Switch 外伝4-2

すき

 鬼柳恭一は仕事先から帰ってきて、まず空港に降り立つ。
 普段の仕事先は常に海外取材ばかりで、日本にいることは休暇が出来た時だけだ。幸い、休暇のたびに日本に戻る資金は所属している団体から出ていて、最低一週間あれば鬼柳は日本に絶対に戻ることにしている。
 今回、紛争が停戦したことで、長期取材だった予定が抜けたので、次の予定が入るまで日本に居られるらしい。
 まあ、休暇も入れて一ヶ月くらいのバカンスも入っているそうで、久々に透耶と一緒に居られる喜びから現地から経由してでも一番早く日本に着く便を選んで戻ってきた。
 日本に戻ってくると、なんとなくホッとするのは、透耶がいる国だと思うからだろうか。
 そんな風に嬉しくなる瞬間、鬼柳は見たくない幻想を見てしまった。
「……やべ」
 マズイものを見た。すごくマズイものだ。
 お願いだから幻想であってほしいと思いながら、鬼柳はさっさと空港から逃げる。荷物は手にあるバッグ一つで、後のものは送ってあるから受け取るものはない。
 とにかく、あのマズイものから逃げなければ、それだけを考えて鬼柳は空港から飛び出した。
 しかし、マズイものは鬼柳を見逃してはくれなかった。
 鬼柳は電車を使って、家の最寄りまで戻ってきていた。
 駅前に目の前にロールスロイス……。
 目の前に金髪のウェーブがかかった髪をかき上げて鬼柳を見る女性が一人。
「あらー偶然ね、恭一」
 にこりと微笑んでいるが、空港で逃げたことはバレていたらしい。
「……セラ……なんで」
「そろそろ新しいおうちにご招待されてもいいんじゃないかしらなんて思っているんだけれど?」
 鬼柳がセラと呼ぶ女性は、今まで招待されなかったことを怒っているのだ。
 しかし、鬼柳には招待するつもりはまったくない。今もない。
「悪いが、今回は時間がないから、また今度で」
「私が日本に偶然いるはずないでしょ。あなたの仕事が一ヶ月くらいの休暇になってることくらいの情報、簡単に仕入れられるのだけれど」
 そう言われると情報の出所がどこなのかは一発だ。
「くそ、ストーカーやろう……」
 そう吐き捨てるように言うと、鬼柳は逃げるのをやめた。
 ここまで突き止められていて、住所がバレてないはずはない。実際駅で張ってるくらいなのだから、当然と言えば当然だろう。
 というか、逃げ切れる自信がない。
 駅前に金髪女性、その周りに黒服の男が数人いては、さすがに住んでいる街で騒ぎを起こすわけにもいかず。仕方なくではあったがあきらめた。
「……分かったよ、セラ」
 両手を挙げて苦笑すると、セラは少し驚いた顔をしていた。
 でもすぐににこりと笑って車に鬼柳を乗せる。歩いてる間に逃げられるのも困るのと、前にそれで逃げられたことがあるからである。
「また変なアパートに住んでないわよね?」
「いや、ちゃんとした普通の一軒家だ」
「さすがに恋人が出来たらちゃんとするんだ」
 セラが冷やかすように言うのだが、鬼柳には通じない。
 柔らかな笑顔を浮かべて「あたりまえだ」と言われては、冷やかしにも嫌みにもならない。
 しかし、その普通の一軒家が、日本では豪邸であるのだが、セラは豪邸のことには驚きはしなかったが、厳重すぎる警備の方に驚いていた。
「なにこれ。有名な俳優とでも住んでるの?」
「は? 透耶は小説家だぞ」
 鬼柳は窓から顔を出して警備に門を開けるように伝えてから、セラの言葉に普通に答える。
「……日本の一般の普通の家に、警備システムはあっても警備員が常駐してるような場所はあまりないと思うのよ」
 日本の一般家庭というのは、警戒心はあまりないのが普通だ。しかし、ここは尋常じゃない警戒態勢である。まるでアリすらも入れないようになっているのでは?と思えるほどだ。
 こうなった経緯を話すと10割が10割、納得する理由があるので、それを説明すると案の定、セラも同じように頷いた。
「当然の結果だわ」
 盛りだくさん過ぎて、唖然としながらも納得する。
 玄関に到着するといつもは出てくるはずの宝田が出てこなかった。
 いや、そこにいるのだが、動けない状態なのだ。
「なに、やって……」
 セラがそう言いかけたとたん、鬼柳がセラの口を手で封じた。
 いきなりのことに一瞬セラは驚いたが、こそこそした声で鬼柳が言う。
「今はとりあえず黙っててくれ」
 そう言われて顎で向こうを指されたので見ると、青年が一人メモ帳を持って、眉間にしわを寄せた難しい顔をして歩き回っているのである。
 本来主人である鬼柳が帰宅したのだから、盛大に執事である宝田が出迎えるはずなのに、今宝田は動かないでいるし、明らかにメイドもそこにいるのに動こうとしない。
 はっきり言って何がなんだか分からない状況だ。
「透耶様、ここら辺りでよろしいですか?」
 遠くから声が聞こえると、その沈黙が破られたように青年透耶が喋る。
「あーうん。じゃこっちお願いします」
 透耶が厳しい顔をして、手に持っているメモに何かを書きながらメイドの司に指示を出している。
 その隣に透耶の指示を待つ宝田執事が立っている。
 中庭を開け放しているので、指示されて向かった先にいる司の声もちゃんと聞こえる。
「ここでいいですか?」
「うん、そこから石山さん見える?」
 司の対角に石山がいるらしいが玄関にいる透耶からは見えている。
「はい、ぎりぎりですが見えます」
「うん、分かった。宝田さん、二階の例の位置から司さんが見えるかどうか試してみてくれる?」
 透耶がメモから顔も上げずにペンで二階をさして言っている。
「はい、畏まりました」
