Switch101
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Stand by me
私、エドワード・ランカスターが鬼柳恭一という男を初めて知ったのは、ある展覧会での写 真だった。
その写真は、ハーレムでの日常茶飯事を写したもので、ギャングの子供達が拳銃を持って座っている所だったり、銃を構えている所だったりした。
普通なら、なんて事ないモノとして捉えられるモノなのだが、この撮影者は、その子供の孤独を写 真の中にでさえ写し出してしまっているのだ。
写真で、ここまで人を表現出来るのは、そうそういない。
私は感動して、その撮影者の事を主催者に聞いた。
しかし、その授賞式に、鬼柳恭一は現れなかったのだそうだ。
何でも、今は学生で、勉学が忙しいという理由で、授賞式には出られなかったという事だが、私は、鬼柳恭一が学生であるという事で、その学校名を聞くと、何と同じ大学の学生である事が解った。
しかも、年齢が同じ。
ということは、鬼柳恭一は秀才で、飛び級を使って大学に入っている事になる。
私はわくわくしながら、次の日大学へ行き、友人に鬼柳恭一の事を尋ねた。
すると、友人は何故そんな事を聞くんだと返してきた。
私はとにかく鬼柳恭一の事を知りたいと言うと。
「あいつは、最低だ。女はとっかえひっかえ。セックスしかしないって有名だぜ。秀才だが何だか知らないが、エド、お前とはまったくの正反対のヤツだよ」
そう言われたのだ。
それでも私が諦めないでいると、友人は諦めて鬼柳恭一のことを教えてくれた。
何と、鬼柳恭一は私と同じ、経済学部にいたのだ。
今まで気が付かなかったのだが、鬼柳恭一は授業を受ける時は、いつも一番前に座り、教授の真ん前で授業を受けていたのだ。
私は、いつも一番後ろで受けていたから、それに気が付かなかったのだ。
言われる程酷いわけではなく、結構真面目なのだろうか?
その時間の授業が終わった所で、私は鬼柳恭一に話し掛けていた。
「やあ、私はエドワードだ。君は鬼柳恭一だろう?」
私がそう声をかけると、鬼柳恭一はうさん臭そうに私を見上げた。
しかし、一瞬だけ私を確認しただけで、そのまま何も言わずに教科書をまとめると教室を出て言ってしまったのだ。
無視したのか?
私は慌てて鬼柳恭一を追い掛けた。
「待ってくれ」
私が言って隣に並ぶと、ちょうど鬼柳恭一の方が少し背が高い事が解った。
「君に聞きたい事がある」
私がそう言うと鬼柳恭一は、ちらりと私を見て、小さく溜息を吐いた。
「何なんだ、お前」
面倒臭そうな声が返ってきた。
「聞きたい事があると言ったな。何だ? 交際申し込みか? セックス試したいのか?」
いきなりの言葉に私は絶句してしまう。
何を言っているんだ、この男は。
私が驚いた顔をしていると、鬼柳恭一はニヤリとして言った。
「俺に話し掛けるという事は、そういう意味があるって事、後ろの友達は教えてくれなかったのか? ノーマルでいたかったら、もう俺に話し掛けるな。じゃあな」
鬼柳恭一はそれだけ言って、先を歩いて行ってしまった。
その鬼柳恭一の側に、年上であろう女性が駆け寄って寄り添うように歩いて行った。
私が呆然としていると、友人が肩を叩いた。
「だから、やめとけと言っただろう。あいつは口を開けば、ああいう事しか言わないんだ」
「そうそう。で、あれ何人目だ?」
「うーん、あれは13人目じゃねーか?」
「初めて見る顔だよな。シューシャとはいつ別れたんだ?」
「ああ、昨日だよ。廊下で派手に別れ話ってか、一方的にシューシャが叫んでただけだけどな。最低野郎とか」
「でさ、あいつ。若い男とセックスしたかっただけだろう?って言って黙らせたらしいぜ。まあ、16ってのを引っ掛ける21の女ってのもどうかと思うけどな」
「なーんで、あんな酷いガキがいいんだか。女って解らねえなあ」
「バイってのも有名なんだがな。男とも揉めてたし」
そんな友人の話を聞きながら、私はあれが本当にあの写真を撮った鬼柳恭一なのか?と疑わずにはいられなかった。
あんな繊細な写真を撮る人物が、とっかえひっかえでバイで、口を開けばセックスの事しか言わないなど、信じたくなくなるのは当然だ。
