switch17

「光琉……本気?」
 透耶は目の前にあるモノを見て眉を顰めて言った。
 逃げようとして後ろに下がったが、もう後ろには壁しかなく、逃げる場所がなくなってしまった。
 透耶は壁まで追い詰められながらもまだ抵抗していた。
「おう、本気だ」
 光琉は鬼気迫る迫力で、それを透耶に差し出す。
 それを再度見た瞬間、透耶は「うっ!」と顔を顰めてから視線を逸らす。
 これだけは……勘弁してー!
「それは……嫌だって……」
 透耶は尚も抵抗する。
 光琉は本気で、透耶が嫌がっていてもやらせる気満々である。 
「透耶、諦めた方がいいと思うぞ」
 鬼柳は無表情で、椅子に座り煙草を吸いながら言った。
 諦めの悪い透耶に比べ、鬼柳は当の昔に諦めているという態度だった。
「そりゃ、恭はいいよ!」
 透耶がそう叫ぶ。
 余裕綽々な態度の鬼柳を透耶は睨み付ける。
 だが、諦めたはずの鬼柳は先程から機嫌が最高に悪い。
 普通なら、怖くて誰も鬼柳に話し掛ける事が出来ないだろうに、透耶は平気で文句を言う。
「俺だって嫌だよ。妥協して透耶が一緒になるところならって承諾したんだ。じゃなきゃ、誰が頼まれたってやるもんか」
 渋々という鬼柳の態度に透耶はまた混乱する。
 鬼柳が機嫌が悪くなる程の事なのに、それでもやらなければならないのが現状だった。いつもなら、無視して終わりのモノなのだが、今は光琉に逆らえない状況でもあった。
 これが透耶絡みでなければ、とっくの昔に鬼柳は透耶を連れて帰ってしまっている。
 そう、これは、透耶の身内に自分との交際を認めてもらう為の最終試験というところだろう。
「……でも、これは嫌なんだ」
 透耶はどうしても納得出来ない。
 何で、またこれなんだ……。
 透耶はそれを見て溜息を吐いた。
 往生際の悪い透耶に、さすがの光琉も少しキレたように言い放った。
「ふーん。鬼柳さんはちゃんとやってくれるのに、透耶は我侭言うんだ。ふーん、もう皆スタンバってるのに、無視するわけだ」
 光琉の言葉に、透耶は恨めしそうに睨み付ける。
 だが、光琉の言葉には逆らえない。
 透耶が嫌がって逃げたりしたら、ここで準備をした事が全て無駄になり、光琉的にもかなりの損害を被る。
 そうした人の努力を無視してしまえないのが透耶である。
 痛い所を突かれて、透耶は口籠る。
「ここまで来て、透耶の我侭でお釈迦にするんだな? 俺と約束したよな? お仕置きだって。そしたら、なんて答えた? 何でもするって言わなかったか? へぇ約束破るんだ」
 光琉は更に透耶を追い詰める。
 約束を破る事が嫌いな透耶にはこれが一番効く。
 ぐっと透耶が言葉を無くすると、光琉は持っているモノを透耶の目の前に差し出した。
 だが、それを見た透耶はやっぱり駄目だ思った。
「だからって! 女装なんかしたくない!」
 透耶は目の前にある、完全な女性モノの服、ワンピースを払い除けて叫んだ。



 もうすぐ6月になる時期に、透耶と鬼柳は、光琉に「ここの海に来い」と呼ばれてやってきた。
 よく解らないながらも、迎えに来た車に乗ってそのまま連れて行かれてしまう。
 着いたのは湘南で、そこには人集りが出来ていた。
 何だろうと二人が思っていたが、車はスタッフらしき車が停まっている所に停まる。
 案内されるまま光琉の控えているバスに入るように言われた。
 光琉の説明では、撮影をするからという事だったのだが、そこで光琉がニコリとして言い放ったのだ。
 光琉は、透耶に「この幻影の女の子の役をやってもらう」といい、鬼柳には「それを撮影してほしい」と言ったのだ。
 鬼柳は光琉が何かやるだろうとは思っていたが、こういう手段に出るとは思ってなかった。
 だが、簡単に被写体など決められた所で、簡単には出来ない。
 なので、鬼柳は光琉に幾つかの条件を出して、この話に乗る事になった。
 というのも、「あんたが喋った内容の事は、透耶には聞かないし、質問もしない。これで透耶との事をチャラにするからさ」という一言が効いてしまったのだ。こう言われると、鬼柳も頷くしかない。
 しかし、鬼柳がそれだけの理由で光琉の話に乗ったのではない。
 ただ、光琉が透耶にやらせる事に少し興味があったというのもある。
 そう、沖縄で約束した、いつか女装を見せてくれという約束を鬼柳は覚えていたからである。
 迂闊に適当な返事で約束などするもんじゃないね……。
 
 
 だが、それに納得出来なかったのが、透耶である。
 普通に女装するなら妥協はしただろうが、撮ったモノがネットとはいえ、世間に配信されると知って、抵抗しているのだ。
 冗談じゃないというところだろう。
 なかなか収拾がつかない状況になって、とうとう鬼柳が仕方ないと、透耶と光琉の間に入って、透耶を宥める事になってしまった。
『Toya. from now on. you are not Japanese.(透耶、今から透耶は外国人だ)』
 鬼柳がいきなり妙な事を言い出したので、透耶は困惑する。
『I’m sorry? What on earth are you talking about?(はあ? 何をいきなり…)』
 透耶は唖然として聞き返したが、しっかり英語になってしまっている。
 条件反射である。
 鬼柳はニコリとして話を続ける。
『Listen. What I am saying is. you become a girl from overseas.(つまり、榎木津透耶じゃなくて、外国人の女として出ればいいんだ)』
 鬼柳はそう言って一人で頷いている。
 いい案だとでも思っているようだ。
 は?
