switch101-57 熱海

 熱海市は温泉を中心とした保養地として発展してきました。
 古来より文人墨客、資産家などが多く訪れ、住居、美術作品などが多く残っています。

 とはいえ、熱海と言えば温泉である。
 温泉街として知らない人はいないだろうというくらいに有名なのである。

 榎木津透耶が、鬼柳恭一と降り立った場所はそんな場所だった。

 鬼柳が仕事休みを使って旅行をしたいと言い出したのは、鬼柳が仕事に出てから1ヶ月程のことだった。それはただの冗談だと透耶は思ってた。

 透耶にはそのころ、熱海に取材旅行に行く話が纏まりかけていたので、そこへ帰ってきた鬼柳が様々な事をやってのけて一緒に行く事になってしまったのである。
 用意周到に準備されてしまってはさすがの透耶も苦笑するしかない。

 でも今回はあくまで仕事である。
 その辺は鬼柳もわきまえているかと思えば、そうでもないようなそぶりを見せる。

 必殺、透耶の熱海旅行記念写真。
 これだけは忘れないのであった。

 これにも段々慣れてきてしまったので、透耶は鬼柳を無視して取材することにした。

 まずは普通にバスで取材。

 名所・旧跡を訪ねて・・・   熱海の魅力を再発見!
 湯~遊~バスは、市内に点在する名所旧跡などを、効率よく見学できる足として運行している。それを使って名所巡りをしてみることにした。

「おお」
 見た事もないモノを見た鬼柳は大はしゃぎで写真を取りまくる。そこに透耶を立たせて写 真をとったりしている。

 透耶は透耶で、案内をしてくれた地元の観光協会の人に取材をしていた。

 今回はホテルの部屋に入るまで透耶は真剣に仕事をしたいからと言って、鬼柳には少しスキンシップを自粛するように言い付けてある。そうでもしないととんでもないことになりそうだったからだ。

 鬼柳は仕事から帰ってきた翌々日のこの旅行である。
 まったく疲れを見せてないのが不思議なくらいだが、久しぶりに透耶に会ってどうなるかなど、誰でも想像出来る。

 まずHしたがる、キスしたがる。

 これでは透耶は取材にはならないと思ってそう言い付けたのであった。

 一通り作品に使えそうな場所を取材した透耶はホテルに戻ることにした。

 ホテルは出版者側が用意したのと、自分達がSP用に取った部屋があった。

 気を使ってくれたのか、透耶と鬼柳の部屋は同室になっていた。いや、これは鬼柳が策略したことであろう。

 部屋に入るなに、鬼柳は透耶にキスしようとしたのだが。

「ちょっと待って…」
 と口に手を当てられて止められてしまったのである。

「何で?」
 不満そうにしている鬼柳。

 えっと…。
 言うと怒られるかも知れない…。

 透耶はそう思いながらも、正直に話した。

「あのね…ちょっと仕事したい」
 透耶が正直に話すと、鬼柳ははあっと脱力してしまった。

 ここへは透耶は仕事にきている。
 だから、仕事を中断、もしくは放り出しては遊べない。鬼柳に接すると、流されてしまうから困るのである。

「…解った…」

 しょぼんとしてしまった鬼柳に、透耶は軽いキスだけしてやった。

 それではもちろん物足りないのだから、鬼柳の機嫌は少ししか浮上しなかった。

 食事がくるまでは仕事をするという透耶を泣く泣く手放して座ぶとんと半分に折って枕がわりにするとそのままふて寝してしまったのであった。

 確かにこの期間のことを考えると、直ぐさまセックスといきたいところなのだろうが、一応旅館であるし、食事が済むまではそうしたことはしない方が無難である。

 扉を開けたらセックスしてましたではどうにも説明が出来ないからだ。
 ふて寝してしまった鬼柳を置いて、透耶は早く仕事を済ませるように努力した。

 これさえ出来てしまえば、後は遊んでも気にならない程の情報は手に入れてある。
 それをまとめて、後は書く為の準備をしてしまえばいいだけの事。それはなんとか出来そうだった。
 必死に透耶が仕事をしていると、旅館の方からそろそろ夕食ですが、お部屋にお運びしましょうか?と声がかかってきた。

