Switch 17

2

 午後の部分を大抵やり終わって、夕刻待ち。
 スタッフは準備で走り回っているが、関係ない光琉は透耶と鬼柳が浜辺にいるのを見付けて寄って行った。
 鬼柳は、裸足の透耶を抱えて連れ回している。
 光琉はそれを横で見ながら、溜息が出る。
 ……本当に透耶の事が好きなんだなあ。
 そんな感想が漏れる。
 
 透耶が何か言うと、嬉しそうにして応じるし、透耶も透耶で夢中になって話をしてるし。絶対、俺がいるの忘れてるよなー。
「そういやさ。鬼柳さんって、透耶の女装見て何にも言わないよな」
 光琉がそう呟くと、鬼柳が不思議そうに振り返った。透耶もキョトンとしている。
 普通なら、もっと反応しそうなものなのだが、鬼柳にはそれがない。
「何を言うんだ?」
 そんな言葉が返ってきて光琉は言った。
「綺麗だとか、可愛いとか、女だったら良かったとか……色々あるだろ!?」
 もっと言えば、そういうコスチュームプレイしたいとか、色々あるものである。
 透耶がもし女だったら、と思った事もないのだろうか?
 そう思わないのだろうかという不思議もあった。
「だって、透耶は元から綺麗だし可愛いし。女とかそんなの関係ないけど?」
 鬼柳の言い方は、それ以外に何を思わなければならないのかという不思議な響きがあった。
 まあ、女も男も知り尽している鬼柳にとっては、透耶がどっちでも関係ないのである。
「俺、女なんてやだよ!」
 透耶が過剰反応してそう叫んだ。
 鬼柳と光琉が驚いて透耶を見る。
 透耶は最高に嫌な顔をしている。
「こんな化粧とか、歩きにくい服とか、もう!絶対耐えられない!」
 特にロングスカートに、撮影用の化粧は、学生時代にした女装とは訳が違う。
 そういう透耶に鬼柳は笑いかけて言う。
「だよな。化粧されたら、キスしにくいし、変な味するしなあ」
 変な味がするというので、透耶はキョトンとする。
「は? 何それ?」
「化粧ってマズイんだよ。キスしたら化粧を食べてる事になるじゃないか。それに触る方もベタベタするし。それ専用のクレンジングじゃないと落ちないぞ」
 鬼柳がさらっと凄い事を言う。
 ギョッとしたのは光琉。
 化粧をマズイと知っているという事は、そういう舐めてしまう行為をした事があるという事なのだ。
 だが、それさえも透耶はさらっと受け流して、違うところで驚いている。
「え!? そうなの?」
 透耶が驚愕していると鬼柳は話を進めていく。
「そう。しっかり洗わないと、肌が荒れるしな」
 だから化粧なんかするもんじゃないと鬼柳は言う。
 折角、透耶の健康状態には気を付けているのに、化粧ごときで肌が荒れてしまうのは許せんとまで言う。
「うわー、なんでそんな思いまでして塗るのかなあ?」
 透耶は女性がそんな思いをしてまで化粧をする理由が解らないと不思議顔である。
 染みを隠す為とか、紫外線から防ぐ為とか、塗った方が綺麗に見えるとか、色々と理由があるのだが。
「色々と理由があるんだよ。透耶は塗らない方がいいけどな。うーん、キスしたいなあ」
 さらっと事情を流して、透耶に触れたいのにと言う鬼柳を見て、透耶は顔を赤らめる。
「……馬鹿」
 そういうのが精一杯な透耶。
 実は、鬼柳がキスしてこないのが、なんだが不自然で透耶には違和感があったのだ。
 でもそれを言えないのが透耶である。
 ……大分、俺も恭みたいになってきたかも……。