 宝田がそう言って二階へ移動する。
 その間も透耶は鬼柳が帰ってきていることに気づかないどころが、気配すらも感じていないらしい。
 鬼柳の手が緩んだ隙にセラはこそっと鬼柳に問う。
「なにやってんのこれ?」
 本当にささやくような声だったので透耶には聞こえてない。
 鬼柳も同じように小さな声で答える。
「たぶん、トリックの実験だと思う」
「トリックって……ああ、小説の?」
「そう。たまにやってる時があるんだが、こういう時、透耶に関係ない話を振ると、ちょっと怖い」
 前に本番トリック実験をしていて、うまくいきかけたのを鬼柳が邪魔した為に、丸一日口をきいてもらえなかったことがある。
 それ以来、メモを見ていて眉間に皺が寄ってうろうろしている状態の時は邪魔をしないようにしている。
 これは透耶にとって仕事の一環であり、作品の為の実験なのだ。遊びでやっているなら、それなりの態度と雰囲気があるのだが、今日は確実に仕事用であることが分かる。
「怖いって、あんたに怖いものがあるとは……」
 ちょっと以外でびっくりしたセラが大きな声を出してしまった。
「やば……」
 慌てた鬼柳がまたセラの口を封じたのだが、それは完全に透耶に聞こえていた。
 うろついていた足が止まり、一回目を閉じて開けたかと思うと、物凄い形相で鬼柳たちをにらみつけて言った。
「そこの人たち、黙っててくれる?」
 その睨み方は本当に怒りを露わにしている状態だ。
 たぶん、なかなかトリックの再現が出来ないで煮詰まっている状態なのだろうと伺える。
「すいません……」
 思わずセラが謝ると、ふと透耶の目つきが変わる。
 まるでセラを観察してるかのような目になり、ゆっくりと近づいてくる。
 少し遠くにいると普通の青年に見えた透耶、セラは間近に見て更に驚くことになった。鬼柳の恋人はとてもキュートで美人であると聞いてはいたが、そこらにいる子よりは可愛い感じだと思いはした。
 だが、間近で見たらこれは別の意味でヤバイ美人であると分かる。
 こう人を誘うような雰囲気があるのだ。これに誘われる人は多いだろう。
 小さな頭によく大きめの目なのだが、顔の中の配分は綺麗なもので見とれる。骨が細いのか、全体的に細いという印象だが肉がついてないわけではないようだ。さらっとした髪を今は邪魔なのか後ろで結んでいるので首筋が綺麗に見える。首も少し長く、夏服なので開いたワイシャツから見える鎖骨が綺麗な線を描いている。
 胴が短く足が長いので遠くにいると大きく見えるが近づいた時に、日本人の平均より低いのが分かる。全体のバランスがよいのは、モデルをやっていたことのあるセラでも絶賛したくなるような見事な配分だ。
 その人物は、じーっとセラを見つめて観察した後、にこっと子供っぽい笑い方をして満足したらしい。そして言った。
「誰だか分からないけど、ちょうどいいや。手伝ってくれる?」
 にこにこしているが拒否権はないらしい。
「……手伝え、断ると後が怖いぞ」
 鬼柳がそう助言するけれど、何が怖いのか分からないから怖いというのもある。
 このにこにこ笑っている顔が般若のようになってしまうかのような言い方も気になるが有無を言わせない頼み方が威圧感があって思わず頷いてしまった。
「ありがとう。で、さっそく司さんがいるところに行ってもらえるかな。司さんの身長が180くらいの人がもう一人ほしかったんだ」
 どうやら180センチくらいの身長の人同士で実験したかったらしい。
 セラの身長は本来は180近くではあるが、ヒールを履いているので180を越えている。
「俺じゃ駄目なのか?」
 190近い身長の鬼柳がそう言うのだが、透耶はじっと見た後に「駄目、でかすぎる」と断った。断られた鬼柳は苦笑してしまう。
 どうやら今回は身長にヒントがある構成にするらしい。
 セラは司に案内されて、その場で説明を受けて、ただ歩いて、窓側で止まってまた歩いていくということを一回だけやらされた。
「宝田さーん、どう?」
 中庭に出た透耶が二階の宝田を呼ぶ。宝田は透耶たちの寝室の窓を閉めた状態で下を見ていたらしい。透耶の言葉で窓を開けて言う。
「ええ、ちょうど良い感じに切れてます」
「うん、ありがと。石山さーん」
 今度は斜めにいる石山の方へ歩いていって聴く。
「どう? 顔見えなかった?」
「顔は見えませんでしたね。あの格好ですし、女性で例の人だなって思ったくらいの印象ですよ」
 石山も指示を出されたように行動していたようだ。
「よし、これで出来た!」
 透耶は結果に満足したようだ。メモにその結果を書き込んでにこにこしている。
 二階から見ていた宝田もほっとしたように微笑んで、石山もやっと終わったというのに笑っている。司も拍手をして完成を祝っている。
「またトリック?」
 鬼柳がメモをのぞき込んで聞くと、透耶が物凄く驚いたようにメモ帳を落とした。
 そしてゆっくりと鬼柳の方を振り返る。目が見開かれて、笑顔になる。
「いつの間に……おかえり!」
 透耶は最高の笑顔を浮かべて鬼柳に抱きつき、頬にキスしてから笑う。鬼柳はそんな透耶を抱きしめ返して、同じように頬にキスをする。
「ただいま」
 恒例になってしまっているお帰りの儀式をしようとしたところ、そこにセラが怒った顔で現れて言う。
「さっきのはなんだったのよ。説明してくれる?」
 鬼柳は舌打ちをしたくなったが、透耶は見たこともない女性がそこに立っているのを見てぽかーんとしている。
「こんにちは榎木津透耶です……で、だれ?」
 さっきまでの記憶は別の記憶として封じられているかのようなトボけた言葉に鬼柳はやっぱりああいう時の透耶には記憶が別に存在するんじゃないかと疑い可笑しくなる。
