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23
1
その日、深夜にホテルに戻った透耶は、フロントで鬼柳がまだ戻ってきてない事を聞いた。
「え? 一度も戻ってないんですか?」
一旦戻って出掛けたのではなく、朝透耶と一緒に出てから、鬼柳は一度も戻ってきてないのだと言われた。
「嘘、どうして?」
玲泉門院に行ってから、既に12時間は経っている。
まだ、話し込んでいるとは思えない。
もしそうだとすれば玲泉門院から連絡が入っているはずだ。
透耶はすっかり困惑してしまう。
どうして……。
鬼柳が出掛けて、少しでも遅くなるなら連絡をくれる。今まで一度も欠かした事ない事に透耶はどうしていいのか解らなくなってしまう程パニックになっていた。
そのパニックになっている透耶にSPの富永がそっとアドバイスをする。
「まず、鬼柳様の携帯に連絡をしてみて、それから、玲泉門院に連絡をしてみては如何でしょう?」
パニックを起こしていた透耶は、ハッとして頷いた。
「そ、そうだ。そうだよね」
慌ててバッグから携帯を取り出して、鬼柳の番号を探し掛けてみる。
鬼柳の携帯は、何度も呼び出しが鳴るのだが、鬼柳が電話に出る事はなかった。
……どういうこと?
電話に出れないの?
呼び出し音はするのに……。
それだけで、透耶は不安になってくる。
鬼柳に何かあったのではないだろうか?という事に不安が大きくなってくる。
鬼柳は透耶との連絡を欠かさない為に、絶対に携帯を手放さない。だから、出れないとなれば、その前に電源を切るという報告が入る。それがないという事は、そういう事態ではないはずなのに、鬼柳が電話に出ないのだ。
「どうして……呼び出し音はしてるんだけど……出ないよ!」
透耶は更に混乱してしまっていた。だが、冷静に富永が玲泉門院の方へと促したので、透耶は頷いて玲泉門院の方へ連絡を入れた。
深夜なので、執事の迦葉の携帯の方へ連絡をする。
12時回ってはいたが、迦葉はすぐに携帯に出た。
「か、迦葉さん。あの、恭……訪ねて行った鬼柳恭一はまだそこにいますか!?」
透耶は必死に迦葉に聞く。
『いえ、3時半にはこちらを出られましたよ。タクシーを拾うのに、歩いて大通 りまで出るとおっしゃられてましたが、まだお戻りでらっしゃらないのです?』
迦葉も驚いた様子で、透耶に聞いてきた。
「はい……。ホテルに戻ると言っていたんですけど。この時間にも戻ってなくて……。携帯も出なくて……」
泣きそうになる声を押さえながら透耶は状況を説明した。
『落ち着いて下さい。携帯は呼び出し音はするのですね。申し訳ありませんが、もう一度掛けて貰えませんか? 誰が出なくてもいいので鳴らし続けて下さい』
迦葉はそう透耶に要求した。
「鳴らしていればいいんですか?」
訳が解らないままでも、今は迦葉に従うしかない。
何か考えがあっての事なのだろうと予想出来たからだ。
一旦、迦葉との電話を切って、再度鬼柳の携帯へ掛ける。
何度鳴らしても、鬼柳が出る事はなかった。それでも透耶は迦葉に言われたように、電話を鳴らしつづける。
出来れば鬼柳に出て欲しいと思いながら鳴らし続けた。
そうして長い五分程が過ぎた頃、いきなり鬼柳の電話に誰かが出た。
「恭!!」
透耶がそう叫ぶ。
だが、相手は鬼柳ではなかった。
『透耶様ですね』
そう言われて透耶は驚いた。
電話に出たのは、迦葉だったからだ。
「ど、どうして迦葉さんが!」
透耶の言葉を聞いて、富永も石山も驚いた。
『それが、この携帯は、玲泉門院の家の近くの道に落ちてました』
「落ちてた?」
透耶には何故なのか訳が解らない。
鬼柳が携帯を落とすとは思えない。
玲泉門院を出たら戻る時に連絡をくれたはずだろうから、落とすなど考えられなかった。
『落ち着いてよく聞いて下さい。数日前からですが、不審な車が家の周りをうろついているという報告があったのです』
迦葉がいきなりそう言い出した。
透耶はそのセリフに首を傾げた。何の関係があるのか解らないからだが、それで関係ない話を迦葉はしないという確信もあったからだ。
「不審な車ですか?」
透耶は聞き返した。
迦葉はそれを受けて話を続ける。
『ちょうど、鬼柳様がお帰りになられた頃から見かけなくなったのです』
「それって……」
まさか……。
透耶の脳裏に嫌な予感がよぎった。
迦葉は一呼吸置いてから透耶にこう言った。
『こう申し上げた方が宜しいかも知れません。透耶様が京都へいらした日から、不審な車が見られるようになり、鬼柳様がいなくなられた瞬間に消えた。そう考えると、不審な車は、お二方に用があったとしか考えられません』
迦葉の言い出した事は透耶も解った。
狙われていたのは、もしくは待ち伏せされていたのは、玲泉門院葵ではないという事なのだ。
