笑う殺人++笑えない殺人

01

 どうしよう、こんな事になるなんて!



 俺は今、目の前で起こった事で完全に酔いから醒めた。


 目の前で起こった事、それは・・・。

 俺がこの手で友人を殺してしまった事だ。


 いや、弁解ではないのだが、殺そうと思って殺した訳ではない。 俺にはそんな事をする理由すらないし、殺意だってなかった。


 だが、事は起こってしまった。

 本当にただの偶然でそうなっただけなのだ。




 事の起こりは、そう、友人の山口を家に招いて酒を酌み交わし、 野球観戦していた時だ。



 試合は2対2で延長戦、二人が応援するチーム同士、 巨人対阪神が直接対決をしていた。 その時、阪神がヒットを打ち、ホームにランナーが帰ってきたのだが、 巨人のキャッチャーの無茶な妨害をしたために、阪神の選手が 怪我をして、そして乱闘騒ぎになったのだ。

 それを観て俺達は、酒も入っていた事もあって、二人で口論になった。

 そして、俺が山口を突き飛ばした時、山口は後ろに倒れ、 そこにあったテーブルの角で頭を打って床に倒れ
、そのまま動かなく なってしまったのだ。

 俺は山口を揺すったり、頬を叩いたり、脈を取ったりしてみたが 、もう何の反応もしなくなっていたのである。

 冗談だろう? と思って、もう一度脈を取る。だが山口の脈は完全に止まっていた。

 俺はパニックになった。

 だって、まさかテーブルの角に頭をぶつけたくらいで 人が簡単に死んでしまうなんて思う訳ないだろ?


 推理小説じゃあるまいし・・・

 でも、山口は推理小説の被害者の様に簡単に死んでしまったのだ。



 うわ! どうしよう! 俺、もしかして殺人犯?!

 冗談じゃねー!!

 俺は、一週間後に結婚するんだぞ!

 こんな下らない事で、殺人者にされるなど冗談じゃない!

 こんな奴の為に、人生を棒に振るつもりなんかないぞ!



 俺はそう思うと、ふと冷静になった。


 待てよ・・・この現場は誰にも見られていない。


 山口がここにいる事を知っている者はいないはずだ。

 山口とここで酒を酌み交わす事になったのは偶然だった。 山口が営業でこっちの方の取引先の会社を訪れていて、 偶然駅で俺と鉢合わせになったんだ。そこで俺は山口を家に誘った。 山口は会社には帰らずに、そのまま帰宅するようにしていたので ちょうどいいと家に寄ってくれたのだ。

 山口は独身で、まだ恋人すらいない。実家は札幌なので、 両親とは離れている。つまり山口の帰りを待っている者はいないという 事だ。


 つまり死体さえ隠してしまえば、俺が犯人にされる事もないだろう。


 とにかく、この死体を部屋から運び出さなければいけない。

 今は11時・・・この時間ならば、誰も部屋から出たりしないだろう 。

 このマンションは、既婚者でなければ住めないマンションだ。 俺は一週間後に結婚をするので、早めにマンションに入れて貰った。 だから、他の住人はもう眠る時間なのだ。

 戻ってくる人間もいない

 エレベーターまで運べば、地下駐車場まで一気に行ける。 そこから車に乗せて・・・っと、死体を運ぶ後部座席には シートがいるな・・・。死体を運んだ痕跡が残るといけない。

 俺は、使い古しのもう捨てる予定であった毛布を取ってきた。 まあ、こうすれば死体をマンションから運び出せる。 あとは、こいつの家に運んで、偶然の事故にでも見せかければ・・・・。



 よし、まずは死体を運んで・・・・。

 と、俺が死体を担いだ瞬間。


「プルルルルルルル!」
 いきなり電話のベルがけたたましく鳴った。

 俺は心臓が飛び出しそうな程驚いて叫び声を上げた。


「うわあぁ!」

 その拍子に、山口の死体を後ろに放り投げてしまった。 ゴンという音がしたが、今はそれどころではない。

 慌てて電話に出ようとしたが、俺はハッとした。

 もし、俺が家にいる事が解ると、誰かが突然訪ねて来るかもしれない。 そうなっては死体運ぶ事が出来なくなって、俺が捕まってしまう。

 こうしている間にも死後硬直が進んでいく。そうなっては車に乗せる事が困難になる・・・。


 急がなければ・・・。

 俺は、とりあえず電話を留守伝にした。
 すぐに留守伝がメッセージを告げて、その後に声が入った。


「あたしよ~・・・今からぁ~行くぞぉ~! 一時間で突入~!」

「プッツーツーツー・・・午後11時10分です」 そう言って電話は切れた。


「はぁ?」

 俺は、呆然となって留守伝のメッセージの入った時刻を伝える 機械音の伝言を聴いた。

 今のは婚約者の早枝だ。


 あいつ、また酔ってるな・・・。っておい! 今、来るって 言わなかったか!! 言ったよな!


 冗談じゃない!!

 こ、こんな事を知られたら、婚約も結婚も解消だ!

 一時間って言ったな・・・・。急いで始末すれば間に合う!


 そうなれば、俺のアリバイも作る事が出来るかもしれない。

 俺は、再び山口の死体を担いで玄関まで行った。そして靴を 履こうとした瞬間。



「ピンポーン」
 と、チャイムが鳴った。

 げげ!っと、俺は立ち上がって覗き穴から外を確認した。 外に居たのは、さっき頼んだ宅配のピザ屋だった。


 しまった・・・すっかり忘れていた!


