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外伝12-03
At the museum
エーゲ海から戻って、更にフランスの街で一ヶ月。
透耶の本が発売されたアメリカでは、若者の間で透耶の小説が爆発的に売れた。
それまでの色シリーズも売れたけれど、それに輪を掛けて売れてしまった。
学園シリーズは、寄宿舎にいる学生達が巻き込まれる日常的な不思議に纏わるミステリで、それは透耶が鬼柳から聞いたアメリカの街並みを当時のままに映し出して、それを日本風にちょっとアレンジしてあるものだったため、日本風のリアルが流行っているアメリカでは、アメリカ人が分かり安い、慣れ親しんだモノに日本の流行が混ざっている小説だというわけで、妙に受けが良かったのである。
そしてそれが吉野監督によって映画化されていることから、早速エドワードたちの手によって一部のアメリカのスクリーンで上映されたのである。
配給会社としてはアメリカでの一部ではあるが上映されることが決まって上から下への大騒ぎらしく、それによって話題になっていることが日本のニュースで伝わって、まだ上映している映画にも人が戻り始めたのだそうだ。
でもその原作者である透耶は海外に出ていてインタビューもできない状態で、原作者本人を置いてけぼりにして周りだけが盛り上がっている状況である。
「帰りたくない」
透耶がそれを知って今の日本に戻ることを拒否したので、急遽フランスに立ち寄って透耶はフランスの有名な美術館巡りをしている。
ギリシャからフランスのマルセイユに入って、そこからパリまで汽車で移動をし、付いたら半年契約ができるアパートを借りた。
そこは部屋は八畳くらいしかなくて、ベッドとテーブルとソファを置いたら、小さな台所が玄関前にあって、お風呂はシャワーのみという簡素なアパートである。
でも最上階の五階にしたので、窓からの眺めは綺麗で、街並みのパリらしい古い街並みが並んでいる。
ホテルではとても楽しめないアパート住まいは透耶が望んだことである。
実際ホテルに一週間泊まるよりはずっとアパートを借りた方が安いまであるので、鬼柳は平然と借りてくれた。
「キッチンが嘘みたいに狭いけど、平気?」
最初に部屋を見た時に透耶がそう言うと、鬼柳は平然と言う。
「広さは関係ない」
そういうので借りたけど、大体炒め物とかはしないフランスの台所なので精々買ってきた物を混ぜたりするくらいである。
なので大体はフランスにあるアジア食品店に寄って調味料を手に入れて、しっかりと囲いをつけて油が飛び散らないような料理をしているようだった。
その小さな台所を鬼柳は器用に使いこなして不便は感じても慣れたように使っている。
透耶はその小さな部屋がとても気に入っていて、窓から見える景色をとても楽しそうに眺めているくらいである。
写真も沢山撮って、昼間は美術館で鑑賞して、カフェで昼食を食べ、夕食も外で食べてから家に戻る。
そんな生活をしていたら、日本の騒動など忘れてしまえた。
隣に住んでいるらしい、フランス人の可愛い夫婦たちとも知り合いになって、毎日挨拶をしている。
鬼柳が作った漬物を分けてやったら、とても気に入ってくれて、それからよく美味しいモノを交換している間柄である。
透耶はフランス語はできないが英語で代用ができるので、隣の夫婦は第二言語が英語だったので会話は可能である。
結局、その夫婦に日本のカレーが食べたいと言われて鬼柳が作ると、その更に隣の学生と独身男性が加わって、カレーをその階に住んでいる全員に食べさせるという変なことになってしまったけれど、それはそれで楽しかった。
「カレー、素晴らしい」
独身男性は日本文化に少し浸っているらしく、漫画とアニメが大好きでカレーライスに興味があったため、食べて感動しただとか言っていた。
学生はそれで日本のアニメに興味を持って見始めて、とうとうドラマも見始めたらしい。
「そういえば、最近見始めたミステリドラマが面白くて、あれの原作が透耶っていうんだけど、一緒だよね?」
と学生に突っ込まれて透耶はちょっとフリーズしてしまった。
「そうだね、珍しい名前じゃないからね」
そう言うと学生はそれで納得してくれたので、原作者の顔写真まではまだ調べていないようである。
