「さて、何を弾いたらいいのかな?」
透耶はピアノの椅子に座って、綾乃を見上げる。
「鬼柳さんの好きなのでいいんじゃないの?」
綾乃は、透耶が弾いて聴かせてくれるなら、何でもいいと思っている。
綾乃の言葉を受けた透耶は、眉を顰める。
「うー。あれかなあ?」
そう呟いてしまう。
……最近弾いてないから指が動くかどうか解らないんだけど。
「あれって?」
「超絶技巧練習曲第4番」
透耶がそう答える。
「マゼッパ? うーわー、また壮絶な難曲を……」
ピアノ曲を知らないとは恐ろしいと綾乃は思ってしまう。
「後は英雄ポロネーズ……」
「げー……。もしかして、罠?」
「そう思うよね……」
やっぱり罠なんだろうか?
本気でそう思ってしまう透耶である。
『Ah. he is going to start.(お、始めるみたいだね)』
ジョージがそう言ったので、高城もそっちを見た。
透耶は練習をせずに、楽譜もなしにいきなり始めようとしている。一旦目を瞑って、まるで楽譜を思い出しているかのように見える。
綾乃は椅子に座らず、ピアノの横に立ち、弾いているのを近くで見ようとしている。
『Excuse me but. is this what he always does?(あの、榎木津はいつもああですか?)』
高城が宝田に尋ねる。
主旨は言わなくても、宝田には高城が何が言いたいのかはすぐに理解出来た。
『Yes.He starts suddenly.He doesn’ t have many scores.He doesn’t have many scores. He exercises sometimes. I believe. but honestly. it doesn’t look like practice.(ええ。透耶様は、いつも突然ピアノをお弾きになられます。元々楽譜類はお持ちで らっしゃいません。なので練習をなさっているとおっしゃいますが、いやはや、あれ が練習とはとても思えません)』
宝田は、ここで初めて透耶のピアノの音を聴いた。
信じられないくらいの腕前に感嘆してしまい、今や透耶のピアノのファンになってしまっている。
『Are you saying that he always plays by heart?(全部、楽譜は暗記していると?)』
高城が信じられないという顔をした。
プロのピアニストだって、事前に楽譜を見なければ弾けない曲や、忘れている曲だってある。
透耶にはそれがないというのだ。
『I guess so.I myself dabble in classical music. yet I have never heard him make a mistake.(暗記なさっているようです。私もクラシックを齧っていますが、ミスをなされたの を聴いた事は一度もありません)』
透耶は自分でミスったとは言うが、聴く者には何処がミスったのかさっぱりなくらいだ。
『Is he a prodigy? (化け物か…)』
高城は思わずそう呟いてしまう。
『These is no wonder you say so. He said he knew as many as 1000 tunes by heart. if they are popular. (そうおっしゃられるのは無理はないと思います。基本的に知られている曲であれ ば、透耶様は千曲は完璧に頭に入っているそうです)』
これこそ化け物という所だろう。
『What is his favorite?(得意なのは何だろう?)』
ジョージが尋ねる。
すると宝田は少し考えてしまう。
『I have no idea. He doesn’t stick to particular tunes.What he often plays are. all that Mr. Kiryu asks him to.(さあ。それは解りかねます。曲自体に執着されておりませんので。よく弾かれる曲 は、恭一様がリクエストなされたものばかりです)』
別にこれが弾きたいからと言って弾いているわけではない。
思い出した曲を順番に弾き試しているという感覚なのだ。
『It means. that he has no favorite. but he can play any tunes.(つまり、得意というのはなく、満遍なく弾けるという事ですね)』
『That’s quite correct.(そうです)』
それが一番正しい解釈だろうと宝田は思った。
『How often does he exercise? (どれくらい練習してますか?)』
高城は次の質問をした。
あれだけの音を完成させるには、再度弾き始めてからかなりの練習をしたはずだと思っている。
