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19
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天井には青空の写真。
そして壁には南国の花や家々の写真が所狭しと貼られていたからだ。
それは、感動して声さえ上げられない程のモノだった。
写真を見つめたまま動かなくなってしまった光琉を見て、透耶は苦笑してしまう。
……やっぱ誰でもこうなるよねえ。
最初、これがセッティングされた時、透耶も光琉と同じように動けなくなってしまったからだ。
やっと息を吹き返したように光琉が言った。
「……すげぇー! これ、全部鬼柳さんが撮ったのか!?」
光琉は興奮したように聞いてくる。
透耶は頷いて説明をした。
「うん、そうだよ。そっちの大きいのは俺が撮ってって頼んだ、沖縄の空の青」
透耶はそれを見つめて言った。
あの青が欲しいと言った時、鬼柳はやろうと言った。
それがこうしてここに残っている。
「綺麗だな」
光琉は素直に言っていた。
絶賛する言葉など、「綺麗」という一言だけでいいと思ってしまうくらいに、鬼柳の風景写 真は光琉の心を掴んでいた。
「うん、恭が撮るとね。全部綺麗に写って見えるんだ。それに俺、恭がカメラ持ってファインダー覗いている姿って好きだよ」
透耶は本当にそう思っていた。
透耶の知らない顔をする鬼柳。
それがファインダーを覗く時だけに見られる、その力強さが、とても好きだった。
「こういう仕事をすればいいのにな」
光琉はそう言ってしまう。
だが、透耶は首を横に振った。
「うん、そう思うけど、恭は仕事にはしたくないみたいだから」
「でも、確か報道の方をやってたんだよな」
「うん」
「辞めたのか?」
「……辞めた訳じゃない。今は休暇だって。……でもそれは今はまだ」
透耶はそう言って黙り込んでしまう。
すると透耶は部屋の隅に置かれているパネルが重ねられた場所を見つめていた。
一枚だけ丁寧に梱包されているパネル。
他はどうでもいいという置き方なのに、そのパネルだけは大切にしている感じだった。
透耶は寂しそうな、そして何かを考えている様な顔をしていた。
それに何かがある。
でも光琉には聞く事が出来なかった。
だが、ある程度予想は出来た。
あれが原因なのだと。
「透耶」
パネルを見つめていた透耶が我に返って光琉の方を振り返った。
「ん? 何?」
「ちゃんと考えているか?」
主語を抜いた光琉の質問。
でも、それだけでも透耶には光琉が何を言っているのかは、嫌と言う程解っていた。
自分でも、ずっと考えてきた事だから。
「解ってる。ちゃんとする。ただ切っ掛けが欲しいだけなんだ。それがあれば俺が背中を押して上げられるかもしれない」
透耶は光琉を真直ぐに見つめてそう言った。
その意志の強い瞳に光琉は目を反らせてしまう。
「なら、いいんだ。俺は透耶が先に死ぬのは見たくないんだ」
光琉は吐き出すようにそう言った。
その言葉に透耶はハッとした。
玲泉門院で、最後に残されるのはこの双子の、透耶と光琉だけ。
「俺だって嫌だ」
透耶は泣きそうになってしまう。
どう考えても、先に逝くのは自分の方だからだ。
事故もなく平和に暮らしたとしても、鬼柳の年令が40歳に達すれば、透耶も一緒に死んでしまうのだ。
やはり、どうやっても光琉を残して行くことになってしまう。
光琉が鬼柳より年上の人と恋愛し、結婚でも何でも、心が通じなければ、確実に透耶の方が先になってしまうのだ。
決定してしまっている事を、透耶は光琉に説明はしなかった。それは光琉が一番よく解っている事だからだ。
そして光琉がそう言うのは、なるべく先の話にしておきたいという気持ちが言わせているだと透耶も解っていた。
暫くして、二人は平静を取り戻した。
誕生日なのに暗い話になってしまって、二人は顔を見合わせて首を傾げた。
……どっから話がズレたっけ?
