透耶の原作小説のドラマは好評のうちに全十二話で終わった。
原作本では各五話くらい入っていたので、半分くらいは削らないといけなかったらしいが、蛇足の話もあったのでそこを省けば一つのストーリーになるため、そこに気付いていた五十嵐によって綺麗に脚本されていた。
その終わり方も途中も綺麗な脚本にファンすら満足するくらいの出来になっていた。
「さすが五十嵐伸哉だ……、榎木津透耶の作品のことは分かっている」
そう言われるくらいに傑作に仕上げてくれたので評判はとてもいい。
そしてその脚本が良かったからか、海外向けに配信されているドラマとしても異例の配信が決まって人気も高まっている。
原作本もいつの間にか翻訳家が一気に作品を翻訳していて、気付いたらいつも通りにエドワードの出版社から発行されることになっている。
異例の速さの訳は、いつの間にか海外配信がされることが決まっていたからである。
「裏で工作するの早いよね。俺が関わってないから横やりも入らないし、恭も何も言わないしね」
透耶はそう言って呆れている。
エドワードは透耶と鬼柳のことに関しては一任されていると勘違いしているように、何でも口出しをしてくる。
そしてお互いに振り回されて結局、勝手にしてくれとなってしまうため、なるべく彼の耳には入れたくないのである。
しかし透耶は透耶で自分が関わっていない鬼柳のことに関してはエドワードの味方をすることが多く、鬼柳も自分が関わっていない透耶のことなら、エドワードのいいなりになることもあり、お互いにも油断ならない状態である。
その中で今回はどっちも関わっていないにもかかわらず、エドワードの動きが速く、透耶はちょっと怪しんでいる。
それは鬼柳が情報を流しているのではないかということである。
基本的に、鬼柳は透耶の実力が認められるならば、魂を悪魔に売ってもいいと思っているくらいに透耶のファンでもある。
そのため、本を売るために何かしたのではないかと思ってしまうのである。
まだ新しい本については仕方ない。ドラマが先に出てしまって原作本を催促されたのかもしれない。
しかし問題は学園シリーズの方である。
これまで二年間放置していた学園シリーズの映画化に伴い原作になった本が翻訳されて、すぐに発売するの早すぎるのである。
たった二年で十冊を翻訳して出版できるわけもないのである。
それがしてしまったから、透耶はひっそりと鬼柳が協力したのではと思ってしまったのである。
「本当にしてない?」
透耶がそう鬼柳に聞くと、鬼柳は真顔で言うのである。
「今回はしてない。つか、あいつに連絡取ってないし」
というのである。
ここ最近、エドワードは仕事が忙しく、珍しく半年も連絡がない状態である。
家庭も忙しいだろうし、仕事も本格的に父親から引き継いだものが増えたらしいのだ。
だから二人の休暇に突如現れたりもしなくなったのだけれど、二人の行動は何故か把握している始末である。
「何かあったのか?」
「それがね、いつの間にか俺の本が翻訳されていて販売もされていて、映画化も決まったんだって」
透耶がそう言うと鬼柳がそれに首を傾げている。
「それって、透耶が許可してないのにってこと?」
「というか、出版社が製造の許可とか持っているから出版社は通したんだと思うんだけどさ……でも早すぎる」
透耶がそう言って紙に書いて見せる。
「俺のシリーズモノは二年前に終わっているけれど、脚本されて映画化されたのは一ヶ月前、公開も一ヶ月目で、二作目もクランクインしてる。問題はここから。アメリカで翻訳された本が出るタイミングというのがあるんだけど、映画化してから二ヶ月で翻訳して販売にこじつけることってできると思う?」
そう透耶が聞くと、鬼柳は首を横に振った。
「難しいな。最初からそういう話があって水面下で進んでいたと言われたら納得する感じか」
「水面下……ってことは最初からそのつもりだったってこと?」
透耶がそう鬼柳に言うと頷いた。
「あいつらが頓挫する計画にはしないにしても、ここまで伸びたってことは難解だったってことじゃないのか。それが今回、吉野だっけ? そいつが映像化に成功したとなれば、吉野ってやつに連絡入って一気にことが進んだってことじゃないか?」
