
 唯一の子供という所が引っ掛かった。
 鬼柳を産んだ時は、確かに母親は鬼柳父と結婚はせずに、鬼柳父が鬼柳家に実子として迎えている。
 なら、条件を呑んで産んだなら、それはそれで割り切っているのではないか? だが母親が今も鬼柳のことを唯一の子供と言うのはどういうことなのだろうか?
「あの、恭のお母さんは、今でも一人なのですか?」
 透耶は思わずそう聞いてしまう。
「はい。今も独身でらっしゃいます」
「どうして?」
 鬼柳の父親を拒む理由。それは他に誰か思う人がいたからこそ、拒んだのではないだろうか?と透耶は思っていた。
 だから、その思う人と一緒になったか、もしくはなれなかったとしても、もう別の人と結婚でもしているのかと思っていた。だがそれは違うらしい。
 透耶には、微妙に話がずれている気がしてならない。  
 だが、これは自分が首を挟む話ではないと首を振った。
「すみません。これは俺が聞く事ではないです。それぞれの事情ですよね。ましてや、本人がいないところで聞くなんて……駄 目です」
 透耶はそう言って、質問を打ち切った。
 そうした心遣いに宝田は感嘆してしまう。
「グレース様が今もお一人なのは、恭一様の事とは関係ありません。私が思うには、グレース様は一生独身を通 すだろうという事でございます」
 宝田は何か確信めいた事を言う。
 まるで本人から聞いたかのように。
 ……まさか。
「会った事があるんですか?」
 鬼柳ですら会ってない母親に宝田が会っている。
「一度だけ、会う機会がございました。恭一様に似てらっしゃいましたよ」
 会った感想をそう言う宝田。
 深い部分は話さなかった。
 何か、宝田からは言えない理由があったのだろう。   
 だが、鬼柳の母親の事が聞けて嬉しそうな透耶がいた。
「恭はお母さん似なんだあ。じゃあ、凄く綺麗な人なんだろうねえ」
 壮絶な美女を思い浮かべてしまう。
 無茶苦茶モテるだろう。
 ……そうだよな。長男は母親に似るって言うし。
 ……きっと凄い美人なんだよ!
 うわ~~~写真でもいいから見てみたい~~~!!
 そんな事を考えて悶えてしまう。
 そうしている透耶を見て、宝田は笑ってしまう。
 考えている事が手に取るように解ってしまうからだ。
 その宝田の笑いに透耶はハッと我に返る。
「あの、これはどうすればいいんでしょうか?」
 いきなりの贈り物を簡単には受け取れない透耶。
「グレース様は、透耶様に受け取って欲しいと手紙に認めていました。恭一様がこの世で一番大切な人に出会って、幸せを得られた時に、これを相手に渡そうと決めてらっしゃったようでございます」
 宝田に宛てられた手紙には、そう書かれてあった。
 鬼柳の状況は、今でも鬼柳家からグレースに伝えられている。だからこそ、今これを送ってきたのだ。
「でも、俺、男なんだけど」
 透耶がそれを気にしているが、宝田は。
「私は、恭一様の大切な方にお渡しするようにしか仰せつかっておりませんので」
 そう言われてしまった。
「うーん」
 透耶は考え込んでしまう。
 これは、使うモノではなく、受け継いで欲しいと思い渡されたモノなのは解る。
 しかし、透耶が受け継いだ後、十数年後には他の誰かの手に渡ってしまうのだ。
 そう、呪いがある限り。
「あの、これ、俺が受け取った後に、いつか他の誰かに渡してしまっても構わないのでしょうか?」
 透耶はそう宝田に質問をした。
 知らない誰かに渡すのは失礼な気がする。
 なら、受け取った後に自分が信頼する誰かに渡すという方法もある。
「はい。それは透耶様の御自由になさって構いません」
 宝田はそう答えた。
 すると透耶はホッとした顔をした。
「よかった~。それなら、これは大切に保管します。俺が使う訳にはいかないから、いつか俺が生きている間にちゃんとこれが残って行くようにしたかったんです」
 透耶がリングを残すというのは、このままの形で、そして誰から受け継いだものなのかをハッキリとさせたモノにしていきたかったのだ。
「あ、この事、恭に話してもいいですか?」
 透耶は一番重要な人物を忘れていた。
 なんと言っても、鬼柳の母親から貰ったモノを、その息子に内緒にしておくわけにはいかないだろう。
「このリングに関しては、全て透耶様のお好きなようになさって宜しいのですよ」
 宝田はそう言った。
 それを聞いて透耶は安堵する。
「頃を見計らって恭には俺から説明します」
 鬼柳の母親から貰ったモノを、勝手に誰かに譲る訳にはいかないからだ。
 もちろん、鬼柳の承諾がなければ、透耶は自分が渡したいと思っても渡さないつもりだった。
 とはいえ、透耶が決めた事に鬼柳が反対するとは思えない。


 透耶は受け取ったリングの入った箱を書斎にある机の鍵がかかる所へ入れた。
 鬼柳は母親の事をあまり話してなかった。
 何故、未だに独身なのかも解らない。
 父親と祖父の話は出たが、母親の話が出たのは一度きり。
 しかも「ばばぁ」呼ばわりをしていた。
 話しにくい何かがあるのだろうと思うが、鬼柳自身が触れたくなさそうな話に感じて透耶は聞きそびれていた。
 ……まぁ、恭が話したくないなら、無理に聞くのはよくないなあ。
 透耶はそう考えて、鬼柳の母親の事は考えるのを止めにした。
 いくら考えた所で、鬼柳家の、それもアメリカでの事など解るはずもない。
「さてと、恭の方は終わったかな?」
 透耶は独り言を言いながら、書斎を出て二階へ向かった。
 寝室のクローゼットのドアが大きく開かれ、周りには無数の袋が並んでいる。
 透耶はそれを避けてクローゼットを覗き込む。 
 すると、すっかり片付いたクローゼットの中で鬼柳が古服を袋に詰めている所だった。
「もう済んじゃった?」
 透耶がそう声をかけると鬼柳が振り返る。
「ああ、終わったぞ。あ、そうだ、透耶。夜にはこれに着替えろよ」
 そう言って鬼柳が服を取り出して、それを透耶に渡した。
「え? どうして?」
 何故着替えなければならないのか解らず鬼柳に問い返すと、鬼柳の顔が次第に不機嫌になる。
「夜に、エドとじじぃと光琉が来るってよ。まあ、光琉はいいとして、綾乃だけだと思ってたのにヤツラまでくるとは」
 鬼柳は、エドワードとジョージが来る事になってしまってそれで機嫌が悪いのだ。
「何で?」
 どうしてエドワードとジョージが家に来るのか、さっぱり解らない透耶。
「パーティーするんだろ?だと」
 ……ははーん、長居されるかもしれないから嫌なんだ。
 透耶はそう思ってしまう。
「ふーん、それはいいけど、他に何かあるんじゃない?」
 家に来るだけじゃすみそうにない。
「俺の料理目当てだ。透耶の誕生日だから、特別に何か作るってバレてる」
   鬼柳はそう言って忌ま忌ましいと呟く。
 ……行動パターン読まれちゃってるね。
 透耶はそう思ったが口には出さなかった。
「特別って、恭の料理はいつも美味しいよ。俺にはいつも特別だよ」
 透耶が笑って言うと、鬼柳がギュッと透耶を抱き締めた。
 ……なんだあ?