 まったくもってさっぱりなんですけど……?
 当然透耶にその意味が解るはずもない。
 突拍子もない事を言う鬼柳ではあるが、これは更に透耶にも解らない。
 少し眉を顰めて鬼柳に聞く。
『Then. what happens?(俺が外国人になって、何がどうなるわけ?)』
 女装するのと外国人になるのに何か符合点でもあるのだろうか?
『The contract with Mitsuru prohibits to present our names.Also. it says that all the negatives and pictures belong to me and to be handed to me. after the needed work.Even if we try hard this way. it is still possible that you may be brought to light.That’s why we make up another person. This another person is going to be totally bogus.(光琉との条件の中で、俺の名前と透耶の名前を出すのは絶対にするなと言ってある。ネガ等写 真についても、必要な作業が終わったら、全部俺所有にして渡せとも言った。それでも透耶の事がバレる可能性もあるから、別 人物を作る事にする。まったく架空の人物って訳だ)』
 嬉々として言う鬼柳に透耶はストップをかけた。
 待て、それって、まさか……。
 透耶は恐る恐る鬼柳に聞いた。
『Are you saying that I will be “this another person” and disguise in a dress? (それって、今から俺に女の役をやれって事?)』
 まさかと思って聞いた透耶だが、鬼柳はニコリをする。
『Clever boy.(そういう事)』
 鬼柳は、光琉からワンピースを取り上げると、さっさと別のロケバスの中に透耶を連れ込む。
「恭ってば!」
 透耶がまだ納得出来なくて抵抗しながらそう言うと、鬼柳が素早く透耶の口に人差し指を当てる。
『In English. I said.(英語喋れって言っただろ)』
 真剣に言われて透耶は頷くしかない。
 こうなると鬼柳は止まらない。
 透耶は、やっと諦めがついて、はあっと溜息を吐いた。
 これは俺が諦めるしかないよな……。
『Got it.But look at me.It won’t take any minute  to guess who I am.More than that. I don’t go well with your style. Just somewhat different.(…解った。でも、俺がこのままだったら絶対バレるってば。それに、イメージじゃない)』
 やるとなったらきっちりとやりたくなるのが透耶の性格。自分が書いた作品というだけあってこだわりはある。
 何よりイメージを崩してしまう事だけはしたくない。
 それは鬼柳にも伝わって、透耶がイメージしているようなのを思い浮かべる。
『Well. let me think….(んー。そうだなあ)』
 鬼柳はクルリとロケバスの中を見回して、ニヤリとしてあるモノを取り出してきた。
 鬼柳が持ってきたのは、ロングヘアーの鬘。
 一瞬、固まってしまう透耶。
 やっぱりヅラか……。
 だよな、それしかないよな……。
 できれば、CGとかで編集してくれないかな……。
 なんなら、顔にモザイクでも……。
 意味不明な事を考え込んでしまう透耶。
『And this one. Here you are.(じゃ、これも)』
 それを差し出されて、透耶は深く溜息を吐いてしまった。
 鬼柳も自分の女装を見たくて甲斐甲斐しくやっているのだろうか?と思ってしまう。
『Kyo. do you want to see me in a dress?(恭は、俺の女装が見たいわけ?)』
 透耶がワンピースを見てそう言うと、鬼柳が視線を上げた。
『You in a dress? Well. once maybe.You told me to show once. but you haven’t yet.(ん? まあ、一度は見たいかな。見た事ないし。それに透耶、一回見せてくれるって言った)』
 鬼柳は簡単に答えた。
 まるで、行った事がない観光地にでも行ってみようかというような軽い口調だった。
 確かに生返事ではあったが、そんな約束したような気がして、透耶はもう完全に諦める事にした。
 鬼柳が渋々、光琉の条件を呑んだのも、もとはといえば透耶がきちんと光琉に真実を話さなかったせいでもある。
 それに鬼柳を巻き込んでしまったのは自分。
 鬼柳が人物を撮るのが嫌だというのに、それをさせてしまうのも全部自分のせいなのだ。
『Just for once. OK? (一度だけだよ?)』
 透耶がそう言うと、鬼柳は透耶の考えを読み取ったように少し笑って言った。
『Don’t think too much. Just for once for me too.(あんまり考えるなよ。俺も一度だけだからな)』
 そして安心させるように額にキスをする。
 ……もう、何で考えてる事、解ったんだろう?
『OK. Toya. let me dress you up. Let’s do it.(さてと、透耶。着替えさせてやる~着替えような~)』
 透耶に服を着せるのが好きな鬼柳は嬉しそうにワンピースを広げて言った。
 それを前にして透耶は素直に頷いた。
『…..All right.(……うん)』
 透耶があっさりと頷いたので、鬼柳は驚いてしまう。
 いつもなら、自分で出来ると言って怒鳴るのにだ。
『Why. you are so obedient.(あれ? いやに素直だな)』
 反応がおかしいなあと鬼柳が不思議な顔をしていると、透耶は言った。
『’Coz ……I don’t know how to wear it. (だって…着方が解らないから)』
 透耶がそう答えると、鬼柳はニコリと微笑む。
『Trust me. I can handle that.(大丈夫だ、俺に任せろ)』
 ……なんで、恭がワンピースの着せ方を知ってんだ?
