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外伝6-1
We can go 1
結婚式の後のパーティーの出来事だった。
世界でも規模を拡大し続け、業績もかなりトップに位置する有名企業「アドヴェンチャラーズ」の副社長が結婚したのだから世界各国からお祝いがくるのは当たり前であるし、ネヴィル家も国内では有名な資産家で企業家の家だから、話題が更に大きくなっている。
ネヴィル家は、ラスベガスにいくつものホテルを持ち、カジノも経営する大金持ちの一族だ。その資産を使って、国内にもいくつかホテルを持つホテル王でもある。ランカスター家とはホテル業で国内では二分する立場であるが、ランカスター家が海外にもホテル業を展開しているのに対し、ネヴィル家は国内に止まっている。
そのネヴィル家の長女のセラフィーナとランカスター家の一人息子が結婚したのは、業界では注目の話題だった。、
あるものはランカスター家をネヴィル家が乗っ取るのかという噂もあるが、両者の家はそんなことは企んでいない。
ただ、昔にした口約束が本当になっただけだ。
本人達がその口約束をずっと覚えていて、自然にそういうことになっただけだ。
ネヴィル家からすれば、なかなか結婚の二文字を出さない長女に困っていたところに、いきなり昔の口約束を出され、相手がエドワードであったことでホッとしたくらいだ。
エドワードならネヴィル家に集ったりする必要がない人間だったからだ。相手としては極上品。
昼間のパーティーでは、かなりのお偉い方が参加していたパーティーだったが、その後に開かれたパーティーは極々親しい間柄の人たちが集められたという趣向の内容になっていた。
さすがに招待客が多すぎるのとお祝いも多すぎるので、二部構成にするしかなかったようである。一部のパーティーでは企業関係、政治と様々な分野のいわゆる情報交換場と言って過言ではない。お祝いにかこつけてあらゆるコネクションを作ろうとする輩が暗躍する。そんな意味もある場所だったから、学生時代からの友人などはやはり参加を躊躇するだろう。
そんなことは最初から分かっていたらしい副社長であるエドワード・ランカスターは、パーティーを二部構成というものにした。会場は一緒だったから企業関係でも本当に友人である人物はここにも参加している人はいる。ただの友好を広めるだけの懐かしい同窓会になっていたり、新しいエドワードの友人を紹介したりと、パーディーはかなり盛況であった。
このパーティーは身内関係と事実上認められているものだったから、ある意味重要な場所になっている。この中に潜り込んでもっとエドワードと親しくなりたい者達は大勢いたし、これに参加している人を買収してまでも入り込もうとする者もいたらしい。
それくらいに価値がある場所だという認識をしている人は、この中にはあまり居ないのが普通。外野が何を言おうが笑って「友達の結婚式だぜ、何言ってんだよ、馬鹿じゃない?」と平気で返す人ばかりとも言える。それくらいに思っている相手でないと、エドワードたちの友達とは認めて貰えないとも言える。
主役であるエドワードとセラフィーナは教会、一部のパーディー、二部のパーティーと今日一日忙しく動き回っているというのに、さすが業界人、疲れた顔一つ見せずに挨拶をして会談して回っている。
妻のセラは美貌でも有名で、ショーモデルを少し頼まれてしていたくらいに輝いている。その彼女が一番美しいと早速噂されたのはやはりウエディングドレス姿だった。きっと有名雑誌には彼女の美しい姿が載ってしまうだろう。その美貌でアドヴェンチャラーズの副社長で会長までの道を約束されている男に惚れられたのか、そう思う輩が多いが、本人達が昔の口約束を実行しただけということはほとんどの者は知らない。
二人とも好き勝手に生きてきたから突然の結婚に驚いたのは、企業関係や政治関係者だろう。彼に何度もお見合いをさせようと自分の娘を何度も送り込んだ人もいたのに誰にもエドワードは興味を示さなかった。しかも出してこられた結婚相手はぐうの音も出ないネヴィル家という家柄と美貌の持ち主であるから批判は影でのみされている。
そんな二人の関係を知っているのは、ここにいる友人たちだろう。彼ら(彼女ら)はみんなセラを知っていたし、二人の関係も噂されるセラの初恋相手やらなんだのをよく知っている。