「エドの婚約者の、セラフィーナ・アレクサンドラ・ネヴィル。愛称セラだ」
 強烈な美人がエドワードの婚約者。
 そう聞かされた透耶は更にすっとぼけた言葉を出す。
「エドワードさん、結婚する気あったんだ……」
 その呟くように言われた言葉にさすがのセラも言葉は出ず、鬼柳だけが爆笑してしまったのであった。


2


 エドワード・ランカスターは、とにかく完璧な男である。
 仕事においても、生活面でも、誰が見てもため息が出てしまう容姿も、どれをとっても完璧だと見られがちだ。
 ただ、彼は仕事を愛するがあまり、女性に対して興味をあまり抱かないところがある。得をするか損をするか、仕事に有益であるか、そういう対象でしかないところがある。
 唯一身近にいて、可愛がっている綾乃は、妹という雰囲気でしかないようで、女性として誰かを褒めることもあまりない。
 そうした彼に、もうすでに婚約者がいて、その人がモデル並のスタイルと美貌を持つ人であるということは、透耶にとっては初耳であり、知り合って4年も経っているのに、知らなかった事実だ。
 それに驚いてエドワードに結婚する意思があったのかと言ってしまったとしても、彼の友達は誰も驚かないと思うだろう。
 こっそりと「婚約者がいるらしいぜ」と言えば透耶と同じ反応を示していただろう。
「なんで、来るなら来るって連絡くらい……」
 最初に会った瞬間から、黙れだの、あれをやれだのやってしまった透耶はすっかりしょげてしまっていた。
「……俺は空港で見つかって、駅前で捕まったからな……」 
 鬼柳は紅茶を入れながらそう言う。まさに逃げ切ろうとしたのだが、無理だったという意志を示す。本来迎えるべき客ではないのは、宝田の大慌てな対応(透耶の指示が解けたあとに平謝りしている状態)で分かることだ。
「……逃げ切れると思ったんだ……」
 あの女性から逃げられると思っている鬼柳はすごいと思う。
 透耶にはまるで女王さまのような感じに見えたからだ。この感覚は、昔に居た人によく似ている感じで懐かしいのもあるのだが。
「いつもはまいてたんだがな。ここの住所はエドがばらしたかしてるし、無理だなと駅前で出迎えられた時に諦めたからな。玄関先に居座られて近所から苦情がきてもあれだし、透耶はそんなの放っていくわけないし……」
「……いろいろ考えた末の結果なんだね、分かった」
 妙に納得するのは、自分が放っておかないだろうという部分と、あの女性なら門先で寸劇すらやってしまう可能性が高いだろうと分かってしまうからだ。それこそ、ここの住人が悪人かのように言ってしまうのも想像できる。
「仕方ないよね」
 そう透耶が結論づけると、目の前に居たセラのこめかみに怒りマークが浮かんでいる。
「あんたたち、そういうのは本人の前でするものじゃないってことくらい、分からないのかしら?」
 すると二人はキョトンとした顔をした後、しみじみと言ったものだ。
「……台所で隠れて会話したところで全部ばれそうだから目の前でと思って」
 透耶はそう言い。
「別にいいじゃねーか。どうせこういう会話してるだろうって思っているよりは」
 と鬼柳は言う。
 だからといって目の前でしていい話でもないと思う。
 セラははあっと溜息を吐いて、二人を見比べる。
 どう見ても外見は別物なのに、何故中身はそこまで似ているのだろうかと。似たもの同士という言葉があるが、これはこういう時のために使うべきなのだろう。
 なんというかムカつくという一言が浮かんでしまうセラ。
 目の前で自然に鬼柳と会話をしている青年、たった4年前に知り合ったばかりだというのに、こんなに自然に鬼柳に受け入れられている。
(エディ(エド)の話だと、会った瞬間に恭一が拉致監禁したって言っていたけど、そんな面倒なこと恭一がするとは思えなかったのよね)
 面倒なことが嫌いという彼が、リスクがあることをしてまで手に入れたい誰かがいるとは思えなかったのだ。始めに話しを聞いた時はジョークだと思っていた。しかし、その写真を見せられた時、何故かセラはショックを受けた。
 自分がどんなに鬼柳に頼んでも写真を撮ってくれなかったのに、青年の写真はたくさん撮っている。それも無断でのものが圧倒的に多かったのだ。
 彼の写真に対するポリシーまで変えてしまうほどの存在が現れたと思った時に嫉妬した。自分たちが一番彼に近い存在だと思っていた。そうして今までやってきた。
 それが、こうなっている。
 何故なのだ。鬼柳は絶対にアメリカに戻ってくると思っていたのに。彼はここに永住する気で家まで買ってしまっている。
 飽きっぽい彼のことだから、きっと飽きてしまうだろうと思ったのに、もう4年。彼にしては奇跡のような長い時間だ。
 何かが納得できない。

「……恭、ちょっと詰まってるから、今抜けていい?」
 お茶を出したところで自己紹介だけはしたが、透耶は何かそわそわしている。
「ああ、今はいいぞ」
 鬼柳がそう言うと、透耶は飛び出すように居間を出て行った。許しをもらった瞬間にこちらのことなど目には入ってなかったようだった。
 飛び出して行ったのを鬼柳は優しい笑顔で見送ってから、ブスッとした顔でセラを見る。その見る目の違いに、セラは不快な思いをする。
「何が詰まってるの?」
「仕事」
「ああ、作家だったわね。ネタにか」
「そう。さっき上手くいったから書きたいんだろう。そういうときは何があっても誰がいても書くからな」
 鬼柳は自分で入れた紅茶を飲みながら、新聞を取り出す。
 客人である自分の相手はあくまで昔のように接するつもりらしい。