 とは踏み込んで聞けない透耶。
 嬉々として鬼柳は透耶の服を脱がしてワンピースを着せる。
 色は淡いブルーで、丈は透耶に合わせているのだろう、踝まであるロングなものだ。
 それが終わると、鬘を付けて出来上がり。
『There left a makeup.We have specialists here.So. let’s leave it to them.(後は化粧だな。あれは専門がいるから任せよう)』
 鬼柳は言って透耶を抱き上げる。子供をだっこするような感じで、透耶は慌てて鬼柳の首に手を回す。
 透耶が与えられたのは、ワンピースだけで、靴がなかったからだ。
 ……てか、何で化粧まで出来るんだ?
 とは、ワンピースの着せ方以上に聞けない透耶である。
 鬼柳が透耶を抱き上げて出てくると、周りはしーんと静まり返った。
 最初にロケバスの周りにいたスタッフが言葉を失ってポカーンと口を開けて透耶を見ている。
 鬼柳が透耶を連れて行く先々でそういう現象が起こっていた。
『Kyo……(…恭)』
 透耶が不安そうに、鬼柳に聞く。
『Eh? (ん?)』
『Seems like everyone is stunned.I knew it. I knew it would look ugly.(なんか、皆固まってるんだけど。俺、やっぱり似合ってないんだよね)』
 透耶がそんな感想を言ったものだから、鬼柳は笑ってしまう。
『No one feels so….except you.(そんな事を思ってるのは透耶だけだよ)』
 透耶は似合ってないから皆がおかしな顔しているのだと思い込んでいる。
 鬼柳が大丈夫だと言っても、やっぱり表情が固まっている人達を見ると透耶は不安でしかたない。
『Kyo. don’t I look ridiculous ?(ねえ、本当におかしくない?)』
『Not at all.(全然)』
 さすがに、似合い過ぎてて、と言ったら怒られそうだから黙っていようと鬼柳は思っていた。
 鬼柳が透耶を光琉が化粧して準備しているところへ連れて行くと、光琉までもがポカンとして透耶を見ている。
 まさにあんぐりである。
「こっちも準備させてくれ」
 鬼柳は言って透耶をそこへ降ろした。
 ちょうど光琉も裸足だという設定なので、そこにはシートが引かれている。
 透耶はそこへ降ろされても、まだ不安で鬼柳に聞いた。
『Kyo. Mitsuru is also stunned…(…ねえ、光琉も固まってるんだけど…)』
『He’ll be OK. Let him do his work.(大丈夫だって。綺麗にやってもらえ)』
 鬼柳は透耶の頬にキスをして、自分の担当する場所に行ってしまう。
 綺麗にしてもらえと言われても、ヘアメイクさんさえ固まっているのだ。どうすればいいんだよと言いたい透耶。
 不安になった透耶に、最初に話し掛けてきたのは、やっぱり光琉だった。
「びっくりした。斗織がきたのかと思ったよ」
 光琉はそう言って、深く息を吐いた。
 光琉は透耶とは違い、斗織が苦手だったから余計に驚いただけだったのだ。
『Do I look like her that much?(そんなに似てる?)』
 透耶は英語のままで話し掛けたがニュアンスで光琉には伝わる。
「……似てる。恐ろしいくらいに似てる。鏡見てみろよ」
 言われて透耶は鏡を見る。そして固まる。
「ほらな。自分でも思うだろ?」
 慣れてきた光琉は笑っているが、透耶は冷や汗タラタラである。
 ……ヤバイ。
 カツラ付けただけでこんなに似るなんて…。
『……This may be crucial in a certain sense.(…………これは、違う意味でヤバイかも)』
 鏡に向かって呟いてしまう。
 自分だとはバレなくても、斗織だと勘違いされて斗織に迷惑がかかるからだ。
「まあ、成るようにしかならないって、諦めな」
   光琉は言って、放心しているメイクを我に返して幾つか指示を出した。
 透耶はメイクされている間、ずっと「綺麗」だとか言われ続けてたのだが、どうしても意味が解らない。
 ……なんで女装している男が綺麗なんだよ。
 と悩んでいても仕方がない。
 ここのスタッフの大半は、透耶が男だという事を知らないどころか気が付かなかったのである。
 化粧が済んだ頃にまた鬼柳が戻ってきた。
『Wow. you look beautiful.(お、綺麗にやってもらったな)』
 鬼柳は言って、また透耶を抱き上げる。
 透耶も慣れたように鬼柳の首に手を回す。
『Feels really bad.Do women put this thing on every day? Can’t believe they don’t mind.(…すっごい、気持ち悪い。こんなのを女の人は顔に毎日塗ってるの? よく平気だよね…)』
 化粧した顔に触ると光琉に注意されていたので触れないが、まるでお面でもしているのを外したいというジェスチャーで透耶は言った。
