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外伝6-3
We can go 3
透耶と鬼柳が部屋へ戻ろうと廊下を歩いている時であった。
透耶は今すごくメロメロとした状態で、鬼柳の手に引かれていて、状況が判断出来るような状態ではなかった。鬼柳の方はなんだかんだで上手く透耶を連れ出すことに成功して上機嫌であった。
まさかうずらの卵ごときのゲームで、透耶を口説けるとは思っても見ない展開だっただろう。
まさに棚からぼた餅、というのはこういうことを言うのだなとふと思ったものだ。
透耶の腰に手を回して引き寄せ、途中で立ち止まってキスをする。こうすると意識が戻りかけた透耶を更に快楽という物の中に押し込めておける。
そうして自分しか見えない状態にして、部屋で食らいつくす計算である。そこには滅多にない透耶からのご奉仕というものが含まれている特典付きであった。
浮かれていた本当に浮かれていた。
けれど、パーティー会場の引き替え室の前を通った時に聞こえた話し声が耳に入った瞬間だった。
「……大体なんであの鬼柳恭一がここに平気な顔でいるんだ?」
そう聞こえた時、透耶は瞬時に我に返ってしまったのである。
鬼柳にもそれは聞こえていたが、そんなことはどうでもいいことであった。
けれど透耶にとっては、どうでもいいことではなかったのである。
ピタっと歩くのをやめてしまった透耶は、そこから動こうとしなくなってしまったのである。
「……透耶?」
急に鉛でも担いだかのように重くなった透耶を鬼柳は訝しげに振り返った。
その透耶の視線は、きっちりあの控え室に向けられていた。
その中ではまだ鬼柳の話題が続いている。
「エドもどうかしてるよな。セラの初恋の相手だってだけでも面倒だってのに、友人だなんておかしな話だ。あいつのことだセラとだって寝てる可能性あるじゃねーの?」
「節操ないから手は出してるだろうな。あいつ来る物拒まずだっただろ? 寝てないわけない。そんなことエドだって分かってるはず」
「友人の手がついたもん、よく手が出せるよな。気が知れない」
「でもよ、そもそもエドとあいつが友人ってのもおかしな冗談だろ」
「まあ、鬼柳家ってのも金持ちっちゃー金持ちだし、その関係で邪険に出来ないんだろ?」
「確か、あそこのじいさんって大銀行の頭取だっけ? まあそうだったら仕方なしに友人やってるんじゃないか?」
「案外、あいつに友人らしいもんいなかったから、エドに頭下げて「友達になってやってくれ」とか頼まれた口じゃねーか?」
そこまで透耶も聞いていた。はっきり言って顔が無表情になっている。
話している人たちはそう言ってげらげらと笑っている。
鬼柳はそんな話を聞いても何も感じてなかった。
というのも、これは大学時代に散々言われた話であったし、まったく違う事実であるが、わざわざ否定して回るほどのことでもなかったからだ。
鬼柳にとってエドワードという存在は、ただただ迷惑な存在だった。なぜエドワードがそこまで自分に構うのか分からなかったし、エドワードと友人なんてやってるつもりはまったくなかったから、そもそも友人というカテゴリーには含まれていない。
だから友人という話が出ると、とことん鬼柳は嫌な顔をしていたものだ。
周りがそれを理解出来ないのも分かっていた。
だったら何なのかと聞かれても、はっきり分からない。だから答えられない。友人だろと言われるとはっきり違うと言えるというのにだ。
透耶と出会ってから、エドワードとの関係は昔とは違うようになってしまったのは確かであるが、友人だろと言われたら、知り合いくらいの格上げはされているかもしれない。
でも、腐れ縁というのが一番しっくりくるのは、エドワードと出会ってもう15年という時間が流れてからの自覚だろう。
迷惑である存在の結婚式に参列するくらいの妥協は出来るくらいに。
「そうそうあいつが連れてた東洋人、あれなんだ?」
話題は透耶の方に移っていた。
「あーアジアンビューティーな。あれなんだ? エドはあいつの恋人だって言ってたが」
「そもそもあいつに恋人が出来るとは思えないな。案外娼婦みたいなもんじゃね?」
「顔だけはいいから、ころっと引っかかったんで、ちょうどいいから連れてきたって程度か。まあ、鬼柳家の財産目当てってのもあり得るかもな」
「んで、速攻捨てると」
「まったく成長すらしてないのか、あいつは……」
「呆れたな」
「んじゃ、その捨てられた東洋人は俺らで可愛がってやったらいいんじゃね? 娼婦だって言うもんだし、金弾んでやりゃ誰にでも股開くだろう」
