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外伝11-1
counter melody3
「あの、どなたですか?」
透耶はいきなり派手にドアを開けて現れた人間に対して、冷静に椅子に座ったままで尋ねた。
透耶は、未だ捉えられた部屋からは一歩も外に出ることはできなかったが、部屋の中を探索してある程度の生活に耐えうる部屋であることは知った。
寝室と居間らしき部屋が繋がっており、その先に大きな風呂まで備えられていたら、正直これまでの経験上、対処法がまだ分かってくるものだ。
相手がこの部屋から透耶を出す気はなく、逃走に必要な条件は一つしかないこと。
廊下へのドアが開かないことには、どうにもならないこと。
まだ雑に扱う風ではないことや、それなりに身なりのいい人間に囲われている感じがして、二年前の誘拐事件の時のようなことはないと感じた。
まず、相手からの敵意に似た執着は感じないこと。拘束をされていないことなど、透耶を知らない人からの監禁のような気がしたからだ。
だから部屋のドアがまず開くことが確認出来た時には、透耶は備え付けのカップで平然とお茶を飲んでいた。
用意されていたのは市販の紅茶パック。お湯もあったし、飲めと言わんばかりに置いてあるものに手を付けるのはどうかと思ったが、経験上危ないとは感じなかった。
部屋のドアを開けて入ってきた人間は、数人の部下を連れていた。
カンドゥーラを着た上に、腕から覗く手首辺りには金色に光る時計があり、瞬時にこの屋敷の主人だと分かった。態度も大きそうで威厳というよりは偉そうな雰囲気が漂っていた。
瞬時にこの人が犯人だと透耶は気付いた。
同じような匂いがホテルでしたことを思い出す。
眠くなった時に嗅いだ匂いだ。
ただ危害を加える気がなさそうなのが、第一印象だったので透耶は特に気負いもしなかった。
「頭を垂れて跪きもしない」
相手はどうやらそういう立場らしいのだが、透耶は平然と返した。
「誘拐犯に? しかも国際犯罪者に?」
透耶がそう返したものだから、相手も少しだけ目を細めた。
どうして国を超えたことが分かったと問いかけそうな雰囲気であるが、透耶はその相手の顔を見てその人が誰なのか大体のところが分かってしまった。
「ネイさんのお兄さん? なんでこんなことをしたんですか?」
そう男はネイに似ていた。目元などはそっくりだったし、肌の色もそう。そしてさっき会ったネイと同じような高質のカンドゥーラの生地となれば、もうそうとしか思えない。
透耶が間髪入れずに尋ね返すため、男は透耶のことをただの日本人だとは思えなくなってきたようで、少しだけ警戒をして透耶から離れたところにある椅子に座った。
そう三メートルは確実に離れている場所にである。
透耶の目の前にはテーブルを挟んで椅子があるのだが、そこにすら座らない警戒ぶりである。
「何故、ネイの兄だと分かった?」
「目元、そっくりです。それにさっきネイさんに会ったので、こういうところで同じような似た顔なんてそうそうないかと思いました」
そう言われて男は目元辺りを指で撫でている。
「どうして国を超えたと思った?」
「隣の国でネイさんに会ったとき、ちょっと俺の恋人がピリピリして警戒していたんです。ネイさんの出身が隣の国で、ネイさんにあった直後にこうなった。誘拐犯にしては丁寧に俺を扱っているから顔見知りの犯行かなと。そしたらネイさんくらいしかわざわざ俺を誘拐したい人はいないという結果です。ネイさんが望んでそうしたのか分からないけれど、ネイさんが絡んでいるのは間違いなさそうですね」
透耶はそう言うと、男は不敵な笑みを浮かべている。
「間違ってはいないな。お前だろう、ネイの告白を断った日本人とは」
「……確かに断りました。それで話は終わったはずです。何故こんなことを? あの時のネイさんはちゃんと分かってくれましたよ?」
透耶はしっかりと男を見てそう言った。
その透耶の視線をそらさない力強い言葉に男は少しだけ不快感を顔に浮かべた。
透耶から関係ないので黙っていろと言われたようなものだった。
