Switch 8

1

 透耶の傷が全快して、ヘンリーから外出許可が出た。
 傷とはいえ、首の指の痕が問題だっただけだ。
 手首の傷も、よく見ないと解らない程に傷は薄れている。
「さて、透耶。提案なのだが、恭をここへ呼んでもいいだろうか?」
 朝の朝食で、エドワードがいきなりそう言った。
「え?」
 すっかり屋敷へ戻るつもりでいた透耶だったのだが、変な提案に驚いて固まってしまう。
「どうしてですか?」
「たまには外食して、恭と酒でも飲みたいと思ったのだ。私は明日帰るし、ヘンリーも同様だ。私は午後まで仕事がある。夜も取引先と会談がある。とてもじゃないが、屋敷まで行っている時間は無い。透耶を屋敷へ一人で帰すのも心配なんで、成りゆきとやらをここでやって貰おう」
「は?」
 どうもエドワードは自分中心に事を運ぼうとしているらしい。
 確かに一番迷惑を被ったのは、エドワードである。
「あ、俺も透耶の彼氏見たい」
 呑気に言ったのはヘンリー。
「はあ」
 拒否権は当然ないよな……。
 拒否どころか、これはもう決定事項であろう、透耶。
「たぶん、物凄く下らないと思いますけど……」
 鬼柳との会話でマトモだったのは数える程しか無い。
 たぶん、じゃなくて、絶対下らないに決まっている。





 朝早くに屋敷に電話して、鬼柳を呼び出した。
 来る時間は、一時間半かかる。
 透耶は自分に与えられた方の居間で、熊のように動き回っていた。
「透耶、そんなに緊張するのか?」
 英字新聞を読んでいたヘンリーが、可笑しそうに笑ってそう言った。
 透耶は呼びかけられて、やっと止まった。
「あ、いえ、そうじゃないんです」
 やたら真剣な顔をしていた。
「じゃあどうしてだ?」
「あの、殴った後、どうするか決めてなかったんです」
 物凄く重要な事を忘れていた、という風に透耶は答えた。
 飲んでいたコーヒーを吹き出すヘンリー。
「ヘンリーさん、汚いです」
「と、透耶が、変な、事、言うからだ!」
 笑いの発作を押さえながら、ヘンリーは叫んだ。
 透耶は困った顔をしてヘンリーを見ている。
「だってー。今日、考えようと思ってたんですー」
 ヘンリーは笑いを収めて聞いた。
「そんなに難しい事なのか?」
「鬼柳さんに効果的な罰っていうのが、思い付かなくて」
 透耶は真剣に唸った。
 ヘンリーも少し考えて言ってみた。
「じゃあ、飯作らせるとか」
「いえ、それは趣味なんですよ。凝らせたらフランス料理でも出てきますよ」
「掃除とか」
「掃除も洗濯も喜んでやりますし……」
「買い物は?」
「何でも買ってくるでしょうし、寧ろ催促されそうです」
 色々なかった時に透耶が呟いた足りない物さえもチェック入れていたくらいの執拗深さだ。
「何か買わせるとか」
「俺何にもいらないし。それも催促されます」
 今までだって、散々言われている。ただでさえ、洋服一式を買わせている状態だ。
「透耶の身の回り世話とかは?」
「そんなの飛び上がって喜びます。俺の方が罰受けてる状態になりますよ……」
 状況的に今までと何の変わりもない。悲しい事に。
「じゃ、近付かないようにさせるとかは?」
「ずっとストーキングしそうで……」
 隠し撮りとかしてそう。柱の影とか扉を少し開けて覗いてそう。それこそ透耶が拷問だ。
「触らせない、とか……」
「うーん、それは考えたんですけど、ずっとってのは無理ですよねえ」
「無理だろうねえ」
「期間決めると、その反動が……」
「怖いねえ、解禁日が」
「そうなんですよぉ」
 そこが一番の泣きどころ。鬼柳の事だ。いつまで、とか言いそうだし、しかもこっちが許そうなんて思っている事を勘付かれると、強行手段に出そうだ。
「八方ふさがりだねえ」
「ヘンリーさーん」
 透耶は思わずヘンリーに縋り付いてしまう。
 まさに考えることすら八方ふさがり。
> 「やだー。殴っただけで許すのはー」
 少しヘンリーが考えてニコリとして言った。