私は、これ以上鬼柳恭一に関わるのを辞めようと決心していた。
しかし、同じ学部にいる以上、教室ではよく一緒になる訳で、鬼柳恭一は自然と視界に入ってしまう。
見ている限りでは、授業はまったく欠席なしで出ている。さぼっているのは見た事がない。レポート提出も早く、教授には評判がいい。
授業前には、いつも一番前の席に座り、静かに本を読んでいる。
ただ、友人は一人もいないらしく、いつも独り。
教室に女など、付き合っている人を連れてくる事もない。
至って真面目なのだ。
それが一歩教室を出ると、授業をさぼって待っていただろう女が待ち伏せをしていて、その女と帰って行く。
しかもそれが週代わりには別の女に変わっているのだが。
あまりにも違う鬼柳恭一の姿に、本当はどちらが本当の彼なのだろうかと考えてしまう程だ。
それから一ヶ月程が過ぎた。
ある日、私は父親の会社に顔を出すように言われて、本社ビルへと向かった。
社長室で、父親と話していた時だった。
「面白い人材がバイトで入ってな。最初はメッセンジャーボーイだったんだが、うちの社員が落とした書類を拾って届けてくれたんだよ。それがな、封筒には社名が入ってなくて、彼は中を見たそうだ。それで届けてくれたんだが、その時、彼が、面 白い指摘をしてな」
珍しく父親が、嬉々としてそういう話をし始めた。
厳しい父親が、こういう事を言うのは珍しい事で、私も興味が湧いた。
「面白い?」
父親は私が話に乗ってきたので、すぐにある書類を私に見せて説明をしてくれた。
「そう、この項目を採用するくらいなら、こっちの項目の方を少し修正して出した方が客に受けると言ったんだ。ホテル経営の方針の議案書だったんだが、確かにその方が日本では受ける内容なんだ。なのに議案書を持っていた社員が追い返してな。受け付けの女の子がその話を覚えていて、ランチタイムの時に話したそうだ。その友人がたまたま議会に出ている人物で、それを指摘したんだよ。そしたら、重役どもが興味を持ってその案を採用した」
「それじゃ、その女性が提案した事になってないのですか?」
「女性は、採用されると決まった時に、こういう話を聞いたから思い出しただけで、案は私ではないとハッキリ言ったそうだ。それで、そのメッセンジャーボーイがうちの会社にも出入りしている人物だと解ったので、とっつかまえて、バイトで入ってくれと頼んだんだが。これが、もう悲惨なくらいにふられ続けて」
父親は、お手上げだと苦笑している。
「父上が説得に失敗したんですか?」
信じられなかった。
人を使う事が上手い父親が、たかがバイトを口説くだけでの事で失敗するとは思えなかった。
「ものの見事に。これが、中々口説きがいのある奴でな。仕事が出来ないのでなく、興味がないからやるつもりはないとキッパリと言われた。是非、企画部に欲しかったんだが、納得してくれなくてな」
「で、結局バイトしている訳なのでしょう? どうやって口説きました?」
「そりゃ、彼について徹底的に調べ上げたさ。弱味がないかとな。まったく、経歴も驚きものだよ。銀行家の祖父に、出版界の天才と言われる父親。母親はなし。名家の坊ちゃん。成績優秀。スポーツも万能。女にも困った事がない。将来には何の不安もないエリートな訳だ。その中で一つだけ、彼の弱点があったわけだ」
「弱点?」
「名家の坊ちゃんが、何でメッセンジャーボーイなんてバイトをしているのかって事だ」
「あ、そうですね。何故彼はバイトを?」
「実家から貰う金では出来ない事をやる為なんだそうだ。面白い事に、彼は大学を出たら家を出るつもりで自分の金を貯蓄をしているんだろうな。そうなると、彼は少しでも金があった方がいいわけだ。そこを突いたら、暫くしてバイトしてくれると言ってくれたよ」
「そこまでして欲しかったんですか?」
「欲しかったね。もちろん、大学を出たらうちに就職をしてくれると有り難いんだが、それはバイトに入る時の条件として、省かれてしまったよ。惜しいな、あんな人材、捨てるには惜しいんだが」
父親がやたらと誉めるので、私はその人物が見たくなってしまった。
それで案内されて、企画部へ行くと、そこに鬼柳恭一がいたのだった。
鬼柳恭一は私を見た瞬間、少し驚いた顔をしたが、すぐに平常心に戻ってしまった。
何故彼がいるんだ?
