Switch 外伝9-12

play havoc 12

 その日、朝から鬼柳恭一(きりゅう きょういち)が出かけていた。
 日用品が足りないと言って一人で出かけていったのだが、透耶はそれを心配していた。
 たった数時間、離れているだけで不安になるのは事件のせいだ。
 いくら鬼柳が強くても多勢に無勢ではまずい。
 そんな心配をしている透耶の自宅に郵便が届いた。いつものように大量の郵便物の中に問題の郵便があった。
 A四型の大きな封筒にはいつものように透耶の名前を書いたものが入っていると思われた。宝田がSPの富永と一緒に中を確認した。
 だがそこには予想外の物が入っていたのである。
「恭一様の写真?」
 鬼柳の引き延ばされた写真の鬼柳の顔はずたずたに切り裂かれていて、一緒に映っているのが透耶であることが分かったので隣にいるのは鬼柳だったと分かる写真。
 透耶の写真には傷一つないのに対して、鬼柳の方は酷く執念深く傷をつけている。確実に悪意しかない。
 そこに鬼柳からの電話がかかってくる。
「そっちは大丈夫か?」
「早急にお帰りください」
 宝田がそう言うと鬼柳は今すぐ帰ると言って電話が切れた。
 宝田があなたが危険なんですとは付け足せなかった。
「何かあったようです」
 宝田はそう感じて富永に言った。
「お一人でいかせるのではなかったですね」
 それから一時間して鬼柳が帰ってきた。SPが警戒していたが、つけてきている車はなかったようだ。門番に怪しい人間に注意するように言っておく。
 部屋に入ると鬼柳が荷物をその場に置いて尋ねた。
「何があった?」
「こちらを……」
 宝田が鬼柳をSPの部屋に案内して写真を見せる。
 めちゃくちゃに切り裂かれている自分の写真を見ても鬼柳は顔色を変えることなく、じっと見つめてからにやりと笑った。
「なるほど、それでか」
 と一人で納得している。
「どういうことですか?」
 鬼柳が一人で納得しているのに納得できず宝田が尋ねると、鬼柳はさっきショッピングモールの駐車場で起こった事件を話す。
「なんですと! 暴漢!」
 宝田が倒れそうになりながら叫ぶ。その宝田の興奮を抑えて、鬼柳が体を支えてやり、ゆっくりと椅子に座らせた。
「申し訳ありません……ですが、やはりこの犯人がやったことなんでしょうか?」
「そりゃ、さっきの事件があってこれってことは、犯人は少なくとも俺に怪我させて透耶を動揺させようとしているってことだろう」
 鬼柳がそう言うので確かにそういう作戦なのだろうと宝田も思えてきた。
「ただ俺に対する調査が想像以上に上手くいってなくて、撃退するとは思ってすらいなかったんだろうな。もしそう思っていたら暴漢一人なんてことはなかっただろうし」
 鬼柳がそう言うので富永も焦り言った。
「次からは必ず誰かつけます」
「そうしてもらえるとありがたい」
 鬼柳が難なく答えると、宝田が言う。
「いや、恭一様は外出なさらなければ……」
 だが鬼柳がそれでは駄目だと言った。
「せっかく犯人側が接触してきたんだ。捕らえて上手く使わないと」
「しかし! 先の透耶様を誘拐しようとした暴漢のように、使い捨てされていただけかもしれない」
「だから、使い道があるんだよ」
 鬼柳がそう言うと、宝田がきょとんとする。
「今まで興味の対象ですらなかった俺に、相当恨みが出てきている。透耶をどうこうする前に俺を標的にしてくるってことはやりやすい」
 さすがに透耶を動かすのは危険でやりたくもないが、鬼柳自身ならいくらでもやりようがある。ここにきて進展すらしなかった出来事が急に動き出したのだ。
「犯人が俺の存在に焦りだした。ボロを出すぞ」
 鬼柳はにやりとして笑い、富永ははいと頷く。
 犯人を揺さぶるつもりで、翌日も鬼柳を買い出しに行かせた。ただし富永を連れてだ。他のSPは透耶の周りを全力で固め、もしもに備えた。
 そんなところを当然のごとく犯人の手先が襲ってきたのである。
 だが今回は四~五人ほどが一斉にだった。
「よく来たな」
