Switch101 43

遠浅

 沖縄で過ごすのも、もう数日となった日。
 
「そう言えば、海は見たいって言ったけど、泳ぎたいとは言わないよな」
 その何気ない疑問を鬼柳が口にした時、透耶はヤバイと思った。

 今まで、それ避けてたのに…。
 気付かないと思ったのに…。

 でもその理由を気付かれなくて、透耶はいつものように素っ気無く答えた。

「別に、泳ぎたいとは思わないだけだけど」
 そう答えたはずなのに。
 透耶は鬼柳にがっしりと肩を掴まれて真剣に聞かれてしまう。

「何か理由があるのか?」
 その真剣さに、透耶は思わず後退りしたくなった。

 な、何でバレたんだ?
 
 普通にして誤摩化したつもりの透耶ではあるが、知念から見れば、怪しいのこのうえない透耶の動揺が可笑しくて仕方がない。
 あれでバレてないと思っているのだから。

 理由を話さないと、到底放してくれそうもない。
 鬼柳の迫力に押されて、透耶は答えてしまう。

「泳げないんだ」
 透耶がボソリと答えた。

「え?」

「だから、泳げないの!」

「何で?」

 何でって…。

「理由があるだろ? 別に水を恐がってるようには見えないし。風呂は平気だろ? 寧ろ好きな方だし」
 鬼柳は、その泳げない経緯も知りたいと言っているのだ。

「そりゃ…溺れたから」

「溺れた?」

「うん。元々、泳ぎは上手くなくて、苦手だったんだ。で、光琉とかと泳いでいる時に溺れて、川だったから思いっきり流されちゃって。それで水がいっぱいある所とかは怖くて駄目になったんだ」
 透耶がそう言うと、鬼柳はん?と考えて言った。

「でも学校とかで水泳あるだろ?」
 そこで、泳ぎを習ったりするんじゃないのか?と問われて透耶は頷く。

「うん、あるけど。もう水が大量にあるだけで駄目なんだ。怖いから泳ぐどころか水にだって入れない。泳ぎを教えようにも、あまりに見事な溺れっぷりだったから、教師もお手上げで。決定的だったのは、泳ぎたくないから泳がないんだって疑われて、プールに突き落とされた事だね」

 そう説明したとたん、鬼柳の顔が凶悪になる。

「…突き落とした奴、今何処にいる」
 これが本気で言っているから怖い。
 だが、それを苦笑で済ませてしまうのは透耶の凄い所だ。

「仕方ないよ。そうとしか見えないんだから。それで、もうプールにさえ近付けないくらいにパニック起こしちゃって、それで、水泳は免除してもらってた。中学じゃ水泳は選択科目だったから選ばなかったし」
 透耶がそこまで大量の水を恐がっているので、鬼柳は溜息を洩らした。

「海なんかもってのほかか。そこの海なら遠浅だから大丈夫かと思ったけど」
 鬼柳がそう呟いたので透耶は首を傾げる。

「ん? 何なの?」
 そう聞くと、鬼柳はやっと透耶の肩から手を放した。

「いや、泳いでいるというか、海に入っている透耶を撮ってないなと思って撮りたかったんだ」
 鬼柳はそう答えた。

 …通りで、興味のないはずの話をさせると思ったよ。

 だけど、凄く残念そうな鬼柳を見ていると、少しくらい無理をしてみてもいいかもしれないと透耶は考えてしまう。

「あ、あのさ」
 透耶は鬼柳の服を掴んで、鬼柳を見上げると言った。

「泳げないけど…海に入れるようになりたい。だから、その、一緒に入ってくれる?」
 透耶がそう言うと鬼柳は驚いた顔をした。

「あ、あの、恭が一緒なら、大丈夫かもとか思ってる」
 透耶からこういう風にお願いされたのは初めてだった鬼柳。
 不安そうに少し瞳を潤ませ、上目遣いで見つめられると、さすがの鬼柳も目眩がしそうだった。