「危ない、気付かれないままでいたい」
透耶がそう言うので鬼柳はちょっと笑ってしまう。
「そうそう原作者までは調べないだろう。ドラマだから監督か脚本家くらいは調べるだろうけれど」
「そうだといい、そのままでいい」
そう透耶はやはりちょっと今の状況が嬉しくはないようである。
透耶としてはそのまま受け入れられるのは嬉しいし、沢山読んで貰って見て貰うのも嬉しい。けれどそこで透耶自身に興味を持たれるのは好きではない。
それは鬼柳が常に思っていることと同じで自分に興味を持たれるのは苦手なのだ。
だから二人は似た者同士と言われる。
透耶は美術館に通っては、一作品、一作品しっかりと眺めて長い時間かけて作品を見て回っている。
この美術館は一週間かけても回りきれないモノが置いてあって、透耶くらい時間を掛けると一ヶ月くらいは優にかかってしまう計算である。
それでもそれくらいいるつもりで見て回っているので鬼柳は透耶に付き添って、このゆっくりとした観覧には苦笑するしかなかった。
しかし中には写真を撮ってもかまわないエリアがあり、そこで鬼柳は写真を撮った。
透耶と絵画なんて絵になるもので、周りに人がいない時間なんかは有り難いくらいだ。
結局透耶は半月、毎日美術館に通った。
他は前に来た時に回って観光もしたので、今回は美術館周りで終わってしまうけれど、それはそれで楽しかった。
余りにも半月毎日通っていたので、美術館の受付と警備の人とは知り合いになったくらいである。
それからもう一つ別の美術館に移り、有名な絵画を見て回った。
そこも一週間ほど時間をかけて見て回った。
一作品ずつゆっくり見ていると、日本人観光客が急ぎ足で観光をしているのに出くわした。
有名作品だけを見て回れば二時間か、三時間程度で回れるので急ぎ足だとツアー客なのだろう。
透耶はそういう人に見つからないように離れてみて、近付けるようになったら近付いてじっくりと見ていった。
意外に地元の学生たちも多いみたいで軽装の人達を見掛ける。
そんな中で透耶は一つ一つしっかりと見る。
「凄いね、実際はとてつもなく大きい作品だったり、思ったよりも小さい作品だったりで、実物で見るとびっくりするね」
透耶はそう言って、その絵画をじっくりと見る。
透耶には絵の才能はないけれど、写真という才能も持つ天才がいるので、その参考になればいいなという気分でも見ていた。
「何年経っても綺麗に残っているのは凄い技術だね。ずっとこの先も残っていくんだろうな」
そう言って大事にされている絵を見て呟いた。
透耶にはこういうふうに大事にされるものが残せるかは分からないけれど、それに近いものは残せるかもしれなかった。
「こういう作品はかなり残るんだろうけど、その合間にある俺たちの時代の作品がどう残るかは分からないな」
鬼柳がそう言う。
「実際、美術館が閉鎖になったら有名作品しか引き取られないし、そうでない作品は何処へ行くのかも分からないだろう?」
ちょっと前の有名作品の原画が残ってなかったり、漫画だって有名作品でも作者が死んだら原画か何処へいったのか分からなくなったりする。
「そうだね、残るか残らないかはこんなふうに誰かが保存してくれるかどうかに掛かっているよね」
そういうモノとして残るかどうかは分からないけれど、話題になればそれなりには残りそうではある。
「それでも人の記憶に、あれ面白かったなと残るのが嬉しいな」
透耶はそう言って笑っている。
そういう作品を求めてきたつもりであるけれど、後世に残るかは人の思い出次第でもある。
幸運で残ってきた作品を見つめて、透耶は何を思っているのかは鬼柳には分からなかった。
透耶は長く、見られる美術館の作品をじっくりと時間を掛けてみては感慨深いモノを感じているようであった。
その中に透耶にとって創作意欲を掻き立てられるものがあるのか、夜は透耶もよくタブレットに向かっていた。
少し寒いフランスの街並みを歩いて帰って、毎日同じような日々を過ごしても透耶には心の変化があるのか、同じ日々ではなかった。
それを知れるのは透耶の日記である。
鬼柳が透耶がシャワーに入っている間に読んでみると、透耶は様々なことを考えている。