である。
さすが双子。
ボケている箇所が同じである。
地下から一階に上がって、透耶の書斎で鬼柳の合図を待っていると、綾乃がやってきた。
綾乃が宝田に案内されて書斎へ入るや否や。
「先生ー」
「綾乃ちゃーん」
と呼び合って仲良く抱擁での挨拶をする。
とはいえ、二人とも昨日会ったばかりである。
一通り抱擁が済んだ所で綾乃が透耶にプレゼントを渡した。
綾乃から貰ったのは、何故か防犯用ブザーだった。
「……綾乃ちゃん?」
透耶が訳解らない顔をしていると綾乃は真剣に使い方を説明している。
「だって、先生一人だと危ないし、家の中だって今は安全とは言えない時代なのよ。持ってて」
そう力強く言われてしまい、透耶は有り難く受け取った。
……まあ、使うことにならないのが一番いいことなんだけどね。
そう思ってしまう。
プレゼントの説明が終わった所で、綾乃はここに光琉がいる事に初めて気が付いた。
そして透耶を見て言った。
「これ、誰?」
不思議そうに聞かれて、透耶は笑ってしまう。
クラシック三昧の綾乃は殆どテレビを見られない状況にあるらしい。そのせいで、光琉が何者なのかが解らないのだ。
「俺の弟の光琉だよ。光琉、こっちは真貴司綾乃ちゃん。沖縄で知り合った親友だよ」
透耶はそう二人を紹介した。
すると、綾乃は首を傾げて言った。
「先生って、確か双子だったよね?」
「うん、そうだよ」
「じゃあ、どうしてこんなに似てないの!?」
真剣にそう綾乃に言われてしまって、透耶は爆笑してしまう。
鬼柳と同じ事を言っているからだ。
光琉もここまではっきりと似てないと言われて、驚いていた。内心、年下だろうがなんだろうが、こいつすげーという所である。
「そ、そんなに似てない?」
「うん、まったく似てない」
綾乃はやはり鬼柳と同じセリフを言う。
今まで似ていると散々言われ続けていただけに、この似てない攻撃はある意味新鮮だった。
「沖縄って、この間の行方不明の時? 何やってたんだ?」
どうやっても綾乃と知り合うきっかけが思い付かない光琉が質問をしてきた。
透耶はその経緯を説明した。
最初の出会いの所では、綾乃が一生懸命補足を加えたりして大慌てだったが、なんとか光琉に理解できる内容で説明出来た。
「そうなんだ。ま、宜しくな。えーと、俺は光琉でいい。綾乃って呼んでいいか?」
光琉は気さくに綾乃にそう言って握手を求めてきた。
「ええ、呼び捨てで結構です。じゃあ、私は光琉君の方がいいかしら?」
綾乃も光琉の差し出した手を受けて、そう言った。
「ok 綾乃。あ、敬語無しな」
「これから宜しく、光琉君」
二人はニコリとして握手をした。
綾乃は光琉が芸能人だと知っていても、まったく普段と変わらない態度で光琉に接していた。
それが光琉には好印象を与えたらしい。
綾乃の方も、光琉の気さくさに好印象を持った。
自己紹介が終わって雑談をしていたが、透耶はやり残した仕事が気になって、そっちの方に没頭してしまった。
こうなると、余程の事がない限り中断させる事は出来ない。
綾乃も光琉もそれが解っているので、透耶は置いておいてお互いの事を話していた。
そうしていると、来ると言っていたエドワードがやってきた。
綾乃は一度会っているが、光琉は初対面である。
突然現れた壮絶な美形の外国人に光琉はポカンとしてしまった。
「やあ、綾乃、元気そうだね」
エドワードはまず綾乃に話し掛けた。
「はい、沖縄の時はありがとうございました。それから、コンクールの時、花束まで送って下さってありがとうございます」
綾乃は丁寧にエドワードに礼を言った。
エドワードは無表情で何を考えているのか解らない。
「透耶は仕事中のようだね」
「はい、もう話し掛けても無駄な状態です」
エドワードも透耶の集中力を知っているので、透耶への挨拶は後回しにする事にした。
そして、その場にいた光琉を見ると少しだけ笑って言った。
「もしかして、透耶の弟の光琉かな?」
エドワードにいきなり話し掛けられて、光琉は慌てて返事をした。
「はい、弟の光琉です。こんにちは、初めまして。兄がいつもお世話になっております」
光琉はソファから立ち上がって頭を下げて挨拶をした。
……もしかして、鬼柳さんが言ってた外国人のパトロンの一人ってこの人なのか?