 こういうところは変わっていない。お茶は出すけれど、相手はしない。そういう態度だ。
「恋人が帰ってきたばかりなのに」
 相手すべきだろうと思って言おうとすると、鬼柳にジロリとにらまれた。
「これは俺と透耶との問題だ。透耶がどういう性格か俺が一番知ってる」
 そうはっきりと言われ、口を挟むなと忠告された。
「それに後できっちり取り戻すからいいんだ」
 は?となっていると、鬼柳はにやりとしている。
「そりゃもう、泣かして喘がせて、朝までコースに決まってるだろう」
 ……。
 それはそれで大変そうだ……透耶自身は毎回こんなことをされているのだろうかと思うと可哀想になってくる。
「ちょっと家を見せてもらってもいい?」
「二階の寝室と地下の宝田と司の部屋以外ならどこでも」
 相変わらずだ。寝室以外ならどこでもというのは昔からそうだった。その辺は変わってない。 
 だが居間を出ようとしてドアを開けたところ、ゴンとすごい音がした。
「え?」
 びっくりして外を見ると、透耶が頭を抱えてうずくまっている。
「……何やってるの?」
 こっそり盗み聞きをしていたのか……とセラが思った。
 気まずくて抜け出しはいいが、気になって聞いていて逃げるタイミングを逃したというところか。結構間抜けだな。
「あたた。ごめんなさい、びっくりさせてしまって」
 透耶はそう言いながらもかなり痛かったのだろう、まだ頭をさすっている。
 この騒ぎに気づいた鬼柳がすぐに飛んでくる。
「透耶、またか。トリップするのもいいが、気をつけてやれってあれほど言ったのに」
 鬼柳がそう言って透耶を抱き上げる。すっぽりと鬼柳の腕におさまった透耶は、恥ずかしそうにしている。お客がいるのにトリップしたことが恥ずかしいのだ。これで二度目。
「あーうん、ごめん。ちょっと夢中で」
 そういいながらもメモを開いて中を確認している。痛いのよりも内容らしい。
「宝田は?」
 鬼柳がそう言ったところで、キッチンの方から宝田が中庭を通って走ってくる。
「申し訳ありません。まだ居間においでかと思っておりました」
「それはいいが。透耶あとどれくらいだ?」
 鬼柳は宝田を責めることはせずに、透耶に予定を聞く。
「もうちょっと。ここだけ、ちょっとだけ……」
 どうやら調べは終わったので、後は書く用に整理するだけらしい。
「なんでドアのところに?」
「最終確認をしてて……」
 透耶はそう言ってメモに何かを書くと、すっきりした顔をして鬼柳に微笑む。
「とりあえず準備終わったよ」
「そうか、じゃ今夜は俺の相手してくれるな?」
 鬼柳がそうにっこりと返すと、頷きかけた透耶の顔が一瞬で驚愕に変わる。
「あ、いや、その、それは……」
 やっと今まで自分が、鬼柳が帰ってきてから無視状態だったのかを思い出した。
 それももう鬼柳がしつこくなるくらいに無視しまくったからだ。
「透耶」
「やめ……って!」
 耳に息を吹きかけられたらしい透耶が暴れて、鬼柳の腕から逃げ出す。
 捕まえようとした鬼柳の隣にいたセラを見つけた透耶は、パッとセラの腕を掴んで一緒に逃げ出したのだ。
「……へ?」
「え?」
 まさか逃亡に選ぶ人物がセラだとは思わなかった鬼柳は一瞬出遅れた。
 その間に透耶はセラを連れて地下へと入っていく。
 セラには何がなんだか分からないままだが、引っ張られているので一緒に行くしかないというところだ。
 連れてこられた場所は地下の広い部屋だが、セラは入った瞬間に驚きで言葉さえでなくなった。
 一面の青。
 色とりどりの花。
 南国のにおいのしそうな写真の山だ。
 連れてきた透耶は、入り口に鍵をかけて何かで重しをすると、よし!とばかりに頷いている。
 追手は地下に逃げ込んだからか、外に行くわけではないから安心したのかこなかった。
「すごいでしょ」
 透耶はセラにそう言って微笑む。
 そしてじっとセラを見つめて言うのだ。
「ごめんね、全部もらっちゃったから、今更あなたの側に恭を返してあげられない」
 そう言うのだ。

3

 「な……なんで。私限定なの……」
 セラは動揺した。いや、何故動揺してるのか分からなかった。
 まるで透耶は、セラが鬼柳のことを好きで返してほしがっているように思っている発言をした。 
 なんなのそれ。
 そうセラは思った。
「じゃあ、言うけど。あなた、恭のこと好きだったよね? 恋愛対象としてだけど。あの、もう諦めちゃってるけど、こう踏ん切りがついてないところがあって、みたいな。中途半端で……って分かるかな」
「……私、エディの婚約者よ。もう吹っ切ってる」
 ざらりとした喉から絞り出したような声が出た。
「そうなんだ。でもなんというか、こだわりが……あるみたいな」
「まるで私が何か必要なものがあるみたいに言うのね」
 結構見破られていてびっくりしながらもセラは平常心を保ちながら言う。
「うん、エドワードさんが結婚に踏み出さない理由がちょっと分かった」
 透耶はそう言って側にある冷蔵庫からお茶を取り出して、それをコップに入れる。  
 それを手渡されて、セラは観念したようにソファに座った。
「なんで……分かるの? エディが結婚に踏み出さない理由が」
 コップのお茶を飲んで、そう呟いていた。
 エドワードとの婚約は大学卒業と同時に行われるはずだった。それなのに、基盤を固めるために忙しくなるから、自由になる時間が出来るまで、セラも自由にしていていいと言われたのだ。そして6年だ。もう6年経っている。
 最初は結婚をやめるつもりなのかと思っていたが、婚約者であることは今も続いている。
