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22
1
夏の京都は暑い。
盆地特有の暑さであるが、透耶には懐かしかった。
久しぶりに地元に戻ってきた透耶は、駅から出て、周りを見回していた。
約2年ぶり。
両親が亡き人になって、家を処分してからは、一度も戻ってきていなかった。
墓参りすら透耶は参加しなかった。
それだけ、この場所は透耶にとっては辛い場所だった。
京都の街並を眺めていると透耶を鬼柳はジッと黙って見つめていた。
透耶にとって、ここもまた逃げ出した場所だった。
話を聞いていれば、懐かしくて戻りたいとは思っているが、戻れば自分が弱くなり、何かに縋ってしまう気がし戻らなかったのではないかという気がしていた。
今回戻ってきたのも、やはりきっかけは鬼柳だった。
やっと京都へ行く決心が出来て、行こうと言ったのだ。
逃げた場所へ戻る事は、怖いのだが、今、透耶はそうは思わなかった。
ジッと街並を見ていた透耶がやっと鬼柳の方を振り返った。
「さて、どうしようか?」
観光する場所はまだ決めていなかった。
寸前まで透耶も鬼柳も忙しく、何処を回るかまで決められなかった。
まず実家を訪ねるべきだろうが、観光して一泊してからでもいいだろうと透耶は判断したのだった。
「とりあえず、そこに入ろう」
鬼柳がそう言って指差したのは喫茶店だった。
荷物は駅のコインロッカーに預けて、身軽になっていたが、観光する場所を決めるのに、何も暑い外にいる必要はない。
ホテルにチェックインするにも、まだまだ時間が余っている。
「そうだね」
透耶は頷いた。
透耶達には、SPである富永も石山も付いて来ている。
ぞろぞろと喫茶店に入って、暑さが取れると、透耶はガイドを出して鬼柳に観光地の説明をしていた。
例のごとく、鬼柳は「透耶の京都記念旅行記録」を撮る為にカメラ持参である。
鬼柳は京都には来た事はなく、一応修学旅行で回るようなコースでも良かった。
アメリカ出身で日本に来た鬼柳だが、殆ど東京を出た事はなく、仕事では世界中を回っているくせに日本内はまだ回った事はなかった。
つまり、沖縄も初めてだった訳だ。
「本当に何処にも行った事ないんだね」
透耶がそれに驚いていると、鬼柳は頷いて言った。
「富士山も見た事なかった」
そう言われて笑ってしまう透耶。
新幹線で初めて富士山を見て、鬼柳はカメラを構えたからだ。
それには透耶も驚いたが、こう言われると納得する。
鬼柳は、日本に来たくて来たのではなく、カメラマンとして、師匠である人物を追って来ただけなのだ。
だから、日本自体には興味はなかった。
「これから色んな所を透耶と旅行したい」
鬼柳はストレートに言う。
透耶となら、何処へでも行きたいと思っているから言うセリフであるが、透耶は顔を赤らめた。
……なんか、照れる。
透耶も同じ様な事を考えていたからだ。
思考回路が似てきた二人である。
とにかく何処を回るかを決めた所で、実家と玲泉門院の本家、そして墓参りの順番を決めていると、透耶達が座っている席に向かって、スーツを着た50才くらいのおじさん集団がやってくる。
まずそれに富永が気が付いた。
鬼柳に目配せすると、鬼柳もそれに気が付いていた。
何だろうと思っていると、二人の席の前に立ち止まったのである。
それにやっと気が付いた透耶も顔を上げておじさん達を見上げた。
だが、すぐに透耶がしまったという顔をした。
おじさん達は透耶の顔を確認すると、切羽詰まった顔を綻ばせてこう言った。
「社長代理! お待ちしておりました!」
おじさん達は声を揃えて透耶に向かって頭を下げた。
店内は騒然。
透耶は頭を抱えている。
だが、鬼柳にはさっぱり意味の解らない展開である。
「誰が社長代理だ……」
透耶は低い声で言って顔をあげるとちょうど鬼柳と目が合った。
「代理?」
鬼柳が首を傾げて聞いてきた。
ここで説明しないと一生聞かれそう……。
透耶は思わず鬼柳から目を逸らしてしまう。
とにかく、どっちをどうするかと透耶が迷っていると。
「社長ー!」
と、大きな声を上げて、もう一人のおじさんが走ってやってきた。
店内はもうこの集団が何者なのかで騒然としているのに、大声でやってくるとはと透耶は頭が痛くなったが、それに負けじと大きな声で言い返した。
「社長は貴方でしょうが!!」
そう言い返した透耶に、社長はきっぱりと言い返す。
「いえ、私こそ代理です。社長は貴方なのです!!」
こう言われて透耶は頭を抱えてしまう。
どうして、この人はいつもこうなの!?
