switch101-35 髪の長い女

夏の熱い日。

 偶然、氷室斗織に出会った。

 本当にそれは偶然で、街中ですれ違ったわけでもなかったけど、すぐに見つける事が出来た。
 それだけ特徴がある訳じゃないけど、すぐに斗織だと解った。

 俺は、一緒にいた恭と止めて斗織の元へ駆け寄った。

「斗織!」
 俺がそう声をかけると、斗織はすぐに振り返った。

 斗織の名指しした声に聞き覚えがあったんだろう。
 振り返った顔は笑顔だった。

「あら、透耶」

 一年以上も会ってない従弟に会ったにしては、呆気無い一言。
 でもそれはそれが斗織だから当然の態度だった。

 斗織は、腰まである長い髪を少しだけ揺らして俺を見た。

「久しぶり」

「久しぶりね。あまり光琉を心配させないことよ」

 そう突っ込まれて俺は頭を掻いてしまった。
 行方不明だった時、光琉は斗織にも俺の行方を相談していたらしい。

 でもそこで話が止まっているとは思えなかった。

「もしかして、動いてた?」
 俺が不安そうに聞いたから、斗織は少し笑って答えた。

「ええ。馨さんが大張りきりだったわ」
 と何でもない事のように言われてしまった。

「じゃあ、事情は分ってるんだ?」
 俺がそう聞き返すと斗織は頷いた。

「ええ、光琉からもちゃんと報告受けてるわ。でも、あの女装はどういう事かしら?」
 それを言われてしまって俺は更に冷や汗を掻いてしまう。
 更に。

「それから、朱琉さんのジュエリーショップで買い物?」

 もうぐうの音も出ないや。
 斗織は全て知ってしまっている。

 情報源は光琉にしても、行方不明だった間、自分が何をしていたのかなどは、氷室経由で事情は知られてしまっている。

「あの、あれはね。ごめんね。迷惑かけて」

「ええ、迷惑だったわ」

「ごめん!まさかあんな騒動になると思わなくって」

「いえ、その制裁は受けてるようだから何もしないわよ」
 斗織は笑ってそう言ってきた。

 そう誘拐されてしまった事。
 それを言っているのである。

 玲泉門院関係者がそうして表に出る事は、騒動になるとよく言われていた。
 光琉はそれを上手く利用しているほうだが、俺はそうではない。

 その精細に自分は酷い目にあっていたから。

「うん、その節はお世話になりました」
 俺が頭を下げると斗織は笑っている。

「私に出来る事があるなら、何でもするわ」
 自信満々な態度で言われた。

 斗織がそう言う事をはっきりと言う時は、本当に何でもしてくれる。
 そのお陰であの事件では俺の名前はイニシャルすら出なかったんだから。

 ある意味怖い存在ではあるけど、それは有り難かった。
 恭の事もあるし、それで揉めている状態ではなかったから。

 本当に斗織には感謝していた。
 すると、斗織が俺の肩期しに遠くを見ていた。

「あれが貴方の運命の人かしら?」
 ずっと睨みつけているような視線を感じていたけど、多分それは恭だろうとは思った。

「うん、そう」
 俺は笑ってそう答えた。

 だって本当にそうだったから。
 斗織にだって合わせたかった。

 それくらい自慢したい人。

「話、してもいいかしら」
 いきなり、斗織がそう言い出した。

「え?」

 …話?
 俺がキョトンとしていると、斗織はもう一度言った。

「話をしてみたいの」

「恭と?」

「そう」

 うわ! 斗織が恭に興味を示した!

 普段、滅多に、いやまったくと言っていい程人に興味を持たない斗織がそんな事を言うのは珍し過ぎる。

 俺が驚いていると、斗織は自分の予定を話してくる。

「ファミレスで待ってて。そこの」
 斗織が指差した。
 そっちを確認すると大きなファミレスがある。

「うん…」

 恭と話が通じるんだろうか…。
 
 俺は不安になった。

 だって、斗織が話をしたいというのは、一対一で話をしたいって事なんだ。

 本当に大丈夫なんだろうかと俺が確認する前に、もう斗織の方の予定は決まってしまった。

 ここはもう俺が諦めるしかなさそうだ。

 颯爽に去って行く斗織の後ろ姿を見送った。


 本当にどうなるんだろう…。


 俺の心は不安でいっぱいだった。