私も驚いていた。
父親に紹介されて、大学が一緒で、しかも学部が一緒だと説明されても、鬼柳恭一は表情を崩さないどころか、「初めまして」と言い放ったのだ。
私はそれを受けて立ち、初めましてと返した。
鬼柳恭一は、企画部で週に一度バイトをしているんだそうだ。
他の日は大学があるので出る訳にはいかないが、日曜は一日出ていられるので出てきている。
仕事は真面目で、自宅に一週間分の仕事を持ち帰り、それを仕上げて日曜に持ってくるやり方をしている。
やる事成す事、企画は通り、更に同じ企画部のアドバイザーにまでなって、信用を集めている。
口調は乱暴だが、悪気があって言っている訳ではないし、
美貌な顔であるがために、女性にはモテているが、会社の女性に手を出している訳ではない。
本当に真面目なバイトなのだ。
てっきり、日曜は女と遊び呆けていると思っていた私は、何だか訳が解らなくなってきた。
企画書にしても、女と遊んでいる隙がない程のモノであり、自宅でやっている限り、遊んではいらないはずだ。しかも大学でもレポートやら色々ある。それを全てこなしているのだ。
こうして鬼柳恭一の事を知っていくと、どんどん迷路にはまっていく気がした。
「質問していいか?」
私はそう鬼柳恭一に言っていた。
ちょうど、学部内のカフェテリアで鬼柳恭一が珍しく独りでいる時だった。
たまたまそこで私は鬼柳恭一を見つけた。
いつも教室以外では、女性が側にいるのに、この時は何故か独りだった。
そうなると、今話すチャンスだと思い、私は声をかけてしまった。
鬼柳恭一は、私を見上げると、特に何か感じた訳ではないらしく、座れと指で指示を出した。
「で、何だ?」
そう言った鬼柳恭一は、パソコンに向かって何かをやっていた。
真剣な顔で、休みなく指がキーボードを打っている。
「何をしてるんだ?」
私は少し気になって聞いた。
すると、鬼柳恭一は手を止めて視線を上げると、忌ま忌ましそうに言った。
「お前んとこの企画書だ。お前の親父、注文出し過ぎだぞ。企画部の人間殺す気か?」
珍しい受け答えに驚きながらも、私は鬼柳恭一が答えてくれる今の機会を逃したくなく、次の質問を続けた。
「恭一は…」
私がそう言いかけると、鬼柳恭一が言った。
「恭でいい。言いにくいだろ」
どうやら、そう呼ばれる事になれているらしい言い方ではあったが、今思えば、恭一と呼ばれる事が嫌いだっただけに過ぎないと解ったのだが。
「では、恭。カメラはもうやってないのか?」
私は確信をついたような言い方をした。
もしかしたらしらばっくれるかもしれないと思ったのだが、恭は何でもない事のように答えてくれた。
「いや、隙がありゃやってる。あれはやるやらないの問題じゃなくて、撮りたいかの問題だ」
「それを職業にするのか?」
「他になさそうなんでね」
これは意外な答えだ。経済学をやっている恭が、カメラマンになりたいと言っているのだ。
いや、やりたいというより、経済以外なら何でもいいというように聴こえた。
「そういう仕事はやらないのか?」
私がパソコンを指差して言うと、恭は嫌そうな顔をしていた。
「これか? 冗談、絶対嫌だ。バイトだからやっているだけ」
本当に嫌らしい。
「そういうのやれば第一人者になりそうなのにな」
「それこそ御免だ。やる気がなきゃ、何をやっても駄目だ。俺はこういうのには向いてない」
それこそ冗談だ。
これだけ完璧にこなして、あの父親を納得させて欲しいとまで言わせる才能があるのに、それがやる気がないから駄 目とは、他の人が聞けば、何の冗談のつもりだと聞き返している所だ。
向いていない訳がない。
私が呆然としていると、恭がパソコンの手を止めて、くるりと周りを見回すと、ニヤリとして言った。
「ふーん。こりゃ便利だ」
「何が?」
私が我に返り聞き返すと、恭はまたパソコンに視線を落としている。
顔を上げないままで、恭は続けて言った。
「お前が座っているだけで、女が寄って来ない。ちょっと一時間くらいそこに座っててくれ。その間なら質問に答えてやる」
答えてやる、という言い方は随分偉そうな言葉遣いだが、私はそんな事は気にもならなかった。