 透耶には訳が解らない。
「可愛いこと言うなあ」
 鬼柳はそう呟いてスリスリしてくる。
 ……何処がだ?
 可愛いと言われて、何処が可愛いのか解らない。
「いつも通りでいいのに」
 透耶がそう呟くと、鬼柳は首を振る。
「いーや、ケーキも作ったし、二人でディナーしようと思って準備もした」
 仏頂面であろう鬼柳がそう言い返した。
 ……本格的な事をやろうとしていたんだ。
 そりゃ、不本意だろうな……。
「で、結局断われなかったんだ」
 透耶が苦笑すると、鬼柳は更に膨れっ面になる。
「来るなって言ったのに、どいつもこいつも勝手に用件だけ言って電話きりやがった」
 鬼柳は悔しそうに言う。
 はっはー隙すら与えて貰えなかったんだね。
 透耶は苦笑してしまう。
 エドワードにジョージでは、鬼柳以上に我が道をいくタイプなので、相手をするのは難しいだろう。
「じゃあ、準備大変だね。俺手伝うよ」
 透耶がそう言うや否や。
「透耶はしなくていい」
 そう言われてしまう。
「何でー?」
 透耶が不満そうに言うと。
「主役が手伝ってどうする。出来るまで仕事でもしててくれ」
 こう返ってきてしまった。
 まあ、確かに主役がやるのはどうかとは思うけど。
 しかし、透耶は鬼柳を見上げたままで考えてしまう。
 かといって、恭だって自分の時は自分でするだろうし……俺がやったらやらせてくれなさそうなんだけど……。
 だが、透耶が手伝うと余計にややこしくなってしまうのも事実である。
 ……この間、コップ割っちゃったのがいけなかったのかなぁ。
 と透耶は反省してしまう。
「透耶、本当にプレゼントいらないのか?」
 透耶が手伝うのを諦めてクローゼットを出て行こうとした時、鬼柳が透耶の後ろから抱きついてきた。
 どうしてもプレゼントをしたいという鬼柳に透耶は「何もいらない。欲しいモノはもう貰ったから」と言うだけなのである。
 しかもこっそり買いに行くのもなし。
「だって、これ貰ったし」
 透耶はそう言って、左腕を上げた。
 そこには、鬼柳が送ったブレスレットがある。
「あのな。これは結婚する時にするリングの意味なんだよ」
 鬼柳はそう言った。
 リングだと邪魔だし、無くしてしまうかもしれないという透耶に、リング代わりに送ったモノだ。
「でも、嬉しかったし」
 透耶は本当に嬉しそうに言う。
 確かに透耶はそれを大切にしている。
 時々見つめては、微笑んだり、無意識にだろうが触ったりもしている。
 透耶の中では、今まで貰った何物よりも嬉しいモノだったのだ。
 それに透耶は鬼柳と一緒に居られるだけで良かった。
 それ以上望むのは駄目だと思っていたし、望む必要もなかった。
 だが、鬼柳がまだプレゼントは?と言い続けているので、とうとう透耶も音を挙げてある提案をした。
「うーん、じゃあ、京都行きを旅行にしよう」
 透耶がいきなりそう言ったので、鬼柳はキョトンとしてしまう。
「は?」
 訳が解らない顔をしている鬼柳に透耶は説明をした。
「京都に居た時って、あまり観光地とかいかなかったしさ。それを色々回って美味しいものを食べるの。うん、それでいいよ」
 透耶は笑ってそう言った。
 これ以上、透耶にプレゼントをしたいと言っても、これ以上のモノは出てきそうにないので鬼柳もそれで妥協する事にした。
「そうだな。いいホテルとって、いや旅館だな。で、浴衣着て、露天入って」
 そう言い出した鬼柳を見ていた透耶はだんだんと不審な様子に変わって来た。
 そろそろ出てきそう……。
「浴衣でセックスもいいなあ。露天貸し切ってやるのも」
 ほら、出たーーーーーーーーー!!
 絶対言うだろうと思ったけど思ったけどーー!!
 透耶はもう慣れていたはずだが、呆れてしまう。
 なんで、Hの事だけ考えてるんだよ……。
 普通に観光しようよ。
 それって、他の旅行先では必ずやりそうな事なのか?
 そう考えて、透耶は絶対実家や本家に泊まるのはやめようと心に誓った。
 何処でも欲情されてはたまらないし、それを身内に見られる羞恥くらい持ち合わせている。
 見られても、自分の身内にはそういう関係だと説明するからいいかもしれないが、透耶自身が許せなくなってしまう。
 見られたらと考えると、ゾッとする。
 透耶がそう考えていると、鬼柳が額にキスをしてきた。
「解った。プレゼントは京都旅行な。日程は透耶が決めろよ。仕事片付いたら、速攻行こうな」
 鬼柳はもうやる気行く気満々の笑顔。
「う、うん」
 何だかその笑顔が怖い気がした。
 ……京都行くのやめようかなぁ。
 などと無駄な考えをしてしまった。
 
 
   透耶は言われた通りに書斎で仕事をしていた。
 居間やダイニング、キッチンでは、鬼柳と宝田がパーティーの準備に向けて忙しく動き回っている。
 で、透耶は、時間まで入るなと言われてしまっていた。
 丁度午後5時に差し掛かった時、光琉がやってきた。
「透耶、光琉が来たぞ」
 鬼柳が透耶の仕事を中断させて、光琉が来た事を報せた。
「あ、光琉」
 仕事に集中していた透耶は、鬼柳の声でしか中断出来ない。
 鬼柳は光琉を書斎に案内すると、すぐにキッチンに戻ってしまった。
「透耶、プレゼントありがとうな」  
 光琉はそう言って、自分の耳を指差した。
 そこには透耶が一昨日光琉のプレゼントにと送ったシルバーのピアスがしてあった。
「あ、してくれたんだ」
 透耶は嬉しくなって立ち上がる。
「これ、気に入ってたの知ってただろ?」
 光琉は笑ってそう言う。
「うん、でももう持ってたらどうしようかって迷ったんだ」
 そのプレゼントを買う時に、透耶はそれで悩んでいた。
 だが、もし光琉がそれを買っていたら、歌番組などで既に付けているはずだが、まだ一度も見てなかったので、思い切って買って送ったのである。
「買いに行く間がなかったから、滅茶嬉しい」
 光琉は言って透耶を抱擁する。   
「服、ありがとうね」
 透耶も光琉からのプレゼントのお礼を言う。
 すると抱擁が済んだ光琉が離れるとこう言った。
「いつもの事だけど、今回は別のモノにすればよかったな」
 苦笑して言われ、透耶はキョトンとする。
「え?」
「さっき鬼柳さんに聞いたよ」
 光琉が鬼柳からそう言われていた。
 実は、透耶には厄介な金持ち連中がパトロンみたいにいて、そいつらが阿呆程服を送って寄越して、クローゼットが大変だと言われたのだが正しい。
 別に光琉に服を送るなと言っているのではなく、もっと別のモノので、透耶が日常に使うモノの方がいいのではないだろうか?という提案でもあった。
 まあ、そのパトロンみたいな連中は今日二人来るので、光琉は一応顔と身元を確かめようとは思っていた。
「あーあれねえ……」
 透耶は、あの服の量を思い出して苦笑してしまう。
「でも、光琉から貰ったのは普段着だから着るよ」
 透耶がそう答えると光琉が首を傾げる。
「他に貰ったのは普段着じゃないのか?」
「うーん。まあ、ちょっとね……」
 透耶は言い淀んでしまう。
 まさか普段着にブランド品を着ろってーの?