『Well. that’s another part of the women’s marvels.(まあな。それも女の凄い所なんだろうな)』
 鬼柳は苦笑している。
『This lasts only for a day. doesn’t it?(これって、今日一日で終わるよね?)』
 透耶はハッとしたようにそう言った。
 もう一回これをやれと言われたら、死んだって御免だ、と思ったからだ。
『I can finish this off today.I assure you.So. you keep up too. Toya(大丈夫だ、終わらせる。だから透耶も頑張れよ)』
 鬼柳はニコリとして言ったので透耶も笑って言った。
『Same to you.(恭も頑張って)』
 そう言って見つめ合っていると。
「こらー、そこイチャイチャしてないで、早く来る!」
 光琉がスタッフ達と打ち合わせしながら手を振っている。
 透耶と鬼柳は顔を見合わせて、クスリと笑って光琉達の元へ急いだ。
 
 
   撮影に入る前に軽く内容に関して説明をし合う。透耶は自分の作品だから、そのイメージがあるし、光琉にもイメージがある。原作を読んだ鬼柳は、脚本された小説も読んでイメージをしている。
 その違いを言い合って、一番いい形で納めていく。
 大抵は重なったイメージで、少々違う所を修正してから撮影に入る。
 鬼柳は大抵の事は自分で出来るのだが、やはりやり方が違うので、逐一確認しながらやっている。
 それも普段の表情とは違う、真剣な仕事をする顔。
 透耶はそういう鬼柳を見るのは初めてだったので、新鮮な気分だった。
「あの人真剣だなあ」
 光琉がそう呟いた。
 もっと軽くやるか、適当にやってしまうかと思っていた。それが真剣で、仕事である以上はきっちりとやるタイプだったのには驚いていた。
『Mmm? 「いつも写真撮る時は真剣だよ」Ah. I should have said that in English.(ん? 「いつも写真撮る時は真剣だよ」と、日本語駄目だったんだ)』
 側には誰もいないので別に構わないが、鬼柳に言われた事を守ってしまう。
 多少は英語の解る光琉は、透耶がこれほどまでに喋れているのにはもう驚きしかない。
 成績はよくても、それは喋ったり日常会話をしたりするのとは違い、ただのテストの為の暗記でしかなかったからだ。単語やらを暗記しているからと言って、たった二ヶ月でここまで喋れる人はいないだろう。
「いつから英語やってたわけ?」
『Mmm. since April.(んー。4月から)』
「あいつの為?」
 光琉は冷やかしで言ったのだが、透耶は素直に頷く。
『That’s right.(うん)』
 それが凄く幸せそうだったので、光琉も呆れてしまう。
「あ~あ~、幸せそうにしやがって」
『I am.(幸せだよ)』
 透耶は最高に優しい笑顔で頷く。
 そういう顔をさせるのは、全て鬼柳のお陰だ。
 光琉でさえ、こんな透耶は見た事はない。
「それならいいんだけどよ」
『Thank you for saying so.(ありがとう)』
 またニコリと笑うので、光琉は自分の兄ながらも、こいつヤバイなあと思ってしまった。
 自分は兄弟だと認識があるから大丈夫だが、これが他人だったらまず落ちないヤツはない。
 たった二ヶ月会わなかっただけで、自分の兄は、まさに玲泉門院の特徴である、誰でも魅了するという、無くてもいい魅力が全面 に出てしまっているのである。
 前は、存在感があるくせに、空気のように存在を消す事も出来ていたのだが、今はそれがなく、存在感だけが圧倒的に出ている。
 そういう透耶にしてしまったのは、鬼柳の愛情からなのだろうが。
 そう光琉は思って。
 ……あいつも苦労してるだろうなぁ。
 などと考えてしまった。
 ただボーっとしているだけの透耶だが、それは端から見れば堪らない魅力になってしまう。
 鬼柳の方を見ている透耶は、本当に綺麗だった。
 ふと、鬼柳と視線が合うと、透耶はニコリと微笑む。
 カメラで撮られているという意識など何処にもない。
「ふーん、そうやって誘ってるんだな」
 光琉がそう言ったので、透耶は光琉の方を振り返った。
『Mitsuru?(光琉?)』
 何の事を言っているのだろうと、不思議顔の透耶。
 ……無自覚ときてやがる。
 この笑顔に逆らえる奴など、数える程しかいないだろう。光琉の場合は意識して笑顔を振りまいているからまだいい。しかし、透耶は無自覚で誰にでも同じように笑顔を振りまく。
 だから惑わされる人間も多いはず。
 だが、それは鬼柳が側にいる事で、多少は押さえられているという感じだ。
 ……まあ、番犬みたいなものか?
「お前さ、自覚ないわけ? もう色気フェロモン振りまくり過ぎ」
 光琉が呆れてそう言うと、透耶は尚も不思議顔。
『Pardon?(は?)』
 ……意味解らないんだけど?
 ……色気フェロモン振りまくるって、恭の方とかじゃないの?