当事者以外が恋愛ごとに口を挟むのは、大体がこじれる原因になる。当事者同士で話が終わっていることをほじくり返してややこしくしてしまうからだ。
「ネイはずっとお前を思っている。逢えなくなって思いが募って恋い焦がれて、可哀想に。お前さえ受け入れてやれば、あんな苦しい思いをせずに済んだのだ」
そう男が言うのだが、透耶はそれには動じない。
例えネイがそうだったとしても透耶が選んだのは鬼柳恭一という男であり、それ以外を選ぶことはないのだ。
「俺には好きな人がいて、その人と暮らしています。だから俺の心がネイさんに移るなんてことはないです。そういうことはちゃんと話しました。あの人以外、俺にはいらない」
「それじゃその男を殺してやれば、お前はネイのものになるわけだ」
「なりませんよ。その時は俺も死ぬので」
透耶の返答に鼻で笑う男であるが、透耶の静かな様子にだんだんと透耶のことを気味悪く思い始めていたようだった。
「この国では私の思い通りに事が運ぶ」
「そうですか。そりゃそうですよね、誰かの思いなんて考えなければ、なんでもできる立場でらっしゃるようですし? でも国際問題に発展した時、果たしてその力は有効でしょうかね?」
透耶は暗に国際問題を起こしてまで透耶をネイに渡すことの意味を見出せるのかと問いかけた。
そう透耶はこのとき、この男がこの国の王であることに気付いたのだ。
名前は知らない。国の名前しか知ってないけれど、ここまでやって無罪放免で済む立場が果たしてどれだけあるのか。中東の国に置いて、国王の力以上に強い人間はいない。国際問題を起こしてまでして、果たして国王が許してくれるかといえば、絶対に処分対象にしかならないだろう。けれどそうしたことを危惧してすらいない男の様子から、透耶はそれを読み取った。
だからだと今更ながらに鬼柳が焦っていた理由にも辿り着く。
ネイが隣の国とはいえ、それなりに権力を持っている立場であることは鬼柳は知っていたであろう。だからその国に透耶が連れて行かれれば、鬼柳であろうとも手出しができなくなる可能性が高くなるからだ。
誘拐なんてされたら、鬼柳自身が国境を越えられなくなる可能性が高い。下手すれば、拘束されてあり得ない罪で投獄されて、処刑の道しか見えない。
その可能性をあの時に感じていたのなら、鬼柳の危惧と焦りは仕方ないことだったのだ。
だってその通りになっているからだ。
「心配するな。お前は隣の国で行方不明になっただけの旅行者だ。この国にお前が連れ込まれたなんて誰も見てはいない。テログループに誘拐される旅行者なんてのも大勢いる。捜索なんてされないし、お前の恋人も知り合いも誰一人としてこの国に入ることはできない」
つまり、鬼柳は国境を越えられないし、透耶を助けに来られないと言われたわけだ。
あくまで透耶は隣の国で行方不明であり、この国は関係ないという立場であるらしい。まあ、実際はその通りで、透耶がこの国を超えた痕跡はないだろう。
王族の国境越えで一般人ほどの検査が行われているかと言われれば、ある程度の優遇ですり抜けられるのだろう。透耶はその手段で何かに隠されて運び出されてる。
しかし、透耶は気付いていた。
隣の元いた国の国境に近づいて超えられれば、透耶は行方不明者である以上、保護はされる立場である。
これで一旦の目標はできた。
ここを抜け出した後は国境を目指すしかない。
しかし、抜け出すにしても誰かの手引きがないとこの屋敷すら出られるかどうか分からない立場だ。
さてどうしたものか。
透耶が黙ってしまうと、男の部下が一人何かの連絡を受けて男に話しかけている。
「構わん、通せ」
そう男が言うと同時に部屋のドアが開いた。
「透耶! ああ、よかった、やはりここにいた」
ネイは部屋に入ってくるなり、兄である男を無視して透耶の側まで駆け寄ってきた。
その心配そうに駆け寄ってきた姿を見た透耶は、どうやらネイは本当に関わっていたわけではないことを知る。
「ネイさん……」
「済まない、本当に。恭一には会った、心配していた」
「恭に会ったんですか? じゃあ俺の居るところは分かって……」
