Switch 外伝12-01

The usual 4

 榎木津透耶の短編集が発売されたのは、透耶が日本をまた飛び出してアメリカに渡った後のことであった。
 新しく担当になった入江からは、短編集の売り上げがかなり好調であることが報告された。
 というのも、発売二週間ほどで連続ドラマが始まって短編集が原作であることが知られたからである。
 ドラマの一回目は好調で、最近はインターネットで無料のアーカイブが一週間くらい見られるという環境にあるため、そのお陰か評判を聞いた人がアーカイブで見てくれているようで、その結果、次の視聴日には視聴率も昨今のドラマでは見ないくらいに良かったらしい。
 さらにはタイアップで付けられた曲が榎木津光琉が作った曲で、また作品によく合っているようで、歌っている間宮悠希は色シリーズでも主題歌を歌ってくれた人である。
 そして光琉の曲を編曲したのが、高森成顕(なるあき)で、この人も色シリーズの音楽を担当している音楽家である。
 そのタッグはとても強く、早速無料で聞けるように動画サイトに音楽がテレビ放送枠で公開されるとその日のうちに百万再生を達成したそうだ。
 それくらいに合っている音楽でありながら、歌だけでもいい曲らしい。
 透耶はそれをアメリカのカナダに近い別荘地で聞き、本人はあずかり知らないように暢気に感想を言っているのである。
「何だか凄く大げさになってるねえ」
 今回透耶は制作自体には関わっていない。
 許可だけ出して好きにしていいと言ってあるので、今回は原作原案くらいの気持ちでいるのだが、それにしたって入江が興奮して電話をしてくるくらいには原作が売れているらしく、昨今の配信がメインになっている時代に現物の本が売れるのは希有なことらしい。
 その中で透耶はその週の売り上げで既に十万冊は売っている計算でこれくらい売れると大ヒットしていることになる。
 小説の原作本がここまで売れるのはかなりなことらしく、まだこれが初週の反応であるから、ドラマが面白ければ面白いだけ原作も売れるという現象が加速すると言われている。
 さらには透耶の前作である色シリーズが配信で始まり、さらには再放送などであちこちの地方でも透耶の色シリーズなどが売れている。
 それに伴って別のシリーズの映画化が決まったようだった。
 こっちのシリーズに関してはずっとファンから実写映画化するようにと嘆願が出されていたみたいで、熱狂的なファンによる投書がかなり続いていたらしい。
 とはいえ、作ってくれる人やスポンサーが付かないことには話は進まないわけで、透耶がどうこうの話ではなかった。
 しかしこれに関しては梶監督が友人の監督に作るように説得していたという。
 梶監督も撮りたいことには撮りたいけれど、得意分野というものがあり、それは友人の監督である吉野健史監督に脚本からやってみろと頼んでいたらしい。
 その話が本格化してきた上に、ドラマ化でまた榎木津透耶の作品が見直され始めたことを受けて、吉野監督のスポンサーが決まったのだそうだ。
『それで、やっと制作発表がされることになりましたけど、原作脚本は読んでいただけました?』
 それは二週間前にそういう話があるということで入江が透耶に送ってくれた脚本で、吉野監督の脚本である。
 それは透耶は読まないで制作のオッケーを出してしまったので入江は心配していたけれど、透耶は言うのである。
「え、読んでないよ。だって制作されたの映画館で見るの楽しみにしているんだから」
 と透耶にしてはのんびりと一般人のように答えたのである。
『ええー……』
「あ、でも恭は読んだって。面白かったよって言ってたから期待してる」
 透耶はそう言って自分はできあがったものを見ると言い張るのである。
『色シリーズの時は脚本まで色々、意見を出していたと聞いていたので……もっとこう厳しくいく方なのかと思ってましたけど』
 入江がそう言うので透耶はちょっと笑ってしまう。
「あれは監督さんも脚本の五十嵐さんにも意見を出してくれとお願いされたから出していただけで……今回はお願いしますって言ったらそれっきりだから、ちゃんとイメージできていたんじゃないかなって。それに吉野監督はそう簡単には原作ありのモノを扱ってくれないんだよ? それが読んでくれて引き受けてくれたんだから文句言うわけないじゃん」