だが、その高城の考えとは正反対の回答を宝田は出した。
『Well.Though he plays every day. he seems to be busy these days. so the last time he played was a week ago. Normally. Mr. Kiryu stops him after an hour of exercise. (そうですね。弾かれる時は毎日ですが、ここ最近はお忙しいようで、最後に弾かれ たのは、一週間前です。時間は、大体は一時間くらいで恭一様がお止めになります)』
この宝田の言葉をきいて、高城は頭の中が真っ白になってしまう。
有り得ない事だったからだ。
固まってしまった高城とは別に、ジョージは鬼柳が演奏を止めるのが気になってしまった。
『What do you mean?(止めるとは?)』
『Once he was left to play the piano. he was drown into it for about 4 hours ….(はい。一度、お好きなように弾かせておりましたら、4時間程熱中されまして…)』
透耶が弾きたいなら好きなだけ弾かせてみようと最初に鬼柳が言った。
だが、それが間違いだったと鬼柳は後で後悔してしまったのである。
そう透耶の癖を知っていれば、予想出来た展開でもあったからだ。
『But how come that long ?(またなんでそんなに)』
『This living room is soundproof.If he plays with its door closed. no one in other rooms can hear anything.So we didn’t notice it for 4 hours. After that. Mr. Enokizu claimed that his fingers felt unusual when he was about to start writing. He seems to have less strength. he gets tired out after playing for a long time. So Mr. Kiryu made it a rule to let him play the piano for an hour. (この居間には防音が取り付けてあります。ドアを閉め切った状態でお使いになられ ますと、他の部屋にいる者には聴こえません。それで、4時間気がつかなかったので す。その後に、お仕事なされる透耶様が、指がおかしいと言い出しまして。それに体 力がないようで、何時間も弾かせたりすると、ぐったりしてしまうので、恭一様が時 間を一時間とお決めになられました)』
そのお陰で、透耶がピアノを弾く時は、必ず居間のドアを全部開けて、家中に聞こえるようにしなければ駄 目だと鬼柳が透耶に約束させたのだ。
『I see.That’s understandable.(なるほど、それが妥当か)』
プロでない以上、1時間以上、それも本番のように弾かないものだ。
それで高城は思い出した。
透耶があまり練習をしなかった訳。
別に家で練習している訳ではないと言っていたし、学校でもほんの数時間しか練習に打ち込まなかったのは、自分で体力がない事を理解していたからに過ぎない。
学校なら、チャイムがあるし、始める時間を決めていれば同じ時間に終われる。
上手いから練習しなかった訳ではない。
自分の欠点が解っているからこそ、練習を短くするしかなく、その練習の範囲内で完璧にしあげなければなからなかったのだ。
つまり、透耶にとって練習は、本番となんら変わりないものだったのだ。それが榎木津透耶をより完璧にしていた。
『Oh. Beautiful Mazeppa.(お、マゼッパか。これはまた)』
透耶が弾き始めた曲を聴いてジョージが呟いた。
練習なしの一発勝負。
高城には呆然としてしまう。
はっきり言って言葉は出ない。
沖縄で聴いた時より、より完璧で、完全な音を出す。
音は更に深くなり、それでいて心地好い。
動きも呼吸も止まってしまう様な錯覚になる。
一曲が終わると、続けざまに「英雄ポロネーズ」。
難曲と言われる曲を透耶はどんどん弾いて行く。
その全てにミスは一つもなかったのである。
そのまま誰もが身動き出来ないまま一時間。
ちょうど、約束の時間になった時に、鬼柳が部屋に入って来て、透耶の演奏にストップをかけた。
曲はまだ途中だったが、鬼柳が後ろから透耶の腕を掴んで持ち上げてしまう。
「あれ? 時間?」
自分の指がピアノを触ってないのに気が付いて、透耶は鬼柳を見上げた。
「ああ。これ以上は駄目だ。また指が変になるぞ」