「あいつが仕込んだってなら、よほどかもしれないしな。そういや、スージーはかなりのもんだった」
「お前、スージー食ったのかよ!」
「まあ、ちょっとだけな。仕込まれただけあって、まあ悪くなかったな」
「実は俺も、ロッドを食ってみたんだが、あれかなりのものだったな……あいつ仕込むのは上手いらしい。他のヤツも言ってたな。あいつが食った後の女なんてごめんだと思ってたが、まあこれが結構なもんだって噂になって、あいつに捨てられた直後に誘いかけて食う専門までいたらしい」
「へえーそんなにいいなら、俺、あの東洋人で試してみたいな」
はっきり言って下品な会話である。
透耶はちらっと鬼柳の顔を見上げる。鬼柳の顔は無表情でなんにも考えていないように見えた。
下品な会話の内容はかなりスラングが入っていて透耶にはわかりにくいものだったから、自分がどうこう言われているのはあまり理解してなかった。
それどころかその前の鬼柳とエドワードの関係の話の方が気になるところである。
エドワードからの鬼柳という存在は、始終エドワードから友人だからということを聞いている。けれどそれに鬼柳がかなり嫌がっている様子で、鬼柳がエドワードをどのような位置づけにしているのかははっきりと聞いたことはなかった。
はっきりと言っていたことは、女が寄ってこなくて害虫駆除みたいな役割だったから、大学時代は便利だったという話だ。
その他はエドワードが傍若無人な感じで鬼柳の家に押しかけたり、写真を盗んだりしていたらしいが、それでも鬼柳は別にどうでもいいとエドワードの行動には寛容だったと思う。
でも、それは一度は身内みたいな感覚になってしまったからだ。エドワードじゃない誰かがそうしたとしたら、鬼柳は完全に無視し、存在そのものを否定してしまっていただろう。
エドワードという存在は、実に上手く鬼柳恭一という人間との付き合いをしていたということだ。
それは鬼柳の孤独というものがエドワードの中にもあるもので、ある種、透耶が最初に感じたように同類というものだったのかもしれない。
そこには友人、親友という言葉では片付けられない何かが存在している。それは二人とも分かっているのだろう。だから何を言っても許されるし、許している。どこまで何をしていいのか、何をしてはいけないか、そういう繊細な部分までもをも理解している間柄というのをただの友人や親友という言葉で片付けてはいけない気がするのだ。
けれど彼らは、その中に透耶を入れることを当然としている。
入ってはいけない間だと思うのだが、彼らは透耶という存在を間に入れることで、更に上手く付き合っているのだと思う。
「……下らん」
鬼柳はずっと話を聞いていたらしく、中から聞こえた会話を一言で切ってしまった。
「……え?」
透耶が鬼柳を見上げる。
「下らな過ぎて笑いがこみ上げてきそうだ」
そういう鬼柳は笑っていた。本当におかしいというように笑っていた。
「あいつらには、俺のことやエドのこと、ましてや透耶のことなんざ分からんだろう。俺らがどんな仲でどんな付き合いをしてどんな月日を過ごしてきたかなんて、わざわざ語って聞かせるようなもんじゃないが、語ったところであいつらはあいつらの下らなんゲスな考えでしか理解できない。語るだけ無駄ってもんだ」
鬼柳はそう言って透耶の頬を撫でる。
確かにその通りだ。そもそもこれは本人がどう思っているかの問題で、周りが勘ぐってどうにかするようなものではないのだ。
15年も二人はそうやって付き合ってきたし、透耶はその途中参加をしたわけだが、そこにはたくさんいろいろなことがあったものだ。ああいう日々を積み重ねながらきたから、絆はより一層他人には理解出来るようなものではない。
だって、そこにはどんどん仲間が増えて、どんどんいろんな思いが入ってきて、それは膨大になっていっている。それは止まることは知らないのか、まだまだ膨れあがっている。けれどそこにいる人たちは温かくて強くて、そして美しいものだ。綺麗なものがどんどん輝きを増して、一瞬振り返ると眩しすぎて眩暈を起こしそうなほどの熱を帯びている。
ここにいるような、人の外見と地位と金と、そういう薄暗いものを見ることしか出来ない人たちに、この現象を説明しようとしたって無理なのだ。
理解してくれとは言わない。けれど、それに難癖つけるのはいただけない。そんな感じだ。
透耶はほわっとした笑顔を浮かべて鬼柳を見つめた。
「そうだねぇ。そう、鏡に太陽を当ててその反射をその人たちに向けたって、目を反らすのは当然かもしれないね」