その他で訪ねてくる誰かを狙っていた事になる。
それも透耶達が京都に入ってからとなると答えは一つしかない。
「俺達が狙いだった?」
まさかと思いながらも透耶はそう聞き返した。
『もしかしたら、明日にでも何かあるかもしれません。宜しければ、明日、私もそちらへ参りますが』
迦葉がそう申し出たが透耶は慌ててそれを断ろうとした。
「い、いえ、迦葉さんまでに迷惑は……」
そのセリフを言い終えないうちに迦葉が言い出した。
『主人の葵がそうしろとおっしゃってまして。明日一番でそちらへ参ります。この携帯の事もありますし。あ、主人に代わります』
いきなり、葵が出てきて透耶は更に混乱する。
この騒ぎに葵まで巻き込んでしまっていた。
「葵さん?」
電話を変わる音が聴こえて透耶は呼び掛けた。
だが、電話を変わるや否や、葵は透耶の言葉を聞かずに喋り出してしまう。
『おお、透耶。今、どういう状況かまだ解らねぇから憶測でしかモノが言えねぇが、どうなっていようと、相手からの接触はあるだろう。あいつがお前に無断で消える事はねぇからな。とにかく、今日はしっかり寝てろ。明日の事だ。てめぇが倒れてたら、どうにもならねぇぞ。明日、迦葉をやるから好きに使え。以上だ』
葵は一気にそう言うと、携帯を切ってしまった。
「あ! 葵さん!!」
透耶が叫んで止めてももう遅かった。携帯はとっくに切れている。
もう一度かけ直そうにもたぶん出てくれないだろうと透耶は思った。
携帯を呆然と持ったまま固まっている透耶に石山が我に返すように肩を叩いた。
それで、やっと透耶も我に返る。
「透耶様、ひとまず部屋へ戻りましょう」
ロビーで大声で叫んでいてもどうしようもないと判断した富永がそう言った。
透耶もさすがにそれには従った。
ロビーで叫んでいても、鬼柳の行方が解るわけではない。
ひとまず部屋に戻って、今の状況を話し合う必要があった。
部屋に戻って、透耶は富永と石山に電話での内容を話した。
その話を聞いた二人は驚いたように顔を見合わせていた。
「それでは、鬼柳様は御自分の意志で行方をくらましたのではなく、何者かに連れ去れられたという事ですか」
そう聞き返されて透耶は頷いた。
今の所、それしか考えられないからだ。
携帯を無くしたとしても、鬼柳ならホテルに戻っているだろうし、公衆電話などを使って連絡を入れてくるだろう。
それすらないのだから鬼柳が誰かに連れ去られたと考えた方がいいだろう。
「あの鬼柳様に限って、強引に連れ去るという事は出来ないでしょう」
そうなのだ。
もし不審者が鬼柳を連れ去ったにしても、鬼柳はかなりの腕を持っていて相手に簡単にやられるはずはないのだ。
その鬼柳が連れ去られたというだけでさえ、嘘のような話しだ。
ただ、この中で石山だけは気が付いていた。
鬼柳の唯一の弱点。
「鬼柳様は、透耶様の事に関しては敏感ですが、御自身の事に関しては殆ど関心がないとしかいえません。何か、その場所で透耶様に関する何かを考えていたとしたら、かなりの隙が出来ていたのではないでしょうか?」
その指摘に透耶はハッとした。
思い当たる事はあった。
「俺……俺の元実家が、あの近くにあるんだ……。もしかしたら……そこを見に行こうとしてた?」
透耶はそう呟いた。
玲泉門院の近くに、透耶が中学まで住んでいて、両親の死後処分した家がある。
鬼柳は透耶の思い出の場所を巡る為に、迦葉が呼ぶはずだったタクシーを断わり、歩いてその場所へ向かっていた可能性がある。
鬼柳ならそうしただろう。
透耶に関わる事なら、鬼柳は何でも知りたがる。
そう言われて、富永も納得した。
あり得る出来事だからだ。
「近くに実家があったのですか。鬼柳様なら、それを見に行こうとなさいますね」
石山にそう言われ、透耶もそれは間違い無いと思った。
住所は何処で調べたのかは解らないが、玲泉門院で聞いたのかもしれない。それなら、鬼柳は必ず一度は見ておこうと考えるだろう。
だが、そうだとしても鬼柳が携帯を落としたままで行方不明になるはずはない。
やはり、誰かに連れ去られたとしか考えられない。
「どうして、恭を連れ去ったり……」
それが解らなくて透耶は悩んでしまう。
鬼柳はアメリカでは、富豪として知られているから、誘拐しても価値があるだろうが、日本でしかも京都で誘拐しても、鬼柳家とは交渉出来ないだろう。
日本と関わりある職種ではない親類だ。日本でもめ事を起こすとは思えない。
それに鬼柳一人を、一人の人間が連れされるとは思えない。数人は共犯がいるはずだ。
では、エドワード関係で鬼柳がした仕事で何かトラブルでもあったのだろうかと透耶が考えたところで解る訳は無い。
鬼柳がしていたのは、アメリカ時代に作った企画書の再編成だけで、経営自体に直接関わっていた訳では無いのだ。