「エディは結婚する気はなくて、それでも体裁でそうしてるのかと思ってた。私が恭一を好きだったのは大学時代のことだけれど。それは淡いものだったし、自分でもただ気に入っているからだって思ってた。でもそれは終わってることよ。会ってはっきりした」
 そう思いは伝わらずに終わったのだ。
 セラがそう言うと、透耶は天井を見上げて、それから言う。
「エドワードさん、わざと住所教えたのかも……」
「どういうこと?」
 セラはキョトンとして透耶に尋ねる。
「まだセラさんが恭への思いを引きずってるから、断ち切って欲しくて、今の恭みたら完全に諦めるかと思ったのかと思ったけど、なんか思いっきり俺に回ってくる手順だったことが今はっきりと分かった」
 透耶の声は後半段々と低くなっていっていた。
「と、透耶?」 
 なんだか様子がおかしい。
「あの人がそんな甘いことするはずないな。そうだよな、そう。そういう人だったよね」
「ど、どういうこと?」
 段々と暗くなってきている透耶に、セラは慌てて尋ねる。
「エドワードさんは、俺にセラさんの思いをばさーっと、日本刀で切ってくれってことを言いたかったんだ」
 透耶がそう断言すると、セラは何となく納得できた。
「……あの人なら、エディならやるわね」
「……やるよね。あわよくば、傷口に粗塩塗りたくって、セラさんが落ち込んでるところを持って行こうとしてる」
 つまりはセラに鬼柳と透耶のラブラブぶりを見せて、完全に打ちのめされてきてほしかったのだ。
「……どうりであっさりと住所教えたと思った」
 セラは苦笑して透耶を見る。
 瞬時にエドワードの計画を見破ってくれた青年は、にっこりして言う。
「軟膏塗って完治してから帰ってもらうからね。人の傷口抉ろうだなんて、そんなの駄目だよね」
 にっこりして言う台詞じゃないような。
 そうセラが思っていると透耶はうんうんと頷いて尋ねてくる。
「セラさんって、エドワードさんのこと本当に好きになってるんでしょ? それで今日は、恭を見てどう自分が反応するのか確かめたかったんだよね。で、俺が居てちょっとムカついた。恭は自分たちと一緒にいたのにって」
 透耶がそう言うので、セラは驚いた。天然ボケが入っている青年だから、てっきりそういう視線には疎いのだと思っていたのだ。
「あら、分かっちゃった?」
 セラは素直に認めた。
「丸わかり。恭のことに関しては俺割と鋭い方だから」
「あらら」
 セラは真面目に答えた透耶に苦笑する。表情には出なかった自信がある。そういう教育を受けてきたし、社交界では日常茶飯事でムカっとする瞬間がよくあるからだ。
「それってさ。なんていうか。ほら、羊の群れを元に戻そうする犬の習性というか、アレに似てるなって」
 透耶は妙な例えを出してきた。
「……犬……」
 まさか自分が犬にたとえられるとは思わなかった。
「うん。あれって、群れから離れたやつを元に戻しながら、誘導するじゃない? セラさんは、恭が群れから離れたから、元に戻したくてそれで俺が邪魔なんじゃないかなって。こんな例えで悪いと思うけど……」
 どうやらふっと思った例えを言っただけで他意があるわけではないらしい。だが、その例えは間違っていないような気がする。
 セラは、鬼柳が日本に行ってしまい、戻ってくるだろうと思っていたのに戻ってこず、さらに日本支社に行ってしまった婚約者が鬼柳と楽しそうにしているのも腹が立った。  なぜ自分のテリトリーからみんな出て行ってしまうのだろうか?そう思ってしまった。
「うん、だからね。こっちの方にセラさんも入っちゃえばいいんじゃないかなって」
 透耶はこっちは騒がしくて悪いけれどという風に誘ってくれたのだが、セラはその方法があることを今初めて知ったのだ。驚いて透耶を見る。
 自分のテリトリーを大事にするのもいいが、周りが移動したからといって相手のテリトリーに嫉妬して見苦しい思いをするくらいなら、自分からそっちに飛び込めばいいんじゃないかという提案に思わず笑ってしまった。
 嫌な思いをさせたのに、この子は自分と友達になって、一緒に遊ぼうよと誘っているのだ。
「だ、駄目かな? セラさんみたいな感じの人、俺好きなんだけどな」
 ここまで言われたら、断れるはずはない。
 さぞかし居心地はいいのだろう。他人を大事に特別にすることをしなかった二人の男が、この子だけは大事に特別にしているのだから、それくらいの居心地の良さがあるはずだ。
「混ぜてもらえるなら、喜んで」
 セラがそう笑いかけると、透耶の不安な顔が笑顔に変わる。
 本当に表情が豊かな子だ。本当に嬉しくて笑い、泣き、怒り。そうした変化を鬼柳が楽しんでいるのが分かる。
 そしてその表情は無敵で、周りにいる人を幸せにしているのだろう。
 しかし、そういう表情を作ってきたのは、鬼柳恭一という存在だとエドワードは言っていた。最初に会った時の透耶は少し暗い感じだったというのだから。
 エドワードが気にかけているのも分かる気がする。
 誰も勝てるわけはない。みるみる変化を遂げ、綺麗に大輪の花を咲かせたこの子に。 



「お前、いい加減にしろよ。なんだってセラに住所教えたんだ」
 鬼柳はエドワードに電話をして、今すぐセラを引き取りにきてくれと言っているのだが、エドワードはのらりくらりと逃げていた。
『住所くらいいいだろう。別に』     
「よくねえ、おかげで透耶と二人で地下に閉じこもったじゃないか」
『……籠城? なぜそんな展開に』  
「これからって時に、もうなんでいちいち邪魔ばっかり……」
 鬼柳の口から愚痴ばかりが漏れる。
 エドワードにははっきり言って展開が分からない。
