Switch 25

2

 そうして八月の終わりに近付いた頃。
 とうとう、透耶の方が痺れを切らしてしまった。
 言えないのは、自分が泣いてしまうと思っているから言い出せないのだと思った透耶は思いきった行動に出る事にした。
 司がメイドに入って一週間経ったある日、透耶は編集社に出かけると言って、鬼柳を置いてSPと共に家を出た。
 鬼柳の方も宮本と連絡を取り合うようになっていて、段々と時間が押し詰まっていた。
 やっと透耶に話す決心が付いた日。
 透耶は鬼柳には言わずに、宝田に伝言を残して家を出てしまった。
「透耶出かけたのか……」
 少し拍子抜けしてしまう鬼柳。
 するとそこへ透耶から電話がかかってきた。
「透耶?」
 家の電話ではなく鬼柳への携帯にかかってきた。
『あ、恭? あのねクイズしよう』
 透耶が笑ってそう言った。
「はあ?」 
 いきなりそんな事を言われて、鬼柳は唖然としてしまう。
 透耶は何を言いたいのか。
『あのね、一番最初に会った海で待ってるから』
 透耶はそんな事を言い出す。
 鬼柳は混乱してしまった。
「透耶何を言ってるんだ。帰ってこい」
『冗談じゃないからね。もう待ってるんだから早く来てよ』
 透耶は笑っている。
 確かに透耶の話の間には波の音が聞こえる。
「透耶?」
『待ってるからね』
 そう言って透耶からの電話は切れてしまう。
 一体どういう意味なのか問い返そうとしても、透耶は携帯の電源を切ってしまっているようでかからない。
「何考えてるんだ?」
 鬼柳にはさっぱりなのだが、とにかく透耶が来いと言っているのだから、行くしかない。
 宝田に透耶を連れ戻してくると言って家を出た。
 透耶はSPと一緒にいるから大丈夫だとは思うが心配でならない。しかも本当にそこへ来て欲しいのか、SPの携帯さえも電源を切らせている。
 ここまでして透耶が何をしたいのか鬼柳には解らなかった。
 だが、透耶が何かしようとしているのは明らかだ。
 一番最初に出会った海。
 それは鬼柳も覚えている。
 あの場所で透耶が待っている。
 それだけを考えて鬼柳は車を飛ばした。