「正確な場所まではまだだけれど……兄上」
ネイは透耶の無事を確認すると、こんなことをしでかした自分の兄に向かって怒りを見せた。
「なぜ、こんなことを!? 国際問題になります!」
愚行を犯す兄にネイは理由を尋ねる。
そんなネイの様子に国王であるネイの兄である男は不満そうな顔をした。
「お前のために取り寄せたのだ。前から欲しがっていただろう?」
そこらに売っている宝石でも買ったかのような言いようにネイはさらに激高する。
「何を言っているんです! ジナーフ兄上! いえ、王よ! 人を宝石のように右へ左へと自在に動かすことはなりません! まして隣国であるロアルシナム国内での犯行! こんなことが国外に知られれば、この国は世界中から糾弾され、制裁がされることになりかねません!」
ネイの言う通り、国王が他の国で罪を犯してしまったとなれば、当然海外の国から糾弾され、輸出入の制裁を科せられる。ただでさえ、大きな石油事業がなんとかなっているのは、世界の国が石油を買ってくれるからだ。
その制裁で石油が売れなくなれば当然、国の事業も止まり、資金も尽きる。今でさえ採掘する事業は海外の業者に頼っている状態だ。それらも全て無になる。
国のことを一番に考え、一番に国民のことを考えなければならないはずの国王が、愚行を犯したとなれば、ネイでなくても肝も冷える。
いつもの我が儘な強引さでどうにでもなっていたことでも、これだけはいけないことだった。
「お前が黙っていれば、問題はない。この国から出られもしないのだから、犯行が外へしれることもない」
国王であるジナーフはさして問題はないと言い放つも、それを聞き入れるネイではなかった。
「いえ、透耶はすぐに返します。さあ、透耶行こう」
そうネイが透耶に手を出し出すもそれをジナーフの部下が阻止する。
「いけません、ネイ様。ここから出すことは叶いません」
「何を言っている! 大体お前たちが止めもせずにこんなことを許したのか!」
そうネイが部下たちや側近に怒鳴ると、ジナーフはさらに不機嫌になった。
パンと持っていた飲み物を床に投げ捨て、それからニコリと笑って言った。
「ネイ、ここで会うことは許すが、連れ出すことは許さん。いいか、ここの部屋は入り口しか開かない。お前がここに入ることも認めるが出る時は一人だ。もしそれを守れない場合、ここの部下の首が飛ぶ」
そう言いながらジナーフは落ちて散らばったガラスのかけらを拾って部下の首に当てる。
「兄上!」
「興ざめだ、下がる」
ジナーフはそう言うと部下を連れて下がっていく。
そして入れ違いに召使いの少年たちが入ってきて散らかった部屋を片付け、ネイに礼して下がっていった。
静かになってから透耶がネイに尋ねた。
「国王はネイさんのお兄さんで、ネイさんは王子?」
ちょっと気の抜けた確認の仕方に、ネイは透耶の前に跪いた。
「申し訳ない……本当に。兄は、どうかしている……こんなこと世間にしれたら」
そうネイが言うのだが、透耶はそれは置いておいてとネイに椅子に座るように言った。
「うん、ネイさんも落ち着いて。少し事情を聞いていい?」
透耶がそう言ってくるので、ネイも椅子に座った。
透耶は近くのコップを取って紅茶を煎れ、ネイに差し出した。
「すまない……ありがとう」
「これ、全部俺のじゃないから気にしないで」
透耶はそう言ってちょっと笑う。
ネイは透耶が冷静でいることに少しだけホッとしてお茶を飲んだ。
王宮のお茶なので当然最高級のモノが置いてあるが、それでも透耶に煎れて貰ったものは違った。
「……美味しい」
「うん、ここのお茶美味しいね」
透耶は笑ってからお茶を飲み、置かれていたお菓子も取り出した。
あのジナーフという国王の様子から透耶に危害を加える気はなさそうなのは読み取れたので、食べられるものは食べることにした透耶である。
そんな透耶を見ながらネイは言った。
「私が、未練がましく兄上にあなたのことを話してしまった。もう二度と会うこともないと思っていたから、まさか兄があんな風に捉えるとは思いもせず……こうなるなら、私の胸一つにしておくべきだった」