 と言いたくなってしまうが、いずれはきっと普段着で着なきゃいけない宿命なのである。
「家の中見せて貰ってもいいか?」
 どうやら鬼柳が言うパーティーまでは時間がかなりあるらしいと判断した光琉がそう言った。
「うん、いいよ」
 透耶は頷いて家の中を案内して歩く。
 まず、まだ準備が出来てないと言っていた居間の方を光琉に見せる事にした。
 それには鬼柳の承諾があってやっと入れた。
 居間に入ると、光琉は入り口で立ち止まってしまった。
 そう、透耶にとって二度と関わり合いになりたくないと言っていたピアノが置かれていたからである。
「弾いているのか?」
 呟くように光琉が聞いた。
「うん、ときどきね」
 透耶は笑って答えた。
 光琉は透耶がピアノを辞めた理由をよく知っている。それ以来、ピアノ関係に関わらないように避けていた。
 その透耶が、ピアノを弾いている事が、光琉には信じられない。
「あの人の為?」
 光琉はそう聞いた。
 あの人とは、鬼柳の事。
「きっかけはそうだよ。でも、やっぱり恭の為にしか弾かないとは思ってる。あの世界に戻るつもりはないよ」
 透耶はやはり笑ってそう言う。
「聞きたいって言われたから?」
 透耶の事を調べたなら、ピアノの事はすぐに解ったはずだと光琉は思ったのである。
 だが透耶は首を横に振った。
「ううん、俺が聴いて欲しいって思ったんだ。誰かの為に弾きたいって思ったのは初めてだったよ。今は、すごく楽しいよ。柚梨さんが言ってた言葉の意味が今は良く解るよ」
 透耶は生き生きとしてそう答えた。
 柚梨とは、透耶の母親の事である。
 母親は常に自分の好きな人にピアノを聴いてもらう為にだけしか弾いていなかった。
 どんなに絶賛されようが、その好きな人に気に入って貰えるかどうかだけを気にしていた。
「ああ、彼方さんが聴いて喜んでくれるからって理由で弾いてたってやつか」
 透耶に言われて、光琉は自分の母親の言葉を思い出した。
 何をやるにしても、好きな事をやりなさい。
 そして、好きな人の為になる事もやりなさい。
 そう母親は言っていた。
 事実、母柚梨は、生涯夫である彼方の為にしかピアノを弾いていなかった。
 他のピアニストからすれば、馬鹿げた理由かもしれないが、栄光よりも何よりも、それが一番大切なのではないだろうか?
「うん、真似じゃないけど。俺もそう」
 透耶は照れたように笑って言う。
 透耶が再度ピアノを弾くのは、自分の意志だ。
 鬼柳に強制されてやっているわけではないのだ。
 自然と透耶がピアノを弾くようになっていったのは、鬼柳が側にいたからなのだろうと光琉は思った。
 あいつの力って偉大だ……。
「まあ、透耶がそれでいいって言うなら、俺が口を挟む事じゃないけど。しかもそれ、鬼柳さんが聞いたら飛んで喜びそうなセリフだな」
 光琉が笑って冗談ぽく言ったが、透耶は笑ったままで表情が固まってしまう。
 ……無茶苦茶喜ばれましたよー。
 よくこのセリフを口にしているが、はっきりいって愛の告白をしているのとなんら変わりないのだと、透耶は今更ながら気が付いてしまった。
 うーわー、俺、色んな人に言っちゃってるしー。
 本当に今更である。

 とりあえず、透耶が幸せそうにしているので、光琉はそれだけで嬉しかった。
 家中を案内して、ダイニングとキッチンは省いた。
 というか入るなとドアに紙が張ってあったのである。
「鬼柳さんが料理作ってるのか?」
 光琉が不思議そうにそう聞いた。
「うん、凄いよ。家事なら何でもできるし天才的」
 透耶がその家事力の凄さを説明すると、光琉は。
「その分、透耶は何も出来ないっと」
 と付け足した。
 透耶はプーッと膨れっ面になると言い返す。
「言うな。俺だって一応一人暮らししてたんだ」
 とはいえ、まともな料理はしたことない。
 レンジでチンくらいだろうし、ガス焜炉などはお湯を沸かした事しかないかもしれない。
「手伝って覚えるとかは?」
 光琉がそう提案したが、透耶はしょんぼりしてしまう。
「さしてくんないんだ。この間、コップ割っちゃって、ちょっと手を切ったんだ。そしたら、余計に触らせてくれなくなっちゃった」
 透耶がそう答えると、光琉は天を仰ぐ。
「過保護すぎ……」
 その通りである。
「俺もそう思う。だからこっそりやろうとすると、すぐに嗅ぎ付けてきて、悉く横から奪って行くんだ。それで取り返そうとすると、もめて喧嘩になっちゃうんだよ」
 透耶はその件については、まだ怒っているんだぞと言わんばかりに文句を言っていた。
「喧嘩?」
 鬼柳と喧嘩したら透耶が適わない。
「ああ、口喧嘩だよ。力じゃ適わないの解ってるし、恭もどんなに怒っても暴力だけは振るわないから」
 透耶は慌てて説明を付け足した。
 力を使えば透耶など一捻り出来る鬼柳が、絶対に暴力を振るわないのは、それだけ透耶を溺愛しているからだ。
 どんなに喧嘩しようとも、話し合えば解決出来る事は、随分前に学習している。
「で、勝敗は?」
 ニヤニヤして光琉が聞くと。
「今の所、五分五分」
 透耶は勝敗についてはそう思っていた。