もう……どうにかしてー!
心で叫んでも、昔のままの調子でやられてしまい、透耶も困惑してしまう。
社長に幹部らしきおじさんが勢揃いして、高校生らしき人物を社長代理と呼んで取り巻いている姿は、ここでは目立って仕方ない。
「取り合えず、座れば?」
何がどうなっているのか解らないはずの鬼柳がそう言っておじさんの暴走を止めた。
もちろん、自分は席を外す気はない。
おじさん達の為に、富永と石山が席を開け、そこへ代表して、社長と幹部一人が座って、後は別 の席に移動し、なんとか収まる。
「一体、何なんですか?」
透耶はそう聞いた。
何がどうなってというのも、透耶でさえ解ってない。
まさか、京都へ来る事まで嗅ぎ付けられているとは思いもしなかったのだ。
それが人目を気にせずの行動には訳があるはずだ。
そう思って聞いたのである。
「ありがたい。社長、話を聞いて下さい。大変なんです」
社長が透耶を社長と呼ぶことに透耶は抵抗があり、否定する。
「俺は社長じゃありません。貴方が社長ですってば……」
額に手を当てて透耶が呟く。
「大変って何だ?」
透耶に変わって鬼柳が理由を聞いた。
鬼柳の圧力のある言い方に、社長はごくりと喉をならしてから説明する事にした。
ここでは、透耶に話しを通すよりも、鬼柳に話を通す方がスムーズに行きそうだったからだ。
「それが合併の事なのですが」
社長が話を進めていくと、透耶もその話に聞き入った。
合併の話は、前からあった事だったからだ。
「やっぱり、合併ですか」
そう言った透耶の表情は、いつもの柔らかい表情ではなく、仕事をしている時に見せる真剣な顔だった。
その変化に鬼柳は驚きながらも話を中断しなかった。
「はい。それは避けられない状態です。初めは旨くいっていたのですが、こっちの腹をみて値踏みしてきたんです。しかも社長がなさっていた時の経営状態だけを見て「この人物を呼んで話をしたい」などと言い出しまして」
社長は困った顔でそう言った。
透耶との約束では、一時代理をするだけの繋ぎとしてだけの経営だけは手伝った。だからそれ以後何があっても手伝いはしないという約束がなされていた。
それなのに、会社を維持する為にはどうしても透耶の力が必要になってしまったからだ。
「社長はもう辞めた方だからと言ってもきかなくて、合併条件として社長を呼び出ししないと話には応じないとまで言い出して」
幹部がそう言うと鬼柳が言った。
「つまり、そことが一番条件がいい訳だ。透耶の件さえクリアすれば会社は倒産しなくて済むと」
鬼柳に的確に言われ、社長と幹部は頷いた。
「国内ではいい条件の場所は幾つかはあるのですが、これから先の事は社長が一番よく解ってらっしゃると思います」
そう返されて、透耶はうーんと唸った。
ああ、あれか。でも俺に用って何だろう?