 鬼柳が待ってましたとばかりに身構えて突進していくと、さすがに犯人も度肝を抜かれた。襲いにいったら襲われましたというような形になり、たった一分ほどで刃物を持った集団を一人で制圧してしまったからだ。
 付いてきた富永は倒れて唸(うな)っている人間を一人一人後ろ手にした犯人の親指にストッパーをさっさとかけて拘束していた。犯人側もこれは何か違うと段々恐怖がわいてきたように震えだした。
「警察に突き出す前にお話をしようか」
 残りの四人は完全に意識を失っていて、意識があるのが自分だけと分かった犯人は素直になった。
「悪かった! 俺らだってあんたに恨みはないよ!」
「誰に頼まれた?」
 がっしりと富永に押さえられ動けなくされた上に、目の前には自分を殴打した男が悠然と立っている。それに恐怖するのは当たり前のことで、どんな不良でも身分不相応な喧嘩をふっかけたのだと実感する。
「ちょっとした知り合いだよ。相手が泣いてくれたら金くれるっていうし、何も殺せっていうんじゃないからって」
「嘘をつくなよ。ナイフかざして急所責めてる段階で殺す気はなかったが通用するか」
 鬼柳がそう言うと仲間の一人二人は殺す気だったのは確かだった。
「し、死んでくれたら百万上乗せだって言うから、そっちのやつらはやる気だっただけで! 俺はさすがに人殺しはできねえよ!」
 自分は違うと言い切るのだが、そんないいわけが通用するはずもない。
「一緒の現場にいる段階で、お前も殺人犯の仲間なんだよ。殺してなくても共犯。同意してなくても犯人を知っていながら隠して逃がした、犯人隠匿もセット。ナイフを持ってた段階で銃刀法違反、殺す気がないといいながら襲撃時にナイフ持参では、殺意の否定は無理なんだよ」
 鬼柳が切々と説明すると、さすがにその可能性を考えてなかったのか震えだした。
「なんだよそれ」
「それが法律っていうやつだ。殺してないからって無罪放免にはならねえってこと。そこで無罪放免になる方法を一つ提案してやる、犯人の情報を全部こっちに渡せ。それでこの件は通報しないし、お前らを罰することもしない、どうだ破格の取り引きだろう」
 鬼柳の言葉を受けて男はふっと考え込んだ。
「警察はなしなんだな?」
「ああ」
「……スマホに詳細ある。依頼を受けた時のメールとやりとり。消せっていわれていたけど、怪しく思えてたから残してある」
 男がそう言うので富永が男のポケットをまさぐってスマートフォンを取り出す。操作をしてメール起動させ中を見る。御丁寧にフォルダ分けまでしてあった。
「お前……随分用意周到だな。これで相手の弱み握って脅し放題だ」
 鬼柳が関心をしたように言うと、男は気まずそうに舌打ちをする。人を殺してほしいなんて依頼する人間に使われているのは、この事件を脅しに使って更に金を絞りだそうとこの男は考えたからだ。だからこの男は殺しはしないと言った。脅迫の方が本業だからだ。
 メールは殺しの依頼から始まる。
 この人を殺してくれたら百万あげます。興味があるなら返信ください。
 そういう始まり方だった。男は上手くメールで本人に会いたいと告げる。顔も知らない相手の依頼なんて悪戯(いたずら)に決まっていると上手く誘導していた。
 次の次のメールで会うことが決まって喫茶店で会ったようだ。
「上手いなお前」
 言葉巧みにメールで相手を誘い出して会った。
「俺、そういうメールで出会い系の作り話書いていたことがあるんだ。釣れた相手を誘導して駅とかに立たせる」
「出てきたところでやくざが登場して、うちの妻に手を出したのはお前かとか言って裏道誘って堂々と不倫の制裁金を払わせるってやつか?」
「……それです」
 鬼柳はそういうメールすら来たことはないが、それでもそういう話は周りから聞く。だから想像で答えているがドンピシャに当たっていたらしい。
「だが会ったヤツが本当に俺を殺したいと思っていた人間かどうか」
 鬼柳がそう言って写真のフォルダを探してみる。やはりフォルダわけしているのにネタと書いてあるのを見てみると、隠し撮りをしたものが何枚か入っていた。呼び出して話し合いをしているところを仲間にスマートフォンで写真を撮らせたらしい。