鬼柳が真剣にそう言ったので、透耶はそれを思い出した。
「……うん」
頷いて大人しくピアノから離れる。
すぐに鬼柳がピアノを封印してしまうように、片付けをしてしまうと、ピアノに鍵をかけた。
こうでもしないと、透耶がこっそり練習をしてしまうからだ。
鍵は、鬼柳と宝田が保管している。
「変になるって?」
綾乃が不思議そうに鬼柳に尋ねる。
「ほっといたら一日中でも弾き続けるんだよ。しかも休みなしにな。だから指が痙攣して、箸すら持てなくなるんだ。身体もおかしくなるし動けなくなる」
鬼柳はそう答えた。
透耶がピアノに没頭した日。
鬼柳が透耶の異変に気が付いて慌ててピアノを止めた時、透耶はそこで気が抜けたのか椅子から崩れ落ちてしまったのだ。
しかも腕が上がらないやら、指が痙攣しているなどという症状が出てしまった。
なので、透耶の状態を見て、一時間と時間が決められたのである。
「先生、無茶だ」
綾乃が信じられないと透耶を見て言った。
そこまでになる程、ピアノを引き続けるのは、はっきり言って異常だ。
「だろ? 一時間が妥当だ。休み入れて弾くのが無理みたいだし」
中休みを入れて弾くなら、もう少し練習時間は伸びていただろうが、透耶にはそれが出来ない。
没頭してしまうと我を忘れてしまうからだ。
「……うん、まあ。集中しちゃうと時間忘れちゃうから」
ちなみに体調がおかしくなっている事も気が付かない。
『Toya. you are good. as always.(透耶、相変わらずいい音を出すね)』
ジョージがすっかり感動して、ピアノに座っている透耶に寄って来て話し出す。
こうなるとジョージは止まらない。
すっかりジョージのペースに巻き込まれてしまった透耶を置いて、鬼柳はキッチンに戻る。
それを追って高城もキッチンに入った。
「あんた、あの音を自分だけのモノにして満足か? 世界でも認められるモノを縛っているんだからな」
敵意むき出しの高城が鬼柳にそう言った。
煙草に火を付けようとしていた鬼柳が、高城の方を振り返る。
何の感情もない顔。
「脅したって無駄だ。あれは世界にあるべきモノだ。それをあんたは自分だけの側に置いている。それでいいわけがない!」
高城がそう言い切ると、鬼柳はジロリと高城を睨んで言った。
「くだらねぇ、話になんねぇな」
そう言い切った。
こう言われた高城は、鬼柳につかみ掛かろうとした。
だが、その後ろから綾乃がキッチンに入って来た。
「まったくそうね」
綾乃は高城を見てそう言った。
高城が振り返ると、綾乃が高城を睨んでいる。
「綾乃」
何か言いそうな綾乃を鬼柳が止めるが、こうなると綾乃は止まらない。
高城を真直ぐに睨んだままで言い出した。
「全然解ってない。才能があっても嬉しくないって言ったでしょ。先生は、ピアノを弾く理由を鬼柳さんに押し付けなきゃ弾けないくらいに、まだピアノが怖いのよ」
「綾乃」
再度鬼柳が止める。
それでも綾乃は言葉を止める事はない。
「高城さんがいろんな人に聴いてもらいたいように、先生は、鬼柳さんだけに聴いて欲しいって思って、ピアノを弾く事を再開したんだから! どうしてそれが駄 目なの!」
綾乃は必至になって叫んだ。
高城は綾乃の言葉に反論しようとしたが、綾乃が続けて言い出した。
「高城さんがいくら弾いても誰も認めてくれなかったら苦しいでしょ。それと同じくらいに、先生は人に聴かれる事が苦しいの。認められれば認められるほど苦しくて息も出来なくなるの! それでも優しいから、こうやってあたしにも聴かせてくれる。あたしはそれだけも嬉しい」
綾乃は、そこで言葉を切って、今にも泣きそうになりながらも言葉を続けた。
「世界を目指さなきゃ、ピアノを弾いちゃいけませんか? 唯一の人の為にピアノを弾いちゃいけませんか? 嫌がってる人に無理矢理ピアノを弾かせて満足ですか?」
さすがにこの言葉に高城は反論出来ない。
「高城さんと先生は違うんです。それに鬼柳さんを責める権利なんて無い! これは二人の問題です!」
綾乃はそこまで言って、涙が頬を伝うのを感じた。
だが、これだけは言わなければと、言葉を続ける。
「だから……もう、先生の事は忘れて下さい。……そっとしておいて上げて下さい。……お願いします……先生が苦しむの見たくない……」
綾乃はそう言って、顔を覆って泣き始めた。
鬼柳は吸っていた煙草を消して、綾乃の側に寄り、抱き寄せて頭を撫でた。
「馬鹿が。お前が泣く事はない」
言葉はきつかったが、頭を撫でる手は優しかった。
「あたしのせいだもん」
綾乃がそう言って泣いている。
鬼柳には綾乃が自分のせいだと思い込んでいるのは、やはりMDの事なのだろうと思った。
「いや、俺のせいだ。お前にMDなんて渡したから、お前が苦しんでる。だから俺のせいだ。俺は誰に何を言われたって平気だ」
鬼柳がそう言っても綾乃は首を振る。