作品の感想はもちろんだけれど、それに伴う人間観察も面白い。
「隣のおじさんはずっと何か話していたようだけれど、俺には何を言っているのか理解はできなかった。だってフランス語は分からないし。それでもずっと熱心に作品を語っているような言葉はフランス語だからか何か歌っているように聞こえたのはちょっと面白かった」
と、フランスの美術館で見た人の感想である。
普通はしない観察でちょっと面白いというか、そんな変な人間がいたのかよと鬼柳はちょっとギョッとする。
確かに沢山の観覧者がいる場所では、そういう手合いもいるわけだけれど、透耶も別に困っていないので気付かなかったことである。
「おばさんは何故か花を売ろうとしてきていたけど、そのまま作品に見とれていたらさすがに邪魔はしてこなかった。きっとそこまで見惚れているなら邪魔をしてはいけないと思ったのだろうな」
暢気に言っているが、観光客相手のぼったくり花売りである。
美術館の中でやっているとなると相当厄介な部類である。
よく引っかからないでいられるものであるが、透耶が余りに作品に没頭しているので呆れた可能性がある。
もちろん鬼柳が後ろでしっかりと見張っているのが見えて諦めたのもあるだろう。
それにしても変な人間は何処にでもいるものである。
透耶はその変な人間に関わり合いになることが多いのが問題である。
そうしているとシャワー室のドアが開いて透耶が風呂から出てきた。
「はあ、部屋の中、暖かい~」
透耶はそう言って出てきた。
タオルで慌てて滴を拭いて、それから裸で風呂から出てきて側にある服を慌てて着る。
脱衣所はないのでこうなってしまうけれど、これはこれで狭いからこそ面白いところである。
透耶はサッと服を着たので、鬼柳はすぐにドライヤーを出して透耶の髪を乾かした。
髪拭きタオルを肩に掛けて、大人しく座っている。
サッと五分くらい乾かして、サラッとした髪になって鬼柳はしっかりと確かめる。
「濡れているところはないな?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
そう透耶が言うと、鬼柳はドライヤーを片付けた。
それから鬼柳が風呂に入って、透耶はタブレットで何かやり始めた。
サッと鬼柳がシャワーを浴びて出てくると、透耶はチラッと鬼柳を見る。
その目がとても熱っぽくって鬼柳はちょっと笑ってしまった。
「ちょっと待てな、透耶」
そう言うと鬼柳はタオルで頭をゴシゴシと拭いてから下服だけ着て透耶をベッドに誘った。
部屋の温度はちょうどいいくらいに暖かくなっていたので、二人はそのまま静かにセックスをした。
「ああぁ……っ、あっ……あぁ――……」
大きな声を出すと隣に響いてしまうので声を殺して抱き合うことになるが、それはそれでスリルがあるから、何故か二人は盛り上がってしまう。
「あぁ……あ……はあぁ……あっ……」
「透耶……可愛い」
「んん……っ、あ……ああぁ――……っ!!」
「ちょっと声が大きいな、透耶」
そう鬼柳が言うと透耶の口を唇で塞いできた。
「ふぅっ……んっ、んん! んうっ……、んっふぅ……」
キスをしたまま深いところを突き上げられて透耶はそれで感じていく。
鬼柳も腰を強く振って透耶の中をしっかりと堪能する。
でも風呂に入った後だったのでコンドームを付けているからいつも通りとはいかない。
「ん……っ、んふっ……ふ、ぅん……っ、んぅ……っ、んんっ……」
そうして絡み合っていると透耶はそれで絶頂をしていた。
「んんーっんっんっんっぅんっ!」
キスしたまま絶頂させられて、透耶はそれだけで鬼柳の手の中に射精をしていた。
「はあ……ああ……んっ」
「よしよし、透耶よく我慢できた」
気持ち良くなっていると鬼柳がコンドームを外している。
しっかりと出しているのを確認して透耶はちょっと嬉しくなる。
さすがに何回もできないけれど、透耶の気持ちは少しは収まったようで、透耶も後片付けをして鬼柳と一緒に布団に入った。
「透耶、おやすみ」
「うん、恭もおやすみ」
そう言い合って抱き合って眠る。
明日も変わらない美術館巡りであるが、それでもこれは二人の日常である。
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