透耶がそうした例を出して感想を言うと、鬼柳はにこりと微笑んだ。
「そんで、目を背けた先にある自分の影を眺めて文句を言うんだ」
鬼柳がその例に乗ってそうした言葉を口にすると透耶は納得したように続けた。
「……そうか……そうしたら見ているものは自分自身の暗い感情だ」
「そういうのをあいつらは今はき出してるってところだな」
鬼柳は言って透耶の頬にキスをした。
透耶も笑顔になって鬼柳の頬にキスを返す。
「なんだか大変だね。恭もエドワードさんも普通にしてただけなのにね、あんな話になっちゃってて」
「まあ、そういうのは目に見えるものしか見えないヤツらの感想だから気にならんな」
鬼柳は苦笑してそう言った。
「セラさんとどうとかって絶対にないのにね」
「ないなー」
透耶が断言して言うと鬼柳もそれはないという風に返した。
「そういや、その辺のこと聞いたことなかった……ねえ振った後のセラさんってどうだった?」
透耶は何か思い当たることがあるような口調で聞き返していた。
鬼柳は苦笑してその話をする。
「セラは好みじゃなかったし、抱いてくれって言われたわけでもなかったからな。エドの婚約者ってのも聞いてたし、妙に牽制されてるのも分かってたし」
「へえ、エドワードさん、なんだかんだで一途なんだ?」
透耶は当時の鬼柳が来る物拒まずなのは知っているし、もちろんエドワードも知っている。それでもエドワードは牽制するほどセラを大事にしていたし、鬼柳のことも信じていた。こうすることで鬼柳がエドワードのことを少しでも考えていたら、手出しはしないだろうと思っていたということだ。
きっとエドワードの中でのこの一件は、鬼柳の評価を上げることになっていたのだろう。
「ああ、もう絶対に手を出してくれるなって顔してたな。で、セラが告白してきたわけだ。その辺は予想はしてた。だから俺のことなんか最低最悪って思うように振ってやったんだが。あいつ、ふるふるして震えてるから泣いてるかと思ったんだ」
「泣いてなかったと?」
「ああ、怒りに怒って震えてたわけだ。んで、がっと肩を掴まれたって思ったら、腹に一発お見舞いくれた。油断しまくってたから、珍しく、俺沈んだな」
鬼柳が思い出しながらそう言うと透耶は少し引きつった顔をしていた。
まさかこの鬼柳を沈めるような出来事があったとは思ってなかったのだ。顔を殴るくらいはあるかもしれないと思っていた。だが、腹に一発、しかも鬼柳のような大きな男を沈めるくらいの力を込めていたなどとは予想も出来ないだろう。
「そういうところがセラは怖いんだ。あれでも一応空手なんかやってたらしくてよ。その話聞いたのその後だったから、先に言えよ!そしたら用心したのに!って思った」
鬼柳は言って後から情報をほんとに恨んだものだと呟く。
セラさん、かなり強いのか……そりゃまあ気が強い人だとは思ったけど……。
透耶は呆然としてそう思った。
「エドワードさん……それも知らなかったの?」
「ああ、俺はセラのことに興味なかったからその後どうなったのか知らなかったし。セラが何度か俺の居場所突き止めて押しかけてきたのは知ってただろうが。俺が振った直後に撃沈されるような羽目になってたのは話してなかったなあ」
鬼柳はのんびりとした口調でそう答えるのである。
「……人に興味ないのはいいとして、それ聞かれなかったから話さなかったんでしょ?」
透耶が呆れたように聞くと鬼柳はうんと頷いた。
そうなのだ、この男は聞かれなかったからという理由どころか、質問されなかったという理由だけで話す必要もないと判断する。そもそも自分からそれを話すようなことをする男ではないのだ。
相変わらずな鬼柳に透耶はクスクス笑っている。
今だってエドワードに聞かれないかぎりこの話はしないだろう。自分が沈められたから恥と思っているわけではなく、ただ単に聞かれないからという理由で。
「もう、相変わらずだなあー」
透耶はそう言うと鬼柳の首に腕を回して抱き寄せるようにしてキスを唇にした。
嬉しそうにして透耶がキスをしてきてくれるから鬼柳は嬉しくてそれを黙って受ける。
「透耶とはいっぱい話をしたいな。ボディートークもな」
キスが終わり鬼柳がにやっとしてそういうと、透耶は恥ずかしいとばかりに鬼柳の口を封じる。
それ以上言うなという透耶を鬼柳は楽々と抱え上げて、そのままエレベーターに乗り込んでいく。
そのままエレベーターは止まることなく、透耶たちが取っている部屋の階まで到着したのだった。
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