別に俺がいなくても出来るようになっているはずだし。
自分が呼ばれる理由がさっぱりな透耶。
透耶が考え込んだ所で、鬼柳が透耶に聞いた。
「透耶は社長なのか?」
透耶の仕事関係は、小説だけと思っていたが、実家がかなりの資産家である事は聞いている。透耶がその後を継いでいてもなんら不思議はない話である。
だが透耶は否定する。
「違うよ!」
「そうです!」
透耶が否定するのと同時に、当の社長が頷いたのである。
ややこしい話になっている。
「どっち?」
鬼柳は社長を無視して透耶に聞いた。
透耶が鬼柳に隠し事をする必要はない訳で、社長の話よりも透耶の方の話を信じるから透耶に聞くのだ。
それにしても社長同士が社長ではないと言い張るのだから妙な話である。
「俺のお祖父様の会社だったんだよ。でも今は親類である、この黒田社長が引き継いでいるの。俺は引き渡しの時にお祖父様の書類の整理を少ししただけなの」
透耶がそう説明すると。
「少しではありません!」
社長が猛反発する。
この人の激情型性格をどうにかして欲しいと思う透耶である。
「代理は企画書や、沢山の設計図まで残して下さいました」
「代理にしか理解出来ないのでは、我々ではどうにも出来なかったのです」
その説明が出て、鬼柳はやっと納得出来た。
「そこに目を付けられたのか」
「そうです!」
透耶と一緒にいる鬼柳の方が状況を理解出来ているようである。
透耶は透耶で困惑してしまっている。
聞いた鬼柳は、なんだか透耶も自分と同じ事をしてきていると思った。
「もしかしなくても、それって応用させないと使えなくなってないか?」
鬼柳がそう言ってきたので、透耶はびっくりしながらも頷いた。
「そう。市場変化に応じて、プラスしたりマイナスしたりできるようになってるんだ」
透耶はそう答えた。
それを聞いた鬼柳は、やはりと溜息を吐いた。
同じ事をやっている。それが感想。
「恭、すごいや。何で解ったの?」
「俺も同じことして、エドに再構築やらされたから」
鬼柳はブスっとして答えた。
そう言われて透耶は思い出した。
「あ、先月末まで忙しかったあれ?」
「うん」
鬼柳が頷いて透耶は納得した。
どういう経路で鬼柳がエドワードの仕事の手伝いをする羽目になったのかを知らない透耶は、ただ単に小遣い稼ぎと言った鬼柳の言葉を信じていた。
その仕事は物凄い忙しいもので、朝早く出たと思えば、深夜になる事もあり、休みかと思えば午後から呼び出されたりで、まるでエリートサラリーマンぶりだったのだ。
その不満は、透耶とのセックスの方に出てしまった為、透耶の方が酷い目にあっていたのは事実。
透耶に触る時間が短いと言っては、帰って来てからは側から離れないし、最初に監禁されていた時のような事になっていたのである。
しかし、似た様な事をしてきて、求められてしまう二人。
やはり似た者同士という所だろうか?
「で、透耶は何をすればいいんだ?」
鬼柳がそう社長に切り出した。
「恭?」
会社を助ける為に透耶が何をやったらいいのかを聞いている鬼柳を、透耶は不思議な顔で見上げている。
鬼柳は渋々という風に答えた。
「どうせ、透耶の事だ。見捨てて逃げるなんて出来やしないだろ?」
見透かされたように言われて透耶は頭を掻いてしまう。
……さすが恭だ。
すっかり性格を掴まれている透耶である。
透耶にこの状況で逃げる事など出来はしないのは、鬼柳には良く解っていた。自分が残してきたモノの為に社長が苦しんでいるのは見て解るだけに、逃げる行為は今の透耶には出来ない。
前に進む為にここへ来て、会社から逃げる事は透耶はしない。
「逃げ切れないなら、さっさと終わらせた方がいいに決まっている」
鬼柳はハッキリと言い切った。
確かに旅行に来て、しかも透耶の地元を訪ねて来てこれではたまったものではない。
面倒な事はさっさと済ませるべきである。
透耶が必要なら、今だけ貸して、後で必要のないようにしてしまうのが一番手っ取り早い。
「出来れば、明後日までに相手先に説明出来るようにして欲しいのです」
「休暇中というのは重々承知してます。ですが、お願いします」
20才も離れた人に頭を下げられてしまうと、透耶も断われなくなってしまった。
できれば、この京都旅行は、鬼柳の為にと思っていたのだが、透耶は三日は仕方ないと諦める事にした。
「俺なんかで説明できるかどうか解りませんが、やれるだけやってみます」
透耶がそう言うと、社長幹部は更に頭を下げた。
「代理は一時的な事というお約束を破ってしまって申し訳ありません」
今にも泣き出しそうな社長。