「ああ……解決策が見つかったみたいな?」
「そう、それで作業が一気にというか、本を見てみたか?」
「見てない」
そう透耶が自信満々に言うと、鬼柳は笑う。
「家には届いてそうだな。その本は」
「多分そうだけど、何処かで売ってるかな」
透耶はそう言うと、鬼柳を伴って本屋を探した。とはいえ、日本の翻訳された本が田舎の雑貨屋に売っているとは思わず、少し大きな都市へと出ることになった。
透耶は二ヶ月くらいカナダのあの辺鄙な別荘に籠もっている。
鬼柳の父親の持っている別荘で、気軽にいつでも使えるようにと鬼柳は父親から鍵を預かっている。
彼らは使うことはないというので、ほぼ鬼柳に譲られたも同然の別荘であるが、透耶が建物も景色も気に入っているので年に一回、少し雪が降る時期にやってくることにしている。
それは雪景色がとても綺麗で、透耶は寒くても平気でそこにいたがる。
誰もいない景色が気に入っていて、誰にも邪魔をされないのも気に入っている。
そんなところから都市部には泊まりで行くしかなくて、久々の街のモールで目的のモノなどを買い込んだ。
幸いモールでは大きな本屋が入っていたので透耶の本も少し目立つところで宣伝されて積まれていた。
それをシリーズ分十冊持ってレジに行くと凄く驚かれたのだけど、本屋の主人に言われたのである。
「これは人気なのかい? 見栄え良く売ってくれと頼まれているからそうしているけど、若い人が買っていくんだよね。とはいっても一気に十冊全部買ったのは、君が初めてだけど」
というわけで、意外に売れているみたい。
でもアメリカの翻訳本はちょっと単価が高いので、一気に買う人はあまりいないのだろう。
「さあ、僕も頼まれたものだから、分からないや」
透耶はそう言ってプレゼント用だからというと、店の人は納得してくれた。
透耶がそれを全部買っていくと、周りの若い人が透耶の本を見付けて、手に取ってくれている。
それを見て透耶はちょっと嬉しいけど、複雑そうな顔をして店を出た。
それから鬼柳の買い物に付き合って、食品を沢山買い込んでから車で別荘まで戻る。
一泊途中でして、その夜に透耶は翻訳された本を少し読んでみることにした。
先に鬼柳が一巻を読み始め、透耶が風呂に入って暖まっている間に鬼柳は速読で一巻を読んでしまう。
鬼柳は昔から英語ならば速読ができるので一気に本を読んでしまう。日本語だと通常の一般人と変わらない速度になるけれど、英語と他のネイティブな言語なら速読に近いことができる。
勉強にかまけてるわけでもなく優秀なのに遊んでいただけのことはあり、飛び級を使うくらいだからそういうのができると楽だったのだろう。
そんな鬼柳が一巻を読み終えた感想を言った。
「日本語で読んだ時とあまり印象は変わらないが、ちょっとアレンジしてるのか、あれだ、脚本を読んだ時の方が合っている気がする」
そう言って鬼柳は本の最後のページを開いて見せた。
そこには翻訳家の一人に協力したという人物の名前が記されている。
それが吉野健史と書いてあるのである。
「ああ、吉野監督、やっぱり英語がネイティブなんだ」
「らしいな。言い回しがない言葉がこっちの分かりやすい言葉に変わっている。なのに、物語として違和感がない形になっている。日本語と英語が完璧にできるやつにしかできない芸当だ」
そう言って鬼柳が褒めたのでよほどネイティブなのだろう。
「そうか……盲点だった……」
そう言って透耶が吉野健史を調べると、彼は元々日本人ではあるが、三歳でアメリカに渡り、アメリカの大学まで卒業した後に日本に戻り、そこで映画を取り始め、カルト的な人気になっているのである。
「道理で日本人感覚では生まれないことをやる人だなとは思ってたけど、経歴は見てなかったなあ」
ちょうど育ったのはアメリカでも日本で映画を撮り始めてちょうどアメリカと日本に住んだ時間が半々の状態である。
そりゃ英語を使ったモノは得意であろう。
「……もしかしてハリウッドで映画化って、吉野監督がするんじゃないの?」
透耶がそう言うと鬼柳は頷いた。
「なるほど、それなら監督の意志はしっかりとニュアンスも全部俳優には伝わるな」