 透耶はそう言う。
 吉野監督は独自の脚本でかなり変わった作品を撮る監督である。
 その世界観は透耶の別のシリーズである、学園シリーズには合っていた。
 不可思議な現象を解決していくけれど、コメディっぽくなっているのもあって真面目に謎解きしながらも突飛なことになる話なので、実際真面目なミステリだった色シリーズとは異色なもので、実はファン層が離れている。
 色シリーズは一般受けも良かったけれど、学園シリーズはマニア受けしかしない話である。
 そこを吉野監督が弄るとなると、更に面白可笑しく奇々怪々になる予想しかできず、透耶には楽しみという以外の言葉は浮かばないわけだ。
『そうなんですね……意外ですね』
「まあ、解釈は違うことになるかもしれないけど、それはそれで俺は面白いと思うからいいんだよ」
 もし解釈が違っていたらそれは透耶の書き方が悪くて伝わらないということなので、透耶はそれについて文句は言えないわけだ。
「取りあえず、三作目までの目処はつけてくれたんだから楽しみにしているよ」
 透耶はそう言った。
 今回の吉野監督の映画は三部作になっている。
 一本では足りないと三部作を元に作ったけれど、なかなかスポンサーが付かなくて苦労したらしい。
 それでも役者が自ら出たいと言ってオーディションを受けているというのが話題になっていて、配役が決まった時にはかなりの大御所まで出てくることになっていて、スポンサーが一気に付いたようである。
 それによって三部作であること、その制作は既に始まっていることから、海外の大きなスポンサーが付いて完成に至ったそうである。
 一作目が完成して、二作目の制作がすぐに始まっている。なのでよほどのことがない限り、三部作が作られなくてお蔵入りになることはなくなった。
『海外からのスポンサーって凄いですね……一体何処から嗅ぎつけたのでしょうか?』
 そう入江が言うけれど、透耶はそれには一瞬真顔になってから感情のこもっていない返答をする。
「さあ、何処だろうね? 僕は分かんないや」
 その返答に入江は首を傾げたけれど、透耶はちょっとそれについて話したくない気分だった。
 というのも、いつもの横やりである。
 エドワード・ランカスターとジョージ・ハーグリーヴスの二人である。
 透耶が関わっていなければ関わってこないはずの二人は、たまたま透耶の英訳した本で色シリーズが完結して、次のシリーズの前に短編集が発行されたことで会う機会があったという。
 そしてそこで透耶のもう一つのシリーズについての翻訳者を選ぼうとしたらしいんだけど、そこで吉野監督が脚本をして映画を作ることを知ったらしい。
 まあそこからの二人の行動は早かった。
 吉野監督に直接会いに行って強引に混乱している吉野監督からスポンサー枠を貰って多額の援助を申し出たそうだ。
 それによって三部作は完全に作れることになったのである。
 透耶としては過剰に持ち上げたりせずに実力で吉野監督が何処までやるのか見たかったのに、二人が関わったら何をされるのか分からず、このまま吉野監督の作風が変わらないかということの方が気に掛かるところだ。
 低予算で作れるはずなのに、過剰な予算で訳の分からないことになることはよくあるので、その良さが消えるのはちょっとと透耶はそこを邪魔したとお冠である。
『でもそのお陰で思ったよりも宣伝ができるとか動画を一部流すとか、主題歌に良い人を呼べたとか聞いたので、作風が変わることはないと思いますけど……』
「ああ、また光琉が押しかけしたんだってね。あの子は本当にどうしようもないな」
 透耶はこのことにもちょっとお冠である。
 でもそれを受けて吉野監督がよしとしたなら、透耶が何も言える訳もなく、仕方なく黙っている。
 飽くまでも透耶は吉野監督のオリジナルなところとこれまでの作風に期待をしているので、そこが壊れるのは困ると思っている。
 そんな透耶が眉間にしわが入った状態でいると、通りすがりの鬼柳が透耶の眉間の皺に手を添えた。