それこそ、連れ去られる原因が解らない。
事故に巻き込まれたなら、病院を当たればいいだろうが、それらしい人物がいたなら、免許証などで自宅が解り、東京の家にいる宝田から、既に連絡が入っているはずである。
何も連絡が無いのはおかしい。
もし、鬼柳家絡みなら、もうエドワードの耳にも入っているはずだろうし、そこから連絡も来るだろうが、それもない。
「一体、どうなってるの……」
透耶は訳が解らなくなり、携帯を握り締めた。
こんなに恭が居ない事が苦しいなんて……。
今にも倒れそうな程、透耶は目眩を覚えていた。
恭も、俺がいない時、こんな思いをしたんだろうか。
こんなに辛い思いをしたんだろうか。
そう考えるだけで、透耶は過去の事を思い出して反省をしてしまう。
今、考えなくていい事が、頭を巡ってどうにかなってしまいそうになる。
「透耶様!」
倒れそうになる身体を支えられて、透耶はハッと我に返る。
「……あ」
「大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。すみません……」
何とか体制を戻して、透耶は石山に進められるままに寝室へ連れて行かれた。
「今日は、もう眠って下さい」
「でも……」
透耶は石山を見上げて続きを言おうとしたがそれを遮られた。
「もし何かあれば、すぐにお知らせします」
「……すみません」
シュンとなって透耶は頷いた。
何かあったら二人は知らせてくれる。
「お疲れになられているのですから、しっかりと眠って下さい。何かあった時に倒れてしまっては大変です」
石山にそう諭されて、透耶は頷いた。
「そう……ですね。すみません、俺、寝ます」
顔を上げて石山に向かって微笑みかける。
心配を掛けてはいけないという気持ちが先にたっての事だったが、無理をしているのは明らかだった。
それでも石山はそれを指摘せず、透耶を落ち着かせようとする。
透耶がぐっすりと眠れるはずはないだろうが、こうして言っておく事で透耶はそれを実行しようとするだろう。
「そうされた方が宜しいです。朝は、確か8時でしたね」
「はい」
透耶はそう頷いて、自分が今手伝っている仕事の事を思い出した。
鬼柳の事も心配で仕方が無いが、仕事を放り出して鬼柳を探しに出掛けたりすると鬼柳はきっと怒るだろう。一度請け負った事を放り出す事を鬼柳は許さない性格だからだ。
「では、6時半にお起こし致します」
「お願いします」
透耶はそう石山に頼んだ。
石山が部屋を出て行くと、透耶は大きな溜息を吐いた。
泣きたい。
鬼柳がいないだけで、こんなに不安でこんなに泣きたい気持ちになるとは思いもしなかった。
それを痛感する。
だが、泣いたところで何かが解決する訳では無い。
そう思い、グッと涙を堪える。
……こういう時こそしっかりしなきゃ。
その言葉を言い聞かせる。
着替えを済ませて、鬼柳がいないベッドへと潜り込んだ。
隣にいないその感触が、また寂しい気持ちになる。
自分が誘拐されて監禁されていた時以上に苦しい。目眩が起って気を失いそうになる。
駄目だ。
……俺が倒れている場合じゃないんだ。
こんな事で駄目になってっちゃ駄目だ。
しっかりしなきゃ。
透耶は自分に言い聞かせるように、何度も何度も繰り返した。
昔、繰り返した、あの呪文。
大丈夫、まだ大丈夫。
何度も何度も目を瞑って透耶は繰り返した。
そして気を失うように眠りに落ちて行った。
「透耶様は眠られたか?」
寝室から出てきた石山に富永が聞いた。
「はい、かなり参っているようですけど」
石山は憔悴しきった顔で頷いた。
あんなに辛そうにし、しかもそれに耐えようとしている透耶を見るのはこれが初めてだった。
いつも笑顔で、誰にでも優しい透耶。その印象が強いだけに、今の透耶を見るのは辛すぎた。
「仕方ない。鬼柳様があんな消え方をしたんだ。動揺もするだろう」
お互いがお互いの事ばかり考える二人だ。
こんな状況になって動揺しないはずはない。ましてや、こんな風に消えるはずのない鬼柳がいなくなったのだ。
透耶が動揺するのは当然だろう。
「何故、お二方ばかりにこんな事が……」
石山はそう呟いていた。
透耶は二度も誘拐され、更にメイドにまでも酷い事をされている。報告書や鬼柳の話、そしてその状況に立ち合って来ただけに、そう思ってしまうのは仕方ない。
SPを始めて、これほど大変だと思ったのは石山は初めてだった。
エドワードや色んな人を守って来たが、こんなに何かが起る事はなかった。
「資産家という部分を差し抜いても、騒動が多すぎる」
富永も石山同様そう思っていた。
長い事SPをしてきたが、この短期間にこうも騒動に巻き込まれる一般人は珍しい。
いくら透耶がああいう容姿であろうとも、そこまで起るはずのない事が起きている。鬼柳にしてもそうだ。
