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外伝10-3
Another ordinary day2
鬼柳恭一は、その日は予定外の行動になってしまった。
今借りている伯爵の持ち物である城のことで、配慮して貰っているからという遠慮が生まれてしまい、相手の好意を断ることができなくなってしまったのだ。
透耶があの城を気に入っていて、さらには滞在中の間に創作のネタを完成させたいからと頑張っているのを見ると、持ち主の機嫌を損ねてしまって退去になってしまうことだけは避けた方がいいと思ってしまったのだ。
そしてさらに伯爵から別の提案もされていた。それは透耶が喜ぶことで鬼柳も願ったり叶ったりの話だった。
透耶には内緒でさっと用件だけ聞いてくればいいかと、ヘリでロンドンに戻り、伯爵が用意した車で空港から一歩も出ることもなく、伯爵の屋敷までやってきた。
とりあえず伯爵の屋敷に着いた時に執事の松崎に連絡を入れておいた。
それから二時間は経っているが、伯爵の用件は鬼柳の写真についてのことばかりだった。
どうやら本当に鬼柳の写真のファンだったらしく、甥っ子に勧められて何気なく見たら、想像以上によかったのだそうだ。
だから写真の一個一個を何処で撮った写真だとか、どういう時期に撮ったなど、本当なら覚えてもいないことを尋ねられて答える作業ばかりになっていた。
幸い、透耶とも同じ会話をしたことがあり、写真集にするに当たって、その辺はきちんと記憶を掘り返してまとめた甲斐が実を結んでいた。
そんな鬼柳に興味を示している伯爵は、年齢は八十歳だという。
どうやら年の衰えからくる病気が幾つか見つかって、入院をしたり手術をしたりと近年は繰り返しているらしい。
それでも田舎暮らしで鍛えていたからなのか、手術を繰り返しても元気なものだ。
だが最近は楽しみが減っていたそうで、その中に鬼柳の写真集が手に入ったことで、また生きる希望がわいたという。
「いや、本当に素晴らしい。もう少し話が聞きたいので、ここで待っていてはくれぬか。ちょっとだけ用事を済ませてくるので」
伯爵はそう言うと、鬼柳を残して部屋を出て行った。
そこで鬼柳は誰もいないことをいいことに、執事の松崎に連絡を入れようとした。そろそろ透耶も鬼柳がいないことに気付いてしまうだろうから、伯爵に会っていることや今日中に帰れそうもなさそうだということも伝えて貰うことにした。
しかし。
「あれ? 電波が来てない?」
携帯から番号を押した後も携帯が無情にも電波が届かないなどと言い出したのだ。
そこで携帯の電波を見ると、見事に通信するものが全て×のマークが付いているではないか。
「こんな都会の真ん中と言ってもいいくらの場所で、電話もWi-Fiもないとか」
せいぜい無料Wi-Fiくらいは届いているだろうと思ったが、それすら見つからない。
そもそも携帯の電話の電波すらないのはおかしなことだと気付き、鬼柳はバルコニーに出ようとした。
二階の部屋であるからバルコニーに出れば電波くらいつかめるかと思ったのだが、問題の窓が開かない。
どうやら窓ははめ殺しにしてあって、ドアの取っ手すらない。
一応、横にスライドするかと思って触ってみたが、動きすらない。
仕方ないので部屋の電話でも借りようとするも、そもそも電話が置いていない。
書斎っぽい作りだったのでてっきりあると思っていたが、客をもてなす客間に電話は置かないだろうなと思い直した。
なのでちょっとだけ電話をするために玄関先まで行くか途中で執事か誰かに電話を借りようと思い、部屋から出ようとしてドアノブを回したところ、鍵がかかっていてドアが全く動かない。
しばらくガチャガチャとやったが、動きそうもなく、ふとドアの横を見るとどうやら電子パネルで開けるものらしい。
「さっきまで普通に開いていたと思ったが……」
伯爵は全く電子パネルを触らずに部屋を出ていったと思ったが、外から開けられたのかもしれないと鬼柳はそのパネルを開く。
押し慣れた番号なら総当たりでも出られると思ったのだが、あまり使ってもいないらしいパネルから番号は読み取れはしなかった。
「出られないとなると、困るな」