という驚きと同時に、行方不明の間に何やってたんだと激しく問いたくなってしまった。
「私は、エドワード・ランカスターだ。宜しく」
エドワードはそう言い、光琉に握手を求めて来た。光琉も慌てて握手をして答える。
自己紹介を終えたエドワードは、ジッと光琉の顔を見つめていた。
光琉は蛇に睨まれたカエル状態。
するとエドワードはこう言った。
「双子の割には、似てないな。透耶はそっくりだと言っていたのだが、間違える程似ているとは思えない」
エドワードでさえ、透耶と光琉を間違える事はなかった。
その言葉に綾乃も頷いた。
「似てませんよね。万が一でもあり得ません」
綾乃はそう断言した。
エドワードはその言葉に賛同した。
それから雑談が始まり、何となくではあるが、透耶と口調が似ている箇所がある事には気が付いた。
しかもボケる箇所が似過ぎている。
次にヘンリーがやってきた。
やはり光琉を見ると、似てない攻撃をする。
美形外国人がもう一人増えて、光琉は段々と焦ってくる。
本当に沖縄で何をやってたんだ!!
と、透耶を問い詰めたくて仕方がない。
透耶との繋がりを聞くと変則的な繋がりではあるが、今や二人とも透耶とは友達だと言っている。
そして、ジョージがやってきた。
ジョージは光琉を見るや否や、早口の英語で光琉に話し掛けてくる。
何が起ったのか理解出来ず、光琉は振り回されてしまう。
ヘンリーが通訳してくれるが、もうはっきり言ってついていけない。
あたふたしている光琉を見て、綾乃とエドワード、そしてヘンリーは、ここで初めて透耶にそっくりだと思って納得した。
当の光琉は、この外国人何なんだよー!!!という所であろう。
曲者揃いの外国人部隊。
光琉でさえ、適わなかったのである。
そこへやっと準備が整ったと知らせにきた鬼柳が、書斎いる意気投合した5人を見て頭を抱えてしまった。
話題は透耶の事と鬼柳の事。
……この盛り上がりは何なんだ!!
「てめぇら、さっさと居間へ移動しろ!!」
鬼柳が怒鳴り声を上げないと、会話が中断出来なかった程盛り上がっていたのである。
「やっと準備が出来たか、さあ、移動しよう」
エドワードがそう言った時、透耶が鬼柳の叫び声でやっと仕事から抜け出す事が出来た。
しかし、目の前にいるいつの間にか増えている客に呆然としている。
「え? あれ? いつの間に?」
綾乃が来た所までは覚えているが、外国人部隊3人がいた事にはまったく気が付いてなかったのである。
はっきり言って。
ここは一体何処なんだ?
と言いたくなってしまう事態になってしまっていた。
「さ、透耶、君が主役だぞ」
エドワードがそう言って、透耶をエスコートしようとしたが、それを鬼柳が妨害する。
「透耶に触るんじゃねえ」
一応エドワードが差し出した手に手を乗せてしまった透耶は、その反対の手を鬼柳に掴まれてしまう。
「いいではないか。それくらいで激怒するものではない。今日は透耶の誕生日なんだぞ」
エドワードが火に油を注ぐような事を言ってしまう。
透耶は困惑して、鬼柳を見上げ、更にエドワードを見上げて、どうしようと悩んでいる。
まさに、透耶の取り合いになってしまったのだ。
綾乃とヘンリーは苦笑して、ジョージはまったく動じず、光琉は一体何が起きているのか理解出来なかった。
透耶は今、捕まった宇宙人状態。
頭の上では英語の罵声が飛び交い、収拾がつかなくなっている。
それでも、これがいつもの鬼柳とエドワードなので、心配はしていなかった。それどころか、透耶は吹き出して笑い出してしまったのである。
透耶は笑い出してしまった事で、英語の喧嘩はパタリと止まってしまった。
何故透耶が笑い出したのかが解らない、鬼柳とエドワード。
「何が可笑しいんだ?」
不思議顔で二人に見られて、透耶は笑いながら説明をした。