 たぶん、二人のラブラブな様子を見てショックを受けて戻ってくるだろうと思っていたのに、籠城となってしまっているのが、なんとも透耶のすることは分からない。
「だいたい、セラがどうこうってのはな。俺がすることじゃねえんだよ。お前、自分が惚れられてる自信がねえのかよ」
 鬼柳は本題を持ち出した。この住所バラシは、セラの気持ちの整理のためだと見抜いてはいたが、それが違うと言いたいのだ。
『どういう意味だ?』 
「セラはもう俺のことなんか吹っ切ってるんだよ。まだ俺のことを持ち出すのは、お前の気を引きたいだけなんだ。もうそれくらい待ったと言いたいだけなんだ。結婚する気がないんだったら、さっさと始末つけてくれっていう合図だ。それくらいわかんねえのかよ」
 鬼柳は頭をガシガシと掻きながらそう言い切った。
 セラの気持ちは随分前に聞かされていた。それでも鬼柳にはエドワードの婚約者だからといって断ったのではなく、一人の女として寝るだけでも出来ない、好みではないタイプだとはっきり断っていた。
 誰とでも寝るわけではなく、自分にも一応好みはあるのだ。それだけは譲れないことである。
 そう言ってある意味すっぱりと残酷に振っているのだ。しかし、この事実をエドワードは今まで知らなかったらしい。
『その根拠はなんなんだ?』    
 そう尋ねてくるくらいだから、セラはとうの昔に振られたことを喋ってないらしい。
「……お前、頭はいいが馬鹿だな」         
 鬼柳は今更過ぎて当時のことを話す気にもなれない。   



「え? その振り方は、もうどうしようもない性欲馬鹿じゃないか……」 
 透耶はセラから、セラが鬼柳に振られた時の話を聞いて、力一杯脱力した。
 確かに最初からエロ魔人ではあったが、そんな振り方をしてきたとは思ってなかったらしい。しかし、鬼柳は特定の相手を作ることなくやってきて、寝るだけの相手しか求めてなかったとはっきり言っていたのは覚えている。
 寝た人数だって自分では覚えてないくらいであると言っていた。
 それくらいにどうでもいい中に、セラだけは入れたくなったのだろう。
 何となくではあるが、エドワードを気遣ったのもあるだろうし、鬼柳の中の何かがこの人だけは駄目だと思ったのもあったのかもしれない。
 そういうのは本人は意外に気づいてない。透耶には何となくではあるがそうではないかと思えるのだ。
 そして数年経って、手を出さなかったことから、エドワードとの関係も続いているし、セラはちゃんと吹っ切ってるから、正解と言えば正解だったのだ。
「あら、当時の恭一なら言いそうなことよ。そう言って振られている人はたくさんいたから」
 セラにはそれは普通の、本当に鬼柳恭一の断り方であると認識していたらしい。
「うーーーーーーーーーん」
 透耶は一体どんな大学生活を送ってきたんだあの男はと悩んでしまった。
「まあ、いいのよ。それくらい恭一は私には興味なかったってことだもの。今では感謝してるくらいよ。あのくそ馬鹿な男以外のことではね」
 段々とセラの口調が変わってくる。
「あー、エドワードさん……なんだってあんなに頭のいい人が、こんなこと分からないんだろう」
 透耶がそう言うと、セラは笑いながら言う。
「彼、私以外に恋人いたことないんだもの」
 結構な爆弾発言だった。
「……え?」
「親が決めた婚約者だから、他に女性を作るという感覚はなかったみたいよ。まあ、初体験とかそういう大人のつきあいみたいなのはやってたみたいだけれど」
 こういうところは仕方ないとセラは思っていた。自分は年下だったし、手軽に手を出していい相手ではなかったからだ。
「あー……なんかそう言われると分かる気がする」
 大人のつきあいとして女性を求めることはあっても、恋人として誰かを求めることはまったくないということだ。セラがいるから、その一言で済んでしまう。
 そういうところは弁えてのことなのだろう。  
「でも、それって、セラさんのことを親が決めたからって、婚約者続けて結婚まで考えるかなあ。エドワードさんだよ? なんだかんだ理由付けて、本当に好きな人がいたら強行しそうなんだよね。だから、今変なんだよね」
 透耶はどうしてもエドワードはセラが好きだから結婚したいと思っているはずと言い張るのだ。
「でもセラさんはそれは違うって言うんだよねえ」
「親が決めたからっていうのが念頭にあるから、どうしてもね。好かれているってなんか思えなくて」
 そうセラが苦笑して言った時だった。
 ジャグジーの方からガタンという音がした。

4

 ちょうど中はカーテンが閉められていたから誰が中に入ってきたのかは分からなかったのだが、どう考えてもこんなことをするのは鬼柳しかいない。   
「ヤバイ、強行突破された」
 透耶はさっそく地下のドアを開けて地上に出ようとしたのだが、ドアを開けたとたん、そこに居た人に腕を捕まれて抱き込まれた。
「ええ!?」 
 透耶を抱き込んだのは鬼柳だった。
「ちょっと待って、あっちは誰??」
 透耶が混乱していると、向こうから入ってきたのはボディーガードの石山だった。
「石山さん……なんで恭に荷担なんて……」
 透耶がそうしょげてしまうと、鬼柳が後ろにいた宝田に命じた。
 そうして宝田が差し出したものは、電話の子機。
「どうしてもセラに用事があったんだ。本当は俺がこんなお節介する必要はねえんだけど、馬鹿が分からないというんでな」
 鬼柳がそう言った時、透耶とセラにはその馬鹿と呼ばれる人物が誰なのか想像がすぐについた。
 エドワードしか思い当たらないのだ。