鬼柳はとにかくドアを叩いてみたが、外からの反応もない上に、これだけ騒いでいるのに誰もやってこないことに不信感を持ち始めた。
とりあえず部屋の中を見渡し、窓全てをチェックするも全部がはめ殺しであり、さらには窓ガラスが二重になっている上に、叩いてみると防弾ガラスでもあることが分かった。
「なんだこれ?」
鬼柳はさらに部屋中を調べた。
ドアを開けると開いたところはトイレやバスルーム、そして寝室に繋がっている。
そのどれもが超一流品であるが、わざわざ用意したもののようだった。
真新しいベッドやシーツを見ていると、まるで鬼柳をここに泊めるために用意したと言っても過言ではない。
「…………もしかして、マズイ?」
鬼柳は大して焦っていない様子で一言言って自分の状況を把握する。
透耶にばかりこういうことが起こっていると思っていたから、その矛先が自分の方を向くとは思ってすらいなかったのが敗因だろうと冷静に分析。
「どういうつもりだ?」
そもそもの理由が分からない。
確かに伯爵は写真を気に入ってはくれた。
熱心に尋ねてくる信者のような感じではあるが、それは透耶にも似たところがあり、写真のファンだとばかり思っていた。
それがどうして写真を撮った自分に向いてきたのかが解らない。
冷静に考えても自分は伯爵にどうこうされるような容姿をしていない。
伯爵がそういう人には見えなかったが、裏があるとも思えない。
ここまで準備した上で自分をここに呼んだのなら計画性があるということでもある。
となると、最初から狙いは鬼柳自身であり、籠の鳥にしたかったと思われる。
「いや、俺を飼ってどうするんだ?」
そもそもどうするというのだろうか。
理由も目的も判断ができない。
正直透耶が狙われた方がまだ理由が分かって対処がしやすい。
だが、透耶が狙われたわけではないことで、少しはホッとしている。
それと同時にマズイことが自分の預かり知らぬところで起きているんじゃないかという不安がある。
「下手に動いて、行き違いになるのも面倒だな」
鬼柳は確かに自分が今巻き込まれていることは厄介なことであるが、何となくであるが今すぐ命の危険はなさそうであるし、身体の危険もなさそうだった。
正直戦場にいる時よりも平和なので、危機感が生まれないのだ。
「いかんな」
鬼柳はそう呟いた後、何か一つくらい努力するかと思った。
透耶がヘリを呼んでからきっちり三十分でヘリはやってきた。
六人くらいが乗ることができる大きめのヘリであるが、帰りのことも考えると必要かと思われる。
とにかく透耶と石山に富永、執事の松崎、そしてロリー・ローことローランド・アンダーウッドが乗り込んでロンドンを目指した。
石山も富永もとにかくロリー・ローの動きを見張っていたが、透耶と松崎の会話に耳を立てていた。
「それで伯爵のところには朝八時に行って、昼には連絡があったってことでいい?」
透耶が確認を行うと松崎も頷いた。
「はい、屋敷に到着をしたという連絡はありましたので、そこから出たのであれば真っ先に連絡があるかと思います。そういう連絡事項を怠ったことはただの一度もなかったことです」
旅行先の連絡事項で鬼柳が決めたルールを破ったことはない。
何より松崎や石山、富永たちは旅行に関しては常に鬼柳が決めたルール通りに動いている。
何よりも透耶の安全が優先されるが、透耶が指示を出した時は透耶の指示に従うのが彼らのルールにもなる。
鬼柳がいない今、透耶の安全が確保されている状態で透耶の指示が出た場合は、透耶の指示に従うのが彼らの今の役割になる。
「つまり、屋敷に入ったと同時に連絡が取れなくなった。恭自身ももう気付いているよね。外と連絡が付かないこと」
透耶が断定的に話を進めようとしたので、気付いた石山が口を挟んだ。
「しかし事故や事件ということも……」
そう石山が言うと。
「それなら既に日本大使館あたりから連絡があってもおかしくない時間だよね?」
透耶はそれをまず時間的に考えてないだろうと言った。
日本のパスポートを持っている日本人として入国した以上、何処の誰かと連絡が取れないならまずは大使館に連絡が入るはずだ。