透耶もこういう社長を見ると、もうこれは仕方ないと思ってしまう。
「頭を上げて下さい。元々は俺がちゃんとしてなかったのが悪かった事ですし。ちゃんと引き継ぎ済ませます」
やりかけだった事はきちんとしたい性格の透耶は、一度決めた事はちゃんとやる。
透耶が笑ってそう言ったので、社長は驚いた顔をしていた。社長の驚きは、透耶がそんな事を言って笑いかけてくれると思ってなかったからだ。
そんな社長を見て、鬼柳はその驚きにやはりと思った。
昔の透耶と言えば、冷淡なイメージがあると綾乃から聞いていたので、ちょうど怪我した時、そして両親や祖父を同時に失った後の透耶はかなり壊れていたはずだ。
その時、どうだったのかを知っている人物に会うのも話が聞けていいかもしれないと鬼柳は思っていた。
元々京都旅行に賛成したのは、透耶が言い出した事なのだが、鬼柳には別 の目的もあった。
透耶がここでどう生きてきたのか、その過去を知りたかった。
しかし、この時の鬼柳はこう思っていた。
さすが俺の透耶、何でも出来る。
ちょっと馬鹿である。
京都に着いて早々、透耶は祖父が経営していた会社へ行って手伝うことになってしまった。
会社は、建設と設計をする会社なのだが、今は不況もあり取引先が減っている。
ホテルの部屋の内部のインテリアも透耶の提案で始めていた。今回、倒産まで免れたのは、インテリアの部門が強かった事で、合併ではあるが救われているのである。
合併の件も透耶の残した案の中にあった。
暫くは透耶の祖父維新が残したデザインでやってはいけるだろうが、それだけで生き残れる世界でない事は誰にでも解る。
その事で透耶は幾つかの企画と膨大な設計を維新と共に残してあった。
ただ旨く引き継ぎが出来てなかった為か、今回のような事が起ってしまったのである。
透耶が残した設計には、面白いデザインと企画がある。
今回はそれに目を付けられてしまったらしい。
普通なら気が付かないだろう些細な事に気が付いた合併先の社長は目がいいのだろう。
さっそく話が纏まって透耶は鬼柳と共に会社へ向かった。
車に乗ってから、鬼柳は始終黙ったままで、透耶と社長の話に耳を傾けていた。
「俺のデザインは、ただ遊んでいるだけなのに……」
自分のデザインを誉められて、透耶はそう答えた。
「その遊びがアメリカでは受けると言われたんです」
「そんな事言われても、なんだか悪い気が……更に増すだけなんですけど」
透耶は自分のデザインは、全て祖父との遊びから生まれたモノだと言い張った。
本当にそういう家があれば面白いという程度のモノだったのだが、それを維新の意見も加えて設計だったから、余計に透耶は悪いと思っている。
「代理、そのデザインがあれば、うちは安泰なのです」
「そうです。その整理だけお願いしたいのです」
車に乗ってからも透耶が納得出来ないと言うので、社長と幹部は必死に説得している。
下手するとデザイン案を減らされてしまうかもしれないから必死である。
透耶だけにしか解らないモノだから、減らされても困るのだ。
そういう遊び心が入っているモノが今受けている事を透耶は知らない。
とにかく、京都について早々の出来事で、透耶と鬼柳は旅行どころではなくなってしまったのである。
会社に入ると、透耶の事を良く覚えている社員には大歓迎で迎えられてしまう。
透耶は困惑しながらも、懐かしい人達が元気で働いている姿を見て、また会えて嬉しいと思った。
にこやかに笑って、少しだけお世話になりますと頭を下げて、挨拶をする透耶。
その透耶を見て。
「なんか、代理って、色っぽくなってないか?」
「ああ、それ、俺も思った」
「だよな」
「男だって解ってるのになあ」
と男子社員は言い。
「ねぇねぇ、代理と一緒にいた男の人って何者?」
「ちょーカッコイイ!」
「背が高いし、モデルかしら?」
「え? じゃあ、光琉関係かしら?」
と女子社員。
だが、双方が最後に出た言葉は同じだった。
「どっちにしろ、並んでいると圧巻だよな」
男同士であろうが、二人が並んでいる姿を見るのは目の保養になったのである。
社長室に通されると、透耶はさっそく書類を手渡された。
それに目を通そうとしたが、ハッとして鬼柳を見上げた。
「恭……あの」
透耶が、ごめんと謝ろうとすると鬼柳はニコリと笑って言った。
「その設計図見ていい?」
透耶の前に差し出された書類と設計図を指差した。
「あ、うん、いいよ」
鬼柳が見てもどうこう出来るモノではないので透耶はすぐに頷いた。
鬼柳はそれを受けてさっさと透耶の隣に座ると、設計図を広げて黙ってしまう。
……もしかして、俺が謝るのを止めたのかな?
