Switch
6
1
南国の朝はとにかく光が激しい。
眠たくても暑さが増してくるし、光が閉じた目蓋の中にも飛び込んでくる。
透耶は仕方がない、と寝転がったまま目を開けてた。
サイドテーブルにある時計を見ると、10時前。
寝過ぎた。
「ああ、9時には起きてたかったのに……」
呟いて、起き上がるとすぐに風呂へ入る。
微妙に熱さと湿気を含んでいる空気は、エアコンをかけて寝ない透耶には、起きると汗をかいている気がする。
シャワーだけ浴びて、着替えて風呂を出ると鬼柳がやってきた。
「お、起きたか。飯どうする?」
「んー、中途半端だから、お昼の時に食べる。あ、もしかして作っちゃった?」
髪を拭きながら言っていると、鬼柳がタオルを取り上げて、拭き始める。
鬼柳はこうやって透耶に触るのが好きだし、面倒を見るのも好きらしい。
「いや、まだ作ってない」
「じゃあ、お昼でいいよ」
「昼飯ついでに出かけよう」
「え? 何処へ?」
「昨日言ってただろ。本屋行きたいって。ついでだから飯食って、どっか観光するか?」
「でも、昨日言ったら駄目だったじゃないか」
「駄目とは言ってないぞ。考えてたんだ」
「何を?」
「俺、沖縄詳しくないだろ、だから、何処に本屋あるのか解らなかったからな」
「はあ? 別に鬼柳さんが考えなくても、SPの人に連れて行って貰えばいいだろう」
「せっかく、透耶と出かけるのに、他に人がいたらつまらないだろ」
なんだよ、それ……。
「じゃあ、本屋行ってもいいんだ。観光かー、どこ観光したらいいのかなあ。首里城とか、白い浜の海、米軍基地の周り」
「米軍基地?」
「んーとね、歌であるの。別に米軍基地って言っているわけじゃないけどさ。沖縄出身の人の歌でね。「蜃気楼が見える金網の向こう、照り返る陽に灼けて地が燃える、誰もいない帰り道で、振り返ると涙が出た」ってね。後はさ、「知らなかった、見上げる空は、目眩がする青、狂おしい程に愛おしく、忘れられない日々」。これって沖縄の歌でしょ。凄く好きなんだ。だからいつか見ておこうと思って」
「はあ。歌ねえ」
考え込むように言う鬼柳に透耶は馬鹿にされたと思った。
「今馬鹿にしたでしょ」
「してないよ。聴いてみたいと思った」
穏やかに笑う鬼柳。
鬼柳は透耶の事を聞いている時、こうした顔をよくする。
嬉しい、というより、一つ透耶の事が解る度に、何処か安心していくという感じだ。
「よし、だいぶ乾いたな」
「ありがとう」
「さて、外は暑いが行くか。透耶、用意して玄関で待ってろ」
「うん」
鬼柳は透耶にタオルを渡して部屋を出て行った。
初めての沖縄観光だ。
一週間以上もお預けくらってただけに透耶は嬉しさ倍増だ。
外は暑いから、半ズボンだ。だけど、半袖では出れない。日焼けすると赤く腫れるので、半袖シャツの上に薄手の上着を着る。沖縄では靴は暑いらしいので、使用人の人が買ってきてくれた島草履で十分。簡素なサンダルだが結構気に入っている。
その姿で降りて行くと、玄関で使用人の人が、大きな麦わら帽子を貸してくれた。
「頭皮やお顔が灼けますから、お持ちになった方が宜しいです。透耶様、皮膚はあまり強い方ではありませんでしょう?」
「うん、ありがとう。良かった、さすがに帽子は持ってなくて」
「それから、ちょっとローション塗りましょうか?」
「ローション? 何の?」
「日焼け止めですよ」
と言ったとたんに、使用人五人に押さえ付けられて、顔やら塗りたくられた。
そうしていると、鬼柳が降りてきた。
半袖シャツにジーパン。
どう考えても足は暑いんじゃないか? などと透耶が思って、そう聞いてみると、そうでもなかった。
「ん? これくらい暑くない。ジャングルじゃ、もっと厚着してたぞ。あれ?透耶その帽子……」
「知念(ちねん)さんが貸してくれたの」
と、ニコニコして言うものだから、鬼柳は使用人達を振り返る。
使用人達は、口に人さし指をあてて、しー!とやっている。