恭が一時間だけでも、私の話しに付き合ってくれると言っているのだ。
こんなチャンスは他にないだろう。
「質問でいいのか?」
私がそう聞き返すと、恭は少し息を吐いて言った。
「俺から何を話せって言うんだ」
その面倒臭い言い方で、私はもしかしてと思ってしまい聞き返した。
「もしかして、恭は、話しをするのが苦手なのか?」
「まあな。普段、何話せばいいのかさっぱりだ」
「じゃあ、女とかと何を話してるんだ?」
「ありゃ、向こうが勝手に何か喋っているだけだ。俺は話してない」
その答えに、私はもう頭を抱えたくなった。
この男は、人の話を聞き流しているのだ。
女が何か話していても、殆ど聞いてないという事だ。
しかも話下手で無表情。
それでも女は寄ってくる訳だ。
そこまで思って私はふとある事実に気が付いた。
「私は、今、女避けなのか?」
「そう」
即答だった。
「女は邪魔なのか? いつもとっかえひっかえなようだが」
「邪魔っていやあ、邪魔だな。とっかえひっかえと言われればそうなのだろうが、向こうが勝手に言い寄ってきて、勝手に喚いて別 れるとかの話になる。付き合っているつもりは毛頭ないんだが」
やはりな答えだった。
恭は、ただ寄ってきたから放っているだけで、女の方が付き合っていると思い込んでいるのだ。
だから、別れ話と言われる喧嘩をした所で、恭にとっては何を言っているんだこの女は、という意識しかないのだ。それで話下手となれば、酷い話になってしまうはずだ。
「じゃ、何で女といるんだ?」
寄ってくる女を断れば、そういう話にはならないのではと続けた私に、恭は凄く簡単に答えを返した。
「性の問題。向こうから寄ってくるから俺も欲求を満たしているに過ぎん」
「…それは、セックスしたいと言われたからやってるだけとしか聞こえないんだが」
私が少し困ったように言うと、恭は顔を上げて真面目な顔で言った。
「そう言ったんだが」
素直な答えに、私はしつこく問い返した。
「つまり、恭は、抱いてくれとか言われない限りは抱かないのか?」
「そういう事。寄ってくる女とか、まあ男でもいいんだが、今くらいの年齢の奴はやる事しか頭にない。求められれば、俺も立たない訳じゃないし、入れてくれと言われれば入れられる。こういうセックスはあくまで同意あってのもモノで、お互い欲求を満たしているだけに過ぎない。それだけの事だ」
やっぱり。
女でも男でも、自分に寄ってくる人間は全員がそういう対象でしかないんだ。
付き合う付き合わないの問題ではない。
恭にとっては、欲求を満たしているだけなのだ。
そりゃ、セックスだけと言われるのは当たり前だ。元から、恭は自分に寄ってくる人間をそういう対象としてとしか扱ってなかったのだから。
だが、恭が、セックス対象でなく、誰かを好きになったとしたら、どうするのだろうか?
私はそっちに興味が湧いて聞いていた。
「自分に好きな人が出来たらどうなるんだ?」
そういう考えがあるのかどうかは解らないのだが、どう考えているのかは気になる。
すると、恭は少し考えてから、それを想像したのだろう。嫌に真面目に答えた。
「それは願ってもない事だが、本当に好きな相手だとしたら、俺は自分からアプローチする。向こうから来るのを待ってやしないな。絶対我慢出来なくなるに決まってる。好きになるなら身体だけでなく、心も全部欲しいタイプなんで、結構しつこいかもな。逃げられたら地の果 てまでも追い駆けそうだ」
「それはまた、情熱的な…」
意外な答えに私は驚いてしまった。
人間に興味がないように見えるが、実は、自分が気に入った人間であれば、向こうが近付いてくるのを待っているなどしないで、自分から近付いて行くと言うのだ。
しかも、心を欲しいと言う。
今までの付き合いでは、心はなかったのだろう。
恭が本当に欲しいのは、相手の心であって、その他は何でもない。
恭がそういう考え方をする理由を私は知っていた。
彼の父親の事。母親が出した条件。
それが、恭の考えを根本から覆している。
しかし、本当に好きな相手を逃がさないというやり方は、父親と変わりない。
恭は、自分でもそれに気が付いているのだろうか?