 だが、本当は鬼柳の方が妥協して折れている部分も多いのである。
「怒鳴ったりされたら、俺逆らえないや」
 光琉は鬼柳の恐ろしさを感じて身を震わせる。
 はっきりいって、あの人だけは敵に回したくないのだ。
 だが、透耶はキョトンとしている。
「恭はいつもそうだし」
 怒鳴る鬼柳がいつもの鬼柳だと透耶は思っている。
「いつも怒鳴る!?」
 光琉が信じられないという顔をした。
「いつも何かあると怒鳴ったりしてるし、俺はもう慣れちゃったのかな? あれが恭だしねえ。怒鳴らない恭の方が気持ち悪いかも」
 透耶はすっかり鬼柳の事を掴んでいる。
 だからこそこのセリフが言えるのだ。

 話が一段落して透耶は光琉を連れて、家の案内をした。
 家の広さに関しては、光琉は驚かなかった。
 それもそのはず。榎木津の実家はもっと大きいし、玲泉門院の本家も大きいから見慣れているのであった。
 一番最後に辿り着いたのは、地下にある鬼柳の仕事部屋である。
 勝手に入ってもいいのか?と心配する光琉だが、透耶は「恭だって俺の仕事部屋勝手に入ってるもん」といい「中にあるモノに触らなければいいよ」と言ってドアを開けて入って行く。
 鍵はかかっておらず、別に見られて困るモノは置いてないらしいと判断した光琉は、恐る恐る部屋に入った。
 そこに入って光琉は驚いた。
 天井には青空の写真。
 そして壁には南国の花や家々の写真が所狭しと貼られていたからだ。
 それは、感動して声さえ上げられない程のモノだった。
 写真を見つめたまま動かなくなってしまった光琉を見て、透耶は苦笑してしまう。
 ……やっぱ誰でもこうなるよねえ。
 最初、これがセッティングされた時、透耶も光琉と同じように動けなくなってしまったからだ。
 やっと息を吹き返したように光琉が言った。
「……すげぇー! これ、全部鬼柳さんが撮ったのか!?」
 光琉は興奮したように聞いてくる。
 透耶は頷いて説明をした。
「うん、そうだよ。そっちの大きいのは俺が撮ってって頼んだ、沖縄の空の青」
 透耶はそれを見つめて言った。
 あの青が欲しいと言った時、鬼柳はやろうと言った。
 それがこうしてここに残っている。
「綺麗だな」
 光琉は素直に言っていた。
 絶賛する言葉など、「綺麗」という一言だけでいいと思ってしまうくらいに、鬼柳の風景写 真は光琉の心を掴んでいた。
「うん、恭が撮るとね。全部綺麗に写って見えるんだ。それに俺、恭がカメラ持ってファインダー覗いている姿って好きだよ」
 透耶は本当にそう思っていた。
 透耶の知らない顔をする鬼柳。
 それがファインダーを覗く時だけに見られる、その力強さが、とても好きだった。
「こういう仕事をすればいいのにな」
 光琉はそう言ってしまう。
 だが、透耶は首を横に振った。
「うん、そう思うけど、恭は仕事にはしたくないみたいだから」
「でも、確か報道の方をやってたんだよな」
「うん」
「辞めたのか?」
「……辞めた訳じゃない。今は休暇だって。……でもそれは今はまだ」
 透耶はそう言って黙り込んでしまう。
 すると透耶は部屋の隅に置かれているパネルが重ねられた場所を見つめていた。
 一枚だけ丁寧に梱包されているパネル。
 他はどうでもいいという置き方なのに、そのパネルだけは大切にしている感じだった。
 透耶は寂しそうな、そして何かを考えている様な顔をしていた。
 それに何かがある。
 でも光琉には聞く事が出来なかった。
 だが、ある程度予想は出来た。
 あれが原因なのだと。
「透耶」
 パネルを見つめていた透耶が我に返って光琉の方を振り返った。
「ん? 何?」
「ちゃんと考えているか?」
 主語を抜いた光琉の質問。
 でも、それだけでも透耶には光琉が何を言っているのかは、嫌と言う程解っていた。
 自分でも、ずっと考えてきた事だから。
「解ってる。ちゃんとする。ただ切っ掛けが欲しいだけなんだ。それがあれば俺が背中を押して上げられるかもしれない」
 透耶は光琉を真直ぐに見つめてそう言った。
 その意志の強い瞳に光琉は目を反らせてしまう。
「なら、いいんだ。俺は透耶が先に死ぬのは見たくないんだ」
 光琉は吐き出すようにそう言った。
 その言葉に透耶はハッとした。
 玲泉門院で、最後に残されるのはこの双子の、透耶と光琉だけ。
「俺だって嫌だ」
 透耶は泣きそうになってしまう。
 どう考えても、先に逝くのは自分の方だからだ。
 事故もなく平和に暮らしたとしても、鬼柳の年令が40歳に達すれば、透耶も一緒に死んでしまうのだ。
 やはり、どうやっても光琉を残して行くことになってしまう。
 光琉が鬼柳より年上の人と恋愛し、結婚でも何でも、心が通じなければ、確実に透耶の方が先になってしまうのだ。
 決定してしまっている事を、透耶は光琉に説明はしなかった。それは光琉が一番よく解っている事だからだ。
 そして光琉がそう言うのは、なるべく先の話にしておきたいという気持ちが言わせているだと透耶も解っていた。
 暫くして、二人は平静を取り戻した。
 誕生日なのに暗い話になってしまって、二人は顔を見合わせて首を傾げた。
 ……どっから話がズレたっけ?
