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外伝11-3
Swallowtail Butterfly
ロアルシナム国のオアシスは、緑化が進められており、深い砂漠の反対側は農業ができるほどの緑を作っている。
まだ実験段階の試作農地であるが、日本などの企業が参加しての計画を実施している。「ここが緑になったら、また水が集まり、人も戻れる」
ヤン・ルス国王はそう言っていた。
どうやらオアシスがあった辺りは昔は緑があった場所で、昨今の砂漠化が酷く進んでいる箇所でもあった。だから昔の歴史書から読み解いての緑化計画は、活発に進んでいる。
そんな緑が溢れたお陰で水が戻り、砂漠には水脈が戻り始めている。
水が湧かなかった井戸に水が戻ったり、昔は水があった場所に緑が戻ったりと、それなりに効果は出ている。
そんな場所で鬼柳が見せたいというものがあるというので、透耶は楽しみに出かける準備をしていた。
ところがだ。
透耶を尋ねてきた女性がいるとフロントから告げられたのは、ホテルに泊まってから四日後のことだった。
「俺に会いに? 誰が?」
この国に透耶の知り合いはいない。もちろん会いに来るような女性も居らず、透耶が首を傾げると、鬼柳が言った。
「ネイの寵姫、リニアとか言っている」
それを聞いて透耶は驚いた顔をする。
「お嫁さんいたんだ……うん、会うよ。何か会わないといけない気がする」
透耶が鬼柳にそう言うと、透耶は鬼柳にはもちろん居て欲しいし、兵士は周りを固めるのでその中でならいいと返答を鬼柳がした。
相手はそれでいいと言い、部屋に上がってきた。
ヒジャーブ姿の女性が透耶の前に現れる。視線のみしか相手の顔をは見えなかったけれど、透耶はすぐに察した。
この人は、怒っている。
そしてその怒りは、己の欲望のためではなく、人のためだった。
「お初にお目に掛かります。榎木津透耶です。どうぞお座りください」
そう透耶が言うと女性は緊張したように椅子に座り言った。
「私はネイ様の、妻のリニアと申します。私は、今日はあなたにネイ様のところに戻って欲しいとお願いに参りました」
そうリニアが言うので、透耶がさらに驚いた。
けれど返答は決まっている。
「戻るも戻らないもないです。私の居場所はそこではないから」
透耶がニコリとして言い返すと、リニアはそんなと顔を覆う。
「酷い……、ネイ様は、今回の騒動であなたを助けて、そして罰を受けている……国内軟禁……二度と国外には出られない! あの方は、ネイ様は、あんなに国に貢献をして、あんなに尽くしていたというのに!」
そうリニアが言うのだが、どうやらリニアは事情を把握はしていなかったようだった。
「その辺りの評価が、今回の罪と相殺して軟禁で済んでいるんです」
透耶がそう言うとリニアは顔を上げた。
その顔は泣きはらしたような目をしていて、どうやら本気で分かっていないことは読み取れた。
「どういうことですの?」
そこで透耶は今回の事件の真相を掻い摘まんで話した。
「あの人は、最終的に私の敵になった。そういうことです。だから私がそちらに便宜を図らないといけない理由がどこにも存在はしないのです」
透耶がそう告げると、リニアはショックを受ける。
どうやらネイが裏切ったことは知らなかったらしい。
「そんな……そんな。ネイ様はずっとあなたのことを、本当に愛してらして、私はずっと、あなたがネイ様と一緒に暮らすのがいいと思ってきましたのに……」
とても善人的な発言に透耶は困惑をする。
他人のために身を引いてでもネイの幸せを考える女性。ネイはそんな人と結婚をしていたという事実。それが透耶の困惑の理由ではなかった。
「どうして、あなたがその人を幸せにしないんですか?」
「え?」
透耶はどうして関係ない自分がネイと暮らすことで、この人が幸せになるのか理解ができなかった。
「あなたは、他人の幸せばかりで、自分の幸せを見ていない。見ると辛いからなのか分からないけれど、それではあなたが可哀想だ」
そう言われてリニアはびっくりしたように顔を上げる。
何を言われているのか理解できないというような態度なので透耶が言った。
「私は自分の幸せのために、ここにいます。それ以上でもそれ以下でもないです。他人のことなどどうでも良いくらいに、この人を愛しています」
透耶はそう言って隣に居る鬼柳の手を握った。
「この手を離すなんて考えたこともありません。だからあなたの願いは当然叶いません。だからこそ、そうなったときに、あなたがどうして今の彼を支えないのか、意味が分からない」
