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外伝4-1
僕等、バラ色の日々
「あれ? 何やってるの?」
透耶が地下の鬼柳の仕事部屋を覗くと、鬼柳が真剣な顔をして何かを見ていた。
ここで鬼柳がすることといえば、写真関係のことだ。
しかし、彼が眺めているというより、真剣に眉間に皺をつけているような顔をしてまでのことと、その視線の先にあるのが、どう見ても封筒だったもので、透耶は思わず声をかけてしまった。
「どう、したの?」
「んー……」
鬼柳は唸ったかと思うと大きくため息を吐いた。
「……本当にどうしたの?」
透耶は鬼柳に近寄ってその視線を遮るように顔を鬼柳の前に出した。
「……こう」
鬼柳はそう呟くと出てきた透耶の顔をゆっくりと優しく手のひらで包んでじっと見つめた。
「こう?」
何か話しかけないと答えてくれそうにないので言葉を促すと。
「こういう風にまでは望まないとしても、耐えられるか否か……」
透耶にはさっぱり意味が解らない言葉が出てきた。
「はあ??」
鬼柳はどうも彼なりに真剣に考え込んでいるらしい。
普段、あまり真剣に悩んでいる態度を見せないだけに、これはどういうことなのだろうか?
そういう原因は、真剣に見ていた封筒だろう。
何か重大なことが!?
と思ったが、よくよく考えたら、透耶の顔を見て、「こういう風」だの「耐えられるか否か」など言う重大なことが思いつかない。
真剣な鬼柳を無視して、透耶は頬にあてられた手を外して、テーブルにある封筒を手に取った。
宛名は鬼柳宛だ。裏を見ると差出人が光琉だった。
鬼柳と光琉が封筒で何か送り合ったのだろうが、にしては鬼柳のこの真剣っぷりはなんだろう?
そう考えた時、ふと昔あったことを思い出した。
それは、透耶が女装したのやら高校生活で光琉と一緒に過ごした時に出回った写真の山だ。
やっぱり裏で売っていたのは光琉一派だったものだから、透耶は呆れるやらなんやらだったが、その写真を鬼柳が気に入ってネガまで引き取ろうとしたから大騒動になった。
絶対にネガから写真全部をパネルにするつもりの鬼柳を何とか説得して、一枚だけパネルにすることで落ち着いたものだが。
まさか、これはまた出てきたネガなのだろうか?
透耶ははっとして封筒をさっさと開けた。
出てきたのは写真数枚。
やはり、裏取引か。などと思ったが出てきた写真には透耶も見覚えがあるものだった。
それはつい最近、光琉の映画クランクアップでのパーティーをした時のものだった。
「あ、出来たんだ」
これには透耶だけでなく、鬼柳も一緒に映っている写真。
つまり、鬼柳以外が透耶を撮った写真=鬼柳がそれに耐えられるかどうか否か。などという戦いらしい。
「許可しておいて、何してんだか……」
透耶は呆れて鬼柳を見てしまう。
写真は俳優も多いし、出資者も多かったのでNGではあったが、撮って欲しい人には専属のカメラマンがいた。
記念に撮りたい人もいるだろうし、という配慮からだったが、その場所で透耶が二人で映ってるのがないという話をして、鬼柳がそのカメラマンの腕を知っていて、上手く撮ってくれるだろうと信じて悩んだ結果撮ったという、もう一枚くらいいいじゃないか……と呟くしかない鬼柳の妥協しなささに笑いがこみ上げてくるくらいだった出来事だ。
けれど、撮っておいてもらいながら、この悩み様は失礼じゃないか?