 である。
 さすが双子。
 ボケている箇所が同じである。


 地下から一階に上がって、透耶の書斎で鬼柳の合図を待っていると、綾乃がやってきた。
 綾乃が宝田に案内されて書斎へ入るや否や。
「先生ー」
「綾乃ちゃーん」
 と呼び合って仲良く抱擁での挨拶をする。
 とはいえ、二人とも昨日会ったばかりである。
 一通り抱擁が済んだ所で綾乃が透耶にプレゼントを渡した。
 綾乃から貰ったのは、何故か防犯用ブザーだった。
「……綾乃ちゃん?」
 透耶が訳解らない顔をしていると綾乃は真剣に使い方を説明している。
「だって、先生一人だと危ないし、家の中だって今は安全とは言えない時代なのよ。持ってて」
 そう力強く言われてしまい、透耶は有り難く受け取った。
 ……まあ、使うことにならないのが一番いいことなんだけどね。
 そう思ってしまう。
 プレゼントの説明が終わった所で、綾乃はここに光琉がいる事に初めて気が付いた。
 そして透耶を見て言った。
「これ、誰?」
 不思議そうに聞かれて、透耶は笑ってしまう。
 クラシック三昧の綾乃は殆どテレビを見られない状況にあるらしい。そのせいで、光琉が何者なのかが解らないのだ。
「俺の弟の光琉だよ。光琉、こっちは真貴司綾乃ちゃん。沖縄で知り合った親友だよ」
 透耶はそう二人を紹介した。
 すると、綾乃は首を傾げて言った。
「先生って、確か双子だったよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、どうしてこんなに似てないの!?」
 真剣にそう綾乃に言われてしまって、透耶は爆笑してしまう。
 鬼柳と同じ事を言っているからだ。
 光琉もここまではっきりと似てないと言われて、驚いていた。内心、年下だろうがなんだろうが、こいつすげーという所である。
「そ、そんなに似てない?」
「うん、まったく似てない」
 綾乃はやはり鬼柳と同じセリフを言う。
 今まで似ていると散々言われ続けていただけに、この似てない攻撃はある意味新鮮だった。
「沖縄って、この間の行方不明の時? 何やってたんだ?」
 どうやっても綾乃と知り合うきっかけが思い付かない光琉が質問をしてきた。
 透耶はその経緯を説明した。
 最初の出会いの所では、綾乃が一生懸命補足を加えたりして大慌てだったが、なんとか光琉に理解できる内容で説明出来た。
「そうなんだ。ま、宜しくな。えーと、俺は光琉でいい。綾乃って呼んでいいか?」
 光琉は気さくに綾乃にそう言って握手を求めてきた。
「ええ、呼び捨てで結構です。じゃあ、私は光琉君の方がいいかしら?」
 綾乃も光琉の差し出した手を受けて、そう言った。
「ok 綾乃。あ、敬語無しな」
「これから宜しく、光琉君」 
 二人はニコリとして握手をした。
 綾乃は光琉が芸能人だと知っていても、まったく普段と変わらない態度で光琉に接していた。
 それが光琉には好印象を与えたらしい。
 綾乃の方も、光琉の気さくさに好印象を持った。
 自己紹介が終わって雑談をしていたが、透耶はやり残した仕事が気になって、そっちの方に没頭してしまった。
 こうなると、余程の事がない限り中断させる事は出来ない。
 綾乃も光琉もそれが解っているので、透耶は置いておいてお互いの事を話していた。
 そうしていると、来ると言っていたエドワードがやってきた。
 綾乃は一度会っているが、光琉は初対面である。
 突然現れた壮絶な美形の外国人に光琉はポカンとしてしまった。
「やあ、綾乃、元気そうだね」
 エドワードはまず綾乃に話し掛けた。
「はい、沖縄の時はありがとうございました。それから、コンクールの時、花束まで送って下さってありがとうございます」
 綾乃は丁寧にエドワードに礼を言った。
 エドワードは無表情で何を考えているのか解らない。
「透耶は仕事中のようだね」
「はい、もう話し掛けても無駄な状態です」
 エドワードも透耶の集中力を知っているので、透耶への挨拶は後回しにする事にした。
 そして、その場にいた光琉を見ると少しだけ笑って言った。
「もしかして、透耶の弟の光琉かな?」
 エドワードにいきなり話し掛けられて、光琉は慌てて返事をした。
「はい、弟の光琉です。こんにちは、初めまして。兄がいつもお世話になっております」
 光琉はソファから立ち上がって頭を下げて挨拶をした。
 ……もしかして、鬼柳さんが言ってた外国人のパトロンの一人ってこの人なのか?
 という驚きと同時に、行方不明の間に何やってたんだと激しく問いたくなってしまった。
「私は、エドワード・ランカスターだ。宜しく」
 エドワードはそう言い、光琉に握手を求めて来た。光琉も慌てて握手をして答える。
 自己紹介を終えたエドワードは、ジッと光琉の顔を見つめていた。
 光琉は蛇に睨まれたカエル状態。
 するとエドワードはこう言った。
「双子の割には、似てないな。透耶はそっくりだと言っていたのだが、間違える程似ているとは思えない」
 エドワードでさえ、透耶と光琉を間違える事はなかった。
 その言葉に綾乃も頷いた。
「似てませんよね。万が一でもあり得ません」
 綾乃はそう断言した。
 エドワードはその言葉に賛同した。
 それから雑談が始まり、何となくではあるが、透耶と口調が似ている箇所がある事には気が付いた。
 しかもボケる箇所が似過ぎている。
 次にヘンリーがやってきた。
 やはり光琉を見ると、似てない攻撃をする。
 美形外国人がもう一人増えて、光琉は段々と焦ってくる。
 本当に沖縄で何をやってたんだ!!
 と、透耶を問い詰めたくて仕方がない。
 透耶との繋がりを聞くと変則的な繋がりではあるが、今や二人とも透耶とは友達だと言っている。
 そして、ジョージがやってきた。
 ジョージは光琉を見るや否や、早口の英語で光琉に話し掛けてくる。
 何が起ったのか理解出来ず、光琉は振り回されてしまう。
 ヘンリーが通訳してくれるが、もうはっきり言ってついていけない。
 あたふたしている光琉を見て、綾乃とエドワード、そしてヘンリーは、ここで初めて透耶にそっくりだと思って納得した。
 当の光琉は、この外国人何なんだよー!!!という所であろう。
 曲者揃いの外国人部隊。
 光琉でさえ、適わなかったのである。


 そこへやっと準備が整ったと知らせにきた鬼柳が、書斎いる意気投合した5人を見て頭を抱えてしまった。
 話題は透耶の事と鬼柳の事。
 ……この盛り上がりは何なんだ!!
「てめぇら、さっさと居間へ移動しろ!!」
 鬼柳が怒鳴り声を上げないと、会話が中断出来なかった程盛り上がっていたのである。
「やっと準備が出来たか、さあ、移動しよう」
 エドワードがそう言った時、透耶が鬼柳の叫び声でやっと仕事から抜け出す事が出来た。
 しかし、目の前にいるいつの間にか増えている客に呆然としている。
「え? あれ? いつの間に?」
 綾乃が来た所までは覚えているが、外国人部隊3人がいた事にはまったく気が付いてなかったのである。
 はっきり言って。
 ここは一体何処なんだ?