透耶を可愛らしく仕上げる為の工作らしい。一度やってみたかったのだ。
さすがの鬼柳もその魂胆は読めた。
透耶の顔を見ると、鬼柳はにやりとした。そしてグ!と親指を立てた。
「何それ?」
「いや、日焼け防止対策抜群だ、と思ったんだ。さすがだな、気が利くなあ」
「ふうん」
鬼柳と使用人の企み等、当然透耶が気が付くはずもない。
SPの富永、石山が車に乗り込んで、出発した。
車に乗って屋敷を出ると、周りには殆ど何もない海岸線が続いていた。唯一の国道へ入り、それでも周りはさとうきび畑が見えたりして、ここが日本なのだろうか、と思う程の果 てしない光景が続いていた。
「観光なさるなら、国道通りの店でジュースなど、どうですか? 大きな本屋までは一時間程かかりますし」
そう言ったのは、石山だった。
「え? どんなジュース? やっぱり南国風なの?」
窓の外を見ていた透耶が反応した。
「ええ、パパイヤだとかマンゴー、後沖縄お茶もありますよ」
「へえ、面白そう。鬼柳さん、飲んでみない?」
助手席の座椅子にしがみついていた透耶が、横を振り返って鬼柳に聞いた。
鬼柳はカメラを片手にして頷いた。
「ん? 何? 写真撮るの?」
「透耶の沖縄観光記録写真」
……。
……。
……。
「あれは、マジですよねえ……」
透耶はこそこそと石山に言った。石山と富永は苦笑。
鬼柳を見ると、真剣にカメラをいじってる。
奴はやる気です……。
まあ、観光地だからカメラは珍しくないだろうけどさ。報道用カメラはどうだろう? 報道用とは解らなくても、その望遠付きはどうだろう?
途中で店に寄って、進められたジュースを買った。
「透耶、何買う?」
「うーん、パインかなあ? 鬼柳さんは?」
「マンゴー辺りでいいか」
「後で分けてね」
透耶ににっこりとして言われると、惚けてしまう鬼柳。
内心は、可愛い、とでも思っているのだろう。
「石山さん達は、お茶って言ってたから。俺、買ってくる、鬼柳さんお金頂戴」
透耶は一銭も持ってない状況。未だに財布は隠されたままである。透耶の財布の中にはクレジットカードも入っている為、それを使われて逃げられる可能性があるのと、逃げなくても使えば、何処で使ったのかが、弟に分かってしまうからだ。
もともと、お金に執着してない透耶には、無くて困るのはこういう状況くらいなものだ。
鬼柳にお金を貰って、レジに商品を出し払ってお釣を貰って振り返ると、観光客らしい男が透耶に寄ってきた。
「ねえ、彼女。観光なのー?」
肩に手を置かれて呼ばれ、透耶は不思議そうな顔で振り返った。
「え? 俺?」
「あれ? 地元の子?」
見知らぬ男が二人立っている。格好からして地元民だ。
沖縄では、女の子も、俺、という事もあるのだそうだ。だから、最初、透耶は使用人達に女の子だと間違えられていた。
「じゃあさあ、一緒に遊ばない?」
「えっと、困るんだけど」
「どうして?」
「えーと、あそこで物凄く怖い顔をして睨んでいる人が連れなんだけどさ」
透耶は凄く困った顔で、指を差した方向を男達も見る。
そこでは鬼柳が、とにかく目線で脅していた。そこへ黒い半袖シャツに下も黒のパンツの石山がやってきて、鬼柳が石山に何か指示している。
石山が頷いて、透耶に近付いてくる。
「透耶様、お買いになられました?」
「あ、うん」
「この方々はお知り合いですか?」
石山が無表情で、男達を見る。
その顔は、SPの顔で、厳しく、相手を覚えようとしている。次に何かあったら顔が解るように、である。
透耶は首を振って答えた。
「ううん、知らない」
こんな所に透耶の知り合いが居る訳ないのは、誰でも知っているが、何か魂胆があるらしく、言い方がおかしい。
「そうですか。で、あなた方はこの方に何か御用なのでしょうか?」
言い方が脅している。
透耶の連れが恐い目つきをした外国人のような男で、しかもその男には、明らかにボディーガードらしき男が二人もいて、それに守られている透耶。
はっきり言ってただ者では無い。