 うーんと透耶は考え込んでしまう。
「自覚ゼロと……。あいつ苦労するよなぁ」
 透耶に寄ってくる、もしくは好意を持ってしまう相手を吟味しなければならないのが鬼柳の役目なわけだ。
 しかし、光琉は気が付いていた。
 鬼柳が側にいるからこそ、透耶は今の状態になっている。それは双方にとって危険な事であり、これからも何か不吉な事が起こる可能性が高くなってしまう事。
 それを透耶が気が付いて無い訳がない。
 あえて忠告はしまいとは思ったが、一度言っておく必要がありそうだと光琉は思った。
 早く、出来るだけ早く、離れてしまうべきであると。
「てめーら、黙ってやれ!」
 喋っていた二人に鬼柳が怒鳴った。
 透耶と光琉はビクッとして背筋を伸ばして返事をしてしまう。
「はいー!」
『Aye. aye. sir !(はい!)』
 とにかく、今日中に終わらせると言った鬼柳の言葉は嘘ではなくて、本気でやっている為、無茶苦茶厳しいし容赦がない。
 透耶がピアノの音にこだわるくらいに、鬼柳にも撮るものにはこだわるらしい。これだけのこだわりがあるのに、撮った後には一気に興味を失う。
 変である。


 午後の部分を大抵やり終わって、夕刻待ち。
 スタッフは準備で走り回っているが、関係ない光琉は透耶と鬼柳が浜辺にいるのを見付けて寄って行った。
 鬼柳は、裸足の透耶を抱えて連れ回している。
 光琉はそれを横で見ながら、溜息が出る。
 ……本当に透耶の事が好きなんだなあ。
 そんな感想が漏れる。
 
 透耶が何か言うと、嬉しそうにして応じるし、透耶も透耶で夢中になって話をしてるし。絶対、俺がいるの忘れてるよなー。
「そういやさ。鬼柳さんって、透耶の女装見て何にも言わないよな」
 光琉がそう呟くと、鬼柳が不思議そうに振り返った。透耶もキョトンとしている。
 普通なら、もっと反応しそうなものなのだが、鬼柳にはそれがない。
「何を言うんだ?」
 そんな言葉が返ってきて光琉は言った。
「綺麗だとか、可愛いとか、女だったら良かったとか……色々あるだろ!?」
 もっと言えば、そういうコスチュームプレイしたいとか、色々あるものである。
 透耶がもし女だったら、と思った事もないのだろうか?
 そう思わないのだろうかという不思議もあった。
「だって、透耶は元から綺麗だし可愛いし。女とかそんなの関係ないけど?」
 鬼柳の言い方は、それ以外に何を思わなければならないのかという不思議な響きがあった。
 まあ、女も男も知り尽している鬼柳にとっては、透耶がどっちでも関係ないのである。
「俺、女なんてやだよ!」
 透耶が過剰反応してそう叫んだ。
 鬼柳と光琉が驚いて透耶を見る。
 透耶は最高に嫌な顔をしている。
「こんな化粧とか、歩きにくい服とか、もう!絶対耐えられない!」
 特にロングスカートに、撮影用の化粧は、学生時代にした女装とは訳が違う。
 そういう透耶に鬼柳は笑いかけて言う。
「だよな。化粧されたら、キスしにくいし、変な味するしなあ」
 変な味がするというので、透耶はキョトンとする。
「は? 何それ?」
「化粧ってマズイんだよ。キスしたら化粧を食べてる事になるじゃないか。それに触る方もベタベタするし。それ専用のクレンジングじゃないと落ちないぞ」
 鬼柳がさらっと凄い事を言う。
 ギョッとしたのは光琉。
 化粧をマズイと知っているという事は、そういう舐めてしまう行為をした事があるという事なのだ。
 だが、それさえも透耶はさらっと受け流して、違うところで驚いている。
「え!? そうなの?」
 透耶が驚愕していると鬼柳は話を進めていく。
「そう。しっかり洗わないと、肌が荒れるしな」
 だから化粧なんかするもんじゃないと鬼柳は言う。
 折角、透耶の健康状態には気を付けているのに、化粧ごときで肌が荒れてしまうのは許せんとまで言う。
「うわー、なんでそんな思いまでして塗るのかなあ?」
 透耶は女性がそんな思いをしてまで化粧をする理由が解らないと不思議顔である。
 染みを隠す為とか、紫外線から防ぐ為とか、塗った方が綺麗に見えるとか、色々と理由があるのだが。
「色々と理由があるんだよ。透耶は塗らない方がいいけどな。うーん、キスしたいなあ」
 さらっと事情を流して、透耶に触れたいのにと言う鬼柳を見て、透耶は顔を赤らめる。
「……馬鹿」
 そういうのが精一杯な透耶。
 実は、鬼柳がキスしてこないのが、なんだが不自然で透耶には違和感があったのだ。
 でもそれを言えないのが透耶である。
 ……大分、俺も恭みたいになってきたかも……。

 そんな事をやっていると、光琉がここで撮影している事が周辺にバレていて、昼に透耶達が来た時以上にファンなど野次馬が集まってきていた。
 その数が半端ではなく、スタッフも収拾に追われていた。ただでさえ、光琉ファンの女の子の執念は凄い。
 透耶達が戻ってくると、その騒ぎが大きくなり、女の子達が光琉の名前を呼んで騒ぎがエスカレートしてしまう。
 警備をしているスタッフさえも押し退けてきそうな勢いだ。
 だが雪崩れ込んで来ないのは、そういうファンを光琉が軽蔑しているからである。とにかくマナーが悪いファンをとことん嫌う光琉なので、ファンの間では、宝塚並にきちんとした指導があるくらいだ。
 透耶と光琉は、その騒ぎを聴きながら、少し離れた所に用意されたパラソルの下で、椅子に座って話していた。
『What a turmoil ! Is it OK ?(凄い騒ぎだね。大丈夫なの?)』
 透耶が不安そうに聞くと、光琉は言葉が解らないが兄が何を心配しているのは理解していた。