 と言いたくなってしまう事態になってしまっていた。
「さ、透耶、君が主役だぞ」
 エドワードがそう言って、透耶をエスコートしようとしたが、それを鬼柳が妨害する。
「透耶に触るんじゃねえ」
 一応エドワードが差し出した手に手を乗せてしまった透耶は、その反対の手を鬼柳に掴まれてしまう。
「いいではないか。それくらいで激怒するものではない。今日は透耶の誕生日なんだぞ」
 エドワードが火に油を注ぐような事を言ってしまう。
 透耶は困惑して、鬼柳を見上げ、更にエドワードを見上げて、どうしようと悩んでいる。
 まさに、透耶の取り合いになってしまったのだ。
 綾乃とヘンリーは苦笑して、ジョージはまったく動じず、光琉は一体何が起きているのか理解出来なかった。
 透耶は今、捕まった宇宙人状態。
 頭の上では英語の罵声が飛び交い、収拾がつかなくなっている。
 それでも、これがいつもの鬼柳とエドワードなので、心配はしていなかった。それどころか、透耶は吹き出して笑い出してしまったのである。
 透耶は笑い出してしまった事で、英語の喧嘩はパタリと止まってしまった。
 何故透耶が笑い出したのかが解らない、鬼柳とエドワード。
「何が可笑しいんだ?」
 不思議顔で二人に見られて、透耶は笑いながら説明をした。
「だって、いつもの恭とエドワードさんなんだもん」
 そう言われてもまだ解らない。
「凄く久しぶりに聞いたから、凄く可笑しくなっちゃって」
 透耶はそう言ってまだ笑っている。
 ただ単に、この平和な状況が楽しかっただけなのだ。
「ごめんなさい、笑っちゃって」
 透耶が謝ってくるが、鬼柳とエドワードは更に笑顔になってしまった。
「透耶が楽しいなら、いいではないか」
「そうだな、透耶が主役なんだから、透耶が楽しくて笑ってるなら、エドと喧嘩なんかいつでもしてやるぞ」
 などと、喧嘩の約束までしてしまう両名。
 ……そういうつもりじゃないんだけど。
 ちょっと困惑してしまう透耶。
 一方、英語で会話されてしまって内容がさっぱりだったが、喧嘩腰なのは解っていた光琉は驚いていた。
 あの喧嘩を笑いで止めてしまう透耶。
 ……あいつ、結構大物かも……。
 つーか、やっぱり沖縄で外国人ばっかり引っ掛けてきてんじゃねーよ。
 これはツッコミたい所である。
 そりゃそうだろう。
 どの外国人も身分や地位が半端ではない。
 どう考えても透耶が知り合え、友達になれる相手ではないのだ。それがこれはどうだ? 和やかにしかも、忙しいはずの実業家が透耶の為に時間を裂いてわざわざパーティーに押し掛けているのだ。
 相当気に入られていないと、有り得ない状況だ。
 
 とにかく、今日は透耶が主役である。
 透耶をエスコートするのは、鬼柳の役目という事で収まったようだった。
「いつも、こうなのか?」
 光琉が綾乃に聞いた。
「まあ、こんなものね。鬼柳さんはランカスター氏の事は本当に嫌っている訳じゃないけど、先生が関わるとなると疎ましいらしいし、ランカスター氏は、先生の事は気に入ってはいるけれど、鬼柳さんと喧嘩というか先生を間に入れての会話が楽しいみたいね」
 まさに綾乃が言う説明が一番正しい。
 鬼柳とエドワードは大学からの親友だと聞いていた光琉は、思わず納得。
「何だか、透耶が玩具にされてるような気がする……」
 光琉がそう呟くと綾乃がクスクス笑い出した。
 ある意味間違ってない。
 光琉にとっては、衝撃的な透耶と鬼柳の知り合い達との出会いであったが、どの人物も癖はあるが、いい人で、透耶の事を大事にしてくれている事が解ってホッとする出来事だった。

「ほら、全員、居間へ移動だ」
 いくら書斎として広い部屋とはいえ、7人もの人間がひしめくと物凄く狭く感じてしまう。
 入り口に近い人物から部屋を出て、宝田に案内されながら居間へと全員が移動した。
 部屋に残っていた透耶と鬼柳。
 鬼柳は大きな溜息を吐いてしまった。
「どうしたの?」
 透耶が首を傾げて鬼柳を見上げる。
 すると鬼柳が、物凄く嫌な顔をして言った。
「あいつらが全員揃って、ただで済むはずがない。何かある」
 鬼柳はそう言う。
「何かって?」
 透耶にはさっぱりだ。
 それどころか、皆揃って会えて嬉しいと思っている。
「何かだ」
「だから、その何かって何なの?」
「解らん。けど、嫌な予感がする」
 鬼柳はそう言い張っている。
 まあ、確かにジョージがいる時点で何か起りそうな気がする透耶。
「ま、何とかなるってば」
 透耶はそう言って笑う。
「俺、皆来てくれて嬉しいよ」
 満面の笑みでそう言われてしまうと、鬼柳もそれには逆らえない。
「透耶がいいなら、いいんだが……」
 そう納得しながらも、何かありそうで心配になって過敏に反応してしまう鬼柳であった。

 だが、何とかならなかったのは、透耶自身だったのである。

 透耶は鬼柳に連れられて、居間へ入ると驚いて固まってしまった。
 それは、普通のパーティーではなく、かなり本格的なパーティーだったからだ。
「凄い……」
 透耶がそう呟くと、鬼柳は満足したようだった。
「だろ。結構頑張ったぞ」
「ありがとう。こんなの凄いよ、恭ありがとう」
 透耶は感激して鬼柳に抱きついた。
 鬼柳も透耶を抱き締める。
 だが、居間にいる客は、慣れているが、今はそれをしている場合ではないだろうと思ってしまう。
「ほら、そこ。抱き合ってないで、パーティー始めるぞ」
 二人のラブラブモードを打ち壊したのは、やはり光琉だった。
 その言葉で透耶は我に返って、顔を真っ赤にする。
 ……うわ、恥ずかしい……。
 全員が透耶と鬼柳の関係を知っているとはいえ、自分から抱きついた事が恥ずかしくて仕方がない透耶である。
 ちっと舌打ちをした鬼柳に背中を押されて、透耶は主役の席に座らされた。
 目の前には、豪華な料理と、鬼柳が作ったという透耶が好きなチーズケーキがあった。
 それにはロウソクが19本立っていて、鬼柳がそれに火を付けて行く。
 ……まさか、歌はないよね。
 段々、嫌な予感がしてくる透耶。
 そう透耶が思った瞬間。
「やっぱり歌ってから消すもんだな」
 とエドワードが言った。
「当然だろうが」
 鬼柳はそうするつもりだったようだ。
「恥ずかしいから、歌はいいよ」
 透耶が慌てて言ったが、もちろん、誰も聞き入れてくれない。
 さっさと準備した鬼柳が宝田に合図して、居間の電気を消した。
 すると、鬼柳が合図して、あの誕生日の歌が始まった。
 ……無茶苦茶恥ずかしい……
 誰か間の手入れてるし……。
 恥ずかしい歌が終わって、透耶は一気にロウソクの炎を吹き消した。
 それが消えると、宝田がすぐに居間の灯を付けた。
「透耶、誕生日おめでとう」
 鬼柳がそう言って、透耶の額にキスをした。
「ありがとう」
 照れながら答えると、全員から言われる。
 鬼柳の真似をして、透耶の額にキスしようとしたエドワードと鬼柳が揉めている間に、他の人はさっさと鬼柳が作った料理に手を付けていた。
「やっぱり、美味しい~~」
 鬼柳の料理を食べた綾乃が感激して言った。昨日も食べたがそれはまた別だ。
「うわ、めちゃ旨いじゃん」
 光琉は初めて鬼柳の手料理を食べたので、これほど美味しいのかと感激し、綾乃と雑談している。
 ジョージとヘンリーも雑談しながら鬼柳の料理を食べている。
 透耶も、もう鬼柳とエドワードの事は放って置いて、宝田に頼んでケーキを切り分けて貰っている。
 そして、それが終わると。
「はい、エドワードさん、ケーキ」
 と、口喧嘩をしている二人の前に差し出した。
 それだけで口喧嘩は止まってしまう。
「頂こう」
