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外伝11-1
counter melody7
南から東に向かったトラックは、大きな街の端にまで移動した。
そこはどうやらこの国の第二王子が管轄している市場がある。そこからオアシスに向けた観光資源などを運んでおり、トラックに乗った男たちはそこで透耶を下ろし、今度はキャラバン隊の格好をさせてくる。
黒い衣装に身を包み、透耶は一緒に荷物を運んでいく。
軽い資源を主に運び、同じような背丈の少年たちと行動をした。
どうやらさっきの男の子供がいて、その子がその少年たちをまとめているらしい。
そこに混じって手伝いをして、透耶はキャラバン隊として街を出発した。
(わーわーすごい、ラクダに乗ってる!)
騒ぎたいのを必死で押さえ、はしゃがないように心を落ち着かせながら、普通にラクダに乗るのはかなり苦労をした。
幸い、ラクダには普通に乗れた。
というか、ラクダが親切だった。
かなり頭の良いラクダだったようで、透耶が初心者であることは分かってしまっていて、さらには主人の男がそう伝えたら、ゆっくりと行動をしてくれた。
馬にすら乗ったことはないので透耶は必死に体裁を保って慣れている風に乗る演技をする必要があった。
その辺は度胸で乗り越えて、誰にも見咎められずに砂漠に突入した。
街から大きく離れ、砂漠だけになってくると、雄大な一面の砂漠に透耶は圧倒された。
その素晴らしい光景を、できれば鬼柳恭一と一緒に見たかったとさえ思った。
けれど、その大変さは一人で誰も知らない人ばかりのキャラバン隊での仕事の難しさは感じられた。
もちろんキャラバン隊は透耶をお客として扱ってくれたが、透耶は進んで仕事を少年たちと手伝ったので、そのまま使ってくれた。
少年たちは学校などが休みの間だけは旅に同行しているといい、ほぼ身長も変わらない身体の大きさである子供に交ざっていると余計に見つかりにくい。それは何度か出会った急いでいる強行軍の部隊とすれ違ったが、怪しまれることはなく一回目のオアシスに辿り着き、荷物を下ろしてから近くの国境を目指した。
そこからは本当に危ない旅だったようで、子供の一部はオアシスで待つことになり、仕事の後を継ぐ子供だけが旅に同行することになった。
丸一日移動をしたところで国境近くまで来ると、キャラバン隊が止まる。
大きな岩陰になる地帯での休憩にしばらく待って見るも、どうやら先に進めないようだった。
「これ以上は偽装はできないな。あいつ本気過ぎる」
そう男が言うので渡された双眼鏡を覗くと、そこにはネイの姿がある。
どうやら西行きは分かっているので国境付近を張っていたらしい。この辺りが一番国境を越えやすいのはネイにだって分かる。
なにより砂漠を越えるのに、初心者の透耶を連れていてはそうそうキャラバン隊すら遭難するかもしれない奥深い砂漠は使わないと読まれたわけだ。
「ど、どうしましょう……これじゃ先には進めないですよね」
透耶がそう言うと、男はそうでもないと言う。
「まあ、ちょっと揉めるけれど、身内の恥ってことで仕方ない。変装解除して堂々と抜けるぞ」
男がそう言い出したとたん、キャラバン隊は一気に持っていた荷物をほどいて一気に衣装を変える。
「え? え? えええぇぇ~!?」
その様子はまさに絢爛豪華なキャラバン隊になっていた。
ネイは西の国境で透耶を抱えて逃げた人間が鬼柳恭一の手の者だと気付いた。
透耶があの部屋から連れ出されるのに一切誰の助けを求めないで出ることは絶対に無理で、一人で脱出したのはあり得ないことだと分かったからだ。
ただでさえ暗殺という追っ手が掛かっているのに、透耶が忍び込んだ手の者に簡単について出ていくのはないだろう。
大人しく出ていったことや、透耶をわざわざ連れ出している手練れとなれば、もう透耶を輸送するのに誰かが雇ったものの仕業である。
それに気付いた時には、すでに透耶は街を出てしまった後だったようだった。しかしネイは何処に行ったとしてもきっと透耶を抱えた人間は西の国境を越えると判断した。
そしてそれは砂漠が初心者であろう日本人の透耶を連れているなら、なだらかな砂漠を越えるはずである。
他の国境にももちろん手の者は送ったが、通った形跡もない。
だから必ずここを通るつもりであるのは確定的だ。
すぐにヘリでオアシスに移動をし、そこから国境までラクダを使った。
だがまだ透耶は発見されていない。
苛つきながらも連絡を待つも、どこの国境も越えるキャラバン隊はハズレだった。
東に抜けたとは思えない。海を越えるなら、確実に兄であるジナーフの網に掛かってしまう。
ネイは兄に呼び出されているが、透耶を追っていると言い、透耶はネイの手による逃亡ではなく、何者かによる連れ去りだという話は何故か通った。
