Switch 外伝9-7

play havoc 7

 榎木津光琉(えのきづ みつる)は鬼柳恭一(きりゅう きょういち)を目の前にして大きく溜め息を吐いた。
 四ヶ月も海外に行っていたと思ったら帰ってくるのと同時に鬼柳恭一から連絡が入った。
「透耶がストーカーに狙われている。そこで昔話を聞きたい」
 と鬼柳が言うのだ。
 どうして今遭っている被害が昔話と関係しているのか意味も分からない。だが鬼柳が一人でやってきて、いきなり言った言葉に光琉は息をのんだ。
「真下柾登の事件のことを詳しく聞きたい」
 鬼柳がそう言うのは好奇心からではないことは真剣な顔を見れば分かることだった。
「……とうとうか。終わったことだと思ってたから俺だけ知ってればいいかって思ってたけど……なぜ真下が今更」
 光琉がそう言うと鬼柳が簡潔に言う。
「あの過去の事件の記事。あれがストーカーが透耶を動揺させる目的で流したものかもしれないからだ」
「それって、真下の関係者がストーカーとグルってことか?」
「関わってはいると思う」
 鬼柳はそう言う。
 更に透耶が最近合っていた被害をあげた。
 光琉には誘拐事件のことだけは言っておいたが、実際に透耶自身に手紙が送られていてそれがアメリカまで来たことは話していなかった。更に女性記者殺人事件の関連の透耶の記事メモが消えていたことなどもだ。
 それらを話し終えるとさすがに無関係と言うにはおかしな流れだと光琉にも思えてきた。
「何人か仲間がいて、真下のことで透耶を恨んでいるやつが、今の透耶に何かしてるわけか。だがなんで今なんだ?」
「分からんが。真下のことについて、透耶に聞いても学生時代の昔話しか無理だった。努力はしたが真下が死んだ後のことは未だ穴だらけだっていう」
 鬼柳がそう言うと光琉は更に溜め息を吐いた。
「仕方ないよ。透耶には地獄だったから」
「そういうお前は大丈夫だったのか?」
 鬼柳がそう聞く。同じ境遇で透耶だけが壊れた理由は知っている。だが光琉はどうだったのかと思うと光琉は笑う。
「おかしな話だが俺は、ここで俺が戦わないといけないと寧(むし)ろ張り切った方だからな。正直に言うと、親や祖父のことを透耶に押しつけて、俺は楽に生きていたからな。親のことは呪いの関係上、納得したくらいで祖父のことは好きではなかったから、衝撃はほとんどなかったな。透耶はあんな祖父でも好いてはいたし、両親のことはやっぱり呪いがあるんだってショックだっただろうし、何より……」
「透耶が原因で全員が透耶のところに来ようとしていたからか」
「そう、それが一番透耶にショックを与えてた。俺は……親の死まで透耶に押しつけた形になってしまったかもしれないって思ってる」
 親や祖父の過剰な拘束に反発して中学で芸能界を目指して家から逃げた。デビューまでして順調で楽しく生きてきた。親や祖父を押しつけた透耶を見ていられなくて京都にも戻らなかった。その付けは大きかったのだと透耶が壊れた時に気づいた。
「東京に来た透耶が慕ってくれたのは素直に嬉しかったよ。だからできる限りのことはしようと思った。けど、俺も子供だったから」
 思い出しても苦笑するしかない。
 透耶を守ろうと矢面に立ってみても、子供であることは変わりなく、結局祖母の力を借り、氷室の叔父や叔母の力も頼った。
「真下家は、その中でも最大に凶悪だったな。最初に結論からいうと、真下柾登は病気による進路に悩んでの自殺であるというのが公式見解なんだ」
「病気? 進路に悩んでというのは聞いたが」
「公表されているのは進路に悩んでなんだけど、真下柾登はその事件のあった年の夏頃に喉頭癌の告知を受けていたんだ」
 光琉がそう言った。
 そう言われて鬼柳はやっと合点がいった。真下がおかしくなったと言っていたが、夏頃からというのが透耶の最大の違和感だったという説明がやっとできる。