「あ、いえ、ちょっと……」
「み、道を聞きたかったんですけど……」
などと、言い訳をしている。
「道、ですか?」
石山が疑って厳しい視線を送っている。
絶対、楽しんでる……。
透耶は内心そう思った。
「透耶!」
鬼柳が手を上げて呼んでいる。
ああ、こういう時の鬼柳はかっこいいんだよなあ。
訳の解らない感想を残す透耶。
「どうぞ、お先に」
石山に言われて、透耶は鬼柳の元へ走り寄る。
鬼柳の元へ戻ると、鬼柳の手が透耶の腰に回って、透耶は引き寄せられた。
「鬼柳さん、何遊んでるの?」
「んー、ああいうのは、後ろに恐いのがいるって思い知らせないとしつこいんだよ。ちょっと石山に脅かしてこいって言ったんだ」
はっはー、可哀相に。
石山は、道を聞きたいと言い訳した男達に、親切に(?)道を説明して戻ってきた。
「俺、彼女とか言われた。あれ、ナンパなのかなあ?」
「観光客を狙ったナンパだろう。地元民を装って、女を騙すのさ。日本人はそういうバカンスでの出会いには弱いらしい」
「ふうん、女の子は大変だ」
なんて透耶が言うものだから、石山と富永が吹き出した。
鬼柳も笑っている。
俺、なんか笑えるような事でも言ったかなあ?
「あ、美味しい。ねえ、鬼柳さんのは?」
さっき買ったジュースを早速飲んだ透耶は美味しさにびっくりしていた。
「ん、こんなもんじゃねーの?」
「あー、感動がないー」
「は? まあ、飲んでみれば。あ、口開けて」
「?」
良く解らないが口を開けろと言われたので、素直に開けてしまう透耶。見ていると、鬼柳が口へジュースを持ってくる。
どうやらそのまま飲ませたいらしい。
ゆっくりとジュースが口に入って、いっぱいになる所で鬼柳が止めた。ごくりと飲み込むと、違う味が広がった。
「あ、美味しいじゃん」
「そうか?」
鬼柳はそう言いながら、さっき透耶が口を付けた所からジュースを飲んでいる。
あれって間接キスだよなあ。何とも初恋の子が思うような事を考えてしまう透耶。
唇を押さえて、何故か照れてしまった。
俺、何照れてんだ?
市内に入って、街並が見えてくる。沖縄という家は東京とはかなり違う。まあ、昔の家程、とても日本とは思えない。
「あ、あれ、キジムナーだ。珍しい」
門の上に置かれている置き物を見て透耶が言った。
「あ? あれか?」
鬼柳もそれを見て、カメラに収めている。
初めて見たのだろう。
「キジムナーって、がじゅまるの樹の妖精、フェアリーなんだって。赤い色してる。沖縄ではシンボルになってて、道路標識とかにもイラストで描かれてる。なんか、沖縄の子はねえ、陽に灼けるから、髪が金髪みたいになっちゃって、「あ、キジムナー」とか言われたりする子もいるんだってさ」
「がじゅまる?」
「どんな樹なのかは見た事が無いから知らないけど、実がなって、それが落ちると、すごく臭いんだって」
「良く知ってますね」
感心したように石山に言われて、透耶はクスリと笑った。
「受け売りなんだ」
観光にもいいという場所を選んで、SPは本屋も選んでくれていた。大きな駐車場に止めて、まず本屋を目指す。
途中、沖縄らしい店を斜め見しながら向かった。
本屋に入って、新書の新刊コーナーの近くまで来ると、鬼柳が立ち止まって動かなくなった。
「どうしたの?」
透耶が振り返ると、鬼柳は溜息を吐いた。
「なんかさあ、すごい緊張する」
そんな事を言い出すから、透耶はキョトンとしてしまう。
「何で、鬼柳さんが緊張するわけ?」
「透耶は緊張しないのか?」
「うーん、実感湧かないし、見てみないと解んない」
「だ、だけどさ。売れてるかなとかさ」
「そんなの売れる訳ないじゃん」
「何でだ」
「新人だよ。余程評判よくなくっちゃ、最初っから売れるわけないじゃん」
「けど、誰か見てて、買っていかなかったらショックだろ?」
「そう? そんなの人の好みがあるでしょ」
「何でそんなに淡々としてんだ?」
「鬼柳さんこそ、何でそこまで考えてるの?」