「だって、いつもの恭とエドワードさんなんだもん」
そう言われてもまだ解らない。
「凄く久しぶりに聞いたから、凄く可笑しくなっちゃって」
透耶はそう言ってまだ笑っている。
ただ単に、この平和な状況が楽しかっただけなのだ。
「ごめんなさい、笑っちゃって」
透耶が謝ってくるが、鬼柳とエドワードは更に笑顔になってしまった。
「透耶が楽しいなら、いいではないか」
「そうだな、透耶が主役なんだから、透耶が楽しくて笑ってるなら、エドと喧嘩なんかいつでもしてやるぞ」
などと、喧嘩の約束までしてしまう両名。
……そういうつもりじゃないんだけど。
ちょっと困惑してしまう透耶。
一方、英語で会話されてしまって内容がさっぱりだったが、喧嘩腰なのは解っていた光琉は驚いていた。
あの喧嘩を笑いで止めてしまう透耶。
……あいつ、結構大物かも……。
つーか、やっぱり沖縄で外国人ばっかり引っ掛けてきてんじゃねーよ。
これはツッコミたい所である。
そりゃそうだろう。
どの外国人も身分や地位が半端ではない。
どう考えても透耶が知り合え、友達になれる相手ではないのだ。それがこれはどうだ? 和やかにしかも、忙しいはずの実業家が透耶の為に時間を裂いてわざわざパーティーに押し掛けているのだ。
相当気に入られていないと、有り得ない状況だ。
とにかく、今日は透耶が主役である。
透耶をエスコートするのは、鬼柳の役目という事で収まったようだった。
「いつも、こうなのか?」
光琉が綾乃に聞いた。
「まあ、こんなものね。鬼柳さんはランカスター氏の事は本当に嫌っている訳じゃないけど、先生が関わるとなると疎ましいらしいし、ランカスター氏は、先生の事は気に入ってはいるけれど、鬼柳さんと喧嘩というか先生を間に入れての会話が楽しいみたいね」
まさに綾乃が言う説明が一番正しい。
鬼柳とエドワードは大学からの親友だと聞いていた光琉は、思わず納得。
「何だか、透耶が玩具にされてるような気がする……」
光琉がそう呟くと綾乃がクスクス笑い出した。
ある意味間違ってない。
光琉にとっては、衝撃的な透耶と鬼柳の知り合い達との出会いであったが、どの人物も癖はあるが、いい人で、透耶の事を大事にしてくれている事が解ってホッとする出来事だった。
「ほら、全員、居間へ移動だ」
いくら書斎として広い部屋とはいえ、7人もの人間がひしめくと物凄く狭く感じてしまう。
入り口に近い人物から部屋を出て、宝田に案内されながら居間へと全員が移動した。
部屋に残っていた透耶と鬼柳。
鬼柳は大きな溜息を吐いてしまった。
「どうしたの?」
透耶が首を傾げて鬼柳を見上げる。
すると鬼柳が、物凄く嫌な顔をして言った。
「あいつらが全員揃って、ただで済むはずがない。何かある」
鬼柳はそう言う。
「何かって?」
透耶にはさっぱりだ。
それどころか、皆揃って会えて嬉しいと思っている。
「何かだ」
「だから、その何かって何なの?」
「解らん。けど、嫌な予感がする」
鬼柳はそう言い張っている。
まあ、確かにジョージがいる時点で何か起りそうな気がする透耶。
「ま、何とかなるってば」
透耶はそう言って笑う。
「俺、皆来てくれて嬉しいよ」
満面の笑みでそう言われてしまうと、鬼柳もそれには逆らえない。
「透耶がいいなら、いいんだが……」
そう納得しながらも、何かありそうで心配になって過敏に反応してしまう鬼柳であった。
だが、何とかならなかったのは、透耶自身だったのである。
透耶は鬼柳に連れられて、居間へ入ると驚いて固まってしまった。
それは、普通のパーティーではなく、かなり本格的なパーティーだったからだ。
「凄い……」
透耶がそう呟くと、鬼柳は満足したようだった。
「だろ。結構頑張ったぞ」
「ありがとう。こんなの凄いよ、恭ありがとう」