隣で悠然として設計図を見ている鬼柳を見上げてしまう透耶。
もう、そこまで気を使わないでいいのに……。
いつもの我侭鬼柳ではなく、いやに大人しい鬼柳に何故か妙な違和感を覚えてしまう透耶。通 常ならば邪魔をしにきた社長達を振り切ってでも透耶を連れて行ってしまう鬼柳なのに、今日というか、京都に来てからの鬼柳は何処か違う。
今まで以上に透耶に関わる全てに関わろうとしている。透耶にはそんな気がした。
そんな透耶と鬼柳の関係がいまいち解らない社長はやっと鬼柳の存在の事を透耶に尋ねる。
「あの、失礼ですけど。この方々は?」
そう聞かれて透耶は、鬼柳の事や富永や石山の事も説明してなかったのを思い出した。
……忘れてた……。
いつも一緒にいるものだから、透耶にとってはいつものメンバーな訳だが、他の人にはそうではないのである。
鬼柳の事は同居人で、富永と石山はそのままSPだと説明をした。
「え? あのその鬼柳さんにですか?」
SPを付けているのは鬼柳の方だと思われてしまい透耶は慌てて自分の方だと説明した。どうしてSPがという質問は返ってこずに納得されてしまった。
……何故、納得なの?
と透耶は不思議に思ってしまったが、透耶は自分が資産家である事を失念していた。
仕事はとりあえず夜遅くに中断して、ホテルに戻った二人。
だが、透耶の頭の中は仕事の事でいっぱいだった。
「透耶~。ちょっと仕事忘れよう」
鬼柳はそう言って、ソファに座っている透耶を押し倒した。
「うわっ! 恭……っ」
いきなり押し倒しれたものだから、透耶は驚いてしまう。だが鬼柳を見上げると、仏頂面 の鬼柳を見ると、やはり悪かったと思ってしまった。
「ごめんね」
透耶はそう謝って鬼柳の首に手を伸ばして引き寄せてキスをした。今は誰もいない、二人っきりなので、透耶も大胆になる。
もちろん、鬼柳もそれに応じる。
けれど、そうなると主導権は鬼柳に移ってしまう。
優しいキスから、飢えている猛獣のようなキスへと変わっていく。
「……んっ……」
こうなってくると、もう仕事の事など考えられない。ただ与えられる快感を追うだけになってしまう。
「は……んっ」
唇が離れると、透耶は深く息を吐いた。
鬼柳は頬や耳などにもキスをし、それが首筋へと降りてくる。
手は既にTシャツの中へと潜り込んでいる。
「あっん……」
突起を撫でるように弄られると、透耶の身体が抵抗するように動いた。
耳を攻めながら、突起を弄り、さらに片手でズボンを脱がそうとすると透耶がそれを止めた。
「……ん、だめ」
「なんで?」
「なんでって……ソファが汚れるから……」
絶対ソファでやろうとしているに決まっているから、透耶はそれだけは止めたかった。
「じゃ、ベッド」
「だめ……んっ」
駄目だと繰り返す透耶自身を鬼柳が掴んだ。
「こんなになってて、どうすんだ?」
既に反応して立ち上がっているモノを掴まれて、透耶は顔を真っ赤にする。
……ストレートに言わないでよ……
どうするって、どうしよう。
ホテルでするには抵抗がある透耶。
それも、ソファが汚れていたら不審に思われるし、男同士のベッドが乱れてたら、やはり不審な目で見られる。
何日も泊まるホテルで、それだと透耶はやはり恥ずかしい。
「決められないなら」
鬼柳はそう言って、透耶自身を扱いた。
「やっ!あっ!」
いきなり襲ってくる快感に透耶は、さっきまで考えていた恥ずかしいと思っていた事が吹っ飛んでしまう。
透耶の快感になる場所を心得ている鬼柳は、開いた手で透耶のズボン下着を脱がしてしまう。
「ぁん……ここ……で……んっ」
駄目だと言おうにも、鬼柳は手を止めない。
もう我慢出来ないとばかりに、どんどん先へと進めて行く。
いつの間にかローションをつけた指が入り込んでいる。
嘘っ!