「じゃあ、俺と浮気する?」
 それを聞いた透耶は、ヘンリーを睨み付けて真剣に怒鳴った。
「あーのーねー。それやったら、俺、今度こそ殺される!! ヘンリーさん死にたいの!?」
「嫌だな……」
 鬼柳は透耶を取り戻せればいいのであって、ヘンリーは無事では済まないだろう。どうなるかは、透耶の身に起った事を考えれば誰でも予想できる。
 ヘンリーはもう投げやりになっていた。
「透耶、そんな完璧男の弱点なんて、見つからないよ」
 そうなのだ。完璧なのだ。
「従わさせれば喜ぶし、遠ざければ反動が怖いし、他を巻き込んだら、他が危ないし。あーもー、どうにかなんないの、あの男は!!」
 透耶は頭を抱えてしゃがみ込んで叫んだ。
「献身的な男だ」
「程々って言葉があるでしょ、ヘンリーさん」
 透耶が怖い目で睨み付けている。思わず首を竦めるヘンリー。
「はあ、さようで……」
「……何で怒っている俺がピンチなんだー」
 再び頭を抱える透耶。
 もう時間はない。




 透耶がうだうだやっている間に、鬼柳はホテルに到着していた。
 SPの車から降りると、ホテルの従業員が駆け付けてきた。
 上客がきたと思ったのだ。
「お荷物の方は?」
「ない。構わないで結構」
 鬼柳は淡々と言ってホテルに入って行った。
 部屋を取る事もせずに、エレベーターを目指す。
 周りにいた従業員が皆振り返るが、声を掛けられない。客も振り返っているが、鬼柳はまったく気にしてなかった。
 ちょうどエレベーターが来ていて、客が乗り込んでいる。ドアが閉まる寸前に足でドアが閉まるのを止めて、中へ入った。
 入ってきた鬼柳を見て、女性客が顔を赤くして俯いた。
 ボタンの側にいた男性がやっと口を開いて尋ねた。
> 「あの、何階でしょうか?」
 鬼柳はふっと男性を見て一言言った。
「最上階」
「あ、はい」
 エレベーターが動き出しても、乗っている客は一言も口を聞けなかった。
 途中でエレベーターが止り、慌てて男女が飛び降りた。
 鬼柳一人を乗せてドアは閉まる。
「ねえ、さっきの人」
「うん、すげーかっこいい」
「びっくりするくらいの美形だよね」
「ありゃ、女はすぐ転ぶ」
「うん。モデルかなあ?」 
 などという感想が飛び回っていることなど、鬼柳は知らないし興味もなかった。

 最上階につくと、すぐにSPが駆け寄ってきた。ここは一室しかない。
「鬼柳だ」
 廊下に出てそう言うと、SPが頷いて誘導した。
 普段のだらだらした歩きとは違い、鬼柳はモデルの様に綺麗に歩いていた。
 ドアの前にくると、手に汗を掻いている事に気が付いた。
 物凄く緊張していた。
 SPがチャイムを押して、中の人間を呼び出した。
 すぐにドアが開いて、外国人が出てきた。
「ようこそ、鬼柳さん。俺はヘンリー。さあ、中に入って、透耶とエドワードが待ちかねているよ」
 ヘンリーはそう言って鬼柳を部屋に案内した。
 入り口の居間を通って、もう一つの部屋に入る。
「来たよ」
 ヘンリーがそう言って中に入ると、丁度向い合せに透耶が座っていた。
 透耶は入り口を凝視していた。
 一瞬、入ってきたのは誰だ?、そう思ってしまった。
 そこに立っている、モデルと見間違う美形の男。
 無愛想な顔をしているが、やはりそれは美形の男の特権なのだろうか、美しさが増すというものだ。
 鬼柳は、綺麗に頭を解かし撫で上げて、いつものボサボサのヘアースタイルではなかった。いつも綺麗で、見透かされると思ってる眼差しは鋭い。
 そして、鬼柳はスーツを着ていた。
 普段は絶対に着ないだろう高級品のスーツ。上から下まで一張羅だ。
 ピシリと背筋を伸ばして、普段の流れるような豹の動きではない。洗練された動き。爪の先まで、スッと伸びている。
 普段の洗いざらしのワイシャツにジーンズ姿も似合っているが、これはこれでまた、異様に似合っている。
 待て、これは鬼柳なのか?