 鬼柳が文句を言うためにエドワードに連絡したのだろうが、そこで鬼柳が何か言ったらしいと。
「も、もしかして、恭分かった?」
 透耶が鬼柳を見上げながら言うと、鬼柳は呆れた顔をしていた。
「丸わかり。セラが俺のことなんか気にしてないってことくらい、態度で分かる。何年つきあってるとおもってんだ」
「何年なの、そういえば」
「丸10年くらいだぞ。それくらいのつきあいのヤツの態度がおかしいことくらい、俺だって分かる。だからっていちいち俺を巻き込むなっていうんだ」
 鬼柳は自分を間に挟んで恋愛駆け引きをしている二人に盛大に文句を言った。
「昔告白されたんでしょ? まだ好きなんじゃないかとかないの?」
 透耶が不思議そうに聞くと鬼柳は。
「そりゃ、俺がアメリカに戻らないからエドワードが日本に行ったりして、すげームカついたのもあるだろうし、俺がアメリカに戻れば元通りと思っている節はあったさ。でもな、二人っきりになったとたんに、家の中見せてとか言われたら、吹っ切れてるってことくらい誰だって分かる。それじゃあ何しにきたんだってことになるだろう?」
「まあ、確かに……」
 結構セラのことを見ていて、気にしてない風だが気にしていたらしい。住所を聞き出してまでやってくるのは初めてのことだったのもあるし、透耶が居るのに透耶に会いたいわけでもなさそうなのでエドワードとの間に何かあったのではないか?と思ったそうだ。
 そこで電話だ。
「その向こうに馬鹿がいる。言ってやらねえとわからねえっつーから言ってやれ。お前から言ったっていいことだろうが」
 鬼柳はにやりとしてそう言った。
 確かに、こちらから告白したらいけないという決まりはないのだ。好きだったら好きだと言えばよかったのだ。
「……なんだ、そう言えばよかったんだ」
 セラは憑きものが落ちたように呟いた。
 今まで受け身で来た為に自分から告白するということを思いつかなかったようだ。
 鬼柳には告白したが振られたのもあり、少し臆病になっていたのもあったかもしれない、透耶ふとそう思った。
 本当に好きな相手には嫌われたくないと思うのは人として当然のことだろう。鬼柳の時は振られても仕方ないという諦めもあったから言えたことでもあったかもしれない。
 やっと自分の向かう方向が見えたセラは、にやりとして電話を受け取った。
「エディ、三ヶ月以内に式場から全部用意してちょうだい」 
 いきなりのセラの言葉に透耶は「ええええ!?」と声を上げてしまった。
 そこは恥ずかしそうな乙女が「好きなんです」というところじゃないのか!?と思ったのだ。しかし鬼柳は驚いていない。
「じゃ、今から私ニューヨークに渡るから、手配しておいて」
 そう言うとさっさと電話を切ってしまった。
 子機を宝田に返すと、セラはにっこりと笑って言うのだ。
「私、これから忙しくなるから帰るわね。透耶、今度私の家にも遊びにきてね。仕方ないから恭一も招待するわ」
 そう高飛車に出ると言い放ち、笑いながら上機嫌に去って行ってしまった。
 急に大型台風が通り過ぎたような感じに見舞われた透耶はぽかーんとセラを見送っただけだった。
「……なんだったの?」
 ぽつんと透耶が言うと、鬼柳はやっと二人になれたので透耶にスリスリとしながら言う。
「セラは元々ああいう態度で性格も高飛車だぜ。だから、今日来た時に妙に大人しいから変だって一発で分かったんだよ」
「……そりゃ、恭じゃなくても気づくよ……なんでエドワードさん、それに気づかないんだろう」
「そりゃ惚れた弱みでな、どうしていいのか分からなくて、頭がパニックだったんだ」
「はあああああああああああああああ?」
「あれでも恋愛というものをやってないだけにな、その方面は俺同然弱いんだ……」
 ……確かに鬼柳は恋愛音痴だった。拉致監禁から始めたくらいの人だ。
 エドワードも同じように恋愛音痴だったというのは意外過ぎたが透耶はやっとエドワードが何故セラの気持ちが分からないのが理解できた。
「……なんだ、そういうことだったのか」
 婚約者という存在が物心ついた時からあって、恋人は小さいときからの知り合い。そうなると、普通に恋愛という風にはいかない関係だったのだろう。告白するという課程がないから今回はちょっとややこしくなり、更にエドワードが勘違いしたままであったことや、セラが暴走したせいで、ごちゃごちゃしていただけなのだ。
「なんだよぉ、好きなら好きだって言えってエドワードさん言ったじゃないか。なのにそういう自分は言えてないじゃないかぁ」
 エドワードとセラに振り回された形になった透耶は、ただただそう嘆くだけだった。
 
 
「透耶、もう邪魔はいないし、な」
「え? あれ?」
 ふっと気づいたら、ソファに押し倒されて、服をどんどん脱がされていた。
「どれだけ俺が我慢してたと思ってるんだ」
「え? もうするの?」
 まだ昼間で日は高い。
「駄目か?」
 そういいながらも鬼柳の手は止まらない。
 ゆっくりと透耶の肌を撫でて、頬摺りしている。余程の事がない限り、止まらないという合図みたいなものだ。
 触れたくて帰ってきてから我慢していたのもあるし、二ヶ月も離れていたから余計にたまっているのもある。
「透耶が欲しいよ……」
「……うん、俺も恭が欲しいよ……しよ」
 肌を撫でられていると、段々その気になって来るのは鬼柳の手が心地良いのと、快楽に落とすのが上手いせいだ。透耶は常にそう思っている。
「そういえば、おかえりのキスしてないよね」
「してない」
 きっぱりと鬼柳が言う。それにちょっとだけ透耶は笑う。
「ごめんね……ん」
 謝ったところでキスをすると、即座に鬼柳に主導権を奪われてしまう。