「こいつを調べたか?」
「メモに書いてある」
 そう言われてメモを探して見る。
 名前は真田祐二(さなだ ゆうじ)二十四歳サラリーマン→青木健介(けんすけ)、二十五歳劇団員と訂正してある。どうやら見た目だけで判断せず、尾行を続けたらしい。
「こりゃあこいつも依頼された口だな」
「俺もそう思う。けど、脅しには十分使えた」
 どうやら劇団員の劇場に乗り込んで本当の依頼人の情報を聞き出したらしい。
 メモには続きがあり、青木→保坂(ほさか)信士三十四歳サラリーマン→大学生らしい人間。とまで書いてあった。
「依頼に依頼って一応大学生ってやつが依頼人か?」
「分かんないんだよ、話を聞いていくと、青木には痛めつけてくれないかなって思うやつがいてって言う世間話だったのが、青木から俺らには殺してくれだったし。大学生も案外、そっちの兄さんがむかつく死ねって口癖で言っただけかもしれない」
「最近流行ってる口癖の内容か。ムカツク死ね括弧笑いみたいな」
「そうそれ、それだけの話だったかもしれないけど、痛めつけてくれればいいって程度で百万出すとか言うから、それ以上何かあると思って……」
 調べてみたところ、青木に依頼が入った時には二百万ほど動いていたことが分かったのだという。
「痛めつけるだけで二百万払う大学生だぜ、親が金持ちならまだ使いようがある」
「本当にお前はその才能を別のことに使えよ」
 思わず鬼柳すらも感心する調査であった。
 つまり大学生が二百万払って鬼柳をむかつくので痛め つけてほしいと頼み、保坂が青木にそのまま依頼、青木は二百万から百万を勝手に抜き取った。保坂は大学生が「ムカツク死ね」とずっと言っていると伝え、青木は殺しの依頼だと勘違いして鬼柳の殺しに実行犯であるこの男たちを選んだのである。
「つまり、痛めつける目的だったのが殺しの依頼になってたってことか。大学生とやらは身元は分かってるのか?」
「別のメモだよ!」
 やけくそになった男が叫ぶと、鬼柳は別のメモを探す。大学生と書かれたメモがありそれを開く。だが鬼柳はそれを見た瞬間、眉がわずかに動いた。
「なんだ、やっぱり恨み買うほどの身に覚えがあるのか」
 男がずっと不思議そうに尋ねていた鬼柳の変化を見逃さなかった。さすがここまで調べた男である。人の微妙な変化も見逃さない。
「いや、会ったことすらないどころか、つい最近初めて名前を知った程度の人間だ」
 鬼柳がそう言ってメモの内容を写真などこの事件に関係したものをすべて自分の携帯に転送した。そして懐から財布を出すと男に五万円差し出した。
「……なんだよそれ」
「調査情報料。このメモに書かれた奴らには近付くな。こっちの事件の殺人犯と関わり合いがあるかもしれないからな、うかつに探ってるとお前殺されるぞ」
 そう言うと鬼柳たちは転がっている男の拘束はとかなかったが、唯一情報提供をしてくれた形になった男の拘束は解いた。
「殺されるって……なんだそれ」
「なんだって、相手は既に五人殺してるだろうから」
 鬼柳がそう忠告すると、さすがの男も目を見開いて首を振っている。
「やめるやめる。こっちのやつらのはやめる」
 さすがに相手がそれだけ殺しているなら、目的の相手以外も殺している可能性があるわけだ。邪魔というだけで殺されるかもしれない。幸い、相手はこの男の行動に気づいてないのか、男は生きている。だがそれ以上探れば必ず相手の視界に入ることになる。当然犯人がそれを許しておくはずがない。
 こんな予想が男にも容易に想像できたらしい。
「俺たちが消えたら、そっちのも拘束を解いてやれ。あと、お前は探偵にでもなれよ。浮気調査とかした方が危険はないし、報酬もいいんだぞ」
 鬼柳がそう言って車に乗り込んで去っていくと、その場には無残な気絶した男が四人と男一人が残された。
「……探偵かぁ」
 男はそう呟くと拘束された男たちの拘束を切ってからその場から一目散に逃げ出した。

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