透耶は感激して鬼柳に抱きついた。
鬼柳も透耶を抱き締める。
だが、居間にいる客は、慣れているが、今はそれをしている場合ではないだろうと思ってしまう。
「ほら、そこ。抱き合ってないで、パーティー始めるぞ」
二人のラブラブモードを打ち壊したのは、やはり光琉だった。
その言葉で透耶は我に返って、顔を真っ赤にする。
……うわ、恥ずかしい……。
全員が透耶と鬼柳の関係を知っているとはいえ、自分から抱きついた事が恥ずかしくて仕方がない透耶である。
ちっと舌打ちをした鬼柳に背中を押されて、透耶は主役の席に座らされた。
目の前には、豪華な料理と、鬼柳が作ったという透耶が好きなチーズケーキがあった。
それにはロウソクが19本立っていて、鬼柳がそれに火を付けて行く。
……まさか、歌はないよね。
段々、嫌な予感がしてくる透耶。
そう透耶が思った瞬間。
「やっぱり歌ってから消すもんだな」
とエドワードが言った。
「当然だろうが」
鬼柳はそうするつもりだったようだ。
「恥ずかしいから、歌はいいよ」
透耶が慌てて言ったが、もちろん、誰も聞き入れてくれない。
さっさと準備した鬼柳が宝田に合図して、居間の電気を消した。
すると、鬼柳が合図して、あの誕生日の歌が始まった。
……無茶苦茶恥ずかしい……
誰か間の手入れてるし……。
恥ずかしい歌が終わって、透耶は一気にロウソクの炎を吹き消した。
それが消えると、宝田がすぐに居間の灯を付けた。
「透耶、誕生日おめでとう」
鬼柳がそう言って、透耶の額にキスをした。
「ありがとう」
照れながら答えると、全員から言われる。
鬼柳の真似をして、透耶の額にキスしようとしたエドワードと鬼柳が揉めている間に、他の人はさっさと鬼柳が作った料理に手を付けていた。
「やっぱり、美味しい~~」
鬼柳の料理を食べた綾乃が感激して言った。昨日も食べたがそれはまた別だ。
「うわ、めちゃ旨いじゃん」
光琉は初めて鬼柳の手料理を食べたので、これほど美味しいのかと感激し、綾乃と雑談している。
ジョージとヘンリーも雑談しながら鬼柳の料理を食べている。
透耶も、もう鬼柳とエドワードの事は放って置いて、宝田に頼んでケーキを切り分けて貰っている。
そして、それが終わると。
「はい、エドワードさん、ケーキ」
と、口喧嘩をしている二人の前に差し出した。
それだけで口喧嘩は止まってしまう。
「頂こう」
素直にエドワードがケーキを受け取って、透耶と鬼柳の所から離れて、ジョージやヘンリーがいる方へ行ってしまう。
「たくっ、いちいちもめないの。ほら、恭もここに座って」
透耶はそう言って、自分の隣の席をポンポンと叩く。
すると鬼柳は大人しく座る。
「ケーキ旨いか?」
透耶がすでにケーキを半分くらい食べていたので、鬼柳が聞いた。
「うん、美味しいぃ~。このしっとり感がいいねぇ~」
と透耶は一口運ぶごとに、ニコニコと笑顔を見せる。
美味しくって溜らない。
「そうか、よかった」
そう言って、自分でも食べてみている。
皆で談話しながら食事は進み、最後にはお酒の時間になってしまった。
すると鬼柳は、そこまで考えていなかったらしく、おつまみを作れと言われて激怒しながらも、キッチンを勝手に使うぞというジョージの言葉に、「誰が使わせるか!」と言ってしまった為作る羽目に落ち入っていた。
透耶は何だか、鬼柳だけが忙しくて可哀相だと思い始めていた。
こっそり居間を抜け出してキッチンに行くと、鬼柳がつまみを作っている。
透耶がキッチンに入ってきたのに気が付いた鬼柳が振り返った。
「透耶、どうした?」
「ううん、何でもないけど。ただ、恭だけが忙しくしてて、何だか可哀相になっちゃった」
透耶が素直にそう言うと、鬼柳がこっちへ来いと手で合図して呼び寄せた。
「何?」
透耶が鬼柳を見上げると、鬼柳がニヤリとして言った。