「……私は……」
「自分では無理だからしない。それは逃げている。せっかくその立場に選ばれたのに、今でも離れる気はないのに、側に居たいのに、どうして助けてあげないんですか?」
「私は……そんな偉いものでは……」
「あなた以外、今は彼の側にはいない。これからもっと人が離れていくかもしれない。そうなったときにあなたが支えなければならないのに、まさか逃げますか?」
透耶のキツい言葉にリニアがカッとなって立ち上がる。
「わ、私は! 逃げたりなど、ネイ様を置いて出ていくなど絶対にしません! 何があっても私はネイ様と一緒です!」
リニアは初めて人前で声を荒げた。
肩で息をして、必死に自分の意思を告げる。
それがこの国では女性には認められない強い気持ちであるのだが、リニアはちゃんとネイに対して強く深い気持ちを持っていた。
「一緒にいるだけでは意味はないです」
透耶がぴしゃりと告げるとリニアはさらに言った。
「私が愛します! たくさん愛します! 何があっても私はネイ様の味方です! ずっとずっと味方です!」
リニアはそう大声でいい、側に居た召使いのオアイニがリニアのそんな感情を見て、驚いたと同時に感動して泣いている。
「わ、私は……ネイ様を愛しています! ずっとずっとお慕い申し上げてました……だから、側に居られるだけで嬉しかった……本当は愛して欲しかった、私を……でも私は、ネイ様を愛し続けるために……強くならなきゃ……」
そう言うとリニアはふらりとしながら椅子に座った。
どうやら叫んだことがなかった人生だったようで、怒りを持った時の大声で息が続かなかったらしい。
「うん、そうだよね。あの人を好きだからこうやって尋ねてきたんだよね? 私に文句を言いたかったんだよね? でもそれ今言ったように的外れです」
透耶がそう言うと、さすがに今のリニアは理解できた。
透耶には恋人がいて、その人と一緒にいること以外は望んではいない。
ネイは完全に邪魔をしていただけで、ネイのことなど透耶は何にも思っていないことははっきりとした。
ならば、透耶にネイのことを頼むのは筋違いであり、そもそも透耶がそれをして上げる義理もない。
「私には本当に関係ないことなんです。最初から最後まで」
ネイのことに関して、透耶はちゃんと数年前に振っている。そこで話は終わっていたことなので、お願いも何も透耶がそれを叶えてやる義理すらないのだ。
「…………お恥ずかしい……私、本当に……」
リニアはやっと透耶の環境を鑑みることができて、ネイが完全に悪者である事件であったことを理解した。
そしてそんな事件を起こしたネイの境遇からして、国内軟禁程度の罰は軽いのだということを知る。最初こそは英雄的な行動だっただろうに、途中で気が変わってしまったことは、国際犯罪に手を貸したも同然だ。だからそこからの罪を世界に問われないのは、透耶がもみ消しに協力してくれているからである。
ネイの首が飛ばないのは、透耶のお陰でもあるのだ。
それに気付いて、リニアは恥ずかしそうにしていると、そこに一人の女性が召使いを連れて入ってきた。
「申し訳ありません、透耶様。ヤン・ルスの妻、ヴメリアでございます。リニア様はこちらで引き取らせて頂きます故、どうぞご容赦を願います」
やってきたのはヤン・ルス国王の寵姫、ヴメリアだ。彼女はジナーフとネイの姉にあたり、スフィルとは実際に血の繋がりがある兄姉だった。
「こちらこそ、虐めてしまい申し訳ございません。ですがおわかり頂けたようですので、お話は終わったようです、あとはご自由にお願いします」
透耶がそう言うと、ヴメリアは頷いてリニアを透耶の部屋から連れ出した。
リニアは恐縮しながら下がっていき、ヴメイアとリニアは透耶たちの部屋から出て行った。
やっと静かになって鬼柳が透耶に聞いた。
「なんか透耶、怒ってるよね?」
そう言われて透耶は鬼柳の手を撫でながら言う。
「なんで恭は、俺が怒ってるって思うの?」
「んー、言い方がちょっと回りくどい感じがした。あの女が分かってないのに首突っ込んできたのも腹が立つ感じだったけど、あいつの幸せのために身を引いて幸せを叶えてやるっていう、偽善的なことを言うわりには、こんなところまで来て私の方が凄いっていうのを言いたいだけみたいな、なんか何したかったんだっていう感じ? それにいらっとしたのかなーと」
透耶はそう鬼柳に言われて、割と外れてないことでニコリと笑う。
「そういう感じ、なんで俺があの人の恋心を励まさないといけないんだっていうね。本当何なのって思ってるよ」
