Switch 外伝12-04

Pure Malice 2

 ジョージさんと食事をする予定が、ジョージさんの息子のダニエルさんと食事になりました。
 何てスマホでメッセージを送ったらきっと鬼柳は混乱して仕事を放置して出てきてしまう。
 そう透耶は思ったので松崎にそう言った。
「これ、知らない男と急に初対面で食事するって怪しいよね。ジョージさんの都合とはいっても、恭には何か裏があると思われるよね?」
 そう透耶が松崎に言うと、松崎もそれには頷いた。
「ええ、そうですね。恐らく、飛び出して透耶様を回収されに来られると思います」
「だよねえ……そうなったら、エドワードさん的には凄く困るよね」
「そうですね……とはいえ、報告しないわけにはいかないのですが」
 松崎も断れない状況になったことから反省をしているようであるが、相手がこの国の恐らく貴族であることも関係していて、断ると色々不都合があるのを考慮しないといけないのも分かっているだけに、複雑な心境である。
「どうしよう……」
「それでは食事は断りましょう。親しくない人との会食ほど苦痛なモノはありません。こちらも食事の時間しか時間が取れないということで都合を付けて貰いましょう」
 そう松崎が言った。
「それじゃ帰りのウインドウショッピングができなくなる……んだね」
 透耶はそれを楽しみにしていたので、ちょっと残念ではあるがそう言った。
「そうなりますね、ここは一刻も早くホテルに戻った方がいいでしょう。こちらは日の入りも早いので、外を歩くのは諦めてください」
 そう松崎が言った。
 もっともなことで暗くなって外を日本人が歩いていたらいい標的にされてしまう。
 できれば鬼柳がいるのなら外出は可能だったかもしれない。
 そう言っていると、そこにふと声が降ってきた。
「外で買い物がしたいのならば、すぐに出かけよう」
 そう深いバリトンボイスが降ってきて、透耶はびっくりして声のした方を見ると、そこにはラッセルに写真を見せて貰った黒髪のダグラスと呼ばれていた人が立っていた。
「あ、ダグラスさん……」
 透耶がびっくりしてそう呼んでしまったのだが、ダグラスは外から入ってきた格好ではなく、これから出かけるというように、上着を手に持った状態である。
「急いで降りてきたのだが、どうやら食事は断られるところだったようだね」
 そう言って綺麗に整った表情が感情を見せずにいるけれど、少し口の端が笑っているのだけは見て取れた。
 鬼柳恭一に最初に出会った時のように、表情で感情を表したりはあまりしない人なのか、透耶にはとても懐かしいくらいの気持ちになる人である。
「申し訳ありません。食事って親しい人でないとちょっと……という気持ちがあって」
 そう透耶が言うとそれにはダグラスも納得してくれたのか頷いた。
「確かにそうだろう。普通は間にジョージがいての紹介で、食事になるところだろう。それで、それはいいのだが、君はウインドウショッピングをしたい。そして私は君を手ぶらで帰すわけにはいかない。その双方を取って、君を私がウインドウショッピングに連れて行き、ホテルまで送るということで手を打たないか?」
 そうダグラスが言ってきた。
 どうやらお互いジョージの事情に振り回されている者同士であるのは変わらないので、協力してお互いにいいように落ち着こうということにした。
「そうですね。今から歩いて行けば」
 透耶がそう言って立ち上がると、松崎もこれ以上ゴタゴタするのも何だと思ったのかダグラスの提案に乗ることにした。
「そうしましょうか」
 そう松崎が言うと、透耶はパッと椅子から立ち上がってすぐに上着を着た。
「行こう、ダグラスさん! 日が暮れちゃうよ」
 そう透耶はダグラスの手を引いて、ホテルを出る。
 その透耶の勢いに釣られてダグラスも急いで上着を羽織った。
 松崎は少しだけ嫌な予感がしたのだった。