 そんな事をやっていると、光琉がここで撮影している事が周辺にバレていて、昼に透耶達が来た時以上にファンなど野次馬が集まってきていた。
 その数が半端ではなく、スタッフも収拾に追われていた。ただでさえ、光琉ファンの女の子の執念は凄い。
 透耶達が戻ってくると、その騒ぎが大きくなり、女の子達が光琉の名前を呼んで騒ぎがエスカレートしてしまう。
 警備をしているスタッフさえも押し退けてきそうな勢いだ。
 だが雪崩れ込んで来ないのは、そういうファンを光琉が軽蔑しているからである。とにかくマナーが悪いファンをとことん嫌う光琉なので、ファンの間では、宝塚並にきちんとした指導があるくらいだ。
 透耶と光琉は、その騒ぎを聴きながら、少し離れた所に用意されたパラソルの下で、椅子に座って話していた。
『What a turmoil ! Is it OK ?(凄い騒ぎだね。大丈夫なの?)』
 透耶が不安そうに聞くと、光琉は言葉が解らないが兄が何を心配しているのは理解していた。
 光琉がこういう騒ぎの中で仕事をしているのを透耶が見るのは初めてだった。
 いつもは、光琉が気を使って、室内の仕事の時にしか呼ばなかったからだ。
「こんなのいつもだって。心配する事じゃないよ」
 光琉が笑って透耶の頭を軽く叩く。
 それでも心配顔の兄を見ると、兄が自分を大事に思ってくれているのがよく解る。
 だが、その顔とかが、あの斗織に似てるだけあって、少々気味が悪い。なんといっても、斗織はこうして自分を心配する顔などしないし、可愛く首を傾げてみたり、優しく笑いかけては来ないからだ。
『It’s hard to be a superstar. isn’t it?(アイドルも大変だねえ)』
「そりゃ騒がれるのが本職だしな。ああいうのがないと、アイドルは勤まらないって訳だ」
『I see. Then I can’t do that.(ふーん。俺には無理だなあ)』
「お前、騒がれるの嫌いだもんな」
 何となくなニュアンスで、ここまで言語が違うのに会話が出来るのは、やはり双子だからかと言いたくなる光景だ。
 鬼柳が光琉を呼びに来て、光琉が言って席を立った時、野次馬から。
「光琉に近付くんじゃない!」
 という叫び声がして、何かが飛んできた。
 それが何なのか考える間もなく、瞬時に鬼柳が透耶の前に立ってそれを防いだ。
 しかし、それは、鬼柳に当たってしまう。
 目の辺りに強い衝撃を受けて、鬼柳の身体が少し揺らいだ。
『Kyo !(恭!)』
 透耶がすぐに叫んだので、一瞬止まっていた周りが騒がしくなる。
 透耶は、鬼柳の腕にしがみついて、何がどうなったのかを確認しようとした。
 すぐに光琉も我に返り鬼柳に駆け寄る。
「鬼柳さん!」
 光琉が鬼柳に歩み寄ると、鬼柳は左の目を手で押さえていた。
 透耶は、傷を見ようとして鬼柳の手を退けようとしていたが、鬼柳がそれをさせなかった。
『Kyo ! Show it to me !(恭! 見せて!)』
 透耶がそう叫んでも鬼柳は傷を見せようとはしない。
  「なんか当たったのか!?」
 光琉がそう言って覗き込むと、鬼柳は溜息を吐いて言った。
「……大丈夫だ」
 鬼柳がそう言ったのと同時に手の間から血が浮き上がってきて、手や頬を伝って砂に落ちた。
 その瞬間、透耶の中で何かが切れる音がした。
 ……よくも!
 そうもう怒りしか沸かなかった。
 