 光琉がこういう騒ぎの中で仕事をしているのを透耶が見るのは初めてだった。
 いつもは、光琉が気を使って、室内の仕事の時にしか呼ばなかったからだ。
「こんなのいつもだって。心配する事じゃないよ」
 光琉が笑って透耶の頭を軽く叩く。
 それでも心配顔の兄を見ると、兄が自分を大事に思ってくれているのがよく解る。
 だが、その顔とかが、あの斗織に似てるだけあって、少々気味が悪い。なんといっても、斗織はこうして自分を心配する顔などしないし、可愛く首を傾げてみたり、優しく笑いかけては来ないからだ。
『It’s hard to be a superstar. isn’t it?(アイドルも大変だねえ)』
「そりゃ騒がれるのが本職だしな。ああいうのがないと、アイドルは勤まらないって訳だ」
『I see. Then I can’t do that.(ふーん。俺には無理だなあ)』
「お前、騒がれるの嫌いだもんな」
 何となくなニュアンスで、ここまで言語が違うのに会話が出来るのは、やはり双子だからかと言いたくなる光景だ。
 鬼柳が光琉を呼びに来て、光琉が言って席を立った時、野次馬から。
「光琉に近付くんじゃない!」
 という叫び声がして、何かが飛んできた。
 それが何なのか考える間もなく、瞬時に鬼柳が透耶の前に立ってそれを防いだ。
 しかし、それは、鬼柳に当たってしまう。
 目の辺りに強い衝撃を受けて、鬼柳の身体が少し揺らいだ。
『Kyo !(恭!)』
 透耶がすぐに叫んだので、一瞬止まっていた周りが騒がしくなる。
 透耶は、鬼柳の腕にしがみついて、何がどうなったのかを確認しようとした。
 すぐに光琉も我に返り鬼柳に駆け寄る。
「鬼柳さん!」
 光琉が鬼柳に歩み寄ると、鬼柳は左の目を手で押さえていた。
 透耶は、傷を見ようとして鬼柳の手を退けようとしていたが、鬼柳がそれをさせなかった。
『Kyo ! Show it to me !(恭! 見せて!)』
 透耶がそう叫んでも鬼柳は傷を見せようとはしない。
  「なんか当たったのか!?」
 光琉がそう言って覗き込むと、鬼柳は溜息を吐いて言った。
「……大丈夫だ」
 鬼柳がそう言ったのと同時に手の間から血が浮き上がってきて、手や頬を伝って砂に落ちた。
 その瞬間、透耶の中で何かが切れる音がした。
 ……よくも!
 そうもう怒りしか沸かなかった。
 
「おい、どっか切れてるって!」
 光琉がそう言うと、鬼柳が光琉に言った。
 鬼柳は何とか動こうとしたが、当たった衝撃で少し動きが鈍くなっていた。
 マズイな……。
「悪い、光琉、透耶を止めてくれ」
 鬼柳が言うのと同時に、透耶がすくっと立ち上がり、野次馬に向かって叫んだ。
『Who did that ! You come out. son of a bitch ! I make sure you pay for it ! (今、何か投げた奴出て来い! 絶対許さないからな!)』
 透耶は叫んで、野次馬に向かって歩き出した。
 怒りを剥き出しにして尚も叫んでいる。
 光琉は、こんなに怒りを露にしている透耶を見たのは初めてだった。
 野次馬もシーンと黙り、透耶を見ている。
 誰も何も言えない状況になってしまう。
 意味が解らなくても、透耶がなんと言って怒っているのかなどは誰にでも解る事だった。
 透耶がそのまま野次馬に向かって歩き出したのを光琉が慌てて止める。
「落ち着けって!」
 羽交い締めにして止めるが、普段の透耶の力ではないモノが働いているのか、透耶は光琉を引き摺って歩き出す。
 それを見ていたスタッフが慌てて駆け寄ってきて、光琉と一緒に透耶を止める。
 動けなくなった透耶は暴れ続けて、もう収拾が付かなくなっている。光琉の言葉も耳に入らない。
 そんな透耶を見ていた鬼柳は、何故か嬉しくなる。
 不謹慎だとは解っているが、透耶が自分の為にあれほど怒っている事が、どれだけ自分が思われているのかを実感してしまうからだ。
 そして、それを止められるのは自分しかいないと解ってしまった。
『Toya. it hurts.(透耶、痛い)』
 不意に鬼柳が呟いた。
 声は小さく誰にも聴こえなかったのに、透耶はいきなり動き止めた。
 急に透耶の動きが止まったので、光琉とスタッフは驚いてしまう。何があって止まったのかが解らないからだ。
 透耶は、力が抜けた光琉とスタッフを押し退けると、クルリと向きを返ると、今度は鬼柳に向かって歩き出した。
 しゃがんでいる鬼柳の側に座ると、透耶は鬼柳の顔に手を当てる。
『Show it to me.(見せて)』
 透耶は落ち着いたように、鬼柳の手を剥がそうとする。
 それでも鬼柳は見せようとしない。
『Don’t touch it. or it’ll give you a blood stain.(汚れるから触るな)』
 空いている手で透耶を押し退けようとするが、透耶はその手を払い除ける。
『Don’t worry. Just do what I said.(いいから、見せろ)』
 透耶が命令口調で言うと、鬼柳は溜息を吐いて、手を外した。
 これに逆らえと言われても無理だ……。
 絶対に逆らえない。
 普段、聞き分けがいい透耶が命令をするから、余計に従ってしまう。
 すぐに駆け寄ってきたスタッフが持ってきた水や救急道具などを光琉が取り上げる。
『Give me some water and a towel. please.(水とタオル)』
 透耶が言って手を出すと光琉が手渡す。
 それを使って傷口を綺麗にすると透耶が真剣に覗き込む。