「……確かに、もう連絡が取れなくなり三時間ですし……事件ならそれなりに警察も動いているかと。事故の場合ならば、大きな事故は起こっていないようですし、やはり小さな事故ならロンドン市内ならば、もう既に病院なり警察から連絡があってもおかしくはないと思いまして、先ほど簡単な連絡だけは大使館にしてみましたが、該当する事件、事故などはないそうです」
執事の松崎はイギリスの執事学校を出ているのでイギリスの事情は知っている。
「もし何か事件事故などあった場合はすぐに私のところに連絡をくれるようお願い致しました」
松崎ができることを先にやっていてくれて透耶はホッとする。
「ありがとうございます。あとは、ロリー・ローさんだっけ?」
透耶はやっと落ち着いてロリー・ローを見た。
切迫したやり取りから、誰かが叔父に監禁されている事情くらいは読み取れたロリー・ローはまさかと思いながらも口にしていた。
「まさか、叔父が君たちの知り合いを監禁していると思っている?」
「ええ、その通りです」
透耶が即答すると、ロリー・ローは再度確認した。
「えーと、叔父が君らの知り合いを呼び出して、屋敷に着いたと連絡があった以降に連絡がなくなり、それも君らのルールでは屋敷を出た時に連絡が絶対にくるはずで、それがないということは、屋敷から出ていないのではないかということかな?」
「その通りです。それでロリー・ローさん、あなたに聞きたいのは、あなたの叔父の伯爵は、そういう強硬手段を執るような人でしょうか? あなたとの電話のやり取りでは、相当な頑固者で自分の持ち物はなるべく手元に置きたい人なのではないかと」
透耶が一気にそう言うと、ロリー・ローは目を丸くした。
驚いたのは見た目は可愛らしいのに、どうしてこう鋭いことを言うような頭脳をしているのかという部分にだ。
「まさに叔父はそういうタイプだよ。欲しいものは何でも手に入れたし、手に入れたモノに執着するあまり、俺に城を売るのさえ嫉妬でできないような心はちょっと狭い人かな」
「嫉妬?」
透耶がそう聞き返すとロリー・ローは言った。
「叔父は晩年の手術や入院が祟って、借金こそないが資産はほぼ食い尽くしてるんだ。だから田舎の城を維持するのにもやっとの状態なのさ。息子に会社を譲ってからはそれこそ病ばかりで入ってくる役員報酬も入院や治療費、城の維持で消えてる。だから叔父が持て余してる城は俺が買って、ホテルにしようと思って提案したんだが、どうやら自分でホテルにしてみようとしたらしい。が、欲しいだけの採算が取れるわけもないし、やるだけ無駄だから賃貸に落ち着いたんだろうけど……」
ロリー・ローが城に執着する理由を言い出した。
「俺は小さい頃からあの城が好きだから、なるべく改修したままでホテルにして、採算はそこまで取れなくても、皆に楽しんでもらえるならいいなという考えでいた。ほら、結婚式とかパーティーとか庭を使った余興とかできそうだろ? 叔父はそういうチマチマした考えは持ってないから、ホテルっていう使い勝手だけで高級リゾートやドバイのホテルの値段設定をしたんだろうけど、無茶だね! こんな田舎をリゾートって!」
ロリー・ローが意外に真面目なので透耶はちょっとだけ緊張が取れてきた。
「ロリー・ローさんは他にも何かお仕事はしてらっしゃる?」
透耶の質問にロリー・ローは名刺を出してきた。
「実はイギリスで二番目に大きい飲食企業をやってる。さすがに世界規模のエレクトラには叶わないけれどね。だからホテル業界とも繋がりはあるし、その繋がりでホテルを任せられる人を探そうとしていたんだよ」
そう言われて透耶以下、ロリー・ロー以外が微妙な顔になった。
「そ、そうですか。それじゃ、伯爵に対しても発言権は大きい方なのですか?」
透耶がそう切り返すとロリー・ローは言った。
「金を持っている方が発言権が上なら私の方が上になるね。でも爵位云々だった場合は、私は一代限りの男爵だから伯爵である叔父の方が上かな」
「では社会的信用の部分ではどうですか?」
透耶の再度の質問にロリー・ローはニヤリとして笑った。
「もちろん、私が上だよ」
透耶はその回答を持って、今後の作戦を練ったのだった。
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