 何度もキスをして 鬼柳が満足し、透耶の意識が朦朧としてくると唇から離れ首筋へと滑らせる。そのまま鎖骨に吸い付きながら、透耶の肌に手を滑らせ撫でていく。
「う……ん……」
 胸の突起を撫で、吸い付くと透耶の身体が反り返える。
 胸を吸い舐めると透耶の身体がびくびくと震える。
「あ……ん……」
 透耶自身を握り、軽く擦るとすぐに立ち上がってくる。
 透耶も待ちわびていたのはこれですぐに分かる。こう反応してくれと鬼柳も嬉しくて仕方なくなるのだが、同時に余裕もなくなってくる。
 その透耶自身を口に含んで扱くと先走りが溢れ、それを舐め取る。
「いや……ん……あん……」
 イキそうなのをわざと塞き止め、いかせないようにして根元を握り締め先だけを攻める。
「あぁ……あ、ん……キョウ……い、いきたい……」
 イキたくて仕方がないという催促に、舌っ足らずな声で名前を呼ぶ。
「ん、いっていいよ」
 握りを解いて、銜えたままで喋ると、透耶は言われるまま自分を放った。
「ああぁんん……!」
 甘く高い声を上げて透耶はぐったりとする。
 はあはあと息が上がってはいたが、身体がびくびくと震えている。
 触ると身体が跳ね上がるくらいにびくっとする。全身が快楽でどうにかなってしまいそうになっている。
 少し透耶に休憩を与える意味で、その隙に鬼柳は自分の服を全部脱ぎ捨てた。ここにも常備してあるローションを取り出してきてまた肌を重ねる。
 まだ放った余韻に浸っている透耶の孔に指を這わせると、入り口に触れたところで、透耶の身体が跳ね上がる。
「あん……」
 ぴくりとして透耶の意識が戻ってくる声を上げるが、ローションを塗り込めて指を一本忍び込ませる。
「んん……あ……」
 忍び込んでくる指に抵抗するが内部は待ちわびていたように鬼柳を迎える。ゆっくりと指を回し、官能の箇所を突くと甘い声が上がる。指を二本にして、更に内部を広げる。ゆっくり出し入れをする。
「あぁ……ん……は……あん」
 押し寄せる快楽の波に呑まれる。悶える透耶を見ていると、鬼柳も我慢が出来なくなった。
「もうちょっと解したいけど、俺が我慢出来ねえ。少しきついけど我慢な」
 そういうや早く、鬼柳は指を引き抜き、自分自身を透耶の孔に押し付けた。
 足を抱え上げ、腰を進めるとスムーズに内部に入り込んだ。
「んんん……」
 耐える声を上げて、透耶は鬼柳を受け入れた。
「……やっぱ、キツイな……」
 はあっと甘い息を吐いて、鬼柳は透耶の唇にキスをした。
 すぐに透耶の腕が首に周り、抱きついてくる。これはもう習慣されたものだ。こういうキスをすると透耶がちゃんと受け入れてくれる。その気にもなってくれていると分かる。
 激しく舌を吸い、何度も向きを変えてキスをすると、透耶の身体の力が抜けて鬼柳が動きやすくなる。二三度試しに動いて痛がってないのを確認してから、鬼柳はその動きを速めていく。
「ああん……あっ……あぁ……!」
 透耶は腕に力を込め、鬼柳に力強くしがみつく。そうしないとただ流されておかしくなりそうだったからだ。
 甘い声が丁度耳元で漏れて、鬼柳を高めていく。高まっていた二人の絶頂は意外にも早かった。
「ちくしょう、もちそうにない」
 鬼柳はそう言うと、透耶自身を掴んで荒々しく扱いた。
「あぁ……ん…っ……キョウ……ん」
「透耶、一緒にいこう…」 
 耳元で囁くように言うと、それが最後の刺激になったらしく透耶は自分を放った。
「ああああっ!」
「……!」
 締め付けられて鬼柳も放つ。
 荒く息を付く透耶に、鬼柳は口づけをして顔中にキスをした。愛しい恋人。こんな乱暴な自分をも受け入れてくれる相手。愛おしいと触れたいと何度でも思う。
 透耶の潤んだ瞳が鬼柳を見上げている。こういう無防備すぎる透耶は本当に妖艶なのだ。その姿は、また鬼柳を高めてしまう。
 官能的で、淫らで、それでも綺麗。そうさせているのが自分だと思うと、嬉しくて堪らなくなる。
「やば、透耶、もう一回」
「ん……もう、また……? もうちょっと休ませて……」
 透耶は抵抗はしなかったが、明らかに疲れて次のラウンドは持たないと思った。
 欲求不満の鬼柳の体力に透耶がついていけるわけもなかった。
「ペナルティーで、朝までコースだぞ」
 鬼柳がそう言いながら透耶の頬にキスをすると、透耶の身体が一瞬びくつく。
 まさかおかえりのキスをしなかったことや、セラと籠城したことで、ペナルティーがそんなにつくとは思ってなかったのだ。
「朝まで無理ーー!」
 透耶がバタバタと暴れると鬼柳は仕方ないというように妥協案を出した。
「じゃ、透耶が失神するまでな」
 笑いながら言うそれは、まさに拷問ではないか。
 鬼柳は上手いこと失神させないようにセーブしながらやるに決まっている。
 朝までコースはそうやって実行されることになってしまったのだった。
 

 後日、エドワードとセラから結婚式の案内状が届いた。
 それを見た鬼柳は。
「……さっさと結婚でもなんでもすればいいさ」
 そう言って少しだけ嬉しそうに微笑んでいたのを透耶は見逃さなかった。
 仲が良かった二人ともとつきあいがある友人でもある鬼柳がこの結婚を一番喜んでいるのは当然であろう。
 そこに透耶の携帯に光琉、綾乃と次々にエドワードの堅物を知ってる人たちから連絡が入り、「エドワードさんには婚約者がいたのか!?」と驚愕した声で尋ねてくるのだ。
 みんな同じような反応で透耶は笑って質問に答えるしかなかった。

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