だから、逃がさないと言うのだろうか?
二の舞いにはならない。だから、付き合う人間を無意識に選んでいるのだろうか?
「犯罪者になるなよ」
私がそう呟くと、恭はニヤリとして言った。
「いいんじゃねえの。手に入るなら何やったって。相手が満足するくらいの事は出来るつもりでいるんだが」
過激な事を平気で言い放つ恭。
「満足させてやれるって?」
「家事全般は出来るぞ。仕事も出来るだろうし、金も稼ぐ。こういう仕事をやれと言われればやるし、無茶苦茶優しくする。もちろん、セックスだって上手いしな。顔が気に入らなければ整形だってする。子供が欲しければいくらでも作るし、欲しいものがあれば何でも買う」
どうだ?という風に言われて、私は少し寒さを感じた。
整形まではしなくてもいいと思うし。
「………それは、怖いんだが……」
私がそう言うと恭は、首を傾げて言う。
「そうか? 俺が持ってるモノであれば、何でも与える気ではいるんだが」
本当にそう考えているようで、恭は自分が惚れれば確実にそうするだろうと断言する。
「恭にホレられる相手に同情しそうだよ……それに、その考えでは貢ぐ人になりそうだ」
「まあ、そうだろうな。でもよ、俺が惚れる相手となれば、こういうのは欲しがらない相手になりそうだ」
恭は貢ぐ人になるだろうと言う私の言葉を受けて、こう返してきた。
これは意外だった。
自分が選ぶ相手が、何も欲しがらない人物であると断言する。
「根拠は?」
「こういうのを欲しがる相手が解るからだ。伊達に誰とでも節操なしに寝てる訳じゃねえ。最初は俺が好きだとか言う人間は、俺が誰だか解ったとたんに、あれ買えだの言い出す。まあ、買えとははっきり言わないにしろ、そういう目で見る訳だ。それが解るんだよ。金持ってる奴なら何でも出来るだろうってな。金は俺のじゃねえし、当てにされても困るんだが、金持ちと付き合っているという気になるらしい。それにやたらと親父やらの話をしだすし、終いには両親に紹介したいだと。まったく俺を幾つだと思ってるんだ?」
恭がそう言うのを聞いて、私は頷いてしまった。
同じ事が私にも起こっているからだ。
「それは激しく同感だ。16のガキを捕まえてする話しじゃないな」
「頭おかしいんだぜ。どう考えたって、俺が将来有望なエリートになるかどうかも解らないってのにな。発展途上のガキの思考狂わせてどうするってんだ? そういうのは端っからお断りだ」
「それにも激しく同感だ。恭とは話が合うな」
私が微笑んで言うと恭は物凄く嫌そうな顔をした。
「……なんか、嫌な奴と話があっちまった」
私は、ニヤリとして言い返した。
「こういう話が出来るのは、私くらいしかいないんじゃないか? 同じ年齢で、金持ちの父親。何故だか出来る男で、通 る人間が皆振り返るくらいの美貌の持ち主とくれば、他にいないと思うが?」
私がそういう冗談を言うと、恭の顔が歪んで、激しく吹出して爆笑した。
あまりに受けてしまったので、私も困惑してしまう。
「…そこまで笑わなくても」
恭は暫く笑った後で、顔を上げて言った。
「お前、面白いな…えっと名前なんて言ったっけ?」
おい、自己紹介は二度目なんだが、まさか覚えてないというのか?
「本気で聞いているのか?」
私がそう聞き返すと恭は頷いた。
「ああ」
冗談とかで忘れたふりをしている顔ではない。
本気だった。
私は、これで解った。
恭は、自分から名前を尋ねない限り、相手の名前を覚えない性格であるという事。
「エドワードだ。エドでいい」
私は名乗って、愛称で呼んでくれというと、恭は頷いた。
「OK.エド。一時間だ。悪かったな、害虫駆除させて」
恭は次の授業があるからと、パソコンを片付けて立ち上がった。
「いや、私も面白かった。恭、明日もここにいるのか?」
歩いて行きそうになった恭を呼び止めると、恭は振り返って少し考えると答えてくれた。
「んー。大抵ランチはここだ。じゃな」
「また」
特に約束などしないで、軽く挨拶をして恭と別れた。
意外な展開で、恭と話し込む事になってしまったが、恭が意外に話す人間である事に驚いてしまった。
今までの印象であった、節操がないとか、観念がないだのの意識はもう何処にもない。
これだけモノを考えている人間はいないのではないだろうか?