 透耶は呆然と見愡れていた。
「うわ、何それ」
 透耶の口から思わず出た言葉それだった。
 透耶がそう言うと、鬼柳は少し驚いたようで、すっとエドワードの方に視線を向けた。
 透耶もつられて見ると、エドワードがニヤリと意地悪な微笑を浮かべている。
 鬼柳は視線を天井に向けると、首を掻いた。
 やられた……である。
 エドワードは、正装して来ないと、透耶が会いたくないと言っている、とでも言って脅したのだろう。
 まんまと乗せられたのは鬼柳だ。
 透耶の驚きを見ると、透耶がそれを望んでいた訳ではない事ははっきりと解る。
 ソファに座った鬼柳を透耶はじっと見ていた。
 透耶は、なんだか、すごく新鮮な気分になっていた。
「さて、ご両人が揃った所で話をしようか」
 エドワードがそう言って透耶ははっと我に返った。
 待て、この構図!
 透耶の隣にはエドワード。鬼柳の隣にはヘンリー。そして透耶と鬼柳は向い合せ。
 ……見合いだ。
 何だかぐったりとしてしまう透耶。
 思わず発言する時に手を上げてしまった。
「すみません。エドワードさん」
「何だ。透耶」
「ちょっと、鬼柳さんと二人っきりにしてくれませんか?」
 何だか話しにくいし、怒りにくい状況だ。
 そう言われてエドワードは少し考えた。
 じっと何か考えたらしく、エドワードは立ち上がった。
「解った。希望通りにしよう。ただし、ここの部屋のドアは開けておく。それでいいか?」
 どうしても内容が聞きたいらしい。
 言っている事とやっている事が違う気がした透耶だが、頷かないときっとそうさせてくれなさそうだ。
「構いません」
 透耶が頷くと、エドワードはヘンリーを連れて部屋を出た。
 出て行くのを見送って、透耶は鬼柳を見据えた。
 さっきまで平然としていると思われた鬼柳だが、二人っきりになったとたん、瞳が泳ぎ、そわそわし始めた。
 手が落ち着かない。
 それを見ていると、透耶は何だか可笑しくなった。
 勇気を振り絞ってきたのだろう。
 ふっと目が合った。
 透耶はニコリと微笑んだ。もちろん、物騒な微笑である。
「その……」
 鬼柳が耐えられなくなったのか、先に切り出した。
「何?」
「物凄く怒ってる……よな……」
「うん」
 にっこり微笑んで透耶は答える。
 鬼柳は、はあっと息を吐いて口を手で隠した。
「言い訳するなら、聞いてあげる」
 まだ物騒な微笑みを浮かべている。
「ごめん」
「それだけ? 何故ああいう事したわけ?」
「……俺以外の男と風呂入った事あるかって聞いたら。透耶、答えなかったから」
 それを聞いて、透耶はやっぱり言っていた事はこれだったか、と思った。
「で、どうしてそんな質問が出たの?」
 ここが一番解らないんだ。
「俺だって解ってなかったから」
「はあ?」
「俺か? って透耶確認しただろ?」
「そんな事したっけ?」
「した。あれ?って言った」
 鬼柳はそう言い張った。
 透耶は少し考えた。
 あの時は考え事をしていて、気が付いたら、洗い場にいたはずの鬼柳が湯槽にいたのだ。
「ははー、あれか」
「やっぱり!」
「アホか。あれはさっきまで洗い場にいた鬼柳さんが、いつの間にか湯槽にいたからだ。てっきり出て行ったと思ったんだよ」
 たくっ、そんな事であれほど怒ったのか?