「おい、どっか切れてるって!」
 光琉がそう言うと、鬼柳が光琉に言った。
 鬼柳は何とか動こうとしたが、当たった衝撃で少し動きが鈍くなっていた。
 マズイな……。
「悪い、光琉、透耶を止めてくれ」
 鬼柳が言うのと同時に、透耶がすくっと立ち上がり、野次馬に向かって叫んだ。
『Who did that ! You come out. son of a bitch ! I make sure you pay for it ! (今、何か投げた奴出て来い! 絶対許さないからな!)』
 透耶は叫んで、野次馬に向かって歩き出した。
 怒りを剥き出しにして尚も叫んでいる。
 光琉は、こんなに怒りを露にしている透耶を見たのは初めてだった。
 野次馬もシーンと黙り、透耶を見ている。
 誰も何も言えない状況になってしまう。
 意味が解らなくても、透耶がなんと言って怒っているのかなどは誰にでも解る事だった。
 透耶がそのまま野次馬に向かって歩き出したのを光琉が慌てて止める。
「落ち着けって!」
 羽交い締めにして止めるが、普段の透耶の力ではないモノが働いているのか、透耶は光琉を引き摺って歩き出す。
 それを見ていたスタッフが慌てて駆け寄ってきて、光琉と一緒に透耶を止める。
 動けなくなった透耶は暴れ続けて、もう収拾が付かなくなっている。光琉の言葉も耳に入らない。
 そんな透耶を見ていた鬼柳は、何故か嬉しくなる。
 不謹慎だとは解っているが、透耶が自分の為にあれほど怒っている事が、どれだけ自分が思われているのかを実感してしまうからだ。
 そして、それを止められるのは自分しかいないと解ってしまった。
『Toya. it hurts.(透耶、痛い)』
 不意に鬼柳が呟いた。
 声は小さく誰にも聴こえなかったのに、透耶はいきなり動き止めた。
 急に透耶の動きが止まったので、光琉とスタッフは驚いてしまう。何があって止まったのかが解らないからだ。
 透耶は、力が抜けた光琉とスタッフを押し退けると、クルリと向きを返ると、今度は鬼柳に向かって歩き出した。
 しゃがんでいる鬼柳の側に座ると、透耶は鬼柳の顔に手を当てる。
『Show it to me.(見せて)』
 透耶は落ち着いたように、鬼柳の手を剥がそうとする。
 それでも鬼柳は見せようとしない。
『Don’t touch it. or it’ll give you a blood stain.(汚れるから触るな)』
 空いている手で透耶を押し退けようとするが、透耶はその手を払い除ける。
『Don’t worry. Just do what I said.(いいから、見せろ)』
 透耶が命令口調で言うと、鬼柳は溜息を吐いて、手を外した。
 これに逆らえと言われても無理だ……。
 絶対に逆らえない。
 普段、聞き分けがいい透耶が命令をするから、余計に従ってしまう。
 すぐに駆け寄ってきたスタッフが持ってきた水や救急道具などを光琉が取り上げる。
『Give me some water and a towel. please.(水とタオル)』
 透耶が言って手を出すと光琉が手渡す。
 それを使って傷口を綺麗にすると透耶が真剣に覗き込む。
『The wound is not as deep as it seems.It hit the temple. so it bled badly. I guess. OK.It is not bleeding anymore.(思ったよりは切れてない。顳かみだから余計に血が出たんだ。うん、もう止まって る)』
 透耶は自分で言ってホッとした。
 鬼柳はテキパキと動く透耶を不思議そうに見ていた。
 いつもなら、血を見るもの好きではないという透耶が真剣にそれも的確に判断して治療をしている。
『Antiseptic. please.(消毒)』
 透耶が手を出すと、光琉が従って出してくれる。
 消毒液を脱脂綿に垂らして、ゆっくりと傷口に当てる。鬼柳は痛がりはせずにじっとしている。
 傷口を綺麗にすると、大きい絆創膏を貼った。
『Do you need to see the doctor?(病院行く?)』
 透耶が聞くと、鬼柳は首を振る。
『No thank you.I’m alright.I am used to these injuries.(これくらい、いつもしてる怪我だから大丈夫だ)』
 何故か、鬼柳は御機嫌である。
 笑って言われて透耶が鬼柳を睨む。
『You shouldn’t think lightly of them. for you’ve experienced many before.Don’t disregard yourself. for you’ve never suffered from the serious ones. (いつもしてる怪我だからって、簡単に言わないでよ。いつも大丈夫だからって簡単 に言わないでよ)』
 透耶は今にも泣きそうな顔をして言った。
 その声が震えていた。
『Kiss me. Toya.(透耶、キスして)』
 鬼柳が笑って言うと、透耶は迷わずに鬼柳にキスをした。それも唇で、舌まで入るディープキスだった。
 周りがギョとして固まってしまったが、二人の世界には他人がいない状態だ。
 当然鬼柳も驚いていた。
 透耶の事だから、頬か額くらいだろうと思っていたから、余計に驚いてしまう。