それもそのはずで透耶の部屋は荒らされて、捕まっていた兵士はネイに倒された記憶がない。黒服の男にやられたとしか言っておらず、ネイはそれを利用して非常線を張った。
だから早々に透耶を連れた人間は国内で行き場がなくなっているはずだった。
丸一日を国境で過ごした後、その日の早朝に大きなラクダを連れたキャラバンがやってきたのである。
「呼び止めろ」
ネイがそう言うと、部下が走って行きキャラバン隊と接触すると慌てて戻ってきた。
「ネイ様、あの……スフィル王子のキャラバン隊です」
「なっ、スフィル兄上?」
「この辺りの管轄はスフィル王子です。膝元で騒動があれば……」
「……分かった話してくる」
ネイとジナーフの騒動を、その二人の兄弟であるスフィルが知らないはずはない。
問題は、スフィルはネイとは仲が良かったが、ジナーフとは仲が悪いことだ。ジナーフが国王であっても法廷によって王位継承はジナーフに子がいても、スフィルが第二王位継承権を持つことが決まっている。
そのせいでジナーフはスフィルを恐れている。
「兄上、申し訳ありません」
そうネイが歩み寄ってスフィルに近づくと、スフィルはラクダの上から言った。
「まったく数日前から騒々しい。お前とジナーフは何をやっている……」
少し機嫌が悪いとばかりにスフィルが言う。
スフィルは肌が色黒で、ネイやジナーフとは似ていない。それもそのはずでスフィルだけ母親が違う。だからその母親の血筋が出たせいで、他の国民からは他国から来た寵姫の子としてあまり好かれてはいない。
けれど実態はそうでもなかった。
確かに肌の色でスフィルは国民から忌み嫌われているが、その反面、この西の地区を任されてからのスフィルの功績は、国民からの支持が高い。傍若無人な王とは違い、国民と枕を並べるほどの庶民的な王子に、西地区の国民は国王よりもスフィルの指示に従うほどだ。
けれどスフィルは国のために貢献はしても、ジナーフとは直接争ったことはない。ジナーフから一方的に突っかかることはあっても、スフィルから何かをしたことはない。
ただ一回の反撃を父王から許された時以外はだ。
その時のスフィルの反撃に、命の危機を感じたジナーフはそれからスフィルを遠ざけて西の地区を担当にさせた。
スフィルはそれを受け入れてさっさと王宮を出て行き、今に至る。
そのスフィルの貢献で隣国とは国境を跨いだオアシス観光か計画がスタートし、それが軌道に乗った。その途中で盗賊を一網打尽にして討伐まで果たし、スフィルは盗賊に捕まっていたけれど、結果頭の首を取ったことで英雄になった。
本人はその気は一切なく、西の地区からは出ることはなく暮らし、砂漠を自ら渡っては盗賊の残党を刈る仕事を続けている。
だから育ちが違う。
ネイもスフィルの強さを知っているのでできれば怒らせたくはなかった。
「挨拶も無しに私のオアシスを通り過ぎてまで追いかけるは、なんぞ?」
スフィルがそう言うので、ネイは言った。
「私への貢ぎ物でした、人です」
「ふん、逃げられたのか。まったく王宮では不審者が入り込んだと聞いたが、それか?」
「はい、それでございます。申し訳ありません、すぐに見つけます故……」
「あまり私の目に入って欲しくはないが、一週間、猶予を与えよう。私の邪魔さえしなければだがな」
「はい……決してお仕事の邪魔は……」
そうネイが言うがスフィルは言った。
「今時間も私の邪魔をしているとは思わないのか?」
「……はっ、すみません。下がります」
「それでいい。隣のオアシスまで邪魔はするな。興ざめする」
そうスフィルが言うので驚いていると、どうやらスフィルは寵愛の誰かを連れて砂漠を散歩しているようだった。
スフィルには妻は二人いる。
一人はまったく人前に出ては来ない寵姫と、人前に出るときに連れている寵姫の二人だ。その人前に出ない寵姫をたまに砂漠に連れ出していることは有名だった。
まさに今その邪魔をしてしまったのだとネイは焦った。
すぐに兵を下がらせて、道を開ける。静々とラクダが過ぎていくが、一つの大きなかごのようなモノがラクダに乗った状態でやってくる。それが寵姫が乗るラクダの乗り物である。
日が高く上がる前にオアシスに辿り着ける予定で足を止めてしまったのなら、その分スフィルの機嫌がよくないのは当たり前だった。
寵姫の機嫌を損ねることはどこの王でも嫌がるのだ。
その籠が通り過ぎ、長いキャラバン隊がネイの目の前をゆっくりとした動作で通っていく。
背後には傭兵を従えている。その傭兵はネイの部下とは違い、盗賊と戦うために連れている傭兵たちだ。だからできれば揉めたくはないところである。
そうしているうちにやっと全キャラバンが通り過ぎ、その足跡を風が消していくと、ネイの脳裏には何か嫌な予感が過ぎる。
この夏の暑い時期に、寵姫を日光に晒すような時間に移動なんてするだろうか?