 頭を抱えたくなってきた。
「俺以外に誰がああやって透耶を抱くって言うんだ」
 鬼柳の反論。
「……バカバカしい。俺が確認したから、他に男がいると思ったんだな?」
「いるのか?」
 真剣に言い返してくる鬼柳。透耶は本格的に頭痛がしてきた。
「だからアホだっていうんだ。俺に鬼柳さん以外の男と風呂に入る趣味はない」
「だったら、どうしてちゃんと答えてくれなかったんだ? そう言ってくれれば……」
「質問の仕方が悪い」
 透耶はまた物騒な笑みを浮かべる。
 鬼柳がキョトンとする。
「鬼柳さん。そういう時はね。男と、なんて聞かないもんだ。その男は、どういう種類なわけ? 鬼柳さんみたいにする人? それともただ一緒にお風呂に入った事がある、男って、家族は入らないのか? 修学旅行の話覚えてる?」
 透耶の質問に鬼柳が、はたっと考え込んだ。
「……あ」
 そう透耶が、男、と認識する家族がいるわけだ。父親に弟光琉。そして、修学旅行。集団生活をするのだから、当然風呂も大浴場。10人近くの同級生とも風呂に入っている訳である。
 つまり、家族を省いたとはいえ、日本人なら皆、同級生と風呂に入った事があるって事だ。
「そういう事。俺はバカバカしくって答えられなかったんだ。それを肯定したって勘違いした訳だ」
「だったら、そう聞いて……」
 くれれば、とは言葉は続けられなかった。透耶がそれに被さるように言葉を吐いた。
「聞く暇があったと思う? 自分が何したか覚えてる? 首絞めたんだよ。おまけに一人で納得してくれちゃって。あの時、俺が怒ってないとでも思ってた?」
「だって、透耶。俺を嫌いだって言った」
「当たり前だ。訳の解らない事言って、首締めて殺そうとしている奴を嫌いじゃなくてなんて言う!」
 透耶が凄い迫力で言い放って、鬼柳は黙った。
「鬼柳さん。本当に自分が何をやったか理解してる?」
「……透耶?」
「鬼柳さん。ちゃんと俺の話聞いてた?」
 鬼柳が透耶を見ると、透耶の瞳から涙が零れて頬を伝った。
「鬼柳さん。俺がどんなに怖かったか解ってる?」
「透耶」
 鬼柳が立ち上がって、透耶の側に寄った。
 跪いた鬼柳の顔が近付いてきた所で、透耶は鬼柳の頬を思いっきり引っぱたいた。
 乾いた音が響いた。
 避けようと思えば避けられる攻撃だった。しかし鬼柳はそれを受けなければならなかった。
 透耶が怒っているのは、そうした行為よりも、言った事よりも、その状況だった。透耶にとってその状況は二度目になるという事だ。
 声楽の友人と同じ事。
「無理矢理犯した事なんてどうでもいい。そんな事どうでもいい。許せないのは、あいつと同じ事をしたからだ」
 透耶は鬼柳を睨み付けて言った。
「あんな事、二度と許さない。二度とやらないと誓え。じゃないと一生許さない」
 鬼柳は驚いた顔で透耶を見た。
 許す許さない、その指導権を完全に握る透耶は、残酷なまでに美しかった。跪いたって、床に頭を擦り付けたって、何を誓ったって、許しを得て、この綺麗な人を手に入れたい。触れたい。
「誓う」
 鬼柳は透耶に見愡れたままで言った。
「俺の一生をかけて誓う」
 鬼柳は透耶の手を取って手の甲にキスをした。
 手が透耶の頬に触れる。
 透耶はそうする鬼柳を怒れなかった。
 鬼柳は真剣に、そして真面目に誓っている。言い逃れで言っているのではない。許してもらえるから言っているんじゃない。
「俺は、透耶の為にしかこんな事はしない。他の誰にもしない。透耶だけ。それだけでいい。側にいてくれ。透耶しかいらない」
 甘い声で囁いて、綺麗な瞳で見つめて、人をうっとりさせるのが上手い、そう透耶は思った。
 透耶は頷いてた。
 知ってる。痛いくらい解っている。今、この人が自分だけ求めているのは、解り過ぎている。
 気持ちに答えてあげるだけの勇気がない。臆病な自分。
 逃げてる?逃げてるのかな?
 でもせめて、少しでもそれに答えてあげてもいいんじゃないか?