まあ、これだけ変わっている人間を見るのは久かったので、私は鬼柳恭一という人間にどんどん興味を持ってしまっていた。
それから、恭とはランチを共にするようになり、学部内では妙な噂がたったのが。
「あ? こんな嫌な奴、他にはいない」
「あれは面白い男だよ。あの思考回路を解剖してみたいよ。いっそ医学部に編入しようかな?」
などと、私達がそう返すものだから、妙な噂もすぐになくなってしまった。
まあ、端から聞けば、私達の会話はバラエティーに飛び過ぎているのもあったのかもしれない。
経済学を真面目に話していると思えば、ランチメニューについての話しだったり、NASAの宇宙開発やら惑星、銀河系の仕組みについてだったりと、聞いていてもどう考えても噂のような付き合いをしているとは到底思えない話しばかりをしていたからだ。
恭は、親しくなると意外に優しい人間である事が解った。
無表情なのは、普段の顔で、口が悪いのも、ただ正直に話しているに過ぎないのだと解った。
話下手だから、私が話を振って、それに恭が答える形であれば、恭は大抵の話には乗ってくる。
付き合い方を間違わなければ、鬼柳恭一は、イイ奴であると解る事だったのだ。
大学在籍中は、恭の自宅にも勝手に遊びに行ったりもした。
勝手に遊びに行くと、物凄く嫌がったりするのだが、言葉と態度に出ても、家に上げてくれるし、上手い飯のリクエストも聞いて作って出してくれる。座っているだけで、飲みたいと思っていたコーヒーや紅茶が出てくるし、何だかんだで、栄養がどうのこうの言っては、私の健康管理を気づかったりする事も日常茶飯事になっていた。
カメラを続けているという恭のフィルムを勝手に持ち出しもしたが、恭は一応は怒るものの、撮ってしまった後には興味がないらしく、返せとは言わないで捨てろだの燃やせだのと言う。勿体ないからくれと言うと、勝手にしろで話が終わってしまう。
それだけ自分のモノに興味のない男だ。
相変わらず、節操のない欲求を満たす行為は続いていたが、私はそれについては何も言わなかった。
やがて、大学を卒業すると、恭は、兼ねてから計画していた、家を出るという計画を実行に移した。
その時は、私にアパートの鍵を返すことくらいしか頼りにしてくれなかったので、私は無理矢理、恭の身辺を探って、関わりを持つようにした。
それでも私も父親の仕事を継いだり、恭は恭で、カメラマンとしての腕前を上げていき、遠く離れて過ごすようになると、年に数回会えるか会えないかの状態になってしまっていた。
緊急連絡用だと言い、衛星携帯電話を持たせたりして、嫌がらせを続けていたが、恭が携帯を捨てる事はなく、電話がない所で役に立つから持っているだけだと言いながらも、必ず電話には出て嫌々な態度ながら付き合ってくれている。
双方に解っている事かもしれないが、我々は周りに人がいる分、孤独で、腹を割って本気で話せる相手が欲しいだけなのかと思ってしまう時がある。
そういう関係で付き合っている中で、恭にとって初めてだろう衝撃的な事があった。
カメラマンとして、戦場を撮り続ける事への意味を考えてしまう出来事で、全ての作業が終わった後、恭は行方をくらませた。
初めて携帯を持たずに、私の前からも、何処からも姿を消したのだ。
私は必死で恭を探した。
まさか、死にはしないだろうが、こういう時こそ頼って欲しかったのだ。
恭を見つけたと報告を受けたのは、期間にして2ヶ月後。
日本国内にいるのは当初に解っていたが、居場所だけは解らなかった。
それが意外に近くの場所にいた事が判明した。
私は文句を言ってやろうと調べた恭がいる別荘に電話をかけた。
いきなり行っては、心の準備があるだろうから、わざと焦らせてやろうと思ったのだ。
仕事を全て前日に片付け、別荘の近くで電話をすると一回目は話中で、途中でもう一回かけると恭が出た。
来るなと言われたが、私は無視して、もう近くまできているから、向かうとだけ言って電話を切った。
その別荘へ行くと、出迎えはなかったが、別荘の鍵を持っていた私は開けて中へ入った。
ぐるりと部屋を見回して、話声がしたドアを開けた。
恭はその部屋にいた。一人ではなかった。
何故だろうねえ。
全裸で少年と寝てやがった訳だ。
反省の色などない表情。
それどころか、嬉々としている恭を見て、今までの心配は何だったんだと言いたくなった。
だが、この状況は異常であるのは明らかだった。
恭が自分が住んでいる、例え仮の場所であったとしてもそこへセックス対象である人間を連れ込んだりしないという事だ。
いつも、ホテルか相手の家にしかいかない恭のポリシーは、今まで変わっていなかったからだ。
わざとに挑発すると、本気になっていると答えが返ってきた。
まさか、この少年に?
