Switch 外伝6-2

We can go 2

 アレックス・サーザンドは回ってくるウエイトレスからワインを貰うとゆっくりと壁にもたれかかった。今日は友人のエドワード・ランカスターが結婚し、その披露宴のようなパーティーに呼ばれたのだ。 エドワードとは大学時代からの友人で、今は弁護士であるアレックスとはランカスターの顧問弁護士事務所に勤めている関係もあり、変わらず親しくしている一人だった。
 このパーティーに集まった顔ぶれは大体見たことがある者ばかりで、ある意味同窓会のような流れになってしまっている。ちょっと知らない顔を見るとみんなが紹介をしたがって集まってくるから、大体の顔ぶれは名前も含めて頭に入っている。
 しかし、この目の前にいる東洋人の青年は、さっきは紹介されずのままだった。名前は聞いたがエドワードとどういう繋がりがあるのかは誰も分からなかった。
 ただあの鬼柳恭一の恋人であると言われていて、その青年とも知り合いのヘンリー・ウィリアムズがみんなに総攻撃を受けたのは見ていた。
 ヘンリーがエドワードの知り合いであるのは知っていたし、日本で仕事をしていることも知っている。その繋がりで?と考えたが、どうも鬼柳の方が青年に執着しているようにしか見えず、誰もがあの鬼柳が?マジかよ、というように神様に祈りたくなってしまったようだった。
 気持ちは分かる。あんな美貌の青年を手に入れている、しかも自慢げに見せびらかしているというだけでも奇跡のようなものなのに、まだ恋人さえいない人たちは何故自分には恋人がいないのだ!?と神を恨みたくなってしまったのだ。
 何故、あの男だけはもてるんだ? と。
 まあそれでも鬼柳とはあまり親しくない者たちが多いので、青年、榎木津透耶に関しては誰も何者でどういう人なんかは分かっていない。まあ、話そうと近づくと番犬よろしく鬼柳が牙を剥くので怖いのだ。
 その透耶が目の前にいるのだが、ちょうど料理を選んでいたのだが、どうも真剣な顔をしているから気になって見てしまったわけだ。
 料理が選べないのかと思っていたら、どうも違う。
 真剣に箸を握って、ほとんど料理がなくなってしまっている皿を突いている。
 よく見ると、そううずらの卵だ。
 それを真剣に取っているのである。
 料理皿はもうとっくにほとんどの料理が出てしまっていて、それはさっさと片付けられるべき状態になっている。その皿にうずらの卵が転がっている。ちょっと気になって箸で取ってみようと思ったが、なかなか取れない。
 アレックスは、ああ、あれだと思った。
 あれだあれ、日本に行った時にゲームセンターでやった、クレーンゲーム。
 大の大人さえも熱中させる、ぬいぐるみ、もしくは箱の景品が入っていて、クレーンを操作して景品を取るあれだ。
 あれは本当にクレイジーなゲームだとアレックスは思ったものだ。
 取れそうで取れない。取れたかと思ったら持ち上がらない。その数秒の間に手に汗握るのだ。
 あのうずらの卵を箸で取る。それはまさにあのクレーンゲームに似ているのだ。
 透耶は真剣にそれに挑戦している。油がある分、難度があがっているのか、卵はそう簡単にもちあがってくれない。
 難しだろうな。瞬時にそう思う。
 ましてや箸だ、箸。
 刺して取ればいいだろうと見ている方は思うが、もう透耶の感覚は、ゲームをしているようなものだ。どうしてもあの箸であの卵を掴み、それをあの小皿に乗せるということが使命のように感じているのだろう。
 変わった子だな。東洋人の年齢はいつも驚かされるくらいに若く見える。彼はハイスクールの学生のような容姿にしかみえない。あれでも二十歳過ぎているというのだからこっちが驚く。
 そんな子が、真剣に卵を箸で掴むことに熱中している。
 ……正直、ちょっと頭は大丈夫だろうか?と心配になる。
 そんなことに熱中するのはせいぜい10歳までだと思う。
 その透耶、アレックスが見ていて5分くらい経った頃、やっとの思いで卵を箸で掴むことが出来たようだ。
 のだけど。