本気でここでやるつもり!?
「あっ! 恭!」
止めようとしたが、その手を取られてしまった。
「透耶も限界。俺も限界」
などと鬼柳は訳の解らない事を言っている。
どういう意味なんだよー!
そう叫ぼうとすると、取られた手が鬼柳自身にあてられる。
ズボンの上とはいえ、すっかり立ち上がっているモノははち切れんばかりになっている。
「前の晩出来なかったし。俺、透耶の中に入りたい。これ入れたい」
鬼柳はそう言って、穴から指を引き抜くと、自分のズボンと下着を脱いだ。
目の前に現れた鬼柳自身は、もう先走りの液が溢れている。
「なんで、そう恥ずかしい事を言うのかなあ……」
透耶がそう言うと、鬼柳は真面目な顔をして言い返す。
「恥ずかしくない。俺の気持ちそのまま」
「だから、それが恥ずかしいの」
「二人っきりじゃねぇか。誰も聞いて無いよ」
「二人でも恥ずかしいの」
「透耶は恥ずかしがり屋だなぁ」
鬼柳はそう言って、透耶の額にキスをする。
俺が恥ずかしがり屋じゃなくて、恭がデリカシーがないだけだ!!
「駄目?」
顔中にキスをしながら鬼柳はそう聞いてくる。
顔を覗き見ると、まるで主人の承諾を得る為に、待てをしている大きな犬のように見える。
まあ、さかってる犬であるが。
でも、これじゃあ、収まりそうになさそう……。
当然、収まる訳は無い。
「ん……解った」
透耶は頷くしかなかった。
これ以上焦らしたら、どうなってしまうのかを考えた方が恐ろしい。
鬼柳は透耶の返事を聞いて、嬉々として透耶の足を持ち上げた。
「我慢出来ない」
耳元で囁いてから、鬼柳はゆっくりと透耶の中へと入って行く。
「んんんっ」
入ってくる圧迫感はやはり簡単に慣れるものでは無く、透耶は必死に鬼柳にしがみついてそれに耐える。
「……透耶、息吐いて。まだ半分しか入って無い」
んな事言われてはいそうですかと出来るものではない。
「できな……い……」
いつも出来ないでいるから鬼柳もやり方は解っている。
透耶自身を扱いてやると、透耶が甘い息を吐く。
「あ……はぁ」
透耶が力を抜いた所で、一気に中へと入り込む。
「んんっ!」
「……はぁ、やっぱ、透耶の中最高。熱くていい」
中に入り切った鬼柳はそんな感想を洩らす。
「どうしてっ!あっ!」
どうしてそういう事ばっかり言うんだ、という言葉は鬼柳が腰を二三回動かした事で呑み込まれてしまう。
「何か言った?」
意地悪そうな質問に透耶は鬼柳を睨み付ける。
それが誘っているとしか見えないと何度言っても透耶には通じない。精一杯なのだろうが、それが可愛くて仕方なくなる鬼柳である。
「もう……ソファ、汚れる……」
ここまできて、どうでもいい事を透耶は言ってしまう。
それでもこのセリフは言わない方がよかっただろう。
「今更、もう透耶のでグショグショだよ」
鬼柳はこう返してくるからだ。
真っ赤になった透耶が怒鳴ろうとすると、それを阻止するかのように鬼柳が動き始める。
「……あっ……ん……」
言葉を阻止されてしまったのだが、それでも急激な快楽には勝てない。
次第にその波に呑まれてしまう。
部屋の中は、透耶の甘い喘ぎ声と鬼柳の息遣いだけ。
激しくキスをしあいながら、同時に快楽に溺れる。
絶頂を迎えるのも一緒。
「はぁ……はぁ……」
完全にダウンしている透耶に鬼柳はキスをしまくる。
愛おしくて仕方ないとばかりに、顔中にキスを降らせる。
「透耶……愛してる」
「ん……恭、愛してるよ」
「やっぱ、透耶の中が最高だ」
「それは言わなくていいんだ、馬鹿……」
やっぱりデリカシーのない鬼柳である。
急な事で、会社に拘束されてしまった透耶は、翌日も会社まで付いて来てくれた鬼柳にやはり謝ってしまった。
「ごめんね、恭」