などとやっているものだから、見兼ねた富永が止めに入った。
「お二方とも、ここは書店です。場所を弁えて下さい」
静かに言われて、二人ともはっとした。
周りからは、うるさいなあ、という顔をした客がじっと睨みを利かしている。
透耶は慌てて周りに頭を下げて、新刊コーナーに急いだ。
そこまで来て、透耶は今こそ回れ右をしたくなった。
緊張してきた訳ではない。
その新刊コーナーは、女子学生の溜まり場になっており、自分の作品が高らかに宣伝されていて、何故か光琉の看板があって、本を持って宣伝してたのである。
派手すぎて頭を抱えたくなる光景だ。
「馬鹿じゃないか……誰だよ、止めろよ……。誰だ、光琉の暴走を許可したのは……」
「透耶、良かったな。ちゃんと宣伝されてるぞ」
嬉しそうな鬼柳に対して、透耶は額に手を当てて頭を振った。
「宣伝の、仕方が問題なんだよ……ああ、クラクラする」
透耶と鬼柳が少し離れた所で、女子学生が去るのを待っていたが、なんせ光琉効果 だろうか、中々去ってくれない。
痺れを切らしたのだろうか、石山が言った。
「すみません、使用人の方々に頼まれた分が残っているのか心配になってきましたので、買ってきます」
そう言うなり、女子学生の中へ突進していった。
「やるなあ、石山」
「チャレンジャーだなあ、石山さん」
思わず感心してしまう二人。
石山は女子学生に嫌な顔されながらも、積み上げられていた本を10冊程持ってレジへ払いに行った。
こんな事する客がそうそういるわけもなく、女子学生やら周りにいた客に注目され始めた。
すると、女子学生の一人が言った。
「ねえ、あの子。光琉に似てない?」
ギョッとしたのは透耶。
「き、鬼柳さん。もう行こう」
「もういいのか?」
「いい! 石山さんに後で一冊見せてもらうから!」
透耶が慌てるが、鬼柳は異常に気が付いてなかった。さすがSPの富永は気が付いた。
「行きましょう。騒ぎになりそうです」
うんうんと真剣に透耶は頷いた。
石山もすぐに戻ってきたので、4人は慌てて書店を飛び出した。さすがに女子学生は追って来なかった。
場所が観光地だけに、SPが用心して鬼柳が昼食にと決めていた地元民がよく行くという、通 路を入った所にある店に入った。
透耶の希望で奥座敷に通して貰う。内地の観光客と鉢合わせにならないようにである。幸い、ここは他のテーブルからは死角になっている。
沖縄の魚の定食を頼んで一段落した。
「忘れてました。光琉さんとは双子でしたね」
富永がそう言ったので、透耶は頷いた。
「俺も忘れてた」
というより、光琉が宣伝するという事すらも忘れていた。
しかし、呑気な鬼柳は。
「そうかあ? やっぱり似てないぞ。何処が似てるんだ?」
と真剣に言った。
溜息を吐いたのは、富永、石山のSPコンビ。
「普段は気が付かなくても、あれだけ見本同士が並んでいたら、すぐに解ります」
「うーん、やっぱり、あれはマズイ。俺、もう本屋に行けない」
透耶がそう言うと、富永が付け足すように言った。
「まあ、似てますけど、間違える事はありませんね」
「本当に?」
意外な言葉だった。
「思うのですが、似ていても、よく見れば違う所はあるものです。雰囲気ですとか。我々は透耶様をよく知ってる訳ですから、そこへ光琉さんが現れた所で、他人にしか感じないと思いますよ。鬼柳様のは、その感じ方が極端に凄い所でしょうね」
感心するように富永は鬼柳を誉めた。
「あー? だから全然違うって。皆目がおかしいんじゃないか?」
どうしても似てない、と言い張る鬼柳に皆が苦笑した。
よく芸能人の誰々に似ている、という話はある。大抵気が付くし、声をかけられる事もあるらしい。しかし、透耶と光琉の場合、普通 に似ているというものではない。
ただ、光琉の場合は化粧をしたり、髪型が違う。売りも男に見えない中性的なイメージで売っている。
意図的に変えてはいるが、作りがまったく一緒。