 透耶の唇が離れてしまうと、透耶は鬼柳の頬を掴んで。
『I’ll give you as many kisses as you want.So I beg you. please. not to get injured to protect me.(キスならいつでもするから、お願いだから、俺を庇って怪我なんかしないで)』
 透耶が真剣にそう言うから、鬼柳も真剣に言う。
『That was my mistake.I won’t get injured next time.So. show me your pretty face. my darling.(さっきのは俺のミス。次からは怪我なんかしない。だから、透耶そういう顔する な)』
 鬼柳は笑って透耶の額にキスをする。
 鬼柳はいつも透耶を安心させる為に、額にキスをする。
 それで透耶の気分も幾分かはマシになってしまう。
『OK.(…解った)』
 渋々といったように透耶が頷く。
 そして鬼柳をギュッと抱き締めた。
 一瞬、あの石が鬼柳の瞳に当たったのだと思った。
 鬼柳にとって一番大事な、カメラを見る為の瞳に当たったのだと思った。
 その瞬間に目の前が真っ暗になった。
 そして怖かった。
 今になってそれを思い出してしまい、身体中が震える。
 それは鬼柳にも解り、透耶がどれほど鬼柳を失う事を恐れているのかを再確認させる。
 鬼柳にとって些細な事でも、透耶にとって重大な出来事である。
 透耶をこんなに不安にさせてしまった原因である、石を投げた人間を鬼柳が許すはずはない。
 自分が側にいなければ、確実に透耶に当たっていたからだ。
「光琉、さっき石投げた奴、絶対に捜し出せ」
 鬼柳は透耶を抱き締めて光琉を睨み付ける。その瞳が冷えていて恐ろしいくらいに鋭かった。
 光琉は、まるで自分が犯人だと言われている気がするくらいに震えてしまう。
 ……怖い……透耶も鬼柳さんも怖いってば……。
「……もう探してる。さすがに野次馬達もあんた達見てたら、酷い事するなあって実感したらしくて、犯人捕まえなきゃって思ったらしいよ」
 光琉が言って、指を差すと、そこでは野次馬までもが加わって、スタッフと共に石を投げた犯人を探している。
 しかし、犯人は既に逃げたらしく、堤防の方で数人が指を差して逃げる車に怒鳴っている。
『I don’t care who he is now. I just don’t wanna see his face again.(犯人なんてどうでもいい。顔も見たくない)』
 透耶は呟いて、鬼柳にギュッと抱きついている。
 こうなると鬼柳がいくら大丈夫だと言っても、透耶はそれを信じない。
 離れようとしないので、鬼柳としては嬉しいのだが、そういう訳にもいかない。
 光琉を見ると、光琉が頷いた。
「透耶、野次馬が見てるからさ。大丈夫だって手を振ってやってくれないか?」
 光琉がそう言うと、透耶は暫く鬼柳に抱きついていたが、ゆっくり離れて野次馬の方を振り返った。
 ……これ以上、こんな事をする奴が現れないようにするには……。
 透耶はそう考えて立ち上がった。
 光琉が手を出したので、透耶はその上に手を乗せた。
「ニッコリ笑って言うといい。その方が、あんな事する奴がこれ以上現れない予防になる」
『Got it.(解ってる)』
 透耶は頷いて、光琉と一緒に野次馬に近付いた。
 野次馬達を見ると、にっこりと微笑んで。
『Thank you.(ありがとう)』
 と言った。
 近くで透耶を見た野次馬は、すっかり恐縮して頭を掻いたり、オドオドしたりしている。
 光琉が側を通っているのに、ファンすら近寄れない雰囲気を二人で作っている。
 それから堤防まで追い掛けてくれた人達にも微笑んで礼を言った。
 透耶が深く頭を下げて礼を言うと、男の子達もすっかり恐縮してしまっている。
「いや、あれは酷いしさ」
「だよな」
 追い掛けてくれた二人の男性は、照れたように頭を掻いている。
「ああいうファンってのは酷いよな」
「あいつら、光琉のファンみたいだったし」
 そう言われて、光琉も頭を下げた。
「俺も辛いよ。過激過ぎるのは問題だよな。こんな事が二度と起こらないように忠告しておくよ。俺もかなり怒ってるんでね」
 光琉が怒りを露にしてそう言うと、透耶が光琉を見て頭をくしゃくしゃと撫でた。
『Good luck.(頑張れ)』
 と透耶が言うと、男性達も同じ事を言った。
「頑張れよ、光琉。俺、結構お前の歌好きだしさ。ネットの小説も読むから」
 などと言われて、光琉もやっと微笑む。
「ありがとう。男の人のファンってすっげぇ嬉しいんだ」
 本当に嬉しいという表情をしたので、男性達も悪い気などしない。しかも自然と出た笑顔は、透耶の笑顔と変わらない程綺麗だった。
 二人が離れて行くと、男性達はボソリと呟いた。
「近くで見ると、あの子むちゃ綺麗だよなあ~」
「新人なのかな? あのカメラマンと出来てるんだろ?」
「いいじゃんか。それより名前聞くの忘れたー」
「ネットで出るんだから、名前も出るだろ?」
「絶対、ファンになるよー。あんなに可愛いじゃんかー。それに光琉って結構いいヤツじゃん。俺見直したな」
「そうだよな~」
 などと論議が続いていた。
 これによって光琉ファンの男性が増えたのは言うまでもない。チャラチャラしている芸能人という印象が取れてしまったからだ。