もし鬼柳が何かに巻き込まれたとしたら、それは鬼柳らしからぬ失敗であろう。そういう危険を察知する能力は、SPである自分達以上にある人なのだ。
報告もなしに消えるなど考えられないので、何かあったのだろうが、一体何があったのだと考えても思い付かない。
「エドワード様に報告は?」
二人に何かあった場合、鬼柳や透耶の意志とは別に報告するように言われていた。
二人の事を暖かく身守っているエドワードである。何か起った場合は何をおしても協力を惜しまないと言っているくらいに心を砕いている。
「まだしていない。どうなっているのかも解らない状況でエドワード様に報告するのは早すぎる。それにあの方はもうここにいらっしゃるから」
富永はそう答えた。
二人に何かあった場合にと、エドワードと連絡する為に二人はエドワードのスケジュールも把握している。
「そうでしたね。明日でも遅くは無いと……」
石山は溜息を吐いた。
「勝手な判断だが、我々は透耶様を守る為のSPだ。それを最優先しなければならない。それが仕事だ」
「そうですね」
石山は頷いて、ソファに座った。
こっちでは透耶の身内が動いている。
エドワードを巻き込むのは、何が起っているのかを把握してからでも遅くは無いと富永は判断していた。
その夜。富永と石山が眠る事は無かった。
その頃、鬼柳は痛みを感じて目を覚ましていた。
……いてー。
それが最初に思った事。
そして目を開いてみる。
視界に入ったのは、古惚けた部屋。
視界の様子がおかしいと思ったのは、自分が横になって眠っているからだと気が付いた。
そして匂い。
……透耶の匂いがしねぇ。
嗅いだ匂いは埃の匂いと、錆びた鉄の匂い。
自分がホテルにいるなら、そんな匂いがするはずはない。
……ちくしょー。あれだな。
やっと自分に起った事を思い出した。
透耶の元実家の周りを見ようとして、一応透耶に連絡を入れようと携帯を出した時に、前から来た男に道を聞かれ、それに答えようとした時、後頭部を何かで殴られたのだ。
……二度も殴りやがって。
二度目の衝撃で気を失ってしまった鬼柳。
寝転がったままで、鬼柳は自分の危機感のなさを後悔した。
言われた側から騒動かよ……。
そう考えて落ち込んでしまう。
目を開けて部屋を見回すと、どうやらここは廃屋らしいという事が解った。
腕を動かそうと思ったが、何かで縛られているようで、動かす事は出来なかった。
更にジャラという音がする。
鎖か、手錠か何かで柱に縛られているようだ。
今度は逆か……。
今までは透耶が被害にあっていたが、今度は自分が囚われの身の上である。
忠告されたばかりなのに、同じ事繰り返してるな……。
鬼柳は、玲泉門院葵に言われた事を思い出した。
双方共に騒動に巻き込まれやすい性質だと。
今まさにその状況だ。
だが、鬼柳には何故自分がこんな目に合っているのかが解らない。
自分をどうにかしたところで、どうにもなるものでもない。
日本で、自分を誘拐したところで、アメリカの実家の事が解るわけはないし、もう5年も連絡を取って無かったくらいだ。無関係といってもいいくらいなので、鬼柳家関係で自分がこういう目にあっているとは思えない。
衝動的に誘拐する馬鹿なのだろうか?
そう考えてみても、数人でそんな馬鹿な真似をするとは思えない。
一人が話し掛けて、もう一人が殴ってきたのは確かだ。
何か目的があって待ち伏せをしていたのだろうが、玲泉門院の名前を出してきたあたり、何か裏がありそうだ。
まさか、透耶と間違えたんじゃねぇだろうな……。
そう考えてしまって鬼柳はゾッとした。
もしこれが透耶だったとしたらと思うだけで、それだけで胸が痛くなる。
もうこれ以上、透耶を辛い目に合わせたく無い。
そう思っても、今自分はこんな状態だ。
目を開けて部屋を見ると、もう真っ暗になっていて何時かも解らない。
ホテルに戻った透耶が、今頃自分がいないことに気が付いているかもしれない。
泣かせたく無いのに……。
心配して泣いているかもしれない透耶を思い浮かべて、鬼柳はなんとか自力で逃げなければならないと思った。
まず身体を起こしてみた。
だが、やはり後ろ手に手錠で柱に縛られている。
これでは身動きが出来ない。
手錠が壊れないかと力を込めて引っ張ってみるが、手首に激痛が走るだけで一向に外れる気配さえしない。
「腕でも切らなきゃ駄目だな……」
思わずそんな呟きが洩れてしまった。
だからと言って、それを本当にやるわけにはいかない。
そんな事をしたら透耶を抱けなくなるだけじゃなく、透耶が悲しむだろう。それさえ自分のせいにしてしまうかもしれない。
別の脱出法を考えるしかなさそうだ。
まず状況を把握しなきゃならないのだが、今、この部屋には誰もいない。
ドアが一箇所だけあるが、その外にでも見張りが居るのだろうか?
