switch101-3 荒野

 歩いても歩いても終わらない。

 そういう夢を見る。

 では止まれば?

 そう思うのに、止まるのは怖かった。
 何故怖いのか解らない。

 でも、足が竦む。
 だから俺は歩き続ける。

 誰かが途中で止り、足音が後ろへと遠離って行った。

 どうして怖くないのだろう?  

 俺は不思議で、立ち止まってしまった。

 ふと耳が聴こえた。

 そうか、俺、音が聴こえなかったんだ。

 そう感じたのは、この夢だと解っている夢で、人の声を聴いたのは初めてだったからだ。

 俺の名前?
 誰かが俺を呼んでいる。
 何処から聴こえるのか、耳を澄ましていると、自分が歩いてきた方から聴こえる。

 戻るの?

 それは怖かった。
 怖い、だから俺を呼ばないで。

 だから俺は前を向いて歩き出した。

 なのに声はどんどん大きくなって、すぐ近くで聴こえる。

 俺はまた立ち止まった。

 今まで一度も振り返った事はない。
 なのに、今は振り返らなければならない気がした。
 勇気を出して振り返った。

 向こうに人がいた。

 遠くはないが、こちらへは向かってない。
 指を左に差して、俺の名前を呼んでいる。

「そっちは違う、こっちだ」
 そう言っている。

 俺は迷った。
 どうしよう、そっちは怖いんだ。

「大丈夫だ、俺が一緒だ」

 声の主がそう言っている。

 怖くない?
 俺は一人じゃない?
 一緒?

「一緒に行こう」

 誘われて、俺は足を踏み出していた。
 その人の元へ。

 歩いていた足は、何故か軽く、走る事が出来た。
 俺は走って、その人の元へと駆けて行った。




「…透耶。透耶!」

 不意に声が力強く、側で聴こえた。

 俺はゆっくりと夢から抜け出していた。

 目が開くと、目の前に鬼柳がいた。

「透耶?」

 この声だ。
 俺を呼んでいたのは…。

 俺はほっと息を吐いて名前を呼んだ。

「鬼柳さん…」

「大丈夫か? うなされてたぞ」
 心配そうな顔で言われて俺は笑って言った。

「あ、うん。夢を見たんだ」
「夢?」

「荒野をずっと歩いて行く夢」
「荒野を? 歩いてるだけなのか?」

 夢の話なのに、どうしてそこまで心配そうな顔をするかなあ、この人は。

「うん、でも歩いても歩いても終わらない。でも今日のは違った。声がして振り返ったんだ。で、歩いてきた場所が違うって言うから、戻った。そこでお終い」

 まさか、あれが鬼柳だったなんて、恥ずかしくて言えないや。

 しかも一緒にだって?
 俺も感化されてるかなあ…。

「…いつも違うのか?」
「まあ、ただ歩いているだけなんだけど…」

「寂しい夢だなあ。俺なら一緒に歩いていくのに」

 そう言われて、それが夢と同じ事だったので、俺は吹き出して笑ってしまった。

 鬼柳は変な顔をしていたけど、俺の笑いの発作は治まらなかった。
 
 なんだ、これって暗示してんのかあ?
 


 それ以来、荒野の夢は一度も見ていない。