 透耶と出会った海に来たのは、本当に半年ぶりだった。
 何気なく選んだ場所で、ここでカメラを辞めようと思ったのだ。
 鬼柳はその場所に立って、再度そう思った。
 そうこの場所から全てが始まった。
 透耶と運命的に出会って、そのまま連れ去って、様々な事があって、透耶が自分を選んでくれた。色んな事があったが、それでも二人一緒なのは変わっていない。
 全て、ここからだった。
 その場所を透耶が選んだ意味が解らなかった鬼柳だが、浜辺に降りる前に、SPの車を発見していたので、透耶がここへ来ている事は間違いないと確信した。
 浜辺に降りると、透耶はすぐに見つかった。
 側にはちゃんとSPがいるが、あの時と同じように、透耶は砂に棒で何かを書いては笑っている。
「透耶!」
 鬼柳がそう透耶に呼び掛けると、SPと話していた透耶が顔を上げて鬼柳を見た。
「遅い!」
 透耶は笑いがならそう答えた。
 そしてこっちへ来いとばかりに手招きをして鬼柳を呼んだ。
 鬼柳は従ってそっちへ向かう。
 透耶はニコリとして鬼柳を出迎えた。
 鬼柳ははあっと息を吐いて、目の前にした透耶を抱き締めた。
「どういうつもりだよ。なんでこんな事するんだ」
 本当に心配したし、訳が解らなかった。
 だが、透耶は。
「だって恭が悪いんだもん」
 そう言うのである。
「俺が悪いのか?」
 訳が解らないまま、透耶を見つめた。
 透耶は頷いている。
「何でだ?」
 何かしただろうかと考えても透耶がこんな事をする状況が思い付かない。
 そんな不思議顔の鬼柳に透耶は言った。
「ずっと言う事を隠してたじゃないか」
 また怒った口調に変わっている。
「透耶?」
 何故そこまで透耶が怒っているのかが解らない鬼柳。
「俺に言う事があるでしょ」
 透耶は真剣にそう言った。
 そう透耶は仕事の事を言っているのである。
 こう言われてやっと鬼柳はそれを悟った。
「あ、ああ……」
 思わず吃ってしまう。
 ちゃんと透耶に言うつもりで準備していたのだが、その前に透耶に勘付かれた事で動揺してしまった。
 透耶は鬼柳の胸を叩いて叫んだ。
「言わないで、勝手に準備して、いきなり言うつもりだったの!?」
 透耶はそう怒鳴っていた。
 明らかに怒っている。
 先に自分に言わないで、周りはそれを知っていて準備をしている。そんな状況は追い詰められているのと変わらない。
 それが鬼柳には解っていなかった。
「い、いや、そうじゃない」
 ちゃんと言うつもりだったと言おうとしても怒った透耶が続けて怒鳴っている。
「何だよ……勝手に行く準備しておいて……肝心な事なのに俺に言わないなんて!」
 透耶が泣きそうな顔になっていたので、鬼柳は慌てた。
 誰がそんな事を漏らしたのだろうか。
 それが気になった。
「誰がそんな事吹き込んだんだ」
 仕事に行く事は透耶以外全員が知っている状態だった。ただ透耶には自分から言うつもりだったのにという怒りもあった。
 しかし、透耶から返ってきた言葉に鬼柳が驚くことになる。
「最初から知ってたよ! 宮本さんから聞いたんだから。恭が仕事に戻るつもりがあるって!」
 そう聞かされた時、どれだけ驚いたか。
 まだそんな決心があるなどと思っていなかった透耶が驚かなかったわけがない。
「ボスからだと!?」
 まさか宮本から直接透耶が聞かされているとは思ってもみなかった鬼柳。
 ……どうやって。
 そう思っていると、透耶がそれをバラした。
「京都からの帰りに宮本さんと話ししたんだ。恭に仕事に戻るように言ってくれって」
 そんな事言われた。
 だから自分の意志も伝えた。それで話は終わっていた。
 それから宮本とは会ってもいないし、話もしていない。
「そんな事一体いつ……」
 京都からの帰りに宮本には出会ってないはずだと鬼柳は思ったが、すぐにハッとした。
 透耶が電話をかけに行くと言った時だ。
 あの時しか透耶は自分の側を離れていないからだ。
「あの時か?」
 やっと気が付いた鬼柳に透耶は睨み言い返す。
「そうだよ。あの時に話したんだ。なのに恭は何も言わないし……」
 ちゃんと言って欲しかったのだ。
 ただそれだけの為に透耶は怒っている。
「言うつもりだったんだ」
 本当にそうだった。
 やっと決断が出来たのは今日の事だった。
 それなのに透耶の方からこう言ってくるとは思っても見なかったのであった。
「俺が泣くとか思って言えなかったんだでしょ!?」
 今まで言わなかった理由の一つを透耶に当てられてしまい、鬼柳は困ってしまった。
「それは……」
 確かにそれを一番最初に考えた。
 だが、もう今透耶を泣かせてしまっている。
 それも言わなかった事に対して、透耶は怒って泣いている。
 これは誤算だった。
「俺、泣くかもしれないけど、もう泣いたけど、恭から聞きたかった。ちゃんとした言葉で恭から聞きたかったんだ。よりにもよって他人からそれを聞かされるなんて……」
 人から言われるのではなく、鬼柳の言葉でちゃんと戻るのだと聞きたかったのだ。
 先に宮本からではなく、鬼柳からそう考えているとだけでも聞きたかったのだ。
 それを一番後回しにされてしまって透耶は泣いてしまう。
「透耶……」
 鬼柳は慌てて、透耶の目から流れる涙を拭いた。
 それでも涙は止まらない。
 やっぱり泣かせてしまったと鬼柳は後悔した。
 でもそれは仕事に戻る事に対してではない。
 ちゃんと最初に話をしなかった事にである。
「恭が仕事に戻るならそれでいい。戻るんでしょ?」
 透耶はもう鬼柳が仕事に戻る事を知っている。