「あたしが言わなきゃ、鬼柳さんも先生も言わないんだもん。どっちも悪くないし、普通 にしてるだけなのに、責められるの見てられないもん」
綾乃はそう言って一層泣いてしまう。
その後ろから、騒ぎを聴いた透耶が覗きに来ていた。
鬼柳がそれに気がついて透耶を見ると、透耶は少し困った顔をして鬼柳を見ていた。
鬼柳が手招きをして透耶を呼び、綾乃を預ける。
「綾乃ちゃん……」
透耶がそう呼ぶと、綾乃は透耶に縋り付き、押さえ切れない嗚咽を零す。
綾乃は泣きながら透耶に謝る。
「ごめんなさい……あたしが……あたしが悪いの……」
綾乃が謝っているのは、あのMDを高城に聴かせてしまった事への謝罪。
綾乃はそれをずっと気にしていた。
透耶が笑っていいと許しても、透耶が許しているから大丈夫だと鬼柳が言っても、綾乃は自分が許せなかった。
あれさえ聴かせなければ、二人が不愉快な思いをしなくて済んだのだと、解っているからだ。
「綾乃ちゃんは悪くないよ。俺がちゃんと言わなかったからいけないんだ。ごめんね、辛い事言わせちゃった」
透耶はそう言って、綾乃を抱き締める。
それから、高城の方を向いて透耶は言った。
「俺は、高城さんとは違う。一度逃げて辞めた人間です。今更戻るつもりもありませんし、ピアノをもう一度弾くきっかけをくれた恭が弾くなと言ったら、それだけでピアノを辞められるくらいにしか思ってないんです。だから、もう俺の事は忘れて下さい」
透耶は本気でそう思っていた。
鬼柳が弾くなと言ったら、それだけで辞めてしまえるほど、自分には価値は薄いと思っている。
「もし、……世界でと言ったら」
諦め切れない高城がそう呟く。
それに、透耶は笑って答える。それも自信満々に。
「恭は言わない。絶対に言わない。だから俺は恭の為にしかピアノを弾かないんです」
透耶はそう断言すると、綾乃を連れてキッチンを出た。
二人が出て行くと、代わりにジョージが入ってきた。
高城はそれでも呆然としていた。
まさか、ここまできっぱりと言われるとは思わなかったのだ。
「言わないのか?」
高城が振り返って鬼柳に聞いた。
「言わねぇな」
鬼柳は即答する。
「何故」
「透耶はそんな事に興味がない。それに楽しく弾ける場所は俺の側だけだと言った。それだけの理由でしか弾けないってね」
鬼柳はそう言って笑う。
確かに透耶は本気でそう思っている。
もし、この家にピアノがなかったとしたら、透耶はピアノを弾かなくても何とも思わない。
外でピアノを見かけても何の反応もしないし、ピアノを練習するのは、鬼柳に聞かせる為だけにより完璧にやりたいと思っているだけなのだ。
「それだけの理由……」
高城は、呆然としてしまう。
そうピアノを弾くには理由がある。
ただ弾いているだけではない。高城も自分の演奏を聴いて欲しいと思って弾いている。認められたいと思って一生懸命やってきた。
透耶はそうした栄光を欲しいとは思わない。それどころか、弾く理由はただ一つしかないのだ。
それがなくなれば、透耶はピアノをまた捨ててしまえる程にしか思っていないのだ。
「ま、透耶はピアノを本気で嫌いな訳じゃないし、辞めることもない。だから自由にやらせてる。もし、世界でやりたくなったらそう言うだろうしな」
鬼柳はそう付け足した。
まあ、透耶は頑固だから、俺を理由にしない限り、弾かないだろうけどよ。
鬼柳は内心そう思っていた。
頑固だから、一度決めた事は守り通すだろう。
「本人の意志か。それでお前は納得するのか?」
「透耶がそう決めたなら、俺がとやかく言う必要はねぇだろ」
鬼柳はニヤリとして言う。
自分は、世界で弾けとは言わない。いや、言えない。
言えば透耶は本当にそうしてしまう。自分の意志とは関係なしにやってしまう。それでは意味がない。
透耶がやりたいと願うなら、鬼柳は初めから反対する気などなかった。
なにより、自分が好きな事をしている時の透耶が一番輝いているから。
『You think more than you seem.(意外に考えているんだな)』
今の今まで聴き入っていたジョージがそう言った。
『None of your business.Hey. you understand Japanese. don’ t you?(じじいに言われたくねぇ。というか、じじい、日本語のヒアリング出来るじゃねぇ か)』
鬼柳がハッとしてツッコむ。
今までの会話は全部日本語だったのだから。
するとジョージはニヤリとして答えた。
『I have always been able to do so.(元々出来るんだ)』
『Then. don’t let Toya speak in Englsih!(だったら、透耶に英語喋らせてんじゃねぇ!)』
鬼柳がそう叫ぶと、ジョージはこれまた簡単に答える。