 海は穏やかで波は小さい。
 だが、やはり海という巨大な水の前に透耶は固まってしまっている。

 見る海ならまだしも、それに入るとなると、遠浅とはいえ、怖いに決まっている。
 最初出会った時には、自分で海に突き進んで入ったりしたが、あれはボケていたのと何が起ったのか解らずパニックにならないで済んでいたらしい。

 すると、鬼柳が先に海へ入って行く。
 膝より下の本当に浅い海だ。
 5m程進んで、透耶の方を振り返る。

「透耶」
 鬼柳は笑って手を差し伸べる。

「…う」
 透耶はかなり緊張しているらしく、水を見ては鬼柳を見る。それを何度も繰り返しては唸っていた。

 暫くそうしていたが、いつまでもこのままではいけないと思った。言い出しっぺは自分である。それに鬼柳が付き合ってくれている。

 そう思って意を決して一歩踏み出す。
 足が波に揉まれた瞬間に震えて足が止まってしまうが、その度に鬼柳が透耶の名前を呼んだ。

 前を見れば鬼柳が笑って手を差し伸べている。
 その姿を見るだけで、怖さは不思議と半減していく。 

 やっとの思いで、5m先の鬼柳に辿り着く透耶。
 手を取ると、鬼柳が抱き寄せる。

「偉いぞ、透耶!」
 鬼柳は自分の事のように嬉しがっている。

 透耶はまだ怖さが残っているので、鬼柳に必至にしがみついている。
 こういう必至な透耶が鬼柳は嬉しくて溜らない。
 透耶から抱きついてくる事は殆どないから、これはこれで嬉しいのだ。


 鬼柳は透耶を抱いたままで海の中に座ってみる。
 透耶はもうしがみついているだけで精一杯だ。

「透耶、海を見てみろよ」
 ギュッと目を瞑ったままの透耶に鬼柳はそう言った。

 透耶は怯えながらもやっと目を開けた。

 そこに映るのは、海の青。
 どこまでも続く青。

「…青い」
 透耶がそう呟いた。

「南の海は青いよな。綺麗だろ」

「うん、綺麗」
 透耶はその青に見惚れている。

 元々、青が好きだという透耶だから、この青は何より好きな色なのだ。
 ジッとしていると、自分達の側に小さな魚が寄ってきていた。

「魚だ!」
 綺麗な色の小さな魚が目に入って、透耶は興奮している。

「こっちの魚は警戒心が薄いから餌やったらもっと寄ってくるぞ」

「え? 本当?」

「ソーセージ貰ってきたからやってみるか?」

「うん、やる!!」
 鬼柳が知念に頼んで用意していたソーセージを取り出すと、それを透耶に渡した。
 それを割って海につけると魚が沢山集まってくる。

「うわ~、すごい~」
 透耶はすっかり感激してしまっている。

「もうちょっと深い所なら、いろいろいるかもな」
 鬼柳がそう言ったので透耶は顔を上げる。

「そうなの?」

「ああ」
 鬼柳が笑顔で答えたのだが、これより深い所となると透耶にとっては恐怖そのもの。

「うーん、でも足つかない所だったら、やっぱり恐い」
 透耶はやはりそう答える。

 すると、鬼柳が別の提案をした。

「じゃ、足がつくところで、水中眼鏡して潜ってみるのは?」
 そういう提案が出てくるとは思わなかった透耶は驚いてしまう。

「え?」
 
「しゃがむくらいなら、大丈夫だ」
 鬼柳はそう言うが透耶は言い淀む。

「で、でも…」
 透耶の水恐怖症は、簡単に治るものではない。
 鬼柳はそう感じて優しく言う。

「俺が手を繋いで、向き合って潜ろう。そしたら、俺が目の前にいるのが見えるし、手も繋いでいるから大丈夫だろう」
 そうまで言われて、透耶は考え込む。

 鬼柳の言う通りにやってみたい。でも、水は恐い。
 それでも好奇心の方が勝ってしまう。
 もっと綺麗な魚を見てみたい。

「…う、うん」
 透耶は吃りながらも、頷いて答えた。

「じゃ、やってみようぜ」
 そうして、透耶は潜りにチャレンジする事になってしまったのであった。


48:熱帯魚がこの続きになってます。  

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