 その準備をしていた事も知っている。
 今更隠す事ではないのに、鬼柳は言い淀んでしまう。
「ああ、戻ろうと思ってる」
 そう答えた。
 今度ははっきりと答えられた。
「それで準備してたんでしょ?」
 家の事やら、わざわざ司を探して透耶が安心していられる状況を作る為に奔走していた事もバレている。
「ああ、そうだ」
 鬼柳ははっきりと答える。
 それが透耶の為だからだ。
「だったら先に言ってよ。不安になって不安になって泣きたくないって思ってるのに泣きそうになるじゃないか!」
 鬼柳に仕事に戻ると言われても泣かないつもりでいた。それなのに、中々言ってくれない事に余計に不安になってしまい、今は泣かないと決めていたのに泣いてしまっている。
「透耶……ごめん」
 涙を拭きながら鬼柳は謝る。
「謝って欲しいんじゃない」
 透耶はそう言う。
「解った……」
 透耶ははっきりとした言葉が欲しいのだと鬼柳にやっと伝わった。
「九月に入ったら、仕事に戻るつもりだった。透耶に言うつもりで、いつも気にかけていたけど、言い出せなくてごめん」
 鬼柳ははっきりと透耶にそれを伝えた。でもやはり謝ってくる。
「謝って欲しいんじゃないって……」
「ごめん」
 尚も謝ってくる鬼柳。
 透耶はそんな鬼柳を見てだんだん泣けてきてしまう。
 この人は気を使い過ぎだ。
 もっと強引な人だったのに、ここまで悩んでいたのは、自分のせいだと透耶は思った。
「仕事戻るんだね……」
 九月になったら鬼柳は仕事に戻る。
 側からいなくなる。そう何ヶ月も離れたままになってしまうのである。それを寂しいとは思うが、鬼柳が逃げ出したものに戻る事が一番いい事だと透耶はずっと思っていた。
「……透耶のお陰で戻れるんだ。ありがとう」
 鬼柳はそう言うと透耶の顔中にキスをした。
 これだけ愛おしい存在は他にはいない。
 何より無償の愛をくれる人物もいない。
 それだけに透耶はこの世で一番大切な人間だった。
「俺何もしてないよ」
 やっと透耶の顔にも笑顔が戻ってくる。
 ……なんでありがとうなの?
 透耶には訳が解らない。
 やっと笑顔になった透耶に鬼柳も笑って言う。
「いっぱい優しくしてくれた。だから嬉しい」
 沢山のモノを貰った気がする鬼柳。
 勇気、人を思い遣る優しさ、そうした優しい甘いモノをくれた。そうしたモノが自分を強くしてくれる。
 弱気になっていた自分に戻る力と勇気をくれたのは透耶だった。
「恭だっていっぱいしてくれた」
 透耶もそうだった。
 鬼柳から沢山の勇気を貰った。優しさも全部。
 人を愛する事がどれだけ素晴らしいのかを教えてくれたのもこの男だったのだから。
 鬼柳に出会わなければ、透耶はまだ人を愛する事を知らないままだった。だから出会いが最悪であっても結果 オーライなのだ。
「透耶の方がいっぱいしてくれたんだ。だから俺は仕事に戻る決心が付いたんだ。離れてても心はいつも一緒だから、大丈夫だって透耶が教えてくれたから」
 鬼柳はそう言った。
 離れていても心はいつも一緒なのだ。
 大丈夫、そう思える関係になれている。
「そうだよ、別れるわけじゃないんだもん。恭は元の場所に戻るだけだよ。また最初からやり直すんだよ」
 透耶はそう言った。
 それで鬼柳は意味が解った顔をした。
「だからここから始めるのか?」
 最初の場所。
 ここは二人が始まった場所。
 そして鬼柳が逃げ出した場所。
 透耶は笑って答える。
「そうだよ。やめようと思ってた場所からやり直す為に」
 鬼柳がここでカメラを捨てようとしたのは透耶も聞いている。ならここからカメラを始めたらと思ったから、透耶はこの場所に鬼柳を呼び出した。
 元に戻る為に必要な作業として。
「透耶には叶わないな」
 鬼柳は苦笑した。
 いつでも透耶は輝いている。その素晴らしさを改めて感じてしまう瞬間だった。
「何言ってるんだよ」
 透耶も苦笑している。
 この透耶の笑顔を守りたいと鬼柳は思った。
 その為に自分は仕事に戻るのだ。
 二人で一緒にいる為に。
 ずっと一緒には居られない。
 離れた方がお互いの為になるという言葉がずっと胸にあった。だからこそ、一緒に生きる為に仕事に戻るのだ。そうする事が透耶の為になるから。
 何ヶ月も離れてしまう事で透耶を泣かせるかもしれないと思ったが、透耶はそれ以上に強かった。
 いつか透耶の従姉の氷室斗織が言った言葉を思い出した。
 悩みの解決は透耶がきっかけをくれると。
 それがこの行動なのだろう。
「やっぱ、俺には透耶しかいない。この世で一番好きなのは透耶だから、透耶がいる場所に戻るよ」
 鬼柳の戻る場所は透耶がいる場所しかない。
 鬼柳は自分でそう決めていた。
 それに透耶は笑って答える。
「うん、出かけても俺の所に戻ってきて」
 そう、自分の場所に戻ってきてくれるなら、何処へ行っても大丈夫だと思える。
 鬼柳は何があっても、自分の所に戻ってくるのだから。
「俺の戻る場所は透耶の所だけだよ」
「うん。俺もそうだよ。恭だけ」
 二人の戻る場所は二人の場所しかない。
 そうなのだ。
 どんなに離れていても、二人が一緒に過ごしたあの家こそ、戻る場所になる。
 そこでは透耶が鬼柳の帰りを待っている。
 鬼柳は仕事に出ても、そこへ戻ればいいだけだ。
 そこには透耶がいつでも笑顔で帰りを待っているのだ。
「うん、透耶ありがとう」
 それが解っただけでもここから始めるのは良かったかもしれない。
 二人は抱き合って、ここから全てが始まるのだと感じた。
 