「真下が透耶に執着していたのは死んだ後分かった事だけど、それでも生前もかなりやらかしていたみたいで。透耶は迷惑であることは告げていたが、周りがそれほど問題視しなかったことも原因だったらしい」
 そういうと光琉は吐き捨てるように言う。
「透耶が真下と付き合っていたなんて真下の母親が堂々と言い出した時、同級生の何人かもそう聞いていたとか言い出して、修羅場だった」
「その後なのか? 病気が原因って分かったのは」
「本当だったら最初にそれを疑うべきだったんだけど、真下が一時立ち直ったようになってコンクールに出ようとしたことで、悩んでなかった折り合いが付いていたとなってもめたんだ」
「それ、真下は開き直ったんじゃないのか?」
「病気で声を失うなんて可哀想だとは思うよ。悩んだだろうし、手術しなきゃ死ぬわけだし。けど透耶への執着だけで開き直られても困るっつーの!」
 光琉が大きな声で怒鳴って気持ちを落ち着ける。
「死んだ人を悪くいいたくないけど、あの男、付き合ってもいない透耶とデートしただのホテルにいっただの、挙げ句に旅行しただのありもしないことばかり日記に書き残してたんだよ!」
 さすがにそこまでゆがんでいるとは思わず鬼柳も驚く。
「妄想日記が発端でもめたのか?」
「そうだよ、そんなものがあるからって母親が食い下がって食い下がって。こっちは弁護士入れて全部の妄想日記が妄想であることを証明する羽目になったんだよ」
 光琉が怒りに怒っている。そして察する。
 そりゃこんなことに巻き込まれたら、悲しむどころか怒りでどうにかなってしまうパターンで、光琉はそれで透耶を守るために戦ったわけだ。
「その妄想日記はもうないのか?」
 そう鬼柳が聞いた。もしあったとして真下家の遺品だ。そっちは偽物の妄想日記と分かった以上とっておくとは思えない。希望がないがそう聞くと意外なことを光琉が言った。
「あるよ、揉(も)めたときに証明するために調べる必要があるからコピーしたやつが」
 そう言ってどこかへ電話をかけて取り寄せるようにした。
「あるのか!? よく捨てずに取っておいたな」
「すぐに捨てるわけにもいかなかったし、でもあんなの持っていたくなかったんで困ってたら、京都の葵(あおい)さんが妄想日記を読みたいって言い出してそっちに渡した。人からもらった気持ち悪い読み物でも、捨てるなんてことしない人だから多分京都の家にまだあるはずって思って聞いたら普通にとってあった」
 今すぐ持って行くと言われてそう願った。三時間ほどで届く予定だ。郵便なんて輸送事故でなくなりそうなことはせずに、そのまま届けてくれるというのだ。
「真下が自殺した時、透耶は真っ青な顔をして真下をずっと見てたって」
 真下が喉を切った瞬間を覚えていると透耶は言っていた。スローモーションのように真下が声にならない声で叫んでいることも覚えていると。ただそれを凝視したまま透耶は立ち尽くしていて、教師が慌てて透耶を連れて行くまで透耶はずっと真下を見ていたのだという。
「それから教師は警察を呼ばずに、救急車呼んで真下を運んで、救命士が警察に通報して警察が来るまで透耶を責め立ててたんだ。お前が殺したのかって」
 教師は真下の自殺だとは疑いもせず、透耶を殺人犯として扱った。
「保身ってヤツか?」
「そう。当時の透耶は悪いことに教師受けは悪かったから余計にね。警察が来るとすぐに事情を聞いたけど、現場にいた生徒が真下が自分で首を切ったと証言したんで、透耶はやっと解放された。むしろ精神的にやばい状態であるのは刑事でもわかったんで、病院に行って、そこから警察が祖父に連絡して祖父が親に……親から俺に連絡が来て……俺が駆けつけた時にはもう透耶は壊れてた」
 真下が死んだ事件で父兄が集まる時に透耶側の親が死んだニュースが流れた。透耶はそれで倒れ、入院が長くなった。
 真下のことの話し合いの場に透耶の関係者が全員来られなくなり、話し合いではなく、真下一家の独演会になり、透耶が真下と恋仲だの訳の分からない主張が通りそうになっていた。