ネイの告白に透耶は少しだけ困った顔をした。
透耶にとって数年前の出来事はすでに終わったことである。今更な話でそれがまだリアルであることは、少々気まずいことだった。
「……終わったことです。それで恭は何か言っていました?」
透耶は鬼柳がまずネイを疑って居場所を突き止めようとしたことを知った。
「恭一は私を疑ったが、結果私の兄がしたことであるから、あながち間違いではなかったわけだ。一応、恭一はこちらの国にくることは叶わない。兄が鬼柳恭一という日本人の入国を制限させている。下手にこっちの国に渡ったら、それこそ兄の好きにできてしまう。恭一もそれには気付いていた。なので、別の計画を立てるつもりなのだが……まずはあなたをここから出すことが叶うのかどうか……」
ネイがそう言いながら迂闊にもジナーフを詰ったことで、機嫌を損ねてしまったのが裏目に出てしまった。
「うん、あの人、拗ねていたから、俺がネイさんの住まいに移動ってことは無理そう」
透耶はそう言う。
「……拗ねて……って……兄上の機嫌は損ねてしまったが」
「ううん、拗ねてた。ネイさんのためにしたのにネイさんが喜んでないって拗ねてた。ネイさんが喜ぶと思ってしたんだと思うんだけど……はた迷惑です」
透耶は率直にそういい、ネイは頭を下げた。
「本当に済まない」
「ネイさんに謝ってもらっても、状況はよくならないのでこそっと恭は何を言ってました?」
透耶がそう尋ねると、ネイは周りを気にしてから透耶に小さな声で言った。
「恭一は砂漠の国境にあなたを連れて来いと……そうすればあなたは国境を越えられるし、恭一は向こう側にいる限りこちらから手出しはできないからと……キャラバンの用意に三日かかるらしく……行動はそれからということに」
そうネイが言うと、透耶はニコリと笑った。
「よかった。もう動いてくれていた……こっちからどう動けば良いのか悩んでいたのだけど、なんとかなりそうかな」
透耶は鬼柳がすでに動いていることを知り、ホッとして胸を撫で下ろした。
そういうことなら、三日以内に何とかこの屋敷を出る方法を見つけないといけないわけだ。それにはネイの協力は必要不可欠になる。
「ネイさんには恭の準備が整って俺が逃げられるまで、ここに通って貰わなきゃならないけれど、大丈夫ですか?」
透耶がそう尋ねると、ネイはハッとする。
「それは大丈夫だ。兄上もそれは分かっていると思う。むしろ会いに来ない方が不審がられる」
「それで抜け出す算段をしなきゃいけないけれど、その先の逃走経路もお願いできますか?」
「任せてくれ。王宮内もこの部屋は私もあまり入ったことはないところだったので、まだ見取り図ははっきりと分からない。すぐに把握するので一日欲しい」
ネイはそう言いながら、来るときの道は覚えたといい、後は逃走経路を確保するだけだと言う。
「ここって王宮なんですか?」
肝心の透耶が閉じ込められているところが王宮であることを透耶は知り、簡単に抜け出せない理由を知る。
「そうだ。兄の住まいと言っていい。普段は兄も東西側のハーレム辺りにいることがおおいから、こっちの日の辺りはあまり良くない北は滅多に使わない。あなたは一応男であるから、ハーレム近くには置けない。だからここなのだと思う。使用人の出入りが多い場所だから、逃走経路はなんとかなるかもしれない」
ネイがそう言うので透耶はホッとした。
今回透耶が勝手に逃走するのは無駄な行為になる。鬼柳の動きに合わせて透耶が上手く逃げないと砂漠までの道が途絶える。
砂漠にさえ入れば、どうにでもなるとネイは言う。
「しばらく不安でしょうが、なるべく私も通いますので……」
「お願いします」
透耶はネイが協力してくれることにホッとして頭を下げた。
とりあえずの希望は見えた。
ネイはそんな透耶を見て、頭を上げるように言う。
「元はといえば、私のせいだ。協力できることは何でもする。だから、耐えて欲しい」
ネイの言葉に透耶は頷いた。
その透耶が向ける笑顔に、ネイは心が騒ぐのを感じた。
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