switch101-70 ベネチアングラス
透耶が持ってきた食器の中で、明らかに透耶が使いそうもないグラスがある。
透耶は。
「これは遺品みたいなモノだから」
と言って大切にしている。
新しい家に引っ越してしまってからは、大切に箱に入れて保存していたモノを宝田の案で飾っておく事になった。
「せっかくのモノですから、物置きに置いておくのは勿体無いですね」
そんな宝田の言葉に心動かされた透耶は、飾る事に賛成したくらい大切なモノらしい。
時々そのグラスを飾っている棚の前に立って、何か考え込んでいる事もある。
それもそのばず。
これをくれた相手は透耶の初恋の相手だからだ。それも透耶にへとくれたプレゼントで、唯一のモノだったらしい。
その相手はもう死んでしまっている女性ではあるが、まだ透耶はその人の事を大切に思っていて、時々思い出すらしい。
ちょっと嫉妬する事もあるけれど、相手がいないし、しかもあの呪われた一族の、玲泉門院の女である。相当、透耶に影響を及ぼしたに違いない。
グラス自体はやっぱセンスがいいモノで、ブルーが綺麗なグラスだ。
透耶の好きな色ってところが憎い感じ。
でもそれは使われることはないんだ。
一度、ワインでも入れて飲んでみようと提案したこともあったけど、割ってしまうかもしれないから、怖くて使えないと言われてしまった。
でも。
「いつか、これを使ってもおかしくない展開にでもなったら、恭と一緒にワインでも飲もうね」
透耶はそう言って笑った。
今はまだ思い出が重過ぎて、これを使って酒飲んだら泣いてしまうかもしれないと透耶は思っているようだった。
そうだよな、このグラスを送った相手が死んでしまって、まだ二年経ってないんだ。
透耶はそういう思い出を大切にするから、俺より長く深く付き合ってきた相手の事を思い出して泣くかもしれない。
俺には、そうやって泣く透耶をどうやって慰めていいのか解らない。
ありきたりな言葉で慰めるのは何か違う気がするから。
透耶の中にあるモノ全てに関わっていたいけれど、まだこの相手くらいまでは達してないんだろうな。
そう思う事がある。
透耶が大切にしたいと思うものは、俺も大切にしたいと思うから、今はまだ、嫉妬程度にしておくしかないみたいだ。