 しかし警察が介入していたことで、正式発表をするには矛盾点が多いことから透耶側が落ち着いたところで祖母に連絡が来て、弁護士を入れる羽目になった。
「学校も真下一家の言い分を鵜呑みにしてこっちを責め立てるんで、弁護士を入れなきゃいけなくなって、挙げ句祖父の対抗組織だった理事会の人間が祖父への恨みを透耶で晴らそうとして不名誉なことをなすりつけるしで……もうねあれは阿鼻叫喚(あびきょうかん)っていうんだろうなって静かに思ったよ」
 真下家はどうしても透耶と真下柾登が付き合っていることを認めて謝罪することを要求してきた。妄想日記を盾にして本気で裁判を起こすつもりでもあったらしい。ただ母親が暴走しているだけで父親は穏便に済まそうとしていたようだった。
 そこで真下側からも弁護士を出してもらい、弁護士同士で話し合ってもらった結果。妄想日記が本当であるのかどうかという最大の問題点を再検証しようということになって、あのコピーが出きたわけだ。
 ここで幸いだったのが、透耶がメモ魔だったことだ。スケジュール帳には日々のスケジュールが書き込まれ、そのスケジュール帳には数行の日記が書かれていた。普通の学生なら友達と遊ぶところ、透耶は祖父の用事で出かけていたり、明らかに家族以外の証人が多かった。中にはその日に何もなく出かけていない日もあったりしていたが、妄想日記の重要なデートの日にはことごとくコンクールや発表会があった。
「つまり、透耶がそういうのに出ている時に、真下はデートしている感覚で透耶の演奏を聴きに行っていたのか!」
「そう、しかもこっそりだったからたちが悪い。当然透耶は真下が来ていたことは知らないわけ。デートなんかであるものか!」
 妄想日記は最初は普通に透耶への告白に似た気持ちをはき出しているだけだったようだ。しかし喉頭癌の告知を受けた時から狂い始めてくる。
 ホテルへ行ったと書き、その行為を詳細に書き込んだり、透耶の私物を盗んでそれでオナニーをしたなど、変態きわまりない行動を詳細に書いたりしていた。
「よく母親が読んだな」
 鬼柳が感心していた。普通母親はそんな妄想日記を本気にする前に、見なかったことにして破棄するはずである。
「実際に父親は息子の異常性を理解していたようだったよ。ただ母親が狂ってた。息子のすることは何でも正しいって思ってて、同性愛者だろうが変態だろうが、息子のしたことを何一つ恥ずかしいと思ってないんだ」
「透耶が真下の家は長男だけ可愛がって何でも正しいと信じ込むような母親だったって石山に言っていたんだが」
「そう長男教っていうやつ。長男はなんでも正しいっていうやつね。狂っていようがどうしようが息子の願いをちゃんと叶えた上で死んだことにしたかったというから恐ろしかったよ」
「普通、病気で進路に悩んで自殺したっていう方が世間体がいいんじゃないか?」
「父親も弁護士も、妄想日記が妄想であった証明が出てくるたびにそう言っていたんだけど、聞く耳持たなくて」
「それで母親は何で納得することになったんだ?」
 何を言っても駄目そうな感じであるが、結果を知っているだけに謎だった。
「それが夏休みの記述なんだけど、透耶と二人で一週間ほど旅行したというやつがあって、成人小説のような内容だったんだけど、シチュエーションがほぼ、滝田真紀子(まきこ)と荒田(あらた)正三(しょうぞう)っていう俳優が出てる昔の映画の内容のまんまだったんだ」
「つまり……盗作?」
「簡単に言うとそう。明らかにそれ見てただ登場人物の名前を変えただけの話。有名な映画だったらしくて、俺たちはさすがに知らないんだけど父親母親の年齢の人は知ってて普通な感じ。だから弁護士事務所の人がそれを読んで、あ、これあれだって気づいてそれを重箱の隅をつつきまくってあり得ないことを証明した上に、透耶がその旅行中に京都から一歩も出ていないことが証明できて、それをたたきつけたらさすがに父親が母親を殴って説得させてた」