『Don’t be fussy.It’s cute this way.Besides. I can’t speak Japanese.(いいじゃないか。可愛いんだから。それに日本語は解るが喋れないんだ)』
そう答えたジョージをジロリと睨んだが、一つ納得出来る所があった。
英語を一生懸命喋っている透耶は可愛いのだ。
それだけには賛同してしまう。
『Whatever.(ああ、そうかよ)』
ああもうどうでもいいとばかりに鬼柳は追求をやめた。
『But if he tells you that he would like to play the piano worldwide. what would you do?(だが、本当に世界に行くと言ったらどうするんだ?)』
ジョージがそう聞き返した。
たぶん聞かれるだろうと思っていたかのように、ニヤリとして言い放つ。
『Well. I could throw myself on his knees.(ま、そうなったら、泣いてすがってみるか)』
そんな事を言う鬼柳だが、さすがジョージだろう。
『What. like “ Don’t leave me!” “Shut up. I’ve already decided it. Let me go!”. you mean? In your case. you are likely to confine him in a basement. with a pair of handcuffs on him. (まるで…「あんた行かないで!」「うるせぇ、俺は決めたんだ!止めるな!」と か? 鬼柳の場合は、地下で鎖に繋いで監禁とかしそうなんだが)』
などと言ってしまう。
すると、鬼柳はそれを想像したらしい。
『Wow. sounds perverted…(うわ、やってみてぇ)』
本気でそれを言っているから、ジョージも呆れてしまう。
たぶん、本当にそうしてしまうかもしれない。
「一つ聞いていいか?」
復活したらしい高城が不安げな顔で鬼柳に言った。
「あ?」
「その、榎木津とは、恋人同士なのか?」
高城はまさかと思いながらそう聞いていた。
すると、鬼柳だけでなく、ジョージまでもが呆れた顔をしてしまっている。
「は? お前、今まで何だと思ってたんだ?」
鬼柳はそう聞き返した。
大体、赤の他人同士が同じ家に住み、人がいる所でキスしたり抱き合ったりしている時点で気が付けよと言いたくなる。
「いや……ただふざけてやってるのかと……そうか……なるほど……だから、唯一の人の為なのか」
高城は納得したのか、頷きながらキッチンを出て行ってしまった。
「ん? 何だあいつ」
鬼柳は唖然として高城が出て行ったドアを見て言った。
『He understood what you had been saying. If you are a couple. what Toya and Ayano said is quite understandable.(納得したんだろう。恋人同士なら、透耶が言ってる意味も、綾乃が言った意味も十 分理解出来るからな)』
ジョージがそう答えると、鬼柳はあれと考えてしまう。
『hen. if he had known it. he wouldn’t have said that kind of things to him?(だったら、最初からそう思ってりゃ、あんな事言わなかったって事か?)』
『I suppose so.(そういう事だろう)』
ジョージにそう言われて、鬼柳は頭を抱えてしまう。
今までのは何だったんだ?と言いたくなる所だ。
『What an ass.Did he trouble Toya and made Ayano cry with such a simple matter? God. I’m gonna kick him out now. (あほらしい…。そんな単純な事で、透耶を困らせて、しかも綾乃を泣かせたのか? ふざけんな! あいつ、今すぐ追い出してやる!)』
鬼柳は叫んでキッチンを出て行こうとする。
『Do you care aboutAyano that much?(そんなに綾乃が大事か?)』
ジョージがそう聞くと、鬼柳は振り返って答えた。
『Sure!(当り前だ!)』
鬼柳はジョージにそう怒鳴った後、居間に戻っていた高城に、用は済んだだろ、さっさと帰れ!と怒鳴って、宥める宝田に駅まで送って来い!と叫んでいた。
『Ah huh. I see.(ふーん。なるほど)』
ジョージは一人で納得して、苦笑していた。
内心、こう考えしまう。
透耶にとって大事な人は、鬼柳でも大事にしなきゃならないと思っている。
なら、自分も透耶にとって大事な存在になれば、鬼柳も邪険に出来なくなるという事になる。
これはこれで面白い発見だった。