「でもまあ、言いたいことは分かるよ、あいつに直接言いたいくらいに今回のことは腹が立っているってことだもんな」
「そういうことだけど、八つ当たりもある。あの人がもっとちゃんとしててくれたら、あの人はあんな行動までしなかったんじゃないかっていうね。愛情足りてませんってやつです」
リニアからの愛情がもっとネイに届いていたら、ネイも透耶にそこまで固執する気持ちは減っていたのではないかと透耶は思っている。
側にいる飾りの嫁よりは、実行力がある嫁の方が、心変わりだってするだろう。
まして透耶と離れている間に仮にとはいえ、結ばれた人たちならそれなりの未来はあったはずである。
けれどそれはもう透耶の関知するところではない。
これからあの二人、ネイとリニアがどうなるかは、もう透耶が知るところの話ではなくなる。きっと二度と耳には入らないそういう関係になったのだ。
「まあ、透耶の機嫌も悪くなってるし、ここは気分良くしてやろう」
鬼柳がそう言って透耶を立たせる。
「何?」
「ちょっと外でようか?」
鬼柳はそう言って透耶を連れて外へ出た。
すでに日は上がりきっているし、昼間にあまり外にいるのはよくないと言われていたが、日よけをしてから透耶は鬼柳に連れられて、少しだけ馬でオアシスを出た。
門を超えた先にある丘の向こう側は、透耶が行ったことがない方角であったが、その丘を越えた瞬間、一面に緑が目に入り、そしてピンク色の花が咲き乱れているのが見えた。
「え……砂漠に、花?」
透耶が惚けているのを鬼柳が馬から下ろし、二人でその花がよく見えるところに移動をする。少し暑いせいか人は居らず、透耶と鬼柳しかそこにはいなかった。
「スーパーブルームだな。時々、砂漠に咲くことがあるんだ。何十年に一回とか、気候の関係でそうそうできるものじゃないんだが、どういうわけか五日前から咲きそうなくらいに緑が広がった」
ちょうど鬼柳がオアシスに来た日に、緑が広がり始めてスーパーブルームと呼ばれる現象であることを知ったという。
鬼柳自体は何度か見たことがあるらしいのだが、本当を言うとすごく珍しい現象で、そうそうタイミング良く花が咲いている間に出会えるものではないのだという。
「……」
透耶はその花の咲き乱れる砂漠に圧倒された。
怒りなんてあっという間に吹き飛んでしまった。
自然というのは、そういうところがある。その景色は同じものはない。成長して、衰退して日々変化しているものは二度は同じことはない。だから透耶が見ている景色は二度と同じモノが見られる保証はない。
言葉を奪われてしまった透耶に鬼柳は暑くないように黒い布を掲げてやった。
透耶は十分ほど何も言わずに立っていたが、やっと我に返ったように言った。
「蝶だ……」
どこからともなくやってくる揚羽蝶。世界の何処にでもいるくらいに分布地は広いけれど、深い砂漠のオアシスまで蝶はやってきた。
それだけオアシスには緑が戻り、やがてこのスーパーブルームもいつもの光景へと変わっていくのかもしれない。
そんな透耶もさすがに三十分経った頃には鬼柳に引き上げさせられた。
「暑すぎるからもういい」
「えー、もうちょっと見たいけど」
「熱中症になるから駄目。水あるから飲んで、ほら」
鬼柳はそう言って透耶に水を飲ませ、ゆっくりと透耶を馬に乗せ、自分は歩いて馬を引きホテルがあるオアシスに戻った。
ホテルに戻るとスーパーブルームができたという噂があっという間に広がってしまい、人がどんどん丘に向かって歩いて行っていた。
「もう静かに見られないね」
透耶が残念そうに言うけれど、誰も居ない中で見られたのはかなり運が良かったのだと知って、それだけで満足することにした。
「最近はスーパーブルームも出やすいらしいから、何処かでまた見られるだろう」
鬼柳がそう言うので、透耶はちょっと先のことが楽しみになってきた。
「うん、また見られるといいね」
「そうだな」
二人はそう言って、騒がしく出ていく人々とは反対に、ホテルの部屋に戻ったのだった。
その途中で、ヴメリアがリニアを送ってくのに出会うも、透耶は向こうが会釈した程度に会釈で返して何も言わなかった。
もうさっきの話は終わった。これ以上何かの感情を彼女に向けることはない。
鬼柳が見せてくれた自然の大きさに触れて、透耶はリニアに何の感情も残すことはなかった。
透耶がそこに何も残さないことがリニアにとってもネイにとっても、将来的に一番いい方法である。
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