どうなっているのか訳を聞かなければならない。
鬼柳は息を大きく吸い込んでから大声で叫んだ。
「誰か居ねぇのか!! この状況を説明しやがれ!!」
鬼柳の叫び声は部屋中に響いた。エコーしてしまう程の大きな声だったが、すぐに何処からも反応はなかった。
何度も叫んでは見るが、やはり反応なしだった。
「誰もいねぇのか……?」
思わずそう呟いてしまう。
自分をここへ連れてきた誰かがでもなく、周りにさえ誰もいないのだ。
これだけ叫んでも誰も覗きに来ないのは、叫ぶだけ無駄という事を意味している。
「ちくしょうっ!」
鬼柳は呟いてまた寝転がった。
これではどうしようもない。
周りではまったく音が聴こえない。
静かな場所だ。
夏の虫の音さえも聴こえて来ないのだ。
ただ蒸し暑さだけがある。
夜でこれだけの暑さなら、日中はもっと暑くなるだろう。
だが一つだけ良かったと思う事があった。
これが透耶でなくて良かったと思ったのだ。
自分なら耐えられる。だが透耶には無理だ。
鬼柳はそのまま目を瞑って眠った。
冷たい水を頭からかけられる感触で鬼柳は目を覚ました。
「?」
何故水が?
そう思い目を開けると、誰かが側に立っていた。
スニーカーにジーパンの足が見え、鬼柳はゆっくりと起き上がった。
「やっとお目覚めだぜ」
その男が言った。
日が照っているので、いつの間にか朝を迎えていたようだ。
「この状況で爆睡とは、すげー馬鹿だな」
もう一人いる誰かがそう言った。
そこへドアが開いてもう一人入って来た。
そこで、鬼柳はやっと視野がハッキリとしてきた。
「馬鹿じゃねえぞ、そいつ。侮ったら痛い目みるぜ」
その声を聞いて、鬼柳はその首謀者らしい男に視線を向けた。
だが、視線が噛み合った時、鬼柳は叫び声を上げていた。
「何でてめぇがここにいるんだ!!」
その鬼柳のいきなりの叫び声に、側にいたジーパン男が鬼柳の腹を蹴って来た。
鬼柳はうめき声は上げずに、ぐっと息を呑んでそれに耐えた。
「殺すんじゃねえぞ。殺人は趣味じゃねえしな」
鬼柳がてめぇ呼ばわりした男が笑いながらそう言った。
「……解った」
笑いながら言われたのだが、ジーパン男は恐れているような口調で頷いて鬼柳の側を離れた。
その音さえ、鬼柳の耳には入って無かった。
何故だ!?
その言葉が頭を回っていた。
「……何故だ」
言葉が呟きのように出たのを首謀者には聴こえていた。
「簡単だ。捕まらなかったのさ」
「嘘だ。捕まったと聞いている」
「お前らが、表沙汰にしなかった事にしか俺は関わって無かったんで、無罪放免で捕まりさえしなかったんだぜ」
そう言われて鬼柳はハッとする。
そうだ。そうだった。
透耶が誘拐されたのは、会社に不満を持っていた他3人で、こいつは違う。透耶に麻薬を使ったという事は、透耶の為にとエドワードがもみ消している。
身代金の受け渡しにもこいつは現れなかった。
つまり、警察は、この首謀者である、三沢を捕まえる事が出来なかったのである。
そう、今、鬼柳の目の前にいるのは、4月に透耶を誘拐し身代金を要求するという事件を起こした張本人、三沢だったのだ。
「……三沢」
鬼柳の中では二番目に憎い相手だ。
透耶に麻薬を使い、あれ程苦しい副作用を起こさせたのだ。それを今でも鬼柳はつい最近のように覚えている。
今でも透耶の悲鳴が聞こえるようだった。
「まさかあんただけがあそこから出てくるとは思わなかったぜ。おかげで予定変更だ」
三沢はそう言った。
「何?」
「本当はあの可愛い少年の方が誘拐しても俺が得したのにな」
三沢はそう何気なく呟いた。
だが、鬼柳を怒らせるには十分だった。
「……どういう意味だ」
低い怒気を込めた声で鬼柳は三沢に言った。
「意味も何も、前回のお楽しみが残ってるって事だ。どうせ、あんただって似た様な事やってんだろ。あの透耶とかいう少年を抱いてるんだしな」
「きさまと一緒にするな!」
「随分と御執心だから、抱き心地は最高らしいな。これは楽しみだ」
「三沢!!」
「あんたの目の前で、透耶を犯してやるよ」
三沢はそう言い切った。
その言葉で鬼柳は切れた。
「てめぇ!!」
繋がれている事すら忘れて三沢を殴ろうとした。
繋がれている柱がギシリと音を立てて揺れる。
さすがに動揺したのか、他の男がもう一度鬼柳の腹を殴って大人しくさせた。
鬼柳は不意打ちを食らって、床に倒れた。
それでも三沢を睨んだままだったが、殴られた事で大人しくならざるをえなかった。
落ち着け。
鬼柳は自分に言い聞かせた。
透耶の周りには今、SPがいる。透耶だけを誘拐してくる事など簡単には出来なくなっている。
しかも透耶は仕事で始終会社の人間に囲まれている。その中から透耶を連れ出す事は不可能だ。
だから、三沢が言った事は、鬼柳の反応を見て面白がっているだけに過ぎないのだ。
鬼柳はつくづく思った。
透耶にSPをつけていて良かったと。
自分がいなくても、透耶を守ってくれる人がいる。それも透耶の事を心配し、信頼厚いSPの富永と石山だ。自分がいない状況でも彼等は透耶を落ち着かせて、より厳しい警備をしてくれるだろう。
それだけは信頼出来る部分だ。
そういう人間が今の透耶の側にいてくれるだけで、鬼柳は透耶の周りを心配しなくてもいいのだ。
ただ、自分が突然いなくなった事で透耶が泣いているのは確実だ。もしくは自分を追い込んでしまう。その状況だけは早く脱しなければならない。
ここからどう脱出するか。
もし三沢が何かするとしたら、三沢の事情ではなく、他の男達の事になるのではないだろうか?