 さすがの母親も最大のイベントが盗作だとは思わなかったらしく、指摘されて思い当たる話だったために初めて言いよどんだほどだった。
「で、次の話し合いの日は、母親がいなくて父親だけ来て、申し訳なかったって謝罪。息子の死因は進路で悩んでいて自殺にしてほしいと。ただ病気だったことは伏せてほしいと言ったんで、透耶が知っているのは進路に悩んでってことになってる。俺は病気であることを知っていたから、病気で進路に悩んでってことにしてある」
 光琉がそう言うと、相当に修羅場だったんだなと鬼柳でも分かる内容だった。
「腹立つのは、学校だったな結局。透耶を責め立ててた教師は最後まで透耶を責めてたし、こんな騒ぎを起こしたんだから退学だとか。だからこっちは退学にしたら裁判にしてもいいんだぞって脅して、年度の終わるまでの出席日数を上手くごまかしてくれれば、登校はさせないで転校させるという持ちかけで転校させた」
「ありなのか、それ……」
「教師が吐いた暴言、残らず録音していたから」
 光琉がしれっと言った。名誉毀損で訴えたら余裕で勝てるレベルの暴言を吐いたらしい。
「なんたって……そんな」
「透耶が榎木津維新の孫だからだと思うよ。反対派閥に属する教師が祖父が死んで理事会を抜けたことが分かって、透耶をかばっても意味がないって思ったんだろうって」
「ひでえな。けどそんな学校に残ってもしょうもないな」
「だろ、だから進級できる日数確保して転校が一番利口だって祖母が言うからそうした」
 祖母は損得勘定が得意である。すべてに立ち会った上で弁護士に委託した。透耶に何がいいことなのかを一番理解していたのは祖母だという。転校先は光琉の学校にすればいいと言ったのも祖母だ。
 光琉は単純に透耶を守るつもりで側(そば)に置いたが、祖母の思惑は別だ。光琉の前で透耶に過去のことを聞き出そうなんてできる輩(やから)が存在するとは思えないという理由だ。つまり光琉を盾にして透耶を守る方法だった。案の定透耶はそれで守られて高校を卒業できている。
「今回の事件で真下の家が関わっているとは思えない……父親は最近自殺しただろ? 会社が倒産寸前だったって週刊誌に書いていた。母親は再婚したってニュースで言っていたし、馨(かおる)さんが、真下の母親の再婚相手が資産家であの報道も上から圧力かけて潰したって言っていたから、問題を大きくしたいわけでもないだろうし」
 光琉がそう言う。
「だよな、ストーカーする意味もないよな、資産家の母親がとか」
「そうそう……ってーあれ?」
 光琉が真下の家族ではないだろうと言ったその舌の根も乾かないうちに言い出した。
「真下って兄弟がいたよな……ってあれ」
「兄弟?」
「そう、弟がいたと思う。あの当時は中学生くらいだったと思う……今だと大学生かな」
 光琉がそう言い出して、鬼柳が続ける。
「兄の復讐とか言って透耶を狙っているのが、弟の可能性もあるわけか。だがそれだとちと弱い気がするが」
 鬼柳はそう言う。
「けど共犯がいることは確定してるから、そいつがって可能性もある」
「だが復讐したいと思っている相手に、名前を羅列した手紙を送ったり、アメリカまで追いかけたり、傷つけないように誘拐したりするか?」
 鬼柳の疑問はもっともだ。
 相手は確実に透耶を傷つけるというよりは手に入れたいと思っている風である。
「それに犯人が俺を無視していることも気になる」
 透耶には鬼柳恭一という恋人がいる。だが犯人は一言も鬼柳恭一には触れない。別れろとも言わないし、鬼柳を脅迫したりしていない。
「透耶を手に入れるための最大の難所は鬼柳さんなんだよね。なのに無視ってなんだろう。いてもいなくても変わらないわけじゃないのに……」
 光琉もそれは疑問だった。

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