『The wound is not as deep as it seems.It hit the temple. so it bled badly. I guess. OK.It is not bleeding anymore.(思ったよりは切れてない。顳かみだから余計に血が出たんだ。うん、もう止まって る)』
 透耶は自分で言ってホッとした。
 鬼柳はテキパキと動く透耶を不思議そうに見ていた。
 いつもなら、血を見るもの好きではないという透耶が真剣にそれも的確に判断して治療をしている。
『Antiseptic. please.(消毒)』
 透耶が手を出すと、光琉が従って出してくれる。
 消毒液を脱脂綿に垂らして、ゆっくりと傷口に当てる。鬼柳は痛がりはせずにじっとしている。
 傷口を綺麗にすると、大きい絆創膏を貼った。
『Do you need to see the doctor?(病院行く?)』
 透耶が聞くと、鬼柳は首を振る。
『No thank you.I’m alright.I am used to these injuries.(これくらい、いつもしてる怪我だから大丈夫だ)』
 何故か、鬼柳は御機嫌である。
 笑って言われて透耶が鬼柳を睨む。
『You shouldn’t think lightly of them. for you’ve experienced many before.Don’t disregard yourself. for you’ve never suffered from the serious ones. (いつもしてる怪我だからって、簡単に言わないでよ。いつも大丈夫だからって簡単 に言わないでよ)』
 透耶は今にも泣きそうな顔をして言った。
 その声が震えていた。
『Kiss me. Toya.(透耶、キスして)』
 鬼柳が笑って言うと、透耶は迷わずに鬼柳にキスをした。それも唇で、舌まで入るディープキスだった。
 周りがギョとして固まってしまったが、二人の世界には他人がいない状態だ。
 当然鬼柳も驚いていた。
 透耶の事だから、頬か額くらいだろうと思っていたから、余計に驚いてしまう。
 透耶の唇が離れてしまうと、透耶は鬼柳の頬を掴んで。
『I’ll give you as many kisses as you want.So I beg you. please. not to get injured to protect me.(キスならいつでもするから、お願いだから、俺を庇って怪我なんかしないで)』
 透耶が真剣にそう言うから、鬼柳も真剣に言う。
『That was my mistake.I won’t get injured next time.So. show me your pretty face. my darling.(さっきのは俺のミス。次からは怪我なんかしない。だから、透耶そういう顔する な)』
 鬼柳は笑って透耶の額にキスをする。
 鬼柳はいつも透耶を安心させる為に、額にキスをする。
 それで透耶の気分も幾分かはマシになってしまう。
『OK.(…解った)』
 渋々といったように透耶が頷く。
 そして鬼柳をギュッと抱き締めた。
 一瞬、あの石が鬼柳の瞳に当たったのだと思った。
 鬼柳にとって一番大事な、カメラを見る為の瞳に当たったのだと思った。
 その瞬間に目の前が真っ暗になった。
 そして怖かった。
 今になってそれを思い出してしまい、身体中が震える。
 それは鬼柳にも解り、透耶がどれほど鬼柳を失う事を恐れているのかを再確認させる。
 鬼柳にとって些細な事でも、透耶にとって重大な出来事である。
 透耶をこんなに不安にさせてしまった原因である、石を投げた人間を鬼柳が許すはずはない。
 自分が側にいなければ、確実に透耶に当たっていたからだ。
「光琉、さっき石投げた奴、絶対に捜し出せ」
 鬼柳は透耶を抱き締めて光琉を睨み付ける。その瞳が冷えていて恐ろしいくらいに鋭かった。
 光琉は、まるで自分が犯人だと言われている気がするくらいに震えてしまう。
 ……怖い……透耶も鬼柳さんも怖いってば……。
「……もう探してる。さすがに野次馬達もあんた達見てたら、酷い事するなあって実感したらしくて、犯人捕まえなきゃって思ったらしいよ」
 光琉が言って、指を差すと、そこでは野次馬までもが加わって、スタッフと共に石を投げた犯人を探している。
 しかし、犯人は既に逃げたらしく、堤防の方で数人が指を差して逃げる車に怒鳴っている。
『I don’t care who he is now. I just don’t wanna see his face again.(犯人なんてどうでもいい。顔も見たくない)』
 透耶は呟いて、鬼柳にギュッと抱きついている。
 こうなると鬼柳がいくら大丈夫だと言っても、透耶はそれを信じない。
 離れようとしないので、鬼柳としては嬉しいのだが、そういう訳にもいかない。
 光琉を見ると、光琉が頷いた。
「透耶、野次馬が見てるからさ。大丈夫だって手を振ってやってくれないか?」
 光琉がそう言うと、透耶は暫く鬼柳に抱きついていたが、ゆっくり離れて野次馬の方を振り返った。
 ……これ以上、こんな事をする奴が現れないようにするには……。
 透耶はそう考えて立ち上がった。
 光琉が手を出したので、透耶はその上に手を乗せた。
「ニッコリ笑って言うといい。その方が、あんな事する奴がこれ以上現れない予防になる」
『Got it.(解ってる)』