「あれ、透耶……ああああ!!」
やっと透耶がいるという普通の感覚に戻ってきた鬼柳が叫び声を上げた。
「綺麗に出来てるよ」
ペラッと写真を向けると、さっと鬼柳が顔ごと視線を外す。
面白い。透耶はそう思って写真を持って鬼柳の視線に入ろうとすると鬼柳が部屋から逃げ出した。
それはあんまりじゃないか。
と思うどころか、日頃の逆襲とばかりにニヤリとした透耶は鬼柳を追いかけて行く。
ドタバタと時々起こる騒動に、この家の執事の宝田は「またですか」と呟いて一応確認作業をする。
その前にメイドの司がちょっと驚いた顔をしていた。
ちょうど目の前を走って二階へあがったらしい。
「どうしました?」
「あ、あの。透耶様が……」
「え?」
「もの凄い笑顔で、ええっと笑顔じゃなくて、悪魔の笑みで恭一様を追いかけてましたので、びっくりしてしまって」
「……はい?」
司の説明に宝田はポカンとした顔をした。
大抵追いかける側の透耶はほとんど十中八九は怒っているパターンばかりだからだ。
「……何があったんでしょうかね」
二人で思わずその原因を考えてしまうのだが、まさか他人が撮った透耶の写真一枚ごときとは想像してもしきれないだろう。
「なんで見ないの!!」
なんとかクローゼットの奥まで鬼柳を追い詰めて透耶が叫ぶ。
鬼柳に焦りがなかったら絶対こうはいかないのだが、今日は鬼柳の焦りがあったためか、簡単に追い詰められた。
しかし、相手は天照ですか?と言いたくなるような、岩戸(クローゼットの奥にあるクローゼットの扉)の奥に逃げている。
「……いや。心の準備というものがありましてー」
「へえ、郵便届いたの昨日の朝だよね? で、一日経っても準備出来ませんか?」
「いや、昨日は、透耶はズッコンバッコンやってたから暇なかったし」
「生々しく言うな!!!!! しかもなんだその一昔前の語彙は!!」
「一昔前の人間ですから~」
「そんなことはどうでもいい! 時代に取り残されてるよ!」
「まあ、海外に居ると日本のことあんま解らないからなあ」
「確かに、ちょっとテレビ観なかっただけで、何か変化があるような時代じゃねって!!!」
話が脱線していたので透耶は思わず怒鳴る。
「あれ……」
「狙ったな」
「うん、狙ったんだけどな。上手くいかなかった」
「すんなり罪を告白するな!!」
「え~透耶の小説だって、追い詰められた犯人がズラズラと喋るじゃん」
「ズラズラじゃない!! ペラペラだ!!」
「えー」
「えーじゃない。俺の小説はどうでもいい。ああいうものだ。で、この写真一枚を観られない犯人さん、いい加減自首して貰えませんかね?」
「あ、そうきたか……じゃ、自首しまーす」
「速攻!? 心の準備とやらは!?」
「うん、話していたら、この刑事さんならいいかな~って」
「あくまで犯人役のままで自首ですか……」
この流れに透耶はがっくりとする。
負けたと思うのは、こういう主導権を取るのが上手い鬼柳に遊ばれていただけだと気づいた時だろう。
透耶の方は結局最後は本気で怒鳴って怒っていたわけだから、いつものように負けだ。
結局ばたばたやったおかげで心の準備とやらがついたのか、鬼柳はあっさりと写真を手にとって、ベッドに腰をかけて見た。
「んーやっぱ、こんなものかあ……」
写真を眺めて鬼柳はそんな感想を述べる。
「予想は出来てたわけだ?」
そうならそうと言えと言いたくなるが、鬼柳はうんと頷く。
「装備とあとフィルムと……」
この後、あのカメラマンが持っていたカメラの性能の話になり、透耶は降参する。
「う…………解った。見た目で解ったってことね」
「そうそう。で、予想できる出来は解ってたけど。自分で撮ったわけじゃないから向こうから何が見えていたかってのは解らないからな」
「あー……なるほど。俺が恭の撮ってるものが解っていてもどう撮れているかってのは予想しか出来ないみたいな感じ?」
「うんうん、それ。結構不安だったから。まあ、これはこれでいいかな」
出来は予想出来ていたが、あれほど粘ったにしては結構……。
「ほんとあっさりだね」
透耶がそう言うと、鬼柳はにっこりと笑って。
「本物が目の前にいるんだ」
と言った。
それは透耶の顔を真っ赤にするには簡単な言葉だったかもしれない。
その隙にキスをして押し倒すくらいは鬼柳になら朝飯前だ。
「まさか……最初からこれが狙いだったとか?」
押し倒されながら透耶がハッとすると、目の前にある口が一瞬ニヤリとしたのが目に入った。
当然怒鳴りたかったが、その後、怒ることが出来たのは翌日の昼過ぎに延びてしまったのだった。
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