鬼柳はそう考えて、そのまま怒りを収めた。
「ちょっと待ってくれよ、三沢さん」
案の定、鬼柳と三沢の会話を聞いていた男の一人が三沢に尋ねてきた。
「あ?」
三沢は、鬼柳から視線を外し、言って来た男の方を向いた。
「話が違うじゃないか」
憤っているようだが、強くは出られないような話し方。
三沢はジロッと男達を睨むと、鬼柳を指差して言い返す。
「ま、行き違いがあったのは、あんたらがこれを誘拐してきた事から始まってるんじゃねぇか」
「た、確かにそうなんだが」
男は痛い所を突かれて言い淀む。
これで鬼柳にははっきりと解った。
この誘拐は、鬼柳と透耶を間違えての誘拐だったのだ。
下調べをしてない時点でおかしな話だが、とにかく鬼柳は誘拐されたのが自分の方で良かったと思った。
だが、透耶を誘拐して何が目的だったのかはまだ謎だ。三沢が言っているような目的ではなく別 の何かが目的のはずだ。
鬼柳は耳を済ませて、連中の話を聞いていた。とにかく状況を把握しなければならないからだ。
三沢は手帳を開いてその中を覗きながら何かを書き加えている。そしてそれが済むまで全員が三沢の答えを待った。
三沢は手帳を閉じると、視線を上げて言う。
「予定は少し代わるが、やる事は変わらねぇよ」
「そ、それならいいんだが」
何か三沢を恐い存在だとでも感じているのか、それで納得した一人が頷いた。
三沢は他の二人も睨み付けるようにしてみる。
「不満でもあるなら中止するか?」
鬼柳から見て凄みがあるとは思えない言い様の三沢の言動だが、それでもここにいる三人の男には十分に効いているようだった。
「いや、今更後戻りは出来ねぇよ」
一人がそう答え、もう一人も頷いた。
人一人を誘拐しておいて、今更なかった事になど有り得ない。本当に後戻りは出来ない状況だった。
「なら、黙ってこっちの指示に従ってりゃいいんだ」
三沢はそう言った。
どうやらここでは、三沢が一番偉いらしい。
しかも唆したのは三沢でも、実行しているのは三沢ではないのだ。
これでは、前の時と同じだ。
いよいよ悪くなったら三沢はまた逃げるだろう。
もしかしたら、計画自体が成功しなくても三沢にはなんの痛みもないのだろう。
では、三沢は何の為にそんな事をしているのだろうか?
それが鬼柳の中で謎になった。
意味が解らないからだ。
「一体、何をしようとしてるんだ……」
鬼柳はそう呟いた。
目的が何なのか、それが解らない。
透耶を誘拐しての身代金要求なのか、それとももっと他に透耶を使って出来る事とは何なのか。
鬼柳の掠れた声を聞いた三沢がニヤリと笑った。
「今に解るさ。もう暫く大人しくしてるんだな」
三沢はそう言うと、男達を引き連れて部屋を出て行った。
鬼柳ははあっと息を吐いた。
水なし、飯なしの状態で、鬼柳はこのまま放置されるらしい。
その状態では辛くは無い。
こんな状況で仕事をした事もある。
あの場所の暑さに比べればなんてことはない。
鬼柳はそう思っていた。
ただ本当にこれが透耶でなくて良かったとも思った。
三沢がもし透耶を誘拐することに成功していたとしたら、さっき三沢が公言したような状態になっていたはずだ。
それだけは二度とさせてはならない。
佐久間の時の二の舞いはさせたくない。
だが、自分がこうなっている事で透耶は苦しんでいるだろう。
それを考えるだけで、鬼柳も苦しくなってくる。
無理をしてなきゃいいが……。
透耶の事だ、泣くまいとして泣くのを我慢して大丈夫なんて思い込んでやしないだろうか?