 家に帰り着くと、鬼柳は透耶を抱えて寝室に入った。
 海へ行っていたので、髪の毛など塩でベトベトになっていたので、そのままお風呂に直行となった。
 二人で仲良くいちゃつきながらお風呂から上がると、鬼柳は透耶を抱いてベッドに横たわらせた。
 これから何をするのか解っている透耶は手を伸ばして鬼柳を呼んだ。
「恭……」
 そう呼ぶと、鬼柳は透耶に覆い被さるようにしてくる。それに透耶は腕を伸ばして鬼柳の首に巻き付けて引き寄せた。
 透耶から求めてくるキス。
「ふ……っ……ん」
 透耶は軽く息を吐いた所で、鬼柳は深い口付けへとしていく。
 口腔の粘膜を舌でくすぐるようにしてやると、透耶はその舌に舌を絡ませようとして動いてくる。もっととばかりにしがみついている腕の力が強くなってくる。
「ん……ん……っ」
 獣のようなキスを繰り返し繰り返し。それでも満足しないとばかりにキスしあった。
 ひとしきりのキスの後、透耶は深い深呼吸を繰り返している。
「はぁ……はぁ……」
「……透耶」
 名前を呼んで顔を見ると、既に上気した顔をしている透耶。
 虚ろな目でゆっくりと鬼柳を捕らえると、ニコリと笑う。
 鬼柳はその透耶の顔中にキスをして、更に首筋へとキスを落として行く。
「あ……ん……」
 感じる場所なのか、透耶は反応してくるので、そこへいつものように噛み痕を残す鬼柳。
 これが自分のものだという証。
 誰にも渡さないという印。
 透耶もそれを解っているから受ける。
 鎖骨などにも舌を這わせた所で、透耶のバスローブを紐を解いてはだけさせた。
 傷のない綺麗な白い身体。
 鬼柳は確かめるように手を這わせて、体中を撫でる。
「んっ……」
 その感触だけで、透耶は既に感じてしまっていた。
 鎖骨から胸の突起に舌を移してゆっくりと舐めては噛んでみる。
「っあ……あ……」 
 それだけで、透耶は快感を味わってしまう。
 早くと願うが、鬼柳はゆっくりと透耶を味わっていた。
「や……あ……」
「……気持ちいい?」
「そんな……こと、あ!」
 聞かないで欲しいと言おうとすると、鬼柳がいきなり透耶自身を掴んできた。
 ゆっくりと二三回扱いてみただけで、先走りが出てくる。
 それを扱きながら準備していたジェルを取り出して、透耶の孔にも塗り混む。
「冷た……」
「こうしておかないと」
「う……ん……」
 ジェルで冷えた指が中へと侵入してくる。
「あぁ……」
 ぞくりとする感覚に身を小さくしようとしたのだが、鬼柳が透耶の足の間に入り込んでいてそれは出来なかった。
「んんっ……」
 前と後ろを同時にされてしまうと透耶もさすがに達ってしまいそうになってしまう。
 それを必死で我慢していると、今度は暖かな感触が透耶自身にネトリとしてきた。
 鬼柳が透耶自身を口に含んだのだ。
 舌で舐め、扱きながら先端を弄られてしまうともう透耶は耐えられなかった。
「ああっっ!!」
 一瞬で達してしまう。
 鬼柳はそれを口で受け止めて飲んでしまった。
「はぁ……はぁ……恭ばかり……」
 透耶は訳の解らない事を言い出して、ゆっくりと身体を起こした。
 何をするのかと鬼柳が見ていると、透耶は鬼柳の前に座って、鬼柳のバスローブの紐を外して脱がせて行く。
 1人だけ気持ちいいなんて……。
 そんな気持ちがあったのだろうか、透耶は鬼柳自身がちゃんと反応をしているのをみて、そこへ手を伸ばした。
「んっ……」
 鬼柳から漏れた気持ちがいいという声。
 そのまま不器用に扱きながら身体を屈めて鬼柳自身を口に含んだ。
 鬼柳がしてくれるようにと、唇と舌を使ってなんとかやってみる。
 不器用なやり方ではあるが、それでも鬼柳は透耶がしてくれているというだけで感じてしまっている。
 透耶の口の中で更に大きくなってくる。
 全部を含むのは難しい事なので、舌を使って舐めて扱く。
「……透耶……も、いい……」
 限界まできているのであろう鬼柳が止めようとしたが、それでも透耶は口に含んだままだった。
 扱く手を速くして、鬼柳の限界まで追い詰めた。
 そして鬼柳は透耶の口の中に放った。
 透耶はそれに満足して起き上がって、それを飲み込んだ。
「……透耶」
 鬼柳が愛おしそうに呼んで透耶を抱き締めると、そのままキスをしてきた。
 もちろんお互いの精液が混ざりあったキスなのだが、そんなのはどうでも良かった。
 ただキスをして、舌を絡めて激しく求めあう。
 鬼柳はゆっくりと透耶をベッドへと寝かせると、キスをしながら、透耶の孔に手を伸ばして指を忍び込ませた。
「ん……はっ」
 キスがやんで、透耶の口からもれるのは、喘ぐ声だけだ。
 ゆっくりと忍び込ませた指が奥へと進み、透耶の四肢が張り詰めて行く。最後まで埋め込みゆっくりと引き抜きを繰り返すと透耶が甘い喘ぎ声を上げてくる。
「あ……あん……はっ……ん」
 透耶の内部は鬼柳の指にしっかりと馴染んでいる。
 その指を増やしていっても抵抗なく受け入れてくれる。
 透耶が感じる場所。その場所を擦ってやると透耶の身体が反り返る。
「あ……あっ……ん……」
 逃げようとする身体をしっかりと押さえ付けて、鬼柳は尚も孔の中に指を増やして解して行く。
「も、……いい……恭……」
 また達しそうな感じになった透耶はそれ以上しなくていいと鬼柳に懇願する。
 十分に解れたかを確認した鬼柳は透耶の孔から指を抜いた。
 その孔はまるで鬼柳の指を惜しむように萎んで行く。
「透耶、入れるから力抜いて」
「ん……」
 鬼柳は透耶の足を抱えて孔に自分自身をあてがう。
 ゆっくりとした動作で、透耶の中へと侵入する。
「んんっ……」
「透耶力抜いて、まだ先しか入ってないよ」  
 そう鬼柳が言うが透耶にどうにか出来るわけもない。
「で、出来ない……あっ」
 少し入った先だけで挿し抜きをされてしまって透耶の緊張もとれる。
「んっ!」
 一気に鬼柳は透耶の中へと入り込む。
「ああ!!」
 その衝撃だけで透耶は達してしまう。
「全部入った……」
「……もう……いちいち報告しなくていい……」
 そう文句を言う声すら甘い喘ぎに聞こえる鬼柳。
「透耶、色っぽい……」
「何言って……」
 やたらとそんなセリフを言う鬼柳に透耶が眉を顰めたとたん、鬼柳が二三回腰を動かした。
「あっ!」
「よし、動くぞ」
 動きを確認した鬼柳が一気に動き出す。
 押し込んだ欲望をギリギリまで引き抜き、また奥まで突き入れる。その度に透耶が甘い声をあげる。
 ジェルが滑る音がイヤらしく鳴り響いている。
 押し突かれる感触に透耶は必死になって鬼柳にしがみついて耐える。
 気持ちがいいのは両方だからとばかりに鬼柳も荒い息をしている。
 透耶が薄らと目を開けると、快感を感じている鬼柳の顔が目に入った。
 セックスは両方が気持ち良くないと意味ないよな。
 そんなセリフを鬼柳が言っていた事を思い出してしまった。
「はあ……あ……んっ……も……あ……だめ……」
「一緒……に」
 二人とも限界に近付いていた。
 鬼柳は呼吸を合わせるように、透耶自身を握って扱く。
 それで二人は同時に達する事が出来た。