「そこを見逃すわけないよね」
「エドとジョージだろ? 見逃すようなやつらに見えるか?」
「見えないから万が一はないかなと思っただけ」
透耶はそう言ってちょっと困っている。
これではアメリカにいるのもなかなか厳しくなってくるので来年からアメリカは旅行地には選べなくなるだろう。
顔写真はもちろん出回るし、やっと色シリーズの本も落ち着いた売行きで顔で見つかることもなくなってきたというのにと透耶は思う。
「そうだな、今度はもっと誰もいない南の島にでも行くか」
鬼柳がそう言ったので透耶は頷いた。
「いいね、今度は何処辺り?」
「地中海もいいと思うが、小さい島を貸し切ってバカンスをする方法もある」
そう言われて透耶はパッと顔を明るくした。
「いいね、それ。次はそこにしようよ」
透耶はそう言って今度は鬼柳のお薦めに従うことにした。
ここの雪の中の別荘は透耶が行きたいと思って行っている場所なので、今度は鬼柳のお薦めならそれはそれで楽しいだろうと透耶は気持ちを切り替えて、買ってきた本を読むことにした。
別荘まで戻って一週間くらいは二人で本を読むという休暇らしい休暇をソファやラグに座って暖炉の前で過ごした。
その結果、透耶は気付いた。
「うん、これ、吉野監督が監督するわ絶対」
透耶はそういう結論に至った。
もう内容はそれに合わせて書いたと言っても過言ではなく、最初の翻訳でいいところはそのまま使い、言い回しがおかしいところは吉野監督が直しているのである。
「監督、映画撮ってるのに、翻訳全部読んで直しまでやってるの凄いんですけど……」
たった二ヶ月でそれをやり遂げてしまった吉野監督である。
「マズいのが向こうの味方に付いたな」
「もう、俺、アメリカには映画公開時期にはいかないことにする」
透耶がそう言うと鬼柳はちょっと笑ってから言った。
「そうだ。地中海の島、レンタルできたから、来年正月終わりから行けるよ」
そう鬼柳が言うので透耶はパッと顔を明るくした。
「本当?」
「ああ、島には一軒の普通の家があって、そこを貸切りにして、島も日用品を運ぶ船しかこない仕様だ。使用人も雇うことはできるけれど、俺たちは荷だけあれば、あとは警備が回ってきてくれるだけでいいよな?」
「うん、ってことは二人っきりってわけにはいかないってこと?」
「そうなるな」
鬼柳がそう言った。ボディガードが付くことは仕方ないだろう。
それで透耶は自分の本のことは忘れて、考えるのは辞めた。
すぐに地中海の真っ白な建物を見たくなって、ちょっと気分は既に南国である。
それでもあと半月はこの別荘で過ごすことになるが、透耶はその間に溜め込んでいる小説を書いていくことにした。
ちなみに透耶が買った自分の本は、少し離れた別荘に来ていた家族連れに譲った。
日本に持って帰るには重いし、日本にはエドワードから本が届いていると宝田から確認を取ったので、持っていくのも置いておくのもどうかという判断をして譲った。
「これ、人気のやつじゃん、すげー」
と言われてしまい、透耶が話を聞くと、学校でこの本が流行っているらしいのだ。
でも最初の巻を買うとお小遣いがなくなってしまうので、全巻を揃えるのは至難の業で、誕生日かクリスマスにしか貰えないものになっているらしい。
幸い、その家族のクリスマスプレゼントとは被っていなかったので透耶が快く譲ったけれど、そっちの家族には元の原作を書いた榎木津透耶であることはバレた。
「子供には言いませんので、写真いいですか?」
こっそりと記念写真を撮ろうとしている父親と少し興奮している母親とに頼まれたら透耶も断ることはできなかった。
「ネットで拡散をしないのであれば……構いませんけど……」
そうして透耶が映っているからという理由で、鬼柳が撮影をしてくれた。
というわけで、本を送ったというだけの関係で写真を撮り、実はその作者の本であるということは長く彼らが印刷した写真の裏に書かれるに止まる。
それは長く見つかることのないまま、発見される時には透耶の名前もそれなりに有名になっている頃になるのである。
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