 素直にエドワードがケーキを受け取って、透耶と鬼柳の所から離れて、ジョージやヘンリーがいる方へ行ってしまう。
「たくっ、いちいちもめないの。ほら、恭もここに座って」
 透耶はそう言って、自分の隣の席をポンポンと叩く。
 すると鬼柳は大人しく座る。
「ケーキ旨いか?」
 透耶がすでにケーキを半分くらい食べていたので、鬼柳が聞いた。
「うん、美味しいぃ~。このしっとり感がいいねぇ~」
 と透耶は一口運ぶごとに、ニコニコと笑顔を見せる。
 美味しくって溜らない。
「そうか、よかった」
 そう言って、自分でも食べてみている。
 皆で談話しながら食事は進み、最後にはお酒の時間になってしまった。
 すると鬼柳は、そこまで考えていなかったらしく、おつまみを作れと言われて激怒しながらも、キッチンを勝手に使うぞというジョージの言葉に、「誰が使わせるか!」と言ってしまった為作る羽目に落ち入っていた。
 透耶は何だか、鬼柳だけが忙しくて可哀相だと思い始めていた。
 こっそり居間を抜け出してキッチンに行くと、鬼柳がつまみを作っている。
 透耶がキッチンに入ってきたのに気が付いた鬼柳が振り返った。
「透耶、どうした?」
「ううん、何でもないけど。ただ、恭だけが忙しくしてて、何だか可哀相になっちゃった」
 透耶が素直にそう言うと、鬼柳がこっちへ来いと手で合図して呼び寄せた。
「何?」
 透耶が鬼柳を見上げると、鬼柳がニヤリとして言った。
「じゃ、キスして」
 そう言われて透耶は何でそうなるんだ?と首を傾げてしまった。
「忙しい御褒美」
 鬼柳がそう説明すると、透耶はクスっと笑って、今は両手が使えない鬼柳の首に腕を回して引き寄せてからキスをした。
 少しだけ深いキス。
 それが離れると、鬼柳がこう言った。
「透耶、ちょっと酔ってるだろ?」
 大胆行動に出る透耶が珍しいのもあるが、キスをした時に少し強めのウィスキーの味がしたのだ。
「ん、酔ってるかも」
 透耶はそう言ってクスクス笑っている。
「あんまり飲むなよ」
「何で?」
「後でセックス出来ない程泥酔されたら俺が嫌だからだ」
 鬼柳がそうストレートに言うと、透耶はニッコリして言った。
「解った」
 どう考えても普通の透耶の答えではない。
 透耶は答えると同時に居間へ戻ってしまったが、鬼柳は何だか嫌な予感がした。
 その予感が当たった。
 二度目のつまみを鬼柳が作って運んだ時に事は起っていた。
「これは一体どういう事だ!!」
 鬼柳はそれを見るや否や大声で叫んだ。
 全員が素知らぬ顔で、酔って眠ってしまっている光琉を指差している。
「光琉が飲ませたのか!?」
 鬼柳がそう言うと綾乃が答えた。
「そう。先生も悪いんだけどね」
 そう答えた綾乃をジロリと鬼柳が睨むと。
「あやのちゃんは~わるくないのぉ~」
 と透耶が言った。
 そう、透耶は今自分でも訳が解らないくらいに酔っぱらってるのである。
 鬼柳が最初に居間に入って見たのは、酔った透耶がべったりとジョージにくっついて甘えていたのである。
 それで、鬼柳が激怒し、透耶とジョージを引き離したとたん、透耶は鬼柳の顔を見上げてニコリと微笑むと。
「恭だぁ~~」
 と言って、鬼柳の顔中にキスをしまくったのである。
 どう考えても異常事態。
 透耶が人前でそんな事をする訳がないと解っている鬼柳だが、べったりと引っ付いて離れなくて甘えて来る透耶は嬉しいのだが、ここまでなるには、相当飲ませなくてはならない。
 透耶はお酒は人より強い方である。
 それが泥酔とは。
 その責任が誰にあるのかと鬼柳が問い詰めている所なのだ。
「止めたに決まっている。しかし、本人が飲んだモノはどうしようもないだろう」
 とエドワードはいい。
「俺達が気が付いた時には、透耶は既にその状態だったんだよ」
 とヘンリーが弁解をした。
 つまり、飲ませたのは光琉で、それを承諾して飲んだのは透耶なのである。
 しかし、光琉は泥酔で寝てしまっている為、起きた時には居間での出来事は忘れているだろう。
 どうしたものかと鬼柳が思案していると。
「ねぇ~ねぇ~きょう~」
 透耶がもぞもぞ動いて、鬼柳の首筋に縋り付く。
「何だ? 透耶」
 すると、透耶は鬼柳の耳元で本人はこっそりのつもりでこう言った。
「Hしようよぉ~~~」
 このセリフ、鬼柳の耳元ではあったが、全員にしっかり聴こえていた。
 鬼柳は驚きながら透耶に問い返す。
「Hしたい?」
 そう聞くと、透耶はニコリとして頷く。
「何回したい?」
 普段ならぶん殴られているセリフだ。
 しかし、透耶はうーんと考えて、指を数え始める。だが、それでは足りないと言い出した。
「いっぱいだからぁ~、指、たらないよぉ~」
 と泣きそうになっている。
 鬼柳は賢明に宥める。
「解った。いっぱいしたいんだな?」
「うん、したいの。いや?」
 可愛く首を傾げて、酔った潤んだ瞳で見つめられて言われると、鬼柳の理性も吹っ飛んでしまう。
「今からするか!」
「やったーーー!!」
 透耶は両手を挙げて大喜びしている。
 絶対、普段なら有り得ない光景だ。
   それから、鬼柳は外国人部隊を睨み付けて。
「さっさと帰れ」
 と言い放ち、そして綾乃を見て。
「綾乃、タクシー呼ぶから宝田に送って貰え」
 そう誰にも有無を言わせない態度で言った。
 それを聞いた宝田がやってくる。
「光琉様は如何致しましょうか?」
 そう言われて、鬼柳は少し考えてから言った。
「よし、ヘンリー、光琉を和室へ運んでくれ。宝田、そこで寝かせろ」
 そう言うな否や、鬼柳は、喜んで笑っている透耶を抱き上げて寝室に向かった。
 透耶をベッドに寝かせると、直ぐさま服を脱がせた。
 酔っている透耶は、トロンとした目で鬼柳を見ている。
 透耶の身体を鬼柳が触ると、いつもより敏感に反応する。
「……ん、気持ちいぃ……」
 胸の突起に吸い付いている事を言っているらしい。
 絶対、普段なら言わない言葉に鬼柳も乗ってしまう。
「もっと気持ちいいのあるよ」
「なぁに?」
「これ」
 鬼柳がそう言って掴んだのは、透耶自身だった。
「……あっ」
 既に立ち上がっている透耶自身。
「これを扱くと気持ちいいんだよ」
 鬼柳がそう言うと透耶は鬼柳の顔を見て言った。
「……じゃあ……扱いて……」
 甘えた声で言われて、鬼柳は卒倒しそうになってしまう。
 ……ちくしょー、酔ってるのがいいんだか悪いんだか、解らなくなってきた。
 そんな事を思いながらも、透耶自身を扱いてやる。
「……ん、あ……はぁ……あぁ……」
 透耶は身体をビクリと震わせた。
 酔っているせいか、感度が良すぎてすぐに達してしまった。
 達してしまうと透耶は荒い息をしている。
「もっとする?」
 鬼柳がわざと耳を舐めてそう言うと、透耶はやはり頷いた。
「もっとして……」
 酔っている時の透耶は貪欲だった。
 普段、思っていても恥ずかしくて言えない事さえ口にしてしまっている。
 心ではちゃんと、セックスを気持ちいいものだと思っている事が解る。


 だが、やはり酔っているのが効いてきたのだろうか、透耶の反応が鈍くなってきた。
 さすがに眠いんだろうなと思い、鬼柳は先を進めるのを辞めてしまった。
「眠いのか?」
 そう問い掛けると、透耶は薄らと目を開けた。
「ん……」
「眠いなら、眠っていいぞ」
「ん……でも……」
 透耶は眠いのを無理矢理起きようと目を擦っている。
「でも?」
「リング……貰ったの……」
 透耶はそう口にした。
 はっ
「リング? 誰に?」
「恭の、お母さん……」
 透耶がそう答えたのには、鬼柳も驚いた。
 何故、自分の母親から透耶にリングが?