 でも仕事に熱中していた透耶には聴こえない声だった。
 寝ていた鬼柳の方がすぐに起き出して対応してくれたくらいだった。

「透耶…もう飯だって」
 必死に何かを書いている透耶に声をかけると、透耶はキョトンとした顔をして鬼柳を見上げた。

「え? もう?」
 二時間程熱中していたらしい。
 そこで透耶は仕事を中断させた。

 目の前には懐石料理が運ばれてくる。
 家ではみた事もないモノや、全部食べきれるのかという程の量の夕食である。

「全部食べれないよ、これ」
 透耶はそう呟いてしまった。

「透耶ちょっと待て」
 さっそく食べようと準備していた透耶を鬼柳が止めた。

「どうしたの?」

「写真撮る」
 鬼柳はそういうと、側に置いておいたカメラを取り出して、懐石料理の写 真を撮り始めたのである。

 それも真剣だから透耶は笑ってしまう。

 そっか、こういうの初めてなんだ…。

 国内旅行した時は京都しかないが、そこではホテルのルームサービスとかで、別 に珍しいものではなかったようだ。

 でも今回は違う。
 見事な日本料理である。そうなるとカメラマンの血が騒ぐのだろうかと透耶は思ってしまった。

 写真が終わったらすぐに食事になった。
 食事はどれも美味しくて、食べられないと思った量は簡単に片付いていってしまう。

「うーん、美味しい」

「これはどういうのだろう」

 美味しい料理に舌鼓を打つ透耶の前で、鬼柳はこれを家で作れないだろうかと研究中なのである。

 それを全て食べ終わったところで、透耶があっと声を出し、また作成ノートに向かって何かを書き始めた。

 どうやら食事の席で何かを思い付いたらしい。
 それに鬼柳ははあっと溜息を吐いた。
 まだ透耶に触れないのである。

 でもそろそろ我慢の限界である。

 ここの部屋には露天風呂が各部屋についている場所であって、わざわざ部屋を出なくてもいいようになっていた。

「透耶、そろそろ露天風呂」

「あ、うーん」
 生返事の透耶にとうとう痺れを切らせた鬼柳は作成ノートを取り上げて、透耶を抱き上げた。

「な、何?」

「露天風呂」

「え?」

「ここ各部屋についてるんだってさ。温泉街まできて、露天入らないでもいいやと思ってるのは透耶だけだと思う」

 そんな指摘をされてしまって、透耶は頭を掻いてしまった。

 今はそれどころではないというのが心情だが、もうこれ以上鬼柳を待たせるのもダメだと思ったのである。
 剥ぎ取るように服を脱がされて露天風呂に入れられてしまう透耶。

 鬼柳もさっさと服を脱いで露天に入ってくる。
 まあ、落ち着け…と思いながら、透耶はスポンジを手に取って身体を洗い出した。

 洗っている間は悪戯もなく済んだのだが、いざ露天に入るとなると、鬼柳は透耶を抱き寄せてくるのである。
 そして悪戯が始まる。

「だ、ダメ…」
 咄嗟に声を出して透耶をその行為をやめさせようとした。

「なんで?」

「こ、声が…」
 響いて聴こえてしまうからと言いたかったのにそれ以上言わせて貰えなかった。

「ちょっとだけ」
 そう言われて、透耶の中心を握ってくる。

「だめ…あっ!」

「だってもう起ってる…」

「絶対ダメだから…後で…」
 扱いてくる手を必死で止めながら透耶はなんとかその場を切り抜けた。

 でも後での言葉は、その夜透耶を眠らせてくれないセックスが行われたのは言うまでもない。




「ん…」

 透耶は薄らと明るさに目を覚ました。
 ゆっくりと起き上がると、鬼柳は隣にはいなかった。

 どこへいったのだろうとおもっていたら、鬼柳は隣の部屋で窓を開けてタバコを吹かせていた。
 透耶が自分の服を見ると、綺麗に浴衣が着せられていた。

 恭が?まさか?

 そう思いながら隣の部屋に入る。
 すぐに鬼柳が気が付いてにこりと笑って言った。

「もう少し寝てたら起こそうと思った」
 そう言われて近付くと、外は霧がかかったような靄の中。
 それが神秘的で綺麗だったのである。

「うわー綺麗…」

「うん。透耶に見せようと思ったんだ。起きなかったら写真にしようと思って」
 そう言った鬼柳の片手にはカメラがあった。
 でもそれを使う必要はなかった。

 カメラを床に起き、鬼柳は透耶を抱き締めた。

「こういう落ち着きもいいな」
 さんざんセックスしておいた人間が吐くセリフではない。

「うん」
 透耶は鬼柳にもたれ掛かって、朝が明けるのを見つめていた。

 二泊する予定だったが、昨日の段階でもう仕事は終わったも同然だった。

 これからは鬼柳との旅行を楽しむ事にした。