「じゃ、キスして」
そう言われて透耶は何でそうなるんだ?と首を傾げてしまった。
「忙しい御褒美」
鬼柳がそう説明すると、透耶はクスっと笑って、今は両手が使えない鬼柳の首に腕を回して引き寄せてからキスをした。
少しだけ深いキス。
それが離れると、鬼柳がこう言った。
「透耶、ちょっと酔ってるだろ?」
大胆行動に出る透耶が珍しいのもあるが、キスをした時に少し強めのウィスキーの味がしたのだ。
「ん、酔ってるかも」
透耶はそう言ってクスクス笑っている。
「あんまり飲むなよ」
「何で?」
「後でセックス出来ない程泥酔されたら俺が嫌だからだ」
鬼柳がそうストレートに言うと、透耶はニッコリして言った。
「解った」
どう考えても普通の透耶の答えではない。
透耶は答えると同時に居間へ戻ってしまったが、鬼柳は何だか嫌な予感がした。
その予感が当たった。
二度目のつまみを鬼柳が作って運んだ時に事は起っていた。
「これは一体どういう事だ!!」
鬼柳はそれを見るや否や大声で叫んだ。
全員が素知らぬ顔で、酔って眠ってしまっている光琉を指差している。
「光琉が飲ませたのか!?」
鬼柳がそう言うと綾乃が答えた。
「そう。先生も悪いんだけどね」
そう答えた綾乃をジロリと鬼柳が睨むと。
「あやのちゃんは~わるくないのぉ~」
と透耶が言った。
そう、透耶は今自分でも訳が解らないくらいに酔っぱらってるのである。
鬼柳が最初に居間に入って見たのは、酔った透耶がべったりとジョージにくっついて甘えていたのである。
それで、鬼柳が激怒し、透耶とジョージを引き離したとたん、透耶は鬼柳の顔を見上げてニコリと微笑むと。
「恭だぁ~~」
と言って、鬼柳の顔中にキスをしまくったのである。
どう考えても異常事態。
透耶が人前でそんな事をする訳がないと解っている鬼柳だが、べったりと引っ付いて離れなくて甘えて来る透耶は嬉しいのだが、ここまでなるには、相当飲ませなくてはならない。
透耶はお酒は人より強い方である。
それが泥酔とは。
その責任が誰にあるのかと鬼柳が問い詰めている所なのだ。
「止めたに決まっている。しかし、本人が飲んだモノはどうしようもないだろう」
とエドワードはいい。
「俺達が気が付いた時には、透耶は既にその状態だったんだよ」
とヘンリーが弁解をした。
つまり、飲ませたのは光琉で、それを承諾して飲んだのは透耶なのである。
しかし、光琉は泥酔で寝てしまっている為、起きた時には居間での出来事は忘れているだろう。
どうしたものかと鬼柳が思案していると。
「ねぇ~ねぇ~きょう~」
透耶がもぞもぞ動いて、鬼柳の首筋に縋り付く。
「何だ? 透耶」
すると、透耶は鬼柳の耳元で本人はこっそりのつもりでこう言った。
「Hしようよぉ~~~」
このセリフ、鬼柳の耳元ではあったが、全員にしっかり聴こえていた。
鬼柳は驚きながら透耶に問い返す。
「Hしたい?」
そう聞くと、透耶はニコリとして頷く。
「何回したい?」
普段ならぶん殴られているセリフだ。
しかし、透耶はうーんと考えて、指を数え始める。だが、それでは足りないと言い出した。
「いっぱいだからぁ~、指、たらないよぉ~」
と泣きそうになっている。
鬼柳は賢明に宥める。
「解った。いっぱいしたいんだな?」
「うん、したいの。いや?」
可愛く首を傾げて、酔った潤んだ瞳で見つめられて言われると、鬼柳の理性も吹っ飛んでしまう。
「今からするか!」
「やったーーー!!」
透耶は両手を挙げて大喜びしている。
絶対、普段なら有り得ない光景だ。
それから、鬼柳は外国人部隊を睨み付けて。
「さっさと帰れ」
と言い放ち、そして綾乃を見て。
「綾乃、タクシー呼ぶから宝田に送って貰え」
そう誰にも有無を言わせない態度で言った。
それを聞いた宝田がやってくる。