そういう時の透耶はたぶん危ない。
殴られて誘拐されてしまった身の上、透耶の心配をしている間に自分をどうにかしなくてはならない。
何か鎖を外すものがないかと辺りを見回す。
すると、錆びた鉄の針金を見付けた。
ちょっと離れているが、足で引き寄せて、旨い具合に手に渡った。
素人がする事ではあるが、これしか方法が無い。
鬼柳は手を器用に使って手錠の鍵穴に針金を挿して鍵を開けようとしていた。
無謀だろうが、出来るかもしれないという期待もある。
巧く行けばの話だが。
透耶はハッとして目を開いた。
寝ていたのだろうか、それとも?と思わせる光景を目にした様な気がした。
鬼柳が必死になって脱出しようとしている姿。
それが頭に浮かんで、透耶は目を開いた。
バッと起き上がって隣を確認した。
いるわけがない……。
その確認だけで透耶ははあっと息を吐いた。
恭がいない。いなくなった。
それだけなのに、自分はこれだけダメージを受けている。
それが恐い。
自分がどうにかなってしまいそうで、それを一生懸命押さえている。
でもどうなってもいいとさえ思う自分もいる。
恭さえ戻ればそれでいいと。
透耶は起き上がって外を見た。
外はまだ薄暗く、朝がやっと明けようとしている。
もう眠れないと判断した透耶は、側に置かれていた自分のバッグを持ってテーブルに座る。
何かしていないと鬼柳のことばかりを考えて駄目になりそうだった。
だから、紛らわそうと会社の書類を取り出して広げて目を通す。元々、帰ってきてから少しやろうとしていたモノだ。
ちょうどいいからと透耶はそれに取り組んだ。
仕事というスイッチを入れると、なんとか鬼柳の事を考えてしまう部分は少しは弱まった。
それでも気が付くと鬼柳の事を考えている。
「俺、どうかしちゃってる」
鬼柳以外の事しか考えられなくなっている。
「駄目だ。駄目。仕事ちゃんとしないと、恭にも呆れられる」
透耶はそう呟いて仕事に向かう。
自分が請け負ったものなのだ。それを途中放棄するなんて、鬼柳にも馬鹿にされるだろうし、会社にも迷惑をかける。
それだけはしてはならない。
そう何度も自分に言い聞かせる。
暗示をかける。
大丈夫、出来る。
そして恭は大丈夫、生きている。
その言葉を暗示のように繰り返して自分の中へと押し込んで行く。
そうしないと、透耶は自分が発狂してしまいそうな感覚に陥るのだ。
朝、石山が透耶を起こしに部屋に入った時、透耶はベッドにはいずに、側にあるテーブルに書類を広げてそれを必死になってやっていた。
まさか、ずっとやっていたのか?
と石山は思ってしまう。
透耶が眠れるようにと、物音を立てないように部屋は覗かずにいたが、それは失敗だった。
透耶が元から眠れるはずはないのだ。
「透耶様」
石山がそう透耶に話し掛けると、透耶はハッとして顔を上げた。
「もう時間ですか? もう少し待って下さい、これ終わらせますから」
透耶は淡々と答えてまた書類に目を落とす。
その姿を見て、石山は妙な違和感を覚えた。
透耶様ではない?という感覚だった。
透耶はてきぱきと言っていた仕事を済ませると、荷造りをして着替えた。
それがいつもと違うと思う石山の考えを確信させるものになっていった。
「あの……玲泉門院様から、迦葉様がいらっしゃってますが」
石山がそういうと一気に透耶の顔が緊張する。
「迦葉さんが?」
「はい、お待ちになっております」
「解りました。今行きます」
透耶は慌てて支度を済ませて、飛び出してくる。
そう石山の違和感は、透耶が鬼柳の事を自分から言い出さない事であった。
目が覚めたら真っ先に聞いてきそうな事なのに、透耶は意識的なのか無意識なのか、必要以上に鬼柳の事を言い出さないようにしているように見えた。
それが、そうしないと透耶が自分を保っていられないという無意識の行動であるのに気が付くのはもう少し後の事だった。
「迦葉さん!」
透耶は部屋を出るや否や迦葉を目にすると、飛びつくようにして縋った。
さっきまでの冷静な透耶ではなくなっている。
身内に会った安心感もあったのか泣きそうな顔をしていた。
迦葉は冷静に透耶を受け止め、一礼するとまず鬼柳の携帯を取り出してテーブルに置いた。
「これが透耶様の元実家の近くに落ちていた鬼柳様の携帯です」
そう言われて透耶は携帯をさっと取り上げて確認した。
鬼柳の携帯には、透耶が以前プレゼントした青いイルカとピンクのブタのストラップが付けられている。
こんなストラップ鬼柳がするばずないと透耶はプレゼントする時思ったが鬼柳は何の躊躇いも無くそれをしてくれた。
「透耶からのプレゼントだもんな」と笑っていた鬼柳の顔が浮かんできてしまう。
携帯は落ちた衝撃からか、角に傷が入っていた。
中を確認するとローマ字で住所録が出てくる。
日本語を苦手とする鬼柳らしい表記の仕方。
ただ透耶の項目だけには何も記して無い。
盗み見られたら困るからと鬼柳が気を使ったのか、それとももう暗記してしまっているからなのか。住所や電話番号には透耶とだけしか記されて無い。
履歴を見れば、鬼柳は京都に来てから、自宅にいる宝田にだけしか電話をかけていない。
この携帯は間違いなく鬼柳のものだ。
「携帯の事からして、深夜に申した通り鬼柳様は何者かに連れ去られたと考えて宜しいようです」
迦葉がそう言ったので透耶はハッと我に返る。
「……やっぱり……」
では目的は?