「はぁ……ん……あ……」
 鬼柳が抜く感覚さえ感じてしまう透耶。
「良かった……」
 鬼柳は満足して透耶の上に覆い被さる。
「透耶は?」
 そんな感想聞かないでよ……恥ずかしい……。
 疲れているが真っ赤になって照れている透耶を見て、鬼柳は満足している。
「可愛い」
 などと言って透耶の顔中にキスをする。
「はぁ、もう一回お風呂だね……」
 透耶は現実的な事を漏らす。
「もうちょっと浸ってようよ」
 鬼柳は汗ばんだ感触がいいのか、透耶を抱き締めたまま動かない。
 こうして余韻に浸るのが楽しいのだ。
 もう少ししたらこういう事も出来なくなる。
 そう思うともっとしておきたいと思って第二ラウンドに突入してしまった二人だが、先に透耶の方が参ってしまい、気絶してしまったのであった。
 起きていたらきっと怒鳴ってくるだろうが、今は静かに眠っている。
 こうして寝顔を見る事も暫く出来なくなってしまうと思うと、鬼柳はいつまでも透耶の寝顔を見たまま眠れなかった。
 そう離れる時はもう目の前に来ているのだから。
 そう考えると辛いと思えた。
 毎日習慣になっている事さえ出来なくなる。
 離れる事は自分で決めた事。
 そうする事で自分は透耶が望む通りにあの傷を乗り越えていける。透耶がそうして見せてくれたように。
 だから尚のこと、この寝顔は愛おしかった。
 一生守っていこうと再度決意してしまった。
 離れても大丈夫。
 自分には帰ってくる場所があるのだから。