「先生」
 そう女の子が声をかけて彼の肩をぽんと叩いてしまったのだ。
「あ……」
 透耶から小さな驚きの声が漏れると、箸から卵がつるりと滑って落ちて、元の皿に戻ってしまった。
「あ、え、……ごめん、何か取ってた?」
「……うん」
 女の子も東洋系の子だ。黒い髪を後ろに流していてそれが腰まで届いている。とても綺麗な漆黒である。この女の子もエドワードの知り合いなのだが、何者なのかは聞いていない。自己紹介が行われていた時はまだそこに居なくて、さっきここへ入ってきたようだった。
 透耶のことを先生と呼んでいたが、どういう関係なのかさっぱり分からない。
 女の子は皿を覗き込んであちゃーという顔をして謝っている。
「ごめん、卵だったんだ」
「うん、でも食べたいわけじゃないんだ。なんか取れなくてね、それで……」
 透耶が状況を説明していると、女の子は近くにあった箸を取ってその卵を取ろうとしている。
「……あれ……れ?」
 そう簡単に取れたなら、透耶はあんなに残念な顔をしたりはしないだろう。
「意外に難しい……むむ」
 女の子までそれに夢中になってしまった。透耶はその隣でそれを静かにでも拳に力を込めて応援している。なんだか変なことになってきたぞ。
「イライラするーけど、取ってやる」
 女の子は意地になってそれに取り組む。もう真剣真剣。
 これって取らないと気が済まなくなるような何があるのだろうか。
 そうして透耶と同じ時間をかけて女の子はやっと卵を持ち上げた。
 けれど、ポンと肩を叩かれた。
「何してんの?」
「……あああああ」
 透耶が悲鳴を上げる。女の子は呆然としてから振り返った。
 うーん、こめかみに怒りマーク。
「え……あ、なに?」
 やってきたのは金髪が綺麗なヘンリーだ。この男もエドワード同様に陶器のような肌をしたヤツだ。けれど気に入った人間としかコミュニケーションしないという性格をしていたな。
 その気に入った人間としか話さないやつが鬼柳と二人で話してたのには、みんな驚いていたな。いつの間に知り合ったんだってな。
「……ごめん、卵かあ……」
 てんてんと転がって元の位置に戻った卵を眺める。油の中にいるからそれはそれは取りづらいだろうと誰でも分かるだろう。
 それをやっと取ったのにと女の子が抗議をすると、ヘンリーは謝りながら透耶から箸を貰い、卵を取ってやろうとする。
 まあ、取れないわけだ。
「え、え……あれ?」
 軽く構えたさっきとは違い、今度は真剣に取り組む。
 あいつあんなヤツだったっけ? ふと大学時代のヘンリーを思い浮かべる。
 こんな遊びに付き合ってくれるようなやつじゃーなかった、うん。
「取れないでしょ?」
「これ、難しい……う」
 ヘンリーを応援しながら透耶が簡単だったらこんなことになってないと言っている。
 女の子も真剣にそれを見ていた。うーん、真剣だ。
 それこそ手に汗握る展開。取るのはうずらの卵だけど……。
 ヘンリーは二人よりもコツを掴むのが上手かったのか、二人の半分の時間でそれを持ち上げることに成功した。
 透耶と女の子がやった!とガッツポーズしかけたのだけれど。