そう問いたくなる。
冗談かと思ったが、そうではないらしい。
一旦は引き下がったが、その少年、透耶の話しでは、恭が監禁までして離さないのだという。
本気だ。
私は瞬時に思った。
恭は言っていた。犯罪者になるなと言った私に、「いいんじゃねえの。手に入るなら何やったって。相手が満足するくらいの事は出来るつもりでいるんだが」と。
本当に犯罪者になっていた。
本当に実行している。
呆れて言葉が出ないどころが、私は笑ってしまった。
笑う私がツッコんで言うと、恭は明らかに動揺していた。
それもそのはず、恭が好きになった相手は、恭には靡いてなかったからだ。
初めて欲しいと思った相手が、自分の思い通りにならない相手だったんだ。
まさしく恭の言葉通りの相手だった。
「全然、思い通りになんかなんねえな。今までの奴みたいに懐いても来ないし、逃げようとするし、触ろうとすると怯えるし。セックスだってしたがらないから、無理矢理しか出来ないし。でもいい声で鳴くから、俺も制御出来ねえんだよな。無理させてるから、無茶苦茶優しくしてるんだが、まだ足りないのかなあ?」
そう恭がぼやいていた通りに、透耶は何も欲しがらない人間だった。
食事にしても、美味しそうに食べるのだが、(透耶は作るのは苦手らしい)片付けをしようとして、恭と揉める。それも毎回らしい。洗濯も自分でしようとするが、恭が取り上げてしまうのでまた揉める。
眠くなると、中々ベッドに入らず、ソファで寝ようとするのでまた揉める。結局、恭が無理矢理抱えて運んで、そのままセックスになだれ込むらしい。
唯一、透耶がしたがっていた事は、自分の仕事の事で、恭の何かを要求した訳ではなかった。
当然、恭の周りに群がる種類の人間ではない。
初めてだらけで、さすがの恭もお手上げ状態。
どうすれば、透耶が振り向いてくれるのか、そればかりを考えている。
しかし、恭に惚れられた透耶は、ここから逃げ出したいと言っている。
ここまで恭にされても、まだ逃げようという意志があるのは驚きだ。
恭は基本的に優しい人間であるが、惚れた人間にはこれ以上ない優しさで接する。
その優しさすら、透耶にとっては苦痛にしか感じないらしい。
だが、透耶の事を考えると、このまま逃がしてやるべきなのだろうとも思った。
あまりに種類や環境が違う者同士では、やがて恭の事が負担になる。恭の為にならない。
透耶には、恭が男であろうがなかろうが、受け入れる事が出来ない何かがあるらしい。
妙に気になったので、透耶の事を調べる事にした。
その間に、取り合えず透耶を逃がそうとしたのだが、強盗に誘拐に身代金要求と事件が続き、もう完全に恭から透耶を離す事が出来なくなってしまった。
私が考えていた、透耶を逃がすという事は多分バレている。
恭が私を透耶に近付けない理由はそれしか思い当たらないからだ。
こうなれば、もう透耶の方に妥協してもらうしかない。
私は、恭の幸せの為に、透耶を説得する方向へと考えを変えた。
この無関心で無頓着な男が、一気に本気で執着を見せた時となると、はっきりいって恐ろしい以外の何物でもない。
恭は、もう透耶しかいらないといい、たぶん透耶以外は愛さないだろう。
私は、恭が本当に欲しいものを手に入れる為にする行動を逐一制御する役割に回ることにした。
それは、このまま大人しく事が運ぶとは到底思えないからだ。
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