 ちょうど九月に入った頃。
 鬼柳がいきなり明日仕事行くからと言い出した。
 透耶はそれを笑って受け入れた。
「気を付けて、行ってらっしゃい」
 そう言えた。
 本当は泣いてしまうかもしれないと思っていただけに、結構あっさりと言えたのは、ここまで充実した時間を二人で過ごしてきた結果 なのだろうと透耶は思った。
「十分気をつけるから」
 鬼柳もそう答えるだけだった。
 透耶を独りにする訳じゃない。
 周りは透耶を守ってくれる人が沢山いる。
 二人を見守ってくれる人も沢山いると感じる事が出来るからこそ、離れても大丈夫だと思えたからだ。





 実際に鬼柳が家を出る時も、透耶は玄関で鬼柳を見送った。
 いつものように出かける時のいってらっしゃいのキスをして、鬼柳からのキスを返してもらって。
 大丈夫。
 笑って見送れる。
 大丈夫。
 笑って出かけられる。
 二人はちゃんと通じ合っているから、離れていても大丈夫だと思えた。
「いってらっしゃい」
 透耶は最高の笑顔で鬼柳を送りだした。
 鬼柳も笑って答えてくれる。
「いってきます」
 そうして玄関のドアが閉まった。

 閉まったドアを見つめて鬼柳は大きな青い空を見上げた。
 透耶が大好きな空の青。
 それは何処までも続いている。
「さて、仕事してくるか」
 鬼柳はそう呟いて荷物を担ぐと家を出た。
 その時には二度と振り返らなかった。
 鬼柳を見送った透耶は、鬼柳が出かけた玄関を暫く見つめていた。それから少ししてふっと息を吐いた。
 今度鬼柳を迎える場所になる玄関。
 そこに帰ってきて最高の笑顔を見せてあげられると思った。
「さて、仕事しよう」
 透耶はそう言って書斎へと入って行った。


 離れていても変わらない。
 何も変わらないけど、側にいない時間が始まるだけ。
 でも大丈夫。
 心はいつも一緒だからと二人はそう思って自分のやるべき事へ向かって進み始めた。
 
 本編--了--  

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