透耶はそう聞きたかった。
鬼柳を誘拐してどうにかする。それは鬼柳の実家関係とも考えられるのだが、そうした連絡が入るとすれば、透耶ではなく宝田に連絡が入っているはずだ。
その連絡すら今は無い。
「目的をお考えでしょう。主人、葵からの話ですが。透耶様、今何に関わってらっしゃいますか?」
迦葉に聞かれ、透耶は素直に祖父維新の会社だった所の仕事を引き受けている事を話した。
すると、迦葉は納得が出来たようだった。
「それでは、答えは簡単です。原因はそれです」
「か、会社の事で!?」
透耶は思わず叫んでしまう。
「他に透耶様に関わる事、そして鬼柳様に関わる事はありませんでしょう?」
確かにそうだった。
それで透耶もハッとする。
もしかして、玲泉門院から出た鬼柳は透耶と間違えて誘拐をしてしまったのではないだろうか?という事である。
何か手違いか、それとも透耶の方が現れなかったのか、それとも透耶の方がガードが固かったので鬼柳にターゲットを変えたのかは解らない。
だが、人違いではなく、透耶達を狙ったのは間違い無いという事なのだ。
「ど……どうして……」
透耶は目を見開いて迦葉を見つめた。
どうして会社に関わっただけで、こんな目に?
それは迦葉に伝わっていた。
「何か今合併の事で問題があるようですね?」
「ええ、確かに。でもそれは会社同士の問題で……」
他には何も聞いていない。
それは正直な答えだった。
「それだけではないようですが」
それは富永の印象だった。
「富永さん?」
「いえ、私が感じた事なのですが、どうも会社内でも何か問題があるように思えました。透耶様には直接関係ないと思いまして、報告はしなかったのですが」
「そうした些細な事で、馬鹿な行動に出るのも人間です」
迦葉がそう言った。
「そうですね。出過ぎた事とはいえ、報告すべきでした」
そうすれば、鬼柳はもっと身の回りを気を付けただろう。
富永はそう思い後悔していた。
「今でも構いません、報告して下さい。一体何が問題なのですか?」
いつもの透耶ではない、少し迫力がある言い方だった。
富永はそれに驚きながらも、些細な事ではあるが気になった事を透耶達に報告した。
「私が感じた事ですが、会社内では合併に賛成してない社員もいるようなのです。それを感じたのは透耶様が代理として入られた時なのですが、そうした反対派の社員がいる事に気が付きました。それを社長が話してらっしゃらないので、問題は水面 下では解決してなかったのではないかと思います」
本当にそれは透耶も気が付いて無かった事だった。
「それだけが原因とは思えませんが、何か裏があるのではと思うのです」
こんな事になった以上、こんな事でも調べなくてはならなくなってくる。
「今日、出社したら社長に聞いてみます」
透耶はそう答えた。
「会社関係で誘拐されたのなら、会社の方に身代金か何か連絡があると思いますよ」
迦葉がそう付け足した。
確かに今まで連絡が無いのは、会社の時間が過ぎていたか、社員が揃った所で無いと犯人に困る状況もあるのだろう。
連絡があるとしたら、今日、合併の話が出た時であろう。
それは透耶にも解った。
社内に犯人がいる。
それが解っただけでも透耶には良かった。
身近にいるならなんとか出来る。
自分が手に出せない状況だったら、透耶はさっさと合併話を纏めて飛び出すつもりでいた。
だが、すぐにそう出来る状況でない事も解っている。
恭の為に何か出来る。
それが今の透耶を支えている。
「後は会社で手がかりを掴んだ方が良さそうですね」
迦葉がそう言って話を打ち切った。
ここでいくら犯人の事を考えても仕方ないという事が解ったならもう話し合う必要はないからだ。
迦葉はそうした無駄な事を嫌う。
透耶もそれが解っているので頷いて話を終わらせた。
朝食を簡単に済ませると、透耶はすぐに出社した。
もちろん、迦葉も一緒にだった。
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