「しかし、透耶が暴走ねえ。俺びっくりだよ」
 スタッフの元に戻りながら、光琉がそう呟いた。
 すると透耶は真剣な顔をして言った。
『Even if it were Mitsuru. I would do the same thing.(光琉だったとしても同じだよ)』
 簡単に答えられて、光琉の方が驚いてしまう。
  「そうなのか?」
 思わず聞き返すと、透耶は光琉を見てニコリとした。
『Of course.(当たり前だ)』
 それが本気であるのは光琉にも解る。
 今までそうした事を言った事が無い兄が、はっきりと断言しているから光琉は嬉しくて仕方ない。
「随分、可愛い事言うようになったなあ」
 我が兄ながら、抱き締めたい衝動に駆られてしまう。
 そう言った光琉を透耶は眉を顰めて見て言った。
『…….What do you mean ?(……何だそれ?)』
 どうやら、鬼柳以外から可愛いだの綺麗だの言われるのには慣れて無いらしく、可愛いと言われる事が不思議で仕方ないという顔をしている。
 ……こういうトボケ方も可愛いと言ったら殴られるんだろうなあ……。
 と光琉は思ってしまった。
 さすがブラコンである。

 夕刻の撮影をして、全てが終わると透耶はやっと女装から解放された。
 洗顔はヘアメイクの人に綺麗にやってもらって、顔の部分はすっきりしていた。
「絶対二度とこんなもの着ない!」
 怒って服を脱ぎ捨てると、光琉が呆れた顔をしている。
  「そう言ったって、鬼柳さんが、また見たいって言ったら、結局着るんだろ?」
 光琉がニヤニヤとして言うと、透耶はキョトンとして光琉に言った。
「恭は、そんな事言わないよ」
 何でそう言うんだ?という顔をしている。
 その確信は何処から来るんだと聞こうとした時、そこへ鬼柳が透耶の足を拭く為に濡れたタオルを持って来た。
 透耶がそれを受け取ろうとすると、鬼柳が俺が拭くと言い、透耶は自分で出来ると言って言い合いが始まってしまう。
 光琉は、こんな下らない事で、いつも言い合いしてるのかと思うと、可笑しくて仕方ない。
「ねぇ鬼柳さん、また透耶の女装見たくない?」
 光琉が面白がって聞くと、足拭き合戦(?)に勝利した鬼柳が透耶を椅子に座らせて足を拭きながら答えた。
「何で?」
 声は何でそんな事を言うんだという感じ。
 適当に言ってるのでもなく、透耶の足を拭くのに夢中になっている訳でもない。
「え? 見たくないの?」
 光琉が身を出して聞き返すと、鬼柳が透耶の足を拭くのが終わって今度は靴を手渡している。
 さすがにこれは、透耶が譲らず自分で履けると怒ったので、合戦にはならなかった。
「だから、何で透耶の女装を見なきゃならないんだ?」
 今度は光琉の方を向いて、首を傾げている。
 本当に、透耶の女装を見なきゃならないのか解らないという顔。
 透耶はクスクス笑い出して、光琉を見る。
 そう言うでしょ?という顔だ。
「へいへい、そうでした。その通りでした」
 光琉は、呆れた顔をして肩を竦める。
 ……まったく、そういう所は通じ合ってるって事か?
 光琉は何だか、そういう関係になっている二人を見ると、自分まで嬉しくなってしまうのには、少し驚いてしまう。
 鬼柳には何の事だかさっぱりだが、透耶が笑っているので、自分は間違った答えを出してないのだと納得する事にした。
 取り合えず撮影は終了して、光琉のお仕置きも一段落したのだが、まさか、この撮影の関係で新たなる事件が起こる事になろうとは、誰も思っていなかったのである。

感想



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