もっともエドワードの方は、昔に家が決めた相手というのにはまったく不満はなかったようで、昔からセラ一途と言ってよいような態度でいた。もちろん、女性関係も派手ではあったが後腐れなく結婚が決まった辺りからみんな綺麗に精算されたそうだ。だが誰も不満を漏らしたりしなかった。それはエドワードが選ぶ相手は、当然家にとって会社にとってふさわしい相手でなければ世間が認めないというのを理解して遊びであることを一番分かっている相手ばかりだったからだろう。
中にはちょっとセラをからかったりする者もいたらしいが、その辺はセラが上手くあしらってしまった。あの性格を知っているものは普通に反撃するだろうと納得するばかりだった。
この中にいる友人たちは、エドワードの心はもうとっくにセラとの結婚に向っていたのに、セラの方がなんだかんだで先延ばしにしていたのを知っている。セラの返事がないかぎり、エドワードも急かすことをせずに普通に待っていたのも原因を知っていたからだろう。
その元凶はもちろん、この中にいる。
エドワードが風変わりな友人を作ったのは、大学時代でその後も何かにつけて会っていると公言している相手。それが一番の問題だった。
しかし、その友人はセラに関しては無関心を貫き通し続け、追いかけてきても靡かないでいた。
中にはセラを振って、エドワードに協力しろと言うものもいたが、その元凶が毎回言うのは「一度振ったもん、どうしろってんだ?」であった。
セラが恋心を抱いていることはもちろん承知しているが、とっくに終わった話だった。
だからセラは周囲から見れば明らかに恋をしているのに、それを認めようとはせず、ただただ追いかけていただけであった。本人は何故追いかけるのか分かってなかったようで、結婚はエドワードとするのは当然という考えであったから、話はややこしくなっていた。
だがここに来て、元凶に本命が出来たと知ったセラが動いたお陰で話は急転、速攻結婚となったのには周囲は唖然としたものである。セラなら相手と戦ってでも元凶を勝ち取ることをしそうな性格だったからだ。
「なんでいきなり……」という声が多かったが、婚約者であるエドワードは笑って、「初恋は叶わないって言うだろう?」と言うだけであった。
この言葉には周囲も呆れてしまい、お前にはプライドはないのか?という声もあったが、エドワードはこともなく「最初から決まってるものをセラが覆すわけないし、そもそも話にならんからな、アレ相手では」とそう言い返すのみ。
その元凶をアレと言うが、相手の評判はよろしくない。認めているのはエドワードくらいなもので、何故アレとエドワードが友人関係を続けているのか、ほとんどの人は分かってない。
はっきり言って、アレの大学時代の評判は地を這うように低い。だが彼の容姿や美貌、成績優秀だったことは誰もが認める事実である。
元凶は今日も招かれていて、平気で新郎新婦と話をする仲であるから薄ら寒い人も多かった。
だがその元凶の隣に、ぽつんと一つの花がいたことは、みんな驚いていた。そう女ではなく男だったのはその外見で驚かれていたが、彼はあの男と対の存在として存在していて、妙にそこに居た全員が納得というか、あれではあの男とはいえ恋の一つもしてみるだろうと納得することになってしまった。
その彼がセラと仲がいいから、もうこれは見ているだけで深く頷いて、セラの恋を終わらせた存在はあの男ではなく、彼そのものだったのかと誰もが納得だった。
つまり、セラの恋を終わらせるには、あの男の本気の相手を見せ、なおかつセラに納得させる者でなければ終わらないとエドワードは分かっていたようなのだ。
あの男が何を言おうが、相手がいない状態ではセラは納得せずに追いかけ続けていたことになるし、不毛な状態のままで終わらなかったということだ。
この結婚は、元から決まっていた。セラが納得して恋を終わらせることで進むのだとエドワードが一番分かっていて、わざと元凶の場所を漏らしていた可能性も高い。
そう腹黒いのはあの男ではなく、エドワードだったというオチだ。
そんな話が広まってセラに聞こえてきてもセラは全然気にしないでいる。むしろ、そうやってまでエドワードが結婚を待ってくれた方がありがたかったと言うくらいの余裕と器はあった。
あの男に至っては、「あいつが腹黒くなかったときなんかあるか?」と普通に言ってのける。それを聞いた人たちは、みんな揃って、さすが類は友を呼ぶと呟いたものだ。
エドワードが金髪碧眼、完璧な容姿という陶器のような印象を受けていた人たちはエドワードの腹ほど読めないものはないとは思っていたが、そこまでだったかと思わずあの男に同情する一面もあった。
つまり、大学時代からおよそ7年間くらい、あの男はその結婚騒動に振り回され、エドワードに行くはずだったセラの怒りを全部向けられていたことになる。だがそれを受け流し、さらに無関心を貫く器がなければその役目は無理だったんだなと―――。