 でもまだ引っ掛かる事はある。この人は何も話してくれない。それに呪いが、それがある限り、透耶は素直には答えられない。
「うん。鬼柳さんは嫌いじゃない。俺、こんな事しか言えない。ちゃんと答えられない。鬼柳さんの気持ち、嬉しい。許すとか許さないとか、偉そうな事言っているのに。俺、ちゃんと答えられない」 
 透耶は静かにそう言った。
 本当にこんな事しか言えなかった。
 なのに、鬼柳は嬉しそうな顔をしている。何がそんなに嬉しいのか、透耶には解らなかった。
「透耶が答えてくれた。嬉しい、最高だ」
 答えてないんだけど……。
 透耶が眉を顰める。
 すると素早く鬼柳の顔が近付いてきて、顰めた眉の間にキスをする。
 くすぐったくて透耶が顔を背けると、頬にキスをする。
「あのねー。鬼柳さん、俺、怒ってるの」
 透耶はそう言って、鬼柳の顔を退かせようと手で鬼柳の口を押さえる。
 鬼柳はキョトンとする。
「無茶苦茶痛かったんだからね。動かすと痛かったし、笑えなかったし」
「うん」
「大体、怒る前に、ちゃんと状況判断してよ」
「うん」
「なんか、罰ゲームしてやろうと思ったのに」
「罰ゲーム?」
「ペナルティー」
「ああ、で、何か決まった?」
「それが決まらなくて、困ってんだよ」
 透耶が腕組みして真剣に考えていると、鬼柳が隣に座って煙草を吸い始めた。
 あ、リラックスしてやがる……。
「あ、禁煙」
「ん? そんなんでいいの?」
 今すぐにでも止めれるという顔をしている鬼柳。
「むー、何でもないって顔しやがって」
「何でもないよ」
「いい。それじゃ意味がない」
 ふてくされる透耶。
 待て、このまま鬼柳に何かを禁止した所で、何でも従いそうだぞ……。この男の弱点って何だ?
 その弱点が自分であるという事に気が付かない透耶。
「そう、透耶。ずっと俺に何か話したいことがあるんじゃないか?」
 鬼柳が真剣な顔をして言った。
 鬼柳は気付いている。内容は解らなくても透耶がずっと言えなくて言葉を飲み込んでいる事を知っている。
 いい時期かもしれない……。
 そこで透耶は思い切って、あの話をする約束をした。
「鬼柳さん。あの、後で話したい事がある」
 鬼柳はキョトンとして透耶を見つめる。
「今すぐって訳にはいかないけど、ちゃんと話したい事がある。だからもう少し待って」
 透耶が真剣にそう言うと鬼柳は頷いた。
 そうして会話が切れた。
「透耶、話は終わったようだね」
 いきなり静かになったので、エドワードが部屋に入ってきた。ヘンリーは後ろで笑っている。
「あ、エドワードさん、ヘンリーさん」
「エド、てめー。嘘つきやがったな」
 鬼柳はエドワードを再度見た瞬間、いつもの調子に戻っていた。
 しかし、エドワードはそんな態度は慣れたもの。さらりと受け流す。
「一体、何の事だ?」
「正装しなきゃ、透耶が会わないって言っているとかぬかしやがって!」
 鬼柳がそう怒鳴ると、透耶は吹き出してしまう。
 やっぱり、エドワードに騙されていた。
「そうか? 透耶、どうだった?」
 エドワードはいきなり透耶に話を振る。
 は?と透耶が顔を上げると、エドワードがウィンクしている。はっはーん、話を合わせろというか、何かいいことをコメントしてくれっていう事らしい。
「まあ、普段見れないから、良かったですけど」
 なるべく自分らしい言い方をすると、エドワードが勝ち誇ったように鬼柳に言った。
「ほら、私は嘘は言ってない。透耶は喜んでいるじゃないか」
「それを屁理屈っていうんだ」
 ふてくされた鬼柳が「屁理屈」なんて単語を使ったものだから、透耶はびっくりしてしまう。
「へえ、鬼柳さん、屁理屈って知ってるんだあ」
「……透耶」
 透耶の意外だという言葉に鬼柳は少し傷付いたらしく、恨めしそうに見られた。
「あ、ごめん。あ! 思い付いた!」
 謝ったとたん、透耶には閃くモノがあった。
「何? ペナルティー?」
 ヘンリーが真っ先に気が付いて聞いてきた。透耶はニヤリと笑って頷いた。
「そう! ふふふふ。鬼柳さん。翻訳しないで俺の本読んで、感想文を書く事。期間は、うーん、一ヶ月以内」
 これならどうだ!と言い放った時、鬼柳が唸った。
「う……」
 これはやはり罰になるらしい。
 困った顔が固まっている。
「そうだな、恭は難しい日本語文章は読めないんだったな」
 ははあ、とエドワードが納得したように頷いた。
「あはははは、それは確かにペナルティーだ。透耶、いいぞ!」
 散々一緒に考えた仲だけあって、ヘンリーは全然関係ない鬼柳のペナルティーの内容が決まった事を喜んでいる。
 透耶とヘンリーは手を繋いで、ブンブン振って大喜びだ。
 一人、鬼柳だけが唸っていた。
「ううう……」




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