「何をしているのかな?」
 ポンっとまた、まただけど、邪魔が入った。
 卵は箸からするり、はい、振り出しに戻る。
 ジロリと透耶と女の子が振り返る。そこを邪魔したのはイギリス紳士。
 そーいやー、エドワードはエレクトラの社長と親しい間柄だって言ってたし、最近よく二人で会談してるの見たな。
 そう、そこに居たのはジョージ・ハーグリーヴス。飲食業界の頂点に立つ男だ。
 まだ独身ながらも精力的に活動している。彼が去った後誰が跡継になるのかはまだ不明という、業界では誰が後継者かという噂なんかも出ている。
 その彼が彼らと知り合い????????????
 はっきり言って繋がりがまったくないではないか!!
「透耶、そんな顔してどうしたんだい?」
 社長は気軽に透耶に話しかけた。
「ええっと……ですね」
 あまりに凄い顔をしていたのでびっくりされて当然だろう。まさかうずらの卵ごときであの世界の頂点を極めた男が怒られるなんて自体、あり得ない、あり得ない。
 そんな彼は別段怒った様子もなく、彼らの説明を聞いている。
 最初にこのゲームを始めた透耶は完全に説明役に回ってしまっていた。
 その説明を受けたジョージは驚愕という表情を浮かべてしまったのだ。
「なんということだ!」
 ……へ?
 ジョージはいきなりそう声を上げたのである。
「これは大変なことだ。料理界に対する挑戦とも言えよう。おお、ここにサンプルがある限り、自分で実体験をして、これを克服せねばならぬ!」
「……はぁ」
 ……はい?
 なんだか話が大きくなってないかい? 何故これが料理界の挑戦状なんだい?
 アレックス、ちょっとわかんない。
 ジョージは熱弁をまだふるっている。他の三人はそれを聞き入っているようだ。
「ぜひとも、これを課題にパーティー料理というものを考え直さなければならない事態だ。おお、箸という日本では当然のものが通用しないとなれば、私の傑作さえ、箸にも棒にもかからぬとは!」
 まあ、確かに……一理あるけど、ジョーク混じってませんか?
 日本でも飲食業で進出しているから、もちろんその地元である日本人が使うべきもので料理が取り残されるというのも一応は問題点であるとは思うが、そこまで大げさに言うのは何か違う気がするアレックス。
 そうしてジョージは箸を持ってそれに挑戦しだしたのである。
 イギリス人にしては綺麗な箸の持ち方で、卵を取ろうとするのだが、つるっと滑って箸から逃げる。それを追いかけてまた掴むも逃げられる。
「……むむ」
 予想以上に難しい状況にあのジョージが真剣に取り組みだしたのだ。
 ……世界の頂点にいる男が、うずらの卵で真剣……ちょっと可笑しい。
 なんでも望み通りにやってきた男が卵一つ取れないのは、面白いかもしれない。けれど彼の周りでは真剣そのものの三人が静かに応援している。
 ちょうどヘンリーがきた辺りから、アレックスの周りでもこの状況に興味を示しだした者達がいた。最初は笑ってみていた者たちも今や真剣にそれを眺めている。
 もう手に汗握る感じ。誰でもいいから早くそれを小皿にインしてしまえ!と思っているに違いない。
 中にはそんなに難しいなら自分が!と思っている者もいるだろう。
 その4人目の挑戦者ジョージは、真剣そのもので取り組み、ヘンリーと同じくらいの時間でコツを掴んで卵を持ち上げたのだ。
 これでやっと終わりだな。そう思ったら。
「あれ? なにしてるの?」
 ひょいっと真剣に取り組んでいる4人の中に顔を突っ込んだのは、今日の主役でもあるセラフィーナだった。