今日の透耶は女の子に完全に見える洋装だが、顔をじっくり見られると気が付かれてしまう。女の子とインプットされている場合、なかなか気が付かないらしいが。
透耶と光琉が同じ格好をして黙って座っていたとしたら、たとえ二人をよく知っていて、間違わないと言い張った人でも、必ず間違える。
だが、鬼柳は絶対に間違わないだろう。
「ああいうふうに言えるのは親くらいなものでしょうけど」
富永は苦笑してそう言った。
どんな根拠があって、何処がどう違うのか、それさえ全て違うと言い張る鬼柳。
透耶は自分の親を思い出した。
あの二人も一度として、二人を間違えた事はない。周りが不思議がっていたが、母親は笑って「あら、全然違うわよ」と言い切った。写 真さえも間違えた事はない。悪戯して騙そうとしても騙された事はない。
「可笑しい、鬼柳さん。俺の親と同じ事言ってる」
あはははは、と笑いながら透耶が言うと、鬼柳はニヤリとした。
「そりゃ、俺にとって透耶が何もにも変えがたい存在だからだよ。絶対、何処いたって、どんな格好してたって、俺は透耶を見つける事ができるよ」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
「俺が居なくなっても、本当に探し出せるの?」
ふと思って透耶は聞いたのだが、すっと鬼柳の顔が無表情になる。恐い。
「居なくなるつもりなのか?」
「そ、そうじゃないけど……」
しどろもどろと否定する透耶。
なんで、そんなに反応するかなあ?
そりゃ、いつかいなくならなきゃいけないんだけど。
「あ、そうだ。石山さん、本見せてくれます?」
ここは話題を変えるのが一番、とばかりに透耶は話を摺り替えた。
「え、はい。これです」
石山が袋から本から取り出して、渡してくれた。
手渡された本を手に取って、透耶は感激していた。
つるつるした表紙には、可愛い女の子のイラストがあった。登場人物の女の子。イメージ通 りだったのは驚いた。右横に自分の名前がある。帯には、推薦してくれている同じ出版社から本を出している作家さんの推薦文の一部が載っている。その下に光琉の推薦文が載っている。
中を開いた。
こうしたい、そう思っていた、そういう目次と各章の表紙。
新書では、こういうイラストは入れないものだが、透耶は本格推理派ではなく、こうしてイメージがある本の方が好きだった。それが全部叶えられている。
イラストは上手かった。新人らしいが、透耶の小説を読んで描きたいと言ってくれた人らしい。ありがたかった。
最後にあとがきとして推薦文が載っていた。
誉めてくれていた。今後も期待したい。そんな言葉が添えられていた。
最後の作者紹介欄には、生年月日と出身。
そして、作品の欄に次回作の題名がズラリと並んでいた。
それは透耶が今まで描き溜めていて、学校で見せていた物を何度か改訂し直して置いてあった物。5作あった。
全て、この本のシリーズもの。
「うそ……」
確かに部屋にあるフロッピーは持っていっていいとは言ったが、このシリーズは、ごちゃ混ぜにしていたから、あれだけあった作品の中から見つけるのは難しいはずだ。そのうち、三作は手書きで、押し入れの奥に入ったままのはずだ。
「どうした、透耶?」
呟いた鬼柳は、透耶が放心しているので、心配そうな顔をしていた。
透耶は、本を見せて言った。
「あの、この次回作の欄。確かに俺のだけど、この本のシリーズだけど。これ、押し入れの奥に入れてて、俺も忘れてたものなんだ」
富永も石山も本を見ていたが、鬼柳は一人煙草を吹かせていた。すっと覗き込んで言った。
「ははー、色シリーズか。だったら、光琉が覚えてたんじゃねーの?」
「うん、たぶんそうだと思うけど……。色シリーズはあったのは知っているとは思う。でもさ、俺さえ忘れてたのをよく押し入れから探し出したなあって」
「黒と白の毒牙」「透明の糸」「青の絆」「赤の散る日」「深緑の森」
この本は、「紫の文書」。
学生の時に書いていたいくつかのシリーズの中で、これは割に好評で、10作書いた。