「光琉様は如何致しましょうか?」
そう言われて、鬼柳は少し考えてから言った。
「よし、ヘンリー、光琉を和室へ運んでくれ。宝田、そこで寝かせろ」
そう言うな否や、鬼柳は、喜んで笑っている透耶を抱き上げて寝室に向かった。
透耶をベッドに寝かせると、直ぐさま服を脱がせた。
酔っている透耶は、トロンとした目で鬼柳を見ている。
透耶の身体を鬼柳が触ると、いつもより敏感に反応する。
「……ん、気持ちいぃ……」
胸の突起に吸い付いている事を言っているらしい。
絶対、普段なら言わない言葉に鬼柳も乗ってしまう。
「もっと気持ちいいのあるよ」
「なぁに?」
「これ」
鬼柳がそう言って掴んだのは、透耶自身だった。
「……あっ」
既に立ち上がっている透耶自身。
「これを扱くと気持ちいいんだよ」
鬼柳がそう言うと透耶は鬼柳の顔を見て言った。
「……じゃあ……扱いて……」
甘えた声で言われて、鬼柳は卒倒しそうになってしまう。
……ちくしょー、酔ってるのがいいんだか悪いんだか、解らなくなってきた。
そんな事を思いながらも、透耶自身を扱いてやる。
「……ん、あ……はぁ……あぁ……」
透耶は身体をビクリと震わせた。
酔っているせいか、感度が良すぎてすぐに達してしまった。
達してしまうと透耶は荒い息をしている。
「もっとする?」
鬼柳がわざと耳を舐めてそう言うと、透耶はやはり頷いた。
「もっとして……」
酔っている時の透耶は貪欲だった。
普段、思っていても恥ずかしくて言えない事さえ口にしてしまっている。
心ではちゃんと、セックスを気持ちいいものだと思っている事が解る。
だが、やはり酔っているのが効いてきたのだろうか、透耶の反応が鈍くなってきた。
さすがに眠いんだろうなと思い、鬼柳は先を進めるのを辞めてしまった。
「眠いのか?」
そう問い掛けると、透耶は薄らと目を開けた。
「ん……」
「眠いなら、眠っていいぞ」
「ん……でも……」
透耶は眠いのを無理矢理起きようと目を擦っている。
「でも?」
「リング……貰ったの……」
透耶はそう口にした。
はっ
「リング? 誰に?」
「恭の、お母さん……」
透耶がそう答えたのには、鬼柳も驚いた。
何故、自分の母親から透耶にリングが?
意味がさっぱりだ。
「どうして?」
「送って……きたの……俺……もらったけど……あげたい……人が……いるの」
どうやら、自分の母親が今の自分の事を知って、リングを送ってきたらしい。
いきなりだったが、左程鬼柳は驚きはしなかった。
それには理由があった。
「うん、それで?」
「あげて……もいい……?」
「透耶が決めたならいいよ」
鬼柳がそう答えると、透耶は眠いながらも笑って言った。
「よかったぁー……」
透耶はホッとしたらしい。
鬼柳は透耶の顔が見える所に寝転がってこう言った。
「夢話でいいから、忘れてもいいから聞いてくれ」
少し真剣な口調だった。
だが、酔って今にも眠りそうな透耶は目を瞑ったまま。
「……うん」
「俺なぁ、鬼柳家の血、引いてないんだ」
かなり衝撃的なセリフだった。
「……どうして?」
「最近、解った事なんだけどな。実の母って何者だろうと思って調べたんだ。そしたら、母とは血は繋がってるが、鬼柳の父とは血が繋がってない事が解ったんだ」
眠りかけてた透耶がハッと目を開いた。
「……本当のお父さんは?」
「とっくに死んでた」
「……何故?」
「交通事故だそうだ。即死でどうしようもなくて、母は狂った」
「……ん」
「狂った母の面倒を見たのが、鬼柳の父。元々親友だったから、生まれた子供を自分の子として育てた。それが俺」
「……前、そんな……事……いってた?」
「一週間前くらいに、鬼柳の父から手紙が来た。経緯はこうこうだから、どうしたいって」
「……どうするの?」