 ウインドウショッピングをする場所は決めていたので、オックスフォードストリートを歩いた。
 イギリスを代表するショッピングストリートでロンドンでも最大の商店街だ。
 透耶はそこをダグラスと並んで歩き、特に買う物があるわけでもないので、ただ二キロくらいを歩くだけになってしまう。
 それでも立ち止まって気になる店には入って見たりもしたので、時間は三時間くらいは掛かってしまった。
 その途中で露店にある場所で昼食を食べ損ねていたのでピザをクレープのように丸めて食べられるものを食べた。
「うん、美味しい」
 透耶は歩道の端にある椅子に座ってそれを頬張り、あっという間に平らげた。
 ダグラスもそれに付き合って食べてくれたので、美味しいのは間違いないらしい。
 でもそれは口の端が汚れてしまうので、付近で拭こうとしていると、ダグラスと目が合ってしまい、ふっと笑われたと思ったら、ナプキンで口を拭かれた。
「随分と可愛らしいんだな、透耶は。ジョージが可愛がる理由も分かった気がする」
 そう言われて透耶はちょっと燥ぎすぎたかと思ったのだけど、それでもダグラスは楽しそうに見えたので、まあいっかと思った。
 透耶の我が儘に付き合って貰っているので、ダグラスが楽しくなければちょっと早めに切り上げようと思った透耶であるが、そこから先はダグラスもあれこれ誘ってくれて店に連れて行ってくれた。
 あちこち冷やかしで入るだけではもちろん駄目なので、ちょっとした小物を買ったりもした。
「これがいいだろう」
 そう言われてダグラスが買ったであろう袋を透耶に渡してきた。
「なんですか?」
「髪留めだ」
 そう言われたので見てみると、透耶が買うかどうか悩んでいたもう片方の髪留めで、透耶は青い方を選んだのだけど、もっと水色のモノと悩んだ末にだったのでちょっとびっくりした。
「あ、ありがとうございます」
 要らないわけでもないけれど、もう買ってしまった物を受け取れないと無碍にはできなくて、透耶はそのまま貰ってしまうことになってしまった。
「本当はもっと良い物で代わりにしたかったのだが」
「あ、いえ、ジョージさんのことは気にしないでください」
 ジョージの不手際で透耶への謝罪が済んでいないと言うので透耶はそれは気にして欲しくなかったのでそう言った。
「屋台の食事も美味しかったので、それも奢って貰ったし大丈夫です」
 透耶はそう言って、ダグラスに気を使わないでくれと言うと、ダグラスはそれに首を傾げた後に頷いた。
「こういう時、誰も遠慮はしないものだが、日本人というのは遠慮の人種だと聞いた。だから断るのか?」
 そんなふうに言われて透耶は、ちょっと思うことがあった。
 ダグラスさんは謝罪と言えば、相手の欲しい物を欲しいだけ与えれば謝罪になると思っている節がある。
 そうして今までやってきたのだろうが、それでは透耶が納得していないのだとダグラスは思っている。
 透耶はジョージのことは全く怒っていないし、理由が理由であれば納得もするのに、今ダグラスは透耶が遠慮をしているだけで、まだ怒っていると思っているのである。
 ダグラスはそうやって物を買い与えて相手に有無を言わさずに謝罪の品を渡してしまえば謝罪が完了したと思う人間らしい。
 ラッセルはダグラスがこういうやり方で怒っている相手を収めてきたことを知っていたのである。そしてラッセルは透耶が気が弱いのでこの方法で謝罪になって丸め込めると思っていたというわけである。
 しかしそれは透耶にはかなり不快なことだった。
「あの、遠慮するタイプではありますが、今回のことに関して、俺は謝罪を求めてません」
 透耶はそう言ってダグラスが与えようとしているモノは必要ないのだと言う。
「俺は、ジョージさんには怒っていませんし、ジョージさんはあれでいいと思っているので、気にしてもいません。なので、モノを買い与えれば俺が黙って引き下がってくれるとか考えなくて結構です。もしそういうのがないとダグラスさんが不安であるというなら、さっきの屋台の食事と、この髪留めで贖罪と思ってください。もうモノは必要ありません」
 透耶はそうダグラスに告げるとダグラスは驚いた顔をしている。
「何が気に入らないんだ?」
 そう問われて透耶は言った。
「子供扱いみたいに、モノを与えておけば、機嫌も直るだろうと安易に思っているダグラスさんの態度です」
 透耶はダグラスの目をしっかりと見てそう言い切ると、隣にいた松崎を見上げた。
「松崎さん、タクシーを捕まえてください」
「分かりました」
 松崎はそう返事をすると、通行している空車のタクシーを捕まえた。
「機嫌を損ねたのなら謝る」
 ダグラスは何かしくじったと思ったのか思いのほか動揺しているようで、謝罪をしてきた。
「いえ、俺が勝手に不機嫌になっているだけですので、気にしないでください。ここまで付き合ってくれてありがとうございました。ここから先はタクシーで帰りますので、ダグラスさんもお帰り下さい。ジョージさんには仕事が片付くまでは連絡をしないようにと伝言をお願いします」
 透耶はそう言うと松崎が止めたタクシーに乗った。
 松崎もさっと乗り込んで、呆然としているダグラスを置いてそのままホテルへと戻ったのだった。
 しかしそれでは済まなかった。
 置いていかれたダグラスは、透耶が自分のせいで機嫌を損ねたということしか分かっておらず、これはジョージに報告すればきっと彼の機嫌を損ねてしまうだろうと思った。
 どうあっても透耶には気分良く帰って貰わないといけない。
 それがダグラスがラッセルに呼ばれた理由であり、それがダグラスの仕事だからだ。
 なのでダグラスはすぐに同じようにタクシーを捕まえると、透耶が泊まっていると聞いたホテルへと後を追ってきたのである。