「これ、どんな話なんだ?」
鬼柳は受け取った本をペラペラとめくりながら聞くから、透耶は笑ってしまった。
「鬼柳さん、日本語殆ど読めないんだっけ?」
「ああ、簡単な漢字とひらがななら読める。地名は、行けば大体解るが……、こういう文章のは無理だな。難しいし、意味が解らん漢字多いな」
「あはははは、それは無理だ。これ、推理小説」
「推理、金田一か? 犬神家の一族とか」
「金田一! 犬神家! なんてメジャーな所をチョイスしてるねえ」
「あー、日本人なら金田一だとか言われてな。ホームズとかそういうのだって。一回観ろって言われたんだが、なんだ、あれ。死んでるのが見つかった時の格好は笑えたな。犯人はお笑いか?って思ったぞ」
「は? どんな?」
「湖で、足だけ出して見つかってるやつ。そう、逆立ち。死んでまで人を笑わしてどうする?」
「ははー、あれねえ……」
はっきりいって、子供の時、あれを見て笑った記憶がある透耶。外国人の感覚は子供の感覚か?
「別に笑わせているわけじゃないけどねえ。でもあれはメジャーだけど、時代が時代だからね。俺のは、今の時代だし、金田一とは全然違うよ。もっと軽いと思うし、金田一よりホームズの方が近いかも。日本人はね、コナン、クリスティー、クィーンとかが好きみたい」
「透耶もそうなのか」
「ホームズとかポワロ、ミスマープルは好きだよ。クィーンはあんまり読んでないけど。探偵役がいて、補佐役がいてってのは基本だけど。俺のは、学生が探偵ごっこする話とか多いし。これは、そういう話で……」
そこまで説明して、透耶は異様な視線に気が付いた。
ふと顔を上げると、富永と石山のじとーっとした目があった。
透耶はすぐに気が付いた。
「すみません、これについては話しません」
そう言って本を閉じた。不思議な顔をする鬼柳。
「どうしたんだ?」
「あのね、これはさ推理する本なわけ。ここであらかた内容はなしちゃったらさ、犯人までバラし兼ねない。そうなったら読む楽しみがないんだよ。って訴えられてます」
透耶が苦笑して言うと、鬼柳も目の前にいる二人の顔に気が付いて納得した。
「ああ、すまん。けど俺は読めん……読みたいのに……」
可愛く拗ねる鬼柳。
鬼柳は、真剣に本と格闘しているが、さっそく難しい漢字に差し掛かったのか、苦悩している。
「読んであげたいけど、俺の声が持ちそうにないし、恥ずかしくって改まって読めないよ」
なんといっても、一番読んでもらいたい人、鬼柳が、この作品を読めないときている。
どうしたものか……と真剣に悩んでいると、富永が意外な事を言ってきた。
「それでしたら、翻訳なされば宜しいのでは?」
一瞬の沈黙。
「それだ!」
「そんな!」
二人は両極端な返事をする。
「エド辺りに頼めば確実か……」
もうそこまで考慮している鬼柳に、透耶は叫んだ。
「ちょ、ちょっと! 何でそんなに大変な話になるわけ!?」
「大変じゃないぞ。エドなら一週間でやってのける」
「そういう問題じゃなくて……。翻訳までする必要ないじゃないか! 俺、声涸れても読むし! 意味解らなかったら説明するし!」
掴み掛かるように止めようとしたら、鬼柳がそのまま倒れてしまったので、透耶まで引き摺られるように倒れ込んでしまった。こんなチャンスを逃す鬼柳ではない。腕を掴んで引き寄せ耳打ちする。
「うむ、透耶の声もいいけど、ちゃんと読みたい」
「き、鬼柳さん! 離して……」
「透耶が読ませてくれない」
低い声で囁いて、耳を噛む。
「ん……何する、んだよ!」
「翻訳してもいいよな?」
「やあ……な、なんて、脅し、なんだよ!」
「翻訳させて。じゃなきゃ、今すぐ犯す」
「わ、わ、解った! 何でもいいんで、翻訳でもしてください!」
やると言ったらやる男だ。
他に誰が居ようが、場所が何処であろうが、犯すと言ったら犯す男である。
「あのー」
凄く申し訳ないという声がして、その方向を見ると、店の人がお膳を持って立っていたのである。
ぎゃああああ!