「……お!」
「ああああ……」
 驚いたジョージは卵を取り落としてしまったのだった。卵はころころ転がって、元の位置にスタンバイ。はーい、もう次の挑戦者待ちっすね!
「……やだ……ごめん」
 さすがに状況把握は早かったセラは、すぐに箸を握ってそれに挑戦しだしたのだった。
 卵を取ろうとしたことはすぐに分かったし、それを取り損ねたことを非難されたことも分かっていたセラだが、その状況が更に困難であることを悟るのも早かった。
「えええ……えええ、取れない!」
 つるつる箸から滑って落ちる卵。
 それと格闘する新婦。真剣に応援する4人。
 うーん、清々しいほど妙な光景だ。
「……ぬぬ」
 セラは真剣に箸を使い、力業に持って行こうとするもなかなか取れない。なんとか力加減を調整して箸に乗るように卵を持ち上げた。のだけれど。
「何やってるんだ?」
 ポンと新郎のエドワードに肩を叩かれたのだった。
 乗っていただけの卵はするりと箸から逃げ出してピットイン。
 声を上げすらしなかった5人が一斉にエドワードの方を見た。それはそれはもう悲しげでありながら、なんで今声かけた!というような、憎々しい者を見るようなそんな目、をしてたと思う。そうアレックスの方からはエドワードの顔しか見えなかったから分からないが、あの冷酷で冷静沈着と言われた男の顔が困惑したように変化するのを見てしまったのである。
 あのエドワードの顔色を変えるようなそんな目で見られたんだなーと思うと、凄い顔をしていたのだろう。
 しかし、珍しいものを見たなー。エドワードの顔が困惑? 信じられない変化だった。
「……なんだ?」
 ちょっと一歩引いたようにしたエドワードに、セラが箸をちょんと渡し、皿の卵を指さして言ったのである。
「GO!」
 まるで時間制限でもあるようなスタートだった。そりゃ酷いセラよ。
「ええ? やればいいのか」
 新婦にそう言われては逆らうわけにもいかず、エドワードまで挑戦する羽目になってしまった。
 箸も使えるエドワードは卵を掴もうとするも、するりと抜ける卵にすぐに状況を把握したようだった。こんな取れないものを自分の妻が取ったところを自分が邪魔をした。しかもそれはここにいる残り4人の悲願だったわけだと。
「……む」
 だがそんなに簡単には取られてくれない卵に全員が真剣になる。
 もうね、すっごい面白いわけよ。新郎新婦がなんでうずらの卵に真剣なんだ?って。もううずらの卵だぜ?え?
 というかあれであそこまで真剣に遊べる彼らも凄いと思う。
 エドワードもコツを掴むのは早かった。セラくらいの時間で力加減をして上手く卵を持ち上げたんだ。
 うん、でもね、神様は彼らになんて試練を与えるんだろうね?
 ここまでやって、それでも邪魔が入るってどういうことだろうね?
 そうそうおわらなーいわけよ。
「揃いも揃って、どうしたんだ?」
 来たのは鬼柳恭一。ある意味今は悪魔の使い。
 エドワードはそれほど驚いたわけじゃなかったが、全員の驚きが伝染して力がこもってしまったから卵はつるっと箸から逃げて元の位置に戻ってしまったのである。
「……なんだ?」
 全員がシーンとしたところに鬼柳が声をかけたら、もう凄い形相の6人が一斉に振り返ったからさすがの鬼柳でも一歩下がってしまうほど驚いてしまったようだった。
「……どう、したんだ?」
 そりゃね、全員に親の敵のような恨めしい目で見られた大体の人は驚く。それは無表情と有名のあの鬼柳にさえ通じてしまうくらいの驚きだ。
 さっきのエドワードを怯んだのも、こういう目で見られていたからだろう。
「……透耶?」
 鬼柳が困った顔をして透耶を見る。それは叱られた犬が主人の機嫌を伺っているようなそんな顔だ。 珍しいものをみた第二弾。あの鬼柳にそういう顔をさせるとは。
 ものがうずらの卵なだけに……可笑しい。
 透耶ははあっと息を吐くと、鬼柳の近くまで行き、手を引っ張って皿の前に連れて行く。そしてセラと同じように無言で箸を取って鬼柳に手渡してから皿の卵を指さして言ったのである。
「取って」
 にっこーりとした笑顔。
 ちょっとした意地悪のつもりだったかもしれない。
 鬼柳は皿の卵を見て、透耶を見て聞き返した。
「……取ればいいのか? ……はい」
 この男、本当に状況把握してなかったようだ。
 鬼柳はこともなげに卵を箸で掴み、それこそひょいっという言葉がぴったりの動作で簡単に小皿に卵を移してしまったのだった。
 ………………え?
 周りが一瞬で沈黙した。
「えええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」
 そして一同信じられない驚きの声。
 全員が一度は挑戦し、惨敗してきたものが意図も簡単にやってのけられたのだ。そりゃ不満の声も上がるだろう。
 取ってと言われて取った鬼柳は、首を傾げて主人を伺う。
「……取ったら駄目なのか?」
 透耶はそれをじーっと見つめて、小皿の卵を見つめ、更に皿を見つめてから思いついたように行動した。それは小皿の卵をまた皿に戻してしまうという驚きの行動。
 そしてまたにっこりして言うのだ。
「取って」
 指さしてそう鬼柳を見る。鬼柳は訳が分からないながらも透耶の言葉には従うようだ。
「取ればいいんだな?」
「うん、取って」
 綺麗に透耶が笑うから鬼柳はそれに従って、また簡単にそれをやってのけた。
 全員が透耶が持っている小皿に集中する。
 あれ?これ難しかったよね?なんで?という顔を全員がしている。
 そうした困惑という沈黙を邪魔をしないように鬼柳は見つめている。
 だがこの中でいち早く動いたのは、エドワードだった。
「透耶、それ貸せ」
「え? はい」
 透耶が小皿を渡すと、エドワードまでもが小皿の卵を皿に移し替えてしまった。
 一体なんなんだ?という顔をした一同に。