「今更、名字が父か母のもんになるかだけだからな、面倒臭いし、今のままでも構わないって言った」
鬼柳がそう言うと透耶がクスクス笑い出した。
「何が可笑しい?」
「だって、面倒臭いだけで……決断するの……恭、らしい」
「まぁ、そうだな」
そう、榎木津透耶にとって、恭とは、鬼柳恭一という名前なのだ。
名は変わっても、恭とは呼べるだろうが、フルネームとしては、今の方が日本で透耶といるには都合がいい。
「お母さんには……会うの?」
透耶がそう聞いてきた。
「それは考え中。今更ってものあるが、今だからってのもあるかなと悩んでる」
鬼柳が正直な気持ちを口にすると透耶はこう言った。
「んじゃ……会ってきなよ」
「ん?」
「う……ん、産んでくれて、ありがとうって……」
透耶はニコリと笑って言った。
「ありがとう?」
何故ありがとうなんだ?という顔の鬼柳を見て、透耶は言う。
「だって、お母さんが産んでくれなかったら……恭は俺のモノになってないもん」
透耶にそう言われたとたん、もやもやしていた鬼柳の心が一気に晴れ上がった。
そうなのだ。昔にどうあったかではなく、今どうなのかという事。それが大事なのだ。
生まれがどうであれ、生んで貰わなければ、自分はこの幸福感を味わっていられない。
それに気が付いた時、鬼柳は感激した。
生まれて初めて、自分を生んでくれた母や育ててくれた父に心から感謝した。
そして、それに気が付かせてくれた透耶。
愛おしくて溜らない存在。
「そうだな。暇をみて一回は会ってくるか」
鬼柳がそう言うと透耶が不思議そうな顔をする。
「どうして一回なの?」
「相手はアメリカだぞ。頻繁に会えるか」
そう鬼柳に突っ込まれて透耶は笑ってしまう。
「あ、そうだね」
透耶は更に笑ってしまい、笑いが止まらない。
眠気は少し遠離ったらしい。
「じゃ、続きやろうぜ」
鬼柳がそう言って身体を起こした。
「つづきぃ?」
一体何のという不思議顔の透耶の足を挙げてそこに鬼柳は身体を滑り込ませる。
「Hの」
既に挿入するだけまで、準備が進んでいたので、鬼柳はゆっくりと透耶の中に押し入った。
「あっ……んっ!」
押し入ってくる圧迫感に耐えた所で、鬼柳がすぐに二三回ゆっくりと動かした。
「……はぁ」
透耶はゆっくりと息を吐いたとたん、鬼柳が一気に動き出した。酔っている透耶はそれについて来られず、揺さぶられるだけで、ただ喘ぎ声を上げるだけだった。
絶頂が近付くと、透耶は鬼柳にしがみついた。
「も……だめ……あああっ!!」
透耶が達する瞬間、鬼柳も一緒に達した。
酒が入った状態でのセックスは感じ過ぎるのだろう、透耶はそのまま気絶してしまっていた。
透耶の顔中にキスをして、鬼柳は、この愛しい存在を与えてくれた神に感謝した。
鬼柳はその透耶を風呂に入れて綺麗にしてから、下の片付けに向かった。
居間に入ると、まだエドワードとジョージが酒を飲んでいた。
「何で帰らねぇんだ」
一気に不機嫌になる鬼柳。
「いいじゃないか。まだつまみも残っている」
『Did Toya go to bed?(透耶は眠ったのか?)』
鬼柳の濡れた髪を見ればすぐに解りそうなものなのに、わざと聞いてくる。
「ああ、寝たよ」
「じゃあ、一緒に飲もうじゃないか」
エドワードがそう言って、鬼柳の分のグラスに酒を注いだ。
この分だと朝方まで帰りそうにない。
鬼柳は溜息を洩らして、それに付き合うことになった。
当然といえば。
朝、起きた透耶は二日酔いで頭が痛いといい、光琉も同じ事を言っていた。
更に透耶は昨夜の事はまったく覚えてなかったのである。
もちろん、透耶の醜態は鬼柳の箝口令により、外部口外禁止になっている。
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