透耶は心の中で叫んでいた。
鬼柳は平然としたもので、人がいても抱きついたまま。
対応したのは、富永で、お膳を受け取ってテーブルに並べていく。恥ずかしくて顔を上げてられない透耶は、鬼柳にしがみついたまま。鬼柳は嬉しがって離さない。
はっきりいって、変わった客は多いだろうが、これは異常事態でしかないと思う。
食事を運んだら、目の前で抱き合っている、いや小さい方、女の子らしい子の方が、大きな男性を押し倒している光景に、一緒にいるごつい顔をした男二人が平然として、イラスト付きの小説を真剣に読んでいる。異常だ。
「失礼しました」
その店のアルバイトらしい女の子が、にこりとして下がって行ったのだが、その向こうでは。
「ちょーラッキー!」
「見た!?」
「見た見た見た!」
「美味しすぎ!」
などと話し合っている。
恥ずかしくて二度と来られない。
やっと食事がきたので、透耶は自分がお腹を空いている事を思い出した。
「いただきます」
そう言えば、沖縄にきて、鬼柳以外の手料理を食べるのは初めてである。
魚料理、透耶はお刺身を頼んだ。
だけど、彩りが鮮やかで本当に食べていいのか?と疑いたくなる魚である。
「うわー、こんな魚、水族館でしか見たことないよー」
お刺身は美味しかったし、鬼柳も満足している様子。
「刺身、一切れくれ」
「あ、うん、いいよ」
って、何で食べさせなければならない訳?
という疑問は、もう鬼柳には通用しないだろう。
嬉しそうに、あーん、とかされると、この幾つだが解らない、しかもごつくて強そうな完璧な男が可愛く見えてしまうのだから、かなり感化されていると思う透耶。
でもさ、これってやっぱり人前でやるもんじゃないと思う訳よ……。
鬼柳が頼んだバター焼きを食べさせて貰いながら思う透耶である。説得力がない。
向こうでは、厨房から見えるのだろう、女の子の歓喜の悲鳴が聴こえている。早く帰りたい……。
食べ終わって、すぐに次何処へ行くのか話あって、定番である首里城へ行く事にした。
首里城公園。
まず、首里城高遠の首里杜館(スイムイ館)で「首里散策マップ」を貰ってくる。そこで、首里城等を画像などで案内してるので、それを見てから散策を始めた。初心者は、まずこれをするのを勧めると言われたからだ。
「首里散策マップ」は観光情報誌よりも首里城近辺が詳しく載っているらしく、時間と相談しながら穴場を見つけるといいらしい。
また、場内には園比屋武御獄石門(そのひゃんうたきいしもん)等、御獄があり、現在も礼拝者が居るので決して邪魔はしないようにとも言われた。
「赤いなあ」
呟いたのは、鬼柳だった。
「俺、最初に、首里って聞いた時、朱の事だって思ってた。だから赤いんだって」
透耶も首里城の門の前に立って呟いた。
「シュ?」
「朱色って色があるんだけど、赤よりは薄い色ね。そんな色だから」
「ははー、なるほど」
そんな事を言いながら、鬼柳はしっかりと、自分で計画した「透耶の沖縄観光記録写 真」を続けている。
こんなことをするから、観光客が遠巻きに見ていく。もう普通の観光写真を撮っているとは思えない。何かの撮影なのか、と問う人までいる。
鬼柳はカメラの事になると妥協はしない主義らしく、透耶にここへ立てとか、こっちに寄れ、などと命令をしてくる。透耶も大人しく従っている。
本業に逆らうと恐いからだ。
感想
favorite
いいね
ありがとうございます!
選択式
萌えた!
面白かった
好き!
良かった
楽しかった!
続きも期待
送信
メッセージは
文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日
回まで
ありがとうございます!