 透耶は頷いて、光琉と一緒に野次馬に近付いた。
 野次馬達を見ると、にっこりと微笑んで。
『Thank you.(ありがとう)』
 と言った。
 近くで透耶を見た野次馬は、すっかり恐縮して頭を掻いたり、オドオドしたりしている。
 光琉が側を通っているのに、ファンすら近寄れない雰囲気を二人で作っている。
 それから堤防まで追い掛けてくれた人達にも微笑んで礼を言った。
 透耶が深く頭を下げて礼を言うと、男の子達もすっかり恐縮してしまっている。
「いや、あれは酷いしさ」
「だよな」
 追い掛けてくれた二人の男性は、照れたように頭を掻いている。
「ああいうファンってのは酷いよな」
「あいつら、光琉のファンみたいだったし」
 そう言われて、光琉も頭を下げた。
「俺も辛いよ。過激過ぎるのは問題だよな。こんな事が二度と起こらないように忠告しておくよ。俺もかなり怒ってるんでね」
 光琉が怒りを露にしてそう言うと、透耶が光琉を見て頭をくしゃくしゃと撫でた。
『Good luck.(頑張れ)』
 と透耶が言うと、男性達も同じ事を言った。
「頑張れよ、光琉。俺、結構お前の歌好きだしさ。ネットの小説も読むから」
 などと言われて、光琉もやっと微笑む。
「ありがとう。男の人のファンってすっげぇ嬉しいんだ」
 本当に嬉しいという表情をしたので、男性達も悪い気などしない。しかも自然と出た笑顔は、透耶の笑顔と変わらない程綺麗だった。
 二人が離れて行くと、男性達はボソリと呟いた。
「近くで見ると、あの子むちゃ綺麗だよなあ~」
「新人なのかな? あのカメラマンと出来てるんだろ?」
「いいじゃんか。それより名前聞くの忘れたー」
「ネットで出るんだから、名前も出るだろ?」
「絶対、ファンになるよー。あんなに可愛いじゃんかー。それに光琉って結構いいヤツじゃん。俺見直したな」
「そうだよな~」
 などと論議が続いていた。
 これによって光琉ファンの男性が増えたのは言うまでもない。チャラチャラしている芸能人という印象が取れてしまったからだ。


「しかし、透耶が暴走ねえ。俺びっくりだよ」
 スタッフの元に戻りながら、光琉がそう呟いた。
 すると透耶は真剣な顔をして言った。
『Even if it were Mitsuru. I would do the same thing.(光琉だったとしても同じだよ)』
 簡単に答えられて、光琉の方が驚いてしまう。
  「そうなのか?」
 思わず聞き返すと、透耶は光琉を見てニコリとした。
『Of course.(当たり前だ)』
 それが本気であるのは光琉にも解る。
 今までそうした事を言った事が無い兄が、はっきりと断言しているから光琉は嬉しくて仕方ない。
「随分、可愛い事言うようになったなあ」
 我が兄ながら、抱き締めたい衝動に駆られてしまう。
 そう言った光琉を透耶は眉を顰めて見て言った。
『…….What do you mean ?(……何だそれ?)』
 どうやら、鬼柳以外から可愛いだの綺麗だの言われるのには慣れて無いらしく、可愛いと言われる事が不思議で仕方ないという顔をしている。
 ……こういうトボケ方も可愛いと言ったら殴られるんだろうなあ……。
 と光琉は思ってしまった。
 さすがブラコンである。

 夕刻の撮影をして、全てが終わると透耶はやっと女装から解放された。
 洗顔はヘアメイクの人に綺麗にやってもらって、顔の部分はすっきりしていた。
「絶対二度とこんなもの着ない!」
 怒って服を脱ぎ捨てると、光琉が呆れた顔をしている。
  「そう言ったって、鬼柳さんが、また見たいって言ったら、結局着るんだろ?」
 光琉がニヤニヤとして言うと、透耶はキョトンとして光琉に言った。
「恭は、そんな事言わないよ」
 何でそう言うんだ?という顔をしている。
 その確信は何処から来るんだと聞こうとした時、そこへ鬼柳が透耶の足を拭く為に濡れたタオルを持って来た。
 透耶がそれを受け取ろうとすると、鬼柳が俺が拭くと言い、透耶は自分で出来ると言って言い合いが始まってしまう。
 光琉は、こんな下らない事で、いつも言い合いしてるのかと思うと、可笑しくて仕方ない。
「ねぇ鬼柳さん、また透耶の女装見たくない?」
 光琉が面白がって聞くと、足拭き合戦(?)に勝利した鬼柳が透耶を椅子に座らせて足を拭きながら答えた。
「何で?」
 声は何でそんな事を言うんだという感じ。
 適当に言ってるのでもなく、透耶の足を拭くのに夢中になっている訳でもない。
「え? 見たくないの?」
 光琉が身を出して聞き返すと、鬼柳が透耶の足を拭くのが終わって今度は靴を手渡している。
 さすがにこれは、透耶が譲らず自分で履けると怒ったので、合戦にはならなかった。
「だから、何で透耶の女装を見なきゃならないんだ?」
 今度は光琉の方を向いて、首を傾げている。
 本当に、透耶の女装を見なきゃならないのか解らないという顔。
 透耶はクスクス笑い出して、光琉を見る。
 そう言うでしょ?という顔だ。
「へいへい、そうでした。その通りでした」
 光琉は、呆れた顔をして肩を竦める。
 ……まったく、そういう所は通じ合ってるって事か?
 光琉は何だか、そういう関係になっている二人を見ると、自分まで嬉しくなってしまうのには、少し驚いてしまう。
 鬼柳には何の事だかさっぱりだが、透耶が笑っているので、自分は間違った答えを出してないのだと納得する事にした。
 取り合えず撮影は終了して、光琉のお仕置きも一段落したのだが、まさか、この撮影の関係で新たなる事件が起こる事になろうとは、誰も思っていなかったのである。