急いでオアシスに向かったとして、寵姫の籠は涼しいままではない。熱いだろうし汗も掻くだろう。そんな思いをさせてまでオアシスに散歩をするのか。
そういう僅かな疑問だ。
「いや、まさか……そんな」
そう思い立ってネイは慌ててラクダに乗って後を追った。
かなり先に行ってしまったが、キャラバン隊には追いついた。
「兄上、失礼!」
そう叫んでネイは寵姫の籠に近づいて、その籠の布を捲り上げた。
「きゃああああ!」
開けてみるとそこにはベールを被った女性が座っている。
どうみても体つきも女性であり、男性が化けているわけでもなかった。
そしてその顔には見覚えがあった。兄の結婚式の時に見た女性であり、引きこもりの寵姫であるアーティカだった。
「ネイ! きさま!」
ラクダに乗っていたネイをスフィルが怒りにまかせて叩き落とし、それを傭兵たちが一斉に囲む。
「申し訳ありません、アーティカ様、兄上!」
「ネイ、お前でなければ、即刻打ち首であったぞ!」
「申し訳ありません! 間違いを犯しました!」
そうネイが言うのでスフィルはすぐに察したようだった。
「よもや、私を疑うとは……お前との仲もここまでのようだな」
「いえ、兄上……」
「貢ぎ物に現を抜かし、愚行を犯す弟を可愛がれと言うのか。お前は本当にジナーフに似てきておろかだぞ。せっかく世界から帰ってきてそれなりに役に立つほどになったかと思えば、愚行まで似る始末か。下らん、しばらく近寄るな」
そう言うとスフィルは妻の籠を直し、機嫌を取り、先にキャラバンを進めていく。
全体が通り過ぎるまで見送った後、スフィルが言った。
「付いてくるな。次同じ事をするなら、先に叩き切る」
そう告げてからスフィルは一斉に傭兵を連れて去って行った。
「……か、勘違いで死ぬところだった……」
ネイはあそこにこそ透耶が隠れていると思っていた。
けれどそれは思い過ごしであり、さらにはスフィルとの仲を悪化させただけであった。
寵姫の籠の布を捲るなど、愚行中の愚行。他人のハーレムに押し入るレベルの愚行である。
首がまだ付いているだけでも儲けものである。
スフィルは相当怒っていたし、剣も抜いていた。
命があるだけまだマシであった。
「ネイ様! 大丈夫でしょうか!?」
追いついてきた部下が慌てて駆け寄り、ネイを起こす。
「……大丈夫だ。ただスフィル兄上を激高させただけのこと……」
「なんということ……ネイ様、もうやめましょう。日本人に振り回されて、こんな愚行を繰り返していては、国民に示しが付きませんし、リニア様にも申し訳が立ちません」
そう部下が言い出した。
「……お前たち……」
そうネイが怒ろうとしても、その通りのことをネイは犯していて、とてもじゃないが反論ができる状態ではなかった。
「ですから、今日一日で見つからなければ諦めて下さい。この国で姿を眩ませて一日経っても見つからないということは、それなりの手筈で逃走か、もう殺されているかのどちらかです」
「……!」
確かに部下の言う通りだった。
透耶は死んではいないだろうが、それなりの手を用意した鬼柳恭一の手によってもう逃げた後だ。
どう追いかけてもきっと追いつけはしない。
そうして思い出すのだ。
透耶が言った。
「あなたを好きになることは絶対にあり得ない」
そういう意味を込めた拒否。それは今の冷や水を浴びた状態ならば理解できる。
鬼柳恭一以外を愛さない人を追いかけても、きっと何もならない。
もし無事に鬼柳の手に戻っているなら、それは元の状態に戻ったということなのだ。自分の手を離れるならば、殺してしまいたかったけれど、今なら手に入らないならば、できれば無事に生きていて欲しいと思った。
しかし透耶を狙った暗殺者がいるのは確かで、それだけは追求しなければならないのかもしれない。
けれど、そうなるとネイの反逆がジナーフの逆鱗に触れるだろう。
それだけは阻止しなければならない。