 意味がさっぱりだ。
「どうして?」
「送って……きたの……俺……もらったけど……あげたい……人が……いるの」
 どうやら、自分の母親が今の自分の事を知って、リングを送ってきたらしい。
 いきなりだったが、左程鬼柳は驚きはしなかった。
 それには理由があった。
「うん、それで?」
「あげて……もいい……?」
「透耶が決めたならいいよ」
 鬼柳がそう答えると、透耶は眠いながらも笑って言った。
「よかったぁー……」
 透耶はホッとしたらしい。
 鬼柳は透耶の顔が見える所に寝転がってこう言った。
「夢話でいいから、忘れてもいいから聞いてくれ」
 少し真剣な口調だった。
 だが、酔って今にも眠りそうな透耶は目を瞑ったまま。
「……うん」
「俺なぁ、鬼柳家の血、引いてないんだ」
 かなり衝撃的なセリフだった。
「……どうして?」
「最近、解った事なんだけどな。実の母って何者だろうと思って調べたんだ。そしたら、母とは血は繋がってるが、鬼柳の父とは血が繋がってない事が解ったんだ」
 眠りかけてた透耶がハッと目を開いた。
「……本当のお父さんは?」
「とっくに死んでた」
「……何故?」
「交通事故だそうだ。即死でどうしようもなくて、母は狂った」
「……ん」
「狂った母の面倒を見たのが、鬼柳の父。元々親友だったから、生まれた子供を自分の子として育てた。それが俺」
「……前、そんな……事……いってた?」
「一週間前くらいに、鬼柳の父から手紙が来た。経緯はこうこうだから、どうしたいって」
「……どうするの?」
「今更、名字が父か母のもんになるかだけだからな、面倒臭いし、今のままでも構わないって言った」
 鬼柳がそう言うと透耶がクスクス笑い出した。
「何が可笑しい?」
「だって、面倒臭いだけで……決断するの……恭、らしい」
「まぁ、そうだな」
 そう、榎木津透耶にとって、恭とは、鬼柳恭一という名前なのだ。
 名は変わっても、恭とは呼べるだろうが、フルネームとしては、今の方が日本で透耶といるには都合がいい。
「お母さんには……会うの?」
 透耶がそう聞いてきた。
「それは考え中。今更ってものあるが、今だからってのもあるかなと悩んでる」
 鬼柳が正直な気持ちを口にすると透耶はこう言った。
「んじゃ……会ってきなよ」
「ん?」
「う……ん、産んでくれて、ありがとうって……」
 透耶はニコリと笑って言った。
「ありがとう?」   
 何故ありがとうなんだ?という顔の鬼柳を見て、透耶は言う。
「だって、お母さんが産んでくれなかったら……恭は俺のモノになってないもん」
 透耶にそう言われたとたん、もやもやしていた鬼柳の心が一気に晴れ上がった。
 そうなのだ。昔にどうあったかではなく、今どうなのかという事。それが大事なのだ。
 生まれがどうであれ、生んで貰わなければ、自分はこの幸福感を味わっていられない。
 それに気が付いた時、鬼柳は感激した。
 生まれて初めて、自分を生んでくれた母や育ててくれた父に心から感謝した。
 そして、それに気が付かせてくれた透耶。
 愛おしくて溜らない存在。
「そうだな。暇をみて一回は会ってくるか」
 鬼柳がそう言うと透耶が不思議そうな顔をする。
「どうして一回なの?」
「相手はアメリカだぞ。頻繁に会えるか」
 そう鬼柳に突っ込まれて透耶は笑ってしまう。
「あ、そうだね」
 透耶は更に笑ってしまい、笑いが止まらない。
 眠気は少し遠離ったらしい。
「じゃ、続きやろうぜ」
 鬼柳がそう言って身体を起こした。
「つづきぃ?」
 一体何のという不思議顔の透耶の足を挙げてそこに鬼柳は身体を滑り込ませる。
「Hの」
 既に挿入するだけまで、準備が進んでいたので、鬼柳はゆっくりと透耶の中に押し入った。
「あっ……んっ!」
 押し入ってくる圧迫感に耐えた所で、鬼柳がすぐに二三回ゆっくりと動かした。
「……はぁ」
 透耶はゆっくりと息を吐いたとたん、鬼柳が一気に動き出した。酔っている透耶はそれについて来られず、揺さぶられるだけで、ただ喘ぎ声を上げるだけだった。
 絶頂が近付くと、透耶は鬼柳にしがみついた。
「も……だめ……あああっ!!」
 透耶が達する瞬間、鬼柳も一緒に達した。
 酒が入った状態でのセックスは感じ過ぎるのだろう、透耶はそのまま気絶してしまっていた。
 透耶の顔中にキスをして、鬼柳は、この愛しい存在を与えてくれた神に感謝した。



 鬼柳はその透耶を風呂に入れて綺麗にしてから、下の片付けに向かった。
 居間に入ると、まだエドワードとジョージが酒を飲んでいた。
「何で帰らねぇんだ」
 一気に不機嫌になる鬼柳。
「いいじゃないか。まだつまみも残っている」
『Did Toya go to bed?(透耶は眠ったのか?)』
 鬼柳の濡れた髪を見ればすぐに解りそうなものなのに、わざと聞いてくる。
「ああ、寝たよ」
「じゃあ、一緒に飲もうじゃないか」
 エドワードがそう言って、鬼柳の分のグラスに酒を注いだ。
 この分だと朝方まで帰りそうにない。
 鬼柳は溜息を洩らして、それに付き合うことになった。

 当然といえば。
 朝、起きた透耶は二日酔いで頭が痛いといい、光琉も同じ事を言っていた。
 更に透耶は昨夜の事はまったく覚えてなかったのである。
 もちろん、透耶の醜態は鬼柳の箝口令により、外部口外禁止になっている。