 しかし、受け取らなければ余計に怪しまれるだろう。 俺は仕方なくドアを開けようとして、ハッとした。

 俺の後ろには死体があることを思い出したのだ!

 慌てて死体をすぐ側にあるベッドルームに引きずりこんだ。

 そして何気ない顔をして、ピザを受け取りお金を払って、ピザ屋が エレベーターで一階に降りるのを確認すると、急いで自分の階に 来るようにボタンを押した。そうしておかないとすぐに死体を運べない からだ。

 急いで家に戻り、ベッドルームにある死体を再度担いだ時である。

「ピンポーン」

 またチャイムだった。だが、それにも俺は驚いてまた山口の死体を 後ろに放り投げてしまった。今度はスポッという音がしたが それどころではない。

 チャイムがもう一度鳴った。

 俺は、さっきのピザ屋が何か忘れて行ったのだと思い、一気に玄関のドアを開けた。


「一体、なんで・・・・」


 俺はそこまで言って氷付いてしまった。


 そこに立っていたのは、婚約者の早枝だったのだ!


「よう、旦那、来たぞぉ~~!」

 早枝は上機嫌で俺に抱きついてきた。さっきまで酒を飲んでいたのは明らかだ。プンプンと臭いがすごい。

「早枝・・・・さっきは一時間かかるって・・・」
 俺が震える声で聞き返すと。

「あれは、うっそ~♪ 友達の車でぇ、ここまで送ってもらったのぉ~。だって、家に帰るよりぃ~、こっちの方がぁ~、近いからぁ~・・・うふふ」

 早枝はにこ~っと、微笑んで言う。 普段なら抱き締めたくなるような可愛い笑顔なのだが、今はその気すら起こらない。

「こっちが近いからって・・・こんな時に来なくても・・・」

「ええ? なんか言った~?」 「いや、何でもない」 俺は慌てて言う。 「じゃあ~今晩、よ・ろ・し・く♪」
 早枝はそう言って、ベッドルームの方へ入って行ったのだ。

「さ・・・早枝!」

 俺が叫んで部屋に入ると、早枝はすでにベッドの中に入り込んでいた。 しかも、そこにあるはずの山口の死体がどこにも見あたらないのである。

「早枝、酒臭いんだから・・・とりあえず風呂入れよ」

 俺はこの部屋にある山口の死体を探す為には早枝が邪魔だった。 どこにあるのかも予想がつかないし、もし見つかったら大変だ。

 とっさに言った俺の言葉に早枝はベッドからムクっと起き上がった。

「そうだね~、シャワーくらい浴びてくるか~」

 早枝はふら~っとなりながらも、俺の言う通りにバスルームへ 向かっていった。

 俺は早枝の姿が見えなくなると、すぐに山口の死体を探した。 死体はベッドと壁との隙間にスッポリとハマッていたのである。 やっとの思いで死体をベッドと壁の間から引きずり出した。

「くそう・・・なんて山口は重いんだ・・・」
 思わずそんな呟きが洩れた。


 山口の死体を別の場所に隠して・・・・。


 俺は、自分の書斎に死体を隠した。早枝が眠ってしまってから 死体を運び出す事に決めた。

 山口の死体は、まだ死後硬直は始まっていない。 まるで眠っているみたいな感じだった。 俺はそれに寒気を覚えて身震いをして書斎のドアを閉めた。

 ちょうど、早枝がバスルームから出てきたところに遭遇した。 危機一髪だったようだ。

 早枝はバスタオルで頭を拭きながらリビングへ入っていった。

「あれ~、ピザなんか取ってたんだ~」
 その声に驚いて俺はリビングに駆け込んだ。

「誰か来てたの~?」

「いや・・・誰も・・・」

「ふう~ん・・・」

 早枝は不振に思っただろうか・・・。俺はひやひやしながら早枝の様子を伺っていた。
 しかし、早枝は上機嫌で俺の方を見ると。

「これ、貰ってきたんだ~」
 とにっこりして、タンブラーを差し出していた。

 俺はちょうど喉が乾いていたので、それを受け取ると一気に飲んで しまった。飲んで気が付いたのだが、すでに遅かった。


 それは、ウォッカのストレートだったんだ・・・。


 酒は、ビールくらいしか飲めない俺には、これは強すぎた。

 頭がクルクル回り出して、平行感覚もなくなってきた。

 こんなんじゃ、山口の死体なんて運べない!

 俺はそれを思いながら、そのまま酔い潰れて寝てしまったのだった。




 俺が目を覚ました時、妙な声が聴こえてきた。

 「旦那、朝だよ」

 それは早枝の声だった。

「うわ!」っと飛び起きた俺だったが、二日酔いの頭痛に襲われた。


「うう~っ」

 と、頭を抱える俺を見て、早枝はクスクス笑いながら、二日酔い でも食べられる食事を用意してくれていた。

 やっぱり、早枝と結婚決めて良かったな~っと実感したとたん、 俺は、重大な事を思い出した。


 そう、山口の死体。


 書斎に放置したままだったのだ。


 どうしよう・・・・夜が明けてしまっては死体を運ぶ事は出来ない。 それに死後硬直が始まっているはずだ・・・。


 どうしよう・・・また夜になってから運び出すという手段もあるが 、だが、山口が会社に出勤しなかったら
不振に思われる。


 奴は、取引先の重大な書類を持ったままだと言っていたからだ。

 どうしよう、どうしよう。早枝に打ち明ける訳にはいかないだろう。


 




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