 そうして透耶が怒ってホテルに戻ると、ダグラスがすぐにタクシーで追いついてきた。
「わ、追ってきた」
 透耶は慌ててホテルの中に入って、エレベーターに乗った。
 部屋には鬼柳がいるのでそこまでいけば、エドワードもいるのでダグラスを説得して引き下がって貰えるかもしれないと思ったのである。
 松崎は急いで鬼柳に連絡を入れて、入り口を開けて待っていてくれと電話をかけた。
「すみません、相手方を怒らせてしまったかもしれません。ええ、ジョージ様の御子息で、ダグラスという方と透耶様が言い争いになってしまい、それで後を付いてこられてしまって」
 急いで説明するととてもダグラスが悪者に聞こえるような内容であるが、それでも相手の接待が気に入らなくて透耶がごねたではまた話が違ってくる。
 とにかく透耶を安全圏に入れなければならないので松崎も焦っていた。
 エレベーターが透耶が泊まっている階に止まり、エレベーターから降りると、鬼柳が廊下に立っていた。
「おい、訳の分からないことを急に喚くな。状況を説明しろ」
 鬼柳がそう言うので松崎は透耶をまずは部屋の中に入れた。
 するともう一つのエレベーターでダグラスが階に上がってきた。
「待ってくれ、どういうことなんだ、透耶、説明してくれ。これでは私は帰ることができない」
 そう言いながらダグラスが現れたものだから、鬼柳は一気に緊迫感が伝わった。
「おい、止まれ。ダグラスだったか。話は俺が聞く。だからそこを動くな!!」
 さすがに透耶達がしくじったとはいえ、ここまで付けてくるような人間を警戒しないわけにはいかない。
 特に透耶が怒らせたとはいえ、相手はそれを理解していないのである。
 真面な話し合いはできそうもないと鬼柳でも判断はできた。
 そうして、ドアの前で言い争いが始まり、部屋の中では透耶とエドワードの二人になった。
「透耶、詳しく話を聞こうか?」
 そうエドワードが言ったので透耶は洗い浚い全部を話したのである。
 説明をされたエドワードは透耶が怒ったことは仕方ないとしても、ジョージの息子であるダグラスは少し問題あるように感じたようである。
「ジョージの息子のラッセルはよく会う間柄ではあるが、長兄のダグラスは一度も顔を見たことがないんだ。どうやら商才はあまりなく、ラッセルたちの手伝いをしているらしいとは聞いていたが、まさかこんなものだとは思わなかったな」
 そうエドワードが言った。
「それって、明らかに対人に向いていない人を宛がわれてしまったってことですか?」
 そう透耶が言うと、エドワードは頷いた。
「それじゃ俺はラッセルさんに嫌われているってことですね」
 透耶は一生懸命対処したけれど、ジョージの息子であるラッセルには嫌われてしまい、それで対人の問題があるダグラスを宛がわれたということになる。
 それがどういうことを意味するのかは分からない透耶であるが、エドワードの方は眉間に皺を寄せて唸っている。
「それで、ジョージには私が夜に時間を空けてくれと言った伝言は伝えておいてくれたか?」
 そう言われたので透耶は言った。
「ジョージさんには直接は言えなかったんですけど、ラッセルさんには伝言をお願いしました……。でもこれじゃジョージさんに伝わっているかどうかも分かりませんね」
 透耶がそう言って悄気てしまうと、エドワードはスマホを取り出して電話をかけ始めた。
 それはコールが十回くらいで誰かが出たようだった。
「どうやら私は舐められているようだ」
 そうエドワードが切れたように言い、部屋の中の温度が更に下がった。
 そしてドアの外では何とか鬼柳がダグラスを落ち着かせて隣の松崎の部屋にいて貰うことに成功したところだったのである。


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