「よーし、卵掴みゲームだ! 商品も出すぞ!」
 と言ってのけたのである。
 ………………エドワード?
 ……………………まあ、それの運命はいずれは残飯の中であるし、もしここでこのゲームがなかったとしたら、とうに残飯の中にいた運命なのかもしれないけれど。
 どうよそれ???
 唖然とするアレックスを余所に、会場は盛り上がってしまった。
 まあ、みんな余興は好きだよな。この卵の運命はもともとエドワードが握っていたんだから、どう使われようが仕方ないかもしれない。
 けれど、どうよ、制限時間、30秒って、商品出す気ないだろう!
 でもそれを意図も簡単にやってのけた相手がいるわけで。そのことはみんな見ていたわけで、しかも二回も。
 透耶に魅入られたうずらの卵の運命は、最後に苛立ったイガーの腹に収まるまで、弄ばれてしまったのだった。
 エドワードの暴挙に驚いた最初に参加していた彼らは、早々に会場の後ろの方に避難してしまった。
 ちょっとしたショックと余興を楽しみながら会談している。
 そのちょっと離れたところ、アレックスの近くに、透耶と鬼柳が立っていた。
 二人は向き合って抱き合っているというより、鬼柳が透耶を腕の中に閉じこめて質問攻めにしている状態だった。
「なあなあ、俺には商品でないの?」
 これは卑怯だ。アレックスはなんて男なんだと眉を顰める。
「ええ? だって商品を出すのはエドワードさんだよ?」
 まさかこう言われるとは思ってなかった透耶は驚いてそう言い返す。
 けれどそれを聞き入れる鬼柳ではない。
「あれはさっき変わった。でもこのゲーム始めたの透耶だろう? だったら透耶が俺に商品を出さなきゃいけないじゃん」
 じゃん、じゃねー!!
 そんな理由どこにもない。つか、えええ?透耶はそれで悩むのかよ!
 透耶はうーんと考え込むような顔で真剣に悩み、それから仕方ないなあっと呟いてから言ったのである。
「……何が欲しいの? あんまり高いものは困るけど?」
 首を傾げてそう問いかけるのは鬼柳の計算通りだっただろう。
「俺からすれば値段が付けられないかもしれないが」
 鬼柳はそう言って、欲しいものを透耶の耳元でぼぞっと呟く。
 ――――――透耶からのご奉仕。
 瞬時に透耶は真っ赤になる。もちろんそれがどういう意味なのかははっきり分かっている。
「……いいだろ?」
 鬼柳はそう言うと透耶にキスをした。甘い甘いキスで、見ていたアレックスは口から砂が出てきそうだった。
 見たことない。そんなくそ甘い顔!!!!

 別人かーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!
 つーーーーーーか、ながーーーーーーーーーーーーーーーーーーーい!!

 アレックスが心の中で叫び声を上げている間にキスは終わった。
 キスが出来た鬼柳は満足したのか上機嫌で鼻歌でも歌いそうな雰囲気に対し、透耶はふにゃふにゃに溶けたような甘い色気を出した顔になっていた。
 鬼柳の手はやわやわと優しく透耶の頬を撫で、髪を梳いていく。
 それが気持ちいいのか透耶はどんどんうっとりしてここがどこなのか分からなくなっていくようだった。
 そのうち鬼柳が耳元でささやく。

 ――――――なあ、もう部屋に戻ろうぜ。な?

 それに透耶はうんと頷いて、鬼柳に惹かれ、手に手を取って二人は会場を後にした。
 アレックスは口から砂糖が出てるんじゃないかと思うほど、呆然とした顔でそれを見送った。
 人間、ところ変われば品変わる。
 あれは日本に行って、更にいやらしく成長したようだ。
 だが、その被害はただ一人にだけ向けられている。
 昔のようにところ構わずじゃないだけマシかもしれない。
 なんとかアレックスは心を落ち着けて、騒がしいパーティー会場の一部を見る。
 透耶に翻弄されたうずらの卵が、ちょうど苛立ったイガーの口の中に収まるところだった。
 透耶の手にかかったら、あんなものでさえ運命を翻弄されるんだ――――――。
 ちょっとだけ自分がその運命に関わっていないことを幸運に思ったアレックスであった。

PS:うずらの卵は、イガー・ランゴーさんが美味しく頂きました。 

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