switch101-94 釦(ボタン)

 夏本番になってきて暑さが増してきた時に、恭がこう言った。
「透耶、ボタン一つ外せば?」

 そう、俺が今来てるのはワイシャツ。
 夏本番を迎えるのにはちょっと暑苦しい格好なんだ。

「簡単に言わないでくれる?」
 俺は眉を顰めて恭に言い返した。

「何で?」
 恭はキョトンとしている。

 この自覚なしめ。

「恭が付けた痕が見えるの」

 そう、恭がキスマークをあちこちにつける為、俺は普段でもそれを隠すようにしている。
 だって恥ずかしいじゃないか。

「見せつけてやればいい」
 恭は笑ってそう言う。

「よくない」
 本当に恭はそんな事気にしない性格だからいいかもしれないけど、俺は大いに気にする。

「暑いだろ。家にいる時くらい」
 恭は言って、俺のワイシャツの第一ボタンは外そうとするんだけど、俺は抵抗してそれをやめさせた。

「宝田さんとかいるから、いろいろ見られるし恥ずかしいの」

 そうもう如何にもいうモノを見せびらかす気はない。
 明らか過ぎて恥ずかしいんだもん。

「そうか? 俺は透耶に付けて貰ったの見せびらかしてるぞ」
 恭は自慢するように言い切った。

 喜んでいる恭を見ていると脱力してしまった。

「もう、それも恥ずかしいのに」
 そんな為につけた訳じゃないから、どうしたものか。

「透耶は照れ屋だな」

「恭にデリカシーがないだけ」

 照れ屋とかの問題じゃないよ。

 普通なら恥ずかしいものなのに、恭は一向に気にしないらしい。そこが俺との違いなんだろうな…。

「仕方ないだろ。これは俺のモノって印なんだから」

「そ、それは分ってる」

 恭は自分のモノとして俺を扱う。その分すごく大切にしてもらっているのは分っているけど、それとこれは別 なんだけど。

「これだって、透耶が俺のものだってつけてくれたんだろ?」

「う…」

 それはそうだけど、見せびらかす為に付けたんじゃないし…。

 無意識にやってるから、仕方ないんだけど、本当に所有物の主張をしてしまっていては弁解のしようもない。

「あからさま過ぎて嫌なの」
 そこまでして自分のモノだと主張するつもりはなかった。

 恭が喜ぶからしているだけで、でもやっぱ所有者の印として付けているのもそうとしか答えられないけど、だけど恥ずかしいんだよ。

「仕方ないなぁ」
 恭は本当に仕方ないと思っているようだ。
 俺が恥ずかしいから、少しそれを察してはくれたようだ。

「首につけないでくれたら外せるのに…」

 首筋にキスマークだらけじゃ、本当に恥ずかしいんだよね。
 これだけは慣れないから仕方ないとは思う。

「だって付けたいんだもん」

 恭は主張する事に関しては徹底的にやるから、それは仕方ないとは思う。初めからずっとそうだったし、今更それが変わるわけもない。

「ここは夏くらいつけなくてもいいの」
 俺はそう言ってしまった。

「夏限定で禁止なのか?」
 恭はキョトンとして俺を見た。

 案外いいアイデアかもしれない。

「そうしよう。じゃないとTシャツも着れない」
 俺はそうニコリとして言った。

「そうか…」
 ズーンと落ち込んでしまった。
 俺用に買ってきたTシャツもあるからだ。

 透耶に似合うからという理由だけで買ってきた服は山程ある。それには気軽に着れるTシャツも含まれている。
 それを無駄にするのだけは出来ない恭。

 こういうところは可愛いんだよね、恭は。

「分った、自重する…」
 渋々仕方ないとばかりに恭は言った。

 ちょっと落ち込んでいるけど、暑さ対策には効果的な言葉だったと思う。

「うん、そうして」
 俺はニコリとして恭と約束した。約束した事は恭は絶対守るから、これからはボタン一つくらい簡単にあけられるようになるだろうな。
 でも恭は意外な事を言い出した。

「でも透耶は付けて」

「え?!」

 は?
 どういう意味?

「ここしかないしさ」
 俺が恭につけている場所は鎖骨辺り。
 Tシャツくらいなら見えない位置だからだ。

「つけない」

 俺は突っぱねて言い切ったんだけど、恭は諦めてないようで…。

「じゃあ、他の所に付けて」
 にっこり笑われて言われ、思わず頷いてしまった。

 あれ? 何か違うような気が…。

 ちょっと騙されているような…。