一日中、暇な社長室で訳の解らない話を聞かされている鬼柳が気の毒になってしまう透耶。
だが、鬼柳は笑って言う。
「俺の事はいい。透耶は仕事に集中してろ」
「でも」
集中してしまうと鬼柳の事を忘れて没頭してしまうから余計に透耶は気になってしまう。
本当なら、観光をしている頃なのにと透耶が思っていると、鬼柳が何か思い付いたように言った。
「そうだ」
「何?」
何だろう?
透耶は首を傾げて鬼柳を見上げる。
「俺、先に玲泉門院を訪ねていいか?」
鬼柳がいきなりそう言った。
「一人で行くの?」
いきなりな言葉に透耶は驚いていた。
玲泉門院には確かに行くとは言ったが、一人で行くと言い出すとは思ってもみなかったのだ。
一瞬不安になる透耶。
「透耶忙しいし。一人で話を聞いてみたい。駄目?」
確かに透耶は今日は一日鬼柳に構ってられないくらいに忙しいスケジュールをくまれている。
その間、鬼柳が暇をする事は解り切っている。
……暇だから行くという場所じゃないけど。
恭なら大丈夫かな?
「解った。葵さんに電話しておくね。時々、ふらっといなくなる事があるから」
きっと、側にいると俺が気にすると思ったから言ったんだろうし。
ただ単に鬼柳が暇だと口にする訳がないから、透耶もこの方がいいだろうと思った。
ただ不安なのは、本家にいる人物の事だけだ。
そんな不安もあるが、取り合えず本家に電話を入れる透耶。
「透耶です。お久しぶりです」
透耶はそう言って、電話に出た相手と親し気に話をすると、鬼柳が一人でそっちを訪ねる事を説明した。
頷いて聞いていた透耶が。
「じゃあ、大丈夫ですね」
と念を押して電話を切った。
「あのね。今、葵さんは出掛けてるけど、お昼までには戻るから、今から訪ねても大丈夫だって」
透耶がそう言うと鬼柳は頷いた。
「会社の人に送って貰うようにするね」
透耶が言って手配しようとすると、鬼柳はそれを断わった。
「会社は忙しいんだ。タクシーを呼んでくれたら一人でいける」
透耶の頭をくしゃくしゃと撫でて鬼柳はそう言う。
「そう?」
ん、まあ、子供じゃないんだから大丈夫だろうけど。
旅慣れしている鬼柳には場所さえ解っていれば、何でも無い事である。それでも透耶は不安である。
「帰りもタクシーにして、そのままホテルに戻るようにするよ。どうせ、時間かかるだろうしな」
どんな話にせよ、鬼柳が聞きたい事は山程ある。
それに葵という人物が曲者だと聞いているから、通常の話では終わりそうにはない。
透耶もそれは解っているので頷いた。
「うん、そうだよね……」
葵さんと普通に話ができる訳ないよね……。
一緒にいた方が何とか話を修正出来そうだけど、恭は一人で行きたいと言ってるし。
京都行きが決まってから、葵さんの話を聞きたがってたし、仕方ないのかなあ。
透耶はそう思って諦めて、玲泉門院本家への住所を書いた紙を鬼柳に渡した。
「じゃ、行ってくる」
鬼柳はそう言って、透耶の額にキスをした。
「いってらっしゃい」
透耶も笑っていつものように「いってらっしゃいのキス」をしようとしたのだが、ここが何処か思い出してハッとした。
振り返ると、社長以下幹部が埴輪になっていた。
……うわっ、ここが何処だか忘れてた。
思いっきり会社の社長室で、社長や幹部、それに秘書までが勢揃いをしているのである。
それを思い出して透耶も固まってしまう。
他の埴輪になっている人々を見て、鬼柳は苦笑する。
「透耶、約束だぞ」
鬼柳は固まっている透耶に耳打ちをする。
それで透耶はハッと我に返る。
約束、それは如何なる場所であろうとも、鬼柳が出かける時にはいってらっしゃいとおかえりのキスをする事である。
「え、だって」
透耶は真っ赤な顔をして言い淀む。
恥ずかしい……。
……どうしてもしなきゃ駄目?