なんとか嘘を上手く吐いて、透耶が生きていてもおかしくないように偽装をしなければならない。
そう考えていると、ネイのところに鬼柳恭一に付けた部下からの二日ぶりの連絡が入ってきた。
それはメール一件のみだったが、鬼柳恭一からの一言だった。
――――――透耶は返して貰った。
その一言を見て、ネイは完全に酔いから冷めた。
「はははは、逃げ切られた……のか……」
有利な地に置いて、透耶を逃したとなれば、もう二度とネイは透耶と顔を合わせることもなく一生を過ぎる。
どんなに思ってもどうにもならないのだと知り、ネイは少しだけ悔しさで吠えた。
「――――――くそっ!」
本当にあと少しだった。
欲を出していれば、絶対に手に入れられたのに、結局駄目だった。
ジナーフに差し出された時に受け取っていればきっと上手くいったのだ。
いや、王宮から出て早く鬼柳に透耶を戻してれば、一生逢えないなんてことはなかったのだ。
自ら選択を間違えて台無しにした。
「ネイ様、戻りましょう」
部下に付き添われてネイは国境を後にし、オアシスまで戻った。
そしてネイは透耶が国境を越え、隣国に逃れたことをジナーフに報告した。
ジナーフは透耶が逃走に成功したことに怯え始めた。
国際問題になればもちろん、ジナーフの罪への糾弾は避けられない。大事な誘拐の証拠を逃がしてしまった。
さらに王宮を混乱させたことでも大問題である。
捕まった透耶の暗殺に使われた人間が、カーラの手によるものであることまでが判明しかけ、ジナーフはカーラを裁かなければならなくなった。
ただでさえ権力を持つ人間の娘を裁くのはそうそう簡単ではない。
できれば、もみ消したいが、もちろんそれは問屋が卸さない。
すでにスフィルによって法廷にその証拠が持ち込まれていて、カーラとその兄アインによって雇われた人間が拘束されているという。
ジナーフの元には王を糾弾できる法廷の人間が押し寄せ、ジナーフの自室のドアを叩いている。
「もうこれ以上の愚行は王たる資格はないと申しましたぞ!」
「さあ、法廷にでてください! いや、出なくてもあなたは王の資格を失います!」
だんだんと自室を叩く法廷の人間が増え、だんだんとその状況が悪化。
透耶が逃げ切ったのを境に、透耶の誘拐による罪が加算されるように隣国ロアルシナムの王からまで糾弾されるまでになった。
例え、王がその国で許されたとして、隣国は国際犯罪として王を指名手配し、ロアルシナム国はそれなりの制裁を科すことまで告げられた。
これには法廷も頭を抱えた。
というのも、ロアルシナム国はマサランテ国にとって輸入や輸出の道を頼っている。マサランテ国の東は紛争地域であり、船の略奪は酷くなっている。そのせいで真面に輸出入ができない。そこでロアルシナム国に一旦船を上げ、そこから空輸なり地上の輸送を使う。空輸ばかりだと物資は行き渡らずに、かなり貧困な生活だった。そのせいで、船を使う輸送ができるようになって初めて、石油の輸出が可能になり、それなりに豊かになった。現在もロアルシナム国の港を使っているので、国の一大事である。
そこで隣国ロアルシナム国のヤン・ルス王からは、国民に罪はない、ジナーフが王位をスフィル王子に譲って引退すれば、罪には問わないとまで譲歩された。
こうなると事態は一変した。
それに法廷が一斉に飛びついた。
現役の王が誘拐罪で他国で裁かれるなどあってはならない。当然、法廷は王の罪を王位から下りることで国内軟禁の刑で許してやるとまで譲歩した。
命があるかないかのどちらかであるとまで脅され、ジナーフは降参をした。
ジナーフはそれでやっと法廷の前に出てきて、カーラ共々命は免れた。
海の上の孤島に幽閉という形になって落ち着くまでには、約三ヶ月ほどかかってしまうのだが、それが榎木津透耶を誘拐した王の末路であった。
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