だから友人一同は自分がその役目でなくて良かったと本当にほっとしたくらい。よもや7年間もそんな事に振り回されるとは誰も思わないだろう。
なのであの男は「腹黒いどころじゃないって、だから俺はあいつが嫌いなんだよ」と舌打ちして悪態ついた。そりゃそうだろう。十分言ってもよい。本人に言っても許されるし公言してもいいだろう。
そういう関係だから上手くいっているし、15年も付き合っているあの男こそ本当はお人好しかもしれない。
そして一幕。
セラがあの男こと鬼柳恭一がぽつんと窓側にいるのを見つけると人並みをかき分けて寄ってきた。
彼の恋人の榎木津透耶が友達たちと立食のディナーを選びにいっているからちょうど一人になった時だった。その姿は窓に写っていたので鬼柳は振り返る。
「恭一、ちょっといい?」
セラが笑ってそう言うと鬼柳は何も言わずに先を促した。
「噂聞いた?」
そう話を向けると鬼柳はああっと言うだけ返し、すぐに何を言っているのか分かって頷いた。
「あれ、酷くない? エディは腹黒いとは思ってたけど、まさかねえ」
セラは困惑してごめんねと鬼柳に言う。
「いや、エドが腹黒いのは昔からだろう」
「……そういえば、なにげに酷いのはあなたもだったわね……」
セラは自分が振られた時のことを思い出して、ふうっと息を吐いた。
「それに俺は何もしてないし」
「その何もしてないことが、一番凄いことでお礼を言うことだったから。ありがとう」
思いがけない言葉に鬼柳はちょっとだけ眉を上げた。
「それに、あの変な例え、あれは変だけど、ちょっと納得したから」
「ああ、犬のテリトリーがどうとかいう話か……」
鬼柳はそう呟いて、透耶が妙なことを言ってたなーと思い出す。
透耶は時々奇妙な例を出して説明し出すことがある。それが突拍子もなくて驚くことがあるが、透耶の中では十分説明しているつもりらしい。
今回のことはあまりちゃんと聞いてないが、セラとそういう話になって変な顔されたとは言っていたのだ。
「うんそれそれ。それになんだか楽しい仲間に加えて貰えるそうだし、ちょっと楽しみなの」
セラはそう言うとにっこりと笑う。普通の男性ならこの笑顔にはころっと引っかかってしまうようなそんな綺麗な笑顔だ。だが、それは今日、エドワードと結婚して幸せであるという証拠でしかない。
そんなセラを見て鬼柳はふっと笑った。
「まあ、仲良くしてやってくれ」
鬼柳は言って透耶を見る。向こうで何か楽しそうにしている。ヘンリーまで加わっていて、その後ろからジョージまでもが参加している。
「あら、私はあなたとも仲良くしたいんだけどな」
セラはそう言ってにっとした。鬼柳はちょっとだけ驚く。
「過去のことは過去だからね。今のあなたは違うもの。特に透耶に対してはね」
「……その辺は認める」
透耶と出会ってから自分の性格が大きく変わったとは思わない。ただ透耶に対する気持ちやそれに追随するものに対してはちょっとは違うと言える。透耶個人のことに関しては大きく変わったと自分でも思えるのだ。本当にあの存在は、大きな奇跡だと言える。
「だから、これからもよろしく」
セラがそんなことを言うと鬼柳はふうっと息を吐いて言った。
「夫婦喧嘩に巻き込まなければな」
「あら、私、あなたよりエディとの付き合いは長いのよ。エディ相手に喧嘩なんてしないわよ」
「この間、人を間に挟んで派手に喧嘩したのを忘れたのか?」
鬼柳は言ってセラを睨む。するとセラは少し考えて呟いた。
「あれ……喧嘩だったのかしら?」
「思いっきり痴話喧嘩の範囲だが?」
セラは真剣に首を傾げるのに対して、鬼柳はそうだと言い張る。
「……でも、殴ってないし」
セラは思いっきり物騒なことを言い出す。
「まあ、あれでも一応会社の顔だ、顔は避けてやれよ」
鬼柳が呆れながらそう言うとセラはひらめいたように言う。
「OK、あの鍛えてそうな腹筋にしておくわ」
「エドが腹痛起こしたら、夫婦喧嘩したと思っておく」
セラは名案だとばかりに頷いているが、鬼柳は昔を思い出してふうっとため息を吐いた。
あいつ、腹鍛えてたっけ?と。
セラはそれに納得したのか、満足したようにその場を去っていった。
鬼柳はまた窓の方を見つめてなんだかなーと首を傾げる。
もちろん、その後、セラに腹を殴られて腹痛を起こしたエドワードから猛抗議が入ったのは言うまでもない。いつまでも人を間に挟んで喧嘩をするランカスター夫婦の誕生であった。
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