そうした言葉を口にしなくても、透耶の瞳から受け取った鬼柳は、埴輪になっている人達に向けて命令をした。
「回れ右」
その命令に埴輪軍は慌てて回れ右をしてしまった。
こういう事は条件反射なのだろうか、どうしても身体が反応してしまうのである。
それを見てから鬼柳はニコリとして透耶の前に顔を持っていくと、自分の唇を指差した。
それを見ると透耶は苦笑してしまう。
こういうのには、すごくこだわるよねえ……。
それに透耶の仕事が決まってから、鬼柳が念願だった旅行先Hも出来てないのである。
それを考えると、鬼柳が不憫でならなくなってしまう透耶である。
これだけは譲れないという鬼柳も気持ちも解ってしまう。
だから、それに応じてしまう。
軽くキスをして離れようとしたのだが、鬼柳はわざと透耶を捕まえて深いキスをしてきた。
「……んっ!」
驚いて文句を言う為に離れようとしても、鬼柳は離してくれない。
……うそっ!
やだもうー!
信じられないと思ってはいても、いつものように舌を絡められるとそれに応じてしまう透耶である。
十分にキスを楽しんだ鬼柳がやっと透耶の唇を離した。
「……はっ……」
やっと離れた時には、透耶は鬼柳に凭れかかってしまった。 それくらいに真剣で強烈なキスだった。
「……もう」
文句を言おうにも、満面の笑みの鬼柳を見ると透耶は何も言えなくなってしまった。
元々、正気ではなかった透耶が、何処でもいつでもキスくらいすると言ってしまい、ディープキスをした事も関係している。
「ほら、そんな顔、他の奴に見せるなよ」
頬にキスをしながら鬼柳がそう言うと、透耶はハッとして鬼柳から身体を離した。
「きょ、恭がっ!」
そこまで叫んで、透耶はバッと自分の口を押さえた。
今居る場所を思い出したのだ。
……恭がさせたくせに。
透耶は黙ったままで鬼柳を睨み付ける。
「行ってくる」
クスクス笑って鬼柳は透耶の頭を撫でた。
……もう、恭には適わないよ……
透耶はそう脱力してしまった。
鬼柳が社長室を出て行くと、回れ右をしていた人達はやっと透耶の方を振り返った。
驚いた顔のままの人達に透耶はどう説明していいのか困惑してしまう。
「あ、あの、アメリカ人だから、ほら、挨拶みたいなもので」
と、苦し紛れに言うのがやっとであった。
社長以下幹部達は。
「代理の私生活の事だ。追求する必要はない」
「そうです。関係ないです」
「それに何をしてたかなんて見てませんし」
とコソコソと言っていた。
鬼柳が透耶の額にキスしたのは見ていたが、その後何をしていたのかは見てないので憶測なのだが、間違いないだろうとは思うが、追求する必要はないと割り切って考える事にした。
追求した所で怖い答えが返ってきそうで聞くに聞けないというのもある。
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