「透耶、可愛い顔が台無しだ。入江も怖がっているだろう」
 そう言われて透耶は眉間を触って皺が入っていたかと確認する。
『あ、おはようございます、鬼柳さん』
 入江は鬼柳が通りかかったことで挨拶をしてきたけれど、鬼柳はカメラを覗かずに言った。
「こっちは夕方だ」
『あ、そうですね』
「透耶の機嫌が悪いのはこっちの事情だ、気にするな」
『はい、分かりました!』
 透耶の担当編集になった入江は、あの食事を作って貰った日からずっと鬼柳を慕っている。
 兄貴というような感覚らしくて、とても鬼柳の言葉に忠実だ。
 それもそのはずで、鬼柳が透耶の担当に選んだのだと手塚に聞いたのである。
 その結果、捕まった小林が無理矢理奪っていった元担当していた作家が入江のところに連絡をくれて、作家として戻ってきてくれたのである。
 それは入江と一緒に進めていたずっと暖めてきた作品を完成させたので読んでほしいという話だった。
 こうなれたのは鬼柳が小林の悪事を暴いてくれて、現行犯で逮捕してくれたからである。
 入江の人生はこれによってかなり変わったのである。
 それまで入江を弄っていた意地悪な編集長から編集が見事にいなくなり、手塚という理解者が編集長になって編成をし直してくれて、入江が担当していた新人作家が二人も担当に戻れたのである。
 そしてその二人はやはり入江を待っていて、作品を隠してくれていた。
 それを持ってやってきてくれて、それを出版できたのである。
 その本は透耶の本の次に売れている小説となり、入江の担当している小説はトップテンに見事全部入っているのである。
 その切っ掛けになった鬼柳の采配について入江は事実を知ってから、余計に鬼柳の言うことは絶対だと思っている。
 透耶よりもずっと透耶の作品について鬼柳と語っているくらいで、透耶は呆れているくらいである。
『それじゃ、次に何かまたありましたら連絡致します!』
「ああ、ご苦労。またな」
 そう言うと鬼柳は勝手に通信を終えてしまう。
「あ、もう、本当に入江さんは恭の言うことは絶対なんだよな」
 透耶がそう言うと鬼柳はニヤッと笑って言う。
「嫉妬か透耶」
「うーん、そうかもね」
 透耶はそう言って笑うと鬼柳の頬にキスをした。
 それには鬼柳もちょっと驚いていたけれど、透耶の耳に向かって言った。
「……透耶、まだ通信、繋がっているけど?」
 そう言われて透耶が画面を慌ててみると、確かに切ろうとして切れてないまま繋がっていて、その向こう側で入江が横向いていて真っ赤な顔をしている。
『み、見ておりません!』
 そう言うんだけど、絶対見てただろうし、聞いていたわけで、それは透耶にとってはとても恥ずかしいことである。
「あああ、もう忘れてぇぇ~~~~」
 そう言うと同時に透耶は自分で通信を切った。
 アプリを落としてから透耶はジッと鬼柳を睨むと鬼柳は言った。
「タッチパネルじゃないの忘れてた」
 というのである。
 透耶のパソコンだとタッチ画面になっていない作業なので、それでタブレットになれている鬼柳はいつも通りにやろうとしてしくじったというわけである。
「恥ずかしいぃいから」
 テーブルに伏せて一人悶えている透耶である。
 それを鬼柳は起き上がらせて、真っ赤な顔の透耶にキスをした。
「透耶、可愛いよ」
「そういうのはいいから……」
 ニンマリと笑っている愛しい男に透耶はちょっと剥れて怒る。
 でも鬼柳は透耶を抱えてソファに移動して、透耶を膝に乗せると甘い言葉を囁く。
「透耶、愛しているよ」
 その言葉は透耶は幾万と聞いてきた言葉である。
 でもそれは聞くたびに新しい言葉のように聞こえてきて、透耶の心を溶かしていく。
「俺だって、愛しているよ、恭っ」
 ムキになってその愛に応えようとする透耶に鬼柳は最愛の者に向ける最高の笑顔を見せる。
 それは透耶ですら真っ赤になるくらいに優しい笑顔である。
 この人の愛に敵わないのかもしれないと降参するのはいつものこと。
 透耶はこの愛に包まれていないと生きていけない、金魚鉢の金魚なのである。

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